甲子園物語

第2回は、村川貴信選手(関西)をテーマに書いていきます。

 村川選手は1年生から三塁手としてメンバー入り。1年の夏には吉年投手(現・広島)と共に甲子園出場。1回戦では難しいコースのボールをスクイズし、大活躍。
 2回戦は自らの失策もあり敗戦。しかし、まだまだ1年生。これからにつながる敗戦でもある。

 関西は、秋の中国大会で準優勝。選抜切符も勝ち取った。
 村川選手の選抜での成績は、4試合で17打数4安打3打点。打率はさほど高くはないが、大事なところでヒットが出たり、犠打をきちんと決めたりと、2番打者なりの仕事はしていた。そして、心配されたエラーもなく、順調な試合運びでベスト4入りに貢献していた。

 選抜から帰った直後左足の靭帯を痛めた。しかし脅威の回復力で克服し、すぐにチームへ戻ってきた。
 そして、夏の予選から打順は3番。2年生にして、強力打線の関西のクリーンアップに座る事となる。しかし、それでも臆することなく、持ち前の芸術的な流し打ちを遠慮なく決めていく。
 関西は準決勝こそ5点差をつけられる厳しい試合となったが、投打がかみ合って夏も甲子園行きを決めた。
 村川選手の県大会の成績は、17打数9安打、打率にして実に5割2分9厘。失策もあったが、それを補うだけの美技と打撃で切り抜けている。

 夏の甲子園はいきなり開幕試合、しかも相手は竹田監督の勇退が決まっている仙台育英。なかなか簡単には勝てない相手だ。
 案の定大接戦となる。予選で潰したマメが直りきっていない吉年投手は、制球に苦しみあっという間に先制点を取られてしまう。
 しかし、関西も負けてはいない。選抜で満塁ホームランを打った太田選手がヒットでチャンスを作ると、河月選手のゴロの間に走者は二塁へ。そして、村川選手に回ってきた。きれいな流し打ちで太田選手がかえり、反撃開始。
 両チームとも点を取り合い、7−6と関西のリードで9回表2死走者なし。ここで三遊間を越えるゴロを飛びついて止めたが、送球が高く逸れてピンチを招く。
 その結果、タイムリーを打たれ同点に追いつかれるが、先を焦った打者走者が三塁でアウト。
 その裏、関西は連続四球とバントで1死2・3塁から、江草選手のタイムリーでサヨナラ。苦しかったが、粘りが生んだサヨナラだ。

 2回戦の宮島工戦は、吉年投手が復調。打線も、全員安打で圧倒し11−0の勝利。
 3回戦は、大会屈指の左腕・星稜の山本投手と対戦。これまで2ケタ安打を見せていた関西打線が沈黙。9回も村川選手に打順が回ってきたが、この大会はじめての三振を喫してしまう。
 この敗戦後、村川選手は主将として新チームを引っ張っていく事となる。

 ところが、秋の県大会初戦敗退。自らホームランを打つが、守りの破綻から失点につながっていった。春の県大会も同じように敗戦。
 思うように勝てず、そして持病である疲労性の腰痛が出た。ナインをまとめなければ行けない立場でありながら、故障で思うように練習できない焦り。気持ちが空回りしていた。
 そして、とうとう主将の座をおろされた。背番号も、レギュラーナンバーを背負うことはなく『15』番。最後の最後でエリート選手が味わった屈辱。
 背番号は15番ではあったが4番に座り、全盛期の打撃を取り戻した。そして、甲子園には届かなかったが、初戦敗退を繰り返していたチームがベスト4にまで勝ち進んだ。

 最上級生になってから味わった挫折。それを乗り越えたエリート選手は、社会人野球の新鋭チーム・田村コピーに就職し、これから羽ばたこうとしている。