コラム

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過去のコラム (2003年9月〜2006年3月) 
/ 情報を「適正に管理する」って? / 今年のテーマは「子ども」支援です / 試験・検査・監査 / どこを削ってどこを増やすか / 選挙結果を見て / この町のことは、この国のこと  / 市民が「主体的市民」になるために / リフレッシュの優先順位は? / 見ただけではわからなかった事 / 学校もノーマライゼーションを / その日、何の日? と思うこと / 自分で納めた税金の使い道を決めたい / さらにわかりやすい(?)三位一体の改革の話 / 地方分権=「地域のことは地域で」ということ / お小遣いをしっかり管理できる子、できない子 / 今どきの小学生 / 耐震診断もまだでした / 通学区の見直し案に怒ったわけ / 家をきれいにしたければ人を呼べ / 伝統ゲームはルールを学ぶ場 / 時代にあった投票制度を / 年金について、いつ教わりましたか? / 7割以上の投票率 / 何を「住民サービス」というのか / そういう言い方もできますが / 法定合併協議会解散、そして・・・ / 知らせたい、知りたい、でもかみ合わない / そのときの選択、あとの祭り / 条例を作るのは、誰の仕事? / 「平和」をテーマに音楽祭で歌いました / 「一票の実感」が持てるように / スケジュールって、そんなもの? / 今まで通り、ということ / 



過去のコラム (2002年4月〜2003年8月)
 / なぜ、坂東眞理子氏を支持するのか? / 合併説明会に出席して / 「話が違う」おはなし / 進化する図書館 / 行田市との合併は、はずせない? / トイレットペーパーを替えますか / 自治体の思いはバラバラ、いったいどうするの? / 住民投票で問える問題、問えない問題 / 合併を考えるための情報は / それって、誰かのせい? / 私は「一町民」なんだけどなぁ / 「お得ですよ」といわれても / 今年もお世話になりました / 隣は何をする人ぞ / 今という時代を認識すること / 子育てサロンに参加して / 小学生の読書環境を維持するには / 学校でのミニモニ / ヨハネスブルグの環境サミットを機に / 参事のお仕事 / 移動図書館はもう必要ないの? / 吹上高校の授業で / なぜ今、オンブズマン? / 有事法制に反対の声を / ボランティアサポートセンターという箱ができました / パソコンは録音機器? / 秘書の人件費 / 給食用食器の審議は何だったの / 何とかして! 来賓の祝辞 / おにぎりよりパン? /



過去のコラム (2001年7月〜2002年3月)
/ 自分のためにできること / 日本経済の三重苦をどう乗り越えるのか / やっぱり基準が必要でしょう / 役場は給料が安い? / 事実だけを拾ってみました / ちょっと、できすぎ? / そんな児童館なんか行かないよ / 友好都市のメリットって? / 2002年のはじめに / 町長交際費の基準は? / 新しくハコモノを作る時は / 「看護婦」「看護士」から「看護師」へ? / どちらも聴きたい講演会 / 故・吉井威議員のこと / 今年の吹上号は、自費参加 / 乳幼児医療費の助成はありがたいけど / 11月30日は、図書館開けます・・って、決まってたの? / 後味が悪い結末… / お座敷列車の旅行費用、返してもらえませんか? / 吹上町民号のチラシから / 「子どもの食器」だからこそ本物を! / 毎日使う食器だから / 「道義的責任」という言葉の意味は? /

 

過去のコラム (2000年4月〜2001年6月)
/ ご支援ありがとうございました / 「表立ってはできない」理由 / 「教育の町づくり」を一歩進めて / 町長選挙に立候補します / 首長選挙に挑戦する人 / 新入学に間に合いました / ごみはいったいどうなるの? / ニワトリが先か、卵が先か? ではないでしょ! / 自分で考え、行動する大人に / 傍聴する時、される時 / プラスチックは資源です…けどねぇ / 誰の奥さんだっていいじゃない! / 視察でわかっちゃう 議員ってどんな人たち? / エコロジー生活――視察研修での工夫 / 水道料金のかからないワケ / 請願なんて誰でもできる! / さんすうセットは学校の備品に / 議会の言葉づかい / 視察研修先のもてなし / 個性的な新人たち / 町長からの感謝状 / 議会の人事 / 女性の票はどこに行ったの? / 2期目の当選に感謝 / 選挙運動と政治活動 / 始まりましたね、介護保険制度 / 生き活きレポートの4年間 /


過去のコラム (1999年6月〜2000年3月)
/ 図書館は貸し本屋じゃないよね / 女性議会は単なるセレモニー? / ラップを使わなくなったわけ / 公務員特別職という職業 / 年の始めに考える  / 減らせなくなるワケがある / ごみを減らすのは、一人一人の行動 / 議員控室は選挙の話題で持ちきり / これでも住民参加っていうの? / 選挙公報のない町 / おかげさまで3ヶ月たちました / 体育館の建て替えは誰のため? / 少子化対策基金の使いみちは? / 教育を変えるには、社会の仕組みを変えないとだめなの? / 「小一プロブレム」を知っていますか? / 石けんライフのすすめ / 「CAP」を知っていますか? / ホームページをよろしく / 議員定数削減には反対です /

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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<<議員はやっぱり視察がお好き>>

昨年度の鴻巣市議会議員の政務調査費を調べてみた。以前から領収書添付が義務付けられているが、今回さらに、購入した図書の題名が記載されていた。情報公開の面からは、評価できる。

詳細はまとめを作成中だが、「おやっ?」と思う支出がやっぱりある。
図書の購入で目立つのが、住宅地図。しかも会派に支給されるお金なのに、一人ひとセット(3冊)ずつ購入というところも。政務調査というより、選挙のためでは…?
広辞苑というのも、自費で買って欲しいものだと思う。太極拳のDVDに至っては、いったいどんな政務調査だというのか?

また、12月に買っている「パソコンソフト」の領収書には、明細がない。まさか「簡単年賀状作成ソフト」っていうことはないでしょうね。ソフトといえば「システム更新料」という項目も、何のシステムの費用だかわからない。明細が欲しいところだ。
視察研修費では、夏の北海道、秋の山陰など、いい旅をしているなあ。わざわざ出かけなくても、情報は充分ある時代なので、今後は視察研修の形態を変えていってはどうだろう。セコい感じだけれど、出発日の朝食の請求までしている人もいた。前日宿泊したようだが、報告書にはそれは出ていない。

年度を越えた4月の領収書を添付している会派もあった。役所はこういうことにうるさいはずだが、良いのだろうか。
視察した結果を、その後の議会活動に生かした、あるいは鴻巣市にも取り入れた、という話が出てこない。議会便りでの報告も「有意義でした」では意味がない。この際、視察費用をバッサリ減らしてはどうだろうか。

2008年12月26日

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<<理念ありき、の図書館だから>>

11月21日(金)、鴻巣市図書館協議会で、鶴ヶ島市立図書館に視察研修に行った。市の男女共同参画の指標となる審議会・委員会などの男女比率は、いまだ5:5に遠いようだが、我が協議会に関しては2:8で女性が多い。さらに男性一人が欠席のため、黒一点。バスの中はさながら女学生(?)の遠足。

 さて、まず訪れたのは「響学の森」なる複合施設。公民館と児童館、学童保育室、図書館分室が一体となっている。建って6年めということで、新しくてきれいなことはもちろんだが、ここで最も驚いたのは、図書館の開館日が週4日だけということだ。土日は開館しているが、平日は2日のみ。これは、職員配置の都合や、経常経費節減のためということらしい。身の丈にあった運営というべきかもしれない。

 鴻巣市では、旧鴻巣市の各公民館図書室の図書を、図書館とオンラインでつないでいるが、あくまでも「公民館」の図書室であり、図書館職員は配置していない。貸出や返却は公民館職員の仕事で、公民館の開館時間がそのまま図書室の開館時間となる。市民がいつでも利用できるという利点はあるが、図書館であれば所蔵しないであろう本もあるし、分類別に本棚に見やすく並べるという作業も図書館のようにはいかない。今後は、選書、配架、整理などの仕事を、徐々に図書館に移していくことが望ましいのではないかと思うが、それと引き換えに開館日を減らしたら、苦情も多くなるだろうと思った。

昼食後は、鶴ヶ島市立中央図書館に行った。ゆったりした空間、働きやすそうな事務所、飲食できるスペース、和室、夢のある子どもの書架、重要書類保存のための特別書庫・・・。私はこれまでに3回ほど訪れているが、毎回新たな驚きがある。

今回最大の驚きは、図書購入予算だった。8分館を含む市内全体の図書購入費が、鴻巣3館の合計約2000万円の半分しかないというのだ。資料を見て、一瞬我が目を疑った。約1000万円。これは、長らく旧吹上町立図書館の年間図書購入費の目安だった。その当時の鶴ヶ島図書館の予算は約8000万円くらいだったはず。

「本の単価が2000円として、5000冊しか買えないんですよね」と担当者。財政が厳しいですから、とあきらめ顔。ところが、
「でも、市民からの寄贈本が、だいたい6000冊あるので・・・」
椅子からずり落ちそうになり、今度は耳を疑った。「へっ?」と思わず声を出してしまった。特に文庫本はほとんど市民の寄贈でまかなわれるという。本が好き、というだけでなく、この図書館が好き、この町が好き、という市民の思いが伝わってくるようだ。

鶴ヶ島市立中央図書館は、できたときから「埼玉一の図書館」と言われていたが、それは施設の問題ではなく、理念の問題だったのだと改めて思う。「暮らしの中に図書館を」という市民の声から生まれた図書館は、十数年経ってもますます輝いている。鴻巣市の図書館がこれからじっくりすべきことは、市民育てなのかもしれない。

2008年11月22日
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<<携帯依存症になるのは>>

東京新聞の市民レポーターをしているので、時々アンケートが来る。これまで欠かさず返信していたのだが、今回はどうも書き上げられなかった。それは、ネットについて思うこと、というものだ。まとまらないが、少しここに書いておきたい。

「吹上のパチンコ店強盗が川越で車に立てこもった挙句自殺した」事件は闇サイトで共犯者を募集していたし、「秋葉原無差別殺人」では犯人は何度もネットの掲示板に書き込んでいた。とはいえ、ネットがない時代にだって、強盗も通り魔もあった。ネットが使われたのは事実だが、ネットがあったから起きたということはできないと思う。

私の感覚では、メールで要領を得ない話の時は電話を掛け、電話をしていて大事な話や込み入った話になると「会って話そう」となる。直接話すことに勝るコミュニケーション手段はないと思うからだ。

逆に言えば、誰かと会っているときはその相手と話をするのが当たり前で、数人でいれば、たとえ自分が話し手にならなくてもその場の話を聞いているのが普通だと思う。

ところが、公園で小学生がそれぞれ自分のゲーム機に向かっている風景も、子どもを遊ばせながらメールを打つ親の姿も、もはや珍しくない。誰と一緒でも「メールが届いたら返信する」という「イマドキのマナー」を優先させる人もいる。

かくて、「会って話す」ことは最高のコミュニケーション手段ではなくなった。むしろ、会って時間は共有しても、情報は共有しない。軽く付き合っても、深い話はしない。内容よりも場の雰囲気が重んぜられる。そうして、生の人付き合いの苦手な人が増えているのではないか。

小学生に携帯を持たせるべきかどうか、とか、未成年の携帯は有害サイトに繋がらないような規制を、とか、議論はあるが、肝心なのは、生の人付き合いが楽しくできるスキルを身につけることだと思う。小さな画面に向かっているより、顔を見て、息づかいを感じて会話する方が何百倍も楽しいと思えるよう、子どもたちを導いていきたい。

2008年6月28日
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<<チェックから始める>>

このところの年金問題では、信じられないほど杜撰な社会保険庁に腹が立ちますが、それをチェックできなかった国会議員も情けないと思いませんか?

議員の仕事は立法ですが、もう一つの大事な仕事は行政のチェックです。チェックするからこそ、改善された計画ができ、予算を決めることができるからです。といっても、この年金問題のように、議員任せではチェックしきれない事が沢山あります。特に、議員自身に関わることなら、市民がチェックしなくては明らかになりません。そのために、情報公開法・条例ができたのです。

昨年来、私は市民オンブズマン鴻巣の仲間とともに、鴻巣市議選の公費負担について調べてきました。公費が規定どおり使われているかどうかは選挙管理委員会が書類でチェックしていますから、明らかな条例違反はないでしょう。しかし詳しく見ると「おや?」という事もあります。例えば、同じガソリンスタンドなのに、候補者によってガソリン単価が異なること。レギュラー、ハイオク、軽油、という区別があるならまだわかりますが、車種から見てどれもレギュラーを入れるような車であると、いったいどういうことなのだろうと不思議に思います。

ポスター代に4倍もの差があることは以前にも書きましたが、「公費負担限度額いっぱいまで使うのは候補者の権利だ」という議員からの反論も届きました。でも、印刷業者がそっと教えてくれたことには、ポスター代として請求する中に、名刺、リーフレット、葉書の印刷代を乗せていることが多いようです。もしも議員がそれらも公費で賄うべきだと考えるなら、請求書を操作するのでなく、条例の方を改正するべきでしょう。

ガソリン代に関しては、他区市町村で、市民の指摘を受けて一部返還した議員が何人も出ています。選挙カーの運転手が「後ろの伴奏車にも一緒に給油して」とスタンドに頼むこともあるとも聞きます。ガソリン代の高くなった今、特に気になりますね。

現在の公職選挙法には、改善すべき点がたくさんあります。でも、法である以上、守らなくてはなりません。チェックすることで見えたさまざまな問題点を、ぜひ選挙制度の改善に結びつけて欲しいものだと思います。まずは市民が関心をもつことからです。

2008年5月6日
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<<4倍のポスター代>>

今年を表す漢字に「偽」が選ばれましたね。私はちょっと見方を変えて「選」という字を選びました。それは、市議選、県議選、参議院選、県知事選と、4回も選挙があったこと、そして宮崎県や参議院を見て、私たちは選挙で知事や議会を変えることができることを改めて認識したからです。

さて、その中で4月に行われた鴻巣市議会議員選挙について、どのくらい公費が使われたのか調べてみました。鴻巣市から出るのは、選挙用ポスターの印刷費、選挙カーの借り賃、運転手代、ガソリン代です。実を言うと、これらは市議選終了直後から「公開して欲しい」と言っていたのですが、選挙がこう続くと、一つの選挙のまとめが済まないうちに次の準備をしなければならないということで、秋まで請求を待ったのです。(もちろん公開請求してしまえば、職員が残業してでも2週間以内という規定どおり公開したでしょうけど、そんな要求は無駄遣いのもとだと思って待ちました。)

 みなさんは、選挙の候補者のポスターにいくらかかると思いますか? 市内に掲示板は250ヵ所。破れたり剥がれたりしたときのために、余分に印刷する分も含めます。今回の結果は、もっとも安い人が16万円強、高い人は80万円以上。実に5倍もの開きがありました。高い人は一枚のポスターが1700円以上で、掲示枚数の倍の500枚印刷しています。普通は多く印刷すると単価が下がるのに、300枚しか印刷しなかった人よりもずっと高い。これはどういうことでしょう。

 市議会議員は、市の予算を決めたり、税金の使いみちを監視したりする役目を負っています。できるだけ無駄をなくし、最小の経費で最大の効果が出るように市をチェックしなくてはなりません。その本人が「もらえるだけもらっておこう」「どうせ公費で出るんだから使ってしまおう」という姿勢では、役割を果たせるとは思えません。
車のリース、運転手、ガソリン代についても、請求していない人もいれば「毎日300キロも走ったの?」という数字の人もいます。

詳しいデータは現在集計中で、年が明けたらホームページにも少しずつアップする予定です。どうぞ楽しみにお待ちください。

2007年12月27日
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<<振り回されたのは誰のせい?>>

第3回「吹上支所周辺公共施設再整備提案に関する検討委員会」を傍聴した。これは、元吹上農協の土地を取得したゼファーから昨年末に出された「支所、公民館、図書館の土地と等価交換方式で、公共施設の入ったマンションを建ててはどうか」という提案に答を出すための会議だ。市の費用負担なしに古い公民館が建て替えられるなら、こりゃいい話だ、とも思われたが、計画書を見た市民からは「ちょっと待った」の声。なぜなら公民館も図書館も、今よりずっと狭くなってしまう上、駅前の景色が大きく変わるのだ。他にも心配の種はいろいろあり、これまでの2回の会議で指摘されてきた。

今回、会議の冒頭配られた資料には、10月15日付けでゼファー担当者から市長に当てた手紙があった。内容は、乱暴に言えば「住民はうるさいようだし、材料は高騰するしで、見込み通りにいかないから、この話はなかったことにしよう」というニュアンス。どうやら更地になった農協跡地に住宅会社からオファーがあるらしい。
じゃあ、この検討委員会もこれで御役御免になるの?

そもそも昨年末にゼファーから市に話があった際、図面はあっても書面はなかった、ということも、今回の傍聴で分かった。市議会へ出てきたのは、12月定例議会最終日の全員協議会。いかにも詳しい話をさせないような段取りだ。検討委員会を設置することには議会が予算をつけたのだが、その前に提案書をきちんとチェックすべきだったろう。もっとも、以前書いたように、経営政策会議の議事録もなかったのだから、市役所には書面がないことを不思議と思わない体質があるのかもしれない。

結局、住民は振り回されただけ。5千円×15人×5回の検討委員会予算も無駄。
でも、良かったこともある。支所や公民館は今のままでいいのか、ということを考えるきっかけができたことだ。この37万5千円があったら、公民館の壁紙を二部屋張替えられるなぁ、とかね。

委員会の行方は、次回の会議で市長の考えを聞き、判断することになった。その際の傍聴は遠慮してほしいと議長が発言、20人以上の傍聴者から不満の声があがり、その後ゴニョゴニョになって、どうなったのかわからない。日程が決まったら、次回も傍聴を申し出てみよう。

2007年10月17日
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<<運動会を見直そう>>

先週末は吹上小学校の、この週末は下忍、大芦、小谷小学校の運動会があった。いずれも好天に恵まれた。いや、恵まれ過ぎて、熱中症が出るほどだった。「秋の運動会」のはずが「真夏日」なのだから仕方ない。陽射しも強く、私の腕にもくっきりTシャツの日焼けあとができてしまった。

9月は台風も多いし、秋の長雨もある。そうなれば、校庭であまり練習できずに本番を迎えることになる。吹上小学校では、いかにも練習していないリレー選手のバトン引継ぎや、まだ覚えていないダンス、おっかなびっくりの騎馬戦など、「アチャー」と目を覆いたくなる場面が多々あった。

私が子どもの頃、運動会は10月10日前後だった。今でも幼稚園や保育所ではそのあたりに運動会をすることが多い。全国的に小中学校では4月か5月に行うところも増えているようだ。

以前聞いたところでは、小学校の2学期は、社会見学、陸上記録大会、バザー、修学旅行、音楽会、と行事続きなので、学校としてはどうしても運動会を9月に済ませたいそうだが、それならせめて最終土曜日と決めてはどうだろう。
さらに、本部席、来賓席だけでなく、児童・生徒の席にもテントを張ろう。何しろ紫外線の量が昔とは違う。1970年代と比べて紫外線B波は1割増。10歳までに浴びる紫外線の量が皮膚がん発生率を左右することがわかってきたというから、子ども時代の予防が大切なはずだ。

スピーカーや音楽も、もう少し何とかならないものかと思う。美しい音は望めなくとも、ガーガーうるさく割れた音だけは勘弁して欲しい。古臭い音楽テープは、保護者に一声かければ新しくて相応しい曲が集まるだろう。
「運動会」のあり方を、いろいろな面から見直す必要があるのではないだろうか。

2007年9月23日
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<<自給自足も夢じゃない>>

9月13日(木)、小川町での講演会「生ゴミは宝だ!」に参加してきました。会場は生活クラブ生協小川支部のくらぶルーム「はなみずき」。駅前商店街の一店舗で、広くて人通りもあり、役場も公民館もすぐ近く。そんな気軽な立地条件からか、生協組合員以外の参加もありました。

さて、この近隣で「生ゴミを燃やさない試み」として思い浮かぶのは、熊谷市の「有機100倍運動」。これは、参加者が生ゴミを出し、牧場から出る牛糞と混ぜて堆肥を作り、農家に使ってもらう流れでした。そして、堆肥を作るには、臭いの苦情の出ない広い場所(=荒川土手)が必要でした。

小川町のバイオガス・プラントは、堆肥と違って嫌気性微生物の力で、生ゴミを液肥とメタンガスにします。これだと、設備は小さくて済み、周辺がほとんど臭いません。NPOがこのしくみを運営し、協力家庭100世帯(うち4割は組合員)の生ゴミと、学校給食センターの野菜くず、各学校の残飯が原料になります。できた液肥は農家が使い、その農家の作物は、地域通貨を通じて協力家庭が受け取れるほか、豆腐やお酒、うどんになって販売されます。ガスは冬場設備を暖めるほか、発電して売電もします。

 ここで重要なのは、お金の流れです。この設備には、行政の補助金、ドゥコープの助成金、Apバンクからの借入れのほか、市民出資ファンドが使われています。10年後に返済される約束で、一口2万円を住民や賛同者が出したのです。
つまり、このプラントは、お金も人手も知恵も、市民が出し合って作った公共事業です。そして行政が「この重量の生ゴミを焼却処分するとしたらかかる費用」を、このNPOに払っていることで、運営が成り立っています。

最近日本では、食糧自給率は話題になりますが、エネルギー自給率はあまり話題になりませんね。でも、「食糧もエネルギーも自給できる」ようになったら、石油や天然ガスをめぐる争いも減るはず。現にヨーロッパの国々では、たくさんのバイオガスが使われています。

「出来た液肥を使う農家さえあれば、どこの町でもできる」とのこと。それなら、吹上でもできそうですよね。始めてみませんか?

2007年9月14日
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<<丈夫で長持ちさせるのもいい>>

「30年以上前の扇風機から火が出た」というニュースがあった。我家の扇風機も、かれこれ25年。まだまだ現役だが、思わずモーター部分に手を当ててみた。
昔の家電は丈夫だ。たぶんイマドキの家電は、30年ももたないだろう。コストダウンのため、より少ない材料で、より軽く作られているから、耐久性は落ちている。それでいて付加価値を高めるために、コンピューター内蔵など、どんどん複雑になっている。修理を申し込むと買い替えを勧められるというのも、よく聞く話だ。

扇風機では、30年も前に製造した商品の発火事故に、メーカーの責任はあるかどうかが議論された。製品の安全性に責任を持つのはメーカーとして当然だが、30年といえば想定する耐用年数を超えていただろう。もしもこの責任を取らなければならないとしたら、メーカーは早めに壊れる製品を作った方が得ということになる。

「丈夫で長持ち」の価値が下がり、「新しくて多機能」の価値が高い社会では、人々は商品を次々に買い替えるようになる。パソコン・携帯は言うに及ばず、自動車、テレビ、炊飯器なども、まだまだ使えるうちに買い替える人が増えている。
そして、建物も、である。

鉄筋コンクリート造りのビルは、60年もつと言われてきた。建物自体はそうなのだが、30年もすると世の中が変わってくる。バリアフリーにしなければならないとか、コンセントや配線を増やさなければならないとか。さらに、耐震基準の見直しや、周囲の状況変化にも対応しなくてはならない。
「それならいっそ、建て替えた方が良いのでは?」こんな声が出るのも無理はない。
ただし建物は値段が安くはない。量販店を比較して買う、という手軽なものでもない。壊すのにもお金がかかる。ましてや、そのお金が市民から集めた税金だとしたら?

古い扇風機なら、修理を頼んでも「すでに部品が製造中止」と断られるだろうが、建物はしっかりしていればリフォームできる場合が多い。ハートビル法施行以来、多くの公共建築物はバリアフリーに改装されたし、高層ビルの草分けである「霞ヶ関ビルディング」も築三十数年でIT対応大規模リフォーム工事を済ませた。

鴻巣駅前にショッピングセンターと大型マンションができ、北鴻巣駅前にも大型マンションと住宅街ができ、そして吹上駅前にも、支所と図書館と公民館を含めたマンションの構想が持ち上がっている。市内の駅はどこで降りても、駅前はマンション、似た景色になるの? なんだかなぁ…。

予算がないからついつい損か得かで考え、町民体育館の時も使える建物を壊した私たち。今回は、せめて公民館の耐震性を診断してから考えませんか。

2007年8月26日
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<<平和を考える季節>>

 日本の夏、といえば、戦争について考える季節ですね。参議院選挙の真っ只中、年金問題ばかりに目が行きますが、大事なことを忘れないようにしたいものです。
吹上でもいろいろな企画が続きます。

明用の「ひろば文庫」では、昨年に引き続き「鴻巣市市民活動助成金」をいただいて、6月30日(土)に「みんなの夢のコンサート」を開催。来てくれた今川夏如(なつゆき)さんは、アフガニスタンで子どもたちの移動サーカスを支援してきた若者で、子ども達にもわかりやすく、映像も交えて現地の状況を話してくれました。

 7月14日(土)には、ジャーナリスト浅井久仁臣さんを招いて「メディア・リテラシー」学習会。これは、生活クラブ生協熊谷ブロックの平和活動推進委員会主催。長年中東の取材を続けて来られ、テレビでもコメントをしてきた方の話だからこそ、日本のメディアの問題点がよくわかりました。
 例えば、今日の朝刊をどんどんめくってみて、広告がどのくらいの割合を占めているか調べてみましょう。少なくて4割、多ければ半分以上が広告です。広告だって情報の一種であるにせよ、広告なしでは経営が成り立たない新聞では、広告主の意向に逆らう記事は書きにくいでしょう。これはこの日のワークショップの一例です。

 そして、今週27日(金)には、午後1時半から3時半まで、吹上公民館で「平和を考える親子の集い」を実施します。疎開体験者の話、絵本「戦争のつくりかた」など読み聞かせ、みんなで歌う平和の歌、戦時中のおやつを食べる、といった内容ですが、さらに、大人向けの写真展示もします。
 「DAYS JAPAN」という雑誌をご存知でしょうか? 世界に誇る日本の報道写真月刊誌です。その中の、2006年度の受賞作品を20点、小パネルにしたものを、当日展示いたします。これをゆっくり見るだけでも、自分の中の何かが変わることでしょう。ぜひご参加ください。参加費は、ひとり100円です。

2007年7月24日
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<<議事録のない会議>>

私の所属する鴻巣市図書館協議会では、昨年九月、市内の図書館の休館日を統一することや、開館時間を実情にあったものにするよう提案した。しかし決定機関である教育委員会には、今年二月に異なる案が提出され、承認された。これらのことは、市役所のロビーに置かれたそれぞれの議事録に書いてある。
協議会の案が教育委員会にそのまま提出されなかったのは、「市の三役や部長らで構成する経営政策会議で要再検討とされたため」と説明された。
そこで先日、昨年度の経営政策会議の議事録の公開を請求してみたら、返ってきた答は「不存在」。驚くよりもズッコケた。これでは公開されている議事録のつじつまが合わない理由を市民に説明できない。協議会の存在意義もなくなってしまう。
かつては情報公開の先進地だった鴻巣市。決める過程を明らかにすることが、市政への信頼を高める、という基本を忘れないでほしい。
(2007年6月28日東京新聞埼玉版「街かどアイ」掲載)

 経営政策会議は規定によれば「行政の能率的執行を確保し、市政運営の最高方針及び重要施策を審議する」ものですが、実質的には御前会議となっている、との声もあります。記録が無いのですから、実際にどうだったかはわかりません。
ようやく今年度からは議事録を作っているとのことですが、それ以前の、例えば鴻巣駅前や北鴻巣駅前の開発、吹上駅南口の開発のことなど、この会議で話があったのかなかったのかもわかりません。「各部相互間の総合調整」も設置目的に含まれていますが、実際には市長の推進宣言やダメ出しの場になっているのではないでしょうか。
井戸端会議でない限り、普通、会議に議事録は付き物です。企画にしろ、報告、調整にしろ、どんな発言がありどう決まったのか、記録しておかなければ会議の意味はありません。それも、会議に参加していない人にわかるような記録でなければ意味がありません。市職員の会議ならなおさらのこと。この基本だけは守って欲しいものです。

2007年7月3日
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<<お互い様、という気持ち>>

図書館には、相互貸借という制度があります。自分の館にない本は、他の図書館から借りてくれるのです。とはいえ、もちろん本来の利用者が優先。だから、予算の少ない図書館は、ちょっと肩身の狭い思いをしながら、他の図書館から借りてきます。でも、人気の高いベストセラーは、小さな町の図書館で読み終わったものを、予約人口の多い市の方に貸すこともよくあるそうです。
相互貸借の精神があるためか、図書館は「隣接市の市民もどうぞご利用ください」という姿勢です。10年前の吹上図書館には、行田市や旧鴻巣市の利用者がかなりいました。川里村に図書館ができた時も、半数は村外の利用、つまり行田市民や旧鴻巣市民が利用していたのです。今は、行田市や騎西町の新しい図書館を、鴻巣市民が利用しています。こんな風に新しい図書館ができると、多くの他市民も訪れ、利用します。

一方公民館を利用しようとする団体は、その町の住民が半数以上いないといけないそうです。でも、鴻巣市民と行田市民が半々の団体だったら、活動の半分は鴻巣で、半分は行田で行いたいと思っても不思議ではないですよね。これが認められていないのです。市境が近い地域なら、他市の市民と活動するのは自然だと思うのですけどね。

さて、吹上に町民プールがあった時代から、一年中水泳の練習をしたいと思う人は、行田市民プールに泳ぎに行っていました。鴻巣市民プールには、騎西や北本の市民がやってきました。私は、市民プール廃止反対の署名運動には参加していませんが、市が市外の人の利用が多いことを廃止の理由に挙げているのには違和感があります。だって、北本近くにプールを造ったら、北本市民が利用したいと思うのは当然でしょう。ちょうど旧吹上町民が行田市民プールに通うように・・・。

市の施設は、その市に住む人の税金で造られ、運営されているのだから、市外の人の利用が多いのは問題だ、という考えを持つ人もいます。しかし、国や県の補助金が使われていれば、それは国民のもの、県民のものでもあるでしょう。
ひとつの自治体でできることなんて、たかが知れています。保育や介護のようなサービスだって、他の町と支えあっています。施設に関しては「隣近所のみなさん、どうぞ」という姿勢を持ったほうが良いのではないでしょうか。

2007年6月7日
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<<議会や職員は、内部? 外部?>>

鴻巣市のホームページには、市長室というコーナーがあり、市長交際費が公開されています。これは、以前なら情報公開請求をしなければ見ることのできなかったもので、鴻巣市の市民に対する姿勢としては、評価して良いと思います。
しかし、その内容を見ると、首をひねりたくなるものもあります。つい先月末、東京都知事の交際費の不適切な支出を返還せよ、という判決が下りたばかりなので、適正な交際費の使い道とは何か、考えてみます。

気になった一つは、議会の鴻創会、ほしの会との懇談、懇親会です。折しも長崎市長が1月31日に「今後議員や会派、政党との懇親会などには市長交際費を支出しない」と発表しています。その理由は「中立性を欠き、市民に誤解を与えるから」だそうです。

二つめは、市職員の結婚式です。「外部との交際には当たらないのでは?」と質問したら、「市長宛の招待状に基づいて発生する社会的な関係だから、外部」と返事をもらいました。以前吹上町長は、私の指摘した翌年から結婚式は自腹にしたのですが。

三つめは、歌謡、舞踊、発表会などです。これらは昨年秋に長野地方裁判所で違法の判断が示された「八代亜紀のパーティー祝金」などと同様、市政と直接関係がなく、市の事務と合理的な関連のないものと思われます。

四つめは、お祭りなどで地区に出しているお金です。宗教行事に対してなら政教分離に反します。そうでなく、交際費基準の「地域のまつり(飲食伴う)」に当たるならば、一日に18件もの飲食を伴う出席は、物理的に不可能のはずです。

「交際費を公開している」ということは「おかしいと思ったら指摘してください」という意味だと解釈し、私はこの四点について監査請求してみました。明日の午前中に、監査委員に陳述に行きます。監査委員は、鴻巣市の財政をチェックし、決算時には意見を述べている方々です。以前と今とでは財政状況も社会通念も違うはず。今の鴻巣市に見合った使い方かどうかを、適正に判断してくれるよう、思いをぶつけてきます。

2007年2月20日
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<<誰に何を説明するのか>>

久しぶりのメルマガ発行となりました。昨年は「まち情報こうのす〜のぞみ〜」という季刊の地域情報紙スタッフとなり、以来そちらで記事を書いております。のぞみ紙は無料でお届けしますので、ご希望の方はどうぞご連絡ください。

さて、吹上中学校の、現在子ども達の学級がある校舎が、耐震診断の結果、危険と判断されました。一昨年の一次診断ではそれほどの危険性はないと思われていたのですが、二次診断で引っかかったというわけです。早速、来年度早々に建物の使用を止め、プレハブ校舎を建てて引っ越すことになりました。5年間のリース契約だそうですから、現在5年生の我が娘は、入学から卒業までその校舎で過ごすことになるのでしょう。
 校庭にプレハブを建てるので、当然校庭が狭くなります。体育祭や吹香祭では窮屈でしょう。プレハブは夏は暑く冬は寒いので冷暖房は付けるそうですが、風の強い吹上のこと、室内がホコリっぽくなるのは間違いないでしょう。それでも子ども達は『あの時はひどい校舎だったなぁ』なんて、思い出を作っていくのかもしれませんが。

 ところで、こんな大事なことなのに、保護者に対する説明会は中学で1回、公民館で1回きりでした。が、今どき平日の午後5時、6時に集まれる保護者がどの程度いると思っているのでしょうか。仕事もあるでしょうし、夕飯の支度に、塾や稽古事の送り迎えに、一番忙しい時間帯ではありませんか。また、小さな弟妹がいる人も出られやしません。案の定それほど多くの保護者は来ていませんでした。
その上、中学校は全員ですが、小学校は学区内の小学6年生にしか手紙が配られず、PTA執行部の役員でさえ、説明会があることを知りませんでした。行政としてはこれでも「説明会はちゃんとしました」というアリバイができたのでしょうが、5年生以下の子どもを持つ人は未だにほとんど知りません。寝耳に水です。説明会が開かれることくらい、小学生の保護者にも知らせてしかるべきでしょう。

そのプレハブ校舎は4月末に出来上がり、連休明けに引越すそうです。そして現在の校舎は、解体するとも建て替えるとも、まだ何も決められないとのことです。
そうそう、吹中は体育館も、子どもが運動していると天井から劣化した断熱材が降ってくるような状況ですが、「来年度補修工事を予定しているが、現在予算折衝中でまだはっきり言えない」そうです。
吹上中学校に対しては、娘が入学するまでに、ブラウスの上にジャンバースカート、その上にセーラー服、という現在の変な(そう思いませんか?)制服を変えてほしい、という運動をしたかったのですが、それどころではないかもしれません。

2007年1月24日
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<<譲り合う豊かさ>>

成人式の振袖といえば、一生に何度も着ることのない高い買物。「孫に買ってやりたい」というお婆ちゃんも多いようだ。一方「レンタルで十分」という人もいれば、「お下がり」という人もいる。もちろん「着ない」という選択もある。

使う機会が少なく値が張る、といえば、農業機械。トラクターに田植え機、コンバイン。年に一度の出番しかないものを一軒の農家で買い揃えるには負担が大きすぎる。「機械が高いから耕作を続けられない」という声も聞かれる。それなら、振袖のように「レンタル」の仕組みはないのか?

「いやいや、それが・・・」と行政の担当者。聞けば共同で機械を使う提案、実践は、もう20年も前から続いているが、希望者は圧倒的に兼業農家なので、「土・日でないと困る」とけんかになったり、使い方の丁寧な人と乱暴な人が出てきたり、問題が起こって結局ご破算になるのだそうだ。

そういえば図書館でも、期限を守らないなんていうのはまだいい方で、借りた本に線を引いたりページを折ったりする不届き者がいるし、最近は一部を切り取ったり手続きせずに本を持ち出したりする輩(これはりっぱな窃盗罪)までいるとか。無料で貸し出す図書館でさえ、この有様なのだ。

「特定のグループでお金を出し合い、必要なものを買い揃え、みんなで大事に使っていく」というのは「自治」の基本で、それが大きくなると「住民からの税金で公共の仕事をすること」になる。これが「自治体」だ。自治体としてうまくいっている市町村には、うまく運営できている小さな自治グループがたくさんある。そして、残念ながらその逆も成り立つ。

自分の回りを振り返ってみよう。ご近所、趣味の会、職場、町内会…。特定の人だけが切り盛りしたり、誰か一人だけが我慢したりはしていないだろうか。
これからの社会を担う新成人には、自治する力の基本、「譲り合い、支え合い、認め合い」を伝えていきたい。

                (まち情報のぞみ第3号・ティータイム)

2007年1月1日
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<<係わり合いこそ地域力>>

先日、渋谷駅でJRの改札を抜けると、ピンクのTシャツを着た80歳くらいの小柄な女性が、銀座線の出口前でキョロキョロしていた。思わず「どちらへ行かれるんですか?」と声をかけると、「原宿へ行きたい」とのこと。「それならこちらですよ」と案内したが、私が話しかけるまで、ずいぶん長いこと困っていたようだった。

今、小さい子は「知らない人に声をかけられたら逃げなさい」と教えられ、学生は「町ではアンケート商法や新興宗教の勧誘に気をつけろ」と教えられる。声をかけられることは怖いこと。だから若者は自分からも声をかけない。それがたとえ、困っている人であっても。

都会の駅では、階段で倒れている人を見ても、誰もが知らんぷりで通り過ぎる。係わり合いになりたくない、面倒なことはごめんだ、自分は忙しい、他の誰かが声をかけるだろう、そんな心理。だから、転んで倒れて何百人が通り過ぎても、誰も助けてくれないことがあるという。

これが吹上の道端だったらどうだろう。ウロウロしているお年寄りを見たら、徘徊中かもしれないし、うずくまっている人を見たら、発作かもしれない。そこを通りがかったら「どうかしましたか?」と声をかける人は大勢いると信じる。

子育てには「地域の教育力」が、高齢社会には「地域で見守る力」が大切だといわれる。地域の力。それは、そこに住むひとりひとりの係わり合いの集合。今の吹上の地域力を、決して弱めてはならないと思う。

                (まち情報のぞみ第2号・ティータイム)

2006年10月1日
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<<交際の適正な範囲>>

夏はお中元、冬はお歳暮。お付き合いには、程度の差こそあれ、お金がかかりますね。
我が家の家計簿にも交際費という項目があり、寄付金なども含めると結構な金額になりますから、ましてや首長や議会議長ともなると、交際費も大変なものでしょう。

鴻巣市では、市長交際費をインターネットで公開しています。姿勢としては褒めて良いことだと思います。ホームページ上の市長交際費の説明には「市政の円滑な推進と健全な発展を図るために、市長が市を代表して外部との交渉をするためにかかる経費です。」と書いてあります。
しかし、そこに出てくるのが「職員結婚祝い」だったり「議会の一会派との懇親会」だったりすると「それって外部との交渉?」と疑問がわきます。市職員が結婚したからといって、わたしたちの納めた税金からお祝いするのはおかしくはないでしょうか。職員互助会とか組合が慶弔規定に則ってお祝い金を出すなら分かりますが。

疑問をそのままにしておくのは良くありません。早速「市長へのメール」を出してみました。すると、「鴻巣市交際費支出基準」に基づいて社会通念上妥当な範囲の金額を支出している、という答え。そして、外部という意味について、こんな回答がありました。
『外部』とは、地方公共団体以外のものを示しており、香典・結婚祝等に関しましては、死亡通知、あるいは市長宛の招待状に基づいて発生する社会的な関係ということができるので、たとえそれが職員であっても、『外部」と解することができることから支出しているものです。

民間の会社でも、社長が部下の結婚式に出るときは会社の交際費からの支出という場合はもちろんあるでしょう。だから市長も…。でも私の周りでは、「そりゃ、自分のお金をいちいち出していたら大変だろう」という人もいましたが、「なんだかすっきりしない」「税金の使い方として納得できない」という声の方が多いのです。
結婚式に職場の上司を呼ぶことは不自然ではありませんが、課長、部長はお祝い金も自費で、市長だけは税金からの支出だということを、結婚する職員の側は知っているのでしょうか。もしかしたら、そこまで考えて招待してはいないのかもしれません。

議会の最大会派とだけ懇親会をしていることに関しては、まだ調査中です。まとまりましたら、また改めてお知らせしたいと思います。

2006年8月18日
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<<みんなのお金からいただく補助金>>

6月24日(土)に、鴻巣市市民活動支援補助金によって「たかはしべんコンサート」を開きました。場所は明用の三嶋神社近く、生活クラブ生協が借りている「ひろば」という家です。幼児から高齢者まで40人以上が集まり、楽しいひとときを過ごしました。

合併によってこの補助金が使えるようになったことは、小さな市民団体にとっては朗報でした。地域のため、子どもたちのため、まちづくりのため、などどんなに素晴らしい目的を持つ団体であったとしても、その活動に自らの出費を伴う状態が続くと、だんだん活動が停滞してきたり、仲間が減ったりしてしまいがちです。
NPO法人を作ることもひとつの方法ですが、法人にしたからといって収入が急に増えるわけでもなければ、仲間が集まりやすくなるわけでもありません。設立してまもなく解散するNPO団体が少なくないことからもわかります。しかし、補助金があるとなれば、普段の活動とは一味違ったイベントが企画でき、団体の知名度アップにもなります。

この補助金を受けるためには、書類審査とプレゼンテーション審査を通らなくてはなりません。補助金の財源である市民活動支援基金は、市民や市内企業から寄付してもらったお金なので、使途や目的、効果をはっきりさせるよう、5人の審査員が時間をかけて審査しています。また、補助金がなくなった後の事業継続性、つまり補助金が打ち切られたら事業ができなくなることのないように、将来の見通しもきかれます。そういった審査を経て6月の「たかはしべんコンサート」は実現したのです。

ところで、市が出している補助金は誰が審査しているのでしょうか。まずはそれぞれの担当部署や財政課、そして最終的には市議会でしょう。しかし、その市議会議員の親睦団体「議員倶楽部」にも、一人当たり一万円の補助金が計上されています。その決算書を見ると、ここ二年は特に事業もなく、慶弔費や賛助費に消えています。そもそも議員の納める会費が一人毎月千円なのに、補助額一人年一万円というのは多すぎる気もします。
今年度は合併によって議員が増え、会派構成が変わり、倶楽部どころではない、という言い訳もあるかもしれません。何せ来年の4月は市議選。
でも、それならばなおのこと、2月からの予算審議まではしっかりと役割を果たし、自己チェックもして欲しいものだと思います。

2006年7月25日
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<<改正よりもちゃんと守ること>>

小学校には「学校目標」があります。吹上小学校なら「夢いっぱい、輝く瞳、光る汗」、小谷小学校なら「元気、やる気、根気、思いやり」といった具合です。こういったものは、長い文章でなく短い言葉で、パッとイメージが湧くようなものがいいですね。
これらは大人にとっても大切なこと。「自分は夢を持っているだろうか、自分の瞳は輝いているだろうか、自分は光る汗をかいているだろうか」と考えると反省させられますし、「元気に、やる気をもって、根気良く仕事に取り組もう」と自分に気合を入れるにも役立ちます。

それから、校則のような「約束」もあります。こちらには、してはいけないことや、しなければならないことが並んでいます。例えば「チャイムが鳴ったら席に着きましょう」「持ち物には名前をつけましょう」といったことです。
私の通っていた小学校にあったのは、「親切にします」「正直にします」「礼儀正しくします」「よく考えてします」「自分のことは自分でします」の5つのお約束でした。これは細かい校則よりも効果的だったと思います。中でも「よく考えて」というのは、どんな行動を起こすときにも大事なこと。今さらながら、よくできた「お約束」でした。

さて、今「教育基本法」が改正されようとしています。鴻巣市や行田市では、すでに小学校6年生の通知表で愛国心を評価の対象にしていることが分かり、26日に保護者としてTBSテレビ「サンデーモーニング」の取材を受け、28日の朝、ちょっとだけ映りました。


ほとんどの鉄道会社や工場では「安全第一」を掲げています。それなのに、労働基準法違反の長時間勤務や、効率を追い求めた無理なシフト、安全装置の未設置、労働災害隠しなどが後を絶たず、その結果、事故も続いています。
「安全第一」と百万遍唱えても、事故防止体制を整えなければ事故は防げません。もし、そんな会社に「愛社精神を持て」と言われても、自分の会社に誇りが持てず、愛することはできないのではないでしょうか。

「安全第一」は、例えば今の教育基本法第3条の「すべて国民は、ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければならない」という部分。掲げられてはいるけれど、今の先生の人数では、現代の多様な子どもたちの能力に応ずる教育は困難ですし、ひとしく教育の機会が与えられているとも言えません。「子どもたちの学力が下がった」事が問題にされますが、それこそ第3条が守られていないことの証明でしょう。
良い「目標」や「約束」なのに、国がちゃんとそれを目指し、守るための体制が整っていない時、「愛国心を持て」と言われても難しいのではないでしょうか。

2006年5月31日
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<<子どもの遊びと社会の関係>>

子どもの頃に「おままごと」をしたことがありますか? それは、どんな風に始まって、どのように終わったでしょうか。私の場合(40年近く前)はこうでした。
まず、役を決めます。一番人気があるのは「お母さん」で、次は「お姉さん」。あとは人数によって「おばあちゃん」が出てきたり、「お父さん」がいたりします。それから「今日はお姉さんの誕生日にしよう」といった設定を決めます。特に設定がないと、たいてい「ただいま」とお父さんが帰宅するところから始まり、それに夕飯の支度が続きました。

なぜ、今頃こんな話をするかというと、今の子どもたちはこうではないからです。遊びの名前も「おままごと」ではなく「家族ごっこ」といいます。そして、人気の役は「アブちゃん」つまり赤ちゃん。何もしないでバブバブ言っていればいいからだそうです。同じ理由で2番人気はペットです。お母さんは人気がありません。いつも忙しそうで、大変そうで、休めないで、怒鳴ってばかりいるからだそうです。お父さんはあまり出てきません。また「お父さんがいない家」という設定もよくあります。

いつからこのように変化したのか、はっきりとした線を引くことはできませんが、ウチの子もそうでしたから、10年以上前であることは確かです。そこでハタと考えました。
「だから少子化なんだ」と。

「おままごと」は大人の真似をすることです。40年前のサラリーマンは、夕方帰宅して、専業主婦である妻が作った夕食を一緒に食べ、子どもは父親にその日の出来事を話すことができました。そしてたいていの女の子はお母さんに憧れ、お母さんのようになりたいと思っていました。だからおままごとの設定もそうなります。
「家族ごっこ」では子どもだけで生活する設定も多く、お母さんのようにはなりたくない、という思いが伝わってきます。平日は朝早く出かけ夜遅く帰るお父さんの顔を見ることはない、という子も大勢いますから、お父さんが出てこないのも当然。そして「何もしなくていい」赤ちゃんやペットになりたい、というのは「しなければならない事がたくさんある」事の裏返しかもしれません。幼児教室やお稽古事に早いうちから通っていますから。

さて、お母さんに憧れて育った子どもは、いずれお母さんになる確率が高いのではないでしょうか。逆に、お母さんになりたくないと思っていた子どもは、お母さんにならない確率が高くなりはしないでしょうか。そして、何もしなくていい存在になりたがっていた子どもたちが、働きもせず、学びもしないニートになっていく確率が高くなるかも、というのは考えすぎでしょうか。ニートの増加と時期的には合うのですが。

「おままごと」の変化は、そのときの社会情勢の現れであるとともに、彼らが大人になったときの社会の予兆であるような気がしてなりません。

2006年5月2日

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