畑仲哲雄氏インタビュー
取材場所:大阪市内の畑仲氏自宅
取材日時:1999年3月13日
参加:●畑仲哲雄、◯武田徹
写真1
○まずウェブサイトPRESS ROOMを作るに至る経緯を話して下さい。
●当時、通信社の経済部の記者をしていてその時に所属していたある記者クラブの仲
良しグループでオンライン上で記者クラブが出来るといいと話し合っていた。
ニュースリリースを提供してもらって、小さな短信記事を書きながら取材してゆくのが
クラブ詰め記者の生態なのですが、そういったものが捨てられたりいつのまにか散逸し
たりしてしまう。リリースはまとめてゆけば結構なデータベースになるし、われわれが
記事にしたものではなく、その元のリリースを見たい人もいるだろう。だったらそっち
を集約してゆくようなものがあったらいいなという話を仲間としていた。そして、それ
だけでなく、朝日やら読売やら社を縦割りを超えて記事が検索できるシステムが出来る
とさらにいいだろうということを話した。理想を語った。でもそういう話はするんだが
実際にする人はいない。で、じゃ、おれがプロバイダーに行って契約してくるからと言
ったのが最初。96年の年明けも話があって5−6月に始めた。
しかし実際にはライバル同士集まっているのが記者クラブなので難しかった。本来の記
者クラブは親睦の場なので、取材は取材でやって、それ以外にこれくらいは出来ていい
と思ったのだが、実際には仕事に差し障りがあるとまずいのでやはりうまく出来なかっ
た。
で、僕が一人でやって新聞社のリンク集を作るのが精一杯だった。ちょこちょことやっ
ているうちに地方公共団体のリンクも始めた。新聞記者同志でやろうやろうと言いだし
た時には想定していなかったのだが、ジャーナリストではないOLとかユーザーの人達
が、自分はこのURLを知っているので載せてくれとメールで言って来る。
ジャーナリズムとかジャーナリストといってきた部分とは全然違った情報の共有がある
のではないかなというのが最初のショックだった。一日400万部刷る新聞社にいて、
その後30万部を刷っている雑誌に係わって、私たちは情報の近くにいてそれを取って
来て加工してあげる。大衆、不特定多数の人はそれに従いなさいと、啓蒙的な姿勢で接
してきた。そして政府や役人たちには権力チェックだといって接する。向き合う相手次
第で立場を使い分けるコウモリ的な対峙の仕方をしてきた。ニュースリンクを作る時に
はそんなことと関係なく、お役人も協力してくれるし、読者も協力してくれる。通りが
かりの人もいるし、ずっとか関わってくれる人もいる。そういう関わりの中で自分たち
がずとやってきた仕事とか出してきた情報とは何だったのだということで考えさせられ
る。それはずいぶんイビツだったのではないかと。情報は本来共有されるべきものだっ
たのにマスコミ産業のジャーナリストが独占的に流すものだという風に思われてしまっ
てきた。97年5月に名前をプレスルームにした。その前、96年の3月にはリンク集
はあった。秋に話をして年明けに契約して、3月にはかろうじて出来ていた。
○確認ですが、当時所属していた記者クラブのについてもう少し詳しく。
●在阪の経済系のクラブ。家電や自動車、鉄鋼、コンピュータ業界とかを対象とすると
ころです。で、最初にメールをもらった時にマスメディアで働くもののルサンチマンが
あるのではとか書いてあった(武田註:取材依頼書のこと)が、そういうのは全然ない。
ネットジャーナリストではないし、今でも報道機関の社員ですから手すさびでやったと
いうのが実情です。それはもう自分の領分からはみ出した部分でこういうものがあると
いうのを知ってやったというだけ。あと、もったいなという気持ちはあった。経済企画
庁のクラブにつめていた時にもったいなとおもった。民間企業が発表するものと違って、
毎日大量に発表されて大量に捨てられてゆく。それは納税者の金で出来ているのにそれ
が捨てられて行くのはかちんとくる。
○記者クラブ制度への疑問は感じませんでしたか?
●
記者クラブそのものもおかしいとは思っていますが、クラブの内側にいる記者たち
だって、みんなクラブ取材には問題があるという意識があるはず。ただ新聞社に入る記
者のほとんどがそうだと思うが、最初から記者クラブおかしいと思って入るわけではな
く、入ってからこんなものかと思う。しかしそこで競争させられて余裕がない。記者ク
ラブは情報の特権階級で雑誌の人は入れない。しかしそこに入っている記者はどうかと
いうと特権の上にあぐらかいて楽な生活をしているかというとそうではない。記者クラ
ブの共同記者会見で下手なことを聞くとどういうことを書こうとしているか他社にばれ
てしまうのでそれは聞けない。さしさわりのないことを聞いてそれを後から夜回りに行
って聞く。そういうことを強いられる。地獄のようなドッグレースをさせられるのが記
者クラブづめの記者。落としちゃったら申し訳ない。上司にも悪いし。辛い。それは組
織の中で働く限り避けられない。ジャーナリズムの世界は本来はそんなものではないは
ずなのに、その先兵として記者クラブの記者がいる。こんなものなのかと思うのだが、
それでも逃げられない。
○でも特権もありますよね。
●それを実感したのが最初の勤め先の新聞社から雑誌出版社に転職した時。雑誌にいっ
たら記者クラブに入れないから。
○たとえば警察庁なんかは、記者クラブで話したからと言って、あらためて取材を申し
込まれた場合にそれを断る理由になっている。
●そうですね。
○話は戻りますが、ネットでの表現活動は個人名でやっているのだが、それは新聞記者
が署名では書けないのに対する署名性の回復ではないのか?
●自分の名前でやらない場合はリスクを回避できる。ぬくぬくしているというのはある
種あるのかもしれないが、しかしだからといって自分が署名で何かを書きたかったかと
いうとそうではない。別にネットでやりたいとは思っていない。もっと権威のある雑誌
でやったほうがよっぽど面白い。文芸春秋に独占手記を書くほうがよっぽど面白い。不
満があってなにかをやるのではなくて、やりたいことがあるのでやっている。大阪弁で
いういちびり。ちょっといたずらしてみましたというのが一番正直なところですね。
○ペンネームでやる選択肢もあったが?
●そうすると行きっぱなしになってしまって自分の中でセーブが出来なくなってしまう。
本名でやっているほうがいいんじゃないあのか。ペンネーム使う理由もないし良いの思
いつかないし。
○会社との関係は?
●これをやるといって許可を取る必要は特にないと思う。別に言っていません。会社名
を出したら会社でやっているのではないかと誤解されるのでそういうことはしない。就
業規則というのがあって、昨日ようやく見たのですが、通達がでたんだと思うんだが、
新聞で書いたものを発表するものは事前承諾。小説とか、どっかに発表したものでも会
社名がはいる場合は事前承諾。会社の肩書を使って商売してはいけないということでし
ょう。それがあるだけで他にはない。新聞で書いたものは新聞社に著作権がある。編集
委員クラスになると違うが。
会社の仕事で書いたものは社の看板で取材しているのでそれはまずい。そういうのから
一歩引いたかたちでページはやるべきだとは思う。
○ページを作ることは精神衛生上良かった?
●しんどいですよ。従来の啓蒙的姿勢で顔のない人に書いてゆくのではなく、意外と狭
い世界でこれ書いてよと言われて注文で書いている感じが強かった。開かれているよう
に見えて実はすごく狭い世界。知る人ぞ知るのもの。
○コラムを休んでいる理由は?
●過去のものを加筆修正して本にしようと思っているので、それが忙しいので。
○ページの中に<協力者>という表記があるが仕事の内容は?
●リンクを作っていた時にURLを教えてくれた人ということです。申し訳ないなと思
って。メディアの人ではなく、URLを教えてくれた。ニュースリンク集はもうたくさ
ん出来ているのでやる必要はないんだが、せっかくできたものだが載せている。ありが
とう、と名前を載せている。
○既存新聞社が自ら作っているページもあるがどう思いますか?
●リンクをばんばん張れるとニュースは面白くなるんじゃないかと思う。社説リンクを
朝日と読売とか張っていた。あれは著作権がないから張れる。
○テーマごとに縦覧できるようになっていたんですか?
●テーマ別ではなかったですね。産経の社説を読んでいる人が朝日は何を書いているか
と知れるだけ。
○僕は過去まで遡って事件の推移が知れる経時的報道をリンクを駆使したりしてしてほ
しい。新聞ってそういう通事的な報道が脆弱でしょう。
●弱いですね。
○デスクチェック以前の記事をウェブで公開するというのはどうですか?
●ボロボロになるんじゃないか。
○そこまで野蛮なものになったほうが面白いんじゃないか。
●まぁねぇ・・・・・・。
○「オンラインの世界はフリースペースと言って良い」と書いてあるが、なんらかの規
制がいらないか? たくさん情報提供をする、いわゆるジャーナリスティックと言って
よいページが作られた。しかしそこで出ている情報は信憑性の保証がない。酒鬼薔薇の
時の写真も、ウェブで公開されたわけだけど、確かに自粛してしまうマスメディアに対
抗する手段としてオンラインがあったということかもしれないが、もう少し考えられて
から出されるべきではなかったか。なんでも出せば良いに傾いているのではないか。
●僕はウェブというのは所詮便所の落書きの国際版だと思う。書く奴はどう規制したっ
て書く。けしからんと言う奴は常にそう言う。統一したルールをたとえば新聞の場合は、
新聞協会が作るという具合に作られていったがネットはそれがない。結局、いつも何か
規制やルールを作らなければと言いつつそのまま続いて行くのではないか。既存のメデ
ィアの感覚でいうと、こんな無法地帯は何か規制しないといけないし、方向づけないと
いけないということになるが、そうならないで進んでゆくのではないか。
○ジャーナリズム的なものは事実を報道するという名目がある以上、ある種の検証可能
性が求められるのではないか。本当にそれが事実だったのか検証できる道が残されてい
るべきではないのか。既存メディアだと事実じゃないという嫌疑がかけられても責任取
らないで逃げちゃう場合もあるが、一応新聞社として名乗っている以上、体制としては
誰が責任を取るか示されている。しかしネットはそうではない。
●本名でやるからこそ出来ることと出来ないことがある。匿名で書いていて悪口を書い
ている人のやりかたは本当なのか後で検証できないかもしれないが、面白かったり、普
段は聞けない情報価値が内容にあったりする。内部告発もそうだろうし。そうしたもの
もあるし、名乗ってしっかり情報をだすものもあるという風に棲み分けが出来てゆくの
ではないか。暗黒系は暗黒系で新聞社は新聞社でというとになってゆくのではないか。
そして利用者も好きなところにゆく。どこの便所にいってうんこするかの話でしょう。
○作る側、受け手が棲み分けしてゆくというのは相互関係の中でどれがいいだろうかと
見渡して比較してそうなってゆく。そのために情報が見比べられる体制が整っていれば
いいがインターネットは横断性が高いと言われつつ実は高くない。比較できない。見渡
すことが意外と不得意なメディア。リンク集でセグメントされているところに行くしか
ない。となるとリンクを張る人がリンク先をしっかり選ぶ。どういうサイトかと評価す
る。その評価を参考に受けてはどこのページを見るか選んでゆくということになるのだ
ろうか。
●ここでページを作った時、まずベースにあったのは新聞記者同士で利用したい、マス
メディア側で利用出来れば良いというのがあった。そこで不特定多数の人に利用させよ
うと思って、リンク集をこう作った。でもここではリンク先の新聞ページなどについて
評価はしていない。一言ふた言書いてもしょうがないとは思う。
○電子メディアは幾らでも修正可能なので、改ざん可能性も高いが、そのあたりについ
ては?
●口承文学のように書き換えられながら語り継がれて行くものに近いのかもしれない。
○ジャーナリズムは事実に関わるのであり自分が報道したものも事実として残すべきだ
と思う。それと電子メディア独特の改ざん可能性の高さの関わりの問題は?
●電子の方はオリジナルを改ざんしても、コピーした人が改ざん前のものを持っている
としたら改ざんが意味を持たない。その意味では電子メディアにも損はないと思う。
○改ざんをしていないオリジナルを持っている人が名乗り出て、つまり受け手がこう書
かれたという事実の一義性を草の根的に守る?
●話していて思うのだが、オンラインジャーナリズムにピンと来ている人がどの程度い
るのだろうか。ネットコラムニストとか肩書にもっているひとはいるが、多くは既存の
ジャーナリズムの枠の中に残っている。自分の場合も未だに新聞記者を引きずりながら
やっている。オンラインでジャーナリズムをやっているという自覚はないし。最初に入
った新聞社の靴をはいてジャーナリズムの世界に入って、今はネットでもやるが紙でも
やるというのが一番しっくり来る言い方。
○判断主体の問題は? 無署名の言葉使いだとだれが判断しているのかが曖昧になる。
ウェブだと既存ジャーナリズムと異なり、自分で名乗って自分の意見が言える。そこに
意義があるのではないか。
●新聞社の経営者としては、記者個々人が自分で判断するようになるのが一番怖いのか
もしれない。企業内記者なんだから企業の枠内で書いてくれということでしょう。記者
も判断するしデスクも書くが、新聞記事を書くのは法人としての新聞社が書く。でもど
うなのか。一日何人かしか見ないページと違って800万人に届くもので「僕はこう思
う」というのは危ないかもしれない。
○そこまで含めて棲み分けすべきじゃないか。たとえば紙媒体の朝日新聞としてここま
では朝日の看板にかけて一般的かつ客観的な結論だと言えるギリギリのところまで見せ
る。で、ページはそうではないところまで、たとえば記者の個人的判断まで見せる。
●それは理想ですよ。それに近いことを考えた記者はいてページを作ってきたんだが、
みな潰されて来た。新聞社に著作権があるんだから記者が勝手に動いちゃ駄目だという
ことで潰していった経緯がある。著作権について知っている記者がどれくらいいるか。
自分の記事だから自分で勝手にしてよいと思っているが実はそうではない。署名にして
も新聞社の仕事として書いた記事は個々人のものではない。それに署名で書くべきかど
うかという問題もあって、毎日が署名記事を増やしているが大森実とか内藤邦夫、西山
太吉などの大記者が書いていたころは面白かったがみーちゃんはーちゃんが署名を書い
ても面白くない。しかし・・・・・・、ページを作ってみてコラムを自分で書いてみて、しか
し署名性のこととかは僕はあまり考えてこなかった。ネットジャーナリスムというのを
考えていなかったので質問されると改めてそうだったのかと思う。
○課金の難しいネットではジャーナリズムが職業になれないことに関しては?
●ジャーナリスティックな視点の人が職業的ジャーナリストだとは限らない。僕自身が
小説を職業を持ちながらやっているのだが、それでいいと思っている。表現活動が職業
である必要は全くない。まぁ、紙媒体の権威をつき崩す動きになるのは良いんじゃない
か。
○ただ職業として成立しない。産業として成立しないので、結局,時間も取材費も持ち
出しになる。そうなるとやはり時間とお金のかかる取材が出来なくなる。で、ページに
書かれていることをサンプリングして書くということになる。それは幾ら綿密に網羅し
ても取材して書くのとは違う。ページの情報は別段お金になるわけでもないので、自分
で書きたいから書いているというもの。それは情報のあり方として言ってみれば広告的。
それに対して今までのジャーナリズムは情報収拾と伝達で食っている記者がいて、相手
の聞かれたくないところもで突っ込んで聞いた。それが出来るかどうかの違いは質的な
違いになるんではないか。
●ネットにあるものだけを取って来てまとめたいたというのは所詮その程度の物でしょ
う。アマチュアの人がそれがやり易くなったのは悪いことではない。それをどれだけ信
用するかは別として。ページの格付けをする人たちが必要かもしれない。既存新聞だと
朝日がえらい。その次は・・・・・・で、と地方紙もふくめてピラミッド構造がある。それが
ホームページにはない。誰かが格付けをやってゆく。チェックするひとがいる。そうや
ってゆくしかない。格付けの問題と交通整理が大きなビジネスチャンスになるんだろう
なという話をしたことは前にある。ただ秩序を持つのが良いのか悪いのかは別問題だと
思う。
★武田註:このテープ起こし原稿は畑仲氏の公開前にチェックを受けて、若干の修正を
加えている。ただしそれは表現を整える等で、内容は取材時の内容と相違がない。
●ちなみに畑仲哲雄のサイトはhttp://ing.alacarte.co.jp/~press。文中にあった初小説
は『スレイヴ』(ポット出版)。
●〈Press Room〉で97年5月以降発表されたコラムを収載した
畑仲哲雄氏の新著「メディア浸食の日々」(発行元:パレード)は、ネット上
で無料公開済みのコラムを新たに書籍としてまとめる、というこれまであまり
見られなかった手法を試みている。