過去のコラム (1999年6月〜2000年3月)


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<<図書館は貸し本屋じゃないよね>>

 みなさんは図書館をよく利用しますか? 私は現在の住まいを選ぶ時に、図書館が近いことが魅力のひとつで決めた、というほど、図書館が好きです。子どもにはたくさん本を読んでやりたい、大好きな自分の本を繰り返し読むのもいいけど、やはり色々な本に出会わせてやりたい、だから、子どもの本はもっぱら図書館を利用してきました。もちろん、私自身にとっても、好きな作家の本を次々に借りたり、関心のある事柄について調べたり、図書館はなくてはならない存在でした。

子連れで図書館を利用するうち、「トイレに子連れでも入れるような椅子の設置を」と声をあげたのが、議員になったひとつのきっかけであることは、ことある毎に話してきましたが、図書館の中身についてはこれまであまり気にしていませんでした。というのも、私の読みたい本はリクエストでたいてい手に入るし、子どもの本もそこそこたくさんあって、特段不自由なことはなかったからです。

ああ、図書館っていいな、と思ったのは、昨年長女に登校拒否のきざしが見えた時でした。ホンの4、5日のことでしたが、学校に行かれなくなってしまった彼女を救ってくれたのは、ゆったりと一日図書館ですごした時間、そして出会った本でした。

次に、図書館っていいな、と思ったのは、「たんぽぽの仲間たち」の著者、山元加津子さんの講演会でした。本を読むだけでは伝わってこない山元さんのキャラクターに触れ、図書館は本を貸すだけではなく、読者と読者を結びつける役目もすることを知りました。この時聴きに来た人が、現在再び山元さんの講演会を吹上でやりたい、と活動を始め、手始めに先日読書会を開いたのは、活動報告の通りです。

そうして改めて図書館のことを調べ始めると、地域の文化を担う場所、民主主義を支える施設だということを教えられました。「もしも図書館に偏った考え方の本しか並んでいなかったら‥‥」「もしも図書館が誰が何の本を借りたかチェックしていたら‥‥」考えただけでもぞっとします。

図書館についての一般質問の内容は3月の議会報告をご覧いただくとして、近い将来、図書館の役割と可能性について考える集会をやりたいな、と思っています。ご賛同いただける方は、ご一報ください。


2000年3月14日
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<<女性議会は単なるセレモニー?>>

「あんな答弁をされるのなら、わざわざ女性議会に参加した意味がない。」「質問と答弁が全然かみ合っていなかった。」「せっかく良い経験をしたのに、その後の懇談会がメチャメチャだった。」
 これは、2月10日に開かれた女性議会の参加者の声です。せっかく「模擬議員」になった感想がこんなマイナスの声ばかりというのは、残念でなりません。どうしてこんなことになってしまったのでしょうか。

まず、女性議会が女性児童課の担当で、町の女性政策の一環として行われているところに注目したいと思います。その目的は「女性の町政参加の場を広げる」ことにあり、「女性が模擬議員として質問」することで、目的は果たせたと思われているのです。しかし、参加する側にとっては、町に対してもの申すチャンスです。知りたいこと、聞いてほしいこと、こうしてはどうかという提案など、よく考えられた質問をしています。それに対して執行部側は、木で鼻をくくったような答弁。「現在のところ考えておりません。」「それは町の管轄ではありません。」「今後の検討課題とさせていただきます。」などなど。

そりゃ私たち議員の一般質問でも、一度の答弁で納得することはほとんどありません。ましてや「よし、このことをきいてみよう」と考え抜いてたった一度の質問に臨む女性模擬議員に、2分間で十分な答弁をするというのは、難しい話でしょう。しかし、質問の意味がまるでわかっていないような答弁、つまり質問と答弁がかみ合っていない状態というのは、質問文をよく読んでいないか、読解能力が低いか、そのどちらかです。「出された質問を町政に生かしていこう」という気構えがあれば、質問の意味がわからなければ質問者に確認するのが当り前でしょう。

思うに、町にとっては女性議会は単なる「女性政策をやっています」というセレモニーであり、「町民の声を町政に生かすための場」とはとらえていないのです。「町長への手紙」しかり、「まちづくりクリエーター」しかり。せっかくの制度なのに「仏つくって魂入れず」という状態です。なんてもったいないことでしょう。
それでも、まちづくりクリエーターにも女性議会にも、いわゆるOB会ができました。これらの会が吹上町を住みやすくしていく力になっていくことを期待したいと思います。

2000年2月20日
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<<ラップを使わなくなったわけ>>

「今日は燃やせないごみの日だと思ったら、月始めなので資源ごみの日だった」なんてことはありませんか。吹上町では一部のモデル地区を除いて、燃やせないごみ(プラスチック類、陶器など)は週1回の収集で、そのうち月始めは資源ごみ(ビン、缶、鉄類)の収集日なのです。モデル地区は資源ごみ(ビン、缶、鉄類のほか、ペットボトル、古新聞、古雑誌、布類)と、燃やせないごみが1週おきの収集です。

町民からときどき不満が出るのは、「燃やせないごみの収集が少ない」という事です。2週間分貯めてしまうと、スーパーのレジ袋に6つも7つも貯まってしまう…という声もあります。みなさんのご家庭ではどうでしょうか。

我が家では、うっかり出し忘れることが多いので、時には3週間分貯めてしまうこともありますが、平均して2週間でレジ袋1つ分くらいしか燃やせないごみが出ません。というのは、ひとつにはスーパーマーケットでほとんど買い物をしないからです。プラスチック類のごみの9割は、包装容器なのですが、我が家では、たいていの食材は生活クラブ生協の共同購入です。肉や魚の包装にはトレイが使われていませんし、しょうゆもみりんもガラスびん入りで、空きびんは回収され、何度も使われています。また、1週おきにとっているガバレ農場の野菜も、新聞紙にくるんでダンボール箱で届きます。

もうひとつ心がけているのは、生活の中で使い捨てのプラスチック製品はできるだけ使わないことです。ペットボトル製品は、年に3つまでしか買わない。お惣菜は弁当箱を持って買いに行く。ラップは(たとえ塩ビが入っていなくても)できるだけ使わないで、冷蔵庫に入れるときや電子レンジにかけるときにはお皿をかぶせて代用する。お菓子を買うときにはなるべく個包装でなく大袋入りのものを選ぶ。などが、我が家のルールになっています。十年前、まだ子どものいなかった頃は、ふた月にラップ一本くらい使っていたものですが、使わなくなってみたら別に何てことなかった。今、我が家にあるラップは、2年前に買ったポリラップですが、まだあと2年くらい持ちそうです。

ついでに、プラスチックごみをかさばらせないコツは、ポリ袋は結んで捨てること、豆腐の容器などははさみで切って板状にして捨てること、この二つです。
まあ、私の場合は「明日の地球のために」なんて大上段に構えてたワケじゃなく、ごみ出しを忘れるからできるだけ減らしたいっていうのが本音だったりもするのでした。

2000年2月8日
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<<公務員特別職という職業>>


議員は一種の公務員ですが、一般の地方公務員や国家公務員とは違い、「公務員特別職」とよばれます。町の特別職には、議会議員の他に町長、助役、収入役、教育長があります。一度「公務員特別職」になると、任期までは自分で辞めると言い出さない限り、クビになる事はありません。病気で仕事ができなくても、ボーナスをカットされる事もありません。12月15日に退職を願い出て、1月15日付で退職した収入役も、半年前から病気で休職していましたが、その間の報酬・期末手当は全額支払われていました。

また、先日の議会だよりに、現在病気療養中の議員が表彰を受けたことが載り、町民から「もう2年も議会に出席していないのになぜ?」という声があがりました。「そういうきまりだから」としか答えようがありません。みんな「何か変だ」と思いながら、「しかたないか」と思ってしまっているのです。

町長と議員は、選挙によって町民から直接選ばれますが、助役、収入役、教育長は町長が選任し、議会の同意が求められます。

町民が町長や議員を選挙する時、たとえ選挙公報のないこの町においても、候補者の政策や人柄などをある程度知った上で投票する人が多いと思います。しかし、町長が選任してきた特別職の人に同意するかどうか、議会議員は重大な判断を迫られる問題なのに、これまではほとんど質疑も討論もなく同意されていました。
1月24日の臨時議会では、私は教育長の選任について、初めて反対討論を行いました。これまでの議会、教育委員会定例会、その他の場での教育長の発言を聞いて、教育の町、かつ人権尊重都市宣言をした町の教育長にふさわしいとは思えなかったからです。結果は私以外の議員18人の賛成で再任されましたが、反対を表明したことには意味があったと思っています。

2000年1月28日

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<<年の始めに考える>>

あけましておめでとうございます。

昨年は議員生活も4年目に入り、このホームページを開設、おかげさまで年末までに800を超えるアクセスがありました。本当にありがとうございます。

さて、年末年始の休みに入る前、私はある新聞記者にきかれました。「吹上町はどうなっちゃうんですか? このままで大丈夫なんですか?」と。
これだけ聞いて、彼が何をそんなに心配しているのか、わかりますか?

町民の生活は何の変わりもなく無事ですが、それを支えている町役場や議会の様子を見て、今後が心配だと言うのです。例えば、町長や収入役の病気のこと、議員の発言や行動、役場職員の勤務の様子などが他の市町村と比べてかなり……?

ここで私も「大丈夫ですよ」と胸を張りたかったのですが、やはり一緒になって心配してしまいました。「うーん、何とかしなくちゃ…」でも、何とかするのは私だけではできません。多くの町民がみんなで「何とかしなくちゃ」と思って行動しないと、何ともならないのです。

今はさしあたって町民生活に影響の出るような危機ではありません。でも、「カエルは熱湯に入れれば驚いて飛び出すが、ぬるま湯に入れて徐々に熱くすると茹でられてしまう」というたとえ話のように、気がついたらどの市町村よりも遅れた暮らしにくい町になっているかもしれません。

吹上町の将来のビジョンをみんなで考え、それに向かって行動していく、今年はそんな年にしていきませんか。気がついたことから、役場に電話一本する、町長への手紙を書く、身近な議員に情報を寄せる・聞く、会議を傍聴する、そして4月の町議会議員選挙でこれぞという人を選ぶ。一人一人の行動が、町を暮らしやすくする力になります。あなたもぜひ、ご一緒に。
2000年1月4日

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<<減らせなくなるワケがある>>

水道料金を審議した時、値上げする理由の一つが「見込みよりも一人あたりの水道使用量が少なかった」というものだった。人口がこのくらい増えて、水の使用量もこのくらい伸びるだろう、それに対応できるように新しい設備を増やそう、その予算はこれくらいになる、それなら今の水道料金でまかなえるはず‥‥と計算して、工事をしてみたら、人口も水の使用量も思ったほど増えなかったからお金が足りなくなった、というワケ。でも夏になると「水を大切にしましょう」って言うヘリコプターが飛んでくるし、水だってひとつの資源だから使い過ぎないに越したことはないと思う。
「口では節水を呼びかけても、実際はじゃんじゃん水道を使ってくれないと経営が困るんですよね」というのが、公営企業である水道課の本音。みんながうんと節水に努めると、収入が減って料金値上げにつながるというシクミなのだ。

さて、ごみ処理施設の余熱利用もこれに似ていると思う。ごみ発電だのサーマルリサイクルだの、カッコイイ言葉を使って、ごみを燃やすことが「ためになる」ことになってしまうのは非常に恐ろしい。プールやお風呂に余熱が利用ができるような炉というのは、大型で高温になるものでなければならないから、建設費も高いし、ランニングコストもかかる。高温を保つためにプラスチックのようなカロリーの高いごみを多量に集めてこなければならないから、どうしても市民に「ごみを減らせ」という声は小さくなる。今のような大量生産・大量消費・大量廃棄の時代には通用しても、もうホンの数十年後には石油は底をつくと言われている。今にプラスチックは貴重品になるんじゃないかな。それを燃やしちゃうなんてとんでもない。第一、日本の石油はもう90%以上中東に依存しているという。もし、そこに紛争でも起こったら、70年代の石油危機どころではなくなるはず。誰もそういうこと、考えないのかなぁ。

ごみ問題の根本は、ごみを減らすこと。それには、私たち一人一人ができる限りごみになるものを使わないこと、買わないこと、贈らないこと、もらわないこと。そういう市民の意識の高まりが最も大切だ。余熱利用の発想は「地球温暖化防止のために原子力発電所を増やそう」という発想とも似ている。技術で何とか解決しようとするより、減らす、止める、という予防的解決方法の方がずっとたやすいのだ。

だから私は、「ごみを減らそう」という声を弱める余熱利用施設の建設には、断固反対する。現在、彩北広域清掃組合でごみ処理施設の建設を計画しているが、機種の選定は住民参加で分別方法を検討してから、ということになっている。これを見守り、しっかり声をあげていくつもりだ。
1999年12月30日

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<<ごみを減らすのは、一人一人の行動>>

昨年の春にドイツにごみ問題の視察に行きました。帰国後「自分たちの出すごみのことを一緒に考えてみませんか」と声をかけ、報告会をかねたワークショップを開きました。その時、ドイツでなぜごみの減量やリサイクルがうまく行っているかをお話ししたのですが、ポイントは3つありました。ひとつは法律による規制、次に国民の意識、それから経済的な裏付け


日本ではごみ処理は厚生省の管轄です。「500mlのペットボトルなど、使い捨て容器の商品を作らないように」などという法律は作れません。だから「ごみになってしまった容器はリサイクルさせること」という法律を作るのが精一杯でした。ドイツでは「飲料の9割以上はガラスビンなどの再使用できる容器で販売すること」と決まっています。どちらがごみを減らせるかは一目瞭然です。

日本人はきれい好き、新しいもの好きです。少しの汚れも見逃さず、新製品に飛びつきます。新しいものを買えば、古いものは捨てられます。ごみになります。ドイツでは家具も電気製品も修理して何代にもわたってて使いつづけます。

日本では新製品が安く、修理代が高いです。ティッシュもポリ袋も値段が安く、食堂では割り箸が当り前です。ドイツではビンでも蛍光灯でもデポジット制です。買うときには50円とか200円とか上乗せされた価格を払い、使い終わった後返すとその分のお金が返ってきます。自動販売機は電車の切符や切手だけです。


詳しい報告はいずれ別のところでしますが、それでは今私たちにできることって何でしょうか。

日本の中学生は「ごみを減らさなくっちゃ」という意識はあっても、自分がコンビニに行くときには袋を持って行かないといいます。ドイツの中学生は「ごみをもっと減らさなくっちゃ」などと構えていなくても自然に袋を持って買い物に行くそうです。大切なのは知識よりも行動。法律を作ることはできなくても、法律を作る人を選挙で選ぶのは私たち市民。メーカーや流通のしくみを変えることはできなくても、客としての声をお客さま相談室に伝えるのは私たち消費者。そしてみんなの意識をごみ減量の方向に向けるのも、一人一人の行動だと思うのです。
「袋を持って買い物に行く」
「ペットボトルなど使い捨て容器の物は買わない」
「外食の時は自分の箸箱を持っていく」
「自動販売機で飲物を買わない(電気の面からも)」
「プラスチックより自然素材の物を選ぶ」
「再生品を積極的に買う」
「ラップやホイルをできるだけ使わない(お皿をかぶせるなどで代用)」
「トレイやパックは店に返す」
「個包装の物より徳用の物を選ぶ」「必要な量だけ買う」
「容器を持って買い物に行く(豆腐とか惣菜など)」
「野菜は皮や葉っぱも食べる」
「ばら売りしてくれる店を選ぶ」
などなど。
あなたもぜひ、できることから始めてみてください。
1999年12月16日

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<<議員控室は選挙の話題で持ちきり>>

議場のある役場の3階には、議員控室という部屋があります。テーブルとふかふかの(でもかなり古い)ひじ掛けつきのイス、そして議員全員のロッカーがあり、セルフサービスでお茶やコーヒーが飲めるようになっています。ここのほか、議会中は第一、第二、第三会議室が、会派控室として使われます。

議員控室でお茶を飲んでいると、「あの人は大丈夫だな」「あの地区で出るんだって」「今度は4人オーバーかな」「いやもっと出るだろう」などなど、早くも来年4月の選挙の話題でにぎわっています。一般質問でも、身近な道路のことを質問する人が増え、これまで10年以上一般質問しなかった人がするようになるなど、なんとなく選挙を意識しているのがわかります。

「選挙に出ようなんていう奴は、どっかおかしいんだから。普通の人なら出ようなんて思わないんだから。」と笑いながらおっしゃるオジさま。私は今「ホントにその通りだなあ」と感じています。だって、地方議員というのは4年ごとに選挙がある不安定な立場で、職業というほどの収入はなく、さりとてほかの仕事の片手間でできるほど甘くはない、それでいて常に見られている緊張感があり、よっぽどの思いがなければやる気になれないですもの。やっぱり私も「どっかおかしい」ひとりかなあ、と思うのです。

「議会」は、そんな人たちの集まりですから、話がまともに進まないのもうなづけます。だからこそ「普通の感覚を持った人を議会へ送り出そう」というネットの活動が生まれたのです。でも、普通の感覚の議員を増やそうと思えば、そういう候補者を増やさなければなりません。誰も彼も、「ネットの活動、がんばってね」とは言ってくれますが、「私も立候補してみる」といってくれる人がなかなかいません。むずかしいもんだなぁ。

1999年12月9日

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<<これでも住民参加っていうの?>>

これまで行田市と吹上町の燃やせるごみは、一緒に焼却処理していました。その焼却炉が古くなって、いよいよ建て替えが必要になり、ご一緒にいかがですか、と声をかけ、同じくらい炉が老朽化していた羽生市と南河原村も仲間になりました。

さて、4つの市町村では、ごみの収集方法がバラバラです。行田市は燃やせるごみを毎日収集していますし、羽生市は徹底したリサイクルをしています。南河原は資料がないのですが、吹上は一部のモデル地区だけでペットボトルや古新聞などの回収を行なっています。今度一緒に炉を作るのなら、この収集方法を同じにしなければなりません。どういう収集方法にするか、やはりごみを出す住民が話し合って決めるべきでしょう。

そこで先日、4市町村で作っている彩北広域清掃組合の執行部から、彩北広域清掃組合議会議員に対して、説明がありました。

いわく、「収集方法の検討機関のメンバーは、住民代表として各市町村1名ずつ、それに地元の行田市民を2名追加。この人選は首長に任せます。あとは行政の職員7名」というのです。「ヘッ、うそでしょ?」とビックリして「住民代表が少なすぎる」と言いましたら、執行部は「少ない方が話がスムーズに進む」と平然と言ってのけたのです。

ごみに関しては、いろいろな意見を持った人がいます。私は「発生抑制、つまりごみになるものを作らない、買わないことこそ最も大切だ」と思いますが、中には「不況なんだからモノがたくさん売れた方がいい。高性能の炉ができれば処理問題は解決だ」と思う人もいます。また、ごみに関する情報を積極的に仕入れている人と、新聞にそのような記事があっても読まない人もいます。「住民代表1名」が首長に任され、その市町村の意見を全部しょってくる事など不可能です。

そこで提案します。私たち市民の立場で、どんな収集方法が良いのか、また減量や資源化を進めるにはどうしたら良いのか、研究会を作りませんか。行田市、羽生市、南河原村、そして吹上町の住民・議員を中心にして、年内にメンバーを募りたいと思います。ご賛同いただける方は、ぜひご連絡下さい。

1999年11月12日

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選挙公報のない町

私はこの町に来るまで、選挙といえば選挙公報が付き物だと思っていました。どれだけ候補者がいて、どの人がどんな政策を持っているのか、それがわからなければ投票のしようがないからです。しかし、吹上町の選挙には、選挙公報がありませんでした。引っ越してきて初めての町議会議員選挙では、ポスターとカンだけが頼りの投票となりました。吹上の町民はこれまでどんな基準で投票してきたのでしょうか。

 現職の議員であれば、過去の議会だよりでどんな一般質問をしてきたかを知ることはできます。(市町村によっては一般質問をした議員の名前を載せないところもあるのですが、吹上の議会だよりはその点は評価できます)また、図書館に行けば会議録を見ることもできます。しかし、新人候補者は自分の政策を知らせる公的な手段がありません。選挙は町民が政治に参加する基本的な行動のひとつです。候補者の政策を知らせるための選挙広報は絶対に必要だと思います。

 私は議員になって初めての一般質問でこのことを取り上げました。その時は、市は告示期間が7日間あるが、町は5日間と短いことなどをあげて、選挙公報の発行は難しいとされました。また、町村においては選挙公報の役割は小さいといった考え方も示されました。つまり、親戚・知人・同級生といったつながりで投票する人を選ぶので、政策は二の次だという意味のようです。

 この夏の「議員定数削減を」という直接請求の要旨に「議員の資質の向上」が取り上げられていました。「議員の質」は、すなわちそれを選ぶ「町民の質」です。「議員の質」を高めたいと思えば、議員の活動をチェックし、自分たちの声を届けなければなりません。また、質の悪い議員を辞めさせたいと思えば、より質の良い議員を立候補させ、当選させなければなりません。町民の投票の基準は、今はまだ「しがらみ」が一番かもしれません。しかし、このところのさまざまな問題で、「候補者の政策」によって投票しようとする人は確実に増えたと思います。選挙とは本来そういうもののはず。だから「選挙公報」はどうしても必要なのです。9月議会では一般質問できませんでしたが、来年4月の議員選挙に間に合うように、これから強く働きかけたいと思います。
1999年10月20日

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おかげさまで3ヶ月たちました

「ホームページを作りたいな」と思って、公民館のインターネット体験コーナーであちこちの議員のホームページを見るうち、私だったらこんな風にしたいな、というイメージがだんだん固まってきて、ついにこの6月にホームページを開設、3ヶ月たちました。少なくとも週に1度は更新したいと思っていましたが、今のところそれ以上のペースで更新しています。アクセス数も順調に増え、450を超えました。町民の方から「ホームページを見て初めてお便りします」というメールをもらったときは、飛び上がるほどうれしかったです。「打越さんの軽いノリに合わせた軽い作りのホームページだね」というおホメの言葉(?)もいただきました。また「パソコンはないけどファックスならある」という方に、主にコラムの中から不定期にファックス送信する「うちこし紀子のはつらつ通信」も始めました。心当たりのお友達がいらっしゃいましたらぜひご紹介ください。これからも「作りは軽く、中身は重く」で進めて行きたいと思います。どうぞごひいきに。
1999年9月19日

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体育館の建て替えは誰のため?

 今、体育館の中に『意見箱』が設置されている。そして「吹上町体育施設利用者の皆様へ」という用紙が添えてある。いわく「建設省の高規格堤防工事のため、旧施設に替え新たに総合運動場、町民体育館等の施設を建設する運びとなりました。そこで利用者の皆様より、現在利用されている各施設の課題点や今後への助言等のご意見を伺い、今後の参考にさせていただきたいと思います。」そして、意見欄があり、そこには「お気づきの点のみご記入ください」と書き添えてある。(この『のみ』の意味は何だろう)

 私はこの計画の最初から、「できるだけ利用者の声をきいて建て替えるように」と言い続けてきた。そして、その結果、こうやって8月から意見を募集するようになったのは良かった、と思っていた。
 ところが、である。

 9月議会の執行部報告で、この体育館等の設計委託業務を「入札により選んだ会社とすでに契約した」というではないか。ということは、今集めている意見は何のためなのか。入札前には仕様ができていたってこと? もういまさら設計変更できないんじゃないのか。第一、そういう時期になってから意見を集めるんじゃ遅すぎる。

 そう思ったので、手を挙げて質問してみたら、もうひとつ思わぬ答が飛び出してきた。「体育館は勤労青少年ホームとの複合施設にする」というのだ。「それっていつ決めたんですか?」「スーパー堤防構想が建設省から示された時から考えていた」……。私も他の議員もほとんど寝耳に水。そんなのありか? それなら体育館の意見募集だって文面を変えなきゃおかしいし、勤労青少年ホームの利用者にも意見をきくべきだよね。だって、更衣室とか軽体育室とか幼児室は、一緒に使えることになるもの。

 私は即座に勤労青少年ホームで講座を担当している人にきいてみたけど、施設についての話は今まで一度もなかったと言っていた。
 いったい誰のための施設建て替えなのか、より使いやすい施設を目指す気はないのか、私は「頭にキノコ」状態だ。

1999年9月11日

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少子化対策基金の使いみちは?

 国から吹上町に「少子化対策に使うように」と3000万円のお金が降りてきた。平成13年度末までに使わなければいけない。さて、何に使おうか?
 こういう時こそ、子育てママが「こういう風に使ってほしい」と提案していくことが必要だ。お役所でおじさんが相談したって、ロクな少子化対策は出てこないに違いない。

 第一なぜ少子化なのかといえば、子育てのマイナスイメージが強すぎるからじゃないか。「子育てって楽しいよ。大変なこともあるけど、面白いことはもっといっぱいあるよ。」そういうメッセージを、子どものいない人や二人目をためらっている人に伝えていくことが必要だ。

 今日説明を受けたこの基金の話を、夕方保育所のお母さんに話したら、「公民館の講座を保育付きにして、子育て中でも学べるようにするといい」「親子体操教室を開いて、親子で楽しむ時間って幸せ、と思えるような機会を作るといい」「ファミリーサポートシステム(ボランティアによる一時的な保育)を早く始めればいい」「建売り住宅がそのくらいの値段だから、小規模の児童館みたいなものが建てられるんじぁないかな」など、あっという間にアイデアが出てきた。もっともっとアイデアは出てくるよね。みんなで教えてあげようよ。その3000万円は私たちが納めた税金なんだから。良い考えがあったらメールくださいね。
1999年9月10日

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教育を変えるには、社会の仕組みを変えないとだめなの?

 敬老会の来賓として呼ばれた時、教育委員の一人と話す機会があった。
「何か教育のことでありますか?」ときかれたので、「いろいろあるんですけれど」と言いながら、うちの子の話をした。


1年生の国語で、おむすびころりんの話が出てくる。テストのとき、「おじいさんがつつみをどうしたとたん、おむすびはころがったのでしょう」という設問があり、娘は「つつみを“あけた”とたん」と書いてバツをもらってきた。正解は「つつみを“ひらいた”とたん」だった。理由は問題文に“ひらいた”と書いてあったから。

設問には「問題文から言葉を選べ」といったことは書いていなかった。でも、担任に聞いたところ、問題文から選ぶというのがテストの原則で、今後もそれを身につけさせるとのことだった。私は納得しなかったが、何人かのお母さんに話すと「学校ではそういうことってザラよ。いちいち気にしてられないわ」とのことだった。

2年生では、たんぽぽの話だ。「花がしぼんで何になるでしょう」に対し、「たね」と書いた娘はやはりバツ。原文の「白いわたげ」が正解だった。今度は先生も気を使ったのか、「先まで考え過ぎなくていいよ」と添え書きがあった。しかし私は納得しない。

1年生、2年生で教えなければならないのは、テストのテクニックではないと思う。文章を読みこみ、理解する力をつけることが求められているのではないだろうか。そして、勉強って面白い、と感じられるようにすることだ。


このような話をしたところ、かの教育委員は「問題文をしっかり読むことを小さいうちから身につけないと高学年でケアレスミスをするようになるから、それは大切なのだ」「テストで点数をとることを社会が求めている」つまり「世の中の価値観が変わらない限り、教育を変えられない」というような答だった。

確かに教育は世の中の求める人材を作ってきた。富国強兵の時代には優秀な兵隊とそれに従う女を。高度成長期には優秀な企業の部品とそれを支える専業主婦を。それでは、今、世の中から求められている教育は、いったい何だろう。それが最近「生きる力を身につける」とか「自分の頭で考え、行動する」といわれているものだろう。そのための総合的学習の時間が来年から始まる。でも、先生や教育委員の頭の中が、20年前を引きずっているようだと、この試みはうまくいかないのではないだろうか。この教育改革について、みなさんはどう思いますか。

1999年9月3日

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「小一プロブレム」を知っていますか?…HILLSサマーツアー発表より

小一、つまり小学校一年生になった子どもが起こす「問題行動」により、指導困難になった状態のことを「小一プロブレム」と呼びます(喧嘩の多発・自席に座っていられない・パニックを起こす・ほかの子どもの妨害・集中力が低いなど)。話題の「学級崩壊」にもつながりますが、就学後すぐの子どもたちの問題として、とくに考えなければならないことです。

なぜ、小一プロブレムが起こるのか。原因の一つは「幼稚園・保育園と小学校との段差」つまり自由保育からいきなり一斉行動になることの戸惑いがあげられます。行動だけでなく、物理的にも校舎が大きい、殺風景、席が決まっている、先生の年齢が高いなど、ギャップが大きいのです。その上、それまで幼・保ではいちばんお姉さん・お兄さんだったのが、いちばん小さい子として6年生に面倒を見てもらう存在になるというのも、自尊心を傷つけられることかもしれません。もうひとつの原因は、「自尊感情の不足」つまり自分が大切な存在だと思えない子どもが増えていることです。「できる・できない」という価値観で比べられて育っていると、ちょっとした「できないこと」でひどく自分を責めてしまい、イライラしたりパニックになったりする子どもになる可能性が高いわけです。実際幼稚園の先生の話で、画用紙を切り抜くところを間違えただけで「ウォー」と叫んで歩き回るといったパニックを起こした子どもがいるそうです。また、さまざまな人との関わりや体験の減少も自尊感情が低くなることにつながります。地域のコミュニティを大切にしなければいけません。

小一プロブレムを乗り越えるには、幼稚園・保育所・小学校の連携をもっと強め、年長の三学期に学校体験をしたり、一年生の一学期は「くぐらせ期」として保育内容・授業内容を見直すことが必要だと思われます。現在「幼・保・小連絡協議会」はありますが、大して機能していないように思えます。また、参加体験型学習を増やし、1年生の力を評価して自主性を促すような教育が必要のようです。幼稚園・保育所・学校とも「自分に自信を持ち、ほかの人の良いところを認められる集団づくり」を目標にして欲しいと思います。

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石けんライフのすすめ  (生き活きレポート第16号より転載)

 七月はシャボン玉月間です。これは、人体にも環境にも害のある合成洗剤を使うのをやめて石けんに切り換えよう、という呼びかけです。テレビをつければ「これでもか」というほどの家庭用品のCM。洗濯用だけでなく、台所用、お風呂用、トイレ用の洗剤、そしてシャンプー、歯磨き剤にまで、合成洗剤は使われています。「植物から作られた」「手肌にやさしい」とうたっていても、コマーシャルの流れている製品はほぼ全部が合成洗剤。皮膚障害を起こすもの、発ガン性があるもの、環境ホルモンになるものなど、その害は多岐にわたります。「それじゃあ何を使えばいいの?」それは石けんです。大昔から使い続けられてきた石けんなら、人にも環境にもやさしいことは立証ずみです。まず、私たちが合成洗剤を「買わない、もらわない、使わない」という賢い消費者になることでメーカーも流通も変えていくことができるはずです。

 このごろは浄水器をつけたりミネラルウォーターを買ったりする家庭が増えていますが、おいしく安全な水を求めるならまず自分たちが水を汚さないことです。合成洗剤の成分は下水処理場では処理できず、川や湖の底にたまってしまうのです。

 この五月、埼玉県で「県民への石けん使用の拡大について」という文書を出し、県施設での石けん使用を始めました。吹上町でも今回の一般質問の答弁で、石けん使用検討委員会を設け、公共施設での洗剤を石けんに切り替えていくという方向を出しました。ぜひ、みなさんの家庭でも合成洗剤を減らして「水を汚さない暮らし」を進めてください。排水はめぐりめぐってあなたの飲み水になるのですから。

(合成洗剤の害について詳しく知りたい方は、図書館に次のような本があります。)
「さよなら合成洗剤」  高木常弘著 日本地域社会研究所
「だから、せっけんを使う」  船津俊介著 三一書房    

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 「CAP」を知っていますか?

「CAP」とは「児童虐待防止プログラム」のことです。「虐待」なんていうと、自分には関係ないわと思う人も多いかもしれません。でも「かわいい女の子を連れて歩きたかった」という男が未成年者略取で捕まったのはついこの間のこと。誘拐、暴行といった事件でなくても、育児放棄、せっかん、無視などの家庭内虐待も数多いのです。(ついでですが、家庭内虐待の時に母親だけが責められるのはおかしいよね)
 そこで「CAP」です。かいつまんで言えば、子どもには「安心して暮らせる権利」「自信を持つ権利」「自由に選択できる権利」があり、それを侵されることが「暴力・虐待」である。それに対して「NO」(いやだと言う)、「GO」(逃げる)、「TELL」(信頼できる大人に相談する)という手法で、自分の権利を守ることができる、というもの。
 今年の吹上小学校のPTA家庭教育学級では「CAP」の講演会。二人のトレーナーが、小学校4年生を対象にワークショップを行うという設定で保護者に話してくれました。ワークショップは、寸劇を見せて「こんな時どうしたらいい?」と問いかけ、子どもの答を引き出し、それを肯定的に捕らえながら答えを導くもので、「子どもには自分を守る力がある」「子どもはかけがえのない大切な存在である」ということが前提になっています。
 交通安全教室をやっても交通事故は起こるように、「CAP」をやっても誘拐されることがなくなるとは言えない。でも、子どもの気持ちはきっと変わります。学校で、地域で、こういう取り組みが広がるといいと思います。

1999年7月14日

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     1999年6月12日(土) ホームページをよろしく

このたび念願のホームページを開くことができました。議員になって3年あまり、できるだけ多くの人をまちづくりに巻き込んでいきたいと思って活動を続けてきましたが、手配りのレポートやポスターだけでは「知らせる」ことはできても、なかなか「巻き込む」にはいたりません。何とかもっと広く活動を知ってもらい、声を寄せたり一緒に活動したりしてくれる人を増やしたいと思い、ホームページを開設したわけです。まだまだ未熟な私の、まだまだ未熟なページです。みなさんからアドバイスいただきながら充実させていきますので、じゃんじゃん声をお寄せください。よろしくお願いします。

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    1999年6月1日(火)  議員定数削減には反対です

6月1日、吹上町に議員定数削減を求める住民直接請求が出されました。町政始まって以来の大事件!! でも、議員定数が減るって、何がどうなることなのでしょうか。

まず「経費の節減」。現在の議員報酬は月額22万7千円、年額では400万円ほどになります。諸経費もありますから、5人削減なら2500万円ほどは経費を節減できるでしょう。もう一つは「選挙の競争率が高くなれば、議員の質が向上する可能性がある」こと。でも、吹上町ではどうかなあ、というのが私の考えです。だって議会と町民の間が遠い感じなのですもの。たとえば町民が気軽に議場に傍聴に来るとか、議員の議会報告会があちこちで開かれているような町になってきた時、初めて議員定数について検討すべきなのではないかと思うのです。

 いえ、本当は、少数精鋭をめざすより、今の定数のままで議員の質を向上させていく事が大切なのだと思います。なぜなら自分の生活にもっとも近い事柄、たとえば介護保険のサービス内容、学校の空き教室利用のこと、保育所の時間延長のこと、水道料金の値上げなどを決めていくのが町議会の役割ですから、なるべく身近なところに議員がいて、その人を町民が使いこなしていくことが大切だと思うからです。

議員定数削減におおぜいの人が署名をした、という事実は厳粛に受け止めています。(いかにも政治家っぽい言い回し!)でも、みんなどんな気持ちで署名したのかなあ?
議員ってそんなにいらないように見えますか? 今度[議会だより]をじっくり読んでみてほしいな、と思います。
(ちなみに前号の予算審議の様子は私が書きました。)

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