雑誌版結論部分へのコメント

 

しかし相互的関係なんか果たして取り合えるのだろうか。

そんな疑いがこの部分を書きながらかなり強く心をよぎった。

ジャーナリズムにとって最も必要なのは、事実に対する誠実さ、というか、謙

虚さだろう。みんな自分の報じていること事実なのだと強調する。しかし強調

すればするほど、事実について、まともに考えていないということが露呈す

る。

何が事実なのか、それについては哲学書が優に一冊書け、しかも結論は全く出

ないで、更に混迷は深まる、そんな種の問題だろう。

ジャーナリズムがそうした混迷に関わっている余裕はない、ということは分か

る。急ぎ報じなければならないのだから。そして広く支持を得たいのだか

らーー。

しかし結局、事実とは何か、分からないまま自分達は作業しているという認識

が意識のどこかに残っていて欲しい。

それがないから、自分にとっての事実にこだわる余りに排他的になる。そんな

事情は立場のいかんを問わず通底するように思う。一面的に捉えられた事実

は、相互に関係が取れない場合が多い。一つの事実を認めると、他の事実が認

められなくなる。だから複数の、特に発信の立場が異なり、作法が異なる

ジャーナリズムが同じ地平に存在しにくい。

急ぎ報じて行く一方で、もっと根源的な部分から事実とは何かを考え、ジャー

ナリズムとは何かを考える、複線的な思考ー行動様式があって良いように思う

のだ。それが一見、遠回りのように見えて相互関係を可能たらしめる近道なの

かもしれない。