| 2009年11月5日(木) |
| インフルエンザ警報発令中 |
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全県内インフル警報が出ている。先週持病を診て下さるS診療所へ行くと玄関横に母子と思われる人が座っていた。中には普段より多い患者が待っていた。問診まで長く待たされ看護師にここへ来ると病気を貰うような気がすると話すと外の親子は新インフルエンザの疑いのある人、他の人は普通の風邪ですと話した。次に(持病予約時)インフルエンザの予防接種をします来られない時は連絡して下さい。数が限られていますから他へ回しますと話した。余り出掛けることはないが入り口に消毒剤が備えてあれば手を消毒して入り出る時にまた消毒して帰る。家でも手を洗いうがいをしている。予防接種が効くかどうか分からないがそれまでは用心しなければと思う。
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| 2009年11月4日(水) |
| つるし柿 |
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昨日から急に冷え込み寒くなった。つるし柿を作ろうと朝から始めた。渋柿一本をちぎり終わるとサンテナに山盛り2個あった。手順良く軒下に物干し竿を下げシュロの葉っぱを取ってきて柿の皮を剥き始めた。昼までにサンテナ一個の半分もすまなかった。昼ご飯を食べ終わると直ぐに始めた。今日終わるかどうかやれるまでやってみようとモクモクと皮むきに集中。やっとサンテナ一個終わる頃にA夫妻が遊びに来た。二人共珍しがって手伝うという。σ(^^)はシュロの葉っぱを割き柿を縛り物干し竿に下げた。物干し竿一杯になった所でもう残りは良ければ持って帰って下さいと言うと二人共家でやってみたいと思ったのだろう。頂きますと言ってシュロの葉っぱと一緒に持って帰った。手伝って貰わなければ夜なべになるところだった。何個下げたのだろう暇になったら数えてみようと眺めていた。後書き(118 x 2 = 236個)
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| 2009年10月29日(木) |
| 玉葱植え |
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好天気が続く。昨日2時頃ウォーキングに出ようとしたら弟が予約していた玉葱の苗を買ってきた植えるなら分けてあげるというので一束分けて貰いウォーキングは止めて植えた。植え終わると夕方まで時間があったから弟の様子を見に行った。マルチシートを敷き植えていた。俺もマルチシートの買い置きがあった明日植え直そうと話した。朝から昨日植えた苗を引き抜きマルチシート(地温保持と雑草防止)を敷き穴を開けそこへ115本の玉葱を植えた。来年春の収穫が楽しみだ。夏に種を撒き育てた葉ボタンが径20pほどに育った。道路端の花壇に移植した。残りは正月の門松に植えて飾る。
春一番に咲く裏の堤防のアヤメが枯れ草の中から5pほどに芽を出しているのを見つけた。元気付けに肥料を撒いた。未だ冬も来ないのに草花はもう春の準備をしている。日が過ぎて行くのが早い。2時過ぎ携帯プレーヤーのヘッドホーンを掛け2時間余り歩いて帰った。
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| 2009年10月28日(水) |
| 二つの海難事故 |
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2件海難事故ニュースが流れている。八丈島近海で24日から行方不明になっていた8人乗り組みの小型漁船が船底を上にして浮いているのを発見。中の居住区に生存者が三名いて救助された。何と運の強い人達だろう。専門家は水温が高く体温を保持し体力の消耗を防いだからだと話していた。関門海峡で護衛艦と貨物船が衝突した。火災が発生したが大事にならず3人の負傷者だけですんだようだ。関門海峡は狭く潮流が早いことは誰でも知っている。その上に航行船舶が多く小舟まで出てくるから難関所だ。陸上からレーダーで監視して助言してくれる「関門海峡海上交通センター」は貴重だ。
航路は右側通行。護衛艦は航路の右側を西行していた。東行していた貨物船が追い越しを掛け航路の中央よりはみだしたのが原因のようだ。貨物船が追い越しを掛けると交通センターに報告すると前を行く船の左側を追い越せ前から護衛艦が来るから注意するよう助言したという。後は船長がどうするかだ。何回も関門海峡を通ったが事故が無くて良かったと昔のことを思う。
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| 2009年10月27日(火) |
| 冷え込み&好天気 |
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今朝はこの秋一番の冷え込みだったという。朝方冷え込んだが寒いとは未だ思わなかった。ここ2,3日台風20号の影響でぐずついた天気が続いたが朝から青空が広がり好天気になった。今頃は畑に出て野菜の手入れをするのが楽しい。大根を間引きして一夜漬けにするため日干しにして置いた。10時頃弟が来て一昨日、畑を荒らすアライグマが罠に掛かり兄と仕留めたと話した。何で俺を呼ばなかったのか見たかったのだがと話すと一人で抱えると重かったと言うから10キロ以上はあったのだろう。近くの男は牛の飼料を食べているアライグマを見つけ捕まえたが噛みつかれて病院へ行った。近所に出没している話をよく聞く我が家の裏には川があるからか未だ見かけない。橋を渡って来るようになったら畑の物も油断していると台無しになる。
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| 2009年10月24日(土) |
| 7andy |
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私の住む田舎には書店がない。図書館を利用しているが直ぐに読みたい本が読めるわけではない。一週間ほど前歩いて20分の所にセブンイレブンがオープンした。7andyのホームページで本を検索して注文するとセブンイレブンに送料、代引手数料無しで3,4日で送ってくれる。注文していた本がメールで届いたと知らせて来たので昼前歩いて受け取りに行った。天気は悪いし午後のウォーキングは止めて本を読んでいた。3時過ぎ次女が帰って来た。庭先の田んぼのコスモスが綺麗だと話してピアノの練習を始めた。薄暗くなって帰る時、サツマイモ、柿など渡すとお父さんが作ってくれる野菜は何でも美味しいとお世辞を言って帰った。
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| 2009年10月23日(金) |
| 分からん? |
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11時過ぎ歯の予約があったから出掛けた。待ち患者が多く待たされるなと思った。しばらくするとテレビの前が空いたのでスリッパを脱ぎ座り込んで新聞を読んでいると2才くらいの女の子が私が脱いだスリッパを持って立っていた。中へ入りたいのだろうと思ってスリッパを受取中へ入らせた。女の子はおもちゃで遊び始めた。赤ちゃんを抱いた母親が声を掛けたので「どうぞ」と勧めると中へ入り私の横に座った。面識はなかった。どちらからともなく話し始めた。出産前から歯が悪く事務の方がこの時間に来なさい子供の面倒を見てあげるからと言って下さるから来ましたと話しこの近くに住んでいると話した。明るく気分の良い女だった。5ヶ月という男の赤ちゃんは目がクルクルとして可愛く「抱いてみますか」と赤ちゃんを差し出した。12時前に呼ばれ中へ入った。治療が終わり出ると母親と女の子の姿はなく事務の女が赤ちゃんを抱いていた。会計を済ませ赤ちゃんに手を振ると笑顔を見せた。σ(^^)普段余りしゃべらない。人はどう見ているのか怖いおじさんでもないのかな。
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| 2009年10月22日(木) |
| Windows 7 |
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米マイクロソフトが新しい基本ソフト「ウィンドウズ 7(セブン)」を発売した。新しがりやのσ(^^)今回は見送ることにした。自作パソコンで動くXp、Vistaで何ら不満はなく壊れるまで使い続けようと思う。今まで新しいソフトが出る度に付き合わさてきた。3.1、95、98、98SE、2000、Xp、Vistaと続いた。毎日パソコンは使うがメール、ネット検索、日記を書き、デジカメ写真とHP(ホームページ)をいじる位で新しい機能が出て来ても未だこれで十分だ。年末に掛けてハードやソフト会社が「7」に合わせてアップグレードして売り出すことだろう。慌てて買い換えることはないと思っている。
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| 2009年10月21日(水) |
| 収穫 |
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秋晴れの好天気が続く。サツマイモを掘った。一輪車で軽く2回運び入れた。昨年は保存が良く寒くなってから蒸かした芋は美味しかった。昨年のように古着で囲い保存しようと思う。新型インフルエンザ流行が季節インフルエンザのピークの状態まで来ているという。ワクチン接種がまず医療従事者から始まった。その後は臨床試験の結果をみて慎重に決めるという。一回接種か2回接種か誰から始めるのかなかなか決まらない。始まれば混雑し後の人達は来年になる。生きるか死ぬかと言うほどのものでもないようだし絶対量が不足しているというが全国民一人残らず接種させるのだろうか今ある分からさっさと始めればと思うが素人の浅知恵か・・
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| 2009年10月13日(火) |
| 午後のウォーキングで・・ |
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体育館の裏を通り坂道を下ると宅地造成された空き地で60代と思える夫婦が鎌で草を刈っていた。道端の婦人と目が会ったので挨拶をした。「エンドウが良く出来ていましたよ」と話すと足が悪くてこんなになりましたと茂った草を指しエンドウは採って下さっても良かったんですがと話された。そう思えばエンドウを収穫された様子は無く今年初めて見かけたような気がした。主人も元気そうではなく座り込んでいた。入院されていたのかも知れない。エンドウが気になっても採ることも出来なかったのだろう。草刈り機を持って来て手伝ってもと思ったがそこまで出しゃばらなくてもと歩き始めた。帰りに通ると入り口だけ刈ってあった。二人共体調が思わしくなく止めて帰られたのだろう。中高年になれば昨年、昨日までは良かったのにと思っても体力の低下は進んでいる。人ごとには言えない。娘が言う「お父さん、元気だと言っても歳は歳だから油断して風邪など引かんように気を付けないよ」と毎度気合いを入れて帰って行く。
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| 2009年10月12日(月) |
| 秋野菜は・・ |
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9時過ぎ弟の畑の柿を撮りに行った。兄達は昨日穫り入れた晩稲のワラを孫達と片付けていた。写真を撮り帰り道姪が「写真撮りね」と笑顔で声を掛けて田んぼへ行った。親子で高校生の娘もよく手伝うものだ。帰ると日々伸びてくる秋野菜に腐敗させた油粕を水で溶き掛けた。昼過ぎ娘が電話で(電子ピアノ)届いたから調子をみて弾いていると嬉しそうに話した。2時過ぎウォーキングに出ようとしたら電話が鳴り弟が渋柿を姉ちゃんに送ったけど送りきれなかった要らないかと言うので貰うことにしてウォーキングに出た。帰ると山ほどの柿が濡れ縁に置いてあった。そのまま渋抜き柿を作り始め2袋浸け終わると直ぐ風邪を引かないよう風呂に入った。
先日は長女の誕生日だったので黙って口座へ入金して置いた。気が付いたのだろう夜電話が来た。ピアノの話になると趣味でマンドリンを弾く長女が一曲弾けるようになるのに半年かかると話すからそうか、そうかと聞いていた。元気な内は気の向くままに好きな事をやる。残り少ない人生やれるものを諦めるには時間がもったいない。
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| 2009年10月11日(日) |
| モクセイと木星 |
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気を持たせた台風18号は何事もなく過ぎ秋の気配が深まった。朝起きて新聞を取りに出ると庭のモクセイの甘い香りが漂ってくる。ウォーキングでも何処からか甘い香りが風にのってくると気分は悪くない。そして木星(ジュピター)は数年前に平原綾香さんの歌でヒットした。原曲はホルストの組曲「惑星」の中の木星である。音域が広く歌うのは難しいだろうと音痴なσ(^^)でも分かる。その曲をピアノ初心者用に編曲したのを2ヶ月余り練習しているが上手く弾けない。午後娘が帰ってきてピアノの練習を始めた。帰る前に「お父さんの歳でその意気込みだけでも素晴らしい」と誉めるからモクセイの香りを嗅いだような気分になった。今から自宅で練習する電子ピアノを買いに行くと言うので半分出すと喜んで帰って行った。音がお隣に迷惑しないかと訊くとヘッドホーン付きだから外には音が漏れない様にすると話していた。
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| 2009年10月3日(土) |
| 十五夜 |
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朝j起きると昨日までの蒸し暑く小雨降る天気は打って変わって青空が広がっていた。新聞を読んでいると弟が仕事行きにより話した今夜は十五夜娘夫婦が赤ちゃんを連れて帰ってくると嬉しそうに話して出かけて行った。裏から洗濯物を外に出し昨日弟がくれた春菊、チンゲンサイ、キャベツの苗を植えることにした。畝は前もって作っていた。キャベツにはネットを張りほうれん草、大根の種を撒いた。日本の南海上には台風17・18号がこちらを伺っている。来なくてもよいが来ても大きな被害が出ないようにと思う。午後2時過ぎウォーキングに出た畑にソバの白い花が一面に咲いていた。写真に撮りたいなと眺めて通った。夕方弟の娘夫婦が帰って来て声を掛けたので先日撮った写真を渡すと気に入って喜んでくれた。
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| 2009年9月21日(月) |
| 小型車 |
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弟の畑の柿をもう少しちぎろうと11時頃カゴを担いで出掛けた。末弟が庭にいたから声を掛けた。弟が車を買うことにしたと話し今の車は古くなり廃車にして1300ccにすると言うので俺も余り車には乗らないし小型にしようかなと話した。柿をちぎっていると弟がやってきた。知人に話したら担当者が連休でいないから連休明けに話てみると話したと言うから話だけ聞くことにした。カゴ一杯ちぎり帰ると娘が帰ってきてピアノを弾いていた。昼ご飯は酒泉の杜へ行った。駐車場の車は県外のナンバーもあり人出が多かった。しばらく食事待ちをして食べ帰ると娘はピアノを弾き始めた。その間に渋抜き柿を作り夕方までお茶を飲んで話し彼岸に墓参りに帰ってくると言って5時過ぎ帰って行った。連休も後2日楽しんでいる人達もいるかなと思うがσ(^^)普段の生活と余り変わらない。
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| 2009年9月20日(日) |
| 彼岸入り |
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朝方ガラス戸を叩くような音で目が覚めた。時計を見ると6時花火の音だった。午後ウォーキングで中学校の体育館の裏を通ると校庭で毎日体育祭の予行練習をやっていた。今日は天気は良し本番になったようだ。7時過ぎ朝ご飯を食べていると弟が電話をしてきた。彼岸入りで姉ちゃん達が帰ってくる柿をちぎって置いたけど未だ要る時はちぎり方を手伝ってくれと話したからOKの返事をした。2時過ぎ妹達が我が家にやって来た。お茶を飲み話した後墓参りをして本家へ行きそれから柿をちぎるというので高枝切りを担いで柿ちぎりに行った。今年の渋柿はなり過ぎて粒が小さく巨峰を少し大きくしたような物ばかりだった。妹にちぎってあげ我が家の分もカゴに入れて帰った。渋抜き柿を作った。焼酎に浸けビニール袋に入れ密閉して日当たりの良い縁側に転がして置いた。連休に入り高速道路は渋滞だという。何処かへ出掛ける予定はなし。明日娘が帰ってくると話していた。
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| 2009年9月18日(金) |
| 天高く・・ |
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昼前は曇っていたが昼からは秋晴れの好天気になった。今家の周りの田んぼでは稲が色づき始め畦や土手には彼岸花が真っ赤に咲いている。午後のウォーキングは2時半過ぎ前の山の公園に彼岸花を見るため登ってみた。歩道の両脇に赤、白、黄色の彼岸花が咲いていた。彼岸花は真っ赤なのが彼岸花のような気がした。桜は殆どを落葉して歩道を埋め歩くと靴の下でカサカサと乾いた音を立てていた。人影はなく公園を30分くらい歩き山を下りて帰った。
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| 2009年9月11日(金) |
| 厳しい残暑 |
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厳しい残暑が続いている。暑さ続きで庭や畑の雑草の勢いも弱まってきた。3時前にウォーキングに出たり畑仕事をしているとまだ暑いが5時前になると汗ばんだ体に吹く風はひんやりとして冷たさを感じるようになった。朝方も冷え込んできて毛布一枚では心寂しい。今の所体調も良く持病の病院へ薬を貰いに行く程度で出掛けることもなく自給自足の生活を楽しんでいる。ヤマモモの木にはわせたカボチャがなりもなったり8個腹に収めた。ジャガイモと煮付けると甘くて美味しく飽きもせず食べている。未だ10個余りぶら下がっている。頑張って食べなければ・・・
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| 2009年9月7日(月) |
| 初孫 |
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朝7時過ぎ台所で片付けをしていると仕事行きの弟が声を掛けた。初孫誕生に送った花のお礼を言い携帯で撮った赤ちゃんと花を見せてくれた。可愛くてたまらないのだろうと思った。畑をならし畝を作りニンニクとワケギを植えた。今年のニンニクは娘が「にんにく卵黄」を作ってくれた。毎朝2,3錠ずつ飲んでいる。来年も作ってくれるだろう。確りしたものを作らなければ元気が出ないと言われそうだ。
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| 2009年9月6日(日) |
| 秋の味覚ー梨 |
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暑い日曜日だった。昼前は量販店に行き秋野菜に必要な種苗、資材を買ってきた。堤防のアヤメが芽を出す前に除草剤を掛けて置いた。畑で過ごし暑かったが一つずつ物事が片づいて行くので気持ちが良かった。4時過ぎ水撒きをしているとオートバイに乗った末弟がツーリングで梨狩りに行ってきたと大きな梨を置いて帰った。暫くすると娘がピアノの練習に帰って来て弾いていたが予定があるからと6時過ぎ帰って行った。暑いと言っても後2,3ヶ月もすると今度は寒いと言わなければならない。一年で今が過ごし易い時期かも知れない。
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| 2009年9月5日(土) |
| 葉ボタン |
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8月に撒いた白、紫の葉ボタンが10センチほどの大きさになり畑に並べ竹で半円の囲いをしてネットを被せた。一昨年貰い物の葉ボタンが立派に育ち門松に供えた。門松を撤去後は畑に戻し種を採取した。冬の葉ボタンだから10月頃に撒けば良いだろうと自己判断していた。後で8月に撒くことを知り門松用には市販の葉ボタンを買ってきた。失敗を繰り返さないよう今年は8月に撒いた。確りした苗が育ってきている。午後は秋野菜用に肥料を撒いている畑をしっかり2回目を耕した。大根、白菜、ほうれん草、キャベツなど様々に植えてみようと計画している。午後のウォーキングは止めて6時頃まで畑にいた。甥が犬の散歩で「夏バテはしちょらんね」と声を掛けた。未だ暑いが大丈夫だと返事をした。
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| 2009年9月4日(金) |
| 病院で・・ |
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9時過ぎ病院の耳鼻科へ行った。診察に呼ばれ入ると初めて見る温厚そうな先生だった。横になると病歴を訊かれた話すとそのまま待つように言われて看護師に検査室のデータを調べさせていた。無いという返事が返ってきたようだった。医大で受けましたと話すと医大に問い合わせていた。データが見つかり私に分かるように説明をして下さった。この先生は医大の教授でデータ上の私のことを知っておられた。持病に良い薬が出来て楽になったがそのために耳に影響が出てきている。進行して神経を冒すと難聴になるという重大な問題が今起こっている。内科の先生は知らないだろうと話された。ここで治療を受けても2,3ヶ月に一回位は医大に行くよう勧めて下さった。この病院は医大の先生が来られるとは知っていたが教授から診て貰うとは思いもしなかった。一つの病気が良くなれば次の病気が出来る。新型のインフルエンザが拡大している。後手後手に回らなければ良いがと思う。気分を良くして帰った。ドンヨリとした天気で夕立もあり水撒きはしなくて良かったから午後のウォーキングは3時から5時過ぎまで確り2時間余り歩いて帰った。
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| 2009年9月3日(木) |
| 残暑お見舞い |
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先月半ば過ぎ中学校で体育と音楽の先生だったH先生から残暑お見舞いのはがきが写真付きで来た。
いい歳をして呆れ笑われるような返書を出した。
残暑の候
先生、残暑お見舞いありがとうございました。この暑さも何のその「月下美人」に囲まれた涼しいお顔を拝見して羨ましく眺めております。近況をお知らせしますので笑わないで読んで下さい。
娘が子供の頃ピアノを習わせましたが親に似てさっぱりでピアノを二十年近くほっておきました。先日ピアノ調律師に見て貰い今度は私が挑戦する事にしました。先生七十の手習いという言葉をご存じですか?大変です。
先ず指がいう事を聞いてくれません。音感はないようなものです。先は長いのか短いのか分かりませんがそんな事は考えないで日夜、指のストレッチに明け暮れております。音楽の試験の前に和音を暗記していたことが懐かしく思い出されます。 平成二十一年八月二十四日
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| 2009年9月2日(水) |
| 秋野菜 |
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暑い日が続いている。暑くても以前のような蒸し暑さがなくなり気分がよい。秋野菜の準備を始めた。野菜作りがやっと分かったような気がする。新聞の園芸欄や本などで畑に肥料を撒き耕すと何処でも書いてある。春野菜は肥料をたっぷり撒き3回耕し土と肥料をよく混ぜた。そのためかこの夏は野菜が食べきらないほど良く出来た。未だナスはなり続け生姜、サツマイモの収穫が楽しみだ。同じようにして秋ジャガイモとラッキョウを植えた。
姪に女の子が生まれ実家に帰って来た。お祝いを兼ねて見に行った。両手に入るほどの小さい赤ちゃんのピンク色した手足を見た。何と可愛いこと。2pほどの小さい薬指を指してここにいつ指輪をはめるだろうなと話すと姪が笑っていた。
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| 2009年9月1日(火) |
| 父娘(おやこ) |
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一昨日(30日)昼過ぎ新聞を広げていたら次女が帰って来た。「お父さん、今日はピアノの日、家で練習してから行くわ」と言ってピアノを弾きはじめた。3時頃まで弾き帰って行った。ウォーキングに出た。2時間歩いて帰り水撒きをして上がると門の外に娘の車が停まった。「お父さん、今日習ったことの復習」と言って弾きはじめた。夕食の惣菜は娘が買ってきたが終わるまで待っていた。7時半過ぎまで弾いていた。こんなに長い時間弾いたことは今迄なかった。終わると夕食を取りながらピアノの話をし趣味悠々で録画した「小原孝の楽しいクラシックピアノ」を観て次はお父さんと連弾をしようねと話して9時過ぎ帰って行った。この歳になって父娘でピアノの話をするとは思いもしなかった。
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| 2009年8月4日(火) |
| 早期米の収穫 |
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今日も暑くなりそうだった。朝の内に水撒きを済ませキュウリ、パプリカ、オクラを採り11時の歯医者の予約に間に合うよう出掛けた。先にA君の家に野菜を持って行った。二人共出掛けていて息子が留守をしていた。手術後の経過は良いように話していた。歯医者は子供達が夏休みになり大勢来ていた。長く待たされ12時過ぎに帰った。義妹がくれた松葉ボタンが道路端の花壇や庭に綺麗に咲いている。ウォーキングで珍しい松葉ボタンを見かけると失敬して5p位に摘み取り帰って注しておくと直ぐに根が出来広がる。午後のウォーキングは前の山に登った。木陰は涼しく夏休みの宿題だろうか母子ずれで写生をしていた。5時過ぎに帰ると6時半頃まで水撒きをして一日が終わる。兄が早期米を持って来てくれた。何も手伝わなかったのに暑い時大変だっただろうと話した。
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| 2009年7月23日(木) |
| 最終目的地 |
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山口県では集中豪雨で土砂災害が起こり死者・行方不明者が出ている。毎年梅雨の終わる頃には何処かで大きな自然災害が起り不安になる。今年は我が家の裏の川が増水した事はなく降っても濁る程度で流れている。蒸し暑い日が続いている。図書館から借りて「神去なあなあ日常」の次は「最終目的地」を読み昼過ぎに読み終え返却してきた。最終目的地(City of Your The Final Destination)人生最後の住みかの事を言うのだろうか又は生き方を言うのだろうか。
400ページ余りあったが面白くて3日で読み終えた。南米ウルグアイが最終目的地のようだ。σ(^^)には色々と思い出のある所(ウルグアイ モンテビデオ)だった。
映画になり真田広之が出ている。観たいものだ。
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| 2009年7月16日(木) |
| 暑さに負けず・・ |
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暑さに負けず畑仕事をしている。堆積した草木が腐食してきたので生姜の周りから野菜の根本にフォークとバケツで運び撒いて置いた。これで野菜も暑さに負けず育つだろう。11時半過ぎ汗ぐっしょりになり上がると隣町の図書館から予約本が入りましたと留守電が入っていた。シャワーを浴び受取に出掛けた。「極北クレイマー」を返却し「神去なあなあ日常」を借り。今評判の「1Q84」を9番目に予約を入れて貰った。午後曇ってきて夕立が来そうだったから傘を持ってウォーキングに出たが来なかった。夜はテレビに観たい番組はなく今日借りてきた本を読んでいた。前回の「極北クレイマー」は面白かったがこの本はもっと面白そうだ。10時から趣味悠々を録画しながら観て一日が終わった。
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| 2009年7月15日(水) |
| 暑い!! |
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梅雨明け前から続いている暑さは夏本番のようになった。朝と夕方2回水撒きをしている。夕方はウォーキングから帰ってからやっているが今日は強い夕立が来たので止めた。今年は綺麗なシソが出来未だ虫も付かない。採って大鍋に3回煮てシソジュースを作った。一升瓶に5本出来た。この暑さの時氷で割って飲むとシソの香りで気分が爽やかになる。外の仕事は午前中にして昼からは昼寝をしてピアノで遊び4時頃ウォーキングに出る。この状態で酷暑の夏を乗り越えたい。
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| 2009年7月12日(日) |
| ピアノ調律 |
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南九州は梅雨が明けた。10時過ぎ次女とピアノ調律師が来た。掃除機と扇風機を貸して下さいと言われ用意した。ピアノの内部を見せて貰った。十何年振りの調律でどこからこんなに埃が入り溜まるのだろうかと感心して眺めていた。後は次女に任せ庭の草を取っていた。内部に痛んだ所や木部にも虫が付いてなく未だ2,30年は使えると話されたと言う。そんな先の事まで知らないが当分は大丈夫のようだ。1時前に終わって帰られた。ピアノの練習と言えば第一に子供だろう。その子供達が少なくなり続けても中学1年位まででその後はクラブ活動、進学で時間が無くなり止めて行くのが大半だと話された。さて、σ(^^)はと言えば言う事をきかない指をストレッチで特訓中・・未だ未だ・・
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| 2009年7月6日(月) |
| 自転車通学 |
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朝起き新聞を取りに出るとブルーベリーを眺める。少でも色づいていると採る。油断をしていると山鳥が先に来て食べるから毎朝競争だ。梅雨が明けたような好天気になった。梅雨の雨間に少しでも草を取っているから目立つような草は余りないががあちこちの草を取っていた。午後2時頃A君の奥さんが問題児?を連れてきた。携帯を一時も離さず落ち着きが無く何か頼り気のない子のように見えたが若い時はこんなものだろうかと接した。接続を教え立ち上げるとトップにエクセルとワードのアイコンをと言うからその通りにした。喜んで帰って行った。
昼のニュースで自転車通学の高校生が今朝パンクしていて祖母が車に乗せて登校中交通事故に遭い高校生が重体になっていると報じていた。祖母は自分が車に乗せなければ良かったと悔やんでいるかも知れない又、パンクさえしてなければ事故に遭わなかったと思うかもしれない。ニュースの後兄と孫の事が直ぐ浮かんだ。高校を3月に卒業して就職したが自転車通学だった。学校に遅れると言っては兄が軽トラックに乗せて送っていた。口には出さなかったが甘やかしだと思っていた。車で送るより自転車の方が危険なように思うがウンが悪かったのだろう。
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| 2009年7月5日(日) |
| 4分15秒 |
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今朝CD-Rにコピーされた歌を聞きながら複雑な気持ちになった。昨日A夫妻が入院見舞いのお礼に来た。帰る時、頼まれ物ですが見て下さいと古いNECデスクトップパソコンを置いて帰った。モニターはブラウン管式で13.5インチ、ネットで調べると1995年製でWindows3.1が入っている。電源は入るがそのままで何の動きもしなかった。CDドライブがありボタンを押すとCD-Rが出てきた。そのCD-Rを私のパソコンで再生したのである。
持ち主はもう亡くなっていない。A夫妻が話す断片話は山陰地方から駆け落ちして宮崎に来た男女に男の子が生まれA君が小さい頃から風呂に入れたりして家族同士の付き合いをしていたようだ。男の人が何歳で何時亡くなったかは知らない。父親が亡くなると男の子が荒れ出し不登校生になった。それでもA夫妻は可愛がり自転車が壊れたら直していた。今年から夜間高校生になり学校で使うから使えるならばと母親が話して我が家に持って来たようだ。次女が使っていたパソコンを直して上げる事にした。明日午後男の子を連れてくるとA君が電話して来た。母子は父親が聞いていたこのCDを知っているのだろうか。私は曲名も歌手も知らない。4分15秒。女性ボーカルが哀愁を帯びた沖縄の歌を歌っている。
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| 2009年6月30日(火) |
| 六月三十日は年の臍(へそ) |
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今年も半分が過ぎた。一年の真ん中が梅雨本番中で毎日ぐずついた天気が続き余り気分は良くない。天気は悪いが野菜の成長は良くナス、キュウリ、ピーマン、オクラなど頑張って食べなければ食べきらない。
父の日(21日)を過ぎた辺りから耳の聞こえが悪くなり病院へ2回行ったが変わずテレビはボリュームを上げ兄弟達が話しに来た時は近くで話して貰っている。ピアノの練習も二週間が過ぎた。言う事を聞かない5本の指をなだめて日に何回となく繰り返している。音が出るのが良いただそれだけで未だ飽きない。
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| 2009年6月23日(火) |
| 国境の町で |
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この頃新聞の書籍の広告に最新刊「ターシャ・テューダー最後のことば」を目にする事が多い。ターシャ・テューダーは数年前Y3からテレビ番組を教えていただくまで知らなかった。カナダと国境するバーモント州の南部に30万坪(=100ヘクタールどの位の広さか想像できない)と言う広大な土地を購入して花園化し自給自足の生活を送られていたが昨年6月92歳で亡くなられた。
σ(^^)40代の中頃A君とバーモント州より北のカナダとの国境を流れる河を小さな船で上った事がある。目的地に着くと代理店員が大型の車に乗って来た。σ(^^)に乗っても良いと言ってくれたが日本の免許は持っていてもペーパードライバーだった。オートマ車を初めて見た。運転は簡単そうだったから乗ってみた。無舗装のデコボコ山道を走った。行き会う車も人家もなく小さな漁港に着いた。車を降りて歩き回りさあ、帰ろうとしたがエンジンが掛からない。側を通りかかった老夫婦が「左足でブレーキを踏んでエンジンを掛けるよう」教えてくれた。その通りにするとエンジンが掛かった。ほっとしてお礼を言い元来た道を帰った。山道にはジャガイモ畑があり野生のリンゴがなっていた。船には心配したA君の顔が待っていた。A君の手術の結果は良好で金曜日退院すると夕方奥さんから電話があった。
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| 2009年6月20日(土) |
| 父の日前日 |
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ドンヨリとした空模様で家の中にいても気がはれそうになかったから濡れ縁に出てデジタルカメラマガジンを読んでいると次女が帰って来た。父の日のプレゼントを貰った。先日のラッキョウはお父さんのイメージと味が合わないと話し「甘くも辛くもない上品な京風のようで何とも言えない美味しさだと誉めてくれた(田舎のおじさんが作ったとは!?)。新鮮市場で並んで買ってきたとにぎり寿司などを買ってきてくれ昼にもなったのでご馳走になった。ピアノの話をした。音楽学校へ行った友達が福岡で結婚式を挙げた時に友人がピアノを弾き祝福してくれた。羨ましくて感動し自分もあのようにピアノが弾きたいと思い続けていたそうだ。σ(^^)がピアノの練習をすると言った時に何か共感を呼んだようだった。結婚式にはお父さんが「喜びの歌」を弾いてやるよと話すとお互いの夢物語で話が盛り上がった。出来るだけ土曜日には帰って来て練習をすると話していた。6時頃帰る時トマト、キュウリを採り渡した。夜はYouTubeでカノンを視聴して過ごした。
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| 2009年6月18日(木) |
| 雨降りは・・・ |
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6時前に起きるとドンヨリとした空模で雨になりそうだった。9時半過ぎ予約本を受取に出掛けた。土砂降りに遭遇した梅雨本番に入ったようだ。帰るとNHKテキストを広げた。講師の小原孝という凄い先生が「この講座は、ピアノに触ったことがない人でも、楽譜が読めない人でも気軽に楽しめる、超初心者からのピアノ講座です。」と書いておられる。そうあればよいのだが・・・以前A君の息子が楽器店で働いていた時♪ドレミも知らなかったが専属のピアノ教師に習い3ヶ月で弾けるようになったと話したから「おじさんはその倍習ったら弾けるようになるだろうか」と話すとムリだと言われた思い出がある。雨は降るしピアノで遊んでいた。飽きなかった。
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| 2009年6月17日(水) |
| テレビが観られないと・・ |
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朝ご飯の後故障しているビデオプレーヤーを取り外した。裏には配線が沢山あり間違わないようコンパクトデジカメで接続箇所を写しビニール袋を短冊状に切り名前を書きコードに縛り付けてから取り外した。9時過ぎ回覧板を弟の家に持って行った。水撒きをしていた。椎茸原木を立てたというので裏に回って見た。2米のアーチ状のパイプを3本立て日除けネットを被せて良いのが出来ていた。二人(夫婦)で作ったというのでお前一人では出来過ぎだと思ったと話すと笑っていた。
10時過ぎ取り外したビデオプレーヤーを修理に持って行った。見積もりをしてから電話しますと預かってくれた。昼のニュースを観ようとテレビを点けると写らなかった。取り外した配線に関係があるのだろうと思いそのままにしておいた。3時過ぎにウォーキングに出た今日も暑かった。夜8時過ぎ本屋から予約本(趣味悠々)が入りましたと連絡が来た。木曜日はテレビを観たかったのだが暫く我慢するしかない。普段余りテレビは見ない方だが見られないと多少不便だなと思った。
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| 2009年6月13日(土) |
| 事始め |
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先日のWeb日記「♪ドはどこ」をコピーして次女へメールした。返事が来ないなと思っていたら夕方電話して来た。小さい時からのピアノの練習は怖さと緊張で楽しいと思った事がなかった。お父さんが始めると言う事を読んでジーンと来た。今仕事で忙しくピアノを弾くゆとりはないが帰って来た時には楽しみたい。お父さんにも教える。ヤマハピアノ教室で高齢者用の教室もある。ネットでもやっているから観たらいいなど話してくれた。以前は毎年ピアノ調律師にみて貰っていたが止めてから10年以上たっている。電話して頼むよと話すと喜んでいた。次女の期待はずれになりそうな気もするが気楽にやる事にした。
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| 2009年6月11日(木) |
| ♪ドはどこ |
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歯の治療の予約があったから9時過ぎに出掛けた。治療が終わると本屋へ行った。探すテキスト本が見つからなかったので店員に尋ねた。先ほども電話で問い合わせがあり本店にもありません予約をされると20日頃の受取になりますと話した。他にも物好きが居るのかと安心して予約をした。帰りに長女へマンゴーを送り12時からの再放送を視聴するため帰りを急いだ。十分に間に合い再放送を観た。
先週木曜日夜10時(σ(^^)お休み時間でビデオも故障中)から教育テレビで中高年用趣味悠々「指1本からはじめる!小原孝の楽しいクラシックピアノ」が始まった。娘達が遊んだピアノがあり帰って来ても見向きもしない。もったいない年代のσ(^^)投資者として元は取れなかったが少しはボケ防止になりやしないかとケチな考えで始めた。今までピアノにさわった事もなく♪ドレミも知らない。お手上げで止めても文句を言ったり笑う者も居ないので安心して始める事にした。
1回目を観て♪ドの位置が分かった。2本ある黒鍵に人差指と中指を乗せ親指の位置がドでした(^_^)V
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| 2009年6月9日(火) |
| 梅雨入り |
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この頃すっきりしない天気が続くと思ったら梅雨に入ったという。掛かり付けの先生に検査を勧められた友人A君の結果が出た。肝臓癌と言う事で市内の病院で手術をする事になった。見舞いに行く事にした。初めて行く所だったからグーグルマップで調べコピーして10時過ぎに出掛けた。病院という所は患者で行けばそれなりに気を使い緊張する所だが見舞いで行けばそれ程の事もないと思った。受付で病室を訊き行くと奥さんが今手術に行きました。5時間掛かるそうですと話された。14,5分いて帰った。ドンヨリとした空模様から時々小雨になった。パソコンソフトの問題を抱えていたのでそれをやっていた。5時40分過ぎA君の奥さんから「無事手術が終わり今帰ってきました」と電話がありホッとした。明日見舞いに行きますと話すと喜んでおられた。退院まで時々見舞いに行こうと思っている。パソコンの問題は6時過ぎに解決した。少し疲れた。
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| 2009年6月5日(金) |
| 古い写真 |
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古い写真が出てきた。4.5x5.5cmの小さい白黒で誰が写し誰から貰ったのか覚えがない。多分中学2年の別れ遠足で川原に行った時のものだろう。スキャナでスキャンして写真ソフトで引き延ばしLサイズでプリントした。未だ伸ばしてもはっきりしていたので玩具のカメラではなかったようだ。
一人は三年前に亡くなり、一人は大学の常任理事、定年後町内に住む一人にはメモ書きと写真を同封してウォーキングの途中郵便受けに入れておいた。もう一人のσ(^^)早々と仕事を辞め日々何を考えて行動しているのか不明。あの頃の能天気がぶり返しているようだ(^_^;
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| 2009年6月2日(火) |
| 痛ましい交通事故 |
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横浜市の交差点で1日夜交通事故があり看護師3人の命が失われた。勤めを終えて帰宅途中横断歩道で信号待ちをしていた3人に18歳の少年が運転する車が赤信号を無視して入り青の→信号で右折中の車に衝突その弾みで少年の車は3人をはねた。亡くなられた3人の家庭の事が新聞に書いてあった。母親と二人暮らしその母親の介護が必要で介護しながら勤めていた人、妹と弟3人いて亡くなった父親代わりに働いていた人、母親と二人暮らしの人。今後その生活はどうなるのだろうかと思うと痛ましい。18歳の少年にはこの重大さを知って貰わねばならない。残された家族、加害者の少年と家族にはこれから地獄の苦しみがある事だろう。人ごとではない自分も車を手放すまでは注意しなければならないと思い本棚から免許更新の時に貰い普段は見もしない「交通の教則」を広げてみた。
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| 2009年5月31日(日) |
| 収穫終わって |
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9時過ぎ鯉の産卵の状態を眺めていると兄が耕耘機に堆肥を乗せてやって来た。畑に撒いておけ、後トラクターで掻いてやると言ってくれた。先日野菜の収穫が思ったほどではなかったと話すと堆肥が少ないからだうんと堆肥を入れなければ出来ないと話してくれた。それで早速運んでくれたのだろう。堆肥を広げて置いた。午後3時頃トラクターに乗ってやって来て畑を耕してくれた。肥料、堆肥、土が深さ30センチ位よく混じり砂のようになった。来年の収穫が楽しくなった。その後環境を守る会の代表がトラクターに乗って来て田んぼの掻き方を始めた。この秋のコスモスの準備が始まった。今年は少し早めに蒔くと話して帰った。一年が過ぎるのは早いものだ。
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| 2009年5月30日(土) |
| 鯉の産卵 |
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5時過ぎに起きて新聞を取り水槽の魚を覗くとブロックの間に一番大きい鯉が頭を下にして尻尾だけ出していた手を出すと団扇を仰ぐように振り水しぶきを上げるのでそのままにしておいた。8時半頃水飛沫がかかっても良いように雨具を着てブロックを動かすと飛び出してきた。鱗は剥げ頭部は傷だらけになっていた一晩中暴れていたのだろう。排除した後を見ると浮き草、ブロック、側壁に卵を一杯産み付けていた。昨年孵化した稚魚はどれだけ育ったのか分からないが今年も産卵が始まった。水は墨を流したように黒く染まっていた。昼間傷だらけになっている鯉を見ると痛ましかった。河川に住むなら川岸の草むらに産み付けているのだろうが・・川へ戻そうかと思って眺めていた。餌を食べる様子もなかった。
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| 2009年5月27日(水) |
| ラッキョウ漬け |
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6時過ぎに起きた未だ雨が降っていた。朝ご飯の前にラッキョウを水洗いして塩抜きをしておき朝ご飯の後ラッキョウ漬けを始めた。母が教えてくれた漬け方は調味料の量が経験に基づくものでよく分からなかったがネットに殆ど同じ漬け方があった。それを参考にした。ラッキョウ5kgに対して水750ml、砂糖1.25kg、アカエ酢(1.8L)1本、唐辛子とクエン酸は小さじ半分で作る事にした。大鍋に水を入れ沸騰してからラッキョウに掛け水切りをしておき水と砂糖を煮て冷めてから酢と唐辛子、クエン酸を加えた調味液を作った。ラッキョウを容器に移し調味液を入れるとラッキョウが全部浸かる量だった。裏の物置に仕舞っておいた。一日中小雨が降っていた。昼間はカメラの本など読み夜はWindows
Vista Service Pack 2が出たのでダウンロードしてDVDに焼きインストールして寝た。
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| 2009年5月26日(火) |
| 好天気続きで・・ |
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梅雨入り迄にしなければとニンニク、ジャガイモ、ラッキョウを掘り上げた。未だタマネギが残っているが晴れ間に採ればと残している。収穫の跡は石灰、堆肥、化成肥料を撒き耕しておいた。末弟が嫁の実家で収穫したと梅をサンテナの箱に3個積んできた。要るだけくれると言ったが小バケツ一杯貰い妹が教えてくれた甘梅干し漬けをした。昨日切ったラッキョウを朝の内に洗い塩をまぶして一晩おき明日漬ける事にした。梅雨入り前の畑は山芋、生姜が芽を出し伸び始めた。サツマイモ、果菜類も順調に育っている。午後から雲が出て来て雨になり夜は久し振りの本降りになった。
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| 2009年5月21日(木) |
| 母親と子 |
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午前中は曇り午後から雨、夜は本格的な雨になると予報が出た。昼前、小用があり兄の家に行った。親牛がモー モーと鳴き叫んでいた。何事があったのかと訊くと「子牛が乳を飲んでくれんからよ」と話した(今年になって子牛が3匹続けて生まれた。牛舎で親牛は鼻を縛られているが子牛は自由に動き回っている)この親は乳の出が少ないのか子牛が別の親の乳を飲んでいるという。今の世は人間の母親が生んだ子を殺めるむごたらしいニュースがある。動物の母親が子が乳を飲んでくれないと鳴き訴えていると思うと可哀想になりどうにかならないのかと話すと「どうしても飲まんから乳を搾ってやった」と話していた。
午後3時過ぎ庭にいるとポツリポツリと雨が落ちてきた。門口に車が止まり見知らぬ婦人が入ってきた。次女が幼稚園でお世話になったT先生だった。2?年振りに戻ってきました。今日は家庭訪問です。この周りも変わりましたねと話された。次女は世話の掛かる子だったから覚えておられたのだろう。2?年前の自分をチラッと思い浮かべた。
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| 2009年5月20日(水) |
| 雨前に |
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今夜あたりから天気が崩れるというのでその前にやる事を始めた。ジャガイモを数株掘ってみた。もう少し置いておこうと止めニンニクとエンドウの跡を耕し、柿にヘタムシが付き落下していたので農薬を掛け、昨日掘り起こし日干しにしていたニンニクを縛り裏の物干し竿に下げた。午後精米所に行き園芸店で肥料、石灰などを買いスーパーに寄った。タマネギ一個29円の値札が付いていた。これでは農家の人達も大変だろう。我が菜園のタマネギ100個余り収穫を待っている人に上げるにしても何か粗末な物のような気がした。レジの女の人がマスクをして咳をしていた。新型インフルエンザを思い出した。他の客もそう思いはしないだろうか。無理をしても働かなければならないのだろう。熱があるのか顔が赤かった。
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| 2009年5月17日(日) |
| 新型インフルエンザ拡大 |
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国内で人から人への感染が始まったニュースが流れ出した。今は神戸、大阪辺りだが直ぐに全国に広がりそうな気がする。感染力は強いが毒性は低いという新型は重い慢性病(糖尿病、喘息など)がなければ軽症で治ると言われている。早くこの流行が廃れないだろうか。次女がパソコンの調子が悪くなったというのでみたが寿命だと判断して(藪医者が治せず寿命だと言うようなものかな)予備のパソコンを設定し直して与えた。蒸し暑かったが夕方強い夕立が来て涼しくなった。
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| 2009年5月16日(土) |
| そうだったのか!! |
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ウォーキングでバイパスを下りて少し歩くとキウイ棚のある家がある。いつも眺めて歩いている。昨日は年配の婦人が庭で花の手入れをされていたのでキウイのことを尋ねた。「なりますか?」「昨年は400個位なりました(ここには♂と♀木が植えてある)蜂がいないから雄花を取って雌花に受粉してあげるのですよ。朝が良いですよ」と親切に話して教えて下さった。穏やかでニコニコして感じの良い婦人だった。実った所を見せて下さいとお礼を言って帰った。我が家のキウイは昨年初めて実を付けたが大きくなったのは数個で残りは親指大から小梅程でそれ以上大きくならなかった。♂と♀木を側に植えておけば自然界に住む蜂で受粉するのだろうが世界的に蜂の減少消滅が問題になっている。南国りんご園で有名な都城の多田りんご園では今年は蜂が少なく人工授粉したのを新聞で読んだ。泥縄式で朝起きると画筆を探しだし筆先で花をなでて回ったが・・・又来年からやり直しのような気がした。
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| 2009年5月15日(金) |
| 用事を済ます |
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S診療所へ持病の薬を貰いに行くことにした。出掛ける時は用事を一遍に済まそうとメモ書きをして8時半頃出た。途中給油して行った。診療所は受付に2人と問診をする看護師の3人がいる。受付の2人がシャクヤクのお礼を言った。中から婦長さんが出て来られ患者さん達が綺麗ですねと言って下さったと話された。診察を終わり薬を貰ってナフコへ行った。ランの植え替え用にぼら土を買い鉢を探したが適当なのが無く家にある空鉢で間に合わせる事にした。次にA君に霧島の写真を持って行った。狭い道路にプロパンボンベを積んだ車が停まっていたので手前で車を止めて行くと一人で留守番のようだった。写真だけ渡して帰った。帰ると市立図書館から予約本の案内がありそのまま受け取りに行った。午後はランの植え替えをした。昨年はサンセベリア(トラノオ)の植え替えで7鉢に減らした。ランは株分けして8鉢に増やした。葉っぱと花が小さくて香りの良いのを増やした。3時半過ぎウォーキングに出て5時過ぎに帰り水撒きをして今日の日課は終わった。明日辺りから天気が崩れるという。その後にジャガイモ、タマネギ、にんにくの収穫を始めよう。
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| 2009年5月14日(木) |
| 好天気が続く |
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5時前に目が覚め起きると外は明るかった。歩いてみようという気が起こり着替えて外に出た。清々しくて気持ちが良く40分位歩いた。昼間は暑くても湿気が少ないので蒸し暑さがなく芝生の草取りを座り込んで取っている。庭の築山のモクセイとヒトツバに2米位の木材を掛け椎茸の原木15本を互い違いに立て掛けた。キノコの発生は再来年の秋からになるようだ。夕方5時半頃ウォーキングから帰ると水撒きをした。今の所果菜類も順調に育っている。花菖蒲の蕾が膨らみ紫陽花も日々大きくなって行く。間もなく梅雨が来ると思うと暑くても貴重な時間のようだ。
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| 2009年5月10日(日) |
| 夏日 |
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昔からやっている田植え前の排水路清掃が8時から行われた。各班ごとに担当区域を決め排水路の草刈り、堆積土の撤去作業を行った。昔と違って側壁は全てコンクリートで固めているから作業は楽で世間話をやりながらの作業だった。11時前には終わり帰ると日差しが強くなってきたから西側に日よけのカバーを広げた。
昼のニュースは新型インフルエンザで始まった。ニュースを観ながら昔のことが時々浮かぶ。「検疫法」は航空機も船舶も同じである。船舶では「無線検疫」「錨地検疫」「着岸検疫」などがあり「検疫済証」の交付を受けないと乗組員(船客)の乗下船は出来ない。「検疫済証」の交付を受けるまで船舶に掲げるのが国際信号旗のQ旗である。黄色い方形の旗で[本船は健康なり、検疫交通許可証を交付されたし]の意味。コレラが流行中のエクアドルでバナナを積みパナマ運河を通過中パイロットがお茶も缶ジュースさえ手に付けなかった。普段はなんだかんだと要求する厚かましいのがこんな時ばかりは温和しく可笑しかった。
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| 2009年5月9日(土) |
| 新型インフルエンザ |
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NHKのニュースは新型インフルエンザ(豚インフルエンザ)一色である。夜の時は時々BS-1の野球に切り替えて見ていた。日本初の感染者はカナダから成田に帰って来た高校生2名と付き添いの先生になった。3人は成田近くの病院へ入院治療のため隔離された。機内の座席周りの40人余りの人達も空港周辺の施設に10日間程度とどまると言う。外国帰りの人に接触する機会がないこの田舎でも人から人へ感染すれば広がってくるのだろうか。厄介な病気が発生したもんだ。予防法は健康管理と手洗いを徹底すること人混みへの外出は控えてマスク着用だという。持病の喘息があり毎年インフルエンザの流行前には予防接種を受けている。それでも罹る人は罹り罹らない人は罹らない。このたびの新型は高齢者には何らかの免疫があるという。それが気休めの救いかもし知れない。
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| 2009年5月7日(木) |
| えびの高原ノカイドウ |
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GWが終わっても好天気が続き写真を撮るには絶好の日和。例年通りえびの高原のノカイドウを撮りに出掛けることにした。いつも一人で出掛けていたが今回はA君に電話をすると行くと返事をしたので待っていると三人連れでやって来た。小林から生駒高原を通りえびの高原へ登った。ノカイドウ自生地横の道路脇に車を止め中へ入った。今年は開花が早かったようで満開を過ぎていて白く輝くような木は2,3本しかなかった。気の向くまま撮り終わると4人で食事をした。レストランでは大型バス2台の団体客が来ていて賑わっていた。帰りは霧島スカイラインを下り高千穂河原を通り霧島神宮に降り御池から高原、野尻を通り帰った。我が家で4時過ぎまでお茶を飲んで過ごした。
高千穂河原を通る時、駐車場越しにツツジが見えた。「あぁ、ここだったのか」と思った。14,5年前同級生の西都のE君がピカピカの大型乗用車で夫婦でやって来て「霧島へツツジを観に行かないか」と誘ってくれたので行った。その時は持病の喘息が出て坂道がきつかった。あの時にE君が走った道を今日はそっくり逆に走ったのだ。今は体調も良くなり疲れも感じなくなった。
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| 2009年5月6日(水) |
| GWは・・ |
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GW最後の日になり高速道路、空港の帰省ラッシュをテレビが映し出していた。好天気が続いたGWσ(^^)は畑の最後の仕上げに掛かった。9時過ぎ種苗店へ行きトウモロコシ、ナス、トマト、ピーマン、キュウリ、メロン、サツマイモつる苗を買って帰るとセメントを混ぜるフネに水を張りボットごと浸けて水を吸わせておき予定の位置に穴を掘って午後から植え方を始めた。植え終わると仮支柱を立て紐で縛り水を掛けて終わった。夕方甥が犬の散歩で「だんだん(野菜畑が)広がってゆかせんか」と声を掛けて帰った。害虫や病気などで気を使うが育てる楽しみと収穫の喜びがあるから止められない。
連休明けには例年通りえびの高原へ「ノカイドウ」を撮りに行きます。
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| 2009年5月3日(日) |
| GW |
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GW真っ盛り天候も良く各地の行楽地は家族連れの人出で賑わい高速での渋滞をテレビで映し出している。
σ(^^)というと農作業である。サツマイモを植える畝を作り10時のお茶を飲んでいたら前触れなく次女が帰って来た。先週渡した赤のシャクヤクは香りが良く長持ちして部屋中良い香りがする。帰る時また貰って帰ると話した。昼は食事に出掛けることにして明日雨の予報が出ているから畑の方を片付けると言って果菜類を植える所を繰り返し耕した。食事は酒泉の杜へ行った。陶器祭りをやっていて人出が多かった。レストランには十数組待ち客がいてそれまで試飲をして待ち食事を取った。新茶とお菓子をお土産に買い渡した。帰ってから4時半頃までコーヒーを飲み話した。明日雨になればシャクヤクは終わりになる持てるだけ採り渡した。次は父の日に帰って来るから楽しみにしておきないよと笑って帰って行った。
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| 2009年5月1日(金) |
| 農作業 |
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明日から連休が始まる。σ(^^)毎日連休。ピカピカの好天気が続き農作業に励んでいる。連休中にもトマト、ナス、キュウリ、ピーマン、サツマイモなど果菜類を植え付けようとただいま土作り中、畑を耕して草小石など取り出し石灰、堆肥、化成肥料、鶏糞を混ぜ合わせては繰り返し耕している。午後3時頃にはウォーキングに出ようかと思うが止めて作業を続け夕方6時過ぎまでやっているその頃になると風が冷たくなり厚着をしなければ寒く感じる。最後のエンドウをちぎっていると川を挟んだ隣で飼料を取り入れていた婦人が声を掛けてきた。この紫エンドウを初めて見たと話されたからビニール袋に入れ種と一緒に上げた。神武さまの頃撒くと良いですよと話すと農業のプロが知らなかったと笑っていた。好天気はGWも続くと予報が出ている。シャクヤクも満開で夕方竹を立てて今日は終わりにした。
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| 2009年4月30日(木) |
| 豚インフルエンザ |
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海外で豚インフルエンザが広がりつつある毎日「フェーズ」と言う言葉が流れる。「フェーズ4」から「フェーズ5」に引き上げられたという。フェーズをネットで調べていると「感染の広がり度合いを示すもの」と書いてあった。内地で鳥インフルエンザ発見されると白い防護服に身を固めた人達が鶏舎の周りに薬剤を散布する姿をテレビで流す。今回の豚インフルエンザは豚から人へ人から人へ感染しているから危険だという。メキシコから始まり人の移動で世界各地に広がりつつある。イスラム教では豚は不浄な動物として忌み嫌う中東ではパニックになりはしないだろうか。
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| 2009年4月24日(金) |
| 間一髪 |
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シャクヤクが咲き始めた。今夜から明日朝に掛けて大雨注意報が出た。雨が降るとシャクヤクは水を含み重くなり倒れる。その前に咲きそうなのを採る事にした。通院する病院とA君の友人Kさんの所へ持って行った。どちらも大変喜ばれ気持ちが良かった。帰りにナフコに寄ろうかと思ったが思い直しそのまま帰った。門口に見知らぬ車が止まっていて婦人が2人立っておられた。一瞬誰だか分からなかった。1分帰りが遅ければ多分帰られていただろうと思った。部屋は散らかっていたが上がって貰った。お茶を飲んでしばらく話して帰られた。今日は爽やかな気分になった。高齢者は楽しい雰囲気で良くしゃべると健康に良いのかも知れない。
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| 2009年4月23日(木) |
| 爽やかな朝 |
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朝起きて新聞を取りに出ると空気がヒンヤリとして気持ちが良くすぐ中へ入る気持になれない。咲き始めたシャクヤクや間もなく開花するキウイの蕾を眺め畑を眺め回してから入る。朝の内に水まきを済ませ花の終わった堤防のアヤメの草を取り石灰を撒いて置いた。昼から3回目のエンドウをちぎりるとバケツ一杯あった。A君に電話すると奥さんが散歩がてら貰いに来ますと話されたから来られるまでラッキョウの合間に肥料を置き隙込んで土を被せた。奥さんが運転して二人でやって来た。
濡れ縁でお茶を飲むと涼しい風があり気持ちよく話が弾んだ。A君は我が家に来ると家の周りを眺めるのが好きらしく一人で見て回り堤防のアヤメが増えた事を感心して話していた。街中から田舎に来ると気分も爽やかになるのだろう。帰りにシャクヤクを採り奥さんにあげた。
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| 2009年4月20日(月) |
| 最後の同窓会役員会 |
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同窓会の役員会が昼食を兼ねてあった。2,3日後に拾数人の希望者が一泊旅行をして解散する。これからは呼びかけで集まった者だけの仲間同窓会になるようだ。今回の同窓会を行うに当たり幹事が返信葉書で「近況コメント集」を作りプリントしてくれた。出席を希望しても遠距離、家庭の事情、体調不良、入院などで来られない理由が書いてあった。中には症状が悪い方へ進んでいる者もいた。今の自分と比較した。ちょっと悪いと直ぐ病院へ行く。早めの発見治療も大事だが歳の事を考えればどこそこが悪くなるのが当たり前である。日々の生活に不自由をしているわけでもないのに安易に病院へ行っている。これから少々の事は気にせずもっと気楽に生きよう。物故者の中には中学を卒業して一度も会った事もない者もいた。あれはあの時会ったのが最後だったかと思う歳になった。
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| 2009年4月18日(土) |
| 新緑の下の木陰で・・ |
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今年も鹿児島の義弟が花見(葉桜)の会を催してくれた。11時頃妹達が墓参りを済ませてから出掛けた。
σ(^^)は次女の車の横にカーナビだと言って乗り天ヶ城公園へ向けた。バイパスへ上がる一時停止の所で「停止・確認・注意」を与えた。通り過ぎると警官が立っていた「良かったね」と笑っていた。桜は新緑に萌え爽やかな風があり良い場所に両家の家族17名が集まった。最高の気分を味わわせてもらった。3時頃山を降り我が家でお茶を飲んで4時過ぎ迄話して分かれた。我が○○家は余り深く考えない者ばかり長男を先頭に7名未だ人の世話になっている者はいない。元気だからこんな楽しい時間を持つ事が出来た。
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| 2009年4月15日(水) |
| エンドウの収穫 |
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一昨年弟がくれたエンドウが気に入り昨年の3倍種を蒔いた。大好きなエンドウご飯はしばらくすると赤飯のような色に変わる。赤飯も大好きだから嬉しさが2倍になる。今朝は昨日採ったエンドウを鍋に入れ砂糖を加え炊いた。甘みを良くするためクエン酸を少し入れた。出来上がると味見をした未だグリーン色、その内に紫色に変わるだろうと思って10時のお茶で食べようと見ると未だ色が変わらず出来たままの色をしていた。クエン酸を加えたからのようだ。私の大発見だった。母はエンドウにタケノコを入れて炊いていた。次はタケノコを入れて炊いてみよう。
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| 2009年4月14日(火) |
| 水温む |
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夜中に強い雨が降り朝の内はまだ残っていたが間もなく止むと蒸し暑く感じた。桜が終わりツツジも終わりに近づいた。庭で綺麗に咲いてくれたピンクと赤のツツジを剪定した。水槽では金魚の♂が♀を追いかけ産卵を促し始めたのでシュロの皮を取りに山へ行った。真竹のタケノコが数センチ芽を出していた採るのには未だ早そうだったのでシュロの皮だけ取り水槽に浮かべ産卵場所を作った。間もなく鯉も産卵が始まるだろう。昨年孵化した稚魚がどのくらいいるのか分からないが元気に育っている事と思う。午後のウォーキングは雨上がり後の前の山に登った。10日余り前には花見客で賑わった公園に人出はなく葉桜も綺麗だなと眺めて歩いて帰った。
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| 2009年4月13日(月) |
| 今日も又、・・・ |
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同窓会以後写真をプリントして配って回っている。昨日は隣町でピーマンを作っているT子の所に行った。初めての所で2人に訊いてたどり着いた。「今日はハウスの中は暑くて11時には止めて帰った」と小柄なT子は元気そうに話し写真を喜んでくれた。昨夜、町内のM地区に住む<高砂の舞>を踊ってくれたY子に写真が出来たから明日持って行くと電話で話すと10時頃迄散歩をすると話したから10時半過ぎに車で出掛けた。道路脇の車庫横で何かされていたた年輩の男の人にA宅を尋ねたY子のご主人だった。写真だけ渡して帰るつもりだったがお茶を勧められご馳走になった。ご主人は役場の助役をされていただけあって私の集落や兄の事まで良く知っておられた。Y子は「午前中2時間位ブラブラと歩き後は家庭菜園で汗を流し(近くの)温泉へ行く今日も元気で頑張ったという満足した気持で一杯になる。隣に長男が住み男の孫が2人いて話してくる。外孫も3,4人いる」と話し元気で幸せ一杯の毎日を過ごしているように見えた。CDを送ったK.T子からお礼の葉書が来た「・・・ゆっくりと楽しみながら何度も見せてもらいます。この仲間が今後減る事はあっても増える事は絶対考えらなれないと思うと大切な宝物として私の元気の"元"になってくれると信じます」とまで書いて喜んでくれた。
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| 2009年4月11日(土) |
| 好天気が続く |
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ここ2,3日の好天気は20度前後で空気が乾燥しているから暑くても夏のようにべとつかず最高だ。爽やかな6時前起きて新聞を取りに出ると大型トレーラーがやって来て我が家の前で止まり運転手が降りて来た。道尋ねだっった。荷物の納品書と目的地のまでのメモを持っていた。高速道路を降り本庄橋を渡り左に曲がる所を渡らずに左に曲がったようだ。引き返した方が良いでしょうかと言うからこの道を真っ直ぐ行っても目的地に行きますがその納品所は知りません森永橋を渡った所で訊かれると良いですと教えた。感じの良い30代の男で夜間高速道路を走り続けて来たようだ後でネットで検索して上げれば良かったと思った。
ジャガイモの根本に肥料を置きすき込みながら草を取った。空気が乾燥している田んぼから引いている水を裏のアヤメから野菜、草花に毎日1時間以上掛けて撒いている。ウォーキングは3時半過ぎになった。今日は長袖のポロシャツを着て出掛けた。
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| 2009年4月9日(木) |
| 嬉しい電話 |
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同窓会、天ヶ城の桜、同級生達が昨年大淀川に作ったアバ漁の写真をCDに焼き込み7日昼前に遠くは旭川、神奈川、京都、神戸から市内へ送った。夕方の最初の電話は恩師だった。大変喜ばれて嬉しかった。傘寿になられたお祝いに花束贈呈があった。涙声でお礼の言葉を話されたあの写真はきっと良い記念になるだろうと思う。お元気で記憶も良く皆の顔を覚えておられ声を掛け回られていた。私の名を呼びお前は撮り方ばかりだ俺が撮ってやると言って持って来られたデジカメで撮って下さった。次は京都からだった。話しながら同窓会の顔より中学の頃の顔が浮かんだ。市内から2,3人続いてお礼の電話が来た。楽しい雰囲気を壊したかもと思っていたが良い雰囲気が撮れていて思い出したという者もいたのでま、良かったと思って話していた。明日は病院へ行く日だから通り道の同級生に渡そうと数枚プリントした。
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| 2009年4月6日(月) |
| 同窓会 |
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昨日は古稀祝記念同窓会だった。出席者 恩師1名、男性40名、女性23名計64名。生憎の雨で記念撮影は室内で行われ幹事より好きなように撮ってくれと頼まれたから最前列中央に席を取りカメラを用意した。オープニングは女性の<高砂の舞>で始まった。黄色い服を着てカンカン娘を歌い踊る真っ赤なドレス着て歌うのがいて皆の目をさらった。この歳になると女性の方が若く元気が良いように思えた。4時過ぎに帰り写真を見た。
195枚の中から143枚に絞った。写真を一枚ずつ整理しながらアップの顔、自然な横顔を見て殆どの顔がなんと良い顔をしているのだろうと思った。中学を卒業してからそれぞれの人生を歩き人に言われないような苦労や苦しみもあったかも知れないが今そう言うのは何一つ感じられない良い顔の同級生達だった。写真整理を夜遅く迄やり今朝は5時に起きてCDに10枚焼きプリントして8時半頃一枚幹事の家に届けた。
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| 2009年4月2日(木) |
| 竹の子掘りへ |
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数年前迄は4月になると竹山へ行き竹の子を掘っていた。その後猪に荒らされて竹山へ行っても収穫がない。しかし、自分の山へ年に一回位は竹の子の時期になると行ってみたくなる。9時過ぎかごにクワとナタを入れ自転車で十数分の山へ出掛けた。昨年より酷くクワで畑を耕したようにしていた。3,4カ所住みかとしているのか草を集め平らにしている所があった。この頃は人家の裏まで降りてくるから駄目だろうとは思ったが今年も竹の子は見つからなかった。先日弟が話していた大淀川右岸の山の麓に住む同級生の家では庭の野菜畑に猿が群れをなして来て荒らす。脅かすと猿の方が逆に歯をむき出して威嚇するから恐ろしいと話していた。私の子供の頃は猿や猪は山奥の深い所にいる物だと思っていた。負け惜しみではないが竹の子が食べたくてたまらないわけではないが腹が立つ。
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| 2009年3月31日(火) |
| 桜散らせる雨 |
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昨日小雨降る午後ウォーキングで天ヶ城城門祭り後の公園へ登った。桜は散り始め歩道には花びらが敷き詰められたよう落ちていた。雨と共に舞い散る花びらは満開の桜より風情があり眺めてため息が出た。花見客は未だ多く広場では昨日までのイベントの後片付けをしていた。桜の次は真っ赤なツツジとばかりに咲き始めていた。朝から雨、新聞を読み甲子園野球を観ていた。昼食は古稀・同窓会役員最後の打ち合わせを兼ねて集まった。最後に来年からの同窓会の話が出た。今迄のような同窓会は今回までにして次から同好会にしようと話が出た。話を聞いているとゴルフの仲間、旅行の仲間、小学校同窓会(私達の時は3つの小学校が集まって中学になった)等を作って気の合う仲間同士で楽しんでいるようだ。私自身この歳まで生きれば十分でこれを機会に同窓会は卒業しようと思っていた。皆体力の衰えに目覚め細く小さくなって行くロウソクのように燃えつきるのを迎えるのだろうか。
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| 2009年3月28日(土) |
| 甲子園の熱戦 |
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朝から桜雨が降る肌寒い日になった。今日と明日は天ヶ城の城門祭りで正午には花火が上がった。2日共傘のマークが出ているこの寒さと雨では人出はどうだろうか。我が家から満開の桜が見える出掛ける気にはならずストーブを焚きテレビの前に座り甲子園の熱戦を観戦していた。3試合とも一点差の好試合だった。第3試合南陽工対PL学園はめったに観られない好試合で9回までパーフェクトに押さえられた南陽工が延長で点を入れ勝った。野球の面白さを十分に味わった。
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| 2009年3月27日(金) |
| 元気なおばさん達 |
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寒い日が続く。厚着をして畑仕事をしていた。10時過ぎお茶を飲んでいるとチャイムが鳴った。誰かと思って出ると母の姉の孫(A子)だった。久し振りだった。墓参りをしてきたと言うのでありがたく思い上がって貰いコーヒーを飲みながら話た。話題は日々の生活。弟がオートバイの免許を取り乗り回していると話すとA子も免許を持っていて侍ジャパンのキャンプに叔母(私と従姉妹)を後ろに乗せ観に行った。車なら駐車場がなくて行けなかったが叔母が大変喜んでいたと話していた。父は戦死、母と兄を早く亡くし身内は一人になり気の強い子だった。家業は息子に譲り孫の守や犬の世話が日々の生活になり穏やかな日々を送っているようだ。
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| 2009年3月26日(木) |
| 定額給付金 |
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昨年国会で提案されてから国会、世間を賑わしたがとうとう我が家にも定額給付金交付申請(請求)書が届いた。問題提起から決まるまでの経緯がどうであれ住民への生活支援と地域の経済対策が目的というからありがたく頂く事にした。2万円を何に使うか今の所予定はない。昨日から冬に戻ったように寒くなった。昼間は厚着をして畑に出ている。生姜を植えようとキウイ棚の下に2列畝を作った。夜は冷え込むから夕方には蕾が膨らみ開くばかりになったアマリリスとサンセベリア(トラノオ)は家の中に入れている。堤防のアヤメが一輪咲きイッぺーが新芽を出していた。寒くても春はそこに来ている。
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| 2009年3月24日(火) |
| WBCテレビ観戦 |
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好天気が続く。夜明けと同時に起きると日中の時間は可成り長くなった。10時からWBC決勝戦日本対韓国を観ようと思いそれまで庭の草を取りをして始まるとテレビのスイッチ入れコマーシャルの時は甲子園高校野球に切り替え観ていた。外では桜が満開になり花見客で賑わっている所もあるだろう内ではWBC観戦を楽しんでいる人達もまた多いのではと思って観ていた。岩隈の好投と日本のリードで試合は引き締まり延長10回を日本が5対3で制し2連覇を決めた。プロ選手達の迫力のある面白い試合だった。試合が終わると夕暮れまで庭の草取りをした。
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| 2009年3月23日(月) |
| 桜を撮りに |
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春うららの好天気になった。WBCを観ていたが勝利を信じて車で出掛け用事を済ませ天ヶ城に登った。桜広場では老人クラブの人達だろうグランドゴルフを楽しんでいた。桜は満開一歩手前と言う所で未だ散り始めてはいなかった。午前中だったからか花見客はチラホラで好きなだけ写真を撮り山を降りて次は綾馬事公苑へ行った。ここも桜は満開。広々とした公苑に人影は少なく木陰に車を止め桜を眺め写真を撮って回った。菜の花、桜、バックの山並みと青空を撮り帰ると娘達の携帯へ写真を送った。2時過ぎ小型リュックを背負いマウンテンバイクに乗り出掛けた。ウォーキングする道を中心に走ってみた。初めの内は足に力が入らなかったが次第になれると坂道は立ってこげるようになり汗を流し4時過ぎに帰った。疲れは余り感じなかった。昼間は暖かかったが夜は冷えるから夜桜見物には寒くないようにと7時28分の気象予報士が話していた。
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| 2009年3月20日(金) |
| 春分の日 |
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お彼岸の中日になった。今朝はゆっくりして7時前に起きた。新聞を取りに出ると玄関横に菊の花が置いてあった。昨夜か早朝か知らないが園芸ハウスで花を作っている人が持って来て下さった。雨も上がり好天気になった。A君に電話して奥さんに「菊の花は要りませんか」と話すと田舎の墓参りに行きますから寄らせて貰いますと9時半頃奥さんの運転で来られた。「今日は奥さんの運転ですか」と話すと「うるさいから運転はせんと言いなさるから・・・」と笑って話された。花を半分と野菜を上げた。ここからの道を訊いたから都於郡を通り新瀬口橋を渡って登って行けば直ぐだと教えたが知らんと言う。何時もの調子で賑やかな墓参りになることだろうと思って見送った。暖かくなった。墓参りは娘が帰ってきた時にしようと3時過ぎウォーキングに出た堤防横の桜が3,4分咲で咲いていた眺めて帰った。
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| 2009年3月19日(木) |
| 暖かい雨 |
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6時過ぎに起き新聞を取りに出ると小雨がパラついていた予報では昼から雨だったが早くなったのかと思ったが直ぐに止んだ。雨の前にと野菜の根本に肥料を置き土を被せた。昼過ぎから小雨が落ちてきて本降りになった。野菜や椎茸には恵みの雨になった。季候も良くなったし天気が回復したら乗り回そうと冬の間乗らなかったマウンテンバイクを出し埃を拭き点検し油を差しいつでも乗れるようにした。16日さくらの開花が発表された。昨日天ヶ城公園の桜の様子を見にウォーキングで登った。山桜は散り始めていたソメイヨシノは咲き始めたばかりで2、3分咲だなと眺めて歩いた。早々と桜見の客が一組あり煙を上げていた。桜の次にはツツジが咲き始めるそれ迄は花見の客が多いから次からウォーキングは場所を変えようと山を下りて帰った。
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| 2009年3月17日(火) |
| 門出 |
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椎茸の原木は未だ横に寝せて菌を均等に行き渡らせなければならんと弟が教えたから朝から立てていた原木を横にして日覆いをして水を掛けて置いた。次女が産まれたとき兄弟達がベビー箪笥を買ってくれた。物入れにしていたが処分する事にした。懐かしいと言うより珍しい物が出てきて眺めていた。兄の息子と孫が来た。高校を卒業して就職のため午後発つと話した。
大昔σ(^^)が就職で発つた時のことを思い出した。親の気持子の気持ちがよく分かる。帰ってから写真を撮ってあげれば良かったと思ってカメラを持って車で行き撮って帰り直ぐプリントして持って行って上げた。最後のだんご三兄弟がいなくなる。孫思いの兄達はこれから寂しくなるだろう。
2時過ぎウォーキングに出た。あちこちの田んぼでは田植えをするばかりに準備が済んでいた。今日は暖かかった。2時間歩いて汗を流して帰った。
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| 2009年3月15日(日) |
| 遅霜 |
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6時過ぎに起き新聞を取りに出ると霜が降りていた。直ぐには分からないがジャガイモの新芽は大丈夫のようだ。9時頃から裏の30年以上経っていて淀物置を解体した。ビスは電動ドリルで回すと簡単に取れたが下部は腐食していたからハンマーで叩き壊した。次第に暖かくなり昨日の寒風は嘘のように思えた。新しくした物置の出入り口にセメントを塗りに来た。明日サッシを取り付けて今回の工事は終わりになる。午後母の家に置いている椎茸の原木を車のトランクに入れ運んだ。可成り乾燥していたからたっぷりと水を掛けておいた。明日は日除けのシートを買いに行こう。
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| 2009年3月14日(土) |
| 寒い一日 |
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雨の後は真冬に戻ったように強い北風が吹き寒い一日だった。昨日注文していたソフトが届き11時頃書籍も届いたのでインストールして遊んでいた。午後弟が母の家に市役所から封書が来たと持って来た。前にも末弟が持って来たので開けると浄化槽の点検のことだったので電話して亡くなって未使用ですと話すと清掃して未使用にして下さいと話したから他県に住んでいる弟の物だからと住所と電話番号を教えたのだが又、同じ事だろうと思ってそのままにしておいた。亡くなって5年も過ぎているのに未だこんな事をやって仕事だと思っているのかと思うと呆れた。弟に古くなった淀物置を解体処理しようと思っていると話すと今からやろうかと話してくれたが今日は寒く外のことは何もしたくないと日当たりが良く風も当たらない濡れ縁は暖かかったからお茶を飲み話をした。
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| 2009年3月13日(金) |
| コピー/貼り付け |
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「昨日教わった他のファイルからの移動貼り付けができるようになりました。これで一つ、PCの活用が増えました。」と幹事からメールが来た。彼とは中学で一緒になり成績が良く何時も学年で上位を占めていた。進学校から大学へ行き卒業後は兄と児童養護施設を運営し4,5年前に勲章を受賞した優秀な男で後身を兄の息子へ託し引退した。同窓会役員会では前回までの事をこまめに纏め2,3枚プリントにして渡してくれる。何時も立派に作るもんだと思って貰っている。昨日「コピー&ペースト」を訊いたので話した。直ぐに出来たようだ。σ(^^)のウォーキングに感化され歩き始めたら腹の凸が大分減ったと会うたびに話す。頭は私と同じく寂しくなっているが酒も頭脳もやる気もまだまだ元気なようだ。
激しい雨が一日中降り続き寒くなってきた。
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| 2009年3月12日(木) |
| 幹事との話 |
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朝から裏が物置になったので片付けをしていた。10時過ぎにお茶を飲んでいると電話がなった。同窓会の幹事が今から来ても良いかと尋ねたからOKの返事をすると2,3分もしないうちにやって来た。家近くで携帯から掛けたようだ。用件は2件あるというので聞くと一件は一週間前の同窓会役員会でσ(^^)が幹事に同窓会の時目障りになるかも知れないが写真を撮っても良いかと訊き出来た写真をCDに焼き幹事に上げると話した。その事だった。
市販のDVDプレーヤーで見ることは出来ないかと言うので「Windows使用」だから見えないと話した。彼が帰った後、ネットで調べると見られるようにも書いてあったが私は知らない。彼の話を聞くとパソコンは使わなくてもテレビ付きのDVDプレーヤーは持っているのがいるだろうからそんな人にも観て貰いたいと考えていたようだ。来月になった古稀祝・同窓会でのアトラクションで自慢のノドや踊りを見せてくれるそうだから元気な姿を撮ってみようと思っている。
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| 2009年3月11日(水) |
| 工務店 |
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昨日、今日と好天気だった。昨日午後2時過ぎ工務店から4名来て工事を始めた。18時を過ぎると薄暗くなったが未だ仕事を続けて19時前に仕事場を綺麗に片付け掃き帰った。今朝6時半に起きてカーテンを開けると車が1台門の外に止まっていた。門を開けると入って来て直ぐに仕事を始めた(7時開始のようだった)。他所にも仕事が進行中で可成りハードのようだ。10時と3時にお茶を出した。朝早くから夜遅くまで家の周りでゴトゴトされると身の置き場がなく何もしないのに疲れた。明日は(他所で)家が建つ(出入り口の)サッシのセメント固めに来させますと言って20時10分前に帰って行った。それから風呂に入り遅い夕食を取った。それにしてもよく働くお茶は立ったまま10分もしないうちに仕事を始め丁寧な仕事で手早く技術と信頼を得た依頼者にすれば良い工務店だと思った。
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| 2009年3月9日(月) |
| 晴耕雨読 |
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朝から雨が降り寒かった。雨降れば読書なのだが年末から読み続けた「逆説の日本史」最後の15巻を先日の確定申告の日に返却して全て読み終えた。今年から月刊誌「デジタルカメラマガジン」を購入した。コタツに入って読み眺めていた。趣味で始めたデジカメもこんな本を読むと難しい。趣味の域を出るには可成りの努力をしなければならないようだ。難しく面倒な所は眺めて頁をめくり素晴らしいと思う写真はどんな設定で撮っているのだろうかと見ていた。朝9時半頃工務店から電話があった。昨年依頼した。裏の軒下を倉庫にする、前面の軒下は全て濡れ縁にして道路側から見えないよう目隠しをする事。明日から工事を始めると知らせてきた。明日は晴の予報が出た。
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| 2009年3月8日(日) |
| 地区公民館総会 |
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朝8時から年一回の地区公民館総会があった。一年ぶりの顔や知らない顔が多くなった。いつも2,3人の常連が意見を言い温和しく聞いて終わりになる。昼には未だ早かったから畑に出た。巻き始めたキャベツにツグミが来て食べるので防鳥ネットを張って置いた。2時頃法華嶽へ行った帰りだと言って友人A夫妻が来た。たまに出掛けると助手席がうるさくてたまらんと言う。奥さんはすぐ道を間違い一時間で行ける所を倍も時間が掛かる。私の話など全然聞かんと話すので賑やかで良いではないですかと笑わせた。4時過ぎ迄話して帰る時畑からワケギを採って来て少し上げた。小雨が落ちてきた。
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| 2009年3月7日(土) |
| 「名前を付けて保存」 |
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土曜日の新聞に載るエッセーを笑みを浮かべて読んでいる。今日は県立高校の女性の先生だった。男性の恋は「名前を付けて保存」。過去の恋ごとにフォルダをつくり、時折未練がましく取り出しては、思い出に浸っている。何だか哀れに思えてくる。
女性の恋は「上書き保存」。過去は全部消去して、目の前の相手だけに没頭する。最近学校で、ふられた男子生徒の話をよく聞く。悩んで学校に来なくなる事もある。しかし、女子生徒が失恋して不登校になったという話は今迄聞いたことがない。男は「飽かず悲し」
ニュースで復縁を迫り人質にしたり鉄砲を持ち出したりする事件は全て男のようだ。飽かず→満ち足りず。不十分で。嫌になることなく(広辞苑)
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| 2009年3月5日(木) |
| 水仙 |
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朝回覧板を次の弟の家に持って行った。帰りに母の家を覗くと庭一面に母が手入れしていた水仙が咲いていた。主はいなくても草花は時期が来れば花を咲かせる。いつまで咲き続けるかは周りのもの達の心掛け次第だろう。裏からスコップを持ち出し我が家にない白、黄の水仙を20本程掘り持って帰り植えた。シャクヤクが2,3センチほど芽を出してきた。芽を痛めないよう用心して周りの草を取った。2時頃ウォーキングに出ようとしたら甥が来て「神宮の植木市」に行かないかと誘ってくれたから行くことにして車に乗ると兄達、弟も乗っていて5人で行った。客は少なかった。甥が息子の高卒の記念にと梅の苗木、兄、弟と3人で一本ずつキンカンの苗を買って帰った。雨になった。6時からの同窓会役員会へ出掛けた。幹事が一月後の同窓会は男39,女23計62名の出席予定を発表した。元気者のKさんが二階から転げ落ち足を折って入院中との報告もあった。この歳になると何時何が起こるか分からない足だけの骨折で済んで良かった。9時過ぎに帰った。激しい雨になった。
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| 2009年3月4日(水) |
| つくし |
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雨が降ったり止んだり、スッキリしない天気が続く7時過ぎに起きて新聞を取りに出ると小雨が降っていた。8時過ぎ娘から昨日の誕生祝いのお礼を電話してきた。お花とお祝いを貰ってと大変喜んでいた。娘達が子供の頃は成長しながらの誕生日だから何も考えることなく嬉しがったがこの歳になると複雑な気持ちが起こる。
そして、今日は母の6回目の命日。10時過ぎに出掛け「確定申告」を済ませてからお供え物を買って墓参りし兄の家に行って仏壇に手を合わせて帰った。兄達は早期水稲の準備をしていた。この前まで真冬だと思っていたがもう水稲の準備になった。昼過ぎから日が射してきて暖かくなった。3時過ぎウォーキングに出た。2,3日前には気が付かなかったのに田んぼの土手、堤防にはつくしが一杯芽を出していた。春だなと思ったが帰りは風が冷たくなった。
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| 2009年3月1日(日) |
| 弥生 |
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曇り/雨の日が続きすっきりしなかったが今日は朝から青空が広がった。間もなく次女の誕生日と母の命日がやってくる。その日は仕事で帰って来られないかと10時過ぎに次女が帰って来た。外で話をしていると妹と姪が墓参りに帰ってきた。母の家に行きしばらくすると墓参りを済ませて妹達がやってきた。車に椎茸の原木を積み母の家で話して過ごした。妹達が帰ると次女と我が家に帰り誕生祝いは何も出来なかったがお茶を飲んで話して過ごした。誕生日には花が届く様にしているからと話すと楽しみにしていると喜んで5時過ぎに帰って行った。もう3月になった草花は日々芽を伸ばし野菜が生き生きとしてきた。
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| 2009年2月27日(金) |
| 皆、等しく歳を取る |
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朝から雨が降り続いていた。σ(^^)の次の弟がやって来たのでお茶を飲んで話をした。息子達が乗っていたオートバイをほったらかしているので乗ろうと思って練習所へ行きだした。内心いい歳をしてから大丈夫かと思っていたが楽しそうに話すので聞いていた。足先でクラッチの切り替えをして音で確認、ハンドルを回してスピードの調節、指示器もある指導教官は前を見て運転しなさいと言うが思うように行かない。sコースは特に難しい。若い小柄な女の子が上手に乗りこなしている。練習時間の終わり頃には何とか上手く行くが次の時間には元に戻っている予定のキップでは終わりそうにないと話す。普通車の免許は私よりも早く兄と一緒に行き指導教官に誉められ兄よりも早く取った。若い時は運動神経も良く器用だったが歳には勝てないか。
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| 2009年2月25日(水) |
| 春雷 |
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春の到来を伝えてくれるのか夜中に凄い雷が鳴り目が覚めた。夜明けまでゴロゴロ鳴っていた。10時頃本を読んでいるとチャイムが鳴り後輩で一緒に働いていたことのあるSKが「今日は休日だった」と言って遊びに来た。お茶を飲んで話し酒泉の杜へ食事に行った。今働いている人の話を聞くと世間の厳しいさが良く分かった。
2時頃集落の同級生の奥さんから電話があり中高年男子の料理教室への案内だった。そうゆう所に行けば栄養満点の料理や美味しく作る事を教えてくれるのだろうが今迄自分の食べる物は自分で作って食べている特に不都合は感じない。お断りした。
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| 2009年2月24日(火) |
| デパーチャー |
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アカデミー賞で日本の「おくりびと」が外国語映画賞に輝いた。英語版の題名は「デパーチャーズ(旅立ち)になっているという。「デパーチャー」と言う言葉を聞くと懐かしくアカデミー賞とは全然関係のない私のつぶやきです。現役の頃の仕事は「デパーチャー(出港)」〜「アライバル(到着)」が一仕事でそれの繰り返しだった。高校での航海学の基礎は平面直角三角形から始まり針路(co)、距離(マイル)、緯度差(dlat)、東西距離(デパーチャー)を元にして方位表から求めることだった。中学卒業後に習い始めたことではあるが・・スズメ百まで踊り忘れず・・の感がする。「おくりびと」は日本で昨年9月封切り後300万人近くが見ていると言う。何時か見てみたい。
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| 2009年2月22日(日) |
| ボット ウイルス |
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朝の内はどんよりとした空模様だった。兄が鯉のことを弟達に話したのだろう揃ってやって来た。水槽には鯉、フナ、金魚、タナゴ、メダカが入っている。密集して泳いでいるように見えるからフナを網で掬い裏の川へ逃がすことにした。昨日の鯉は75センチあった。雨が降り出し寒くなってきた。先日、NHKクローズアップ現代で取り上げた「ボット ウイルス」が気になっていたのでhttps://www.ccc.go.jpに接続してソフトをダウンロードし実行した。2時間余り掛かったが異常はなかった。ストーブに当たり「逆説の日本史14巻」を読んでいた。
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| 2009年2月21日(土) |
| 未だ水は冷たい |
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4日間掛かって弟の竹藪を切り終わった。境界に父が植えた数十本の杉は両手で回しても余る程の大きさになっていた。綺麗になった元のミカン畑を振り向きながら眺めて帰ると有線放送で5時を知らせていた。兄が魚を眺めていた。「弘に会わなかったか?」と言うので「会わなかった」と話すと「さっき俺の所に来て鯉を捕って○○○の水槽に入れて置いた」と話したから見に来たという。
鯉を6匹入れているが良く見ると一段と大きなのが泳いでいた。兄の話を聞いて大笑いした。弘さん(兄より2,3才年上の農家のおじさん)が耕耘機に乗って川の側を通っていると大鯉がいたのでパンツ一つになり飛び込んだ浅いかと思ったら首の所まで来た捕まえて上がったが寒くて近くの園芸ハウスに入れて貰い1時間位暖まったと言う。その大鯉を私の水槽に入れてくれたのだ。この田舎の素朴なおじさんがパンツ一つになり鯉を持ってガタガタ震えている姿を思うと可笑しくて笑いが止まらなかった。6、70センチはありそうで良く捕まえたものだ。明日でも焼酎を下げてお礼に行くと兄に話した。
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| 2009年2月17日(火) |
| 爽やかな気分 |
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昨日午後から寒くなり今時の気温に戻ったようだ。今やるべき事は「確定申告」があるが書類は揃えているしネットで申告書を作成すれば直ぐ済むことだから後回しにして我が家から100米先にある家の裏山へ出掛けた。今は竹やクヌギの山になったが両親が元気な頃はお茶とミカン畑だった。親が亡くなると弟達の物になったが気持ちは以前のままで利用している。通るたびに竹藪が目障りになるから切り始めた午前中と午後も1時過ぎから休み無く続けて帰ったのは4時半だった。下着上着までぐっしょり濡れていた。凄い運動をした後のようで身体が軽く感じた。夜は「逆説の日本史12巻」を読み終えてから寝た。
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| 2009年2月15日(日) |
| 椎茸栽培 |
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弟からコード式のドリルを借り先日運んで置いた椎茸原木に穴を開けた。面白かった。4時頃には全ての原木に菌のコマを打ち終えた。さて、ものになるのかどうか2,3年後が楽しみになった。我が家にはこんなには要らないからAに電話して要らないかと話すと昨年兄から貰ってもう置く所がないと言うから今度妹が来た時に押しつけて持って帰らせようと思っている。
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| 2009年2月14日(土) |
| もう春なのかな |
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9時頃から外に出た。切った種ジャガイモを日干しにし庭周りの草を取った。この暑さ!!厚手の上着を脱ぎ麦わら帽子を出して被った。昼食時の部屋の気温は22.8度あり外はそれより1,2度あったのではないだろうか。昼から準備しておいた4キロのジャガイモを植えた。汗が流れれるような暑さだったが気分が良く仕事がはかどり続けて花菖蒲の中の草を取った。もう新芽が1センチほど出ていた。図書館に予約していた「逆説の日本史 12,13,14巻」連絡があり受け取りに行った。昼間は外、夜は読書。もう寒くは無し気分良く好きなことが出来る。
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| 2009年2月13日(金) |
| 同級生のことで・・ |
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もうこの歳になると高校の同級生の付き合いは年賀状だけになりそれも数が限られてきた。あるのか無いのか分からなくなったパソコンボランティアのkeiko-3yさんから今朝メールが来ていてびっくりした。高校の同級生平岡(仮名)と知り合いになったと書いてあり過去を辿れば何らかのつながりがあったようだ。彼の実家を近々壊すと書いてあった。Aと平岡は高校の時から仲が良く平岡の家に遊びに行っては泊まる仲だった。Aに電話して平岡の実家を近々壊すそうだと話すと懐かしがっていた。
アイリョウさんの実家が無くなり当人や他人まで心に残る物が消えてゆく。 行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し、 方丈記のようだ
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| 2009年2月12日(木) |
| 日々好日 |
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朝の雑用を済ませると「逆説の日本史11巻」を広げ9時半頃読み終えた。母の家の裏山へ椎茸原木を運びに出掛けた。母の家まで15本担いで運んだ。疲れは感じなかった。我が家の工事は未だ始まらないが終わるまではここへ置くことにして帰りドリルを持って来て椎茸菌を打ち込む穴開けを始めたがバッテリーが直ぐに切れ思ったように行かない。コード式のドリルを弟から借りる事にして止めた。昼から図書館の本を返却し量販店へ行き椎茸菌、種ジャガイモを買って帰った。明日から雨の予報が出ているその後にジャガイモは植えようと思って種ジャガイモを切り日干しにして畑の草を取った。もう寒くはない体調も気分も良い。
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| 2009年2月11日(水) |
| 春めいて |
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7時前に起きてカーテンを開けると前の山の旗竿に国旗がはためいていた。今日は祭日かと気が付いた。本を読み飽きると芝生の周りに目立ち始めた雑草を取っていると何処かで木を切るチエンソウの音がした。午後も続けて草を取り3時前ウォーキングに出ようとしたら電話が鳴った。弟からで「クヌギ(椎茸の原木)を切った。要るだけ運べば良いよ」と話したから今何処にいるのかと訊くと山にいるというので行って見た。冬の間に切ったクヌギを1米2,30センチ程に切っていた。朝から聞こえていたチエンソウの音は弟だったのだ。明日からでも担いで運び出しドリルで穴を開け椎茸菌を打ち込むと弟に話して帰った。
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| 2009年2月4日(水) |
| 立春 |
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朝の内はすっきりしない空模様だった。気分転換に散髪に出掛けた。昼過ぎから晴れてきて暖かくなり窓際で新聞を広げていると弟が来た。オートバイの免許取りに教習所へ行きだしたと話すので(歳を取ってから)大変ではないかと訊くとそれほどでもなく優しく教えて貰っていると楽しそうに話していた。σ(^^)の普通車免許習得は30歳になる前に休暇を利用して教習所へ行ったが若い教官から叱られどうしで余り良い思い出はない。こちらは車の事は何も知らずお金を出して習いに行っているのに馬鹿みたいに言われ「むかっと」するところがあったが我慢して人並みに取った。元々無骨者だから覚えが悪かったのだろう。2時半過ぎウォーキングに出た。気分が良く確り2時間歩いて帰った。疲れは感じなかった。
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| 2009年2月3日(火) |
| 春雨 |
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天気予報通り朝起きると小雨が降っていた。雨が降っても身震いするような寒さはもうなくなった。庭周りを傘を差して眺めて回った。エンドウは1米余り伸びてきた。間もなく花が咲くだろう。残りの白菜は花蕾を付けたので昨日全部根元から切り取り捨てた跡にジャガイモを植えようと思っている。雨の日は読書 「逆説の日本史9巻」を午後読み終え10巻へ進んだ。今年になってから9冊読んだ事になる。本を読んでいて昔の中学校での「日本史」の授業が断片して頭を横切る事がある。どうしてだろうか。日本史の試験で遣唐使と遣隋使を間違って書いていたのだろう先生が黙って指で指して暗示を与えて下さった事、平清盛、織田信長、豊臣秀吉はなぜ幕府と呼ばれないのかと質問した。今読んでいる所に先生の説明と同じ事が書いてある。歳を取れば誰でも物忘れが起こる。しかし、昔の事は覚えているという。こんな事を覚えていてもどうしようもないのにもっと大事な事を覚えておればと思うのだが・・・。
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| 2009年2月2日(月) |
| 軒下で・・ |
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明日は雨の予報が出ていたので堆肥を一輪車に乗せ道路端の花壇のツツジの周りに運び耕して置いた。昼には未だ時間があり庭の花壇に植える草花を買いに出た。プリムラ20鉢買って帰った。午後植えてから畑に出てニンニクに土寄せをしていると門の外に車が止まっている浄化槽の点検だろうと思っていたがなかなか帰らない。不審に思い裏を覗いたが人は見えない。上がっておかしいなと思っているとチャイムが鳴った。工務店の人だった。昨年10月中頃ウォーキングで新築の物置が気に入り眺めて歩いていた。丁度その時庭に人がおられたので話して工務店名を訊き電話で裏の軒下を密閉にし前部の濡れ縁を新しく作り替える事を話した。その時は来年になると話されたが年が明けると3月頃になると話され今日の話では仕事の段取りがついたので今月の中頃に始めるそのための正確な計測に来られのだった。お茶を出して話をした。先日基礎工事に来られた人の話と総合するなかなかのやり手のようだ。昨年20軒建て今5軒手を付けていると言う事だが世間では不景気などと言っているがこんな業者もいるのかと思った。
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| 2009年2月1日(日) |
| 月知梅 |
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冬にしては珍しく風はなく爽やかな青空が広がった。寝具類を干ししばらく網戸にして澱んだ部屋の空気を入れ換えた。午後のウォーキングは月知梅へ行って見た。見物人は少なく一,二輪あちこちに咲いているだけで蕾が大きく膨らんでいた。満開は一週間後だろうかと眺めて帰った。帰って風邪を用心して下着を着替えていると弟夫婦が来た。正月以来でコーヒーを飲んで話していると格好良く革ジャンを着てオートバイに乗った末弟が寄った。「何処へ行って来たんか?」と皆で訊くと「京町に行って来た」と手土産を置きコーヒーを飲んで帰った。厳しい寒さもなくなり春めいてきて心も体も緩んで行くような気がしてきた。
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| 2009年1月31日(土) |
| 牛歩が良い |
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丑が歩き始めてもう一月が過ぎた。昨年起こった金融危機以後毎日暗いニュースが流れている。日本の大企業が軒並みにトップクラスが記者会見を行い数千億円の赤字が出ると話している。私など想像も出来ない金額だ。中小企業では一年間頑張って働いてもその100分の1の売り上げもないのが大多数だろう。一昨年は未曾有の利益が出たと言う事だったがあの億、兆円のお金は何処へ行ったのだろうか。まだまだ利益を上げようと設備投資に行ったのだろうか。経済を知らない私には不思議でたまらない。企業が行っているリストラ、縮小、閉鎖等を聞くと田舎に住む高齢者には関係はないとも言っておれない世の中になって行くようだ。
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| 2009年1月29日(木) |
| サツマイモ |
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朝7時過ぎに起きると小雨が降っていた。9時過ぎ保存しているサツマイモを取り出し洗った後、蒸し器に入れ約40分蒸した。蒸し上がったホカホカのサツマイモを食べると甘く何とも言えない美味しさだった。この冬の初めの頃蒸かしたサツマイモを義妹に上げた「美味しいね。お義兄さんは何処で買って来なさったんじゃろか」と話しながら食べたと聞いたから愛情を込めた自家製のサツマイモだから美味しかっただろうと笑わせた事があった。義妹に「蒸かし芋が出来たよ」と電話すると返事が弾んでいた。雨は一日中降ったり止んだりしていた。「逆説の日本史 8」を夜寝るまでに200頁ほど読んで寝た。夜中に屋根を打つ雨の音がしていた。降るなら降れ降って困る事は何もないと安心して寝ていた。
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| 2009年1月28日(水) |
| キウイ剪定 |
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9時過ぎから花菖蒲に肥料を撒きキウイ棚の柱にしていた孟宗竹を燃やしていると弟が鯉の餌のパンを持って来てくれた。お年玉年賀状の一等の頭の数字が一字違いだったと話すので「ほら、門松としめ縄の御利益が出てきたじゃないか」と話すと「当たらんにゃ何んでんねえわ」と言うから「続けてみよその内に当たるから」と話すと笑っていた。初めての門松作りだったが兄と弟にも作ってあげ3個作った弟である。キウイの剪定をした。新芽に実を付けると言うから枝の太さによって新芽の数を決め徒長枝は思い切り切り落とした。暖かいと言う程の日ではなかったが風が無く畑仕事ははかどった。
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| 2009年1月23日(金) |
| 雪の前触れ寒い |
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昨日、今日とぱっとしない天気だった。年末から読み続けている「逆説の日本史」昨日5巻を読み終え今日も朝からストーブに当たり6巻を読んでいると11時過ぎ図書館から電話があり2冊(7,8巻)配送しましたら一週間以内に受け取って下さいと連絡があり午後受け取りに出た。今夜から山沿いでは雪になるというどんよりとした空模様になり一段と寒くなった。歳取って寒い時は家の中で自分の好きな事をして過ごすのが一番良い。テレビも見たいものはなく大相撲初場所をやっているが7時のニュースの時に見るぐらいで特に見たいとも思わない。
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| 2009年1月20日(火) |
| キウイ棚完成 |
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昨日キウイ棚が出来上がった。しかし、ボルトとナットで取り付けた土台のパイプに少し隙間があり揺するとグラグラした。台風が来ても飛んで行きはしないが傾くような気がした。σ(^^)の泣き言を兄と弟が聞き朝早く二人がやってきた。兄がハウス園芸を止める時解体した資材が幾らか残っているそれを使って中心を固定したらどうかと言った。異論はなく頼んだ。中央の両端に穴を掘りコンクリートの支柱を立て径4センチの鉄パイプを通し固定した。錆びていて見栄えは良くないが頑丈になった。後は気が向いた時サンダーで錆びを落としペンキを塗れば上等だと思った。これで長さ4米、幅2米、高さ1.8米のキウイ棚が出来上がった。3人でお茶を飲んでいると義姉も来て話して帰った。
完成日をメモしておいた(オバマ米大統領就任式)
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| 2009年1月19日(月) |
| やれやれ、困った・・ |
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昨日キウイ棚を作っていると弟達が来て手伝ってくれた。棚の組み合わせを弟達が測り1メートル丁度というのでパイプを100センチ巻き尺で測り金切りノコで切って渡した。合わないと言うのでちゃんと1メートルで切ったというと首をひねっている。測り直すと110センチだった。今日も三男が手伝ってくれ昼前に完成した。手伝ってくれたお礼に町のスーパーへ行きビールを買いトランクに入れ次に自分の食料を買って車に帰りキーを探したらない。落としたとは思えなかったから先ほどトランクの中へ置いたようだ。予備のキーを取りに帰ろうと兄や弟達に電話したが誰も出ない。買い物袋を下げ30分歩いて帰り予備のキーを持って又歩いてスーパーへ行った。トランクを開けると中に置いていた。町のスーパーだったから良かったものの遠い所ならタクシーで帰らなければならない所だった。情けない(^+^)
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| 2009年1月17日(土) |
| キウイ棚作り |
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昨日午後のウォーキングは前の山に登り降りて12日火事があった町の工務店の前を通った。住宅密集地にあり二階建てが全焼し焼け跡の周りには半分燃えた板材が積み上げられていた。隣の家はくっつくように建っていたが延焼はなく昼間の火事で通報と消火作業が早かったのだろう。乾燥している冬の火事は恐ろしい。帰るとペリカン便がキウイ棚を作るパイプ類を届けてくれた。
今日は朝からパイプを切り柱の取り付けにドリルで穴を開けていた。昨年から思い続けていた事がやっと始まった。しばらくウオーキングは休んで気長に楽しみながら完成させようと思っている。
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| 2009年1月13日(火) |
| 寒い時は・・ |
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寒く風が強い時はウォーキングも外へ出る事も控えて年末から本を読んでいる。今日も寒かったので窓辺で立ったり座ったり寝転んだりして「逆説の日本史」を読み3冊目を読み終えた。400ページ位の本は3,4日で読める。日本史というと学校の教科書を思い出すがこの本は読み物であり理解し記憶する必要もなく筋だけ辿って行くだけでこんなに面白い本はない。図書館からカードの更新をして下さいと言われたから明日返却に行き次を借りて来よう。寒い日はまだまだ続く。
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| 2009年1月12日(月) |
| 正月明けの連休 |
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連休前にキウイ棚支柱の穴20センチ四方深さ35センチを8個掘った。支柱を立てるとき(並列、水平、垂直)気を遣うと思うけど気長にやってみる。14日にパイプ類を発送すると連絡が来た。昨日娘達が帰って来て楽しく過ごした。長女が花束を持っている写真を携帯から送って来たので何事があったのかと訊くとマンドリンの初演奏だったと笑って話した。こんな田舎から都会へ出て仕事の合間にマンドリンを習い仲間を作り楽しくやっているのだろう。仲間の事を聞くと年配者が多いという。σ(^^)位の年のおじさん達から案外かわいがって貰っているのかも知れない。昼食で酒泉の杜へ行った。帰る時、マンドリンのおじさん達へと小瓶の焼酎(好みだそうだ)6本買ったのでお金を出してあげた。σ(^^)は楽器類は全然駄目だが若い時早大マンドリンクラブのロシア民謡のレコードを買って聴いていた。あの爽やかな音色にしびれていた。レコードはどこかに仕舞っているはずだが長女は小さい時聴いた事があったのだろうか訊くのを忘れた。
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| 2009年1月7日(水) |
| 七草 |
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七草粥を食べると病気をしなという。冬の畑には野菜がいろいろとあり葉っぱだけ採って来て切り餅を焼き雑煮にを作りその中に五種類の野菜を入れ食べた。年明けからキウイ棚作成に付いてネットで調べていた。パイプと接続部品を注文する所まで行ったので今日は花壇のカサブランカを掘り起こし堆肥を入れ肥料を混ぜ湯飲み程の球根21個植えた。冬にしては暖かい日だった。午後は水槽に砂砂利を入れようと空の堆肥袋3枚、スコップ、バケツをトランクに入れ川原へ採りに行った。良い砂砂利を見つけ採って水槽に入れた。初めは濁っていたが次第に澄んでくると小石が輝き春の小川に泳いでいる魚のように映えてきた。
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| 2009年1月3日(土) |
| 正月三が日 |
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穏やかな好天気に恵まれた。今日は窓際の日向はストーブも要らないほど暖かかったから本を読んでいた。弟と孫達がカイト(凧)上げをしていたのだろうやって来た。「おじちゃん、お年玉有り難う。おじちゃんのだと直ぐ分かった」とニコニコして話した。名前を書いてもおじさん達が多く分かりもしないだろうから下手な魚の絵を裏に描いていた。夕方には甥が犬の散歩で寄り息子のお年玉のお礼を言った。卒業したらどうするのかと訊くと就職が決まり東京へ行くと教えてくれた。あの小さかった子が高校生になると急に背が伸びウォーキングで学校帰りに会うと声を掛け話すようになり成長を感じるようになったが田舎から都会へ出て働くという事は大変な事だがなぁと思い可哀想に思った。しかし、σ(^^)が思っているより兄の孫だわりとタフなのかも知れないと思い直した。
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| 2009年1月2日(金) |
| 年賀状 |
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朝暗い内に起きて年賀状を仕上げお隣のポストへ投函した。高校の同級生が「どうしているんだ?」と賀状の端に書いてくれるのがいたが日頃の横着で近況を話す事もなく一年が終わったようだ。近況を知らせる気分にもなれず通り一遍の挨拶の賀状を書いて出した。
都会のデパートなどで初売りの「福袋」に群がる人達や野宿者へ炊き出しをしてくれるボランティアの人達をテレビで流していた。安いときに買っておこうと生活防衛だろう。年頭から厳しい生活が始まったような気がする。田舎の正月は静かなもので時々車が通る程度で人も見かなかった。午後、次女と墓参りをした。
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| 2009年1月1日(木) |
| 元旦 |
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6時過ぎに起きた。外は可成り冷え込んでいるようだったから寒くないように厚着して「初日の出」を撮りに車で天ヶ城へ登った。日の出の30分前頃には大勢の人達が登って来てちょっと驚いた。事前に撮影場所は決めていたからカメラの用意をして日の出を待った。日向灘の水平線には厚い雲がかかっていて日の出は雲の上からだった。撮影を済ませ新たな年に今年も無事に過ごせるよう手を合わせて拝んだ。帰ると家の周りを清めしばらくすると次女が帰って来たので正月の準備をした。話しながら食べて飲んで過ごした。厳しい世の中になったが頑張って乗り越えるしか生きる道はないように思う。
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| 2008年12月31日(水) |
| 大晦日 |
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とうとう今年最後の日に到達した。早かったのか遅かったのか分からない。5時過ぎに風呂に入りのんびりと今年のことを思った。その日の気分で起きて寝て自分の好きなように日を過ごしやりたくない事は明日に延ばしパソコン、読書、カメラ、畑仕事に庭いじり人はどう見ていようが気にせず365日を過ごした。持病があり通院はこれからも欠かせないが入院するほどの病気はしなかったから良い事にした。一週間ほど前から元旦の天気を気にしていた。年賀状に初日の出の写真を入れて出そうと思い未だ仕上がっていない。横着者だから写真が撮れなかったら残念でしたと書くことにしていたが予報では元旦は晴のち曇りというカメラの準備を済ませた。
恒例の紅白歌合戦初め見ただけで見続ける気分にならなかった。今年は好きなアーチスト「エンヤ」が出ると知っていたがCDだけで自由分だと思って見なかった。正月は次女と過ごすことになった。長女は一月の連休に帰って来ると知らせてきたからその時に又正月をしようと思う。
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| 2008年12月29日(月) |
| 年の瀬の雨 |
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7時頃起きると小雨が降っていた。年の瀬も迫った雨の日はどうして過ごすか。テレビのニュースでは帰省する子や孫達を嬉しそうに迎える高齢者の姿を映している。σ(^^)は一人静かに読書で過ごした。ストーブにあんこ餅2個のせそれが朝食になった。後はヤカンをのせてお茶を飲みながら図書館から借りてきた「逆説の日本史 古代黎明編」を読んでいた。面白くて、面白くて・・・。
天文学者の斉藤国治博士がコンピュータで紀元後7世紀までの日食について計算された。その中に、邪馬台国の女王卑弥呼(ひみこ)が死んだとされる248年9月5日の日食があった。博士は卑弥呼=天照大神の天の岩戸隠れの神話として残ったのであろうと言われる。
更に、福岡と奈良でのこの日食の見え具合について福岡は完全日食、奈良ではそれほどでもない・・ということは「邪馬台国」は北九州にあったのだろうか!
年の瀬にこんな本を読んで喜んでいるσ(^^)だった。
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| 2008年12月28日(日) |
| 年取(としとり) |
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今年もあと3日を残すのみになった。先日兄達が今日年取をすると言ってくれたから8時半過ぎに車で行った。弟の息子夫婦と孫達も来ていた。昔と違って今は電動餅つき器だから力仕事ではない蒸籠(せいろう)で蒸し上がると電動餅つき器の中へ入れスイッチを入れ2,30分すると出来上がる。鏡餅2個と飾り餅、切り餅、あんこ入りの餅を作ってもらった。11時頃には終わりお茶を飲みながら昔話が始まった。朝早くから隣近所が集まってペッタンコ、ペッタンコと石の臼(うす)に杵(きね)で3,4人の大人の男が昼過ぎまでついていた。我が家は大家族だったから餅米4斗(一俵)ついていたと兄が話すのでびっくりした。そう言えば餅の入ったもろぶたが山となって積み上がっていた。朝はいろりの周りに餅を並べて焼き1,2個食べてから学校へ行っていた。単純に計算しても可成りの量になることが分かる。両親も隣のおじさんおばさん達ももういない。ご苦労さんでしたと言いたい。
昔の人達は偉かったと思う(^_^;
4斗とは一升枡で40です。
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| 2008年12月25日(木) |
| 正月の準備 |
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門松を作った後、弟にも勧めた。ネットから作り方のコーピーや写真を見せると作る気になったようだった。次の日出来たと話してきたから見に行った。兄弟の中で一番何でも器用にこなす男だからσ(^^)のより立派なのが出来ていた。誉め上げて長男にも作ってやれと話して帰った。一昨日弟の家に回覧板を持って行くと「昨日、大安だったから(長男の)門松を作った」とニコニコして話すので二人で見に行った。本家の初めての門松だった。兄達も家にいて喜びお茶をご馳走してくれ帰りにワラを一輪貰って帰った。今度は弟としめ縄作りを始めた。5個作った。皆気に入って来年は良いことがあると喜んでいた。今日は風が強く寒かったからウォーキングは止めてパソコンで遊んでいると3時頃兄達が来てしめ縄のお礼を言い28日に歳取り(正月用の餅つき)をするから鏡餅は幾ついるかと訊き機嫌良く帰って行った。
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| 2008年12月18日(木) |
| 門松 |
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医大病院へ行く日だったので行き昼過ぎに帰った。午後から門松作りを始めた。昨日までに部品は出来上がっていたから立てるだけだった。竹枠の囲いを立て内側に新聞紙を当て竹3本をぐらつかないよう針金で縛って立て砂を入れた。荒縄で竹3本に7周、竹枠に上から5周、3周と巻き、男結び縛った(7,5,3)紫と白の葉ボタンを3本一組にして植えた。竹枠の中央に竹筒を立て梅、千両、松を刺し空いている所にユズリハを刺しておいた。出来上がると自分なりに正月を迎える気分になった。
次はしめ縄を作る。
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| 2008年12月17日(水) |
| 救いは・・ |
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暖かい好天気が続く・・濡れ縁で門松の周りの囲いを針金で編んでいると道路から声を掛けられた。「○○ちゃん(長女の名)はお元気ですか?」誰だか分からなかったから門の方に回って貰った。名前を告げられると長女が小学生の頃の友だちで我が家へよく遊びに来ていた同級生だった。看護師のはずだが何事だろうかと思った。2人連れだったからお茶でも飲んで行きなさいと話すと上がってきた。宗教活動で今は看護師はやってないと話した。σ(^^)の問いに可成り勉強しているなと思った。しかし、この厳しい世の中で宗教活動をして飯が食える事を疑問に思う。働いて汗水を流しその中から宗教心が芽生えるのなら救いもあるだろうが・・
大分県のキャノン、東芝工場などで働いていた非正規社員が解雇を言い渡されている。その人達は寮を出なければならない。年末を迎えて蓄えも住む家もないという人達が宗教に救いを求めるだろうか。
長女にメールで知らせると
「うぜーね、宗教(`ε´)ぶー
私は「○○○○○○(自分の名前)教」よ。
このご時世、自分を信じて今を生きていくしかないのです。」と返ってきた。
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| 2008年12月16日(火) |
| 門松作り |
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今年はどうしようかと気が重かったが10時過ぎやっとモヤモヤした気持ちに踏ん切りをつけた。鉈を研ぎ弟の裏の山へ登った。手頃な竹を3本切り運び出した。午後から1.2M、1.05M、0.9Mに2本ずつ、囲いは高さを40センチにして竹を切った。6本の竹の先を鋸で斜めに切り仕上げは切れる鉈で削り仕上げた。今日の所はそれまで続きは明日に・・好天気が続く程よい汗ばみで気分が良くなった。朝は新聞を読みテレビを見る事はない昼のニュースも時間がずれるとスイッチを入れる事もない。今日は夜のニュースを見た。景気は石油危機以来の悪化になるという。大企業製造業が解雇、減産と暗いニュースばかりで気が滅入る。来年は更に悪くなり再来年から本格的に悪化すると経済専門家が話していた。どうなる事やら・・
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| 2008年12月11日(木) |
| 郵便局で・・ |
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医大病院へ行く日だったので出掛けた。診察を終え帰る時年末に僅かではあるが臨時収入があるので一階の郵便局で「200円の収入印紙はありますか?」と中にいた女の人に尋ねると「はい、あります。多かったらどうします」と笑顔で返して手渡してくれた。毎年定額であり200円印紙で良いのだが直ぐにこんな言葉が返ってくると碌な返事もせず手渡しお金を受け取る人とは教養があるなと相手を見直したくなる。でも、σ(^^)直ぐに応える事が出来ずただ馬鹿みたいににっこり笑っているだけ情けない。
午後のウォーキングで前の山に登る事にして歩いていると日当たりの良い畑に年配の婦人が二人居てエンドウに竹を立てていたので声を掛けた。竹の枝を切って刺しておられから「枝葉っぱ付きの竹をそのまま立てた方が良いですよ」と話すと「私達初めての畑仕事でエンドウを作りました」とえらく素直に私の話を聞く調子に乗り話をした。歩き始めると「いろいろと教えて下さり有り難うございました」と言葉が返ってきた。気分良く山に登った。
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| 2008年12月10日(水) |
| その後のパパイヤ・・ |
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11月頃の様な暖かい日になった。暖かいと気分も良く午後のウォーキングは早めに出て堤防の方へ足を向けた。その後パパイヤはどうなっているだろうかと思って歩いて行くと先日の強い霜にやられて葉っぱは溶けて見る影もなく裸の幹に未だ青い実を付けていた。触ってみると薄い皮がつるりと剥げた。霜に会う前なら漬け物にでもなったかも知れないがこれでは腐るのを待つだけだろうと思った。帰り道、横に車が止まったので振り向くと中年の婦人が温泉の場所を訊かれた。何処から来られたか知らないが全然違う方向に車は向いており丁寧に教えた。夏の頃σ(^^)が隣町の病院へ行くのに病院の名前も確かめず小さい町だから誰かに訊けば分かるはずだと行き結局最後には帰って確認してから行った自分の可笑しさを思い出して帰った。
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| 2008年12月9日(火) |
| 同窓会役員会 |
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今朝も小雨が降り寒かった。昼前には雨も止み寒さもゆるんできた。この冬にイレクターパイプでキウイ棚を作ろうと思っている。メジャーで測り略図を書いていた。夕方6時からの古稀祝同窓会役員会(幹事会)に出掛けた。幹事長が予告通知で143通郵送した結果、1名死亡、3通宛名不明で返ってきたと報告した。この歳になれば亡くなる者もいるだろう。しかし、宛名不明で返ってくると言う事はどういう事だろうか。中学卒業時は179名(男97
女82)だった同級生も減ったものだと思う。
猪鍋を振る舞ってくれたので普段こんな物は食べられないから忙しく箸を動かした。会長が「猪罠(わな)見回り」に誘った。九州山脈まで出掛ける気力も体力も無いと話すと「行ける所まで行き疲れたらそこで待っておれば帰りは必ずそこを通るから心配せんでも良い」とまで言ってくれたがどうも気が重い。
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| 2008年12月8日(月) |
| 大台にのるワンステップ前・・ |
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小雨降る7時前に起きた。寒かった。大台に乗るワンステップ前の誕生日になった。誕生日でも普段と変わりなく雨が降れば家の中で過ごすしかない。ストーブの芯を替える事にした。量販店に電話するとメーカーと形式を訊かれた。調べると95年製と書いてあり可成り古いが替え芯があったので10時過ぎに出掛けて買ってきた。新聞紙大の説明書が付いていた。説明書通りカバーを開けてみてびっくりゴミと埃が凄かった。はけで落とし綺麗にしてから始めた。1時間半位かっかが上手く行った。遅い昼ご飯を食べていると昨日仕事で今日は休みだったと弟が来た。椎茸の原木クヌギを切るのにノコでは時間がかかり兄のチエンソウを借りるのには気が引ける小遣いを貯めて買ってきたと話した。値段を聞くと可成りの値段だった。この弟は人の世話になる事を嫌う堅物で学がある分けでもなく金持ちでもないが真面目に働くそんな生き方を二人の子は見て育ったのだろう立派な大人になっている。その事を何時も褒めている。コタツに入りコーヒーを飲み話して帰った。
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| 2008年12月7日(日) |
| この冬一番の冷え込み |
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この頃湯たんぽを入れて寝るので夜中に冷え込んでも良く眠れる。7時前に起きた外は霜で真っ白になっていた。日が昇り射してくると昨日まで青々としていたジャガイモが熱湯を掛け煮えたようになってドロリとなった。風はなく暖かくなったので寝具類を干し窓際で本を読んでいると次女が帰って来た。お父さんプレゼントとニット帽子、靴下、手袋を貰った。ウォーキングにと思って買ってくれたのだろう嬉しかったのでお礼を言った。
昼には少し早かったが娘の運転で隣町へ食事に出掛けた。娘が運転しながら「お父さん正月みたいに車が少ないね」と話すから「日曜日の田舎道はこんなものよ」と話した。ワインを試飲して長女へ送り中へ入った。客は少なくしばらく私たち2人だけで後団体客が来た。一般の客は少ないようだった。ワインの試飲が効き良い機嫌になった。帰る時野菜を持たせると喜んでいた。日々寒くなるその内にクリスマスだと言っていると直ぐに正月が来る。正月の用意は娘がすると言うので任せた。今年も残り少なくなった。
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| 2008年12月4日(木) |
| タマネギ植え |
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間もなくσ(^^)の誕生日が来る次女が帰ってくるとメールが来た。布団を圧縮袋からだし日に干した。古い布団圧縮袋はどうしてか空気漏れをおこし押し入れ一杯に膨れていたから昨日午後量販店へ買いに行った。出口に丁度良く玉ねぎの苗を売っていたので買った。天気は良し!9時頃からタマネギを植えた。耕しておいた所に堆肥と肥料を撒き畝を作り80本余り植えた。今夜一雨来そうだが植え終わった後たっぷりと水を掛けておいた。2時過ぎウォーキングで前の山に登ると公園の管理人達がツツジの剪定をしていた。我が家のもやらなければと眺めて歩いて帰った。
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| 2008年12月2日(火) |
| 年月の経つのは早い |
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寒くなってきたが日が照ると窓際は暖かく新聞を広げると眠気がした。先週の土曜日弟が孫二人(男女)連れて遊びに来た。庭で遊んでいた女の子がブランコを訊いたので物置に仕舞っていたブランコを出した。何年ぶりだろうか埃を拭き取り付けると女の子が座り男の子が立って漕ぎ声を上げて楽しんでいた。ブランコは長女が幼稚園に入った時に作った。この子達の父親と長女が小さい頃はこのようにして遊んでいたのを思い出した。彼らも三十代の半ばになった。眺めていてσ(^^)も歳を取ったものだとつくづく思った。弟にブランコはそのままにして置くぞと話すとまた金曜日に来ると言って帰ったが俺たちが忙しいと話したと言う。それなりにいろいろと気を遣うようだ。昼前旧役場へ行き「住民基本台帳カード」を作った。旧役場の中は一変していた。受付で尋ねると若い女の子が親切丁寧に教えてくれた。以前の役場と変わったなと気分を良くして帰った。
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| 2008年12月1日(月) |
| 山芋 |
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昨日弟の家でお茶の時庭の隅に鶏卵大の物が転がっていた。良く見ると山芋だった。義妹は恥ずかしいと笑っていた。弟は今まで大きな山芋を作りお裾分けをしていたが今年はどうしてか蔓や葉っぱばかり茂り駄目だったと話すので俺のもそうかも知れんと話して帰った。
11時頃から山芋堀りを始めた。ティッシュケース位の大きさの物が一株に2個ぶら下がっていた。想像していた以上の物が出来ていた。昼ご飯抜きで堀上げ貯蔵してから昼ご飯を食べた。午後のウォーキングは止めてエンドウが数センチに伸びてきたので副え竹切りに行き枝葉っぱ付きの竹を2メートル位に30本ほど切り立てていると弟が来て手伝ってくれた。夕方は風が冷たくなった。
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| 2008年11月30日(日) |
| アライグマ |
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9時過ぎ日向で新聞を広げていると末弟が自転車で来た。「椎茸の原木をいるなら取りに来いと言っているよ」と招集をかけてきた。三男の家の裏の畑と山は弟達の物で五男は椎茸の原木になるクヌギを植えている。大きいのは直径20センチ位になっているが台風が来ると折れたり倒れたりしている。そんな木を兄弟達が運び出し家の周りに置いて椎茸を採っている。昨日五男夫婦が遊びに来て椎茸をくれたので話したら早速始めたようだ。長男がチエンソウでクヌギを切り倒すのを兄弟達は眺めていた。今日はそのままにして枯らし来年3月頃菌を打ち込むのだそうだ。
三男の家でお茶になった。σ(^^)が長男に「クマを仕留めたと聞いたが・・」と話すと皆何の事かとキョトンとしていたが兄は直ぐに分かり面白可笑しく話し始めた。朝五時頃三男夫婦が散歩に出て歩いていると前の方を猫か兎みたいのが走り出した三男が追いかけると何物か分かったそうだ。排水溝に逃げこんだので行き止まり迄追い詰めると逃げ出さないように義妹を見張りさせ兄の家に応援に行った。義姉はまだ暗い6時前に何事かと心配したそうだ。兄は聞くと手頃な道具を持ち駆けつけ仕留めたという。この頃、庭や畑を荒らし回る「アライグマ」でした。長女が小さい頃にテレビで「あらいぐまラスカル」のアニメがあり可愛いラスカルを楽しく見ていたものだが・・・兄は調子に乗りそんな時は夜中でもいつでも知らせよいつでも駆けつけるからと笑わせた。
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| 2008年11月27日(木) |
| 冬の雨 |
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雨が降り寒い日だった。図書館から借りている上杉謙信・景勝の二代に仕えた名軍師直江兼続(なおえかねつぐ)を書いた「参謀力」を読んでいた。昼のニュースではインドのムンバイで高級ホテルに外国人を人質に取り武装集団のテロが起き多数の死傷者が出ている映像を流していた。痛ましい事だ。先日テレビで録画しながら観た「ALWAYS 続・3丁目の夕日」は録画を失敗していた。もう一度観たくてDVDを注文していたら午後届けてくれたので夕食後観た。何回観ても涙が溢れる。昨日量販店に行き「湯たんぽ」を買ってきた。夜中にトイレに一回も起きずよく眠れた。昔ながらの良い物は何時になっても良いようだ。
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| 2008年11月26日(水) |
| 年末ジャンボ宝くじ発売 |
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昨日夕方、弟とコーヒーを飲みながら話した。昼のニュースで「年末ジャンボ宝くじ」発売を流していたぞ買うのか?と訊くと今まで何回か買ったが当たった事がないと話しながらも今回も夢を買いそうな話しぶりだった。テレビで見ると列をなして並んでいた「不景気な世の中だから年末まで夢を持ちたい」と年配の婦人が話していた。
今年は二億円宝籤に当たった女性が殺され殺した最低非情極悪の男は逃亡生活の果て逮捕された事件があった。なまじ宝籤に当たったために殺されてしまった女性は哀れで当たらなければ、平凡で穏やかな生活を送れたかも知れない。それとは反対に3,4年前の新潟県中越地震の時は被災者へ一等の宝くじ券を寄付された奇特な方がいた。買わなきゃ当たらないし買っても当たらないと笑いながら弟は帰っていった。夢をかなえるゾウ
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| 2008年11月25日(火) |
| ゆず胡椒 |
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昨日は雨で寒かったが今日は雲一つない青空が広がり好天気になった。午後早めにウォーキングに出た帰りに家近くで病院から出てくる数人とすれ違った。看護師が手押し車を押し警官3人と男が同行していた。手押し車に乗っているおじさんは顔を腫らしていた。このおじさんは家の近くで自転車に乗っているのを良く見かけ知らない人だが挨拶はしていた。病院の駐車場にはパトカーが2台停まっていた。帰ってから何処へ行くのか眺めていると我が家から直線道路の曲がり角で停まった。そこで車と接触事故を起こしたようだ。しばらく現場検証をやっていた。後期高齢者のようだし打撲だけで済めば良いが足や頭をやられていると可成り時間がかかりそうだ。年末までには未だありそうだが注意して歩こう。弟が「ゆず胡椒」を作ったと小瓶に詰めて持って来てくれた。今年は良いゆずがならなかったそうだ。
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| 2008年11月21日(金) |
| 予防接種 |
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高齢者はインフルエンザにかかると二次感染で肺炎、気管支喘息などの合併症を起こし重症化することもあると言う。今年も予防接種を受けた。体温を測り用紙に記入して看護師に渡すと接種日の注意ごとを説明してくれた。インフルエンザと風邪は違いますから接種しても風邪には注意して下さいと言われた。待合室には患者が多かった。何の病気か知らないが高齢者ばかりの様に見えた。午後のウォーキングは休み安静にした。今夜は「ALWAYS 続・三丁目の夕日」を観て寝た。見たくもないコマーシャルの時間を差し引いても観て良かった。年甲斐もなく感動して涙が出た。
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| 2008年11月17日(月) |
| 素人園芸 |
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先日、Eさんから電話があり今年も(門松用の)竹を貰いたいと話されたから竹山は兄のものだから直接兄へ電話して下さいと話した。9時前「月末にA君と竹を貰いに来るからよろしく頼む」と電話があった。何かしら気分が悪くなり「直接兄の家に行って下さい。私は山へは行きませんよ」と話すとA君から鯉の話を聞いているから鯉も見たいと話された。Eさんは人の面倒見が良く毎年知り合いから頼まれミニ門松を10個以上作るとA君が話していた。青空が広がり好天気なった。畑の空いている所に玉ねぎを植えようと鍬で耕した。風も無く暖かく程よく汗ばみ気分が良かった。
午後ウォーキングの帰りに同級生の家の前を通ると入り口にいたので声を掛けた。「素晴らしい野菜が出来ているな」と隣の畑を指して話すと初めσ(^^)だと気が付かなかったようで話し始めた。園芸教室に行きいろいろ教えて貰った、堆肥は無料で貰っている、「家の前に100円野菜で出しなさいという人がいるけど100円では出せない1000円でも出せない」と笑って話し人に上げて喜ばれると嬉しく野菜や花作りが楽しい。主人はノータッチで全部自分でするんだと話していた。ここにも素人園芸愛好家がいた。
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| 2008年11月14日(金) |
| 生命力 |
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朝晩冷え込み日も短くなってきた。未だ晩秋初冬と言う所だが植物はもう春の準備を始めている。裏の堤防のアヤメが10センチから20センチほどに伸びてきた。シャクヤクが密植してきたので2株掘り起こし株分けをした。地下では花芽が2センチほどに伸びていた。
2時頃魚を眺めてからウォーキングに出た。4時頃帰り魚に餌を与えた。側の花菖蒲が倒れていたから猫でも来たのかなと見回してびっくりした。畑の隅に黒土にまみれて真っ黒になった鯉がいた。50センチのネットを飛び越え花菖蒲の上に落ちバタバタ暴れて2米ほど移動したようだ。両手で持つとピクリともしなかったが水槽に投げ込んだ。泳ぎだした。生きていたのだ!頭部に擦り傷鱗も少し剥げていた。飛び出してからどのくらいたっていたのだろうか。見過ごしておれば野良猫に食べられたかも知れない。鯉の運と生命力の強さを感じた。
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| 2008年11月13日(木) |
| 山芋堀 |
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ここ2,3日好天気が続き気分が良い。9時過ぎ洗濯を済ませパソコンで遊んでいると近くで耕耘機の音がした。兄が門のシャッターを開け堆肥を一杯積んで庭へ入ってきていた。急いで着替えて出て畑の隅に下ろして貰った。野菜作りには堆肥は欠かせない出来が違うからだ。山芋を見て「未だ掘らんとか?」と訊いたから「焼酎を飲まんと掘れん」と話すと「掘る時は○○を頼めよ」と酒癖の悪かった男の名前を言って笑った。
昔は誰々がヤマイモを掘ったとか誰々はヤマイモ堀だとか良く耳にしていた。飲み方があると必ずヤマイモホリがあった。田舎の因習に鬱積(うっせき)又は日頃の鬱憤(うっぷん)を晴らしていたのかも知れない。この頃は田舎も知的水準が上がり穏やかな生活を送っているのかとんと耳にしなくなった。さて、我が家の山芋堀りこんなに天気が良いと掘る気がしない。どんよりとして寒〜い日に○○と焼酎を飲んで掘る事にするか(^_^;
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| 2008年11月8日(土) |
| 読書とテレビ |
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島原の乱。昨夜遅くまで掛かって「出星前夜」を読み終えた。541ページあり一日100ページの予定を立てたが一週間かかった。島原藩松倉藩政に凶作が続き年貢免除を訴えると禁制のキリシタン宗に立ち返ったと刑場に送られる。凶作が三年続いても全く考慮せず二倍の年貢納入を言い渡されると20年にも及ぶ藩政の理不尽に耐え続けた島原半島の民衆と庄屋に天草住民が加わり蜂起する。作者が島原の乱を見てきたような筆の運びで臨場感あふれ、迫真の時代小説で読み応えがあった。
ここには現代では考えられないような酷い格差社会があったようだ。
先週土曜日に帰って来た娘が「お父さん、篤姫を見ている?」「見ているよ」「歴史では後どうなるの?」と訊いたから西郷隆盛と勝海舟が薩摩屋敷で会談して江戸城を明け渡し徳川家は徳川家康の本拠地静岡(駿河)へ帰ると話した。篤姫の着ている着物が良いねとか篤姫の夫徳川13代将軍家定を演じた堺雅人が好演だったと話すと彼は宮崎出身だと話すから宮崎県人のようにはみえないねと笑って話した。
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| 2008年11月5日(水) |
| 第57回九州一周駅伝 |
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3時前ウォーキングに出た。帰って来る弟に出会ったのでウォーキングかと思って「早いじゃないか」と声を掛けると「駅伝を見てきた駄目だった」と笑って帰って行った。今日明日は県内の中心を通るから応援が多いだろうと昔を思い出して歩いていた。小学生の時、第一回が始まり先生が引率して行き応援した思い出がある。あの頃の国道10号線は砂利道でたまに車が走ると砂煙を巻き上げていた。谷川町バス停まで砂利道で途中は田んぼばかりだった。そこから舗装され南詰へ向かうのが国道10号線であった。その後経済成長が進み道路も舗装され新しい橋やバイパスが出来たが現在もコースは旧国道10号線を走るようだ。近年まで旭化成勢の活躍で一位は宮崎と決まっていたが福岡へ移ったようだ。
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| 2008年11月2日(日) |
| 綾競馬 |
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七時前に起きた。どんよりとしていたが雨は降りそうになかった。昨夜寝る前次女に明日は綾競馬へ写真を撮りに行くと話すと自分はゆっくりして帰るからと話していたので八時過ぎに出掛けた。綾馬事公苑は高台にあり肌寒く感じた。気に入った所へ三脚を立てる頃には観客や出店も増えだした。兄達と弟も来て「お楽しみ券」を買って楽しんでいた。毎回起きる事故で今回も目の前で起きた。競走馬がコーナーを回る所で骨折した。可哀想で見ておれなかった。落馬が2回あり騎手を失った馬は興奮して競馬場をただ一頭で疲れるまで走り回りその間レースは中断していた。前回より観客が少なく思えたが気のせいかな。
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| 2008年11月1日(土) |
| エンドウと自転車 |
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「エンドウは神武さまの頃に蒔くと良い」と昨年聞いた。今日は神武さま。昨日の雨で畑は少し柔らかかったが9時過ぎからサツマイモを全部堀上げた。一輪車一杯の収穫があった。その痕にエンドウの種を蒔いた。弟がレタスの苗を持って来てくれて話した。我が家から100米位離れた所に兄の田んぼがありその隣に園芸ビニールハウスがある。そこの年配の婦人が昼食に帰るためハウスから出ると買って間もない新車の自転車が無くパンクした古い自転車が置いてあったという。白昼堂々と見通しの良い所で誰がやった事だろうか。しかも呆れた事にはその婦人が自転車に乗る義姉に「自転車を間違って帰りはしなかったか?」と訊いたという。義姉の自転車はボロではなかったが自転車を盗まれて腹立たしかったとしても人を見下げたものの言い方だと思った。夕方、連休をのんびり過ごすと言って次女が帰って来た。
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| 2008年10月31日(金) |
| 寒くなってきた |
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朝から小雨が降り寒かった。日々寒くなり10月も終わりになった。10時過ぎ市立図書館から予約本が入りましたと連絡があり出掛けて「出星前夜 飯島和一」、「帰省 藤沢周平」を借りて帰った。明日から三連休になる人達がいる。明日明後日は天気は良いが3日目は崩れると話していた。毎年11月の第一日曜日に行われる「綾競馬」がやって来た。写真を撮るのが楽しみで行っている。天気は良さそうだ。前回早めに行きカメラ場所を探して歩いていると出店でミカンを山と積み上げていたおじさんが声を掛けてきた「ミカンを買わんや」「帰りに買います」「帰りは売り切れてないぞ」そんなに売れるもんかと思って笑って分かれた。
競馬が終わりカメラを担いで寄ってみるとあれほどのミカンが消えていた。おじさんは覚えていて「ほら、売り切れると言っただろうが・・」と満足した笑顔を作っていた。また行ったら声を掛けてみよう。
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| 2008年10月30日(木) |
| 夜間外出禁止・危険区域 |
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8時半過ぎ魚に餌をやっていると兄が車で通り降りてきて魚を眺めて立ち話をした。近くに鴨池があり鴨の飛来が始まった。道路と鴨池の間は兄が飼料を作っている。猪が山から道路へ下りてきて俺の田んぼを許可無く通り池の周りで餌を探し回っていると話した。夜間、自転車や歩行者はいないが車が通れば何時遭遇するかも知れない。衝突事故が起きなければよいが出会えばお互いびっくりすることだろうと話した。昔からある隣町へ行く道路で今は片道一車線になっている。まさかこんな所まで猪が出てくるとは今まで思ってもいなかった。野生の動物が人間の住む区域を荒らしだした。昼前、葉ボタンを畑に移植してネットを被せるため近くの弟の家の裏山へ竹切りに行った。猪が掘った穴が無数あり夜間は家の近くまで降りて来ているようだった。
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| 2008年10月29日(水) |
| パパイヤ |
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数年前弟が仕事で徳之島へ行き帰りに数本のパパイヤの苗を持って帰った。兄弟達が庭に植えた。成長が早く実を付けた。どうなるかと楽しみにしていたが冬の寒さに耐えられず全滅。宮崎では路地の栽培は無理だと思っていた。ウォーキングする堤防からパパイヤではないだろうかと眺めていた畑があった。それにしても広く50アールはありそうだった。今日はそこへ人影が見えたので歩いて行った。やはりパパイヤで高さ2米余りでびっしりと実を付けていた。下の実は直径15センチほどになり上の方は花を付けていた。挨拶をして話を聞いた。畑を遊ばせておくのもなんだから春先にパパイヤを植えてみた(完熟しない事は知っておられた)漬け物にでもなりはしないかと話されたが初めから漬け物用として誰かが勧めたのだろう・・・物事は考えようやりようでいろいろとあるものだ。堤防は冷たい風が吹いていた。
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| 2008年10月25日(土) |
| 給食のパン |
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8時過ぎ弟がパンをちぎって魚に与えていた。どうしたと声を掛けると給食のパンを貰ってきたと話した。嫁が給食センターで働いていて毎回手つかずのパンが沢山出るゴミとして捨てるのを貰ってきたそうだ(義姉の鶏の餌)。中学校の方が多いと話すから成長期に食べなければ腹が減ってしようがないだろうにと思った。
先日関東の小学校で6年生が給食のパンを半分に割って一つにして飲み込み窒息死したニュースがあった。
こんなのは事故ではなくふざけた過失だと思う。テレビなどでハンバーガーの早食い競争などばかげたものを見せたりするからそんな事でもやっていたのかも知れない。親が周りの状況を知りたいと責任を糺す様な事を話していた。先生が6年生に良く噛んでゆっくり食べなさいと話し食事中は注意して見守らなければいけないのかと思うと亡くなった子が可哀想と思うより情けなくなった。
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| 2008年10月21日(火) |
| 老後は元気に過ごしたい!! |
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昼過ぎ寝転んで本「氷の華 天野節子著」を読んでいると玄関のチャイムが鳴った。白服を着て胸に名札を付けた男が立っていた。直ぐにお隣さんだと分かった。「コスモスを観せて下さい」と言うのでどうぞ自由に観て下さいと話すと帰って行った。しばらくすると10人位コスモスを観ながら田んぼの畦を歩いていた。畦を歩けない人が十人余り門口にいたのでシャッターを開け庭から入って観るように勧めた。一人でよちよち歩ける人は元気な方で杖をつく人、杖代わりに車を押している人、手を取って貰っている人など様々な人達がいた。庭の芝生は綺麗に刈り込んだ後だからつまずくような所はなく皆はしゃいでいた。コスモスをバックに写真を撮ったりして帰って行った。σ(^^)も何年後にはあのようになるのかとの思いを振り切ってウォーキングに出た確り2時間歩いて帰った。秋晴れの好天気だった。
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| 2008年10月19日(日) |
| 聞き違い |
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アバ漁の簗作りを撮るため9時頃車で出掛けた。河川敷に車を止めカメラを持って歩いて行くと3人で鉄骨の小屋を組み立てていた。同級生がいたので声を掛けると何の事はない、ただの聞き違いで今日から簗作りの準備を始めるという事だった。周りには杭が山ほど積み上げられていた。25,26日が簗作りだと話していた。気持ちよく走っている車が急に止まったような気分になった。どこかへ写真を撮りに行こうかとも思ったがそのまま帰り綺麗に咲き始めた庭先のコスモスを眺めていた。
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| 2008年10月18日(土) |
| 大淀川の簗(やな)・アバ漁 |
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午後のウォーキングで堤防を歩くと風を冷たく感じ始めた。穏やかに流れる大淀川にも秋が来た。先日の同窓会役員会で河川漁業の組合長を兼ねる会長の話を聞いた。19,20日簗を作る。昨年、簗作成中の写真を撮りに行った時には高齢者ばかりになり今年が最後かも知れないと弱音を吐いていたが周りから期待する声があるようだ。昔から伝わるから大事に引きついでゆかなければとか昔はこうだったなど聞くと自分達も可成り歳を取ったようだ。昔は元気な若者達が裸で川に入り杭を打ち込んでいたのだろう。しかし、今はユンボを操作して杭を打ち込んでいた。昔は夜明けの暗い内から始めていたが今は8時からだと笑って教えてくれた。今年も写真を撮りに行こうと用意をした。
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| 2008年10月17日(金) |
| パソコンで遊ぶ |
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前に書いたリナックス上でWindowsソフトを動かす遊びを始めた。限りなく広がる遊び。子供なら親からいい加減にして勉強せよと言われるかも知れない。学校もある、食事もある、睡眠も取らなければならない。そんな事を全て無視して気ままに遊んでおられる。なんと幸せな事か。σ(^^)は確かに二人といない変人だと思う。
長女の誕生日の朝インターネットから少し入金して黙っていた。一週間余り過ぎた昨夜7時過ぎ電話が来た「今日お金を下ろしに行ったらお父さんの名前で入金があった。誕生祝いは「夢をかなえるゾウ」の本かと思っていた」と思ってもいなかったようで喜んでいた。
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| 2008年10月14日(火) |
| 連休明け |
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連休明けの朝は雨で始まり一日中小雨が降ったり止んだりしていた。寒くないようにして図書館から借りてきた「流星の絆」を読んでいた。テレビニュースは、各国株式市場は回復 金融不安は一応後退した。日本は史上三番目の下げで八千円台前半迄暴落していたが連休明けに今度は史上一番目の上げで千百円余り上がり九千円台になったと話していた。暴落で顔を引きつらせていた市場関係者や個人投資家達が今度は顔をほころばせていた。σ(^^)には関係なしと本の中へ入っていった。この本を早く読み終えてパソコンで遊びたいとわくわくしている。それは15年近くも開発を続けていた人達がLinux(リナックス)上でWindowsのソフトを動かすソフト「Wine」を完成させ無料で公開している。それを早くインストールして動かしてみたいから・・・老後を株の上下で一喜一憂して儲ければこれ幸いと過ごす人、1円の損得もなく過ごすσ(^^)行き先は皆同じなのにと思う。
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| 2008年10月13日(月) |
| ハリー・ポッター第七巻読了 |
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「ピーター・パン」などの児童書かと思っていた。初めの内は登場人物がよく分からず読んでいたがその内に少しずつ分かると面白くなった。話は魔法使い、妖精、守護神などが出てくる童話だが伏線があり最後に解き明かされる。大人が読めば激しく悲しい「愛」の物語です。片思いの男が永遠に愛を貫いて死んで行く。その片思いの子供が主人公です。両親を亡くした主人公が成長するに従って目の色が母親そっくりになってゆく。それを見守る男がつぶやく・・・・・あぁ〜、この歳になっても古びた心が熱くなった。
今時の情けない残酷なストーカー野郎に読ませたい。
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| 2008年10月12日(日) |
| こんなに天気が良いのに読書!?! |
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テレビで生駒高原のコスモスを見せている。庭先のコスモスも一日一日咲き増え続けている全部咲きそろうには未だ先のようだ。朝食後、鉢類に水を掛け何時ものように魚に餌をやり一息周りを眺めてから洗濯に精を出した。秋空に干すと気持ちが良かった。昨日図書館から予約本が入りました一週間以内に受け取りに来て下さいと連絡があった。今読んでいるハリー・ポッターを読み終えてから借りに行こうと読書に励んだ。時々外を眺めながらこんな秋空の好天気に読書をする人がいるのだろうかと変人は変人なりに思った。残り100ページになった。明日読み終えてから次を借りに行く事にして11時過ぎに寝た。
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| 2008年10月11日(土) |
| 連休が来た・・ |
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昼前量販店へ行き園芸用品を買い葉ボタンを移植した。3時過ぎウォーキングに出た。5時前に帰ると弟と孫が来ていた。タナゴを捕りに行ったとバケツを見せた。一センチほどの稚魚が沢山泳いでいた。鯉の稚魚の所へ入れると二つ三つの群れをつくり元気に泳ぎだした。又楽しみが増えた。孫が明日熊本へ行くと話すので弟達が連れて行くのだろうと思った。電話が鳴り急いで出ると末弟からで電話したけどいなかった明日7時に籾(一年分)を持って来ると言うのでえらく早いじゃないかと話すと笑ってツーリングに出掛けるから・・・待っていると返事をした。休み無く働いている仲間と連休を楽しむのだろう。天気予報は「体育の日」の連休は好天気になると話していた各地でいろいろの催しが行われる事だろう。スポーツや行楽を楽しむのに最高の季節だ。
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| 2008年10月10日(金) |
| 金融危機 |
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朝から小雨が降ったり止んだりしていた。ハリー・ポッター上巻を読み終え下巻を読んでいた。テレビや新聞は世界の株式市場の暴落を取り上げている。金融危機が増し、株安が止まらない、不景気になると言う。株など持たない田舎者にはまだピンと来ない。昼の宮崎からのニュースでも証券会社の周りで株価変動をを眺めている人達かも知れないがマイクに向かって株が下がり続けている大変だと話していた。年よりが株で儲けようと思っていたのか話す人達は高齢者ばかりだ。エコノミストが来年は厳しくなると話すどうなる事やら・・
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| 2008年10月9日(木) |
| 蕎麦の花 |
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昼ご飯の後ウォーキングで見かけた蕎麦の写真を撮りに行こうと用意をしていると兄達が軽トラックで来た。(義兄の千切り)大根の間引きの手伝いに行って来たと一杯積んでいた。何時も兄弟達に配っているがそれにしても多かった。「誰かいる人はおらんじゃろかいね」と言ったからA君の事を思って沢山降ろして貰いA君に電話すると奥さんが出て頂きますと話されたからσ(^^)は今から蕎麦の写真を撮りに出掛けます玄関に置いときますから全部持って行って下さいと話して出掛けた。
ミカン畑に蕎麦が蒔いてありミカンも色づき始めていた。夜7時のニュースはノーベル賞受賞者4名の事で盛り上がっていた。米国籍を取り大学名誉教授などと紹介されると日本人の頭脳流失で残念だと思った。
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| 2008年10月8日(水) |
| 過疎少子化 |
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この集落は120余りの戸数がある。σ(^^)の班は15戸と空き家が3軒あり過疎化が進んでいる。班に一人っ子同士が結婚して18年ぶりに赤ちゃんが産まれた・・・と言う事は高校3年生が一人だけで後は子どもがいないという事です・・・義姉が出産後実家で過ごしておられたが帰って来られたと教えてくれたのでお祝いに行った。目を覚ましていると言って抱いて見せてくれた。何時もの調子で「親が美男美女だから赤ちゃんも色白で男前だ」「そうですか(笑)、安産だったんですよ」「一人っ子は可哀想だから後2,3人は頑張て下さいよ」と話すと「私はもう○○歳ですよそんな無理ですよ」と笑っていた。何時も馬鹿ばかり話しているから呆れかえっているかも知れないと思って帰った。田舎では目出度い事は少なく黒服を着るのが多くなった。
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| 2008年10月7日(火) |
| 雨降りは読書 |
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朝起きると雨が降っていた。一日に100ページの予定を立て本を読んでいる。今日は雨も降るし昼過ぎには予定を読み終え夕方迄パソコンで遊んでいた。来年行う「古希祝同窓会」の役員21名の中に入れてくれ今夜6時から役員会を開くというので5時半過ぎに出掛けた。18名集まった。皆いいおじさんとおばさんになり古希を迎えるようだ。見覚えのあるおばさんがグラスに酒を注いでもらい美味しいと飲んでいた。8時半頃帰った。ネットのニュースを見ると2008年のノーベル物理学賞に日本人3氏が決まったと出ていた。「素粒子」なんて何の事か分からないが日本人の栄誉だと思った。
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| 2008年10月6日(月) |
| キンモクセイ |
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昨日は雨で本を読んでいた。この頃ウォーキングで歩くとどこからともなく甘い香りがしてくる。あぁ、キンモクセイだなと深呼吸をしたくなる。。昨年目と鼻の手術をした後このキンモクセイの香りがしなかったウォーキングでキンモクセイを見つけ不思議に思い鼻をくっつけても嗅げなく臭覚が無くなったのかと不安になったが一時の症状で済んだ。我が家にも父が植えてくれた大きなキンモクセイが一本あり電線に接触するようになったので深く枝を落とした。しばらく花を付けなかったが今年は沢山の花を付けた。朝起きて新聞を取りに出るとふんわりと身を包むように香ってくる。秋晴れとともに良い日だなと思う時である。今日も2時間近く歩きキンモクセイの香りを胸一杯にして帰った。
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| 2008年10月4日(土) |
| 捜し物(^_^; |
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先月18日朝医大病院へ出掛ける時、車のキーが見つからず予備のキーで運転して行った。その前日、プリンターのインクが切れ買いに行きいつものようにバックにキーを入れテーブルに置いてからインクを取り替えたのにと思って諦めきれずその後探していた。お彼岸に帰って来た娘に話すと「お父さん、無意識にどこかへ置いたんじゃがその内に出てくるが・・」と話してくれた。今朝パソコンの部屋で座り込み新聞を広げてふっと椅子の肘掛けの下へ目がいった。そこに車のキーが挟まってぶら下がっていた。この歳になると物忘れが多くなり決めた所へ必ず置く事にしているが無意識にやっている事が多いのだろう。困った者です。朝からどんよりとした空模様だった。青梗菜(チンゲンサイ)の苗を植えた。歩かないと腰に張りがある様な気がしたから3時過ぎから2時間近く歩いた。程よい疲れで夜8時過ぎには眠くなりぐっすり8時間寝た。
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| 2008年10月3日(金) |
| 秋盛り |
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9時過ぎから芝生の草を取っていると電話が鳴り留守電に入った。昼前再生すると隣町の図書館から予約本が2冊入りましたと言う事だったので受け取りに行くと空前の人気で本や映画で話題に登っているハリー・ポッターだった。今まで読んだ事はなかったが今回初めて読んでみようと思って「ハリー・ポッターと死の秘宝上・下」を借りて帰った。昼過ぎから曇って来た。3時過ぎ傘を持ってウォーキングに出た。5時過ぎに帰ると縁側にトレイ一杯の野菜の苗が置いてあった。弟が持って来てくれたのだろう。明日は雨の予報が出ていたが植えよう。魚に餌を与えて上がった。今日は少し疲れた。
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| 2008年10月2日(木) |
| 種まき |
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秋晴れの好天気になった。8時過ぎ寝具類を干してから畑に出た。用意していた畝を軽く耕し水を撒き大根、ほうれん草、赤カブを蒔いた。昨年頂き物の葉ボタンは見事に育った。今年も正月用の飾り物にしようと終わってから種を採種していたので床を作り蒔いた。昼間は30度位まで上がっても空気が乾燥しているから少し汗ばんでも気持ちが良かった。2時過ぎ寝具類を取り入れウォーキングに出た。前の山に登った。さくら広場の芝生は綺麗に刈り込み青々として目が覚めるようだった。人影はなく芝生の上をしばらく歩いて山を下りた。
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| 2008年10月1日(水) |
| 台風13・15号 |
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13号はノロノロして長く気を持たせたがコースが外れ雨戸も濡れず柿の葉っぱを多めに落としただけで済んだ。15号は915Hplと猛烈な台風だったが台湾に上陸して牙を抜かれ並の台風になりやって来たが九州の南で温帯低気圧になった。朝の内は小雨が降っていたが9時過ぎには晴れて来たので仕舞い込んでいた鉢類を元の所へ戻し洗濯機を回した。台風接近のニュースを聞くと疲れる。今年は台風の影響を受けずにいるこのまま過ぎれば助かるのだが。今日から10月雲一つ無い青空が広がり気分も良く3時過ぎウォーキングに出た。大淀川の堤防に出ると上流で大雨が降ったのだろう濁った水で水かさを増していた。久し振りのウォーキングだったから1時間余りで帰った。台風は何事もなかったし良い一日だった。
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| 2008年9月28日(日) |
| 秋雨で読書 |
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朝方毛布一枚では寒く布団を出して寝直した。暑さ寒さも彼岸までというがこれから日ごとに寒くなって行く風邪を引かないよう用心しよう。6時過ぎに起きると小雨が降っていた。図書館から借りている「阿弥陀堂だより」などの作者南木佳士の浅間山、穂高岳・・の山歩きの短編集「草すべり」を読み夕方には読み終えた。
以前環境を守る会がナタネの種を採る時に兄が昔から家にあるトミを持って行き珍しいがられた事を書いた。本の中で浅間山に登るグループのリーダーが「ここがトーミの頭」です。トーミとはどういう意味ですか、との質問が出たが、知りません。とあっさり返された。唐箕(とうみ)という道具があって、クランクを手で回して風車で風を起こし、それで麦やそばの実の選別をした。トーミの頭と唐箕と、どんな関係があるのか分からない。
・・・読んでいて思い出し可笑しかった。
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| 2008年9月25日(木) |
| 来客と話が弾む |
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蒸し暑い日だった。午後廊下にゴザを敷き昼寝をしていると車の音で目が覚めた。A君と奥さんが来た。水槽の所で手をたたくと浮き草の下から金魚や鯉がゾロゾロ出てきて口を開け餌をねだるのを見て二人で感嘆していた。お彼岸は田舎へ行って来たと話していた。σ(^^)の妹がお彼岸に電動ドリルをプレゼントしてくれたので見せるとこれは最高級品だなと褒めていろいろと取り扱いを教えてくれた。キウイ棚作りの話になるとσ(^^)よりA君の方が張り切っていた。A君の知り合いの高齢者Mさんがデジカメを買ったプリンタも欲しいと話していると言うので「今の内に欲しいものは買って楽しまなければ先の事は分からないよ。どんどん勧めないよ」と人ごとだから話すと笑っていた。いつもσ(^^)の家に来ると馬鹿話ばかりして時間を過ごす。この頃は奥さんも呆れを通り越して仲間に入って話される。時間の過ぎるのも忘れて話し込んだ。
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| 2008年9月24日(水) |
| コスモスは・・ |
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秋野菜の種まきは一段落。残りは畝を作っていつでも蒔くばかりにして置いた。昨年のコスモスは綺麗に咲いてくれたが今年は耕した後バラ蒔きでどうなるかと眺めていた。低い所は水が溜まり芽が出てこなかった。全体は30センチ程に伸びている。しかし、雑草の勢いが強く何処にコスモスがあるのか分からない。この雑草と格闘するのは蟷螂(とうろう)の斧のよう思えるが庭の周りだけでもと9時過ぎから取りを始めた。蒸し暑く腰も痛くなり疲れた。昼からは寝転んで本を読んでいた。5時過ぎから強い雨が降り出し夜も降り続いていた。
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| 2008年9月23日(火) |
| 秋分の日 |
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9時過ぎ市立図書館の本を返却ポストへ返しに行き帰ると次女が帰って来ていた。墓参りを済ませ昼頃まで話して食事へ出掛けた。一緒に食事をしたのは何時以来だろうか美味しい所を知っていてご馳走になった。帰りにスーパーに寄った。野菜コーナーでサツマイモ、ジャガイモ、玉ねぎなどを手にして「お父さんたったこれだけでこの値段よ高いと思わん?お父さんが作ってくれる野菜は新鮮で美味しく助かるわ」と褒めちぎっていた。
飲み物コーナーで「しそジュース」を思い出し作っているから帰る時忘れるなと念を押して帰った。しそジュースの氷割を作ると「わぁ、この香りこの味忘れん!!」と言って舌づつみを打っていた。誰に似たのか良くしゃべり大笑いした。「腹から笑うとボケ防止になるよ」とのたもうて大喜びして「しそジュース」を持って帰った(^_^;
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| 2008年9月21日(日) |
| 運動会 |
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目は覚めていたが寝ていると花火が上がった。中学校の運動会だなと思って起きた。運動会には絶好の空模様になった。新聞を読んでいると兄が来た。お盆の写真を掲げて良い写真だと話すと「四国へ行って昨夜帰って来た未だ見てない」と話して眺めていた。月掛けで積み立て30人揃ったら決まるようだ台風の前に出掛け過ぎてから帰って来た台風の影響は余りなかったようだ。気の合う者同士のグループ旅行は楽しかったのだろう旅の話をして帰った。今年の我が家の柿は昨年なり過ぎた渋柿は少なく、少なかった甘柿は今度はなり過ぎてびっしりぶら下がっている。昼前、ヘタ虫の薬を掛けたら強烈な夕立が来た。あぁ・・
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| 2008年9月20日(土) |
| 彼岸 |
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台風通過後秋晴れの好天気が続く昼過ぎ近くの田んぼの土手に彼岸花が咲いていたから写真を撮りに行きパソコンで眺めていたら妹がひょっこり顔を見せた。家族揃って墓参りに帰って来た。妹がお盆に撮った写真をくれた。20名程の全員、兄弟だけで撮ったもの素晴らしく良くできていた。61年前同じ場所で祖父が還暦の時父が写真屋を呼び撮った記念写真がある。三男は父に抱かれ四男は乳飲み子で母が抱いている。時が流れ未だ生まれてなかった五男が還暦を過ぎた。先日兄が「俺たち兄弟は偉いのや人からとやかく言われるものもおらんで皆元気でなによりだ」と話していた。田舎の生活は何事もなく平穏な事が良い。
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| 2008年9月19日(金) |
| 台風一過 |
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夜中に目が覚めて起きたが風雨の音はせず台風情報を見ると宮崎の東方140キロを東北東へ進んでいるようだった。安心して寝直した。6時過ぎに起き外を眺めると普段の雨の後のようで何も異常はなく雨戸は濡れてもいないので仕舞い込んだ。台風13号は九州南部に猛烈な雨を降らせたが過ぎてしまうと真夏の暑さになった。仕舞い込んだ物を外に出しながら周りの田んぼを眺めると倒れている稲は少なく農家の人達もホッとしていることだろうと思った。台風通過を待っていたのか園芸農家では共同でビニール張りが始まった。テレビを観ると各地で可成りの被害があり未だ避難されている人達を映し出していた。今度の台風は来るまで気を持たせて長かったが何も被害が無くて良かった。この頃の台風は風より雨の被害が多くなったように思う。
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| 2008年9月17日(水) |
| 荒天準備 |
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今年初めての台風が九州南部へ接近する18日夕方から暴風になると言う。未だ雨は降って無く朝から外回りの片付けを始めた裏の軒下、玄関、廊下へ鉢類、飛びそうな物を運び入れた。こんな時には鉢も増えたなあ、減らさなければと思うが直ぐに忘れてしまう。雨が降ると鯉の滝登りならぬ飛び出す恐れがあるので水面を下げ周りの囲いに抜かりがないか点検しておいた。雨戸は明日にすることにして早めに終わったから隣町の図書館へ行き「良い本を読ませて頂きました」とお礼を言って「地球最後のオイルショック」を返本して帰った。台風が過ぎなければ何も出来ない市立図書館から借りている「フェルメール全点踏破の旅」を読んでいた。
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| 2008年9月14日(日) |
| 台風13号 |
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今年初めての来襲になった。気に掛かり日に何回かネットで台風情報を見ていた。台湾の北で行く手を遮られ停滞しているが18日の朝には九州の南を東へ進むようだ。昨年こんな進み方をした台風があり我が家では柿が少し落ちただけで済んだ。周りでは稲は色づきビニールハウスではキュウリ植えが終わったようだ被害が出なければ良いがと思う。。一日中どんよりとした空模様だった。蒸し暑さが無くなったので気持ちが良く飽きもせず本を読んでいた。外に出たのは魚に餌を与える時だけだった。
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| 2008年9月12日(金) |
| 夏の終わりに |
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午前中、持病の病院へ行き序でに点滴をして貰うことにした。腕を出すと看護師が「わぁ、日に焼けましたね。お仕事は何をされているのですか?」と聞いたので苦笑した。今年は梅雨が上がると猛暑で長袖のシャツに手袋、麦わら帽子を被っていたのだが・・看護師の手と比べると白と黒のように見えた。元々地肌が黒い上に焼けていたからびっくりしたのだろう。午後は枯れてきたトマトを片付け後を耕しナス、スモモの根本に兄がくれた堆肥を撒いて置いた。間もなく中学校の運動会があるのだろう熱の入った練習の声が聞こえていた。
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| 2008年9月11日(木) |
| 9.11 |
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朝方は油断をすると風邪を引きそうに冷え込んできた。昼間は少し暑いが野良仕事には気分が良い。夜は観たいテレビがない時は本を広げている。隣町の図書館から一冊目は「西の魔女が死んだ」二冊目は数日前連絡があり「夢をかなえるゾウ」を貸してくれた。これは4日で読み返却して新聞に出ていた「地球最後のオイルショック」があったので借りて帰った。年齢層によって読書の傾向があるかも知れないが手当たり次第に読んでいる。どんな本でも読み出すと面白くなり外の仕事で一息する時も直ぐに本へ手が行く。
9.11事件は7年目になった。以降アメリカはアフガニスタンへ「報復戦争」続いてイラクへと今も続いている。イラク侵攻時は米英が大量破壊兵器があると言っていたが無かったことは今では誰でも知っている。米英がイラクに石油権益を一つも持ってなかったことに因ると膨大な資料と世界の石油関係者170名余りの取材を元に書かれたこんな本を読むと白々しい気持ちになる時がある。
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| 2008年9月9日(火) |
| 最悪の食品不正 |
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米穀加工販売会社「三笠フーズ&グループ」が事故米(農薬やカビ混じりの米)を食用に転用していた。毎月1回、農林水産省福岡農政事務所の立ち入り検査が行われる際には、検査の約1週間前に事前連絡があり、「隠ぺい工作の準備は簡単にできた」と従業員が話している。それも農水省は「不正の情報提供」を受けていてこの様だ!こんなの検査でも何でもない仕事に名を借りた役人の遊びだろう。農林水産省の大臣が「契約違反であるから違約金を請求する」とテレビで話していたが何年も前から不正を続けているのに見抜けなかった無能を国民に謝り仕事をしたとして貰った給料と違約金を直ちに国へ納めることだと思う。事故米を購入して作った焼酎、酒、和菓子、せんべいなどの業者が名前を公表して出荷した製品の自主回収を始めた。多大の損失で会社が傾く所もでるかも知れない。社長が、大変なご迷惑をかけて申し訳ないと謝っていたが謝って済むことではない。
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| 2008年9月7日(日) |
| 国技の相撲 |
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ロシア人関取が8月大麻所持で逮捕され解雇された。今度は同じくロシア人関取2名が世界反ドーピング機関から国内で唯一公認されている精密検査で大麻陽性反応の結果が出た。二人は「大麻をやったことはない絶対信用しない」親方は「本人が絶対やってないと言っているからそれを信用している」師匠でもある北の湖理事長は精密検査で陽性反応が出ても別の機関で再検査を行うといずれも開き直った態度を取っている。記者の質問に対するる無口と仏頂面をテレビで見るとこの人は世間の常識が通じないのではないかと思う。名横綱だったと言われても国技である日本相撲協会の理事長としては時津風部屋の新弟子リンチ死亡事件の時より適任でないと思っている。今回問題の関取は罪を認めてロシアへ帰り、親方は部屋を廃業、理事長は世間から総すかんを食らう前に辞任しなければ国技の相撲は守れない。
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| 2008年9月4日(木) |
| 台風シーズン |
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昨日量販店へ行き「除草剤」を買ってきてキウイ棚の下から庭周りに散布して回った。田んぼの畦は30センチ以上に雑草が伸びているので朝から草刈り機で刈った。隣のビニールハウスのキュウリの苗が10センチ余りに伸びていた間もなく本植えが始まるのだろうと横目で見て刈り進んだ。2時間余り刈り残りは昼から刈った。暑かったがこの程度の暑さではたいした事はない。周りの田んぼの稲が穂を出してきた。台風シーズンに入っている。未だ台風情報はない今年も昨年のように大きな台風が来なければ良いがと思う。
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| 2008年9月2日(火) |
| 秋ジャガイモ |
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9時過ぎ兄が来て「堆肥はいらんか?」と声を掛けてくれたから軽トラック一台貰った。堆肥を入れて秋ジャガイモを植えることにした。昨年は植えた後に腐り芽を出さなかった。今年は種ジャガイモを切らずに一個ずつ植えた。残暑が厳しいかったが空気が乾燥していて暑くても気持ちが良かった。午後は柿が落下するので薬を掛けカサブランカの根本に肥料を撒き耕しておいた。今年のカサブランカはどうしてか写真に撮りたくなるようには綺麗に咲かなかった。3時過ぎ一息入れていると弟が「歩かないと腰の調子が悪い」と寄った話していると4時過ぎになり「こんな時間になったと」急いで歩き出した。
6月頃まではウォーキングをしていたが梅雨に入った、暑くなったと言って止めている。早朝か夕方に歩けばと思うけれど身体が言うことをきかない。畑や庭周りの仕事はやってもやっても切りがなく弟が除草剤を撒けばと話していた。地球環境に優しくなど言っておれないσ(^^)の身体の方が大事だ。その内にドシドシ使おう。
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| 2008年9月1日(月) |
| もう、9月になった・・ |
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昨日朝ご飯の後新聞を広げていたら環境を守る会の代表が来た。(コスモスに)肥料を撒こうとしたが柔くて入られん。ここのコスモスが一番良く育っている他の所のは余り良くない天気が良くなってから撒くと話し以前話していたビニールハウスの根石(ハウスの支柱)を10本置いて帰った。キウイの葉っぱが落ちた冬に自作鉄骨キウイ棚を作ろうと思う。蒸し暑い日になった。庭周りの草を取った。真夏には3時を過ぎても暑かったがこの頃は1時頃でも暑さはさほど変わらず庭仕事を始めた。5時頃までやっていつものように水を撒き魚に餌を与えて上がった。先日29日に新しいLinux(リナックス)ソフトが発売された。夜ユーザーガイドを広げたが昼間の疲れが残っていたのか読む気力が起きず9時過ぎに寝た。体調が良く外の仕事が楽しい。
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| 2008年8月29日(金) |
| 同級生と・・ |
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9時歯科の予約だったから出掛けた。入り口のドアーを開けると中から声を掛けられた。中学の同級生Nで受付を済ませ診察に呼ばれるまで話していた。6月に身体が動かなくなる原因不明の病気になり病院を回ったが県病院でリュウマチ性・・・・と診断され入院していた。三ヶ月ぶりにここへ来たと話た。地域の・・組合長などをやっていて元気そうに見えていたがこの歳になるといつ何が起こるか分からない。同級生で超優秀だったMが昨年亡くなったと教えてくれた。日々の生活を話して分かれた。
もう書いたかも知れないがσ(^^)は小学校まではいじめられ泣かされていた。中学になるとなぜかいじめが無くなり強くなった(^_^;1年の時昼休みの校舎の隅でNとSが向き合っていた。異様な雰囲気だったから中に入り別れさせた事があった。数年前の同窓会の時Nが話た。「俺はお前に助けられたことがある」あの時のことだった。Sは兄が暴力団と関係があると言って威張り同級生から金をゆすっていたそうだ。それまでも何回か金を持ってこさせその時も金の要求だったと話した。金はいくらだったかと聞くと1000円とか2000円とか・・貧乏なσ(^^)など10円の小遣いも貰えなかったのにNは裕福だった。今の時代と違って貧乏でも何とも思わず元気に過ごしていた。
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| 2008年8月28日(木) |
| 秋野菜 |
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6時過ぎに起きた。昨日の天気とは変わって青空が広がっていた。新聞を広げるとアフガニスタン東部で日本のNGO「ペシャワール会」の伊藤和也(31)さんが武装グループに拉致され山中に射殺死体で発見された。悲しいニュースが第一面だった。こんな人こそ立派で偉い人だと思う。アフガニスタンの貧しくて腹一杯食べられない人達のために地域に溶け込み親身になってやっていることも治安最悪で政府に協力する者は誰でも何をしても無意味だと叫ぶ教団がいる状況では命をかけてやる必要はないと思う。昼前はテレビと接続してる二台のビデオデッキの一台を取り外しホームスタジオのデッキを中へ入れた狭い所の接続で一汗かいた。午後弟が来たので紫蘇ジュースを出し秋野菜の話をした。次から次へやることが沢山ある。帰る時に紫蘇ジュースの作り方を聞いて帰った。
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| 2008年8月27日(水) |
| 古希の祝い |
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夜中から雨が降り出し大雨洪水雷注意報が昼間出ていた。朝の内に傘を差し紫蘇を採り紫蘇ジュースを一升瓶に2本作った。紫蘇ジュースはアレルギー体質によいと言うから飲み続けてみよう。昨夜寝てしばらくすると電話が鳴り留守電に入った。起きて再生すると中学校の同窓会の幹事からで何事かと思って電話するとσ(^^)に感化されて毎日ウォーキングをしている来年「古希」になった手助けが欲しいその時は頼むと話た後に現状を話し合った。昼間雨も降るし「古希」を調べた。杜甫の「人生七十古来稀なり(じんせいしちじゅうこらいまれなり)=人の一生は短いもので、70歳まで生きる者は昔から少ない。これから「古希」はきたという。漢詩は朝廷から戻ると毎日のように衣類を質に入れ泥酔して帰る。酒代の借金は行く先々にある。今のうちにせいぜい楽しんでおきたいのだ。・・・さて「古希」前に楽しめと言うが寿命が伸びた現代ではそれからも長い人生が待っている。毎日泥酔してどうして過ごすか(^_^;
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| 2008年8月26日(火) |
| 紫蘇ジュース作り |
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日は少し暑くても涼しい風があり気持ちの良い日になった。午後、紫蘇ジュースを作った。今年の紫蘇は虫が付かず青々とした良い葉っぱをザルに採り水洗いした後、沸騰させた大鍋に入れて数分炊き葉っぱを取り出して砂糖300グラム程度、クエン酸をティースプン大盛り一杯入れて火を止め冷えた頃2Lのペットボトルに入れて冷蔵庫にしまっておいた。飲む時は牛乳を入れ温めるか氷を入れて2,3倍に薄める。紫蘇は未だ沢山あるから明日も作ることにした。
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| 2008年8月25日(月) |
| 秋の気配 |
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朝、魚に餌を与える時この頃水草が赤茶けてきたので1本取り上げてみた。20センチ以上有るはずの根が無くなっていた。全部鯉が食べてしまったようだ。こんなに食欲があるとは・・・別の排水溝の元気な水草と入れ替えた。今年の夏は酷暑続きの後に雨が降り庭の芝生は青々としている。昼前、少し伸びた所を刈った。暑かったが先頃の暑さは感じなかった。昼前に終わり上がって汗をかいた衣服を脱いでいるとA君から電話が来た。しばらく話していると網戸から入ってくる風で寒くなり側にあったバスタオルを肩に掛けた。部屋の温度計は28度今までは30度を超していたのにと思った。午後図書館へ返本に行き帰ると昼前に刈った芝生を掃き集め水をまいた。日差しの強かった日中も5時を過ぎると和らぎ秋の気配を感じた一日だった。
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| 2008年8月24日(日) |
| 銀龍草(ぎんりょうそう) |
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「西の魔女が死んだ」で銀龍草は・・その植物は、二十センチくらいの、葉を持たない銀白色の鱗(うろこ)をつけた茎の先に、やはり銀細工のような小さい蘭(らん)に似た花をつけていた。それが何十本となく、まるで茸(きのこ)かつくしのように地面から生えているのを見るのは不思議な光景だった。読んでいる時もその後も何か聞いたような見たような感じがした。ネットで検索して写真を見るとますますそう思った。今朝ふっとえびの高原で見たような気がしたのでえびの高原の写真を探してみたら「あった!」平成14年7月21日(日)環境省主催でえびの高原池巡りの時にパソコンボランティアの仲間でもありえびの高原パークボランティアをされていたGoodmanさんが説明して下さり写真に納めたのだった。素晴らしいえびの高原のホームページを持っておられたGoodmanさんその後閉鎖された。閉鎖される時掲示板に書き込みをしたがなぜか理由は聞けなかった。どうされているだろうか。http://photos.yahoo.co.jp/rxr06746 えびの高原
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| 2008年8月23日(土) |
| 「アイ・ノウ」 |
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先日、隣町の図書館へ返本に行き受付の人に「予約者の多い本5冊ばかり末尾に予約を入れて下さい2,3ヶ月後でもいつでも読んでみたいから」と頼むと直ぐに若い女の子がパソコンを操作して貸出表を作り上位から一冊ずつ確認して予約を入れてくれた。「予約本が入りました」と電話連絡があったので昨日昼前受け取りに行き雨も降るし借りてきた本を読んでいた。6月に映画で公開されたようだが「西の魔女が死んだ」を一日で読み終えた。子供用の童話かと思っていたら中身の濃い本で面白かった。不登校の中3の女の子「まい」は母の母がイギリス人で日本人と結婚し今は一人で日本に住んでいる祖母の家に預けられる。祖母との生活で自然とともに優しく強く生きる事を学び学校へ帰って行く最後はまいの問い「人は死んだらどうなるの」を証明して死ぬ。
読書後、本に出てくる「銀龍草(ぎんりょうそう)」「朴(ほお)の木の花」をネットで検索した。厳かな花で見たいものだが日本中部以北の花のようだ。こんな本を読むのも時には良いかなと思った。
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| 2008年8月21日(木) |
| 女子ソフト世界一「金」 |
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前2試合のアメリカ戦を観て勝てないだろうなと思っていた。初回から日本は3者連続三振、裏に満塁にされピンチを押さえると決勝戦はひょっとすると・・ひょっとして・・奇跡が起きるかもと観ていた。4回日本の攻撃中雨が降り出し試合が中断した。2対0で勝ってはいたが流れが変わるかも知れないと・・ドキドキ・・
テレビ解説者の前監督宇都木さんはこの位の雨なら試合は出来るソフトボールは5回で試合は成立すると話されていた。このまま逃げ込んで勝利を手にしたい気持ちは同じだった。6回にも満塁のピンチ、一発のあるアメリカは最後まで息が抜けなかったが3連投のエース上野は最後まで疲れを見せず崩れなかった。凄い人だ!! ( ^_^)/□☆□\(^_^ )
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| 2008年8月20日(水) |
| 北京女子ソフト |
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午前中畑仕事をしていて12時前に止めて上がりテレビを点けるとソフトボール日本対アメリカの準決勝試合をLIVEでやっていた0対0で延長戦になり9回4対1で日本は負けたがよく頑張ったと思って昼寝をした。午後も続けて畑に出て夕方買い物に出た。夕食の後テレビを点けるとソフトボール日本対オーストラリアの試合をLIVEやっていて上野が続投していた又も試合は延長試合になったが12回まで投げきりサヨナラ勝ちをした。21日夜金、銀を掛けて再度アメリカと戦う決勝戦になった。しかし、日本女子の戦いぶりと逞しさには感嘆する。厳しい練習と日頃の体の鍛錬を行っているのだろう。ここまで来たら上野さん腕が折れるまでとは言わないが悔やみのない試合をやって貰いたい。
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| 2008年8月18日(月) |
| 甲子園高校野球終了 |
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いつも夏の甲子園高校野球が終わると夏が終わったような気がする。昨年甲子園を熱気に包んだ佐賀北校の様なチームは出なかった。1イニングに大量得点を上げ勝負が決まる大味な試合が多く。今日の決勝戦もそうだった(大阪桐蔭17対0常葉菊川)。今年の見納めとして観ていたが時々オリンピックの方に切り替えていた。日中の厳しい暑さを和らげるように夕立が来た。花菖蒲の中の草を取り肥料を撒いて置いた。
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| 2008年8月16日(土) |
| 雨の夏祭り |
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暑くなった。お隣さんの夏祭りの花火を撮るため昼からカメラの用意をした。望遠レンズに変え設定を済ませ裏に置いた。夕方から大雨・雷注意報が出たが花火までは雨が降らないことを祈った。末弟が来て家から花火を見ないか用意は出来ている(焼き肉で飲みながら)と誘ってくれた。末弟の庭からは前に何も遮る物がないので眺めが良く人を誘っている。花火を撮りたいと断った。5時過ぎ次女が今夜の用意をして帰って来た。6時頃から祭りが始まり人と車の往来が増え始めた。暫くすると雨が降り出し大雨になった。祭りの催しの人達はテントの下に入り祭りは中断していた。雨は止まなかったが8時には花火を打ち上げ始めた。急遽雨を避けて車庫から花火を撮ったが満足した写真は一枚も無かった。今年こそはと本を読んだりして準備をしていたが駄目だった。次女とオリンピックを観ながら過ごした。
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| 2008年8月14日(木) |
| お盆 |
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朝起きると青空が広がっていた。日が昇るとぐんぐん暑くなり久し振りに夏の天気に戻った。毎年お盆に入る前に墓掃除をしていたが今年は雨ばかりでやる気が起きなかった。10時過ぎ一輪車にホース、たわしなど積み出掛けた。水道の取り付け口にホースをつなぎジェットで吹き付けるとコケ等は簡単に落ちた。12時頃から兄の家でお盆をすると話していたから昼前に出掛けた。木陰にシートを敷きテーブルを並べて準備が出来ていた。
兄弟、姪、甥、その子達が集まった。4時過ぎまで暑さを忘れて飲んで食べ話して過ごした。兄弟でも子供の頃は歳が離れていると兄として恐れもあったようだがこの歳になると兄も弟もなく馬鹿なことばかり話していた。最後に皆で写真を撮って帰った。
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| 2008年8月13日(水) |
| うっとうしい日々 |
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7日は久し振りの雨で恵みの雨かと思っていたがそれ以来1週間梅雨に戻ったような天気が続いている。家の中でも蒸し暑く外に出るとベタ付くように湿った空気がむ〜とするように体にまといつき汗が噴き出る。夏は暑いのが普通でこんな天気は聞いたこともない。太平洋高気圧はどうしたのだろうか?今年は未だ台風接近の知らせが無いだけでもよしとしよう。歳よりのカンで今年は暑いぞと新しく買った麦わら帽子を裏に置いていたら黒ゴマを振りかけたように"ヨメザ"が降っていた。こんな帽子は被りたくもない。かかしにでも被せようと残していた色あせた麦わら帽子を暑くなったら被って畑に立つことにしよう(; ;)ホロホロ
昼前に図書館へ返本と散髪に出掛けた。出掛ける時は青空が広がっていたが帰る時は凄い夕立が来たのだろうアスファルトのあちこちに水溜まりが出来ていた。
昨日、菊を作っている人がお盆用にと菊を下さった。
午後、知人の妹さんが亡くなったと聞いていたからもらい物の菊を手渡しで届けた。顔も知らない人だったが一度電話で姉は今留守ですと話されたことがあった。
可哀想に60歳で亡くなるとは若すぎる。
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| 2008年8月7日(木) |
| 恵みの雨 |
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昨日、朝の水撒きをしていると環境を守る会の代表がコスモスの種まきに来た。今年は昨年の倍にコスモス田が増えるそうだ。明日は50%の降水確率だと話して種まきを始めたが耕した土は水気など無くカラカラに乾いていた。朝起きて外を眺めると夜強い雨が降ったようで田んぼや周りはしっとりと濡れていた。これでコスモスが芽を出してくれれば良いがと思った。・・・・午前中は時々小雨が降ったが草取りをしていた。午後は甲子園を観ていると雷を伴った大雨になりテレビを消して部屋でおとなしくしていた。4時過ぎ隣町の図書館から予約本がはいりましたと連絡があり借りに行った。帰りにビールを買って兄へ持って行くと嬉しかったのだろうか義姉がナス、キュウリ、生姜をどっさりくれた。兄が焼きナスが美味いぞと進めていた。
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| 2008年8月5日(火) |
| 川柳 |
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この頃、日が短くなって行くのが分かる5時半にならなければ暗くて新聞も読めない。早朝に読む新聞は楽しみの一つだ。ひねくれ者σ(^^)は「川柳」が好きで念を入れて読む。意味が読めないのは後書きを読んであゝあのことかと気が付く。「改造の女神は去りぬ蝉の声」・・今朝は古語辞典で言葉を確認した。去りぬ→「去った」「去っていった」「去ってしまった」。去らぬ→去らない。今日も暑くなりそうだ。魚に餌を撒き水撒きした後、道路脇の花壇の草を取った。日照り続きで土がガチガチに堅くなっていた。それでも雑草は生きている。水を撒き土を軟らかくしてから雑草を取った。午後昼寝から目を覚ますと空が黒くなっていた夕立を期待したが4時を過ぎても来ないので水撒きをしているとお隣から若い男が来た。夏祭りの案内でお騒がせしますと話して帰った。今年こそは花火の写真をしっかり撮ろうと思った。
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| 2008年8月3日(日) |
| 猛暑日 |
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朝6時からお盆前の市道、農道一斉清掃があり草刈機を担いで出掛けた。早朝の作業はさわやかで気持ちがよかった。家に帰ると続けて田んぼの畦の草を刈った。終えて後片付けをしていると兄が新米が出来たと持ってきてくれた。(収穫時)暑かっただろうと話すとこの頃は腰痛や熱中症に掛かり少しは歳を取ったかなと思うようになったがまだまだ元気だとばかりに裸足で「今年の暑さは異常だ気をつけよ」と笑っていた。魚に餌を撒くと眺めて帰って行った。家に上がると9時を過ぎていた。シャワーを浴び朝ご飯を食べてから甲子園を観た。鹿児島実業、宮崎商とも大勝して10日対戦することになった。甲子園で熱く燃えたが西都市で38度、宮崎市で37度の猛暑日になった。こんな日には用がなければ出歩かないな事だ。
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| 2008年8月2日(土) |
| 高校野球甲子園始まる |
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今日から高校野球の甲子園が始まった。今年は北京オリンピックと重ならないように早く開始したという。毎年8月1日に始まれば良いのにと思う。大会何日目の試合と言う時、日にちでは何日になるのだろうかと思う時があるからだ。いつものように水撒きをして上がると第一試合が始まった所だった。午後昼寝の後、芝生の草を取っていると環境を守る会の代表がトラクターで来た。前の田んぼを耕してコスモスをバラ蒔きにすると話していた。耕し始めると日照り続きのため土煙が舞い上がり急いで網戸にしていた戸を閉めた。夕方の水撒きを済ませた頃にトラクターでの耕しも終わり魚を眺めて今後の予定など話して代表は帰って行った。
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| 2008年7月31日(木) |
| 無免許&酒気帯び運転&偽装 |
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朝の水撒きが終わると昼前までは日陰になっている庭の西側の草を取った。暑くなっても少し風があり蒸し暑さは無く11時過ぎまでやって止めた。昼テレビのニュースを見ているとA君が電話をくれた。(新聞の)宮崎版を読んだかと話すので朝ざ〜と目を通したが何か?と訊くと後輩かも知れんと話した。新聞を広げると「検問で職務質問を受け、酒気帯び運転が発覚。免許が取り消されていて無免許運転が判明するのを恐れ、免許不携帯を装ったうえで交通切符に実兄の名前を書いた疑いで逮捕」・・悪質だ!いい年をした愚か者が高校職員だという。県教委は「県民の教育への信頼を著しく損なう行為であり、誠に遺憾」とコメントしたと言うが大分県の教員不正採用汚職を思い出した。
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| 2008年7月30日(水) |
| 水 |
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毎日暑い日が続いている。朝5時半頃に起きて新聞を読み朝ご飯を食べる。日が昇ると直ぐに暑くなるので水撒きを始める。田んぼの用水口からホースをつなぎ畑の隅まで届く様にした。庭木、花、鉢、野菜、芝生にたっぷりと掛けると1時間は直ぐに過ぎる。水を掛けながら昨日の新聞の記事を思い出した。世界各地で水不足の問題が起きている。インドの農家では地下水の層が年々深くなって借金して井戸を掘っても水が出ず自殺する農民が後を絶たないという。日本では28日近畿地方で激しい雨が降り河川が増水して児童らの死亡のニュースがあり北陸では河川のはんらん、床上・床下浸水の被害が出た。恵みの雨程度なら良いが豪雨はいらない。今の所はまだ暑くても水を心配することは無い。
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| 2008年7月24日(木) |
| 無差別殺傷 |
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またも起きた。愚か者が(無抵抗な弱者なら・・)「誰でも良かった」「ムシャクシャしていた」「会社が悪い、親が悪い」と泣き言を言い刃物を向ける相手のことは露ほども考えもせず命を奪った。以下新聞から転載。命の大切さを幼いころから時間を掛けて学ばせるしかない。親も子どもの成績ばかりでなく、人間としての心が育っているかどうかに目を向けることが大切だ。
先日新聞の「ひととき」の欄に50代後半の主婦の方が娘が第二子出産のため2歳半の孫娘と里帰りした。まだ満足に話せない孫娘の事を書かれていた。皆で揃って食べる前に手を伸ばすのを見てその時々に言い聞かせた。大人が思いやりと優しい気遣いそれに自制心を持って子供に接すれば子供はそれが強要されたのではなく、自分と向き合って話す大人の心に応えて「待つ、待てる」という行動をとりその後に喜びがあることを知った。
孫娘に大切な心が育っている、と今も胸が熱い。
小さい時の躾け、教えが大切なようだ。
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| 2008年7月21日(月) |
| 決勝戦 |
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今日も暑くなりそうだったから朝の涼しい内にと6時過ぎから草取り水撒きをして朝ご飯を食べた後新聞を読み続けて草取りをした。10時を過ぎると熱気が凄く木陰に入り休んだ。1時から宮崎決勝戦を見た。宮崎商が日南学園を2対1で破り39年ぶりと言う晴れの甲子園宮崎代表校に決まった。無エラー、ファインプレーあり両投手の頑張りで引き締まった決勝戦だった。レフトを守っていたK君体は小さいがガッツのある所を見せ今日2本のヒットを打った。兄の孫と少年野球から中学まで一緒に野球をやっていた。甲子園に行け感激で胸が一杯だろう。
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| 2008年7月18日(金) |
| 熱戦 |
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南から暖かい湿った空気が流れ込み大気が不安定だとかで時々強い夕立が来た。高校野球宮崎大会も準決勝まで進み今日2試合があった。第一試合は日南学園が延岡学園に勝ち決勝進出を決めた。第2試合は都城東対宮崎商の試合が1時前から始まりテレビで観ていた。2回に1点ずつ入れその後両投手が譲らず延長戦に持ち込んだ。サンマリンスタジアムは気温31度を超えていた。11回、12回と進んでも点が入らない。こうなったら15回までやり再試合だ!エラーやホームランで勝負がつけば負けた方が可哀想だと思った。15回を終了しても勝負がつかなかった。時計を見ると4時10分を過ぎていた。凄い試合を観た。
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| 2008年7月17日(木) |
| 久し振りの雨 |
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朝から雨になった。10時迄に用事を済ませA君の家に行った。A君は新聞を読んでいて奥さんは留守だった。直ぐにパソコンを始めた。ローマ字日本語入力の設定から初めメールの設定を済ませた。息子に訊いても分かるまで教えてくれない後はσ(^^)から教えて貰えと話すと言うので可笑しかった。「いつでも遠慮せず声を掛けないよ」と言うと帰って来られた奥さんが「分からん所が分からんらしいですよ」と笑っておられた。奥さんが「陶器」に興味があると話されたから検索で「陶器」の所を表示すると楽しそうに観ておられた。帰る時、A君に早く奥さんの興味有る所を見せたり娘さんへメールを送りないないよと冗談を言って帰った。可成り強い雨が降ったようだ。
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| 2008年7月16日(水) |
| 母の横顔 |
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午後2時半過ぎ歯科医院へ予約を入れていたので出掛けた。その後に弟が来て魚を覗いていたら宅急便が来て弟だと言って受け取ったと治療を終えて帰ると預かった小包を渡してくれた。縁側に座り話をした。釣り好きな弟が昨日午後曇っていたから魚釣りに出た。飲み物も用意して3時間位釣りをして帰ると夕方から気分が悪くなり吐きたくても吐けない苦しみが出た。食欲もなく食べないで寝たというので熱中症じゃなかったのかというとそのようだったと話した。直射日光でなくても熱中症にかかるのだ歳のことも考えて気をつけなければと話した。
弟と話をしていて横顔が母に似ているのを発見した。余りにも似ているのでしばらくじっと見つめていた。以前母の姉の息子が歳を取るにつれて伯母さんの顔に似てくるので驚いたことがあった。弟も母に似てきたなと人は見るのだろうか。
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| 2008年7月16日(水) |
| 燃油高騰で一斉休漁 |
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昨日15日、国内漁船20万隻が一斉休漁した。燃料が5年前の3倍に上がっているという。漁に出れば赤字だから休業して世間に訴えた。問題を解決するには高騰燃料費の補償か魚価アップしか思えない。燃油補助を漁業者だけに行うわけにも行かないだろう他にも悩んでいる者は沢山いる。魚価アップすれば魚離れが起きそうだ。1,2日なら鮮魚は無くても冷凍魚で間に合う。その後は世の習いで零細な漁業者から退場し大手の水産会社は魚を獲ることより商社化して魚の輸入業者になり外国産冷凍魚がこれまで以上に並ぶと思う。農産物は価格の安い中国・韓国から運んできたが残留農薬、冷凍餃子の問題が起きた。魚も同じような問題が起こっているのだが・・
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| 2008年7月14日(月) |
| 真夏日が続く |
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5時半過ぎに起きて6時頃から門の外の草取りを始めた。ガチガチに堅くなった土の草を取るのは大変だったが朝の涼しい内にやるとはかどり終わると熊手で掃き水を撒いて置いた。綺麗になった。庭や畑に水を撒き魚に餌を撒いて上がると9時を回っていた。入浴剤を入れた家庭温泉に浸かり朝ご飯を食べた。疲れもなく体調が良いので持病の病院へ行き日だったが止めた。今から夏の間は早朝に外の仕事をして暑くなったら家の中で過ごした方が良さそうだ。
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| 2008年7月10日(木) |
| (..;)""""> ポリポリ |
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先月末から虫刺されがひどくなり皮膚科の医院や温泉に行ったが良くならない。兄に話すと近くに住む同級生のSが隣町の皮膚科に行ったら一回で治ったと話していたと言うので病院の名前を聞くと思い出せず場所は量販店のある橋の近くだというので9時過ぎに出掛けた。Sさんの家の前を通る時確認しようかと思ったが小さな町だから直ぐ分かるだろうと通り過ぎた。量販店の前に車を止め近くの家の人に訊いてみた。親切な人だったが分からないというこの電話で訊いてみなさいと言ってくれたが近くだから帰って確認してきますとお礼を言って帰った。Sさんに訊くと地面に地図を書いて説明してくれた。場所が可成り違っていた。行けば病院は直ぐに分かり点滴をして薬を貰って帰った。夕方兄が来てどうだったかと聞くから場所が違っていたと話すとSさんの奥さんが義姉に話それを兄が聞いて話したのだった。人の又聞きは当てにならんと大笑いした。痒みは治まった。
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| 2008年7月9日(水) |
| 百年河清を俟つ |
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20年以上前の話である。先に書いた会社を退職する前に書類を揃えて県教育委員会へ行き教諭の免許状を申請した。教職に就けるかどうかは別にして現職の特典として職員法に「高等學校教諭一級免許状を付与する」と有るからだ。付与された免許状は二級だったが一生使うことのない免許状が手元にある。
大学を出て教諭の免許状を持ち教諭になりたい若い人達が大勢いる。教諭になるには10倍以上の難関を通らなければならい。この度の大分教員汚職事件で難関は実力だけでは通れない事が分かった。どんなに貧しい国でもある程度の治安が守られれば次は教育が大事だと力を入れる。今は貧しくとも国の将来を子供に託するのだ。大分県(他県でも同じだろう)ではその将来の夢を託す先生をコネ、金で大半決めていたのだ。今まで有望な先生をどれだけ泣かせたことだろうか。今回もひとつまみの人を処罰するだけで終わるだろう。
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| 2008年7月8日(火) |
| サマータイム |
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梅雨入り頃までは朝5時過ぎに目が覚めると気分良く起きていた。この頃、体がだるく眠い。日中の暑さの性かとも思ったが夜のクーラーのようだ。夕方からクーラーを点け寝る時はタイマーにして寝るが夜中に蒸し暑さで目が覚める。蒸し暑さがなければ気分よく眠れるのだがと思う。この高温多湿の日本で再来年からサマータイムを始めるような話を聞く。夏場時計を一時間進めて長くなった時間で余暇を楽しむとか照明や冷房の省エネが出来るという。日本のサマータイム推進に経済界のお偉方が音頭を取っているのが気に掛かる。夏シーズンには早く仕事を切り上げて屋外スポーツや家族レジャーなどをするというのだがまだ焼け付くように熱い時間に屋外スポーツなどする気が起きるのだろうか?明るいうちには退社しにくいから今まで以上にサービス残業させるのではないかと心の捻れたσ(^^)は思う。今のσ(^^)に時計が必要なのは病院の予約時間くらいで時間の有効利用など言われても関係ない。サマータイム反対!!
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| 2008年7月5日(土) |
| 七夕前夜 |
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毎日最高気温を続く。外に出る気がしなかったから家の中で過ごした。午後のウォーキングは時間をずらして4時過ぎに出た。まだ暑かった。薄手の長袖のポロシャツを着ていたが背中が焼け付くように熱かった。帰り道幼稚園の側を通ると夕方から七夕祭りをするのだろうか人が集まっていた。まだ若い母親が幼い女の子2人に浴衣を着せ歩いてくるのに出会った「可愛いね」と声を掛けると子供の方は澄ました顔をしていたが母親の方が喜びを顔一杯に表していた。梅雨が明けない七夕の頃はいつも雨が降っていたと娘達が幼かった頃の事を思い出して帰った。
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| 2008年7月4日(金) |
| パソコン ボランティア |
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今年最高の気温になり蒸し暑かった。A君が今日からインターネットを始めることになり午後から手伝いに行った。昨日プロバイダーから受け取ったモデムは以前の物より良くできていてコードは色分けしてあり設定は簡単だった。Windows updateをした。ADSL 8Mでは可成りの時間が掛り先頃まではこれで自分は満足していたのにと思った。地図が好きだと言うから自宅の地図と航空写真を表示させると感心して見入っていた。趣味としてパソコンを始めると細胞が分裂するように次々に必要なもの便利なものが欲しくなるが・・
前期高齢者&凝り性のA君はどうなるかな!?・・
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| 2008年7月1日(火) |
| 一仕事終わると・・・ |
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月初め。朝起きると家の周りに塩をまき清めて回った。夜には雨の予報が出ていたが昼間は好天気で洗濯物もよく乾いた。畑の草取りを大方取り終えると堤防の草が目立ちアヤメも枯れたから草刈り機で刈った。夕方、後片付けをしていると小雨が落ちてきた。良い時間に終わったと昔からある近くの虫さされ、アセモ、草マケに効く温泉へ行った。近くに住むおじさん達だろう数人入っていてのんびりと世間話をしていた。
夜7時のニュースはガソリン、食料品、肥料、電気、ガス、航空運賃等の値上げのニュース一辺倒だった。伸びきった今の生活を少しは巻き戻ししなければ生活そのものが成り立たなくなる。厳しい時代になって行くようだ。
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| 2008年6月30日(月) |
| 昔の会社 |
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今年も半分が過ぎた。朝起きると梅雨とは思えない青空が広がり涼しい風があった。家中の戸を開けっ放し網戸にして風を入れた。新聞等で知る昨年からの食品偽装は続編続きで止むことを知らない。今度のウナギは最悪で会社も産地も架空だという。大本は水産最大手二社が合併して出来た会社である。その一社にσ(^^)は20年近く働いていた。40代半ばの頃の話で可成り古いが・・・派遣に出された。派遣先では日本を代表するN水産から指示が出ていた。あくどい指示にばれれば手が後ろへ回る新聞に載ったりしたら田舎の道は歩けないと言って一回で止めて帰った。
帰ると会社の上司にどんな様子だったか詳しく聞かれた。後から思えば自分達も同じ事をしていたのだろう。無断で帰って来ても何もとがめられなかった。その後、職場を変えた。
暑い日になった。畑へ出ると雨で洗い流された表土はガチガチに堅くなり勢いづいた雑草がはびこっていた。ボチボチだが取り始めた。
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| 2008年6月24日(火) |
| 梅雨の一日 |
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朝起きると小雨が降っていた。昨日刈った芝生が雨に濡れ綺麗に見えた。9時過ぎ窓際で新聞を読んでいると兄が来た。環境を守る会が作った菜種油(500ml入り)を集落130軒余りに配ることが出来たと1本渡した。田植えも終わり一息付いたようだった。コーヒーを飲みながら話した。家の裏で鶏を数匹飼っているが飼料が上がり卵は買った方が安く付くと笑わせ農薬、肥料の値段も上がったと話していた。呆れるほど元気者の兄が腰痛が我慢が出来ず整体、鍼に行ったと話すから皆歳を取ればなんかかんかあるんじゃねぇと話すと今までこんなことはなかったと苦笑していた。神様も特別扱いはせんじゃろう。皆最後は平均よとふさげた話をしていた。昼前から雨は止み空が明るくなったが気休めの一日だった。
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| 2008年6月23日(月) |
| 梅雨の谷間で、 |
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真夏の様な暑い日になった。芝生の中に茅が目立ちだしたから草刈り機で芝刈りを始めた。続けて庭続きの田んぼの畦の草を道路端まで刈るとうっそうとしていた庭周りが明るくなったような気がしてしばらく眺めていた。
昼から熊手で刈った草を掃き集めて終わり。この頃食べ始めたトマト、オクラの根本に暑くなっても日焼けしないよう堆肥をどっさり撒いて置いた。明日からまた雨だという。梅雨を忘れたように日差しが強く汗を流したが気持ちの良い一日だった。夜7時のニュースで千葉・犬吠埼350キロ沖合で小型漁船が急に転覆した悲報を流していた。あ〜、と一瞬思った。あの海域は時化(しけ)ると巨大波が発生して大型船でも魔の海域だと恐れられ昔巨大鉱石運搬船が真二つに折れた所ではないかと思った。
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| 2008年6月22日(日) |
| 雨のち晴 |
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夜中に激しい雨が屋根をたたき目が覚めた。雷も鳴っていた。降り止まぬ雨にしばらく眠れなかった。5時半過ぎに起きた。雨は止んでいたがあちこちに水たまりが出来ていた。水槽を覗くと側の水たまりに鯉が一匹飛び出していた。水槽の周りには高さ50センチのネットを張っているそれを飛び越したようだまだ生きていたから水槽に戻した。空が明るくなり雨の心配はなくなった。午後ウォーキングを思っていると弟達が遊びに来て話して帰った。夕方には昨夜のことは嘘のように真夏の強い日差しが射してきた。夜はテレビでサッカーW杯予選日本1対0バーレーン戦を応援しながら観た。
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| 2008年6月21日(土) |
| この梅雨空を吹き飛ばすには・・ |
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朝起きると変わらない天気が待っている。新聞を読みネットにつなぎ「般若心経」を2,3回聞き次はラジオのClassic Rockを選び流す。数日前女性ボーカルの曲が流れ力強くて心地よいロックのリズムがσ(^^)の古い琴線に強く響いたから素早くテロップをメモして検索した。CDがあり歌詞もあった。どういう意味の歌だろうかとコピーした。大人の意味は分からないだろうが中学生でも読めるものだった。不道徳きわまりないエッチな曲でどうして放送・販売禁止にならないのか不思議に思った。英語の意味が分からなく聞き流すだけなら問題ないと言うことだろうか。購入しなくて良かった。
いい歳の老人が色キチガイされる所だった(^_^;
Heart-All I Wanna Do is make love to you
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| 2008年6月20日(金) |
| ボケ防止 |
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σ(^^)梅雨男でもないが今ハイで調子がよい。しかし、蒸し暑い降ればふったですごい雨になる。こんな天気がしばらく続きそうだ。昨日午後A夫妻が来てしばらく話しパソコンを置いて帰ったから設定を済ませておいた。
今日午後電話して持って行った。今使っている電話のプロバイダーを使うというので電話して説明を聞いた。
A君とは同級生で前期高齢者。ボケ防止だと言われて優しい娘さんから父の日にパソコンを貰ったがこの歳から始めるには可成りストレスが溜まりそうだ(^_^;
A君宅から帰る時、前が見えなくなるような強い雨が来た。注意して運転しながら車の運転もパソコンの操作も初めは学校へ行って教わった方が良いと思った。
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| 2008年6月17日(火) |
| パソコン事始 |
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9時過ぎA君へ電話した。奥さんが用事で出掛けて車がないと話したから「今から出掛ける」と話すと「済まない」と喜んでいた。娘さんから送ってきたパソコンは新しいDellノート型だった。電源を入れれば直ぐに使えると思っていたようでパソコンはWindowsを入れソフトを入れなければ使えないと話すと以前使っていたワープロのことなどを話していた。その後にインターネット接続業者と契約、接続設定は最後だと話た。σ(^^)には気安く話せるのか「こんな事を訊くと馬鹿だと思うだろうけど・・・」と今まで疑問にお思っていたことだろう夢中になって話していた。梅雨の間は別にすることもないからいつでも遠慮無く声を掛けてくれと言って帰った。インターネットを始めるとカード、フイッシング詐欺、ウイルス、ショッピングなどで問題が起きるかも知れないが誰でも何処でも安全という物はないと思う。
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| 2008年6月16日(月) |
| 父の日のプレゼント |
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昨日10時過ぎ宅急便の顔見知りの男が来た。玄関で長女からの小荷物を受け取り雑談をした。σ(^^)の子供頃から母の日はあったが父の日は知らなかったと話すとここ2,3年前から荷物が増え出しました。商戦でしょうと笑っていた。長女へ電話すると「気に入ったね。タンスの肥やしにしないでちゃんと着ないよ」といつもの調子だった(^_^;その後次女が帰って来た。帰ると鯉の稚魚とキウイを見せた。「元気そうだね」と言うから「うん、生きがいが出来た。鯉の稚魚とキウイを眺めるのが楽しく1時間おきに眺めている」と冗談を言うと「カラスやサギに食べられて泣かんように気をつけないよ。キウイには網を掛けないよ」と冗談とも本気とも分からない事を話していた。帰る時ラッキョウ、ジャガイモ、ニンジンを渡した。一日中強い雨が降り続いた。
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| 2008年6月15日(日) |
| 梅雨の遊び |
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ず〜っと以前、σ(^^)の初めてのパソコンはノートパソコンでハードディスクはなくメモリー4メガとフロッピーディスクの最新式だった。フロッピーに保存する時にシステムディスクと保存ディスクの区別が分からずフロッピーを壊し壊すのが遊びのようだった。今は当時の500倍は性能がアップされているように思う。大企業のパソコンを仮想化するという話を聞く数台のパソコンを仮想化して一つにしてコストや手間を省くことが出来るそうだ。
ウインドウズやリナックスを区別することなく使える仮想マシンを先日から構築して遊んでいる。ウインドウズのパソコンに仮想化ソフトをダウンロードしてインストールしそれにリナックスを通常通りインストールすると実態はないのに実際のリナックスパソコンのようになり問題なく使える(リナックス→ウインドウズでもOK)
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| 2008年6月14日(土) |
| ラッキョウ漬け |
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朝からラッキョウ漬けを始めた切り込んだ6キロのラッキョウを良く洗いバケツに入れ熱湯を掛け水気を切って8リットルの瓶と余りを別の瓶に入れて置いた。鍋に2升の酢、砂糖1キロ、クエン酸5グラム、荒切り唐がらし少々入れ煮立て冷えたらラッキョウが全部浸かる程度に入れて出来上がった。食べる時は好みに合わせて味を調節すると母譲りのラッキョウ漬け方。次女が明日来ると言ってきたから8リットルのものを渡すことにして3時過ぎ傘を持ってウォーキングに出た。夕方から小雨が落ちてきた。今夜から明日は雨だというやるべき事を済ませてほっとした。宮城県北部で大きな地震が起きたことを夜のニュースで知った。気が滅入るニュースだった。
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| 2008年6月13日(金) |
| 梅雨の中休み |
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梅雨を忘れたような好天気になると言う予報通りの天気になった。ラッキョウを堀上げると事にした。9時過ぎからラッキョウの中の草を取り始めた。いつものように何をするにも回り道が多く草取りが終わると畑の周りの雑草が茂っているので草刈り機で刈ると昼になった。
A君が留守電を入れていた。電話をすると娘さんが使わなくなったノートパソコンを送ってくれた「インターネット検索」をやりたいと言うことだった。雨の日でも良いから手伝ってくれと頼まれた。初期の問題がある。OKの返事をした。午後から堀上げると粒ぞろいの良いのができていた。続けて木陰で切り方を始めた。6時半過ぎ迄やって次は明日にすることにした。一週間の天気予報では傘のマークはなかったが梅雨はまだ続く。気分良く梅雨の間の一仕事だった。
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| 2008年6月10日(火) |
| 梅雨本番 |
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昨日朝いつものように水槽を覗くと薄い墨を流したように濁って底が見えなかった。良く見ると浮き草や水壁にびっしり卵が付いていた。鯉の二回目の産卵だった。♂の精子で濁っていたのだ。それにしてもすごいなと思った。初の産卵稚魚は元気に泳いでいる。弟に電話してバケツに2杯卵の付いた浮き草を入れ家で孵化するよう持って帰らせた。本降りになった本を読んでいた。テレビや新聞で報じている秋葉原歩行者天国での無差別殺害事件はそれにしてもむごい見聞に耐えない。おきまりで精神鑑定が始まる。結果がどうあれ事故に遭われた人たちは運悪く悪魔に会ったと嘆き悲しむだけだろうか。
怒りがこみ上げてくる。大雨注意報が出た。
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| 2008年6月9日(月) |
| 梅雨の読書 |
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梅雨に入り図書館の本を借りて読み続けている。城山三郎氏が亡くなられた後、バラバラの原稿が見つかり娘さんと出版社の人がまとめて出版された本が「そうか、もう君はいないのか」である。大学生と高校生が休館日の図書館の前で偶然会った。オレンジ色がかった明るい赤のワンピースを着た娘、間違って、天から妖精が落ちてきた感じ。と奥さんの出会いを書いておられる。羨ましい夫婦だったと思って読んだ。次は「ブータンに魅せられて 今枝由郎」と「稲作渡来民「日本人」成立の謎に迫る 池橋宏」を平行して読んでいる。この歳になり人との付き合いも少なく狭い世間をまだ狭くして本の中で過ごすσ(^^)の老後変わり者かも知れないが元気な内は自分の好きなように生きて行こうと思う。
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| 2008年6月6日(金) |
| アジサイ |
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昨日夕方、車検に出していた車を届けてくれた。給油の時空気圧を測って貰うとひび割れが出来ていますよと言われていたから4本新替しワックスが掛かると新車のようになった。10時過ぎ代金を支払いに行き帰ると図書館から予約本2冊入りましたと留守電が入っていたので午後小型リュックを背負い町まで受け取りに行った。帰りはそのまま前の山の公園に登った。昨年綺麗に咲いていたアジサイが思ったほどでもなく年によりこんなにも違うのかと見ていた。今日も夏日で暑かったが桜の木陰は涼しい風がありリュックから本を出し「そうか、もう君はいないのか 城山三郎著」を数ページ読んで山を下りた。
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| 2008年6月5日(木) |
| 梅雨の夏日 |
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朝から青空が広がった。麦わら帽子をかぶり畑に出て梅雨の間に元気に伸びた草を取った。気休めにキウイや稚鯉を眺めていた。キウイは昨年まで小指の爪ほどになると全部落下したが今年は落ちないぞと必死にしがみついている根性を入れ替えた可愛いのがいて人差指の先ほどの大きさになった。稚鯉は数ミリの変な形から魚の形になり一センチほどの大きさになった。
昔兄が結婚すると両親はまだ小さかった弟達を連れて別居し家を建てた。家の周りは田んぼで田植えの終わった田んぼに稚鯉を入れ飼っていた。アイガモ農業のようなもので稲の生育に水が必要でなくなると田んぼに接続した小池を作りそこへ入れていた。その頃、σ(^^)は家を出ていて一年か二年置きに帰っていた。昔を思い出しあの頃の稚鯉の大きさを兄に訊いたら2,3センチほどだったと教えてくれた。キウイも稚鯉もまだどうなるか分からないが眺めるのが楽しい日課になっている。
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| 2008年6月3日(火) |
| 菜種油 |
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どんよりとした梅雨空。昼前パソコンで遊んでいると兄が来た。縁側に座り菜種(ナタネ)採種の話をしてくれた。4,5カ所の田んぼで2日掛かり採種したという。
ビニールシートを敷き兄手作りの回り棒3丁で実を落とし家にある歴史資料館に出しても良いようなトミ(右手でハンドルを回すと風が起こり上から菜種を落とすと実とゴミの選別をする木製農機)を使用したという。農家で育っても50代以下の人は見たことはあっても使用方法は知らないだろう。子供や若い父兄は珍しがって賑やかだったと話していた。一升瓶に40本以上出来た菜種油は100軒以上ある集落の人に分けてあげるそうだ。兄は世話好きで人の面倒見が良いがσ(^^)ヨダキンボの横着者そんなことは嫌だと逃げた。それでも菜種油は貰うつもりだろうか(^_^;
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| 2008年6月1日(日) |
| 梅雨の晴れ間 |
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朝6時からの道路清掃に出掛けた。道路脇の草を刈りポイ捨てのゴミを拾いゴミ収集所で選り分けて終わり1時間余りで帰った。9時過ぎから家庭菜園のジャガイモを掘った。粒そろいの良いジャガイモがサンテナに2個出来た。先日次女が帰って来た時「お父さんいつも野菜をありがとうね。助かるわ」と話していたから収穫の連絡をした。午後本を読んでいると暗くなり雨が落ちてきた。梅雨の間の良い仕事だった。次はラッキョウが待っている。σ(^^)の漬けたラッキョウは娘達のお気に入りだからやらねばならないが一仕事ある。
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| 2008年5月31日(土) |
| 自然の植物 |
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梅雨の間の晴になったが予定している畑仕事は出来そうになかったから昼前散髪して市立図書館へ行った。
カメラの本2冊と読み物一冊借りて帰った。午後弟の家の前に車が並んでいるので電話で訊くと環境を守る会と育成部の親子達で菜種を回り棒(めぐりぼう)で落としていると教えてくれた。兄が作った「回り棒」が活躍しているなと想像した。代表が菜の花の後採種して菜種油を作ると話していたからそれだなと思った。
我が家の前は昨年コスモスの種を採種後、遅れて菜種を蒔いた。自然の植物は時期が来れば花を咲かせ実を付ける。4月には丈が20センチにもならないのに花が咲き実を付けた。物にはなりそうになかった。午後ウォーキングの後風呂に入り本を読んでいると守る会の代表が来た。ボランティアは辞めたので久しぶりに会った。前の田んぼのことだった。自然に芽の出たコスモスが雑草とともに茂っている。このままにしておけば8月初めには花が咲くだろうからその後に菜の花を早めに蒔くという。自然任せでどんな結果が出るか試して見ればと話した。
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| 2008年5月28日(水) |
| 梅雨入り |
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畑仕事をしていると11時頃から雨が落ちてきた。雨の予想はしていたが梅雨に入ったという。ジャガイモとラッキョウを堀上げておけば良かったかなぁと思いながら畑を眺めていた。梅雨の花と言えばアジサイとクチナシで雨によく似合う。我が家のアジサイは冬の間に剪定をして肥料を施しておいた。花のつやが良くなった。クチナシも周りの密植した枝を切り落とした。すっきりとした感じになり雨に濡れて輝いて見える。花菖蒲とカサブランカは蕾が膨らみまもなく咲くだろう。小指の爪ほどの大きさになり期待していたキウイが今年も落下が始まった。キウイは乾燥に弱いと言うから夏の暑い日には水を切らさないよう掛けていた。今年はいくらか残るだろうかと雨の音を聞きながら思った。
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| 2008年5月26日(月) |
| 紅白のアマリリス2 |
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今年は何か良いことが起こりそうです。紅白のアマリリスが2鉢咲きました。
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| 2008年5月24日(土) |
| 生きがい |
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6時に起きた。天気予報通り雨が降っていた。朝から本を読み昼前に読み終えた。読書から、生きがい感というのは、ある者にとっては「快」であり、も少し発達した精神を持つ少年などでは「喜び」であり、深刻に未来のこと、家族のこと、社会のことなどを考える者には「幸福感」ということになろう。
仕事に「生きがい」を持つという人がいる。σ(^^)若い時からヨダキンボで横着者で仕事は好きではなかったが楽な仕事をしようと仕事より国家試験を目標にして努力を続けた。目標を達成したのは40歳を過ぎていた。その時に幸福感は感じなかったように思う。それも定年とともに未練なく捨て過去は過去として定年後は自分の趣味を作り読書、デジカメ、パソコン、野菜を作り、花を育て、淡水魚の世話をし健康のためウォーキングをしている。「生きがい」など考えることもなく日々が過ぎている。
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| 2008年5月22日(木) |
| 性格 |
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夏目漱石の「こころ」を読み終え何気なしに本棚の本を取って読み始めた。可成り古い本である。若い時に自分の性格が嫌いで性格を変えられないだろうかと思ったことがあった。その頃に買って読んだようだ。いつの頃か性格は変わらないと思いそれから気にすることもなくなり今に続いている。この本は深く読めば難しいそうだが普通の注意を払って表面だけ読めばそれほどのこともない。中程まで読んだ。「人間の心を探求する 宮城音弥著」である。性格は生まれつきの「気質」+友だち仲間との生活や学校などでつくられる「習慣的性格」+職務などによる「役割性格」となるそうだ。読みながら自分の性格を思う。「なるようになれ質」かも知れないσ(^◇^;)
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| 2008年5月18日(日) |
| 桑の実 |
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新しくバージョンアップされたソフトが出るとみたくなり夜ダウンロードを始め全部済ませて寝たのは朝3時だった。CD/DVDから起動できるリナックスKNOPPIX(クノーピクス)DVD版4.3GBをダウンロードした。3.99GB迄行くと止まり2回やってみたがやはり同じだった。どうしてかなと思ってネットで調べると「Windowsの仮想メモリの限界・・・」とか書いてあるので分からないからリナックスでダウンロードすると問題なくOK。リナックスの「K3B」で焼き付けし見栄えを良くするためラベルを印刷して出来上がり。起動テストをやって寝た。
昼間余り冴えなかったから午後のウォーキングは早めに出た。堤防を歩くとそよ風があり気分が良くなった。堤防下の畑でσ(^^)位の老夫婦がジャガイモ堀りをやっていたので声を掛けた。まだ少し早いようだった。歩いて行くと桑の木があり手を伸ばして採り食べた。美味しくはなかったが子供の頃学校帰りに食べ口の周りや手を紫色にして帰った頃の桑の実の香りを思い出した。
夕方、弟が又々・・鯉を釣り上げ持ってきた。測ると60センチ3キロだった。6匹になった。所狭しとなり鯉が可哀想にと思ってかσ(^^)に入れても良いかと確認して入れたから可笑しくなり大笑いした。後から思い出しても可笑しかった。
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| 2008年5月16日(金) |
| 火事 |
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この頃カラリとした好天気が続いている。時間を気にすることもない毎日だから花、野菜にたっぷりと水を掛ける。花の終わった堤防のアヤメ、ジャガイモ、花菖蒲には念を入れて掛けている。テントを濡れ縁のひさしの延長に張ることにして準備をした。午後テントを取り付けていると隣町の方から消防車がサイレンを鳴らして家の前を通った。町の方を眺めると墓地の近くで空高く煙が上がっていた。近くだが何処だろうかと思っていた。午後のウォーキングを済ませ5時前買いの物に出た。バイバスの近くに消防車やパトカーが4,5台止まっていた。火事の家は子供の頃隣に住んでいた人の家で黒こげになり柱と屋根の一部が残っているだけだった。近くにガソリンスタンドがあり周りの人たちは心配したことだろうと思って通り過ぎた。
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| 2008年5月15日(木) |
| 自動車税通知書 |
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確か今月中だったと「自動車税通知書」と「車検の案内」を思い出して探した。開けてみると納付書が無い。納付期限は5月31日ですと書いてある。カレンダーを見ると土曜日になっている(ここで変だと気が付けばまともなのだが・・)納めた記憶がないボケて来たのかも知れないと不安になり領収書、レシート、引き出しなど探し始めた。「自動車税納税通知書在中」の封書が出てきた。開けてみると今年度の分で先に見つけたはの昨年度のものだった。好天気が続いている天気のせいにした。
(;^_^A アセアセ…
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| 2008年5月12日(月) |
| 夏目漱石「こころ」 |
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どんよりとした空模様から時々小雨がパラついた。昼過ぎに「こころ」を読み終えた。先生が「平生はみんな善人なんです。少なくともみんな普通の人間なんです。それがいざという間際に、急に悪人に変わるんだから恐ろしいのです。だから油断ができないんです(二十八)」と話す。約百年前に書かれた小説だが今読んでも古く感じない。昨今凶悪な殺人事件が毎日の様に新聞、テレビで報じられている。「こころ」の意味が違うかも知れないが今まで何でもなかった人がいざという間際に急に悪人になり人を殺しているのだろうか。そうでもないかもしれないと夜のテレビニュースを見ていた。
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| 2008年5月11日(日) |
| 孵化(ふか) |
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朝方地震で目が覚めた時計を見ると4時40分だった。震度2程度かなと思った。5時半過ぎに起きた。昨日降った雨は止みどんよりとした空模様だった。雨で倒れたシャクヤクをお越して棒を立てた。8時から毎年5月始めに行う農業・生活用水路の清掃にスコップを持って出掛けた。雨が上がって良かった。10時過ぎに帰った。汚れた作業着を洗濯機に入れシャワーを浴び本を読んでいると兄が軽トラックに堆肥を積んで持ってきてくれた。「あゝ、良かった。山芋が芽を出したからそれにやる」と話すと「根元にどっさり置け」と言って降ろしてくれた。
しばらくすると兄がメタボ鯉の卵を入れておいた所で手招きをするので行ってみると数ミリの稚魚が無数泳いでいた鯉の孵化が終わっていたのだ。あれだけ浮き草に付いていた卵は無かった。この稚魚がどれだけ生き残るかわからないがσ(^^)のやったことは正解だったのだ。弟に電話して呼び3人で昼過ぎまで話して眺めていた。
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| 2008年5月10日(土) |
| 紅白のアマリリス |
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紅白のアマリリスが咲きました。
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| 2008年5月7日(水) |
| 連休明けも晴天続く |
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5日午後娘達が帰って来て過ごし連休中はどこへも出掛けなかった。例年通り(3回目)連休明けにえびの高原へノカイドウを撮りに行く予定を立てた。連休明けの頃が満開になる。蕾はピンクで満開になると真っ白になる。
8時丁度に家を出た連休明けかどうか知らないが車は少なかった。10時前に着いた。昨年は1本しか咲いてなく寂しかったが今年はかななりの木が咲いていて満開だった。好天気に恵まれレンズ交換をして思う存分好きなだけカメラに収めた。昨年はえびの市の方へ下り白鳥温泉上湯に入って帰った。今度は霧島スカイラインを下り温泉に入ろうと山を下った。温泉が近づくと硫黄の臭いと湯煙初夏を思わせる暑さでその気にならず素通りして霧島神宮、高原、野尻を回って帰った。体調が良くなったせいか疲れを感じなかった。
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| 2008年5月3日(土) |
| 快晴の連休 |
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母亡き後、母が育てていた「シャコバサボテン」を数鉢我が家へ持ってきた。どうしてか良く育たず花もあまり咲かないから植え替えることにした。連休で弟の小学生の孫が2人帰って来たようだ弟と釣りをしているのが見えた。しばらくすると弟が「釣れた。今度は40センチだった」と鯉を持ってきて水槽に入れ男の子に釣り竿を持たせたことを楽しそうに話して行った。植え終わってから釣りを眺めに行った。浮きが引くと今だと孫に上げさせていた30センチもありそうな大きなフナを歓声を上げて引き上げると孫と魚を携帯で撮り福岡にいる息子へ送った。賑やかに大小のフナ10匹あまり釣り上げた。GWに親子で行楽を楽しむ家族、仕事を持った親がいる。まだ3日残っている弟のことだから可愛い孫達をどこかへ連れて行くだろうと思って帰った。
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| 2008年5月2日(金) |
| なに (℃゜)ゞ |
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メタボ鯉が産卵したようだ。今朝新聞を取りに出て水槽を覗くと浮き草、水槽壁、シュロの皮などに塩粒を振りかけたように透明な粒がいっぱい付いていた。ネットで調べると鯉の産卵のようだった。午前中以前フナを入れていた15センチ角の排水溝を掃除して水を張り卵の付いている浮き草を三分の一程度移して麻布で直射日光が当たらないようにしておいた。一週間程度で孵化するという。
「イッぺー」の苗2本門の横に植えた。夕方ウォーキングから帰り水槽を眺めていると兄が「あくまき」が出来たと持ってきてくれた。話をすると昔の田んぼにはナマズ、鯉、フナの稚魚が田植え時期には泳いでいたから孵化するだろうと話して帰って行った。この歳になってこんなものを見たり世話をするとは思ってもいなかった。一人では何も出来ないが近くに住む兄弟たちが楽しみを作ってくれる。
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| 2008年5月1日(木) |
| 大鯉 |
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六時過ぎに起きた。小雨が降っていた。昼前兄と弟が来て鯉釣りの話に花が咲いた。午後は夏目漱石「こころ」を読んでいた。
上:メタボ鯉と弟
下:径50センチの網
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| 2008年4月30日(水) |
| GWは農作業 |
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体調が良くなり疲れを感じなくなった。明日からガソリンが上がるようだったから僅かではあるが給油に行き帰りに園芸店によりサツマイモ、ナス、トマトの苗を買い帰ると直ぐにサツマイモを植え昼食後草刈り機の混合油を買いに行った。続けてナス、トマトを植え竹を切りに行き1メートル程に切り割って苗の四隅に立て周りをビニールで囲んだ。今日は夏日で暑かったが未だ寒くなる日もあるこれで(^_^)V 終わるとキウイの周りの草が伸びてきたから草刈り機で刈った。疲れを感じなかった。
六時過ぎ風呂に入っていると外で声がしたような気がしたが気にせず入っていた。上がってテレビを観ているとガラス戸を叩く音がするのでカーテンを開けると兄と弟がいて弟が鯉を釣り上げ水槽に入れて置いたと言う。
昨日夕方弟が来て魚を眺めていたから出て話すとこの前釣り逃がした鯉のことを甥(兄の息子:趣味磯釣り)に話すと磯釣り用の長い柄の網をくれたと喜んで話していた。兄弟揃って釣りバカで弟の話に大笑いした。
大きな鯉が掛かり釣り竿を肩に担ぎ引き寄せ甥がくれた網で取り上げ携帯で写真を撮り兄へ連絡兄は軽トラを飛ばしてやって来たそうだ。まな板の鯉でなく軽トラの荷台に乗せて持ってきたと話す網の径が50センチ頭と尻尾が少しはみ出していたと言うから想像が付く。
明日の朝眺めるのが楽しみだと帰って行った。此で大鯉が四匹になった。GWは釣りバカの競演になりそうだ。義妹がお兄さんえさ代が大変ですねと笑わせた。
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| 2008年4月28日(月) |
| GW |
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先日の雨の日体を冷やしたようだこの頃気分が優れなかった。世の中GWに入った。σ(^^)には関係ないが病院も一緒に休むから休日にこれ以上悪くなると困るので8時半過ぎ掛かり付けの病院へ行った。レントゲンを撮って貰うと異常は無く持病の発作だった。抗生物質混じりの点滴をして帰った。病院へ行くと気分が良くなったような気になり午後は畑仕事をした。じゃがいもに水をかけオクラの周りの草を取り堆肥を撒いておいた。カリンの花が過ぎ親指先大の実を付けた食べられるわけでもないから10個余り残して摘果した。今年で4年目?待ちに待ったキウイが蕾を一杯付けている。今年こそ実になる事を期待して毎日眺めている。何時読んだか記憶にないが新たに夏目漱石「こころ」を読み始めた。
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| 2008年4月24日(木) |
| 金魚孵化 |
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昨日は梅と垣根のヒトツバにアブラムシが付いていたから農薬を掛けた後から小雨が落ちてきて雨になったが今朝見ると薬は効いていた。雨は上がり朝の内は強い風があったので美事に咲いている鉢植えのアマリリスが折れるかも知れないと思い大事に軒下に入れた。今年もツツジが綺麗に咲いてくれた。花がしぼんできたので思い切り深く剪定をやっていると弟が来たので中断してお茶を飲んだ。昨日夕方雨の中釣りに行った。大きな鯉がかかり下に降りて操っていたが網に入る前に針が外れたと残念そうに話していた。「金魚が孵化している」と言うので見に行くと針の先ほどの小さい物が動いていた。春の移り変わりは早い。
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| 2008年4月23日(水) |
| 「沖縄ノート」を読んで |
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大江文学は難しく良く理解出来ない所が多かった。
「集団自決の命令はなかった」と裁判を起こしている人が沖縄の渡嘉敷島の旧守備隊長である。まさか戦後生きているとは思ってなかった当然自決しているのもと思っていた。米軍の攻撃下で住民を陣地内に収容することを拒否し、投降勧告にきた住民はじめ数人をスパイとして処刑し追いつめられた親が生木を折りとって自分の幼児を殴り殺し老若男女集団自決した。島民と部下を死なせ自らは捕虜になり生き延び厚顔無恥にも25年後(1970年)戦友と渡嘉敷島での慰霊祭に出席すべく沖縄に向かったが那覇空港で沖縄の青年たちに詰問されると「英霊を弔いにきました」と言い渡嘉敷島に渡る埠頭で乗船を拒否されと星条旗をつけた米民間船に乗って渡嘉敷島に渡り花束を置いていったという。
戦友!米軍の包囲中で武装したまま見知らぬ沖縄婦人を強姦し二十数年たって婦人の声に「つかぬまの愛」とほざいという。「集団自決の命令はなかった」と言う前に守備隊長として罪責感の欠けた人間だと思う。大阪地裁での「命令があったと信じるには相当の理由がある」との判決に旧守備隊長は「名誉回復」だと控訴した。
裁判は未だ続く。
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| 2008年4月19日(土) |
| 行楽日和 |
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桜もツツジも最盛期を過ぎたが先達て妹夫婦が発案全て準備をするからと「花見会」を計画してくれ前の山の公園で11時頃から行った。兄弟夫婦孫で総勢16名集まった。青空が広がり若葉の下はそよ風があり気分良く楽しく過ごした。いつの間にか女性達はワラビ、ゼンマイを採り妹に上げていた。帰りに墓参りをして本家の藤を観てお茶を飲み帰った。7人の兄妹弟に偉いもの富めるもの貧するものはなく一人も欠けずこの歳まで頑張ってきた。両親はあの世から上出来だと眺めていることだろう(^_^;
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| 2008年4月15日(火) |
| 春の水槽 |
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朝起きて外に出て広くもない庭を歩く一日一日違う今の変化を観るのが楽しい。9時過ぎ弟がパソコンを受取に来た。嬉しかったのだろう話をした後帰る気もないようだったからそのままにしておき自分の好きな事をしていた。しばらくすると「金魚が卵を産み付けている」と言うので覗きに行くとシュロの皮にゴマ粒そっくりのものが一杯付いていた。金魚の卵を観るのは初めてだった。孵化すると親が稚魚を食べるから大きくなるまで別にしておいた方が良いと洗濯機で使う布製の袋に枠を付け持ってきてその中に卵を入れて水槽に下げてくれた。水草の下で金魚がピクピク動いている♂が♀に産卵を促していると教えてくれた。夏の頃弟達が川で捕った小さなタナゴとメダカを水槽に入れてくれたがその後メダカは見かけなかった。頭に白いすじがありσ(^^)子供頃に何処の用水路でも見かけていたメダカが水草の下にいた。無事冬を過ごしたようだ。可愛くて見とれていた。
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| 2008年4月14日(月) |
| トラノオ植え替え |
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一昨日までに11鉢を水に浸け引き抜いた後株をばらし良いのを選んで裏に陰干して置いた。植え替えは簡単で7鉢にした。誰でも欲しい人にあげることにして残りの鉢にも植えておいた。午後のウォーキングの時間になり出掛ける用意をしていたら弟が来たので今日は止めてコーヒーを入れ話しているとお隣のどういう人か知らない人たちが4,5人外から庭を覗いていたがアヤメを見せて貰いましたと声を掛けた。家に帰った弟が壊しても良いからと故障したsony VAIOを持ってきた。以前雷が鳴った時からDVDドライブが動かなくなり使っていたが立ち上がらなくなったと話していたから素人考えでその辺が問題ではないかと思いDVDドライブコネクタと電源ケーブルを抜き(切断)メモリー、LANボード、グラフィックボーボーを抜き接点復活剤を吹きかけて取り付けた。こんな事をしていると晩御飯抜きになるなと思ったが続けた。復旧後電源を入れるとWindowsが立ち上がり「重大な問題が解決しました」とメッセージが出た。DVDドライブを新しく購入しなければならないが使えるようになった。
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| 2008年4月13日(日) |
| 雨には、 |
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朝から小雨が降りあいにくの天気だった。Dellのパソコンにキャノンのデジカメ・プリンターの設定を済ませマニュアルをダウンロードしていると兄が来て鯉を眺めていた。本家の庭に「藤(ふじ)」が咲だし弟が観に来て鯉のことを話したそうだ。「懸賞金を貰ったか」と弟に話したと言うので思い出して大笑いした。昨年今頃兄と息子と孫で釣りをやっていた。大きな鯉が数匹いると言うのは聞いていたから「鯉を釣り上げたら懸賞金が出す」とσ(^^)が言ったのを覚えていたのだ。鯉は釣れず大小のフナ30匹余りが今この水槽で泳いでる。雨も降るし兄と弟達に「一席設ける」と話してから夕方買い物に行き兄の家で過ごして帰った。
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| 2008年4月12日(土) |
| プレゼント |
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古いパソコンを弟に譲り中古のOSの無いDellのパソコンをネットで購入した。Dellのパソコンは初めてでありドライバでまごついたがホームページからダウンロードして使えるようにした。やり始めるといつもの性格が出て寝たのは2時過ぎだった。昨日図書館から連絡が来ていたから9時過ぎ予約本を受け取りに行った。トラノオが増え11鉢になり植え替えて半分程度に減らそうと裏で始めた。5時過ぎウォーキングから帰り植木鉢を洗っていると弟が大きな50センチ程はある鯉を抱えて飛び込んで来た。「どうした?」「そこの川で俺が釣った。元気が良く網でやっとすくい上げた」と満面の笑顔で話してくれた。慌てものかよっぽど腹が減っていて弟の餌に飛びついたのだろう。水槽に入れるとσ(^^)もビックリしたが他の小さい魚たちもビックリしたのだろう動きが慌ただしくなった。落ち着いてから餌を撒くと食べていた。今淡水魚の産卵時期になっている大きな腹をしていた。
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| 2008年4月9日(水) |
| 春雨で読書 |
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午後から雨の予報が出ていたので畑周りの後片付けしていると9時頃から小雨が落ちてきた。読書に切り替えた。10時半頃弟がソフトのインストールを頼みに来たので行き手伝い昼過ぎに帰った。雨は強くなった。「吾輩は猫・・・」の最後は客の飲み残したビールを飲み酔っぱらって大きな水かめに落ちて這い上がることが出来ず・・・何とも変な終わりだった。次は大江健三郎著「沖縄ノート」を読むことにした。旧日本軍が沖縄住民に集団自決を強制したかどうかで元軍人と遺族が岩波書店と氏を相手取り裁判で争われた。氏の「ヒロシマ・ノート」は所持し読んだが「沖縄ノート」は未だ読んでないので今回図書館から借りてじっくり読むことにした。
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| 2008年4月8日(火) |
| 桜吹雪 |
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桜の満開も過ぎた。昨日の雨も上がり暖かい日になり春風に乗って花びらが舞っている。春の訪れを待ちに待ち咲いた桜も早いもので今週いっぱいのようだ。裏の堤防のアヤメがボチボチ咲き出した。堤防の上と下から中の草を取り春ジャガの新芽をかぎ一本ずつにした。秋ジャガは失敗したが春ジャガは100%新芽が出た。明日は午後から雨になると言うので肥料を施して土を被せておいた。3時過ぎウォーキングに出て5時に帰るとネットで注文していたバッハ:無伴奏チェロ組曲(全6曲)藤原真理が送ってきた。携帯プレーヤーに入れてウォーキングで聴こうと思う。夜は「吾輩は猫である(下)」を読み寝た。
残り30ページなった。
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| 2008年4月5日(土) |
| 野球 |
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春の選抜高校野球は時々観ていたが沖縄尚学の優勝で終わった。今日はドンヨリとして午後には小雨も落ちてきて寒かった。「吾輩は猫である(下)」を読んでいた。以前司馬遼太郎の「坂の上の雲」を読んだ時に正岡子規が野球に興ずる所があった。子規と漱石は親しんだと言うから漱石もアメリから輸入されたばかりの野球を知っていたのだ。「吾輩は・・・」の中で苦沙弥(くしゃみ)先生の借家の北側は中学校になっていて中学生が運動で野球に興じて垣根を飛び越して来るボールが日に何十回とありボール拾いの学生を無断で入ってきたと追っかける。ヤジを勘違いして野球を知らない先生が怒るところがある。
かたいまるい石のだんごのようなものをごていねいに皮でくるんでぬい合わせたものを右の手ににぎってすりこぎの所有者にほうりつける。手中をはなれて、風をきって飛んで行くと、むこうに立ったひとりが例のすりこぎをやっとふりあげて、これをたたきかえす。たまにはたたきそこなった弾丸が流れてしまうこともあるが、たいていはポカンと大きな音をたててはねかえる。その勢いはひじょうに猛烈なものである。ああ、これが明治の野球だったのかと面白くて読んでいた。
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| 2008年4月3日(木) |
| 満開の桜 |
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最高の桜日和になった。伸び過ぎた庭木が1本あったので剪定して捨てる穴を畑に掘っていたら弟が孫2人連れ今から天ヶ城に登ると言って出かけた。1時過ぎカメラを用意して車で天ヶ城に登った。桜は満開を過ぎ散り始めていた。人出が多かった。バッグを担ぎ桜を撮って歩いていると若い数人の女の子達が桜をバックに写真を撮っていたので下手な英語で声を掛け写真を撮らせて下さいと2回言ったが応答がない変なおじさんと思われたのだなと歩き始めたらこの娘達を連れてきた人だろう英語は分からないようですと話したから何処の人ですかと訊くとロシア人ですと話した。昨年はドンヨリとした天気で気に入った写真が無かったが今年は満足して帰った。
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| 2008年4月1日(火) |
| 桜の四月 |
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一日家の周りを清め床の間で手を合わせた。冬の間は締め切っていた西側の雨戸を全部開けた部屋が明るくなった。腰の痛みはなくなったので庭仕事を始めた。昼から満開になっているだろう桜を撮りに出掛けようとしたが強い風があり止めて築山の草を取っていると何処かで女の人の声がした周りを見回しても姿が見えなかった。ここからですとブロック塀と垣根の間から顔を覗かせていた。上から眺めると菜の花が綺麗で母を連れて降りてきましたと話されたからどうぞ良かったら入って下さいと話すと母親は足が弱いようで手を取って入って来られた。母が風邪を引き入院しました93歳になりますと庭を歩きながら眺めておられたから裏の堤防にアヤメがありますと言って案内すると間もなく咲き始めるアヤメを観て綺麗ですねと話された。畑を見て果樹を眺め水槽の魚を覗き花菖蒲、シャクヤク、カサブランカの花芽を眺めて「ありがとうございました。お母さん、楽しかったね」と言って帰られた。私の母が亡くなった歳と同じで少し母の事を思い出した。
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| 2008年3月31日(月) |
| 安息日 |
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土曜日の午前中と図書館から帰ってからも夕方まで畑で鍬を振るいスコップで穴を掘り張り切り過ぎた(^_^;
昨日から腰が痛くなり今日も痛くて整骨医院へ行こうかどうしようかと性格が出て行くタイミングが外れ安息日にした。新聞を読みテレビを観てCDを流して本を読んでいた。図書館から借りてきた「死神の精度」で死神が人間が作ったもので一番素晴らしいのはミュージックで・・・と言う所があり店内を流れる「バッハのチェロの無伴奏組曲」を「いいな、これは優雅で、切なくて、そよ風とも嵐ともつかない曲」と感心する。待てよと思ってσ(^^)のCD棚を探してみたら藤原真理/チェロ名曲集&風の思い出DISC 1 の@にあった。出だしの部分だけだった。全部聴きたいなと思いネットで検索して注文した。夕方には腰痛も可成り良くなった。明日は大丈夫だろう。
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| 2008年3月30日(日) |
| 桜雨 |
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6時過ぎに起きた。桜の絶好の行楽日が天気予報通り雨になった。本を読み時々テレビで甲子園を覗いていた。近畿地方も雨になり雨中での試合になった今ではプロ野球は何処でもドーム球場になり甲子園球場はドームにできないのだろうかとどろんこの試合を観ていた。
昨日午後1時過ぎ隣町の図書館から予約の本が入りましたと電話連絡があり出掛けた。図書館両隣の運動場では野球を芝生の綺麗な球技場ではサッカーのプレーをやっていて声援が上がっていた。館内も利用客が多かった。「死神の精度」と「吾輩は猫である(下)」を借り公園の桜を眺めて帰った。
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| 2008年3月28日(金) |
| 旧知 |
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水曜日、昔一緒に働いた高校の後輩が今日は定休日だと言って来た。彼は未だ若く市内で働いている。職場が変われば苦労もあっただろうにそんなことは話したことがない明るい男で年に1,2回訪ねてくる。昔の仕事は危険で苦労したが当時はそれが当たり前だと働いていたと懐かしむように話す。σ(^^)は昔から面倒見のよい男では無かったが訪ねてくると嬉しい。午後のウォーキングはこの頃桜の開花の状態を撮りたくてリュックにカメラを入れて前の山に登る。滑り台で小さい女の子を見守っている見覚えのある男の背に声を掛けた。人違いではなかった。彼とは小学校から高校(科は違った)まで同じだった。近くに住んでいても同窓会で会うぐらいで別に用事があるわけでもないからお互いに会いに行くこともない。孫の守だと話ていた。毎日何をしているんかと訊いたらから気ままに好きなことをして出掛けるのは病院ぐらいだと話して分かれた。
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| 2008年3月26日(水) |
| ああ、 |
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何という世の中に成ってしまったのだろうか!!若者が誰でもいいから殺したくなったと偶然目の前にいただけの人を無差別に危める事件が続いている。殺された人たちは死ぬまで何故と分けの分からぬままにあの世へ行きご家族や肉親知人はどれほど悲しんでいることだろうか。傷つけられた人たちは傷が癒えても心の傷は治ることはなく人の中へ出ることの恐怖を一生引きずって生きて行くことだろう。世間を恐怖に陥れる分けの分からん事が起きている。悲しいことだ。
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| 2008年3月24日(月) |
| 桜開花 |
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午後ウォーキングで前の山に登った。大型トラックが2、3台来ていて土日行われた城門祭りに使用した資材等を積み込んでいた片方では桜祭りの準備で提灯列を桜に飾り付けていた。桜は咲き始めたばかりの1,2分咲これからだなと眺めて歩いた。桜と合わせるようにツツジも咲き始めていた。
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| 2008年3月23日(日) |
| 雨の日は読書 |
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7時過ぎに起きた雨が降っていて一日中降り続いた。天気が良くても余り出掛けないのに雨の日に出掛ける事もなく「吾輩は猫である(上)」を夕方読み終えた。笑いを堪えて読んでいたが大人になり歳を重ねた者でなければ面白みが分からないかも知れない。隣町の図書館に予約本がありその時に(下)を借りて読もうと思う。昨日は午後次女が帰ってきて夕方まで話して帰って行った。良く育ったワケギ、レタスを採り冬の間に作った干し大根を持たせた。
フィギュア世界選手権で浅田真央が世界女王に輝いた明るいニュースがある。新聞を良く見ると地名がイエーテボリ(スエーデン)と書いてある。σ(^^)には懐かしい地名である。昔、中米でバナナを積みアメリカのフィラデルフィアで陸揚げして残りをイエーテボリで全部陸揚げした。仕事のことより若い代理店員との会話を思い出す。「君の奥さんは美人だろう」と話すとなぜ?と訊いたので大好きな映画カサブランカのイングリッドバーグマンがスエーデン人だからスエーデンの女性は皆美人だろうと思っていると冗談を言うと大笑いになった。税金が高いから結婚しないで子供達を育てているようなことを話していた。
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| 2008年3月21日(金) |
| 報告 |
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雲一つ無い青空が広がった。家の中や軒下の植木鉢を全部外に出し玄関から窓際をホースで洗い流した。畑に人参、ほうれん草の種を撒いた。ジャガイモがボチボチ芽を出してきたもう遅霜が来ても大丈夫だろう。体調気分も良く午後のウォーキングで前の山に登った。山桜は満開になっていたが他は蕾がふくらんでいるだけで咲き始めるのにはまだ2,3日かかるように見えた。広場は明日から始まる「城門祭り」の紅白の幕が張り巡らされ各イベントにはそれぞれテントが立ち明日の開始を待っていた。四半的体験、手裏剣体験、野点、昔なつかしい遊び体験などを覗いて回った。大きな鍋があり「巨大ふるまい鍋」と書いてあった(^_^;
次女から明日墓参りに帰るとメールが来ていたので彼岸は忘れないかと思った。8時前長女が電話をしてきて「ご心配かと思って帰国の報告をします」と笑って話し始めた。ウミガメを追っかけたが泳ぎが早かった、ナポレオンフィッシュを見た、イルカや鯨も見たと楽しそうに話していた。2,3歳の頃海水浴場へ連れて行き抱いて海に入ると怖がってギャーギャー泣いていた子がと電話の後思い出して可笑しかった。
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| 2008年3月19日(水) |
| 彼岸前 |
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曇りとも雨とも分からない一日だった。明日は彼岸だという意識は薄く部屋で本を読んでいた。夕方花を作って下さる親子が菊を一抱え持ってきて下さった。「ありがとうございます。明日墓まりに行きます」とお礼を言った。一年にお盆、春秋の彼岸、正月と持ってきて下さる。有り難いことだと思う。夜6時半から最後の地区土地改良総会があり出掛けた。資料〜事業の開始は昭和29年で今年の8月31日をもって町内の8つの改良区と合併して終了することになった。長い年月を掛けて農地・農道を整備した。自然を壊すことから始まり今では昔の面影は何処にもない。山を削り川をコンクリートで囲み町道・農道を新たにし田んぼは広くなりバルブを開ければ何時でも水が出てきて便利になった。「さあ、何でも作って下さい」と理想的な農業地域になったが現実は後継者も少なく魅力ある農業では無くなった様だ。会終了後に懇親会があったがそのまま帰った。
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| 2008年3月18日(火) |
| 春雨 |
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10時過ぎ種苗店へ行き野菜の種と肥料を買って帰った。ドンヨリとした空模様から小雨が落ちてきた。野菜の種まきは後日にして先日から長女が中学の頃買ったのだろう夏目漱石の「吾輩は猫である(上)」を読み始めた。余りにも有名な本だが全部読み通した記憶はなかった。こんなに面白いユーモアあふれた本を読んだことがない。読みながら可笑しくなり読むのを中断しなければならない。(下)はないが何処の図書館にでもあるだろうから今回は読み通してみよう。雨は本降りになったが寒さは感じなかった。もう春だ。
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| 2008年3月16日(日) |
| 新芽 |
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ここ2,3日の暖かさで庭の木や花が目覚めた様だ。防寒にスモモに巻いていた麻布をそ〜と外すと若葉色の芽を出していた。花菖蒲、シャクヤクが乾いた土を盛り上げて芽を出してきた。玄関にしまっていたいたアマリリス4鉢も10センチ程に芽が伸び外に出してたっぷりと水を掛けておいた。出掛けることもなく畑で一日を過ごすと夕方には少し疲れを感じた。
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| 2008年3月15日(土) |
| 春うらら |
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今年一番の暖かい日になった。昨日ウォーキングから帰ると縁側に種山芋が10個ばかり置いてあった。多分兄だろう。9時過ぎから畑に出て堆肥など肥料をたっぷり撒いて畝を作り植えた。花になった野菜は大きな穴を掘り投げ込み平してこれから作る春野菜の準備をした。夕方長女が電話をしてきた。こんな時間にと思うと「お父さん、今夜からグアムへ潜りに行ってくる」と突飛な事を話し始めた。ダイビングのライセンスを取ったとは聞いていたが早速グアムに行く様だ。誰と行くのかと野暮なことは訊かなかった。新聞に載る様なことにはなるなと注意を促すと来週の金曜日に帰ってくるから安心しないよと笑っていた。小さい頃は用心深い子だなと見ていたが親元を離れると性格が変わった様に生き生きとしてきた。私が厳しかったのかとも思っていたが今では性格は環境で変わる事にしている(^_^;
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| 2008年3月13日(木) |
| 水温む |
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水温15度。水槽の魚が元気良く動きだした。新聞を取りに出ると今まで水草の下にいたが今朝は4メートルの水槽全体を泳ぎ回っていた。昨日に続いて気温が上がり餌を撒くと食欲も出てきてよく食べた。桜の開花予想も早くなりそうだ。午後のウォーキングで公園の桜の蕾を手にとると未だ何の事もないがあと一週間もすれば咲き始めるだろう。咲き始めると一週間で満開になり直ぐに散り始めるこの時期の変化は早い。公園で小さい女の子が半袖になり自転車で遊んでいた。
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| 2008年3月12日(水) |
| 営業活動 |
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春の様な天気になり気分良く9時過ぎから携帯デジタルプレーヤーのヘッドホーンを掛け庭に出た。間もなく芽が出てくる花菖蒲の中の草を取っていた。我が家は築40年当時は珍しかった空調設備と浄化槽を取り付けた。空調装置は3台目、浄化槽は古くなり今の基準に合わないが使用する事は出来るので業者の点検を受けて使っている。設備業者のSさんが新しく設置するよう勧誘に来るので「壊れるまでは新しくしないと断っている」良い気分になっている時に又来た。今まで浄化槽の無かった家だろう何処何処も新しくしましたと話し始めた。しばらくは相手にしていたがその気がないのに気分が悪くなりヘッドホーを掛け仕事を始めると又来ますと言って帰って行った。こんなにしつこく相手が根負けするまで営業はやらなければ仕事が取れないのだろうかと思った。
午後薄手のウェアに長袖のポロシャツを着てウォーキングに出た。寒くもなく体が軽く気分が良かった。杉・檜の花粉が舞いだしている時々マスクをしている人を見かけるが花粉症の人だろうか。
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| 2008年3月11日(火) |
| 田園風景 |
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9時過ぎから畑に出た。「ツチクエ、ツチクエ」とツバメの鳴き声がするので良く見ると柿の木に止まっていた。今家の周りでは超早期水稲の準備が始まりトラクターが動き回っているそれに合わせる様にツバメが飛び回りだした。それにしても早いなと思う。我が家では一昨年の保存米を先月食べ終わり昨年の保存米を食べ始めたばかりだ。シャツ一枚で汗ばむ程の暖かい日になった。未だジャガイモは芽を出さないが急いで出なくても良いよこれから遅霜が来るかも知れないからと眺めていた。冬の間食べきれなかった野菜が菜の花になった。
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| 2008年3月9日(日) |
| 地区総会 |
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自治公民館と環境を守る会の総会が8時からあり出掛けた。ドンヨリとした空模様で未だ雨は降ってなかった。議事の質疑も少なく新役員が決まった後、弟が先年決まっている公民館費納入で納得しない者がおり総会で決めてくれと提案した。田舎では高齢化が進み後継者も少ない。親子で地区に住んでいても同居の家はなく職種も違うし勿論家計も別だ。立派な息子がいる50代の男が自分は隠居だとご隠居の水戸黄門みたいな事を言っていた。3年続いた弟達の公民館役員も今年で終わった。
σ(^^)の環境を守る会のボランティアも辞退した。
雨になった。昼から名古屋国際女子マラソンを観た。復活して五輪代表になるかと期待した高橋尚子は27位で消えた。観ていて可哀想だった。足の故障や厳しい練習を経て体の極限まで求めるマラソン。引き時が大事だろう。
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| 2008年3月7日(金) |
| 間もなく卒業式 |
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朝ご飯の後9時過ぎ弟に電話して「昨日は疲れなかったか」と訊くと「若いから何でもない」と話したがどうだか様子を見ようと「美味しいコーヒーを入れるから飲みに来ないか」と誘った。10時過ぎスクーターに乗ってやって来た。「おゝ、新車を買ったのか」と冗談を言うと「新車みたいだろう」と笑っていた。息子が大学卒業後初めての仕事で宮崎港の何処かを設計した。その時に乗っていた物で可成り古くナンバープレートも外していたのを引き出し修理していたのを知っていたからだ。バッテリーなど新しく取り替えて塗装も全て自分でやり誰が見ても新車の様に見えた。偶然とは可笑しい物で新しく登録したプレートが読み様に因っては弟の電話番号になっていた。
コーヒーを飲み昼まで話して帰った。腕に技術と暇と金があれば普通の者なら見向きもしない物を有効に役立てる事が出来る。σ(^^)では引き取って貰うか粗大ゴミ位にしかできない。2時半頃ウォーキング出た。いつもの様に学校の裏を通り東側から山に登った。途中下りてくる中学生に会った。3年生全員だろうと思った入試も終わり学年全員で上の公園で過ごした帰りだろう元気に挨拶をして下りていった。間もなく卒業すればこの全員が一同に集まる事もないだろうにと思って登った。
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| 2008年3月6日(木) |
| やってみよう |
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パソコンに搭載されているサウンド機能を必要としないUSB Sound Blaster Digital Musicが今朝届いた。カセットデッキに接続すればカセットテープなどのアナログ音源からオリジナルの音楽CDを作成する事ができる。海外でカセットテープに録音したFM放送や購入したものを沢山持っている。やってみようと思う。
午後、設定とテストを済ませ2時半過ぎウォーキングに出ようとしたら弟が来た。ウォーキングに付き合うというので片道1時間平成17年9月台風14号の時浸水流失で大被害が出た所へ連れて行った。大型ダンプ、ブルドーザーが動き回り堤防が大方出来上がっていた。そこを過ぎ高さ7,80メートルある急な坂道を登ると弟はへたばって座り込んでしまった。帰りは殆ど下り坂だったが今日は少し張り切りすぎた(^_^;
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| 2008年3月5日(水) |
| 県立高校入試 |
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県立高校入試が昨日と今日行われ今朝の新聞に問題と解答が載っていた。「国語」の問題をじっくり読んでみた。読書好きのσ(^^)はそれ程難しいとは思わなかったが理科、英語となると白旗を掲げた。
先日本棚の本の後ろに「パソコンらくらく数学」CD-ROM付きの本を見つけた。Windows98用であったがXPに問題なくインストールできた。歳の事も考えず嵌っている。2次、3次の方程式、配列、集合、微分し、積分し、グラフにできる。今まで理解できなかったことがグラフにすると少しだが理解出来る。試験があるわけでもないから楽しい。娘達に話せば変人扱いするから何も言わない(^+^)
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| 2008年3月4日(火) |
| 母の命日 |
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朝起きると気分が良かった。昨日の黄砂は見えず青い空が広がっていた。9時過ぎ洗濯物を外に出し黄砂で汚れた車を洗い確定申告に出掛けた。3,40分待ち呼ばれて作成した確定申告書を出すと直ぐに終わった。母の命日になったから帰るとその足で兄の家に行った。昨日生まれた子牛を見た。清潔な敷きワラに親子で座り親牛は口をモグモグ動かしていた。生まれたばかりの子牛は子鹿みたいでこんなに可愛いかったのかなと暫く眺めていた。仏壇に手を合わせると義姉さんが赤飯が出来たからと言ってくれたのでご馳走になり帰った。午後風が冷たくなりウォーキングは休んだ。
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| 2008年3月3日(月) |
| 黄砂 |
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朝7時前に起きると夜中に雨が降った様で地面が濡れていて予報通り「黄砂」が舞っていた。家の中から外を眺めるだけで気分が悪くなり部屋で寝転んで本を読んでいた。午後、「水稲作付け減反申告」のため外に出た黄砂と寒風で身震いがした。毎年行われる「減反」は地区別に目標があり達成した余りは希望者へ譲り作付けを増やしている様だった。兄と会ったので声を掛けると「牛の子が生まれる」と急いで帰って行った。夕方訊いてみると頭だけ出て難産だったから獣医を呼んだ。昼間だったから良かったと嬉しそうに話していた。
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| 2008年2月29日(金) |
| 不謹慎な息子σ(^^) |
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今日29日は4年ごとの閏年(うるうどし)です。1年とは地球が太陽の周りを365日と6時間弱で回りきることです。端数4年分=6 x 4=24で一日分になります(天体観測の様に精密な時間を使うのは別にします)。
4年前の昼前母とこたつに入って話していたら母が仰向けに倒れました。救急車を呼び病院へ行きました。くも膜下出血で今日明日の命だと医者から言い渡されました。兄弟が交代で見守っていました。不謹慎なσ(^^)は今日亡くなったら命日は4年に一回しか来ないなと思っていました。29日が何事もなく過ぎると直ぐに次女の誕生日がやって来ます。重なるかなと(^_^;と思っていましたがこれも何事もなく過ぎて翌日亡くなりました。母の命日は絶対忘れないと次女が話します。あの時は寒い日が続いていた事が忘れないです。
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| 2008年2月28日(木) |
| 田舎の生活 |
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先日出掛けようとしたら車のバッテリーが上がっていて弟が見てくれた。今日は医大病院へ行く日だっから早めにエンジンをかけてみた。ウンともスンともいわない。もう寿命だと思い近くの修理工場に電話した。バッテリーの型式を訊き直ぐに来てくれた。取り替えながら新車の時のバッテリーですね今この型はありませんと話していた。5年で3万キロ遠出もしないしと話したら持てた方ですよと話して帰って行った。間もなく車検が来るその次の車検まで乗り次は軽にすると話すとその時はこの車をくれと弟が話していた。田舎では病院へ行くにも買い物でも車がないと不便だ車に乗れなくなったらもう終わりだよと話すと笑い話になる。
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| 2008年2月26日(火) |
| 確定申告書作成 |
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朝の内はドンヨリとしていたが昼前から雨になった。パソコンで確定申告書を作成することにした。国税庁ホームページに接続して「確定申告書作成コーナー」から書式を呼び出し用意していた書類、領収書をまとめて入力する。時間はたっぷりとあるから急ぐ必要はなく落ち着いて出来た。後日提出書類を印刷して終了した。還付金9,340円でした(^_^)V 簡単な計算は電卓で間に合うが領収書のまとめはEXCELを使った。領収書を一枚ずつめぐりセルに入力して総計Σをクリックすれば一瞬の内に正確な合計がでる。σ(^^)が電卓を使えば何回となく確認が必要になり一日では終わらない(^_^;
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| 2008年2月25日(月) |
| 探索 |
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狭い家の中で置き忘れ、物忘れして探すのに無駄な時間を使い最後には疲れて諦めるか再購入することがある。昼前量販店に行きキャスター付き6段重ねのチェスト(収納箱)買ってきた。パソコン、プリンター、カメラ、スキャナー等CDからマニュアル、部品に至るまで全て関係する物は一つにして入れた。もうこれで大丈夫(^_^;
5時前ウォーキングから帰り風呂のお湯を出してパソコンの前に座っていると弟がスピーカーのサイズが合わないと言って来たので貸しているパソコンに付けていたミニスピーカーを渡し話していると風呂のお湯を出していることを忘れお湯が溢れ出していた。「裏の川の魚がい〜湯だな♪と泳いでいるぞ。夕方忙しい時には来るな」と言うと笑って帰って行った。野島崎沖で起きたイージス艦と漁船の衝突で行方不明になっている清徳丸の親子の探索は打ち切られたという。あえてこの事件に関するつぶやきは書かなかった。
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| 2008年2月23日(土) |
| パソコンボランティア |
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昨日までの寒さはなく暖かい日になった。薄手のウエアを着て2時過ぎウォーキングに出た。2時間歩き帰った。先日弟に貸しているパソコンのプリンターの設定はしたがネットは使わないと言ったのでしなかった息子から要望が出ていると聞いたので夕方までには未だ時間があったから電話して光ケーブルの接続を訊いたら待っていると返事をしたので着替えて歩いて行った。設定を終えネットにつなぐぎ履歴、一時ファイルを削除した。義妹がキンカン煮をくれた。帰ると次女から留守電が入っていた。電話をすると一週間のハワイ研修が楽しかったのだろう声が弾んでいた。明日土産を持ってくるそうだ(^_^;
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| 2008年2月20日(水) |
| 猫の会議 |
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弟がパソコンを修理に出すというので市内のパソコンショップへ10時過ぎに出掛けた。σ(^^)のパソコンは自作だが弟のはメーカー製で掛かりの人は中を調べるでもなくメーカーへ送ると話した。期間は3週間費用は7〜10万程度と言う事で弟が迷っていたので「俺のパソコンを年度末まで使えその後で、修理をするなり新しく買うなりせよ」と言って持って帰りプリンターの設定をして帰った。メーカー製は保証期間を過ぎたらトラブルが起きた時金がかかるなと思った。自作ならパソコンショップの掛かりの人も自分達で調べれば原因が分かり新しく部品を取り替えれば済む事だ。
夜7時から環境を守る会の役員会に出掛けた。σ(^^)は役員ではないから末席に座った。19年度初めに公民館と守る会はお互いに協力し合って行こうと言うことだった。守る会の代表が館長の頭越しに公民館の班長達を使う。守る会には役員がいるのだからそれらでやってくれと班長達から声が出ている様だった。その事を最後にニヤーゴ、ニャーゴと話し合っていた。σ(^^)も発言した「班長達が大変だという事だったが私は班長の何十倍も大変だった。この一年間の行事は殆どボランティアとして声がかかり家での写真整理も大変だった。ボランティアでなく来年度は役員達でやって貰いたい。」たったそれだけ言うのに興奮して早口になり声は大きなって皆が笑っていた。「考えます」という返事だった。私が帰ってから役員で話が弾んだだろうと思って帰った。
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| 2008年2月18日(月) |
| 幸せなひととき |
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10時頃コーヒーを入れ日差しの良いパソコンの部屋に座り込み新聞を広げる。パソコンはネットにつなぎスピーカーから海外のラジオ音楽が流れる。最高に幸せを感じる時だ。コーヒーの良い香りが頭のシンまで届きそう未だ老眼鏡は必要でないから新聞を読むのに不自由はない。ラジオ音楽に時々コマーシャルが入るが英語で分からないから気にならない。日本語なら聴こうと思わなくても耳に入るから障りになる。そんな幸せなひとときに館長をしている弟がパソコンの調子が悪いと言ってきた。行ってみると総会の書類作りをしていた様だ。暫く見ていたが悪い様にはなかったので帰った。
また、来て(?_?)「兄ちゃん、駄目だ、突然切れる」修理をどうのこうのと言うので「俺のパソコンで早く書類を作ってしまえ、その後に修理に出せ」と話して予備のパソコンを使わせた。その間にジャガイモを植えた。午後書類が出来上がり印刷を始めるとインク切れをおこした。午後のウォーキングは休んでナフコへ走った。
夕方環境を守る会の代表が来て20日会計監査と役員会をすると言って来た。σ(^^)は役員でもなくただのボランティアなのだ。この一年初めの話とは違ってボランティアの出動要請が余りに多く家でも写真整理、ファイル作りと勉強にはなったがもう嫌になった(^_^;&代表からあれこれ指図される事にこの歳では抵抗があり気が進まなくなった。
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| 2008年2月17日(日) |
| 冬らしい日々 |
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ここ2,3日冬らしい日が続き毎朝外は霜で真っ白になっている。畑仕事として種ジャガイモも買ってきて畝も作り植えるばかりにしているのだがこの寒の戻りで植える気が起きない。2時過ぎウォーキングに出ると弟のウォーキングとかち合った。一緒に歩き話ながら前の山へ登った。駐車場にガードマンがいて車の整理をしていた。何事があるのか訊いたら剣道大会だと教えてくれた。近くで何かの催しがあっても自分に興味も関係もなければこんなもんかなと眺めて通った。いつもは何を考えて歩いているのか話が弾みペースも上がり少し早めに帰った。今夜も冷え込みそうだ。
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| 2008年2月14日(木) |
| 今頃の気候は |
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2月も半ばになった。未だ朝晩は冷え込んでいるが日中は体が重くならない程度の厚着をして長靴を履き手袋をして畑仕事をすると気持ちがよい。梅雨、真夏の蒸し暑さ、雑草、虫などを思うと今の方がづーっと気分良く外の仕事が出来る。今日も10時頃から畑に出て少し伸びてきた草を取っていた。昨年は台風の影響もなく柿は枝が折れる程になり収穫した。今年はならないだろうと思って密集している枝を鋸で切り落とした。午後のウォーキングは休んだ。今の所体調も気分も良い風邪を引かない様にしてこの冬を乗り越えればもうすぐ春が来る
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| 2008年2月12日(火) |
| 月知梅−2 |
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7時過ぎに起きた昨夜の雨は上がり青空が広がってきた。11時過ぎにカメラの用意をして出掛け図書館の本を返却ポストへ入れ郵便局に寄り月知梅へ行った。外回りは満開で手で触れれば花びらが落ちた。年取った親子連れを何組か目にした親が喜ぶ顔を見て満足して帰る様だった。いつもここに来ると思う。狭い梅園に接続して立派な共同墓地がある。墓地は昔からあった。新しく共同墓地を作る時に移転させる考えはなかったのだろうか。梅を眺めて歩く時墓地の中を歩かなければならない。ブロック塀と墓石の間は人とすれ違う事もできない周りは道路になっている。国指定重要文化財が泣いている。地区の人達は仏様にも見せたいと心優しい人達かも知れない。
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| 2008年2月11日(月) |
| 年度末も近づいて・・ |
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朝からドンヨリとして寒い日だった夕方には雨になった。前読者が一月余り占有した図書館の本を読んでいた面白く一気に読み終えた。昼過ぎ環境を守る会の代表が来て(今夜の会議には)夕食は食べないで来てくれと伝えてきた。次女が帰ってくると話していたが2時を過ぎても帰ってこないのでウォーキングに出た。歩き始めると家の中とは違って温かく汗が流れた。4時過ぎに帰り風呂に入ると次女から電話が来た。帰ってきたけどいなかった今から来ても良いかと話したら6時半から集まりがあると話すとそれまでには帰るから今から来ると話して来た。来週ハワイ研修に行く初めての海外旅行で聞きたいこともあるようだった。長女や私のスーツケースを見ていたが新しく買えと話すとそうだねと話て未だ日にちがあるから来ると言って帰った。今夜の会議は監査・総会前の準備と来年度の予定の話しだった。ファイルとCD(写真とファイルをコピーして入れた)を提出した。コスモスの評判が良かった一年目にしては成功だったと機嫌が良くσ(^^)の手当も弾んで貰った。来年度もやってくれと頼まれたやらなければならないだろう。9時過ぎに帰った。
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| 2008年2月10日(日) |
| 親子似 |
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σ(^^)の次女は母親似で「誰が見てもXXXさんの子と間違う者はいない」と笑わせるのがいた。元同僚Wにそっくりの男をNHKニュースのレポーターとして時々見かける。今夜のニュースにも出た。Wは旧字で名は一字貰い受けていた。NHKの教育で話し方は穏やかだが声はそっくりである。Wは鼻ヒゲを生やし頭脳明晰でσ(^^)は全てに彼を頼りにしていた。当時彼には小学生の女と男の子がいて子供達の将来の事など話していた。奥さんは学校の先生だった。Wを見る思いがして彼の子に間違いはないと思う。1年足らずの付き合いだったがその後の付き合いは何もない。メリークリスマスに書いた男である。
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| 2008年2月9日(土) |
| 月知梅−1 |
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朝の内は小雨が降りその後ドンヨリとした空模様だった。昼のニュースで大阪は雪だと放送していたので夕方長女に電話した「仕事の帰りはオートバイを押して帰った。宮崎は良いね」と話していた。午後のウォーキングは月知梅の梅の状態を見に行こうとデジカメを出したら長く使ってなかったからバッテリーが上がり予備も同じだったので充電してそのままヘッドホーンをかけて出掛けた。歩いて30分余りで着く見物;人は少なく外回りは八分咲き中の方は未だ蕾だった。連休明けに一眼レフで撮ろうと見て帰った。寒い夜は鍋物を食べ本を読んでいた夜中から可成り冷え込んだ。
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| 2008年2月8日(金) |
| 風邪流行中 |
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4週間ごとに持病の病院へ行く日だったから9時前に出掛けた。問診の時風邪が流行っていますからとマスクを渡してかけて下さいと言われた。出掛けた序でに点滴をして貰って昼前に帰った。昼ご飯の後窓際で新聞を広げていると宅急便が広辞苑第六版を届けてくれた。2時過ぎウォーキングに出た確り2時間歩き帰ると市立図書館から予約本が届いたと知らせてくれたので受け取りに行った。顔見知りの受付の人が良く本を読まれるんですねと話しかけたから1月6日に一番で予約を入れて今です私の後に8人いるから早く読まなければと話して借りて帰った。7時のニュースの後9時頃まで借りてきた「償い」を読みその後ATOK 2008、広辞苑第六版をインストールして遊んで11時過ぎに寝た。
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| 2008年2月5日(火) |
| 悩みはありませんか(^_^; |
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朝7時前に起きた。夜中からの冷え込みは厳しく霜と霜柱で白くなっていた。ダウンロードしたソフトをDVDに焼きラベル印刷をやっていると11時頃玄関のチャイムが鳴った。出ると中年の女と若い女が立っていた。
「悩みはありませんか?H公園の階段の登り口の所に悩みを聞いてもらえる所があります」と中年の女が言った「人は誰でも悩みはありますよ。この歳になって悩みがあります聞いて下さいと言ってどうなりますか。成るようにしか成らない。好きな事を毎日やっています」と話すと「毎日充実していますか。何をやっていますか。家の外には出ないのですか?」・・・等尋ねた。適当にあしらって相手をしていると4,5分して「悩み事を聞いてもらい時は思い出して下さい」と言って帰って行った。何か宗教の勧誘のようだった。要らんお世話だ。
夜、(好き嫌いが無く何でも食べ、食べ方までσ(^^)に似ているという)長女に電話した。近くのスーパーの事が新聞に載っていたが「毒餃子」は食べはせんだろうなと話すと「そんなの食べて無い」と大笑いしていた。昼間の事を話すと「そうよ、そうよ、お父さんの言う通りよ。そんなの相手にしなさんな」と話していた。
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| 2008年2月4日(月) |
| 立春 |
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朝夕未だ寒いがきょうは立春。前の山でウォーキングの時目にしていた山桜を10時過ぎ撮りに車で登った。人気がないと思っているとグランドゴルフ大会をやっていて賑わっていた。昼間は日差しの温もりを感じて窓際で本や新聞を広げていると眠気を起こす。2時半過ぎウォーキングに出掛けた。出掛ける時は温かいが2時間近く歩いて帰る頃になると手が痺れるような寒さになる。一日の内でも気温の変化が大きい。こんな時に風邪を引くのではないかと思う。帰ると時間など気にせず風呂に入る。昨年は風邪を引いて泣いた(^_^;
この冬は元気だ油断しないよう厳重注意!!
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| 2008年2月1日(金) |
| 間違い電話(^_^; |
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今朝の冷え込みは厳しいかった。外は0℃位になっていたのではないだろうか台所で6.1℃だった。玄関に置いている電話冬は寒いのでテレビの部屋へ替える事にして10時頃から天井裏に上がった。何回も上がったり降りたりしていると汗ばんできた。移動が終わり手始めに図書館へ電話した。登録番号を確認後「1月6日に1番で予約した本はどうなっているのでしょうか」と訊くと「貸し出しも予約もありません」と言う返事「今、パソコンで図書館のホームページを見ていますが表示されていますよ」と話すと何処で予約されましたか、本の題名、予約日など訊き色々と調べてくれた。「県立図書館では・・」と話されるのを聞き(あー、間違った市立だったと気が付き歳のせいにして)丁重に謝った。感じの良い優しい娘さんだった。次に間違えないよう市立図書館へ電話した。23日返却の催促を入れましたが未だ返却されません。もう一度入れますと話してくれた。私の後に7人待っておられるのだが・・・この娘さんも親切で優しかった。
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| 2008年1月31日(木) |
| 桜 |
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朝の内は寒かったが10時頃には寒くもなく畑の整理をした。食べきらない赤カブ、剪定した木の枝等畑に大きな穴を掘り埋め込んでいると賑やかに小学生が2人の先生に引率されてやって来た。スケッチの道具を下げていたから鴨池の写生だろうと眺めていた。昼からCD/DVDダイレクト印刷マニュアルをコピーして3時前ウォーキングに出た。前の山に登った。2人の男の人が高枝切りで桜の枝を切っていて側でウォーキング中のM先生が眺めておられた。挨拶して話すと病気になっている枝の剪定だった。我が家にも以前父が植えてくれた桜が綺麗に咲いていたが大きくなると電線に接触するようになり九電に電話して剪枝して貰った。その後病気が入り咲かなくなった。その事を訊いてみるともう一人の人が切り口に刷毛で薬を付けていた。咲かない桜はその後切ってしまった。家の周りに桜を植えるのならどんなに大きくなってもじゃますものがない所に植えたい。一月も今日までになった。
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| 2008年1月29日(火) |
| 寒い日は・・ |
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昨日は雨が降って寒く今日はドンヨリとして寒かった。家の中で過ごした。こんな日には本が読みたい。6日図書館の貸し出し中の本に予約を入れた1番だった。未だ返却されないようで連絡がない。単行本を2週間で読み終えずどんな読み方をしているのだろうかと思う。遅読はまあいいか。書き込んだりカラーペンで線を引いたりひどいのになると切り抜きをするのもいると言うから・・積ん読しないで早く読んで下さい。リナックスのフリーソフトをダウンロードして遊んでいた。
夕方環境を守る会の代表が来た間もなく監査がある記録を用意して置いてくれと言ったから書類は出来ている一年間の写真と書類は前日にCD-Rに焼き付けて出すと話した。園芸ハウスをやっている男でどうかと訊くと油は20円上がったが暖かかったから消費が少なかった品物は変わらないから同じだと話し今日は寒いからもうボイラーが回っていると言って帰って行った。早めに風呂に入った。
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| 2008年1月27日(日) |
| 寒肥 |
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昨日のようにドンヨリとした天気だったが10時頃から外に出て庭仕事をした。風が無く寒くは感じなかった。庭木、紫陽花などに寒肥を施して昼過ぎまで草を取っていた。昼ご飯の後新聞を読んでいると先日結婚式を挙げた弟夫婦と姪が来た。新婚旅行は京都へ行ってきたと話し写真を誉めてくれた。σ(^^)誉められるとのぼせるたちで「ぶっつけ本番だったから気に入らなければもう一回式をやって貰おうと思っていた」と話すと「イヤー」と笑っていた。帰る時、姪に「お里に帰らせて貰いますと言って帰って来ても伯父さんの家の前を通らせんよ」と話すと大笑いして帰って行った。3時ウォーキングに出た。
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| 2008年1月26日(土) |
| 寒い一日 |
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ドンヨリとして寒い日だった。7時半過ぎに起き新聞を読みパソコンで遊び遅い朝食を取った後、畑に行き大根を2本採ってきて輪切りにして米のとぎ汁でアク抜き後、調味料、わかめ、醤油を入れて置いた。食べる前にストーブの上に置き野菜、白身の魚、鶏肉など入れて食べる昼にはうどんを入れた。寒い時にはこれだけでσ(^^)はOK。リナックスの3.58GBのソフトをダウンロードした。以前なら上手くいっても1日位はかかりそうだったが光にしてから30分以内で済むようになった。それをDVD-Rにイメージファイルで焼き付けてリナックス用のハードディスクに取り替えインストールして遊んでいた。本気で利用すれば無限に広がる利用価値がありそうだが今の
σ(^^)は入り口の所で遊んでいるだけで満足している。寒かったので家の中で過ごしウォーキングも休んだ。
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| 2008年1月25日(金) |
| 広辞苑第六版 |
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この冬一番の冷え込みのような気がした。7時半過ぎに起き新聞を取りに出ると畑に10センチ余りの霜柱が立っていた。風がなかったから日中は温かくなり寝具類を干し築山の草を取っていた。この頃物忘れが激しくなった。今何をしようとしていたのかなと考える直す事がある。そんなσ(^^)に必要でないかも知れないが新しい物が出ると欲しくなる。10年ぶりに広辞苑第六版が1月
11日に発売された。JUST システムから2月8日発売ATOK 2008 for Windows [広辞苑第六版セット] の予約案内が来た。日本語入力システムはATOK 2007広辞苑第五版セットを使っている。日本語の意味を調べるのに便利で調べたい言葉を入力・変換して[End]キーを押すと広辞苑の電子辞典の内容が表示される。今ので不自由はしないのだがまた新しいのが欲しくなった。
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| 2008年1月24日(木) |
| むごい |
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一週間程前大阪の守口市で強盗が押し入り若い母親は粘着テープで冷蔵庫に縛られ生後間もない赤ちゃんは口元にテープを貼られ死亡した事件があった。殺された乳児の母親が「子どものところ行きたい」のメモを残して歩道橋から飛び降り死亡したという新聞の記事を読み思わず身震いがした。目の前で自分の身を分けた赤ちゃんが殺され心身ともに喪失の状態だったはずだ周りの人達は気を付けてあげなかったのだろうか。たった22歳の母親をむざむざ死なせてしまった。強盗殺人犯は早く捕まえなければならないが捕まえても亡くなった命がかえる訳でもなくこんな事件を知る度にやりきれない気持ちになる。東日本は吹雪で大荒れの天気だった。南国宮崎の良さを思って2時半過ぎウォーキングに出た。2,30分も歩くと汗ばみ2時間近く歩いて帰り風邪を引かないよう直ぐ風呂に入った。今夜は冷え込みそうだから温かくして9時過ぎに寝た。
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| 2008年1月23日(水) |
| 久し振りに会う |
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昨日姪の結婚式の写真を2Lサイズに25枚印刷して全写真55枚はCD-Rに2枚焼き付けして弟に渡した。10時過ぎ環境を守る会の写真を縮小して整理していたら電話が鳴った。休眠中のパソボラ仲間のkeiko-3yさんからだった。私の町で催しがあり早く済んだと話されたから家にお誘いした。昨年定年退職されそれ以前にお会いして以来だった。昨年滑って左足を骨折したと話されたが溌溂とされ元気そのものだった。重責を全うされての退職だったと思う今の心境が分かるような気がした。
帰られる時門松を見て興味を持たれたようだった。
この頃天候が悪く(天気のせい?)ウォーキングを休んでいたが2時過ぎ寒く無いようにして出た。手袋をしてなかったが以前のように痺れるような冷たさはなかった。道路端の梅も咲き始め春が近づいてくるのが分かる。帰ると直ぐに風呂に入った。気分良し!
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| 2008年1月20日(日) |
| 小雨 |
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昨夜結婚式から帰るバスの中で弟が自宅に一席設けているからと誘ってくれたが発作の前兆を感じたので断った。帰るとMさんと娘に電話をした。ステロイド錠を飲んで寝たがなかなか寝付けなかった。今朝は10時に起きた。小雨が降っていた。1時過ぎ本を読んでいたら弟夫婦が「息子を送って行った」と言って来た。「(娘の結婚式の事などで)良く眠れなかっただろう」と話すと夜中に目が覚めると色々と考えて眠れなかったと義妹が話した。カメラをパソコンにつなぎモニターで結婚式の写真を3人で見たもうそれで義妹は思い出したのか涙ぐんでいた。照明ライトを受けている写真は良かったが失敗作もあった。プリントしてCDRに焼き付けして渡すと話した。
コーヒーを飲みながら結婚式の事を話し帰って行った。小雨は降り止まず寒かった。
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| 2008年1月19日(土) |
| 大安吉日 |
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姪の結婚式でσ(^^)兄弟7人と連れが揃った。1時過ぎマイクロバスで駅近くの結婚式場へ行った。神前式での式が終わり披露宴になり暫くすると若い男がσ(^^)の名前を確認してMですと挨拶をした。「父が新婦の住所と姓からσ(^^)の名前を教えて伯父(叔父)さんか親戚で出席されているかも知れないと教えてくれた」と話した。
一昨年手術をした時、同日に入院手術をして2週間隣ベッドで過ごしたMさんの次男だった。三男は未だ高校生で学校帰りに寄り話して帰っていた優しい息子さんだった。次男は記憶になかったから尋ねると都城ですから一回行きましたと話した。新郎友人代表で感じの良い立派な青年だった。後から妹がσ(^^)に挨拶するのを見て確りした親の息子さんだねと誉めていた。ビックリしたが狭い世間何処でつながっているのか知れないと思った。写真を頼まれ撮った綺麗に撮れていた。
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| 2008年1月18日(金) |
| 立ち話 |
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昨年貰った姪の結婚式案内状大分先だと思っていたが明日になった。昼前散髪に行ってきた。午後、日向で「キリストの棺」を読み2時過ぎウォーキングに出掛けた。寒くはなかった。前の山に登った。帰りの坂道で昨年夏以前にあった次女が小学生の時にお世話になった塾のM先生に会った。久し振りで顔を忘れる所だった。先生から先に声を掛けて下さった。
「昨日、綾の本物センターに水汲みに行く時お宅の前を通りました。立派な門松に大きなハボタンが綺麗でした。門松は立てられなかったのですか」と訊かれた(始めからハボタンだけと思われていたようだ)松のない門松を立てましたその後に残りのハボタンを植えましたと話した。分かられたかどうか。娘達の事、ご主人が健診で病気が見つかり早期治療で良くなったと話されたから「一緒に歩かれないのですか」と訊くと「主人は年下で未だ60歳定年前で働いている」と話された。可成り年下のご主人のようだ。長い立ち話になった。M先生は元気そのもの顔も艶々として元気はつらつとしておられる。ご主人は60歳定年で辞めたいらしいが嘱託として65歳まではと話していると笑って話された。帰りながら「男はつらいな」と思った。
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| 2008年1月14日(月) |
| ものは相談 |
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炊飯器のスイッチを忘れ朝ご飯は餅を焼いて食べた。昼前弟夫婦が来て週末の娘の結婚式の事など話して昼前帰った。1時過ぎ娘が帰って来た。テレビを観ながら正月の話をした。食べるばかりにして持たせて帰らせた伊勢エビは一匹は長女に渡す物と思っていたら2匹食べた美味しかったと笑っていた。来月研修でハワイに行くので5年物のパスポートを作ったと話て正月にMDに録音したが車で音が出なかった。どうしても車で聞きたいと言うからミニコンポで再生するとOK、σ(^^)のMDを車で再生するとOK。二人で考えたMDをテープに録音してテープからσ(^^)のMDに録音したらどうだろうかとやってみた。時間はかかったが車で再生するとOK。「分からない事はお父さんに相談すと良いね」と持ち上げて薄暗くなる頃大喜びして帰って行った。
夜8時半過ぎ先月中頃書店に予約していた「キリストの棺」が入りましたと電話で知らせてきた。受取に行こうかなと思ったが明日にした。
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| 2008年1月13日(日) |
| 全国都道府県対抗女子駅伝 |
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寒くはなかったが昨日のような暖かさは無かった。CD/DVD書き込みソフトWinCDR9をダウンロードしてバージョンアップした。ヘルプよりマニュアルを印刷した。残り14,5枚の所でコピー用紙が切れそのままにして町まで買いに行き終わらせた。
昼から全国都道府県対抗女子駅伝を観た。宮崎は素晴らしい活躍で4位だった( ^_^)/□☆□\(^_^ )
三重県がアンカーにオリンピックマラソン金メダリスト野口みずきを出した。ごぼう抜きする所を見せていたが何か白々しい気分がした。オリンピックや国際競技に出られる実力のある者は遠慮して貰ってこれから伸びて行く選手の登竜門にしたい(^_^;
午後のウォーキングは止めて門松の飾り物を片付け跡にハボタンを3本ずつ植え間に水仙を植えた。ハボタンが花になる頃までそのままにしておこう。
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| 2008年1月12日(土) |
| ファイル復元ソフト |
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昨日病院から帰ると「窓の杜」にあったファイル復元ソフト「Glary Undelete」をダウンロードして遊んだ。今まで削除した無数のファイルが検索すると出て来て復元することが出来た。考えてみると恐ろしいことである。パソコンが不要になったからと言って何気なしに処分するとこんなソフトがあるから削除したソフトが公に出て社会問題になる。ファイル交換ソフト「Winny」はウイルスにより情報が出るので別問題だがバソコンを処分する時はハードディスク(HD)を壊してから処分せよという警告が良く分かった。昨日はドンヨリとして時々小雨が降り寒かったが今日は1月の気温としては観測以来だという暖かさだった。2時過ぎ長袖のポロシャツでウォーキングに出た。
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| 2008年1月11日(金) |
| 初笑い |
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毎朝大根を摺り削り節をかけて食べる。正月を過ぎたばかりというのに芯にウトが出来た。普通なら2月になってからだが昨日切り干し大根を作った。暖冬か温暖化か知らないが沖縄県石垣島では5日連続の夏日だと言う。冬は灯油が上がっても寒い寒いと言って春を迎えたい。春先に病害虫が発生しないかと気にかかる。
朝から雨になった。4週間ぶりに持病の病院へ行った。会計で小銭を出したら「あぁ、助かります。○○さんは素晴らしいです」と言ったから可笑しくなり笑いながら「おじさんをもどかな」と言うとみんな笑っていた。思い出すと一日中おかしかった。
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| 2008年1月9日(水) |
| ジャガイモ収穫 |
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9月中頃に植えたジャガイモは全部腐りその後に10月を過ぎてから親指先位の春ジャガイモの残り物を試しに植えて置いた。大きくなり葉っぱも茂ったが植えるのが遅かったから後は初霜までの勝負になった。暖かい4月頃の陽気になり長袖シャツになり昼前ジャガイモを掘った。1本に卵大の大きさのが2,3個付き思わぬ収穫だった。昼から大根、ラッキョウ周りの草を取り大きな穴を掘り投げ込んで踏み締めておいた。夕方には冷え込んできて上着を着たが少しずつ日が長くなって行くのを感じた。
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| 2008年1月8日(火) |
| 明日の記憶 |
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昨年から読み続けていた2冊を読み終えた。「おひとりさまの老後」は気楽になり元気づけられ図書館へ返却した。「明日への記憶」は昨夜終わった。夜7時のニュースの後は観たいテレビもなかったから読み始めた。最後の50ページ程は止められなくなり一気に読み上げた。映画・テレビで好評を得たそうだが知らなかった。話は広告代理店営業部長が50歳で若年性アルツハイマーと診断されてから始まり彼の一人称で書かれているから次はどうなるのだろうかと読み進める迫力があった。症状が進み現実と幻影と記憶が混じる。大学生の時今は亡き友人と行った山奥へ陶芸師匠好物の一升瓶の酒を下げて行く・・・帰り道で吊り橋の所に迎えに来た奥さんに会う。素敵な女性だった。女性は私の顔を見つめてくる。彼女に声をかけた「こんにちは、夕日きれいですね」私は女性に微笑みかけた。・・・吊り橋を渡りはじめると彼女も歩き出した。ひとりぼっちで誰かを待っていて心細かったのだろう・・・彼女の横顔が泣いているように見えた。「心配しないで。だいじょうぶですよ。この道で間違いない。僕がずっと一緒にいきますから」夕日は刻々と色を変える。・・・・・。今年初めて感動した一冊だった。
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| 2008年1月6日(日) |
| 私の読書 |
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図書館から借りて読む事が多くなった。以前は新聞などの書評から月に1,2冊買い読み終わると読書好きな長女へ送っていた。正月にそれらの本を持って帰ってきた。今は読まなくなったが以前新田次郎の山岳小説が好きで良く読み奥さんの藤原ていの小説「流れる星は生きている」も読んで長女に送った。3人の子供を女手一つで旧満州から内地に連れて帰るまでの話だった。子供の次男藤原正彦は理学博士になりお茶の水女子大学教授で「国家の品格」などで知られている。彼の本を読むと「流れる星は・・・」で背中で動きもしない死んでいるかもと思っていた女の子はどうなっだのだろうかと思っていた。長女が持って帰った本の中に「父への恋文 新田次郎の娘に生まれて 藤原咲子」と言う本があった。読んだ記憶がなかった。扉を開けて思い出した。σ(^^)の読書ってこの程度ものもだったのだ。
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| 2008年1月4日(金) |
| 父の命日 |
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7時過ぎに起きた。外は霜で真っ白になっていてこの冬一番の冷え込みのようだった。昼前、出掛けて図書館の本を返却ポストに入れ少し買い物をして郵便局で年賀状を投函して帰った。今日は父の命日で兄の家に行った。仏前で「般若心経」を唱え兄と雑談していると妹達が帰ってきた。夕方まで大いに笑って過ごした。正月も終わった。良い正月だった。
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| 2008年1月3日(木) |
| 正月三が日 |
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大晦日恒例のNHK紅白を娘達と始めから終わりまで観て2007年は終わった。こんな事は何時以来だろうか娘達が小さかった頃にもなかった事だった。正月は6時半頃起きて用意していたカメラを車に積み天ヶ城へ初日の出を撮りに出掛けた。寒かった。初日を拝む人達が可成り来ていた。新年は娘達と迎えた。次女が「お父さん、正月は何もせんでも良いよ。私が全部用意するから・・」と言ってくれたから嬉しくなり今年は思い切りお年玉を弾み二人に渡した。すると「お父さん、お節の代金を貰いたいんだけど・・」と言うので新年早々早まったかなと頭を横切ったが何食わぬ顔をして渡した(^_^;
11時過ぎ次女が長女を空港まで送ると言って帰って行った。長女「てげお年玉、はいっちょってびっくりした〜ありがとう(^з^)-☆Chu!!」
次女「お年玉ありがとう☆いっぱい入ってました♪大事にします!」
2日は年賀状を作り投函してから兄の家に行った。兄弟達が子孫繁栄とばかりに子、孫達を連れてきていた。負けたような気もしたが賑やかに過ごして帰った。
3日午後寒くないようにしてウォーキングに出た。たこ揚げしている家族を2,3見た。
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| 2007年12月28日(金) |
| 門松作り |
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7時半過ぎに起きた。小雨模様の天気だった。今日は28日8(八)は末広がりで正月の飾り付けには良い日だという。9時過ぎから<門松作り>を始めた。昨年初めて作り2回目で準備をしていたから立てるだけだった。直径10センチ位の竹を80,70,60センチに切り先を斜めに切り針金で縛った上に荒縄で7周巻き男結びで縛っておいた3本を直径50センチ高さ40センチに編んだ竹の輪の中に立て砂を入れ固定し竹の輪には上の方から荒縄で5周、3周巻いた(7,5,3)その中に紫、白のハボタンを2本ずつ植え竹筒を立て南天、万両、梅を挿した。松がなかったのでそのままにしておいた。次に<しめ縄作り>はワラを木槌で叩き柔らかくし左撚りでないその間に左撚りを一本添え3本にして中央付近に垂れを3本下げスーパーへ行きユズリハ、裏白(ウラジロ)、ミカンを買いしめ縄に縛り付けて玄関に飾った(しめ縄の根本の方を南か東に向ける)。Eさんが正月に飾る松は人の山に取りに行っても泥棒(^_^;ではないと話していたがこの頃の山には松など見かけない。さてどうするか?
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| 2007年12月25日(火) |
| メリークリスマス |
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20年以上前ビートたけしが出た「戦場のメリークリスマス」と言う映画が評判になった。その後の事ではあるが可成り古い話になる。ニュージーランドでマトン(羊の肉)を積み南米ペルーのカヤオに行った。盗み、ひったくり、たかりと最悪の治安状態の所だった。揚げ荷ははかどらずクリスマスを迎えた。夜2人で街に出た。暗い道路脇には今にもひったくりをやりそうなのが並んでいた。連れは私をかばうようにして歩いてくれた。粗末なバーが並んでいた。警護が頼りになったから飲み出すと緊張も取れハシゴして歩いた。夜10時以降は「外出禁止令」が出ていたからその前に何事もなく帰った。その後連れが話した。何処何処のバーのマダムが「この前の男σ(^^)は何者か私は若い時からバーで働いて何十年にもなるが「メリークリスマス」と言われたのは初めてだった又連れてきてくれ」と言われたと話した。σ(^^)はそれしか言葉を知らなかったからバーに入るとだれかれ無しに連発していたが何程の意味があるのか今でも知らない。
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| 2007年12月24日(月) |
| クリスマスイブ |
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10時過ぎ隣町の図書館へ出掛けた。受付で話すと中にいた人が書架まで案内して本を取ってくれ「テレビを観られたのですか?」と話したから「はい、テレビを観て読みたくなりました」「私も観ました・・・・」と話して「おひとりさまの老後」を借りて帰った。なあーんだ、みんな最後はひとりじゃないの結婚してもしなくても、みんな最後はひとりになる・・で始まり読み出した。昼ご飯の後も読んでいた。2時過ぎウォーキングに出ようと着替えたがふと気が変わり着直していたら次女が帰って来た。戸を開けその事を話したら「気心が通じたんよ」と笑っていた。娘は年賀状を作り始めた。3時過ぎコーヒーを入れると美味しいねと自分でお代わりして話し始めた。「この前、お父さんの事を占って貰った」「変な宗教じゃないのか」「占いだけよ。お父さんは大変な苦労をしてきた。2,3年前身内を亡くしたがこれから良くなり長生きしそうよ」と話したから自分の事を訊くと「私はもっと明るくしなさい。良い事があるからと言われた。職場でも余り笑顔を見せないからね」と話し年賀状を作り始めた。お節は私が持ってくるから何も用意はしなくても良いよ。お姉ちゃんが布団を干しておいてと言ってたよと話し薄暗くなった5時過ぎ帰って行った。夜遅くまで本を読み寝た。
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| 2007年12月23日(日) |
| おひとりさまの老後 |
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雨上がり晴れてきたが外に出る気がせず本を読んでいた。昼前後は全国高校駅伝を観ていた。宮崎小林女子は一区を走ったような選手がもう一人が二人いれば上位に食い込めたのになあと少し残念だったがよく頑張った。2,3日前夜何気なくテレビを点けたら「おひとりさまの老後 上野千鶴子著」の話をしていた。読んでみようとメモしてネットで調べると品切れのようだった。午後2時半過ぎウォーキングに出て帰って風呂に入る前に県立図書館で検索した。隣町の図書館に「おひとりさまの老後」はあった。電話すると貸し出し中でない本は予約出来ませんと話したから明日借りに行くと話して風呂に入った。今読んでいる本も面白く読み応えがある。夜はテレビで見たいものもなく本を読んでいた。年末年始は何もせず読書かなと思って寝た。
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| 2007年12月22日(土) |
| 冬至 |
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7時過ぎ起きると雨が降っていた。夜可成り降ったのだろう芝生に水たまりが出来ていた。6日にテレビで終了した「風の果て」を図書館から借りた本で読んでいた。内容は分かっていても本で読むとテレビとはまた違って面白いがこの歳になると小さな字を追っかけるのに疲れる。10時過ぎ弟が来て「今日は冬至だよ」と言ってユズをくれた。11時過ぎA君夫妻が来た。久し振りだった。昼過ぎまで話して帰った。午後も本を読んでいた。雨は止んだがウォーキングは止めて早めにユズ風呂に入った。風邪を引かないように病気をしないようにと願った。
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| 2007年12月21日(金) |
| 今年も後10日に・・ |
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ドンヨリとして朝から寒い一日だった。昨日今年最後の粗大ゴミを出す日だったから兄を頼み裏の冷蔵庫は兄へ台をゴミとして出した。昼前裏を片付け凹みにセメントを流し込んだ。昼過ぎ市立図書館から予約していた本(藤沢周平全集第20巻)が入りました一週間以内に受け取ってくださいと電話連絡があった。雨の予報が出ていたので傘を持ち歩いて旧役場へ受取りに行った。帰りに年賀状を買うと間違わないようにして下さいとお釣りに2千円札を2枚くれた。何時見て以来だろうかと思った。ウォーキングは止め本を読んでいた。
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| 2007年12月20日(木) |
| 新入者(鯉) |
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この頃夜中から冷え込み朝方は寒さが厳しい。早く起きなければならない事もなく7時過ぎに起きている。暖かくなってから畑仕事をし昼前魚に餌を撒いていたら兄夫婦が来た。兄が「おゝ、貰ってきたぞ」と発泡スチロールの箱から一升瓶を抱くようにして大きな鯉を出した。義姉の姪の嫁ぎ先の親戚に鯉を飼っている所があり義姉さんは魚を捌くから赤鯉でなければどれでも良いから食べてくれと言ったから「弟が喜ぶから飼う」と話して帰ったそうだ。余りの大きさにビックリしたが2センチ程になったタナゴを食べやしないかと気になった。水温が16〜18度と一定していて魚は元気が良い。餌を撒く前に手を叩くと集まり口を開けて待っている。フナも直ぐ出て来て食べだした。2時過ぎウォーキングに出た。ヘッドホーンからの曲は「All the Seasons of George Winston」に替えた。
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| 2007年12月17日(月) |
| 都道府県別の平均寿命 |
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昼前門松の周りに入れる砂を川へ取りに行き帰りにスーパーに寄った。レジで見習いの女の子が真剣に品物をかごに入れていたがバーコードの無い生もので詰まり慌てて年配者を呼んだ。誰でも初心者の時にはこんな事が沢山ありその内慣れてきた時お客さんに対してどんな態度を取るだろうかと眺めていた。厚生労働省が都道府県別平均寿命の調査結果を発表した。宮崎県女子14位86.11 男子26位78.62という。σ(^^)カウントダウン10という事になる。この順位を見て年末京都で行われる全国都道府県高校駅伝の順位のように見えた。
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