関東支部 活動報告

                             加藤 峰夫

96-97シーズンの衝撃的なニュースは、いうまでもないことながら吉岡先生が亡くなられたことです。それも五竜集会(1月24日〜25日)で私たちが、久方ぶりに仲間や先輩とのスキーと語らいを楽しんだ翌朝の御逝去ということで、とても信じられない思いでした。すぐに駆けつけ、最後のお別れに参列した伊藤(剛)君を始め、多くの会員が札幌を訪れて先生の御遺影に焼香をあげましたが、先生の姿が見えない手稲を滑った後で、ようやく先生が亡くなられたことを実感した仲間も多かったのではないでしょうか。私もそんなひとりでした。

・しかしその悲しみも受け入れられるようになった、GWの今年の会員諸氏の活動は、なかなかに盛んなものでした。東京、名古屋、大阪の各地から集合した6名のベテラン諸氏は、福井の竹内さんと金沢の武藤さんのお世話で白山にチャレンジ。もっともこれは悪天のために登頂こそなりませんでしたが、久しぶりににぎやかなテント生活を楽しまれたとか。また伊藤(剛)君は立山・剱で、剱沢や長次郎谷、雷鳥沢等、合計すると標高では4900m余り滑走したそうです。実は、標高だけなら私も、久方ぶりに現役諸君のムイネ合宿に参加し、久能君や滝君、そして斎藤君、根岸君などの在札OBにしごかれながら、かなり登って滑ってきました。

GWにすこしがんばりすぎたためか、その2週間後の谷川岳芝倉沢追悼山行は、参加者が、田村(正)さん、井上さん、内田さん、中村(宏)さんの4名と少々さびしく、しかも内田さんは当日早朝着で早帰りという強行軍だったようです。前日までの雹や豪雨で心配されていた天気も、当日は快晴無風になり、さわやかな新緑の中、稜線からの爽快な滑降を楽しんできた、とは中村さんの報告です。

・また毎年誰かが行く残雪の富士山は、今年は井上さん、伴君とその友人、阪谷君とその同僚のオランダ人スキーヤーの5名が、6月1日にチャレンジ。雪は例年よりは少なかったそうですが、華麗ながら各人各様の滑降写真を、山とスキーの会のホームページで見ることができます。

・その富士山には、8月には塘忠夫さんと中村晃忠さんの発案で、「夏の富士山にゆっくり登って、帰路に山下さんの墓参をする山行」が行われました。これは「『われらの還暦遠征』のプレ山行」を兼ねたものだそうで、参加者は佐藤亮一さん、塘さん御夫妻とお嬢さんの御夫婦、阿部孝夫さん御夫妻、大野陸郎さん御夫妻、倉持寿夫さん御夫妻でした。

・そしてまた新たなシーズンが始まります。会員連絡網の整備や遭難対策の検討も課題となっていますし、今年はオリンピックのために、五竜集会の日程を例年とは変更しなければなりません。また個人的には、衰えかけた体力を維持しながら山とスキーを楽しむためにそれなりのトレーニングもしなければなりませんが、昨今は仕事関係の用事も多くなり、使える時間はますます少なくなっていきます。しかしつい最近になってモーグル・スクールに入った某大先輩や、50を過ぎても運動能力テストは常に18才などという(異常な)諸先輩の意欲と元気を目標に、今年の冬もまた、何とか時間を作りだして、雪煙を舞い上げ、シュカブラを蹴り割って滑ろうという気力を奮い起こしています。若手の会員や現役諸君、スロープで会ったら勝負しましょう。

写真:剱岳長次郎谷を滑る笛木(1997年5月)