水越伸 東京大学社会情報研究所助教授インタビュー

於:東京大学水越研究室

日時:3月26日午後1時ー2時20分

参加:●水越伸 ○武田徹 △天野(日経トレンディ編集部)

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●ジャーナリズムの問題は、今の人たちは新聞読まないとかいう需要面の問題

もあるし、技術の問題もあるけど、やっぱり一番大きいのは送り手の組織の問

題が大きいなという感じがする。たとえば東大で情報学の講座を持っても良い

のだが、先生が小山の大将で誰がボスだとか言い出すのでどうしようもない。

ゲリラ的にちょっと面白いことが出来る時期があったり、いいボスがいると

ちょっといいだけ。ジャーナリズムというと本来、階層性があったりするんだ

が、いきなりオンラインみたいなものが出てくると、突然、近代ジャーナリズ

ムとはとか、記者がそれまで言ったことがないことを言い出したり、信頼性が

どうたらとか言う。かつては瓦版があって、その上に朝日があったわけでしょ

う、今だって市民がジャーナリズムやっていて、それもあってアサヒコムもあ

ると言うので良いはずなのに、そういう階層構造をどうしても許容できない。

人間は不思議なもので、組織の人間というのは理解はあるけど許容できないと

いうのがある、それが大きいと思う。それに日本の場合、プレイヤーが少な

い。日本新聞協会加盟の新聞社は200もない。新聞といったら全国紙と地域

の新聞しかない。プレイヤーが少ない。そういう中でがんばってやると、その

人自身にもどうしても有形無形の圧力がかかるので、グラスルーツのジャーナ

リストになるとしても、どうしてもひねてしまう。カウンターに走らざるをえ

ない。僕はアメリカに一年間いっていたんなが、インターネット元年と言われ

て2、3年の間にこの分野、ジャーナリズムに限らず、オンラインの何かとい

うのはアメリカと日本で相当差がついてしまったんじゃないかなという思いが

する。

〇アメリカはニューヨークタイムズだとかいってもそんなに部数がないじゃな

いですか、状況は違う。

●そう。一千万部以上の読売がオンラインやるのと、ニューヨクークタイムズ

がやるのとは確かに違う。

〇在野の人もアメリカでは自分の方がニューヨークタイムズよりもたくさん読

まれているとか思えるのではないか。日本は始めから影響力の差が紙の全国紙

の新聞とオンラインで歴然としていて、それもまたひねてしまう理由のひとつ

になっている。

●これはブラックユーモアというか、ブラック現実なんだが、外資が日本に

入って、たとえば毎日新聞をマイクロソフトが買ってしまって、終身雇用がく

ずれて、一流のマスメディアに入るのがジャーナリストになることなんだとい

う考え方が崩れた時に、みんな気づいて、ある人はオンラインジャーナリズム

にゆくし、ある人は地元の新聞にゆくとか。そういう規制緩和で構造破壊がみ

んな気づかないかもしれない。

しかし問題は破壊されるとそこから何か面白いものが出てくるかというと、ロ

シアの資本主義みたいに破壊されたらその後m何も出てこない状態が30年も

続いてしまうこともあって、それだと困る。しかし今の仕組みがまま生き延び

ていいかというとそうでもなくて。しかし間違いなく外資と再販の問題は起き

るわけで。

〇今の話は、メディア関係者のメンタリティから始めて積み重ねていった論理

だったわけですが、それとは別にうもっと構造的な視点というか、たとえば信

頼性の問題というのはオンラインではマスメディアも個人ジャーナリズムも同

じように問われるようになるし、産業構造との関わりとか、そういうところで

何かが変わればオンラインジャーナリズムの成熟が促進されるかというよう

な、そういう体制が取りやすいような構造が出来ることはあるんでしょうか。

たとえば課金なんかが出来ると市民ジャーナリズムが経済的な裏付けを持てる

かも知れない。

●それはおっしゃる通りあると思う。それこそジャーナリスティックな視点か

らは注目されないが、ネット接続とかパソコン使える人が増えているとか、そ

ういうリテラシーは進んでいるわけで。インターネットはなんだかんだ言って

もまだまだ可能性を秘めたテクノロジーというかメディアであるわけで、それ

がその特性に合わせてある意味で構造を変えてゆく要因になることは間違いな

くあると思う。それは前提というかベースだと思う。その力をどうリリースす

るか。僕が最初に言ったメンタリティというのはその障害になっている。それ

がさっき言ったみたいなかたちでぶっこわすことになるのか、市民の発信網が

ジャーナリズムを取り囲んで何かが変わってゆくのか。それはどっちもだと思

いますね。

僕はジャーナリズムというのは階層的に考えるべきだと思っていて、たとえば

武田さんがやっていることはルポルタージュとかということで、組織ジャーナ

リズムではない。それはアメリカではジャーナリストだと言われて当然のもの

なのだが、武田さんのやっている分野というと日本だと非常に少ないじゃない

ですか。でもやはりジャーナリズムというのは一方でドキュメンタリーがあっ

て、一方で市民の発信があってと階層的な構造を持つべきだと思う。ところが

いざオンラインでジャーナリズムが出来そうになると、さっきもいったけど既

存ジャーナリストが今まで使ったこともないような言葉で語ってジャーナリズ

ムを守ろうと躍起になる。それは実は彼らにとっても有効性はないと思う。

僕、ちょっと話がずれるけど、オンラインでテレビはどうなるのかなと。テレ

ビ局のホームページってとんでもないでしょうい。それに比べればまだアサヒ

コムや産経もジャムジャムも一応はがんばっていますよ。確かに赤字も出して

いるし問題はたくさんあるが。それに対してテレビのウェブはどうかしない

と、TBSなんかも女子アナ図鑑が一番アクセスが多いからそこを充実させて

いるんだが、それはますいよ。TBSの報道の人はCNNなんてとすぐに馬鹿

にするけど。CNNインタラクティブを見てみろって感じですよね。もう全然

ちがってしまっている。

ジャーナリズムをどう捉えるかによるけど、ジャーナリズムは新聞や雑誌だけ

じゃないわけで、テレビはどうなるかというのは気になる。あと地方紙。地方

紙のウェッブは薄いわ。がっかりする。そんなに最近は見ていないが薄い。東

京の有力な新聞社以外のオンライン発信っていうのはマスメディア系ではだめ

で、結局、全国紙系とアングラ系の人しかプレイヤーがいない。京都新聞とか

河北とか、中国新聞とか信濃毎日とか、あのクラスの良い新聞があるんだから

ウェブも何とかしないと。二人ぐらいいれば何とかなるんです。しかしそれも

出来ないのはきっと誰もいないんでしょう、やる人が。

〇テレビは自分自身の足場の弱さが出ちゃうと思う。少なくとも民放は広告収

入依存であって、広告はいkないたくさんに見られるかがやはり大事で、とな

るとどうしてもテレビのニュースは刺激の強度を求めるか、エンタテイメント

化せざるをえない。つまりニュース報道にふさわしい組織ではそもそもないで

すよね。その歪みみたいなものがウェブ発信出来ないというところにも出てい

るのかも知れない。あと地方紙に関しては、やはり地域密着型の報道と、オン

ラインの特性があわないのかしら。

●でもサンノゼマーキュリーが一昨年ぐらいから全国型の広告を使わないで地

ネタだけでやるようにした。そういうのを見るとウェッブの特性が地域情報を

拾い上げる方法と合わないとは思わない。で、宮城県でも3つぐらいあっても

いいし。ごぞんじのように地方紙だって全国紙だって支局をたくさん持ってい

て書かせはするけどボツになる記事がある。それをデスクが加工して、たとえ

ば千葉版とかをウェッブ発信で作ってもいいんだが、それはやらせないです

ね。朝日はアサヒコム以外、ウェッブを作らせない。朝日はドアーズが眼の上

のタンコブで、あれは先に出来てしまったからあるんだが、アサヒコムはそれ

をつぶしたい。そんなこと争ってもしかたがないと思うんだけど。

僕が見ても電子電波局はがんばっているなと思うが、社内ではやはり周縁的な

ものだから、自分たちでピラミットをつくってゆかないと生き残れない。西日

本で作られたらたらたまらないから全部うちに集めろという。

〇朝日コムは北海道はやるみたいですよ。

●それは北海タイムズがああなったからかな。

○北海道をなんとかしたいと思うんでしょう。

●そうか、そういういとが絡むと地方でもやるわけですね。

〇前に水越さんが朝日新聞の新聞週間の時の特集で語っていたことが印象的

で、普通は有料の紙メディアの一部をデジタルで出しているが、それは逆で、

デジタル版の方がむしろ情報量が多くて良い。その多さをうまく使うべきだと

離していて、そうだと思った。

●玉木さんと対談した時のものですね。

〇で、それを今回やってみようと思っている。取材の前後を含めてウェブでは

出してみようと思っている。

●たとえばこの雑誌(見本誌のトレンディ)は情報が満載で、基本的に読み足

りない感じはしないけど、自分がすごくよく知っている分野で、ピンポイント

で知りたいことがある場合はやっぱりヒットしないことがある。もっと詳しい

情報がないとダメという場合がある。そういう場合、たとえばウェブ版でもっ

と詳しい情報を補充したりする。あるいは細かいスペックなんかはメーカーの

ページにリンクを貼ることでフォローするとかも出来る。

〇いやぁ、知識の差は悩みますよ。僕が一番痛感したのはマルコポーロで満州

国の特集を作った時。マルコの読者は若いから基本的に満州国なんて全く知ら

ない。しかし世の中には引き上げ経験者とか極めて満州国に詳しい人がいる。

で、どのレベルで記事を作るか。通常読者向けに分かりやすく作らないといけ

ないんだろうが、特集が特集だけに満州国に詳しい人も読む可能性が強いわけ

で、あんまり子供っぽい作りだと苦情が来る。で、もっと深く突っ込みたいが

それでいいのかと悩む。

●確かにマルコの普通の読者は満州なんて知らないでしょう。話は変わるけど

トレンディはどれくらいんでているんですか

△32万部と言っています。

●それはすごい数でかなりのもんだと思うんだけど、でも朝日新聞が850万

部も出ているのに比べれば微々たるものですよネ。あるいは視聴率1%120

万というTVに比べてもそう。で、テレビだと、たとえばNスペで満州国をや

る場合には、ここまでの知識レベルでやるって設定できてしまう。だからもっ

と深くやるべきかなんて迷うことはない。

○ある知識レベルを定めれば、いずれにせよかなりの視聴者数が見込めますか

らね。母数が多いから。

●新聞だってたとえば毎週連載で毎回80行の記事を書くとしたらすごい名誉

だし、仕事量もかなりのものだと思うけど、多分武田さんが言ったような欲求

不満なり中途半端感は持たないと思う。しかし逆に言うとそれが問題なんで

す。雑誌が数十万。ラジオがやはり視聴率が少ない。雑誌やラジオだと、どの

レベルに向けて発信すればいいのかという悩みが自覚されているのでインター

ネットでレベルの違う受け手をかばーしてゆく必要性やその可能性に気づきや

すいそれに対して日本の新聞やテレビはあまりに大きいので、ウェブで多層的

に展開しないといけないということに気づかない。それが問題だと思う。

〇新聞やテレビが受け手の知識量の違い次第で理解されもするしされない場合

もあるという問題を解決しているのではなく、受け手があまりの多いので、ど

う作ってもそこそこのい数の受け手が見込めてしまい、結果的に読者にスポッ

トを当てられていない問題が露呈せず、隠蔽されているわけでしょう。実は新

聞もウェブで多層展開する意味はあるんですよ。

●そう、隠蔽されていて、気づいていない。これは問題です。もはや救いよう

がなくて、このまま駄目になってゆくのかもしれないと思いますけど。

〇でね、マスメディアのウェブ展開のコンテンツでというと、多様な読者に対

応するためのもの、或いはデスクの判断でボツになっているものを出して行く

とかが話に出ましたが、他に何かありえますか?

●難しいところですね。基本的なことだけど、日本の今の新聞、テレビという

ものが今までみたいな大儲けはもう出来ないだろうと僕は思う。新聞もそうだ

し、テレビもこんなに経常利益の高いところはないわけで、一応、経済状況同

様に右下がりとか言われているが、それでもまだ結構いい給料もらっています

よね。たとえば雑誌、日経系は違うかも知れないが、普通の雑誌と彼らは給料

が全く違う。でも、メディアで表現して、生産して受け手に届けて稼ぐ場合、

そんな大儲けできるものではないと思うんです。今の高給料のままこれからも

行くとは思えないんです。で、もっと地域に密着するとか、テーマごとに掘り

下げて行くとか、そういうことが出来るようになることが日本のマスメディア

業界に第一に必要なことだと思う。しかし本当のことを言うと、それだけでは

足りなくて、ある種のグローバル化みたいなものも同時に考えないといけなん

だが、理屈はそうだが実際はむずかしいですね。日本語の問題があるし。一番

簡単なのは在外日本人向けというのはあるが数がそういないし。

これはテレビとかラジオの話だが、デジタル化が進んだ時。素人っぽく考え

たって、今のプロが、今のノリで埋めようとしたって絶対に無理ですよ。これ

はいかに下請けを使っても無理で、だってTBSが2波に増えるぐらいならせ

いぜい対応出来るかもしれないが、7つも周波数を貰えてしまうわけでしょ

う。これが対応しようとしたって無理ですよ。で、どうするか。3つだけ貰っ

て後は返しちゃう。で、2つは頑張って作って、3つめのチャンネルは東京放

送なんだから東京の人のパブリック・アクセス・チャンネルにしてしまう。こ

れは殆ど儲からないでしょう。でも経費もかけないから赤字はそう大きくなら

ないで済む。情報空間が広がって行く時、パブリックアクセス的なところをマ

スメディアがコーディネイトしてゆくっていう役割は僕はあるような気がす

る。それでは儲けられないが、それを持っていることが広告出稿する時のアリ

バイになることはあると思う。それはもう幾つかの地方紙でおこっているこ

と。地元の葬儀社とかが広告は出してくれますよ。

〇リンクの使い方。日本の報道って通時的な報道に弱いじゃないですか。そこ

をひとつの出来事の流れを追えるようにリンクを張るとかいう方法はあるん

じゃないか。

●あるでしょう。大事ですね。それは絶対にやってゆく必要がある。基本的に

は僕は今パブリック・アクセスという素人系の話をしたが、ルポルタージュな

り、プロの仕事として年代記的なドキュメントなりを、毎日のジャーナルと同

時に出す。ドキュメントは大事ですから、それにリンクを張ってジャーナルの

多い誌面を補って行くことはあるでしょう。

〇でも外にまでリンクを張り始めると自社の信頼性チェックシステムで保証出

来る範囲から出てしまう。その解決は・・・・・。

●無理でしょうね。それに酒鬼薔薇事件の時に朝日がプロバイダーに圧力を掛

けたち今だにこだわっているような人はリンクを張られることすら不快に思う

だろう。

ただ信頼性に関して言えば、リンクを張られる可能性が高まることで、これは

いっかいこっきりの発言ではなく、後々まで見られるかもしれないのだと思う

ようになって、それがインターネット上での発言の文化を鍛えるということは

あると思う。自分が書いたことが読まれるかも知れない、見られるかも知れな

い、そういう意識があると、信頼性にも注意深くなって、ある種のデジタル

アーカイブ文化作りに繋がってゆくこともあるのではないか。

あと問題は、日本の場合、電子電波局の記者がいない。取材業者がいない世界

なんですね。アサヒコムなかではメディア関係を取材に行くとかはあるらしい

が、サンノゼマーキュリーとかウォールストリートジャーナルのような、専属

のオンライン専門の記者はいない。アメリカでは彼らが取ってきたスクープが

オンラインだけでなく、紙の新聞にも載ることが有るんだが、日本ではそれは

ない。

電子電波局は政治部が取って来た記事を加工して載せるだけ。これは伝統的に

いえば整理の仕事だけでしかない。つまり取材する手足がなくて、頭しかない

存在のわけです。

〇CAJとかオンライン記者とかいうところに該当する存在がない。

●そうですね。ただね、オンラインジャーナリストって何だか分からなくて、

オンライン用の政治記事だって経済記事だって、実は普通の政治記事、経済記

事と変わらないわけでしょう。となると結局、オンライン記者というのはオン

ラインを使う素養が記者にあるということに過ぎない。もっとも今の日本の

ジャーナリズムで言うとこうしたオンラインのジャーナリストを育成するだけ

でも大変です。

〇技術は割と早く蓄積されるだろうが、リンクとか、オンラインのジャーナリ

スムに質的に変化をあたえる可能性を持った部分をどう理解するかは、随分と

先になるように思いますね。

●そうですね。千葉支局の記者は住民の僕なんかよりも千葉のことをよく知っ

ている。それだけ情報が集まる場所にいるし、歩き回ってもいる。しかしサイ

バースペースと言われているところでどんな問題が起こっているかを知ってい

るジャーナリストがどれくらいいるか。趣味でやっている人がいるかも知れな

いけど、一般市民よりも電子メディアに対しては弱いんじゃないか。忙しくて

覚える暇がない。むしろ息子のほうがよく知っている可能性がある。しかしだ

からマスメディアのインターネット系の記事は劣る。知らない人が書いている

んだから。デスクも知らないし。オンラインにはウェブもあるし、メーリング

リストもある。そんなの一々関わっていられないと言うかも知れないが、やは

り地元を回ると同じく、サイバースペースを回って、そこそこ知識がある記者

が記事を書くべきでしょう。知らない人がウェッブにはこんなものがあるとか

書いちゃう。これは問題。

〇検索をかけてヒットした数を掲げてオウムのページがこんなにあるとか言っ

ちゃう。

●オウムなんて仏教用語でもあるんだから、それだって検索にかかる。

〇青酸で自殺した人が出て問題になった時も、相当ひどい取材を受けたらしく

て、マスメディアの人がページに立ち入ることを禁止しますと書いている掲示

板があった。マスメディアが入ってきてそれを僅かでも記事にしたら一億円の

賠償請求をしますなんて書いてある。

●確かにあの時の取材はひどかったですよ。

〇でも一億円の賠償請求なんて、幾ら証紙代がいるのか。そんなことは知らな

いで書いている。こっちはオンラインの世界は詳しいけど、現実のことを知ら

ない。

●頭に血が登っちゃっているんでしょう。で、話は変わるけれど実は今ジャー

ナリストの再教育をしようという話がある。社会人教育として、文部省がやろ

うとしている。

確かに必要性はあるわけで現場からも要請がある。昔は新人は支局に転属に

なって時にサツ回りとかで鍛えて、たたき上げるということがあったけど、今

はそんなことはもう出来ない。情報化が進んで猛烈に忙しくなっちゃって、た

たき上げている余裕がない。たまに暇が出来た時に、じゃ、飲みに行くかと誘

うと、現代っ子ですからつきあいが悪くて、今日は先約があってなんて言って

帰っちゃう。そんな事情もあって、記者のスキャンダルも多くなっているし、

意識も下がっているということで、再教育が必要というのは現場でも言われ始

めている。

でもその教育の場は新聞協会主導とかでは絶対にダメで、やっぱりパブリック

な機関がやってゆかないとダメ。そこでたとえば武田さんみたいな人が教える

側に立って意見を披露する、すると学生がそれちょっと違うんじゃないとか

言って意見を交わす。

自立したジャーナリストが出てくる必要がある。それは実はオンラインの

ジャーナリズムが出来るかどうかとも関係している。それはかなり複合的にか

らまっている。

構造的に制度が崩れてくる中で、やる気がある人がどれくらい出てくるか。ど

れくらいネットワークを組んで行けるかが日本の場合、大きいと思うな。

△ジャーナリストの再教育とオンラインジャーナリズムが確立されるかどうか

が、複合的に絡んでいるという話だが、今、オンラインでやっている人が本格

的なジャーナリストに育つことはあるのだろうか。

●あると思いますよ。玉石混淆で、色々な人が出て来ると思う。畑仲さんは窓

口的には大事な仕事をしているとおもうし。そういうのはこれからもずっとあ

ると思う。

今は海辺の磯で一番尖った部分しか海面上に出ていないが潮が引けば色々な水

たまりや潮だまりが出て来るんじゃないか。

〇気になるのは僕なんかは雑誌をやっていて、広告の圧力というのは非常に気

になってきた。僕は読む上でもビジュアル雑誌が好きだったし、自分でそこを

活動の場にして来たんだが、そういう雑誌は成り立つ基盤が広告収入に頼って

いる。で、やはりスポンサーになっている企業に対しては気を使う。気を使う

なんて良くない、書きたいことを書いて良い雑誌にするのがスポンサーのため

なんだという論理もあるかもしれないが、そう簡単じゃない。で、インター

ネットはそういうしがらみからは逃れて欲しいと思っていた。でもあっという

まに紙の雑誌以上に広告の圧力下に置かれちゃったでしょう。あるソフト流通

系の運営する掲示板はパソコンの悪口を書き込むと消されるらしい。

●それを思うと絶望的な気持ちになる。たとえばアメリカのポータルサイトの

技術を含めたデザインの進化、いわゆるメディア資本の中での注目のされかた

と売買のされかたを見ていると、これは大変だわいと思う。ジャーナリズムと

ポータルの関係がどうなってゆくかは僕はよく分からないけれど、実際、どん

な小さいところにも広告が浸透してゆく。電通なんとかというところが手回し

をしてゆく。電通とは博報堂というのは組織としては非常に古典的なところだ

とも思いますよ。やっぱり基本的には広告営業をやっているところで、ああい

うところは古典的なおじさんのノリでサイバー世界の細かいところまで仕事に

してゆく。そういう動きともう一方でポータルサイト的なものがくわっと動い

てゆく、そういうことが同時に起きている。そういのを見ると、「水越くん、

やっぱりジャーナリズムは紙じゃないとダメだよ」なんて意見されることがあ

るのだが、やはりそうなのかなと思ってしまう。ポータルがどうなのか、新聞

社の社長なりテレビ局の社長なりで、アメリカのポータルサイトの目指すとこ

ろと違うものを示せと言われたら、言えないでしょう。

マイクロソフトのブラウザー使わないとページを見れないとかいう技術的な制

約が、あるポータルサイトにアクセスを集中させるので、そこを握る企業が情

報活動を左右するようになる。

〇儲けようと思ったらアクセス数の多いポータルサイトを作れば良い。情報産

業も結局、そうした経営的成功のモデルしか持っていない。でもそれをやると

一企業の掌の上に報道が載るわけで報道の客観性という者は非常に難しくな

る。どうも今後はそうなってしまう気配が濃厚だけど、そこにかくも簡単に雪

崩れ込んじゃうのは、今までも客観報道が重要とか言いながら客観性を守る具

体的な手だてについて考えてこなかったわけでしょう。記者が誠実に書けば中

立公正な報道が出来るという非常に甘っちょろい論理しか持っていなかった。

そうではなく客観的な報道が出来る組織体制を作る必要があったんですよ。で

もそうした問題意識は出ずに、うやむやに理念だけが謳われてきた。そうした

弱さがインターネットの時代になって噴出している。

●おっしゃるとおりですね。特に日本の場合、国作りとメスメディアの成立が

機を一にしていたし、東京集中の流れ、産業社会の成立と同時にマスメディア

が発展してきたところがあって、政府や企業社会からマスメディアが毅然とし

て独立するような機会を逃して来てしまった。で、それを変えて行かないとい

けない。企業体と超えた本当の意味でのユニオンのようなもの。日本でそうい

うユニオン的組な公的織がない。本来、労働組合がそうなるべきだったものか

もしれないのが、そうではないし。大学のマスコミ学科のようなところもそう

したものを作ることに繋がるような動きをしてこなかった。今、武田さんが

おっしゃった産業との距離をいかに取るかというのは、どこの国でも問題なん

だが、それをやっていかないといけない。インターネットを使った時にテレビ

とか新聞とかいった垣根は確かになくなった。しかしマイクロソフトの上に

載ったり、TCPIPの上に載らざるを得なくなった。そのなった時にこそ

ジャーナリストのリーグ的組織、ユニオンが筆王ですよ。それがうまく組めれ

ば意外にしたたかなものになるような気がする。

〇ジャーナリスム系のサイトもアドレスco.jpじゃないですか。象徴的な話で

しかないんですが、 あれっておかしですよね。企業じゃないはずじゃなかっ

たのって思う。

●そう、そう。

〇ジャーナリズムで独自のアドレスを発行するということだったら、それが

きっかけになって独立した機関になれたかもしれない。

●.jrとか? 確かにアメリカのジャーナリズムもスキャンダルがあるし、ガ

タガタですよ。しかし本当にお題目に過ぎないんだが、ピュリッツァー賞のコ

ミッティでそういう話をするとか、メディア学のコミッティで話をするとか、

そういう話をする場は市民の中にもあるし、現場でも話すし、アカデミズムで

もやるし、というというのがあるんだが、日本だと志のあるジャーナリストが

自分達のうちわだけで勉強会するとか、支局で同期だったから新橋で一年に一

度飲むとかしかしない。これは問題ですよ。やっぱりジャーナリスト教育なの

か、ユニオン的なものなのかは分からないが、そういうものが日本の人口から

言えば5個か10個あっても良いと思う。それがなくて記者クラブか、新橋の

飲み屋になっているわけでしょう。崩壊は進めばそういうものが出てこざるを

得ないと思うのだが、しかし崩壊して何にも出てこなかったら困るし、それを

考えると暗澹たる気持ちになりますね。