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吹上町 余裕教室 活用ものがたり
2002年7月14日 うちこし紀子


「空き教室はひとつもない」

 「少子化の時代」といわれるようになって久しい。たいていの町では子どもの数が減り、小中学校の教室が余るようになった。私の住む埼玉県吹上町もその例にもれず、小学校四校、中学校二校の児童数は、周辺に住宅の建ち始めた農村部の一小学校だけがいくぶん増加気味なほかは、減少傾向にある。

吹上町は、人口約二万八千。町の真ん中に高崎線の吹上駅があり、上野や池袋まで一時間の距離だ。ベッドタウンというにはやや東京から遠いが、もともとこの町の住民でない、いわゆる新住民が半数を占めている。中でも、昭和五十年代に建てられた約千世帯の団地には、当時子育て世代だった人がいっせいに引っ越してきたため、町はその地域に小学校を新設した。しかし、団地住民は年齢構成が似通っていることから、子どもたちはいっせいに成長し、独立し、残っているのは高齢者世帯ばかり、という状況になってきている。ピーク時には各学年四クラスあったその大芦小学校も、平成十五年度には全学年一クラスになる予定だ。

 最盛期が四クラスかける六学年で二十四クラス。来年からは一クラスかける六学年で六クラス。さて、ここで問題です。この小学校では、教室はどれだけ余るでしょうか。
 単純に考えれば、二十四ひく六で、答えは十八。しかし、徐々に教室が余ってくる中で、これまで町教育委員会では、学校にランチルームを作ったり、展示室を作ったり、それはそれは涙ぐましいほどの努力をして、教室を余らせないようにしてきた。なぜなら、教室が余っていると、空き教室を学校以外の用途に活用しなければならなくなるから。

「いいじゃないの。学校は住民みんなの財産なんだから、有効に使ったほうがいいに決まってるでしょう。テレビの金八先生の中学校でも老人の施設が入ってるし・・・」
というのは、一般市民の感覚。教育委員会の感覚は一般人とかなりずれている。何せ教育委員五人のうち三人が元校長先生で、平均年齢も高い。課長さん方も、なるべく面倒なことは避け、つつがなく定年を迎えたい、という体質。他の市町村ではどんどん学校の空き教室を転用しているというのに、「管理上の問題が発生する」「児童の気が散る」「交通量が増えるおそれがある」「不特定多数の人が出入りするのは危険」などの理由をつけて、これまで空き教室の開放に手をつけずにきた。
 「空き教室」といっても、世間が言うものと文部省の定義では、少し異なる。文部省初等中等教育局施設助成課のホームページから抜粋してみると、次のようになる。

  • 「余裕教室」・・・将来とも恒久的に余裕となると見込まれる普通教室
  • 「空き教室」・・・余裕教室のうち、将来計画がなく当該学校では不要になると見込まれている普通教室
  • 「一時的余裕教室」・・・将来の学級数の増加、学年ごとの学級数の変動その他の理由により、当面特定用途目的のスペースに改造せず留保している普通教室
普通教室
使用教室
        



一時的
余裕教室
        

余裕教室

空き教室

普通教室というのは、「○年○組の教室」という教室だから、子どもの数が減り、クラスが減れば当然余裕教室は増えてくる。文部省の調査では、平成五年から十二年の間に発生した余裕教室の九割以上が、さまざまな形で活用されており、転用事例集も配布されている。
また、公立小中学校は市区町村が国の補助金を使って設置し、その自治体の財産になっている。通常、国からの補助金で建てたハコモノは、本来の用途以外に使用すると、その補助金を返さなければならないのだが、学校についてはこの規制も緩和されている。したがって、余裕教室をどのように使うかは、それぞれの市町村に任されているのだ。逆に、空き教室を転用して余計な仕事を増やしたくない自治体は、「余裕教室はない」ことにする傾向がある。
わが吹上町も、長いこと「余裕教室はあるが、空き教室はひとつもない」と言い続けてきた。



七年間も「研究し」続けている教育委員会

 吹上町で、空き教室のことが最初に取り上げられたのは、一九九三年(平成五年)七月の町議会。「空き教室の利用について」という一般質問に対し、町教育委員会は「研究を進めている」と答弁している。会議録をもとに、やりとりの内容をまとめてみた。(以下、議事録部分はすべて打越による要約)
平成五年七月議会 加藤久子議員の一般質問より

 児童数が減少する中で、五年後の平成十年には全小中学校で合計四十三教室と、かなりの余裕教室が出てくる。大芦小では早々とランチルームをつくるとのことだが、文部省では空き教室を地域に積極的に開放する指針を、都道府県教育委員会に通知し、社会教育施設として予算面でも後押しすることになっている。このようなことからも、完全五日制と余裕教室の活用等を一緒に考えた長期計画を立てるべきだと思うが、どうか。

 まず子どもたちの教育の充実面から研究していきたい。生活科の教室、作品展示室、進路指導の資料室として活用しており、今後空き教室の増加状況によって、学校全体から教室配置等を見直し、将来の変化に対応できる方策を考えていきたい。
 生涯学習の一環としての余裕教室の利用についても、研究していかなければならないと考えている。経済的な面、学校教育の支障はないか、とさまざまな面から検討していかなければならないと考える。今後他市町村の状況等も踏まえながら、長期的視点に立って余裕教室の活用を考えていきたいと思う。


同議会  中野昭議員の一般質問より

 大芦小については、普通教室二十四のうち、十年後には十六教室、つまり三分の二が空き教室になってしまうという実態を考えた時に、通学区の見直しをどうするかということを、当然教委としては考えるべきでは。

 大芦小学校は依然として空き教室が多くなる傾向であるということなので、今後社会教育の方にどのように利用していくことがよいかの研究を今後どうしても進めていかなければいけない、現在研究を進めているところだ。



 議会の答弁というものは、イエス、ノーをはっきりさせず、「前向きに考えていく」「調査・研究していく」「今後検討していきたい」など、あいまいに逃げるのが常套手段だが、それにしても「研究を進めている」という答弁があったことは事実だ。ここから、いったいどのように研究したのだろう。

翌年以降も何人かの議員から、「高齢者福祉に」「生涯学習に」「地域のふれあいの場に」「文化活動を目的とした高齢者の施設として開放してはどうか」など、さまざまな実例まで挙げて「空き教室の利用を進めるべきではないか」と、再三町議会で一般質問があったのだが、教育委員会は「学校の教育活動がゆとりをもって実施できるよう児童生徒の学習活動の転用に努力し、その後社会教育施設を考える」という答弁を続けている。その努力している転用の内容は「児童会室、会議室、生活科室、図工作品の展示室、環境教育における教材室、木工室、多目的ホール、理科作品展示室、第二音楽室等に活用」というもの。そして「学校教育目的外に利用できる教室はない」と言い張った。その理由は、たとえば「将来、児童数が増えるかもしれない」「総合的な学習の時間に使う部屋を確保したい」「補助教員による小人数クラス編成ができたときのために」などなど。要は「面倒なことはやりたくない」ということなのは、誰が見ても明らかだ。

平成六年九月議会 斉藤忠司議員の一般質問より

 他自治体も始めている余裕教室の活用を、進めてはどうか。
 全校一棟の校舎で校舎を隣り合って社会教育施設に転用するということはいろいろな問題点がある。転用実施校の例を見ると、全校数棟の校舎の一棟を全部空けて、一棟そっくり転用しているところが多いようだ。吹上町においてそういう好条件のところは、吹上小学校の東校舎だと思う。
 既存校舎を近代校舎に匹敵した高機能化、多機能化したものにレベルアップするという観点が非常に大事。学級以外に教室が空いたからこれが空き教室であるという風に思うのは早合点だ。学校の機能向上の教室配置はどうすべきか、検討していきたい。もし余裕ができて転用を検討するということになれば、余裕教室活用計画策定委員会のようなものをつくって、慎重に進めていかなければならない問題だと思う。


平成九年九月議会 加藤久子議員の一般質問より

 余裕教室の福祉施設への転用は
 福祉施設等への転用は、可能と思うが、問題点がある。
一つは、福祉サイドからの要求。第二に、大きな財政負担。三番目に、校長の意見。そういう問題点をクリアできれば、福祉施設への転用は可能であり、教育委員会としても、質問者の意見に賛成する。心配されることは、少子化のピークは平成十三年といわれていて、いったん福祉施設に改良すると、元に戻せなくなるというふうに思っている。
問 福祉課としてはどうか。
答 可能だというなら、検討していきたい。


平成十年七月議会 中野昭議員の一般質問より

  吹上町でも、余裕教室活用のための計画策定委員会を設置してはどうか。
 文部省の活用指針に沿って、学校教育優先で活用を図っている。少子化のピークは平成十二年で、翌年から増加する。今後、学校での転用計画があるものを除いて、なお余裕教室が出るなら、社会教育施設、福祉施設への転用ニーズがあり、検討体制の確立が必要になったときは、委員会の設置をしなければ、と思う。
問 大芦小にも、未活用の教室はないと言い切れるのか。
答 音楽室、生活化室、環境ルーム、理科作品展示室、絵画展示室、国際理解教室、として活用している。決して空きという状況ではない。

 しかし、ずっとこの調子で逃げてきた教育委員会が、平成十二年度に入って突然「余裕教室の活用」に乗り出すことを決めた。「一歩前進」と喜んだのはつかの間。この決定は「町の都合」によって「空き教室を転用」させるのが目的だったことがほどなく判明する。



検討委員会が始まった

 余裕教室を転用するために、町教育委員会が初めに作ったのが「余裕教室活用検討委員会」というもので、メンバーは、校長先生、PTA、町内会長、文化財保護委員、役場職員などから選出された十数人。もちろん公募などはなく、全員教育委員会が選任した人たちだ。

 平成十二年七月二十四日の第一回の会議で顔合わせし、九月二十七日の第二回では、町内六小中学校の将来の生徒数見込み、余裕教室の状況、活用の予定が報告された。大芦小学校も含めてすべての学校で、現在空いている教室も「作品展示室」「国際交流室」「福祉教室」などにしたり、総合的な学習の時間に使用したりするため、活用できる余裕教室はないとの報告。

ただただ黙って座って報告を聞いているだけの会議で、しかも「活用できる余裕教室はない」と結論まで出ているのでは、この会議はいったい何のためにやるのだろう。町民の中から選任された委員の心の中に、はてなマークが浮かび、「本当に活用できる教室はないんですか」「たとえ一教室でも町民に開放するべきでは」という声があがった。

「待ってました」とばかりに、そこで会議の流れが変わり、大芦小学校だけは結論を考え直すことになり、それ以外の学校は報告どおり、学校目的以外に使わないことで承認ということになった。
 このやりとりが、その後の会議に対する不信の始まりだった。



突然「活用OK」となった大芦小学校

 平成十二年十二月十五日の第三回余裕教室活用検討委員会。会議の冒頭に、大芦小学校が三つの教室を空けるので、活用して良いということになった。大芦小学校の教室が空いていることは誰の目にも明らかだったから、当然といえば当然なのだが、それならなぜ前回余裕教室が活用できると言えなかったのだろう。校長と教育委員会との間に、溝が見えていた。
 ともあれ、この日に初めて、ようやく活用方法の検討が始まったのだ。

 当時、町教育委員会に要望があるものとして、
  1. 保育所分園 
  2. 郷土資料館 
  3. 子育て支援センター 
  4. デイサービスセンター 
  5. 精神障害者小規模作業所 
  6. 生涯学習センター 
があげられた。中でも保育所分園については、エンゼルプランで一時保育をする計画があるのに場所がない状況、少子化対策特例交付金を元にした基金が約二千万円あること等が女性児童課長から報告され、町としてはぜひとも保育所を作りたいとの希望が伝えられた。と同時に、文化財保護委員からは、郷土資料館はそれほどの逼迫した要望ではないこと、福祉課長からは、デイサービスセンターはとりあえず間に合っている状況などが報告され、流れは一気に保育所分園設置の方向へ。

 そこで一人の委員から、この会議の方法がおかしいという声があがった。つまり、教育委員会からもらった資料によれば「吹上町全体の余裕教室をどのように活用するのか」を話し合うことが会議の目的であるはずなのに、これでは始めから「大芦小学校に保育所分園を作ることの是非」を話し合う会議だったのではないかという疑問だ。委員のメンバーを改めて見れば、校長会会長以外に大芦小学校長、PTA連絡協議会の会長以外に大芦小学校PTA役員。町内会長連絡会の会長以外に大芦地区の町内会長。たしかに大芦小がターゲットだったことはミエミエだ。

 教育委員会の出した資料「吹上町余裕教室活用検討委員会設置要綱」は、次のようなもので、住民から選ばれた委員は、これにそって会議は進められると説明されていたのだ。

吹上町余裕教室活用検討委員会設置要綱

(目的)
第一条  吹上町立小・中学校の余裕教室の有効活用を図るため、吹上町余裕教室活用検討委員会(以下「委員会」という。)を設置する。
(所掌事務)
第二条  委員会の所掌事務は、次のとおりとする。
一  人口推計等に基づき余裕教室等を算定すること。
二  余裕教室活用の実態を把握すること。
三  基本方針に基づく活用計画を明確にすること。
四  余裕教室を学校外施設とする場合の管理について明確にすること。
五  その他余裕教室の有効活用に関し必要な事項を検討すること。
(第三条以下略)


 「大芦小にターゲットを絞って、すでに予算見込みまで出しておいて、会議で『どうですか』ときくのは、卑怯なやり方だ」と憤るPTA側。ところが町職員側はそもそも意識が違う。財政担当課長は「大芦小学校に保育所を作るという計画をどう進めるか話し合う」つもりだったし、女性児童課長は「保育所のために大芦小学校の教室を空けてもらえる」つもりだった。つまりこの会議を「国からもらった少子化対策特例交付金を、保育所分室に使うための手続きとしての会議」と思っていた役場職員たちは、この日に至るまでのやりとりを、むしろイライラしながら聞いていたのだった。



そもそもの発端は少子化対策特例交付金
 
ここで、少子化対策特例交付金について少し説明しておきたい。この交付金は、平成十一年九月に全国の市町村に交付されたもので、保育所の待機児童数などによって金額が決まった。吹上町では三千三十四万三千円が交付され、平成十三年度までに使うことが条件とされた。平成十一年当時の予算承認の議会では、私はその使いみちについて「町民からアイデアを募ること」あるいは「当事者である若い母親の声を聴いて使いみちを決めること」を提案すべく質問に立ったが、「あくまで役場の中で話し合って決めていく」という答えに終わった。
当時、私は自分の発行したファックス通信で、次のように書いている。

うちこし紀子のはつらつ通信 第2号 1999・9・10

少子化対策基金の使いみちは?

 国から吹上町に「少子化対策に使うように」と三千万円のお金が降りてきた。平成十三年度末までに使わなければいけない。さて、何に使おうか?
 こういう時こそ、子育てママが「こういう風に使ってほしい」と提案していくことが必要だ。「使いみちは役場の内部で検討します」と言ってたけれど、お役所でおじさんたちが相談したって、ロクな少子化対策は出てこないに違いない。
 第一なぜ少子化なのかといえば、子育てのマイナスイメージが強すぎるからじゃないか。「子育てって楽しいよ。大変なこともあるけど、面白いことはもっといっぱいあるよ。」そういうメッセージを、子どものいない人や二人目をためらっている人に伝えていくことが必要だ。
 昨日説明を受けたこの基金の話を、夕方保育所のお母さんに話したら、「公民館の講座を保育付きにして、子育て中でも学べるようにするといい」「親子体操教室を開いて、親子で楽しむ時間って幸せ、と思えるような機会を作るといい」「ファミリーサポートシステム(ボランティアによる一時的な保育)を早く始めればいい」「建売り住宅がそのくらいの値段だから、小規模の児童館みたいなものが建てられるんじぁないかな」「トワイライトスクールっていうのがあるらしいよ」など、あっという間にアイデアが出てきた。もっともっとアイデアは出てくるよね。みんなで役場に教えてあげようよ。その三千万円は私たちが納めた税金なんだから。良い考えがあったらメール・ファックスくださいね。


このお金はいったん基金(貯金)にし、平成十二年度に、二つの私立幼稚園への補助に五百万円、学童保育室の改修に二百四十一万五千円が使われた。
少子化対策特例交付金は、もしも平成十三年度いっぱいに使いきらなかった場合は、国に返還しなければならない。したがって町としては、余裕教室活用検討委員会で保育所分園が決まらなければ、平成十三年度予算を立てることもできない、という事情があった。

 その点を説明されると、PTA側は「きちんとした手続きなしに使うくらいなら、そんな補助金、国に返せばいいじゃないですか。」と言い、これには担当者は顔を真っ赤にして「この厳しい財政事情の折に、せっかくの補助金を『返せばいい』とは、あまりにも無責任じゃありませんか。」と応酬。会議はますます険悪ムードになったのだった。

 余裕教室の有効利用は大切だが、空いた教室を何に使うかについては、町当局の考えでなく町民の考えを聴くべきで、検討委員会はそのための組織だったはずではないだろうか。少子化対策特例交付金の使いみちは役場で決めるのだと言い張った結果が、この会議につながっているように見える。

 初めから結果が決まっているものを、いかにも「町民の声を聴きました」というポーズを作るために会議を開くことは、それまでにも多くあった。というより、ほとんどがそうだった。エンゼルプランしかり、水道料金の値上げしかり、プラスチックの分別方法しかり。知らないうちに知らないところで「町民の声」を聴いたことになって物事が決まっていく。

 町民は生活者であり、納税者であり、有権者である。もっと知らせ、呼びかけ、参加を促すべきだし、町民の側でも「自分の町」という意識で、一緒にまちづくりをしていくことが必要だと思う。



最後の会議

 さて、結論を先送りして第三回の会議は終わり、次に二月九日に四回目の会議が行なわれた。この日は大芦小PTAを中心に六人が傍聴した。
「どうしても大芦小学校の空き教室に町立保育所の分園を作りたい」
という町に対し、
「小学生の教育環境を守りたい」
という学校側。それぞれの主張を比べることはもちろんだが、その前に判断材料がなければ話は進まない。

 一人の委員が
「前回、保育所との話が出たが、口頭でなく文書で提案してもらわないと、委員として判断できない。」
と言うと、女性児童課長は、
「まだ教室を使えるかどうかわかっていない段階なので、具体的な提案文書は作っていない。」

 また別の委員が
「県下での余裕教室活用の先進事例を知りたい。」
と言うと、
「県下の例は調べていないが、似た例として世田谷区に中学校に民間の幼稚園を入れているという例があり、うまくいっているとのことだ。」
「小学校に保育所という例はないのか」
「群馬県中里村に例があると新聞に出ていた」
と、担当課でありながら調査もろくにしていない状況。この中里村の例を調べてみると、小学校は全校児童二十五人ほどで複式学級、保育所は三年保育で児童数九人だという。はたして吹上町の参考になるだろうか?

 さらに学校側の
「具体的にどんな保育所を作りたいのか」
との問いに、
「空き教室が使えるとなったら、細かいことまで考えるつもりだ」
と町の担当者は答える。
「空き教室の利用を承認する」のが先か、「利用方法を想定する」のが先か、で委員の意見も分かれ、どうどうめぐり。

 でも、ちょっと待ってほしい。問題は保育所が学校に与える影響のはずだ。学校側は、
「保育園児と低学年児の動線がぶつかる心配、お迎えの車による交通事故の心配など不安がある。同じ棟でなければ良いのだが、大芦小は一棟になっているので難しいのでは。」
と言うのだから、
「こういう年齢の子どもだけが利用する保育所を作りたい」
「小学生の授業に差し障りのないよう、こんな工夫をする」
「送迎の自動車の対策はこうすることを考えている」
など、具体的に判断できる材料があれば、「学校に保育所を作ることが是か非か」を話し合うことができる。しかし、実際に話に出たのは、
「今、町ではこんなに保育所が不足している」
「国からの補助金で教室を改修する予算がある」
「保育所には一定の面積が必要だ」
「車のことは工夫次第でどうにでもなる。」
など、到底これだけでは判断できないことばかり。

 さらに学校側の
「一案として、学童保育室の建物を保育所に利用して、学童保育室を空き教室に使うという方法はどうか。」
と言う提案に対しても、
「あの建物では面積が狭い。」
との返答で、譲る姿勢のかけらもない。また、
「保育所以外のニーズや提案についても、出し合っていくことが必要で、それを審議の記録として残すことも大切だ。」という意見もほとんど無視。

 ある委員からは
「反対反対では何も進まない。この場で了解したら、それから具体的なことを想定していくのだ。」
という声もあったが、これでは「初めに結論ありき」で、何のために委員がいるのかわからない。
 もっとも、委員会のメンバーを決めるとき、あらかじめ反対しそうな人を少数にしておき、明らかに町の思惑通り話を進めてくれる人を多く入れておけば、どんな場合でも
「町民のみなさんのご意見をお聞きして決めました」
という形が出来上がる。この調子でさまざまな審議会・委員会が骨抜きになっていることは、委員の顔ぶれがどこでも同じなのを見れば明らかだ。

 とうとうしまいには、PTA側が
「このことの最終決定権は誰が持っているのですか?」
ときくと、教育長が
「………教育委員会としては場所の提供だけで、町長部局が工事するわけで、それには議会の議決が必要で……。」
としどろもどろになり、教育総務課長が
「最終的には町長ということになります。」と断言。

そこでPTA側は
「これで作ることが決定したら、必ず大芦小学校の保護者の前で責任をもって説明していただきたい。」
と言って、会議は終わった。

 この日の会議は、正味一時間ほどで終了。二時間以上、もめにもめた第三回とは様子が違い、どこかに「どうせもう決まっていることなんだろう」という冷めた雰囲気も漂っていた。

 空き教室をどのように活用していくべきかを考えるはずの会議が、「保育所は是か非か」だけで終わってしまったのはとても残念だ。そもそもミニデイサービスの具体例など、県内でも余裕教室活用の実例は多数あるはずなのに、そんな調査もしていないとは驚く。町民参加とは名ばかりで、委員会が単なる承認機関になっていることは、町全体の委員会・審議会(もしかしたら議会も?)に共通している。このしくみを根本から変えるには、職員に限らず一般町民にも意識改革が必要だと思う。粘り強く、働きかけを続けていかなければと思う。



委員会後の動き

 全四回の余裕教室活用検討委員会が終わってから、私は改めて大芦小学校の保護者とじっくり話をした。彼らは「余裕教室に保育所を作ること」よりも、むしろそれを決める手法に怒りを感じていたように見受けられた。また得られる情報が、余裕教室活用検討委員であるPTA役員からのものだけで、教育委員会や町からは何の資料も出てこないことにも不満を持っているようだった。

 一学年一、二クラスという小規模校なので、保護者同士が顔の見える関係だったことも校内の議論を盛んにさせたようだが、いかんせん情報が足りない中で、結論だけを押し付けられるという不満感がつのっていったようだ。

 私は、この会議のあり方が間違っていたことを町に認めさせ、保護者への十分な説明を求めたいと思い、三月議会で一般質問に立った。この議会に提出された平成十三年度予算案では、保育所の工事請負費に二千五百万円が計上されていた。
平成十三年三月議会 うちこし紀子の一般質問より

 作られた経緯、目的、人選の方法、会議の経過、結論について説明を。
 エンゼルプランに基づき、少子化対策基金で保育所分所と一時保育を進めることになったが、厳しい財政事情の中で新設は難しく、大芦小学校の余裕教室を使わせていただきたい、との内容の公文書が、平成十一年十月十一日付で町部局から教育委員会に出されていた。 教育委員会で「この機会に全校の余裕教室を総合的に検討しよう」ということになり、町民の広い意見を聴くことにして、検討委員会を発足させた。
目的は @余裕教室を算定すること A余裕教室の活用について基本方針を定めること。B基本方針に基づく学校別の活用計画を作成すること C大芦小学校をどうするか審議すること
人選は要綱に基づき、福祉団体、社会教育団体、学校長、町職員、教育委員会職員、その他、民生・児童委員協議会、社会教育委員、文化財保護委員、大芦小PTA、大芦小校長、大芦上町内会長などを選んだ。
会議の経過は、昨年七月から四回にわたって審議され、第一回では六校の現状報告、第二回では余裕教室活用の基本方針が承認され、第三回では各小中学校の活用方針および活用計画が、大芦小学校を除いて承認され、第四回で、大芦小学校は三部屋を活用することにし、七部屋を特別教室にするという変更案を承認した。
活用の内容は、保育所、郷土資料館など、事務局で把握していた六つのニーズの中から、結論として、大芦小の三教室は、保育所に活用することになった。

 目的というのは、委員の共通認識になっていなかったのではないか。「大芦小学校をどうするか審議する」という目的は、第一回目の時には説明されていなかったのではないか。
 会議の始まった時に、要綱を配って目的を認識してもらっている。

 今回の会議で十分目的が示されていなかったために大芦小の反対意見が強まり、また保護者間に気まずい関係を生み出していると聞く。教育委員会の見解は。また、町長の見解は。
 (教育委員会)今後、学校では教室が必要になることから、当分の間、学校を中心に利用していく。もし他に転用可能の教室があれば、再び余裕教室活用検討委員会で検討していく。
児童が大幅減の大芦小は、平成十三年度に三教室、教育財産から普通財産へ変更する。何に転用するかは町長部局の決定事項だが、保育所分室が適当ではないかと考える。今後PTAに対し、町長部局とともに説明会を開いて理解を得たい。事業に関しては町長部局にゆだねるべきと考える。
答 (町長)今のところ話し合いが不充分という印象を受ける。学校側の十分な理解が得られるまでは、予算の執行を凍結したい。

 今回の一連の会議のあり方について、反省はないか。
 教育委員会としては、県からきたフロアシートに基づき会議を催し、十分審議をつくして決められたことだと認識しており、反省すべき点はないと思っている。
・フロアシートとは余裕教室活用計画策定の手順を定めたもので、余裕教室活用計画策定のための委員会を設置し、余裕教室数を把握し、基本方針を策定し、学校別の活用方法を具体的に決めていくことが書かれている。


 三月議会のこの一般質問では、傍聴席いっぱいに大芦小PTA会員が並び、真剣に聞き入っていた。答弁の中で、会議の目的の四番目に「大芦小学校をどうするか審議すること」となっていたが、前述のように第一回の会議で配られた「要綱」には、そのようなことは書かれていないし、説明もなかった。町長の「予算の執行を凍結」という答弁に傍聴者は安堵の笑みも浮かべたが、最後の「教育委員会として反省すべき点はない」という答弁のときには、約三十人の「ええっ」という驚きと溜息の混じった声があがった。
 この議会と前後して、大芦小PTAから教育委員会と町に対して要望書が提出された。その内容は次のようなもので、「校内への保育所分園設置」の是非を問う保護者アンケートの結果が添付されていた。

大芦小学校余裕教室活用案の再考を求める要望書]

要望主旨
「余裕教室活用検討委員会」の検討内容を大芦小学校の保護者に報告したところ、今回の「余裕教室活用検討委員会」報告書の、保育園を最優先とする最終案には内容に不明確な部分が多く現段階では賛同できません。今回の報告書を最終決定事項として報告することに不満の声が大多数を占めました。在校生の保護者に対し教育委員会からの説明を求めるとともに、小学校に通う子供を持つ親のニーズに対し、吹上町教育委員会が率先して取り組むことを願い大芦小保護者の意見を沿えて要望いたしますのでご検討をお願いいたします。

要望内容
  1.  空き教室の活用の再考を要望します。
  2.  空き教室を提供する大芦小(職員、保護者等)と、保育園(職員、保護者等)と行政(教育委員会、女性児童課)との間で検討の出来る委員会を発足することを要望します。
  3. 2の委員会での意見調整が済むまで早急な事業の執行を見合わせることを要望します。
以上
尚、上記要望につきましては早急なご返答をよろしくお願いします。

 添付されていた大芦小保護者へのアンケート回答では、校内に保育所の分園を作ることに反対の意見が八割以上だったが、「上の子は大芦小、下の子は富士見保育所に通っている」という保護者も少なくなく、PTAの中に保育所を敵視するような雰囲気ができたために気まずい思いをした人もいたようだった。
 この要望書には「早急なご返答を」と書かれているが、待てど暮らせど、返答はなかったので、PTAではますます行政に対して苛立っていった。



「説明会」は何のため?

 平成十三年四月二十七日、大芦小学校のPTA総会で、検討委員会での約束通り、教育委員会から余裕教室活用検討委員会の経過説明があった。が、内容は検討委員会の最終報告書をベースに説明しただけのもの。保護者にしてみれば、今後の進め方を説明してほしかったわけだが、教育委員会としては、とりあえず「保護者に対して説明しました」と形だけ残したかったらしい。つまり、内容については何の進展も無い状況だった。

 しかも、この説明会を開くにあたり、教育委員会から「質疑応答無しの条件で説明会をしたい」との申し入れがあったため、保護者は聞きたかったことがほとんど聞けなかったという。説明に対して質問もできないような集会を開くことで、行政の説明責任が果たせるとでも思っているのだろうか。

 町が本当に「現在の手狭になった保育所に押し込められている子どもたちのために、夏休み中に工事を行い、平成十四年度には保育所分園を開設したい」と考えていたのなら、あるいは「せっかくの補助金を最大限生かすために、何とか理解を得て年度内に工事を終わらせたい」と考えていたなら、このあと五月、六月、と話し合いを進めるなり、PTAからの要望書に返答するなりすべきだった。しかし実際は、七月になってからようやく、女性児童課長と保育所長が大芦小学校を訪れ、PTA運営委員との話し合いが実現したのだった。

 課長が真っ先に口にしたのは「町長選が終わったのでこれで動きがとれます」ということだったという。確かに町長選挙はあったわけだが、別に余裕教室活用が争点だったわけではない。PTA役員にしてみれば「町民のことより内部のことが大事なのか」とむっとする言葉だ。そんな調子で始まった上に、例の「要望書」に対して、町ではこのときですら返答を持ってこなかったものだから、教室の使い方について具体的な説明があっても、お互いの認識がかみ合うわけがなかった。

 行政側の印象としては、
「PTAの人たちは、初めから反対反対で話し合いにならない。こちらはまず、使わせてくださいということでお願いに行ったつもりだったのに、防音壁の厚みは何ミリかとか、お迎えの車は通学路に止まらないかとか、細かいことばかりきいてくる。保育所が来るのは迷惑だと言われたも同然だ。」

一方PTAの印象としては、
「もう何ヶ月も前に要望書を出しているのに、それに対する返事を持ってこないで、話し合いができるわけがない。私たちの要望がかなうのかどうかきいても、わかりました、というばかりで、やるとかできないとか、明確な返事が返って来ない。」

 結局この日は、町側の「要望書の回答を文章で返答し、PTAと再度話し合いを進めていきたい」との発言に至ったが、ついに文書による回答はないまま、計画変更となるのだった。

平成十三年七月議会 村上愛子議員の一般質問より

 三月議会で予算の執行を凍結すると約束した大芦小空き教室活用の進捗状況は。
(教育総務課長) 去る四月二十七日、大芦小PTA総会の場を借りて保護者に今までの審議経過を申し上げた。
(女性児童課長) 富士見保育所分園としての活用については、保護者の強い反対にあって、困惑している。反対理由は、児童の学習環境の妨げになる、安全性の問題などで、保護者としての心配はもっともだ。そこで、実際に学校施設を保育園に利用している東京都世田谷区立駒留中学校と、子ども発達支援センターに活用している桶川西小学校を視察した。それを踏まえ、大芦小PTA役員会で説明したが、理解いただくまでには非常に道のりが遠い状況。早く結論を出さなくてはいけないと考え、実施を目指してご理解、ご協力がいただけるよう、今後も働きかけていきたい。

 町のボランティア団体から希望の出ている備品、資料置き場を確保できないか。
 社会福祉協議会に検討するよう伝え、町としてもできるだけ協力していく。




そして秋

 大芦小学校の空き教室三部屋に富士見保育所分室を作る計画は、平成十三年三月に凍結されたまま夏が過ぎ、コスモスの季節を迎え、とうとう富士見保育所の敷地内に無理やり一部屋増築することになった。というのも、分園でも増築でもいいからとにかく平成十三年度中に工事を終えないと、前述のように「少子化対策特例交付金」を国に返さなくてはならないためだ。

 この増築により〇歳・一歳児クラスの面積基準が満たされ、ここ数年五歳児クラスの保育室としても使ってきた遊戯室を、十四年度からは遊戯室だけの部屋として使えるようになるし、ニーズの高かった一時保育も始められる。子どもたちが野菜を育てていた小さな畑がつぶされて自転車置場になったり、小さいクラスの子の遊ぶ空間が狭くなったり、やはり入所している子どもたちにしわ寄せがいってしまったが、不本意ながら女性児童課もホッとしただろう。

 しかし、それでは大芦小学校の方はどうするのか。平成十二年度の三学期に、教室を使っていた児童をわざわざ他の教室に移動させて空っぽにした三教室は、いつでも工事が始められる状態だったのに。おまけにその三教室は、帳簿上のこととはいえ、教育委員会管轄の「教育財産」から、町長部局管轄の「一般財産」に変更される予定だったために、新年度から児童の掃除当番も入らずホコリまみれ。保護者から学校に「これからどうなるんですか」と問い合わせがあっても、どこにもその答えはなかった。

 やがて十月になり、町から配布された「議会だより」を見て複雑な心境になった保護者も多かったようだ。そこには九月議会での大芦小学区域の議員の一般質問が載っていたのだが、「大芦小空き教室三部屋は今月まで町とPTAが話し合いを重ねてもまとまらず保育所側は園庭と南側の遊水池を活用する方向で結論を出したと伺いました」と書かれていたのだ。

 たしかにPTAが、保育所がくることに反対したのは事実。だから
「行政の計画に反対しても無駄。どうせ町は保護者の声なんかどうでも、きっと保育所を作っちゃうんだろう」と思っていた人は、
「ちゃんと私たちの声を聴いて、計画を断念してくれた」
と評価した。しかし、同じPTA会員でも、
「話し合いを重ねてなんかいないはず。私たちは保育所がイヤなんじゃなくて、どんな風に作りたいかをもっと詳しく聞きたかっただけなのに」
「途中経過がきちんとしていなかったからモメたのに、これじゃ、私たちが悪者みたい」
と不本意に思う人も少なくなかった。

平成十三年九月議会 原敏枝議員の一般質問より

 空き教室については、広いスペースが空いたままになっている。PTAからの反対や会議のやり直し等の声が強く、凍結のままになっている。保育所では、保育士からの意見聴取もされてきたようだが、結局現在の敷地を利用するとのこと。それなら、町民の活動サポートセンターにしてはどうか。
 町民共有の貴重な財産として、どのように活用するのが町民にとって最も有益であるかとの視点から、ボランティアサポートセンターとしての活用も視野に入れながら検討したい。 

 伊奈町の県民活動センターに市民活動サポートセンターのような施設を検討しては。
 空き教室を活用する際の予算措置の分を富士見保育所の増設という形で使ってしまうので、改修予算が確保されていない。あまりお金をかけずにできるという条件下で検討していきたい。


 「PTAからの反対・・・」という言葉は行政側の方から見た言葉であって、PTA側からみれば必ずしも状況を正確に表していないと思われるが、それにしてもなぜPTAの理解が得られなかったのか、その理由を行政の職員はわかっているのだろうか。あるいは、わかろうと努力しているだろうか。

 理由のひとつめには「出来レース」つまり初めから結論の決まっていたような「余裕教室活用検討委員会」の進められ方への不信感。ふたつめには四月のPTA総会に説明にきた教育委員会が、質問も受け付けなかったことに対する不信感。さらにその後、町に提出した要望書に対してとうとう何の回答もなかったことに対する不信感…。ほかにもあるかもしれない。いずれにしても、行政と住民がまるでかみ合っていなかったことが原因だ。

 町は「保育所を作らせてもらえることになったら、詳細な設計を立てる」と言い、PTAは「詳細な計画がわからなければ、賛成できない」と言う具合。

 大芦小学校の教室が余っているのは誰の目にも明らかだ。しかし、
 「PTAと話し合っても無駄、反対を押し切って作ればしこりが残る。そうなったら、保育士や子ども達にもしわ寄せが行く。それならいっそ、あきらめよう。」
というのが町の結論。なんとも後味の悪い結末。そして、なんてもったいないことか・・・。

 ある意味では、町民と行政がともに一つの問題について考え、方向を作っていく絶好のチャンスだった。もっと話し合っていれば、と悔やまれる。

 また別の視点から見れば、行政の側に、反対する人を説得できるほどの熱意や裏付けがなかったとも言える。また、教育委員会と女性児童課の縦割りのせいで、話がスムーズにいかなかった点も問題だ。

 「なぜ四月から六月まで動かなかったのか」という問いに、担当課長は「町長選があったから」と答えたが、誰が町長になろうと、行政には継続性が必要のはず。町職員の意欲のなさと、どちらをむいて仕事をしているのかも、これで浮き彫りになった。



ボランティアサポートセンター設置へ

 ところで、先ほどの平成十三年九月議会の一般質問は「大芦小学校の空き教室は、保育所にするのはあきらめて、町民活動のための施設に転用してはどうか」というもので、その前の七月議会にも「ボランティアグループの活動を支援するため、備品や資料を置く場所を確保できないか」という質問があった。これらを受けて、あれよあれよという間に三教室はボランティアサポートセンターに使われることに決まった。正式には十二月六日に、教育委員会から学校側に文書が出されている。その内容は、次のようなものだった。また、その翌日の七日に開会された町議会の全員協議会(傍聴不可で議事録もない会議)で議員にも報告されている。

(仮称)吹上町ボランティアサポートセンターについて

 町民のボランティア活動を支援し、ボランティア活動への参加促進をするため、福祉ボランティアに限らない、環境・国際交流など様々な活動団体の拠点確保と団体相互、及び地域との交流の場として、センターを設置するものである。
 施設の概要は余裕教室三室を利用した、机、コピー、パソコン等を置いた事務所的な一室、会議や交流を想定した一室、団体の活動に必要な備品の収納スペースとして一室であり、なるべく多目的な利用を可能にしたオープンスぺースとする。その改修工事として、男女トイレそれぞれに車イス対応便器、校舎西側出口にスロープと手すり、専用門の設置が主なものである。
児童の安全確保を最優先し、センターは,学校と二個所仕切りを設けるが、学校の開校時には開鍵し、互いに交流できるようにする。これは、児童がボランティア活動を間近に見聞きすることで、学校教育の一助とするためのものである。特に高齢者・障害者と白然に接することで、理解と思いやりの心を学ぶことができるし、高齢者・障害者にとってもふれあいの良い機会となり、地域に根ざした福祉の心の醸成につながればとするものである。
 センターは施設の性格上、休館日は設けず、午前九時から午後九時まで開館し、現在管理をする方を検討しているところである。施設警備等で学校に迷惑をかけないことを前提に最善の方法をとりたいと考えている。
 工期は二月下旬から三月末を設定し、騒音等で授業に支障がないよう工程については、学校と十分調整していく。
以上 ご報告いたしますが、よろしくお願いいたします。


 ボランティアサポートセンターが悪いとは言わない。しかし、あれだけ白熱した議論を繰り広げてきた「余裕教室活用検討委員会」の時に、ボランティア施設の提案など一言も出ていなかったのだ。第一案がダメなら、普通は第二案に移るだろう。それが、突然の思いつき。降ってわいた話。しかも「設置するものである」「報告いたしますが」と有無を言わせぬ構え。いったいなぜ?

 そのカギは、補助金にあった。平成十三年度内に使える、埼玉県の「支え合い地域づくり助成金」に飛びついたワケ。この助成金は「先駆的・独創的な健康福祉施策」が条件で、高齢者の生きがいづくりや子育て支援事業などとともに、地域福祉推進事業としてボランティアサポートセンターも例示されている。これなら議会で提案した議員の顔も立つというものだ。

 保育所以外の提案が無視されたことによって、余裕教室活用検討委員会というものが、保育所の分園を作りたいための組織だった、ということが、これで一層明らかになった。
 また、少子化対策といい福祉といい、行政の政策は「初めにニーズありき」ではなく、「初めに補助金ありき」だということもよくわかった。

 もちろん、苦しい財政状況で少しでも「何か」をしようとしているのはわかる。「こんな補助金がある」といわれれば、もらえるものならもらいたい。そうすると補助金の条件に沿ったものを作ることになる。財政が苦しいのだから、できるだけ町単独事業はしないで、国や県の補助金のもらえる事業をする。毎年その繰り返し。地方自治とは程遠い現実。しかしその補助金だって、町民が納めた税金であることには変わりないのだ。まず「ニーズありき」の形を作らなければならない。

 現在の町にとって何が必要で、次にどんなことが必要なのか。五年後、十年後にどんな姿になろうとしているのか、長期のビジョンが示されていないまま、自転車操業のように補助金をあてにして事業を進める。こんなことを続けていては、本当に町民のニーズにあった政策を練り上げることはできない。

 お金がない、お金がない、というのは簡単だ。しかし、どこの自治体も苦しい財政状況である今、どれだけ知恵を出せるか、どれだけ住民を巻き込めるかで、住民サービスに大きな差がつくのだ。住民の満足度は、必ずしも「大きな建物」「きれいな道路」「たくさんの補助・給付金」といった物理的なことだけではなく、「便利さ」「気持ち良さ」「安心感」「充実感」など、数値では測れないものによってアップする。だからこそ、職員だけでなく、住民の知恵を集めて、地方分権の時代にふさわしいまちづくりをしていかなければならない。

 今回の「余裕教室」騒動で、大芦小学校のPTAに関わった人をはじめ、住民の間で行政に関心を持つ人が増えたとすれば、それだけは今回の功績だったと言えるかもしれない。しかし、大芦小の保護者にボランティアサポートセンター設置のお知らせが配られたのは、女性模擬議会で助役が答弁した平成十四年二月八日の後、二月十四日のことだった。「これで決まりだ。もはや反対はできまい」という印象。懲りない役場であると思う。

平成十四年二月女性模擬議会 女性模擬議員の一般質問より

問 町では多くのボランティアが活動しており、福祉の向上に少なからず役立っていると思われる。しかし活動しているグループでは、資料や資材の保管場所に苦慮している。ボランティア活動の支援として、保管場所の設置をお願いしたい。例えば大芦小学校の空き教室や勤労青少年ホーム完成後に現在のプレハブの建物を利用するなどはいかがか。
答 昨年七月議会でも質問があり、検討を重ねてきたが、ご指摘の大芦小一階の三教室を仮称「ボランティアサポートセンター」として整備する方向で準備を進めている。大変厳しい財政状況だが、住民が安心して暮らせる潤いのあるまちづくりを進めるパートナーとしてご活動いただいているみなさんのご労苦に報いるためにも、できる限りの努力をしていきたい。設置時期は、早ければ本年五月中。具体的運営方法など、詳細については、町社会福祉協議会ならびにボランティアグループ連絡協議会と早急につめていく。




こんな風にすれば良かった!

 少子化対策特別交付金をもらった時点で、町民に対してのアイデア募集をしていれば、「保育所の分園設置」以外のお金の使い方も可能性があったわけだが、とりあえず、今回の「余裕教室活用検討委員会」について、こんな風にすれば良かったのではないかと思うことを書いてみる。

 まず、各学校の余裕教室の数、現在の活用状況、今後の児童数の見通しなど、事務的なものは教育委員会において予め把握して、町が活用できる余裕教室を絞っておく。今回の検討委員会のうち、第一回と第二回はほとんどこれらの報告で終わっており、この二回は無駄だったと言っても過言ではない。検討委員会といいながら「検討」したのは第三回からだったからだ。

 次に、広報で「余裕教室の活用について、アイデア募集」を行う。多くの町民に、気軽にたくさんのアイデアを出してもらえるよう、来庁、手紙、はがき、ファックス、メールはもちろんのこと、電話での受付も可とする。余裕教室活用について、町教育委員会が把握していた六つのニーズは、いずれも行政の声に過ぎない。もしかしたら、もっと町民にとって必要な活用方法があるかもしれない。この方法を取っていれば、この時点で「ボランティアサポートセンター」という声も出てきたに違いない。行政が良かれと思って行うことが、必ずしも町民にとっても良いとは限らないことを認識すべきだ。

 そこまでしてから、初めて「活用検討委員会」を開く。予め、活用できるのが大芦小学校とわかっているなら当然地域の人がメンバーに加わるが、委員の公募も行う。行政のニーズと町民からのアイデアを公平な目で判断し、文字通り「検討」していく会議にする。いくつかに絞りこめたら、途中経過を町民に知らせ、さらに意見を募り、判断する。

 活用方法を決定したら、PTAに対する説明は、教育委員会とともに活用検討委員会の会長が丁寧に行い、もちろん質問も受ける。保護者の不安が解消されるよう、工事の計画などもできるだけ早い段階で報告し、質問や意見にはすばやく対応する。

 こういった方法が民主的だと思うが、どうだろう。こんな風にすれば、多くの町民が「まちづくりに参加した」実感を得られるし、該当小学校の保護者の理解も進むし、行政もかえって仕事が楽になると思うのだが。
 つまるところ「前例通り、県の指導通り、補助金の条件通り、という行政手法」から、「町民の声にしたがう行政運営」へ転換すること、これが私の提言だ。



完成したボランティアサポートセンター

 二〇〇二年五月、大芦小学校の空き教室に作られた「ボランティアサポートセンター」は、ひっそりとオープンした。入口は、学校の駐車場入口より南側に新たに作られ、門扉もフェンスもつけられた。砂利敷(車椅子には不向き)の駐車場から玄関に入ってすぐの部屋は、床と壁が張り替えられ、空調機もついて、流し、机、椅子、ファックス付電話、コピー機、印刷機などが置かれた。しかしその隣には、まったく手付かずの空き教室が二つあり、教室の向かい側にある準備室は教育委員会の荷物が置かれたままだった。学校との境目には仕切りができ、児童が出入りできないようにドアがしっかり閉まっている。トイレは車椅子でも入れるように改修された。

 オープンの日から、月曜日から土曜日(休日を除く)の九時から四時まで、ローテーション勤務の非常勤職員が常駐しているが、「センター長」という役職の人もいなければ、社会福祉協議会が運営を委託されているという形でもない。

職員の勤務内容は、
  • 施設管理とボランティアセンターのコーディネート業務(備品・資料置き場としての管理含む)
  • ボランティアをしたい人、ボランティアを求める人等の仲介・相談業務
となっている。しかし、それにしては、五月末にボランティア団体が荷物を置く場所を決めるために集まったとき、モノを置くはずのスペースが不用品だらけ、ホコリだらけで、掃除しなくてはならない状態だった。また、ボランティア団体が荷物の量について相談をしても、しっかり答えることもできず、搬入搬出を手伝うこともない。今後、コーディネーター研修も予定しているとの事だが、まずは、センター運営の担い手が誰なのかをはっきりさせなければならないと思う。

 というのも、職員の胸には、町役場の職員と同じ形式の名札がついているが、実際に彼らのお給料の支払い元は社会福祉協議会。町が県の補助金を使って設置はしたものの、二〇〇二年度当初には運営予算はまだついておらず、会議机もなければ椅子もなく、六月議会で補正予算が通るまで、厳密に言うとトイレットペーパーさえ町予算では買えない状態だったのだ。

 ボランティア団体は、ここに荷物を置くこともできるし、ここで会合を開くこともできるのだが、いかんせん「使える」状態ではないため、六月になっても七月になっても、一日じゅう誰一人として訪れることのない日が、利用のある日よりも多い。だから職員が、日がな一日読書をしていようが、お茶を飲みながらおしゃべりしていようが、「悪い」とも言えない。

 ボランティアサポートセンターは各地にあるが、ボランティアが活動していくうちに自分たちの拠点が欲しくなって、行政に働きかけて場所を得る、というのが一般的な流れだ。しかし、吹上町は行政のつじつま合わせでできた感がある。補助金の期限に合わせてあわてて計画した「箱」だけに、利用者であるボランティア団体に「どんな施設がほしいのか」「どんな風に使いたいのか」「誰が運営していくべきか」を問うこともほとんどなかった。ここでもまた、行政が良かれと思ってやることと、町民の希望とがずれている。

補助金といえば「誰かが助けてくれる」お金のように聞こえるが、もとは私たちの納めた税金だ。「町のお金」も「国のお金」も「私たちのお金」なのだ。地方自治体は、しばしばそのことを忘れ、「もらえる補助金は何でももらおう」と考える。しかし、補助金の生きた使いかたができないのなら、無理にもらってくる必要はない。いやむしろ、国全体の厳しい財政状況を考えるならば、そんな風に無駄なものを作ってはならないはずだ。
吹上町にボランティアサポートセンターが不要だというわけではない。ただ、ものを作るには、それなりの準備が必要であり、どんなに急いでも準備のないまま作ってはいけないということを言いたいのだ。土台がグラグラしていては、建てられた家もすぐに倒れてしまう。

ともあれ、ボランティアサポートセンターが使える状態になるまでにはたいそう時間がかかりそうだが、できてしまったものは仕方ない。いや、仕方がないなどと言っては罰が当たるかもしれない。ボランティアにとってせっかくの拠点。どのくらいの数のボランティア団体が求めていたのかは定かでないが、生かすも殺すも利用方法しだいだ。これからは運営のルールを明確にし、町に「お願い」するのではなく、ボランティア自身がリーダーシップをとらなくてはならないだろう。なぜなら、「吹上町ボランティアサポートセンター」は、ボランティア団体の資料・資材置き場が欲しいという声に応えて設置された施設なのだから。



☆教育委員会ってなあに?
役場に行って教育委員会といえば、学校、体育館、図書館、公民館などの仕事をしている部署を指しますが、正式にはそれらは教育委員会の事務局で、本来は五人の教育委員の集まりです。
教育委員は、町長が推薦し、議会が承認することで選任されます。任期は四年間で、毎月一回定例会議を開いています。(自治体によっては、月に三回というところもあります)また、五人のうち一人が教育長となり、教育委員会の事務、つまり教育行政の責任者となります。現在の教育長の報酬は月額六十二万円で、町の収入役と同額です。教育長と別に、教育委員長、教育委員長職務代理がいて、残りの二人が肩書きのない教育委員です。報酬は月額一万八千円〜二万三千五百円。
 教育行政にかかわることは、一般の町行政から切り離されて、すべて教育委員会の会議で報告されたり議決されたりします。これは、戦前、教育が政治の支配下にあったために軍国化が促進されたことにかんがみ、戦後、教育と政治を切り離すことが定められたからです。つまり、教育委員会の施策には、町長といえども口出しできないしくみになっているわけです。もっとも前述の通り、委員を推薦するのは町長だし、予算をつけるのも町長、という矛盾はあるのですが。
 吹上町の場合、定例会議は条例で毎月第三火曜日に開くことになっていますが、ほぼ毎回、委員や事務局の都合で他の日に開催していますので、傍聴の時は事務局で日程を確かめてください。

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