●日経トレンディ臨時増刊号(4月22日発売)掲載記事より転載

  「職場でインターネットを始めたいという人がいて、同僚が相談に乗っているのを横で聞いてしまったんです」 〈あめぞう〉が語り始める。「そしたら同僚が、あんなの紙芝居みたいのも の、すぐ飽きる。長くやっている奴はバカだと言うんですよ」。
  心中穏やかではない。なにしろ彼は97年8月に自分のページを立ち上げて以来、インターネット三昧の生活を続けていたからだ。「憤慨しましてね。あっと思うような情報がネットには流れているんだぞと示してやろうと思った」と笑う。〈あめぞう〉の本職は高校教師。仲間の教員達は彼が〈あめぞう〉などというハンドルネームでネットで活動しているとは全く知らない。だから彼が脇で会話に聞き耳を立てていたなど思いもしなかっただろう。しかしこの時、彼が固めるに至った決心は、後にかなり大きな意味を持つことになる――。「それ以前はアプリケーションを配布するページへのリンク集を作っていたのですが、掲示板ページへのリンク集を作ることにした」。
  ネット上には様々な話題に巡って多くの人が書き込んで行く電子掲示板が開設されている。〈あめぞう〉は熱心にそんな掲示板サイトを見回り、内容的に面白く、活発に活動しているものがあれば自分のページからリンクを辿って飛べるようにしていった。これが功を奏し、掲示板を探すなら〈あめぞう〉ページという評判が定着する。
 そしてアクセス数が多くなると〈あめぞう〉は自分でも掲示板を開くようになる。多くが集まる場所に開かれた掲示板はそれだけ書き込みが多くなり、それを見に来る人がまた増えてゆく……。そんな好循環の渦が生じ、〈あめぞう〉ページは今や巨大な情報集約センターと化している。
  そこには確かに「あっと思うような」情報も流れる。しかもTVよりも速く――。「伊丹十三さんが自殺した時、うちの掲示板ではすぐに情報が流れ、脳が出ちゃっている死体写真までアップされていました。で、大騒ぎになっていたけど、みんな今ひとつ確証が持てない。そこにTVのニュースが流れて、やっぱり本当だったんだということになる」
  〈あめぞう〉ページはインターネットにおけるジャーナリズム活動を考える1つの好例だ。彼のページのキャッチフレーズは「大本営発表以外の情報」。そこに痛烈な皮肉が込められている。「マスコミはスポンサーに気を遣ったり、政府の顔色をうかがったりする。その結果、色々と情報が操作されることになる。その点、インターネットにはマスメディアに出ない情報が出る」
 事実を報道する「器」たり得るのはマスメディアだけではない。インター ネットもまたその役を果たせるはずだ――。〈あめぞう〉はそう考えている。(→あめぞうインタビュー全文へ
  インターネットの普及が既存ジャーナリズムとは別のジャーナリズム活動を様々に育みつつある。たとえばマスメディアに籍を置く現職ジャーナリストでもインターネットを利用するケースがある。
  「通信社の経済部記者時代に所属していたある記者クラブの仲良しグループ で、オンライン上でも記者クラブが出来るといいなと話し合っていた」。〈Press Room〉と題したページを立ち上げている畑仲哲雄が言う。「ニュースリリースの提供を受けて記事を書くのがクラブ詰め記者の生態なのですが、そういったものが捨てられたり、いつのまにか散逸してしまう。リリースはまとめれば結構なデータベースになるし、われわれが記事にしたものではなく、もとのリリースを見たい人もいるだろう。それを提供する場所というのが最初のイメージでした」
  ただし、このバーチャル記者クラブ構想は結局、頓挫。「記者クラブはライバル社の人間同士が集まっている場所だったので、実際に動くというのは難しかった」。で、畑仲は独力でページを作る。96年初春のことだ。
 やはり最初はリンク張りから始めた。マスコミ機関のオフィシャルページや 地方公共団体ページに繋がるリンク集――。それを作ることが意識改革に繋 がった。その作成に当たってURL情報を提供してくれた協力者の名が畑仲のページには記されている。それらは殆どがマスコミ関係以外の人たちだ。 「ジャーナリズムは権力チェックと言って政府や役人に情報を提供させ、大衆社会に対してはこの情報を受け入れて知識を高めなさいと啓蒙主義的姿勢で接する。ところがリンクを作る時には役人も協力してくれたし、読者も協力してくれた。通りがかりの人もいたし、ずっとかかわってくれる人もいる」
 そこにジャーナリズムが作り上げて来たものとは異質の情報共有の仕方があることに畑仲はショックを感じたと言う。「自分たちがやってきた仕事について考えさせられた。情報は本来共有されるべきものだったのにマスコミ産業のジャーナリストが独占的に流すものだと思われてきた。それはずいぶんイビツな認識だったのではないか」。 そして畑仲は職業的ジャーナリストではない立場からの情報発信として、自分のページでコラムを執筆する作業にも着手している――。(→畑仲哲雄インタビュー全文へ

 こうしたオンライン版ニュージャーナリズムは、今後どのように発展してゆくのだろうか。そこで気がかりなのが既存ジャーナリズムとの関係だ。周知のことだが大手マスメディアの多くもインターネットでのニュース発信を手掛けている。たとえば朝日新聞社は96年の8月からオンライン版のasahi.com(アサヒ・コム)を立ち上げた。
 「紙の新聞ではたとえば、これがトップの記事でこれはベタだと判断するに当たって、僕たちは朝日新聞社の価値観に従ってきた」。電子電波メディア局企画開発セクション部門長の井上実宇が取材に応じて語る。「紙面構成をする上で新聞社が自分の価値観を示すことには意味があると僕は思う。しかし、それに満足しない人がいるのもまた確かで、自分の知りたい情報がないというフラストレーションを溜めていた側面は否定できない」。それが新聞離れに繋がっているのではないか――。そんな問題意識がオンライン配信を始めた理由の1つだったという。
 確かにアサヒ・コムではインターネットの仕組みを使うことで新聞独特の 「レイアウト」が崩されている。インデックスページにずらずらっと表示される記事タイトルの中から読みたいものを選んでクリックすれば良いので、政治記事がでかでかと載った第一面など読みたくもないのに、そこから頁を捲って行かざるを得ないという面倒はなくなる。
 加えて特にメディアやハイテク関係では電子電波メディア局が独自取材した記事も加えている。こうして従来の朝日の報道傾向に不満だった人の要求にも応えようとしている。
 そしてジャーナリズムの方法として新しい試みもしてきた。「香港返還の前後に、向こうに住んでいる何人もの人にレポート執筆を頼み、メールで送ってもらったことがある」と井上が言う。「マスメディアが伝えるニュースには江沢民が来訪したとかいうものが多かったが、アサヒ・コムではレストランで隣のテーブルのイギリス人が涙を流していたというような記事が載った」
 生活者が伝える身近な情報――、確かにそれが出来事のリアリティを豊かに示す場合がある。これはネット上の掲示板に書き込まれる情報の魅力にも通じるものだ。実際、井上もオンライン上で発信される情報について「非常に刺激的で面白いものが含まれていると思う」と評価する。
 だが――、話を聞き進めるにつれ、相違点が浮き彫りになってくる。「朝日新聞がそうした優れた情報をセレクトして世の中に伝えてゆけるようになるといい。情報発信者である彼らとアサヒ・コムとのあるべき関係は棲み分けではない。彼らと手を結び、アサヒ・コムの世界の中にそれを吸収してゆけるといいと思っている」
 確かに井上の考えも理解できる。インターネットの世界は余りにも茫洋と広がってしまい、良い情報があってもなかなか注目を浴びない。その点、ジャーナリズム・サイトとして多くのアクセスを集めるアサヒ・コムにそれが掲載されれば、より多くの眼に触れるチャンスが生まれる。そして朝日新聞社120年史の中で培われてきたチェック・システム(――誤作動したこともあるが――)を経由することで情報の信頼性も高まる――。
 しかし既存ジャーナリズムがインターネットで分散的に始まっているオンライン・ジャーナリズムを吸収してゆくという考え方は、おそらくネットワーク活動家たちの支持を得られまい。(→井上実宇インタビュー全文へ

 「マスメディアはインターネットのことを全く分かっていない」。河上イチローが言う。「最初はいかに素晴らしいものかと誉めたたえてばかりいた。しかし毒物の事件とかが発生すると、今度は危険きわまりないと非難するようになる。両極端しかなく、実質的な議論を全くしない」
 河上はマスメディア批判の急先鋒だ。自らのページ〈Der Angriff〉や著書『サイバースペースからの挑戦状』でマスメディアがインターネット上の表現活動をいかに圧殺しようとしているか激しく糾弾、応戦する姿勢を見せる。〈あめぞう〉と同じく、河上の場合もマスコミには語り得ない領域があるという認識を持つ。というより、彼の場合、それを埋めたいというのがそもそもの出発点だった。「破防法問題からなんです。それについてマスコミが何も言わないので、これはもはや自分で言わないと仕方がないと思った。幸いインターネットという発言できる場所があったから、そこで自分の意見を述べてゆこうと思った」
  インターネット上の情報提供活動は既存マスメディア・ジャーナリズムから遠くあり、それと歩調を合わせずに動ける点にこそ価値がある。もしもマスメディアに取り込まれたら個人としてインターネットで発信する最大の存在根拠が失われる――、それは河上だけでなく、インターネット上で発言する人に共通する実感なのではないか。
 ただ、このように対立の構図でジャーナリズム問題を考えてゆくところにある種の限界も感じる。
 確かにインターネット側からの批判が、マスメディアの姿勢をただす上で役 立っている事情はある。例えば、しばしば指摘されるマスメディアのインターネット無知は明らかに問題であり、デジタル・リテラシーの高い記者を養成しなければならないという声はよく聞かれるようになった。
 逆にマスメディア側からのインターネットへの批判――、例えば匿名的だから無責任な発言が横行するとかいうもの――が、建設的な効果を生み出す場合もある。前出〈あめぞう〉がこんなことを言っていたのを思い出す。「確かにネット情報は匿名での投稿が多いし、情報の出所も明記されない。だから本当かどうかわからない。正直なところ酔っぱらいのヨタ話と区別できないものもある。でも最近はすぐにニュースソースを示せと言うレスがつくことが多い。情報が信頼できるか確かめようとする姿勢は以前より強まっている。あまりに無責任な発言をすると、そんなことだからインターネットはダメだと言われるんだというレスがつくこともある。無責任で不確かな情報が氾濫している状態を自浄しようとする傾向が現れ始めているのではないか」。これは明らかに外部の声を意識して、身の振り方を正そうとしている動きだ。(→河上イチローインタビュー全文へ
 だが、対立の構図では語り得ない問題もある。たとえば――。インターネットはプロバイダと通信事業者の力を借りずには接続できない。電機メーカー製のコンピュータにソフト会社製のブラウザを組み合わさずには情報が開示できない。ネット上のジャーナ リスト達はマスメディアがスポンサーや政府の影響下にあることを問題視するが、自分たちも実は他人の掌の上に乗って踊っているのだ。実際、ソフト流通会社系列の掲示板ではパソコンを批判的に語る発言が御法度になるなど、様々な制約が既に生まれつつある。
 これは1つの例に過ぎないが、インターネット上の情報発信の自律性はあっという間になし崩しにされて行きそうな懸念がある。それは産業界の方がいち早くネットを「金のなる木」だと考え、怒濤の侵攻をした結果でもあるが、情報発信者側にわきの甘さもあったのではないか。

 実は甘さは今に始まったのではない。 「日本の場合、マスメディアの体制自体が明治以来の近代国家建設と共に展開し、経済発展を通して確立されてきた事情があって、ジャーナリスム機関をいかに独立したものにするかという議論がなされてこなかった」――。東京大学社会情報研究所助教授の水越伸が言う。確かに客観報道の必要性を主張する声だけはやたら大きいが、実際に客観的な情報発信が可能なジャーナリズムの体制を成立させる必要性とその具体的に手だてについて、国民的関心が注がれたことはついぞなかった。そんな歴史が、時を経て、インターネットをジャーナリズム装置として自律させる道について考える視点が広く共有されない状況にも繋がってゆく。
  「特定メーカー製のブラウザーやTCP/IPのプロトコルの上に多くの情報が載らざるを得なくなっている今こそ、ジャーナリストたちが所属企業や立場の壁を越えて繋がってゆくリーグ的なものを作って、したたかに立ち回って行く必要があるのではないか」
 水越はそう言う。確かに対立を超えてゆく動きが必要なのだろう。マスメ ディアにはマスメディアの、インターネットで個人発信する人には彼らなりのジャーナリズム作法がある。それぞれの中の優れた部分を伸ばす形で相互に関係を取り合い、階層的な(――どちらがエライと競うではなく、市民に近い層の情報の流れと、全国紙的マスメディアがとりまとめ役を果たすより大局的な情報の流れが、重層的に存在する)構造を取ることで、総体として自律したジャーナリズムの情報空間が得られる方向に仕向けてゆく――。そのために今こそ万国のジャーナリストは「孤立を恐れず、連帯を『厭わず』」の気概を持って、オンライン化の趨勢に臨むべきなのだろう。(→水越伸インタビュー全文へ) (敬称略)

雑誌結論部分へのコメント

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