名鉄揖斐線・谷汲線・岐阜市内線のページ

<はじめに>

 このページは私が個人的に調査したものです。名古屋鉄道株式会社とは一切関係ありません。掲載情報の現場への問い合わせはご遠慮ください。また情報の正確性には十分注意していますが本ページの情報のために生じた損害の責は負いかねます。

 また、間違いなどを発見されましたら、お手数ですが、メールでお知らせください。

E-mail:vej07271@nifty.ne.jp

ご意見、ご感想などもお待ちしています。

 最終更新日 平成15年3月12日


北野畑駅 平成13年9月
谷汲線・揖斐線(黒野−本揖斐間)は平成13年9月30日をもって廃止となりました

・写真集(作成中)

・揖斐線NEWS!(最終更新日:平成11年10月6日)
 

・車両紹介 
・駅紹介

特集 さよなら2320形

 

名鉄揖斐線とは

 名鉄揖斐線は、岐阜市西部と北方町、真正町、大野町、揖斐川町を結ぶ18.3Kmの路線で、大正3年「岐北軽便鉄道」として誕生しました。途中の黒野駅では谷汲山華厳寺へ続く谷汲線と、忠節では名鉄新岐阜駅前を経てJR岐阜駅前へと続く岐阜市内線と接続しており、昭和42年12月からは岐阜市内線との直通運転を行っています。600V線区であることや、軌道線との直通、鉄橋の重量制限などのため旧型車が多く在籍しています。最近では近代化も進んできており、旧型車の行方が気になるところです。

名鉄谷汲線とは

 名鉄谷汲線は、谷汲山参拝客の足として大正15年に「谷汲鉄道」として誕生しました。山間を走るのどかな路線で、ローカル線ムードがあふれています。現在は、朝のラッシュ以外は毎時1本の運転で、おもに旧型車が1両で走っています。命日などには臨時列車が走りスタフの交換なども見られます。
 平成13年に廃止となりました

名鉄岐阜市内線とは

 岐阜市内線は、明治42年に岐阜駅前−今小町間が開業したのが始まりで、その後今小町−長良北町間や、支線として途中の徹明町から分岐して、徹明町−忠節間が開業していきました。しかし、昭和63年には徹明町−長良北町間が廃止になり、現在は岐阜駅前と忠節を結ぶ3.7Kmの路線になっています。最近では、揖斐線との直通運転により、北方方面に人々の重要な足となっています。
このページでは、これらの路線や車両の紹介を行っていきたいと思います。

ご感想は掲示板へどうぞ!!


to Home