ちょっと三国志


  厳顔(げんがん)
益州の牧「劉しょう」が「劉備」を迎え入れようとしているのを聞き、「虎を迎え入れるようなものだ」と諌めた。しかし、厳顔ほをはじめ、多くの家臣より諌められたのにもかかわらず、劉備を迎え入れた。迎え入れたものの、諌めつづける家臣に負け、劉備より食料と兵士の補給の要請があったとき、痩せ干せた食料と、老人兵を送ってしまい劉備との戦いになった。その時、劉備の義兄弟張飛とかなりの戦いの上敗れとらわれたが、劉備と対面するや劉備の人柄に惚れ、これからの蜀の国を思い、劉備の臣下に入った。その後、入蜀にあたり、巴西から次々と部下を説得し城を開城させた。劉備は、厳寒の功績を称え、黄金のよろいを与え、成都入りすると「前将軍」に任命した。劉備軍に加わってからの厳願は黄忠と「老将コンビ」を組み活躍した。60を越える年でありながら、なかなかの戦上手で、慎重に構えていると思いきや、機と見ると電光石火のごと軍勢を動かす戦い振りに「万夫不当の勇将」と呼ばれた。巴西の太守に任命されてからは、善政をしき民衆の支持を得ていた。黄忠同様、弓の腕は相当なものだったと言われている。