テープ起こしについて
取材でテープを使うのは少数派だ。新聞記者の多くはテープなど録らない。
テープレコーダーの使用を巡る価値観について印象的だったのは、立花隆がこ
んな趣旨の発言をしていた時だ。「予習をきっちりして取材に臨めば十分にメ
モで対応できる。テープを使うのは準備不足の記者が後でなんとかしようとす
るためだ」。
おそらくこうしたテープレコーダー観は根強いのではないか。
確かに準備をし、聞きたいことを絞って取材に当たればかなりの部分メモで
も対応できるだろう。準備不足で自信がないからテープに頼るというのは情け
ない。
しかし準備をしてもなおテープを録る必要はあるというのが僕の考え方だ。
取材現場で聞き取れることは案外と少ない。これはテープを起こしてみると
いつも痛感する。自分なりの解釈で相手の話を聞いてしまい、こちらの思った
のと別のニュアンスがあっても気づかずに取材を進めてしまうのだ。
人間は自分の思い通りに物事を理解しようとしがちだ。それは取材でも往々
にしてありえる。そうした自分都合の聞き取りはテープで記録を残さない限り
永遠に解決されないで終わってしまう。
他にも言いよどみや、言い間違いにも案外と多くの情報が含まれている場合
がある。そうした細かな分析をするにはテープでの記録が不可欠だ。
メモだけで済むぐらい予習をしろという主張は分かる。しかしメモの限界も
理解していたい。「メモ至上主義」が、非常に雑な取材イメージしか持ってい
ないことの裏返しでは困る。
僕は必ずテープを録る。聞き返しながら、もう一度、この人の本意はどこに
あったのか考えつつ、ワープロで文字に起こして行く。そこにある音の全てが
情報としてある。
文字になってしまうとかなりの情報が落ちてしまうので、ここに添付したテ
ープ起こし稿もあくまでも取材の骨子に過ぎないのだがそれでもないよりマシ
だろう。