我家のアンギン


アンギンの編み道具今から20数年前の事だが、津南町総合センターに於いて津南の民具展が開かれた。

私は当時13歳くらいであったと思うが、見に行った覚えがある。そこの会場で大人達が、アンギンやそれを編む為の工具類について、今なら100万円くらいの文化的価値があると話しているのを耳にした。        
写真:アンギン編み具

 当時の私にとって、編み方の荒いアンギンは重そうで着心地が悪そうに思えたし、黒光りする工具は素朴ではあったが、無粋に思え理解しにくいモノであった。ただ、アンギンの袖無しに関しては、荒さの中にも生命感溢れる魅力的な何かを感じていた。

 家に帰り家族に先の経緯を話すと、我が家にもアンギンはあったと聞きビックリした。もともと当、中島家は東頸城・松之山の出であり、アンギンが中魚沼郡と東頚城郡に集中している事からも我が家のアンギンは松之山系のモノであった事は確実。

 そのアンギンだが、いまふうに言うならリサイクルされ、第2の人生を全うしたのである。具体的に言うと、そのザラザラした素材感から足拭きマットに抜擢されたのであった。ああ何てこった! 国の重要文化財クラスを足拭きマットにするなんて。しかし昔は、それが価値の在る存在と認められておらず、別段変でもなかったのだ。

 現存するアンギンは中魚沼郡と東頚城郡で僅か58点のみである。
100万円であるか否かは別として、残されていたら凄い事であり非常に残念であった。この様に価値が認められていない時代に、多くのアンギン製品が姿を消していったのであろう。皮肉にも58点のアンギンの貴重性を高める事になってしまった。負け惜しみついでに、道具である以上、使ってなんぼのモノ。ショウケースに展示されるより、人に使われ役に立ち、消えてゆく道具の方が、道具にとっては道具らしい一生かもしれないな。