・吉岡先生が急逝されました。1月26日午前3時(死亡推定時刻)、就寝中に心筋梗塞の発作に襲われたようです。いつまでも起床されないのを不審に思った静江夫人が部屋を覗くと、吉岡先生がベッド横にうつ伏せに倒れていたそうです。発見時には既に死亡されていたとのことです。マラソンにトライアスロンにスキーにと日頃から体を鍛えていただけに信じられない想いです。ご冥福をお祈りしたいと思います。僕が先生とお会いしたのは前年12月の忘年会が最後となりました。
【通夜】
・西区の博善斎場にて1月27日故吉岡義彦先生の通夜が執り行われました。山スキー部関係の出席者は古川善雄、徳田昌生、在田一則、倉持寿夫、増田裕一、田上省一、藤永徹、梅沢俊、阿部幹雄、橋村正悟郎、山本恵司、一迫公利、吉田美樹、久能弘道、伊藤剛、北川正利、堀川信一郎、渡部哲哉各氏ほか、若手OBと多数の現役部員が参列しました。葬儀委員長は言語学部部長が務められました。
・日頃から体を鍛えていた人だけに信じられない思いですが、「85キロを走るオホーツクスキーマラソンにでるのを止めようか」との声がでるほど、我々には身につまされる事態です。なお先生のお子さんは長女真奈美さんが東京外大ドイツ語学科2年生(先生と一緒にミュンヘンに1年間留学していました)、長男健二君が北陵高校2年生です。手稲山で先生と一緒に滑る姿を見かけた部員も多いことでしょう。葬儀委員長挨拶の間、悲しみをこらえて涙を流し続ける真奈美さんの姿が悲しみをつのらせました。
【告別式】
・28日同葬儀場で告別式が執り行なわれました。参列者は徳田昌生、在田一則、藤永徹、阿部幹雄、吉田美樹、滝龍一郎、伊藤剛、斎藤正美、白岡和幸、堀川信一郎、渡部哲哉、北川可恵、星野正雄、松岡健一、芳賀一、真田和彦、中村琢郎、藤田志歩、ほか現役数名でした
・告別式では東大文学部ドイツ語学科の同級生、スキー山岳部の同級生、言語文化部同僚とそれぞれが吉岡先生の想い出や人柄、業績、追悼の気持ちを述べました。逸材を失った驚きや早すぎる死に深い悲しみを募らせるばかり。吉岡先生が部長に就任したとき、1年生だった伊藤剛君の弔辞は山スキー部部員の気持ちを余すことなく表現し聞く人の心に切々と訴える内容でした。感銘深い弔辞に僕は涙がこぼれそうでした。
・納棺の時、お嬢さんの真奈美さんは「死に顔を見たくない。元気だった父の姿だけを記憶に留めたい」とついに顔を見ることなく、泣き伏していました。そんな嘆きの姿はひとときだけ。すぐにお母さんの肩を抱き、温かく支える娘の姿に戻りました。静江夫人が「最後に手稲山を見せたいので……」と言われ、霊柩車は白い頂を青空に浮かばせる手稲山を眺める道を辿って火葬場へと向かったはずです。冬になれば大学よりも手稲山で吉岡先生を捜した方が早いと言われるほど通い詰めたゲレンデです。
【吉岡義彦 享年53才】
・昭和18年岐阜県上宝村に生まれ、東大入学は昭和39年。博士課程を終え北大に着任したのは昭和50年。僕が吉岡先生と初めて会ったのは在田さんと3人で冬の無意根にスキーに行ったときでした。昭和55、6年と記憶しています。シャンツエで深雪を滑ると、確かに巧みなスキー術でしたが、その後の吉岡先生の滑りと比較すれば、「未熟なスキー」でありました。のちに、「あんなスキーをする人たちがいるのかと驚き、スキー練習に励んだのだ」と懐述していました。努力の人の研鑽の始まりです。
・93年12月、スイスへ雪崩の取材に出かけた僕はミュンヘンに留学していた吉岡先生とツエルマットで落ち合い3日間スキーを楽しみました。吉岡先生はニーチェとトーマスマン、ドイツ語教育法を研究テーマとされ、斬新なドイツ語教本も出版されています。「山スキー部部員にスキーを教えながら、ドイツ語の教え方を研究した」と話し「スキーもドイツ語も同じ。学生が楽しく学べないといけませんから、部員に試してからドイツ語教育法を考えていった」とのことでした。ツエルマットからトーマスマンの「魔の山」の舞台になったダボスへ、そして最後にミュンヘンのアパートを訪ね旅は終わりました。
・ドイツから帰国した吉岡先生と初めて顔を会わせたのは紅葉のパラダイスヒュッテでした。たまたま僕の妻と外のテーブルで弁当を食べていると吉岡先生がパラダイス見学に現れたのでした。そのとき故郷の上宝村にある「滝谷雄滝」を教えてもらい、僕はさっそく撮影に出かけ、新潮社FOCUSの「滝のある秘境探検」という連載で取り上げました。
・上宝村は飛騨でも奥飛騨と呼ばれる山里。上高地とは穂高連峰をはさんだ位置にあります。吉岡先生が子供の頃は冬になれば「陸の孤島」となり、神岡へ出るのも峠を越えて飛騨高山に出るのも1日がかりだったという土地です。その滝は滝谷の入り口に立ちはだかり、谷の奥には岳人の憧れである滝谷の岩壁群が聳えています。学生時代は滝谷の岩壁を華麗に登りまくっていた吉岡先生にとって、「滝谷雄滝」は特別に想い出深い滝だったようで、FOCUSに掲載された故郷の滝にとても喜んでいた表情が印象的でした。
・飛行機で札幌から大阪へ飛ぶと北アルプスの上を飛んでいきます。上高地、穂高、槍ヶ岳などがよく見えます。これから眼下にその景色を幾度眺めることになるのか。そのたびに「吉岡義彦」という急逝した一人の人間を思い出すに違いないのです。