議会傍聴記


2001年12月定例議会傍聴席から

12月18日(火)
 議案第99号「吹上町立同和対策集会所設置および管理条例」が取り下げられました。
 これは、集会所の建て替え(来年4月オープン予定)に際して条例も改正しようとするものです。条例案の中で、気になった部分を書き出します。
(設置)
第一条 基本的人権を尊重し、同和問題の解決を図るため、吹上町立同和対策集会所(以下「集会所」という。)を吹上町大字下忍三千九百三十九番地二に設置する。

(管理)
第二条 集会所は、吹上町教育委員会(以下「教育委員会」という。)が管理する。

(職員)
第三条 集会所に、管理人その他必要な職員を置く。ただし、管理人は非常勤とすることができる。

(利用者の範囲)
第四条 集会所を利用することができるものは、同和地区の組織的教育活動を助長し、同和問題の解決を図る目的をもつもので、次の各号のいずれかに該当するものとする。(以下略)

 同和対策集会所と銘打っている以上、同和のための施設です。では「同和」とは、どういう意味でしょう。

 広辞苑第5版によれば、「同和=人々が和合すること。特に部落開放に関して、差別視をなくすことをいう。」とあります。また「同和教育=身分差別をなくし、真に自由で平等な人間社会の建設を目的とする教育。特に部落開放を意図した教育理念およびその運動を指す。」とも書いてあります。

 集会所が建てられた1975年当時は、同和対策事業特別措置法という法律があり、同和地区と周辺地域との環境格差を是正することに力が注がれました。それ以降、ハード面での環境整備は整ってきたわけです。今後、求められるのは、いまだに残っている偏見をなくし、社会的交流を促進することではないでしょうか。そのためには、より町民に開かれた集会所を運営していくことが求められると思います。

 そういう視点で、今回の条例を見ると、ずいぶん閉鎖的な条例ではないでしょうか。

 まず、第一条への疑問は、集会所を設置するとなぜ同和問題が解決するのか、ということです。昭和50年(1975年)に作られた現在の条例では、
第一条 同和問題の解決をはかるため、社会同和教育の場として、同和対策集会所を設置する。

となっています。これならまだ話がわかります。さらに一歩進めて、名前も変えて、こんな風にしてはどうでしょう。
第一条 基本的人権を尊重し、同和問題の解決をはじめ、さまざまな差別の解消、人権教育の普及を図るため、吹上町立ふれあいセンターを設置する。

 広報ふきあげ12月号に、この集会所の通称が「ふれあいセンター」に決まったと載っていました。これを正式名称にしてしまうのです。なぜって、この先20年や30年、建物はもつでしょう。その間、同和問題は解決されないのでは困るはずです。できるだけ早く、同和問題を解決したいから、集会所を建てるのでしょう。建物の名称に「同和対策」とつけてしまったら、「建物が建っている間は同和問題が解決しない」という前提に立っていることにはなるではありませんか。

 同和教育は、部落問題の解決をめざして意図的に取り組まなくてはなりませんが、それはすなわち、人間の尊厳を自覚することを育てる人権教育、民主主義教育であるはずです。同和問題のほかにも、民族、性別、障害、職業、年齢など、解消されなければならない差別がたくさんあります。せっかくの集会所を、そのために利用すべきです。

 当然、第四条も変えましょう。
第四条 集会所を利用することができるものは、同和問題の解決はじめさまざまな差別の解消を図るための組織的教育活動を助長する目的をもつもので、…(以下略)

と改めるのです。この二つを直すだけでも、利用の範囲が広がります。また、第三条もちょっと気になる部分です。
第三条 集会所に、管理人その他必要な職員を置く。ただし、管理人は非常勤とすることができる。

職員というのは「町職員」を指しているように見えますが、管理はシルバー人材センターなどに委託するようですから「いつも誰かいて、空っぽにならないようにする」という意味でしょうか。このあたりも全員協議会でもめたようです。

 現在の管理人さんも、より多くの町民に利用される施設を目指していると聞いています。以前の集会所は「同和対策」の補助金で建てたヒモ付きものなので利用が限定されてもしかたなかったのですが、今回は町の単独事業として建てるのですから、限られた施設を有効活用するためにも、同和問題だけに絞らない条例にすべきと考えます。
 人権尊重都市宣言の町にふさわしい条例になるよう、見守りたいと思います。