DR.DREは、1964年ロスアンジェルスのサウスセントラルの住宅プロジェクトで生まれ、母と祖母のもとで育つ。本名ANDRE
YOUNG。彼はバスケットボールを愛し、DR.Jに憧れた。彼のステージネームはそこから来ている。母親は音楽好きで、彼の才能はそれによるところも大きいだろう。
高校生時代に、彼はロスのクラブに出入りしながら、デモテープを作っていたが、やがてDREが17歳のときに、D.J.YELLA、CLI-N-TEL、GRANDMASTER
LONZなどの仲間が集まり、WORLD CLASS WRECKIN' CRUが結成される。1982年発表の「SURGERY」というシングルなどは、インディーズでありながら、5万枚を売り上げたほどの人気だった。余談だが、当時W.C.R.C.が所属していたレーベルには、TOO
SHORT、ICE-T、M.C.HAMMER、2 LIVE CREW、SIR MIX-A-LOTなどがいた。高校は1983年に卒業した。
アイドル気分だったDREだが、そのうち音楽的な方向性の違いから1984年にW.C.R.C.を離れる。そしてC.I.A.というグループでラッパーをしていた友人ICE
CUBEと活動しているうちに、薬の密売で荒稼ぎしていたEAZY-Eの誘いでN.W.Aに参加することとなる。1985年のことである。メンバーはEAZY-E、ICE-CUBE、M.C.REN、D.J.YELLAが中心だった。映画タイトルにもなった「BOYZ-N-THE
HOOD」はこの頃の作品である。
彼はグループの音作りに欠かせない存在となった。2ndリリース後にCUBEが脱退するが、それでもN.W.Aの勢いは止まらなかった。また、N.W.Aとしてだけでなく、MICHELE'LEやD.O.C.などのアルバムも手がけ、いずれもヒットさせる。