会員活動報告

富士登山・富士霊園・山下学校

                           塘 忠夫(76)

・平成9年8月1日、富士山富士宮登山口五合目に阿部孝夫(71)夫妻、中村晃忠(77)、佐藤亮一(86)、大野陸郎(95)、倉持寿夫(109)夫妻の方々と私塘忠夫(76)夫婦及び娘夫婦(伊藤)の総員12名が集合した。これから真夏のものすごい人混みの中、富士山頂を目指し、その後須走口を経由して富士霊園へ向かう熟年登山隊の出発である。

 

・平成9年2月、無意根の小屋に高橋邦臣(36)さん、阿部孝夫さん、古川会長(78)、中村東京支部長、名古屋の牧野志雄(91)さん、永野正幸(103)さん、東京の大野陸郎さん、北海道から倉持寿夫さん、在田一則(105)さん、鳴海俊之(115)さん、それに私が集まった時、酒の勢いもあって、先に古川会長を隊長に実行されたカムチャッカ・スキー登山の第2弾を西暦2000年頃に還暦を迎える世代で『還暦に海外で山スキー』を実行する決議(?)がなされました。この決定を実行に移すにはそれなりの準備が必要です。と言うわけと、夏にはまたあの懐かしい仲間と会いたいものと『還暦山スキーの準備山行第一弾・日本一の富士山にゆっくり登り、帰りに山下宏君のお墓参りをする』山行を計画して仲間に呼び掛けました。その結果、前述のように北海道から倉持夫妻、奈良から佐藤タネイモさん、関東から阿部夫妻、大野夫妻、中村支部長が参加を表明され実行となったわけです。

・バスや自家用車で集まった面々は富士宮新五合目で昼飯を食べて13時すぎに出発。今日は高曇りで森林限界を越えた2400m(新5合目)の砂礫地帯を歩くには絶好の天候で、熟年登山隊はめいめい勝手なペースで標高を稼ぎます。8合目で大休止を取り。9合目の山小屋『万年雪荘』には全員無事夕方に到着。元気組は早速ビールで乾杯、夕食はカレーライスでした。富士山山小屋の寿司詰めの様子は有名ですが、我々12名は1ブロックに収容され、横向きに寝るともう上向きにはなれません。

・ウツラウツラしている内に小屋の主人に、下から物凄い人数の夜間登山者の列が上がってくるので、早く出発するようにと言う大きな声に起され、出す物だけ出して朝食の弁当を貰って夜の2時半ころ出発しました。確かに小屋の外は大変な数の人で、下からはラテルネの列。登るにつれて混雑は増し、上げた片足を下ろす自由もない状態。星の美しさにご来光は約束されたものと気持ちは急いでも、上にはなかなか進めません。富士宮口の頂上(3776mの剣ヶ峰ではない)でご来光を待ちました。鎌より細い月が印象的、下界は全て雲海の下、ご来光はなかなか顕われません。その内雲海が動き始めてしっかりしたご来光を拝めない内に明るくなってしまいました。富士山頂郵便局前の休憩所の中で朝食を食べ、いよいよ3776の日本一高い頂上へ。雲海をスクリーンに影富士の姿も美しく、剣ヶ峰からは雲海を突き抜けた南アルプスの峰々が指呼の間、その北には八ヶ岳、北アルプスも遠望されます。

写真:富士山お鉢にて

・快晴の天候に恵まれ、のんびりゆっくりのお鉢巡りをして須走口の頂上で大休止。ここから富士宮口新五合目駐車場に車を置いて来た阿部・大野夫妻と別れて徒歩組は須走口を砂走る。とにかく下るだけ、砂を蹴散らして走るだけ。頂上を後にしたころからガスがかかってきて、下りは炎天下でなかったことは幸いでした。砂払いの休み所で靴の中の砂を出し、再び潅木帯の中をバス停目指して歩き出しましたが、この長く辛く感じられたこと。須走口五合目登山口到着は午前10時半頃。ここでもビールで乾杯!

・須走口登山口からバスで須走へ出、ここからタクシー2台に分乗して御殿場富士霊園へ。ここ富士霊園には昭和35年8月2日、南日高・中の沢上二股で遭難した山下宏君の墓所があります。今日平成9年8月2日は数えて丁度37年目の命日に当たります。14時お墓前に集合までの間に昼飯を食べ、顔を洗って皆の集合を待ちます。宏さんの母上様、姉上南部素子さん(南部敏明-60-夫人)の娘さんの福島みほさん、南部りささん弟の山下宣(92)・真理子さん夫妻、山下透(117)さんご一家(美代子夫人、友里さん)もおいでになり、小島(53)、斉藤(65)、中俣(68)、新田(80)、桜間(85)、谷口(87)、永野(103)、黒田(149)さん達の面々が富士登山組に合流しました。山下宏君、お父上様の墓前で僧侶の読経の中お焼香、続いて信州大学教授のニタリさんのアコーデオン伴奏で『ぼくらの故郷』『山の大尉』を合唱しました。霊園内の富岳荘で軽く直会を行い、母上様の元気なご様子を嬉しく思い、多くの古い仲間と歓談して富士霊園墓参は終了しました。

写真:富士霊園にて

・ここから山下宣さん、永野さん、黒田さんの3台の車に分乗して御殿場から東名高速道路を走り、袋井の山下さんのお宅(今は誰も住んでいない)に伺った。山下さんご両親様ご健在のころ、多くの仲間が夏休みの一日を過ごした『山下学校』と呼ばれた集会の再現である。こんな企画をしてくださったのは山下宣さんで、大阪からジンギスカンの肉を準備していただき、空き家の掃除、風呂の準備までしてくださった。参加者は宣さん・真理子さんご夫妻、福島みほさん。南部りささんご姉妹、中俣・中村・佐藤・永野・黒田・倉持夫妻・塘一家の富士霊園参加組、それに名古屋から牧野(91)さんが駆け付けてくれました。夜遅くまでシンギス汗を食べ、飲み、タネイモさんを中心に議論に花が咲き、夜の更けるのも忘れて学生時代に戻った一夜を持つことができました。翌朝は二日酔い本因坊戦や横須賀海岸での海水浴・貝拾いに時を過ごし、倉持さん夫妻が千歳に帰る時間が迫って来たのを期に、宣さんのご配慮に感謝しつつ東西へと山下学校を後にして今回の登山・墓参・臨海学校は終了しました。

・久し振りに再開したタネイモさんは既に悠々自適の生活に入った由ながら、元気な山登りの様子に羨ましくも嬉しく思い、山下宣さんのご好意で実現した山下学校では深夜までの語らいを満喫し再開を約束してプレ山行第1弾は大成功の内に終りました。参加いただいた会員の皆様にはありがとうございました。山下さんのご家族の方々の何時に変わらない暖かいご支援ありがとうございました。山下さんお母上様がいつまでもお元気でおられますように、南部素子さんが早く回復されますように祈念して筆をおきます。