見玉不動尊 


見玉不動尊・山門 金玉山正宝院は、本尊を不動明王とする天台宗比叡山延暦寺の末寺である。1186年(文治2)平家の残党中沢氏が見玉に居を構えたのが正宝院の始まり。

 当初、この中沢氏は宮本清左衛門と称していたが、のちに中沢と改めたようだ。落ちのびる際、不動明王の木像を奉持。仏像は行儀菩薩の作品で長さ1尺あまりの黒尊仏である。中沢氏の守り本尊であったが、後に不動堂を建立し分家に別当職を司った。いまより400年ほど前の境内は、七堂四十八塚といわれ、見玉集落の殆どであったと伝えられている。

 霊験ご紹介

 眼病に霊験あらたかであることは、古くから東日本全域に知られていた。

こんな話がある。

 18世紀の終わりごろ、日光の東方に親孝行の若者がいた。年老いた父親がかねてからの眼病が悪くなり、盲目になってしまった。息子は嘆き悲しむが、あるとき見玉の不動尊のことを聞きつけ、この地に参詣する。17日間の断食参籠に精進して父親の眼病治療をお祈りしたという。願いがかなった暁には、日光山の万年氷を背負い裸足でお礼参りを致すと願をかけて帰国した。すると霊験たちどころに現れ、父親の両目が見えるようになった。翌年若者は大きな氷柱を背負い、裸足参りの願果たしをとげたということだ。