丸谷 聖一(210)
・これは、今から2年前の9月初旬、ユーコン川一人旅の話です。
・1995年9月初め、あこがれのユーコン川に行ってきた。カヌーを初めて5年目、40才を迎える節目記念漕行である。ここ数年、カヤックスラロームに没頭していた私の頭の片隅には、やはりユーコンのことが消えずに残っていたようだ。
・海外の一人旅は初めてのことである。何から準備したらいいのだろう?どうやら、カナダのホワイトホースというところがスタート地点らしい。パスポートは昨年取得済みなので、まずは航空券の手配である。山スキー部の先輩で旅行会社勤務の国本さんに7月末に連絡をいれてみる。期間は2週間でなるべく現地にいる時間を多くとりたい旨の意向を伝えると、国本さんは即座にホワイトホースまでの往復スケジュールの立案とその航空券の手配をしてくれた。さすが、旅行のプロである。持つべきものは、クラブの先輩である。
・あとは、ホワイトホースの宿とカヌーレンタル業者に国際ファックスを送って、準備万端ととのった。いざ出発!
9月3日
・美穂子(妻)と瞳(3歳の娘)とベルグハウス後藤さんの見送りで帯広駅を出発。『スーパー十勝』は10時8分定刻どおり千歳へ向かう。本日はひたすら移動日。千歳で2時間、成田ではなんと5時間の待ち時間である。何やかんやでバンクーバー空港に着く。
・空港の待合い室でベンチに座っていると、この国が移民の国であることがよくわかる。インド系、アジア系の顔が多い。ホワイトホースはカナダの州の一つであるユーコン準州の州都で人口は一万人程度の小さな町だ。
・ホワイトホース行きにのる顔ぶれは皆一癖ありそうな顔をしている。ドイツから狩猟を目的にやってきたおじさんが地図を広げていたり、それをのぞきこんで「そこには、そんな道はない」とアドバイスしている地元の青年やら見ているとあきない。そうこうしているうちに、搭乗時間となる。乗客は50人程度か?日本人は私一人だけである。そうだ、ここは外国なのだ。
・ホワイトホース行きの飛行機に乗ること3時間。なんとか今晩のねぐらのRejina hotelに着くことができた。フロントには初老のおばさんがいて、チェックインを済ます。聞くと、明日の月曜日は "Labour day"でほとんどのお店は休みだという。それでは8日間分の食料買い出しができない。困った事になった。
・まあ、なんとか本日は予定どおりホワイトホースの宿に入ることができたので良しとしよう。23:30就寝。
9月4日
・5時に目を覚ます。目の前にユーコン川の川霧。6時30分に朝の散歩にでる。ホテルの裏手がすぐユーコン川になっている。水はたっぷりとあり、とてもきれいだ。カヌーのレンタル業者のオフィスKanoue Peopleもユーコン川沿いにあって、このホテルからすぐ近く、歩いて2分位のところにあった。カナディアン、カヤック、シーカヤックなどのたくさんのカヌーが積んでいるのが見える。
・転じて街の方に足を向けるが、人気はほとんどなし。多分休日のせいだろう。はだしでサンダルといういでたちには、気温0.5℃はあまりに厳しかった。ホテルに戻るころには足先の感覚はなくなりかける。しかし、天気予報では日中は気温は17℃まで上がるという。
・フロントのMrs.Mcnallyに休日でもオープンしている食料品店がないか?とたずねると、彼女はいろいろと電話をして捜してくれた。営業しているスーパーはここから歩いて20分位でほとんどのものはそろっているという。ホワイトガソリンや釣り道具は「Canadian Tire(石黒ホーマーみたいになんでもおいてある)にいけば手に入るよ」と教えてくれたが、「多分今日は休みだよ」とのことであった。
・お礼を言って、10時過ぎに買い出しに出かける。肉、ハム、インスタントスープ、ビスケットなどたくさん買い込む。ホテルにもどって一人で荷物の整理をする。ある程度落ち着いたところで、Kanoue Peopleに寄ってみる。休みかなと思って行ってみると、青年が一人大型カヌー(10人乗り)の補修をしていた。ユーコン川を下りたい旨を彼に伝えると、色々と親切にアドバイスしてくれた。明日午前中に出発したい旨を告げ、ホテルに戻る。ホテルでは、大小3つのザックに荷分けして就寝。
9月5日
・5時50分起床。本日も天気は良い。いよいよ出発だ。出発まで相当長かったような気がする。昨日のKevinのアドバイスを参考にして、当初予定していたカナディアンカヌーではなくシーカヤックを借りることとした。これは、今回の旅を振り返ると良い判断であった。カナディアンは風に弱く、非常に影響を受けやすい、ましてソロで漕ぐことを考えるとなおさらである。結果的にシーカヤックを選んだことは川旅に余裕をもたらしてくれた。
・Canadian Tireでホワイトガソリンとルアーロッドとルアー、それと安かったので二人用のテントを購入して、Kanoue Peopleに向かう。すでに、ドイツ人のpartyが2party程来ていて、ここのオーナーのScottは対応に非常に忙しそうであった。
・Mr.Scottと相談し、ポリのシーカヤック(Necky Kayaks、FRPは一割ほど割高)16ftを借りる。コース全体についての説明を受けたり、ゴミの処理方法や、野生動物(特にグリズリー)への対処方法などを聞く。「ここは、グリズリーがいるから泊まるな」というキャンプサイトが1ケ所あったが、自分から人間がここにいる事を上陸する前に主張しておけば向こうから近づいてくることはまずないらしい。少し安心する。
・9月13日の10時にCarmacksに迎えに来てくれるように頼み、全部の食料・装備をばらしてシーカヤックの中に積み込む。これが結構大変であった。総重量は40kg位だろうか1週間程度のキャンプに必要なものはなんとか全てこのシーカヤックには納まるようだ。
なんとか13時に出発できた。シーカヤックに乗り込み、パドルでユーコンの水面を漕ぎ始めたとき、この瞬間を味わうためにいろいろとやってきたのだ、とあらためて感慨深い思いが沸いてくる。
・3時間漕いで今日のCS、Egg Islandに到着。このCSは大きな中島で、食事用の木製の頑丈なテーブルが1つ据え付けられていた。夏場のツアーシーズンにはかなりのカヌーイストが訪れたのだろうが、そんなことは全く感じさせないほどにきれいで、ゴミひとつ落ちていなかった。ここを訪れるカヌーイストのモラルの高さを感じる。日本ではこうはいかないだろう。
・川旅初日の夕飯用に買ったステーキでお祝いする。非常にうまし。今、夕方の7時、あと2時間は明るい計算だ。夜釣りにトライするが釣れず。夜は満天の星。
9月6日
・早朝の冷え込みの中、この川旅の最大の難所であるLake Laberge 越えにむけ出発する。Lake Labergeは細長い湖で南北に50kmある。Scottもここが一番気をつける所だと言っていた。朝は風もなく、湖横断には絶好のコンディションであった。湖のインレット付近はユーコン川支流のタキーニリバーが運んできた多量のシルトが堆積し、流れは浅く迷走しはじめる。流れの方向がぐるりと360度変わったりして、一瞬本当に湖に向かっているのかと不安になることがあった。それでもなんとか湖のインレットに8時30頃に着く。
・Lake Labergeの向こうは遥かかすんでみえる。本当にこの向こうのLower Labergeまで行けるのだろうか?Scottに教えられたとおり右岸に沿ってひたすら漕ぎ続ける。しかし、流れがないとたよりは自分の力のみでせいぜい時速5kmが限度のようだ。流れがないということは苦しい。自分の手を止めると当たり前のことだがカヌーは止ってしまう。川ならば流れがあるのでそこそこ進んでくれるのでさぼることも可能だが、湖はどうもだましがきかない。
・午後になって南西風が強くなってきた。私からすると斜左後方からの風となる。それにしたがって水面の波・うねりもでてくる。右岸は湖後半からクリフ(断崖)が直接湖に落ち込んでいて、岸近くでも水深はかなりあるのだろう。青々とした水面が大波を作って岩に向かって砕け散る。自分も一緒に岩にぶつかるような錯覚を覚える。波が岩にぶつかって砕ける音は人を威圧する迫力がある。向かい風ではないので漕ぐのは楽なのだろうが、岸壁につかずはなれず状態で波の上をサーフィンしながら進むのはなかなか精神的につらいものがあった。このときだけはパートーナーが欲しいと思った。波に対して垂直になるよう常に心掛けていればまずどんな波でも”撃沈”することはないだろうが、10時間近く漕ぎ続けて体力的に疲れてくると、気を抜く瞬間がある。緊張が持続しなくなる。その時が危ないと思う。しかし、抜群の安定感を誇るこのシーカヤックのおかげで、そういう最悪の事態はおこらなかった。これが、もしソロのカナディアンカヌーならば撃沈ケースの可能性はかなり高かったように思う。
・結局、夕方の5時までおよそ10時間漕ぎ続けたがLake Labergeの流れ出し部には着かず、腰もかなり痛くなってきたのでクリフのすきまの石原にCSを見つけC2とした。Lower Laberge手前5km地点ぐらいと思われる。ここには、焚火のあとや、かんたんな石のかまどもあったりして、みんなこの湖横断には苦労しているのだなとちょっと安心したりもした。
・明日こそはLower Labergeについて、釣りとカヌーの日々を目指すぞ。
9月7日
・昨夜は漕ぎ続けたおかげで腰がかなり痛かった。けさもやばいかなと思ったが、腰はすっかり回復していた。ちょっと、不思議な感じであった。やはり緊張しているせいであろうか?
・漕ぎ初めてから40分ほどでLower Laberge に着いた。ようやくLakeとお別れである。流れというもののありがたさを身をもってひしひしと感じることができた。感無量。目の前に広がるユーコン川の流れは、ここからTeslin River合流点までの50km区間を地元の人達は特に”Thirty mile River”と呼んでいる。きれいなユーコン川でも、この区間だけは特に美しく自然の濃い区間なのだ。この流れにはいる前に、廃村となったLower Laberge Villageの散策をする。昔のログハウスやトラックなどが無造作におかれている。ゴールドラッシュの時はきっと賑わった町だったのだろう。蒸気船の残骸も村の手前に半ば埋まって放置されていた。
・ようやく、”Thirty mile River”へ突入。漕がなくてもどんどん進んでいく。何と楽なことよ!!流されながら、記念すべきルアー第一投である。ゆっくり引いてくると強い当たり。なんと40cmのグレイリングがすでにかかっているではないか。なんていい川なんだろう。適当にリリースしながら遊びながら下る。Kanoue Peopleで買ったユーコン川のガイドブックによるとDomville CreekはグレイリングのGood Pointとある。今晩のCSはそこにすることにした。Lower Laberge〜Domville Creek間はわずか15km足らずである。
・Domville Creekには昼の2時半に到着。テントをはって落ち着いたところで、おもむろに釣りを開始。自分だけのポイントである。何と幸せな気分!クリークはチョロチョロという程度であるが水温は6℃と本流に比べ6℃も低い。流れ込みちょい下流部にポイントを絞ってスピナーを投じる。一投毎にグレイリングがかかる。最初の2匹を今晩のおかず用にキープ。あとはすべてリリースする。とにかくいる。魚がいるだけでこんなに幸せな気分が味わえるなんて、釣り人とはなんと単純な生き物であろうか。
・Thirty mile Riverは水がとてもきれいで4m下の川砂利が手に取るように見えるほどだ。Lake Labergeの30マイルはとにかく苦しかったが、その分、流れに出たときの感激はひとしおであった。自然の配慮は人知を越えているようだ。
9月8日
・夜半に小雨が降ったが朝は天気良し。気温も高め。朝一の起きぬけにFishingする。強い引きに一瞬あせるがランディング寸前にバレる。その後、その魚は水中で息を整えていたがスッと消えていった。朝食用グレイリングを2匹釣ってブツギリで食べる。
・今日の行程は30km、およそ3〜4時間と見積って朝ゆっくりと出発する。ひたすら北を目指していた流れが東に変わるころ、強い向かい風となった。そうこうしているうちに今日の目的地Teslin Riverとの合流点のHootalinquaに到着。
・釣りをしていると、18時頃カナディアンカヌーが3艇到着。1組はスイス人の夫婦ペアとドイツ人の男4人組のパーティーであった。挨拶代わりに、釣れたグレイリングを2匹持っていく。スイスペアは私と同じCarmacksまで、ドイツ人はDawsonまで行くとのこと。彼らはいずれもTeslin Riverを下ってきている。スイス人の女性は”今日はこぎっぱなしで、まだランチも食べていないのよ”と相棒を目で非難しながら話してくれた。
9月9日
・6時30分起床。ドイツ・スイス混成チームはまだ疲れて寝ているようだ。彼らの話ではTeslin Riverは流れが遅く60km漕ぐのに2日間かかったそうだ。9時過ぎに出発する。彼らは朝食の準備中で、”See you again”と言って先に出発する。
・Teslin Riverの水はやや濁っていて、清冽なユーコンの水とは容易に交じり合わない。しばらく左岸側のユーコンの水の中を行く。5日目ともなるとだいぶ旅のペースがつかめてくる。変な緊張感がほぐれ、よく眠れるようになってくる。ほぼ6時間でBig Salmon Villageに到着。流れは昨日よりやや遅く、川巾もかなり広くなってきた。17時にはドイツ人パーティーが到着する。
・Big Salmon Villageは朽ち果てたログハウスが6棟ほど残っている。最初、小屋前にテントを張ろうと思ったが、荷物を運ぶのが面倒なので接岸した河原の砂地をCSとした。ここは釣りポイントもなく、おとなしく寝るのみ。
9月10日
・6時45分起床。昨夕から時々雨のパラつく不安定な天気だったが、テントにあたる雨の音で朝起きたら、目の前に満月が出ていた。食料のバリエイションがやや乏しくなってきたが、米は充分にあるので安心なのだが、一抹の淋しさがある。
・15時にLittle Salmon Villageに到着。先客なし。ちょっと上がったBank上にCSがあるがやや狭い。今日は日曜日のせいか、Twin Creeksに1パーティー、またモーターボートも見かける。
・テントにはいると周りの木々の木の葉がざわめき、今晩は風が強そうな気配である。
・ここまで来ると、Carmaks まであと64km。のんびりいっても2日あれば着いてしまう距離である。明日はのんびり出て、Columbia Sloughあたりで一泊しようか。
9月11日
・5時30分起床。月明りと寒さで目を覚ます。昨晩はかなり強い雨が断続的に降った。この冷え具合は晴れているに違いないと思って外へ出ると、頭上に卷雲。それがユラユラと揺れだした。Northern Light 、オーロラだ!初めて見た。感激!!!フクロウが”ホウホウホウ”と鳴いている。
・今日は快晴で、気温も上がってきたので午前中は洗濯DAYとして、まず自分の体をLittle Salmon Riverで洗う。寒いが気持ち良し。Domville Creekで洗って以来だ。ウェアーやパンツも洗って干す。濡れたもの全てが乾いていく。川辺では川鵜とおぼしき水鳥がひなたぼっこをしながら毛づくろいをしている。なんとものんびりした光景である。充分休んだので昼に出発する。今日がこの川旅中一番の強風であった。川は蛇行が当たり前でその度に向かい風になったり、左右に流されたりしながら、川の真ん中にはいかないように気を付けて漕いでいた。そうこうしているうちに17時近くになったのでテン場を捜しながら適当な中島があったのでそこでC7とした。
・川の泊まりも今日と明日の2晩のみとなってしまった。カーマックスまであと20km位だろう。明日はカーマックス直前の中島でC8としてこの川旅をしめくくろう。
・何故ここにやってきたのだろう?自分でもよくわからない。ユーコンには莫としたあこがれは昔からあった。しかしまさか自分が本当に行くとは思わなかったが、実際に来てみるとカヌーピープルにやってくる人々は実にあっけらかんとして海外の川旅を楽しんでいる。それもたっぷりと時間をかけて大自然の中にいる自分を楽しんでいる。
9月12日
・5時半起床。朝寒くて目を覚ますが、気温はそんなに冷えていないようだ。今日は最後の川旅だ。名残惜しいような、また早く帰りたいような気もする。だが、終わりが近づいてしまうとどんな長い旅も短く感じてしまうのは私だけではないだろう。いろんなことが思いだされてくる。
・Lake Labergeのcrossingは非常に苦しかった。肉体的にはもちろんのこと、あれだけ大きな湖(ほとんど海)を一人で断崖絶壁を見ながらのパドリングは、精神的負担が大きかった。ほぼ追い風ではあったが、日中になると風が強くなり、同時に波、うねりも大きくなり、気を抜くことができなかった。crossing2日目の朝、縦断し終わって30mile riverに入ったときの感激は、一生忘れることはできないだろう。
・昼にはCSに到着。ほとんど漕ぐこともなく、2時間あまりで着いてしまう。大きな中島で、いろんな国のパドラーがここでキャンプをしたことだろう。島の中央には『Austria Camp *95』という手作りの小さな見出し杭が立っていた。いろいろと想像力をかき立てる杭だ。みんなそれぞれ楽しい思い出を作って自国に帰って行ったことだろう。
・最後の焚き火をチロチロと燃やして、感慨にふけるのみ。
9月13日
・いよいよ川旅の最終日になってしまった。帰りたくない。が、kanue peopleとは今朝10時にCarmacksに迎えに来てくれという約束を交わしている。ほとんど、食料のなくなった荷物をシーカヤックに詰め込んでのらりくらりとCarmacksをめざす。人里が近い。最後のユーコンの景色を堪能しながらほとんど漕がずにCarmacksの町の橋下に到着。
・ついに終わってしまった。340kmの川旅を満喫した。けっして冒険ではないが、これほどの満足感を味わったのは何年ぶりのことであろうか?いつしか日本人丸出しで『バンザイ!バンザイ!バンザイ!』三唱している私でありました。
・シーカヤックから荷物を全部出して、ザックにすべてパッキングし直しながらKanue Peopleの迎えを待つ。
・Kanue Peopleのトラックがやってきた。約束どおりだ。個人の遊びの発想をサポートしてくれるシステムがしっかりしている。カナダは大人の国だ。『きっと、また来るからな』と心に誓ってWhitehorseへ向かった。