過去のコラム(2002年4月〜2003年8月)

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過去のコラム (2001年7月〜2002年3月)
/ 自分のためにできること / 日本経済の三重苦をどう乗り越えるのか / やっぱり基準が必要でしょう / 役場は給料が安い? / 事実だけを拾ってみました / ちょっと、できすぎ? / そんな児童館なんか行かないよ / 友好都市のメリットって? / 2002年のはじめに / 町長交際費の基準は? / 新しくハコモノを作る時は / 「看護婦」「看護士」から「看護師」へ? / どちらも聴きたい講演会 / 故・吉井威議員のこと / 今年の吹上号は、自費参加 / 乳幼児医療費の助成はありがたいけど / 11月30日は、図書館開けます・・って、決まってたの? / 後味が悪い結末… / お座敷列車の旅行費用、返してもらえませんか? / 吹上町民号のチラシから / 「子どもの食器」だからこそ本物を! / 毎日使う食器だから / 「道義的責任」という言葉の意味は? /

 

過去のコラム (2000年4月〜2001年6月)
/ ご支援ありがとうございました / 「表立ってはできない」理由 / 「教育の町づくり」を一歩進めて / 町長選挙に立候補します / 首長選挙に挑戦する人 / 新入学に間に合いました / ごみはいったいどうなるの? / ニワトリが先か、卵が先か? ではないでしょ! / 自分で考え、行動する大人に / 傍聴する時、される時 / プラスチックは資源です…けどねぇ / 誰の奥さんだっていいじゃない! / 視察でわかっちゃう 議員ってどんな人たち? / エコロジー生活――視察研修での工夫 / 水道料金のかからないワケ / 請願なんて誰でもできる! / さんすうセットは学校の備品に / 議会の言葉づかい / 視察研修先のもてなし / 個性的な新人たち / 町長からの感謝状 / 議会の人事 / 女性の票はどこに行ったの? / 2期目の当選に感謝 / 選挙運動と政治活動 / 始まりましたね、介護保険制度 / 生き活きレポートの4年間 /


過去のコラム (1999年6月〜2000年3月)
/ 図書館は貸し本屋じゃないよね / 女性議会は単なるセレモニー? / ラップを使わなくなったわけ / 公務員特別職という職業 / 年の始めに考える  / 減らせなくなるワケがある / ごみを減らすのは、一人一人の行動 / 議員控室は選挙の話題で持ちきり / これでも住民参加っていうの? / 選挙公報のない町 / おかげさまで3ヶ月たちました / 体育館の建て替えは誰のため? / 少子化対策基金の使いみちは? / 教育を変えるには、社会の仕組みを変えないとだめなの? / 「小一プロブレム」を知っていますか? / 石けんライフのすすめ / 「CAP」を知っていますか? / ホームページをよろしく / 議員定数削減には反対です /

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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<<なぜ、坂東眞理子氏を支持するのか?>>

前号のメールマガジンの最後に「うちこし紀子は、知事選では坂東眞理子さんを推しています」と書いたところ、数名の読者から「なぜ、坂東眞理子氏を支持するのか」というメール・ファックスをいただきましたので、号外としてお伝えします。

私が坂東さんを支持する最大の理由は、副知事時代に埼玉県を全国トップの男女共同参画推進県にした実績です。ご存知かと思いますが、女性の年齢を横軸に、就労率を縦軸にとると、日本ではM字型のカーブになります。埼玉県は、日本で最もそのM字の谷が深い、つまり子育て世代の女性に働いている人が少ない県なのです。(ちなみに北欧では、なだらかな山型になります。)この状況を変えなければ、少子化はさらに進み、活力も失われます。そのひとつの大きな解決策が、男女共同参画社会への移行です。

埼玉県が男女共同参画条例を作ったのは、全国初の東京都とほぼ同時ですが、その内容は一歩進んでいる感があり、他県のお手本になっています。県はもちろん、吹上町も含めた各自治体で「男女共生セミナー」が開かれたり、広報誌ができたりしています。しかし最も大切な共同参画は「女性が政策決定の場にいる」ことです。

「副知事を3年もやっていて、桃子容疑者のことは知らなかったのか」「ひどい財政状況なのに、なぜハコモノを作り続けたのか」などの声もありますが、土屋知事に「もっと簡素な行政を」と進言したことが、結局は副知事をクビになるきっかけになったようです。そして、だからこそ、知事でなければできない改革をしようと立ち上がったのです。私には、その気持ちがよくわかります。

他候補の中には、「官僚ではダメだ」という考えの方もありますが、世の中に政治家の不祥事がこれだけ多いことを考えれば、「官僚」であっても「代議士」であっても、「悪い人は悪い。良い人は良い。」のが現実だと思います。

もうひとつは、選挙の方法です。
ご存知のように、民主党からの出馬依頼も断り、共産党からの推薦も断っています。これは、完全に「しがらみ」を断ち切る意志の現れです。資金援助もありません。こういう選挙で生まれた知事だからこそ、どの政党にも気をつかわず、思い切った良い仕事ができると思います。

 参考までに、自民党議員との対立があった県議会の様子です。


2003年8月24日
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<<合併説明会に出席して>>

8月9日、10日の二日間、それぞれ2回ずつ、合併について、町からの説明会がありました。10日10時から公民館大ホールでの回は、参加者は50人強。私はこの説明会を駅の掲示板で知りましたが、気づかなかった人も多いのではないかと思います。

まず町長から、挨拶に続いて、行田・羽生・南河原との法定合併協議会設立に至るまでの経緯の説明が50分ほどあり、続いて質疑応答に入りました。

  • 鴻巣・川里を含めた合併も、まだあきらめてはいない、と考えて良いのか。
  • これまで約十年かけて聴覚障害者が築いてきた警察や消防との連絡方法などが使えなくなるのは、命に関わることだ。どうなるのか。
  • もっと時間をかけて町民の声を聞くべきではないか。
  • 町が1月に行ったアンケートでは、鴻巣市を含む合併を望む声が多く、行田・南河原・吹上という組み合せは11%しかなかったのに、なぜ、この組み合せなのか。
  • 合併の協議をする中で、現在の吹上の条例や制度を維持できなくなることを考えて、協議するとき「ここは譲れない」という線を示してほしい。
  • たとえば乳幼児医療・通院が、行田・羽生は3歳児まで、鴻巣は15歳・川里は12歳までと差がある。吹上は6歳児までだから、後退する恐れがあるのではないか。
  • なぜ、羽生市と合併するのか。ほとんどの町民はなじみがないのではないか。
  • 窓口負担のことなど、鴻巣・吹上医師会でやってきたことが、なくなるのでは。
  • 吹上、特に線路南側からの交通が不便だ。
  • 行田と合併しなければ、ごみ処理施設が使えなくなるぞ、とオドシをかけられているように受け取れる。これまで新しい焼却施設にお金も出しているのに、行田と合併しなければ使えなくなるということはないのではないか。

このように次々に質問の手が挙がり、ほとんどすべて町長が答えました。
町では「なぜ行田との合併か」がわかるようメリット・デメリットを書いた資料を、9月10日発行の広報と同時に全戸配布するということでしたが、会場からは「それではいくらでも都合よく書ける」という声も聞こえました。

「住民投票を行うとすれば、法定協での協議の後、議会での議決より前に実施する。そうなれば、この合併で行くか、あるいはどことも合併はしないか、の選択になる。」というのが、町長の考え。その住民投票条例を作るには議会の議決が必要ですから、やるかどうかは来春の選挙で選ばれる議員にかかってくる、というわけです。

2003年8月10日
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<<「話が違う」おはなし>>

 昨年10月と今年1月発行の「ふきあげ議会だより」から、合併についての質問に対する町の答弁を拾ってみました。

「アンケートの実施と地域協議会などを考えたい。」(10月号8ページ)
「合併につきましては、住民の意思を充分に尊重し、住民アンケート調査、地域別の懇談会を開催し、合併に対する理解を深められるようにして行きます。」(同9ページ)
「市町村合併は、住民の合併とも言われ、町民の日常生活に重大な影響を与えるものです。町の将来に向け、町民と共通認識をもって十分に議論を行ない、さまざまな情報を提供することが大切です。」(1月号8ページ)
「市町村合併は、町民一人ひとりに関わり、説明会や行政サービスの比較は重要です。また、任意の協議会も大事で、民間指導型でつくるよう呼びかけます。」(同9ページ)
「県央ブロックにて三市二町の合併より、彩北清掃組合、北本衛生組合等の広域を視野に入れた合併を念頭に考えています。特に行田市長とも意見交換もしています。(法定協議会について)三月までに出来るように準備を急ぎます。」(同12ページ)

 元編集長としては校正ミスも目につくのですが(笑)、それはともかく、言っていることとやっていることが違うのがよくわかります。町はこんな調子ですが、議会はどうなのでしょう。同じ1月号に、議長がこう書いています。

「町民に対し、十分な情報を公開するとともに、町内会や各種団体との対話を十分に行い、多くの町民の声を聞くことが大切です。議会といたしましては、果たすべき役割と責任を自覚し、町民の皆様のご期待に添うよう決意を新たにしているところであります。」(2ページ)

7月8日の新聞によれば、行田市、羽生市、吹上町、南河原村の法定合併協議会設置を、それぞれの自治体が7月18日の臨時議会で諮るとのことです。吹上町議会では、この案に反対を表明している人が、19人中7人。はたして議員は「多くの町民の声を聞」いて賛否を決めたのでしょうか。

町のアンケートでは、鴻巣を含む合併を望む声が多く、そもそも設問には羽生市の「羽」の字もありませんでした。説明会が行われた町内会は、半分以下。それも参加者は限られ、懇談や議論という場にはならなかったと聞きます。任意の協議会は、会長を決めたきり開かれておらず、町民への情報の提供は広報誌だのみ。これで18日に可決してしまえば、合併に向かって確実に進み始めます。こんなのって、あり? 話が違います。

2003年7月9日
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<<進化する図書館>>

吹上町図書館協議会委員になって2年の任期がまもなく終わる。町ではさまざまな委員会などの公募制が定着してきて、現在も次期図書館協議会委員を3名募集している(6月20日締切)が、公募委員が活発に発言することにより会議は確実に活性化してきた。

さて、これまであちこちの図書館に行ったり研修を受けたりしてきたが、公立の施設で図書館ほど老若男女、幅広い人々が使うところはない。役所と違って土日も開いているし、無料だし、相談できる司書もいる。「図書館を見ればその町がわかる」といわれるが、最近できた図書館はただ「本を借りる場所」から「過ごす場所」さらに「出会う場所」にまで進化してきている。もちろん、広さ、蔵書数、設備に関しては、ほぼ予算に比例するのだが、運営に関してはずいぶん幅がある。中には、広さの割に司書の数が少なかったり、業務委託をしていたりする図書館もあり、考えさせられる。

昨年は、図書館にベストセラーを何冊も置くことの是非が議論された。「そんなに読みたきゃ自分で買えばいいじゃないか」という声も多かったし「図書館が買うから本が売れない」という訴えもあった。しかし実際には「自分で買おうとまでは思わない」という人が、図書館で借りているのだ。「貸出期間二週間で12人待っている人がいる」といわれても「半年待って読む」という市民がさらに予約していくのだから。
週刊誌だの女性誌だのも「くだらない本を置くな」「図書館で買うような本ではない」といわれやすいが、「それが見たくて図書館に行く」という人も大切な市民のはず。多様性に応える図書館が求められている。

もちろん図書館の情報は、楽しんだり知識を増やしたりするだけでなく、仕事に活かすこともできる。実際ゼロックスコピーやポラロイドカメラも、図書館に通って調べ物をした結果、世に送り出されたというし、専門外の本から思わぬ仕事のヒントを得ることもあるだろう。会社運営の知識や先進事例などの情報に背中を押してもらえれば、起業だってできるかもしれない。そうなれば雇用の確保、景気の回復にもつながるはずだ。
本を選び、並べ、貸し出し、相談を受けるだけでなく、そんな図書館の利用方法を提案していくのも、司書の仕事。欧米では、優秀な司書を市長が引き抜いて来るほど、図書館政策を重要視しているという。図書館のあり方ひとつで、市民が、企業が、そして町全体が活性化するからだ。日本でもそう考えてみると、効果のあがらぬ経済政策にお金を注ぎ込むより、図書館の機能充実に力を注いだ方が国の活力を生むかもしれない。
 図書館のこと、今までと角度を変えて考えてみませんか?


2003年6月17日
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<<行田市との合併は、はずせない?>>

5月29日(木)の朝、「合併について考える吹上町民の会」のメンバーとともに、合併に関する提言書を江熊町長に手渡しました。「合併について考える吹上町民の会」は、以前メルマガでもご案内したとおり、合併について、町民の立場で考えていこうという有志の集まりです。今年1月から7回にわたり、ワークショップ、ビデオ視聴、情報収集、協議などを行い、24人が参加してきました。

提言の内容は、
  1. 町民への情報提供について=広報だけでなく、町民の生活にどのような影響があるのか、わかりやすく深い説明を。
  2. 合併の組み合わせについて=吹上を中心に考えるだけでなく広域の将来像、相手先選択の過程、理由を知りたい。
  3. 住民投票について=合併相手を選ぶ形ではなく、最終案についての是非を問う形で実施を。
  4. 合併協議会について=すばやい情報公開と多様な市民参加の確保を。
の4項目です。

提言書を渡すだけでなく、合併に対する町長の現在の考えをお聞きしました。町長としては、今でも「行田・鴻巣・川里・南河原」との合併を一番に考えているが、行田か鴻巣かの二者択一になった場合、行田をとる考えだということです。その理由は、水防、水道、下水道、し尿処理、消防、火葬場、ごみ処理、といった広域の仕事を考えたとき、鴻巣との合併では「ごみ処理」に不安がある。現在の吉見町の焼却場では能力不足で、今後の建替えの予定もたっていない。その他の部分ではどちらと合併しても問題ない。もし行田が「うちと合併しないなら、ごみも持ち込まないでくれ」と言い出したら、吹上町民に迷惑をかける。だから、行田との合併ははずせない、とのことでした。

昔「どっちが得か、よーく考えてみよう」というコマーシャルがありましたが、行田でも「羽生と合併したらこんなに損だ」というチラシが飛び交っていますし、和光市のように財政力のある自治体が財政力のない自治体との合併を拒否する例も多くあります。しかし、合併に必要なのは職員や市民が「この相手と一緒にまちづくりをしていこう」と思えるかどうかではないでしょうか。

合併しようがしまいが少子高齢化は進むし、どんな焼却炉にもいずれ寿命は来ます。それを克服するために、相手とともに考え、行動していこうと思えれば、道は開けると思います。逆に「こちらが得」とばかりに合併して、おんぶに抱っこしていたのでは、その後のまちづくりはうまくいかないでしょう。

いずれにせよ、吹上では合併に関しての町民の関心は薄く、二者択一となっても「どっちでもいい」「わからない」と答える町民が多そうです。

2003年6月2日
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<<トイレットペーパーを替えますか>>

今回は、女子トイレの話をします。男性にはぴんと来ないかもしれませんが、どうぞお付き合いください。
以前、町役場2階トイレを利用していたら、トイレットペーパーがなくなっていることがよくありました。ペーパーを使い切って芯だけ残っている状態です。予備のペーパーはすぐ上に置いてあるので、自分で入れ替えて使ったのですが、それほど利用回数が多くない私が、なぜペーパーを入れ替えることが多くなるのかなぁ、と思っていました。あまり何度もそんなことがあるので、2階で仕事をしている女子職員に「一般の町民も利用することがあるのだから、ペーパーがなくなっていたら、すぐ入れ替えましょうよ」と話したこともありました。

スーパーのトイレでは、ペーパーの向きが逆になっていたことがありました。そのままでは使いにくいので、正しい向きに入れ替えましたが、そのペーパーはすでに半分近く使われていました。使った人はみな使いにくかっただろうと思うのですが・・・。

先日、別の公共施設のトイレで、やはりペーパーが入っていないことがありました。3つある個室のうち、ひとつだけにペーパーが残っています。管理室にペーパーをもらいに行くと、すぐに予備の分まで渡してくれました。私はまた、ペーパーを取り替えました。
そこで気がついたのは、「ペーパーがなければ、ペーパーのついている個室に入ればよい」と考える人が多いということです。1階のトイレのペーパーが全部なければ、2階のトイレに行けばいい、という具合です。もちろん、自分がペーパーを使い切ってしまっても、知らんぷり。

公共施設のトイレには、掃除の担当者がいます。役場なら、シルバー人材センターへの委託です。そのために、トイレットペーパーを取り替えるという、自分の家ならごく当たり前の行動ができなくなっているとしたら、ここに「お役所の縦割り」の原点がありそうです。

トイレの話題をもうひとつ。公民館のトイレには、いまだに「注意書」が貼ってあります。もちろん、字も小さいし、古いし、誰も読まないようなものですが、一昨年洋式トイレに変わった1階の個室には、ごていねいに便座のお手入れ方法まで貼ってあります。 誰のために? 何のために? 
「見苦しいからはずしたら?」ときいた窓口では、「使用上の注意も書いてあるので貼っておく」とのこと。それって、また「何かあったとき」の言い訳にするためですか? 他では見たことないけど。

2003年5月10日
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<<自治体の思いはバラバラ、いったいどうするの?>>

吹上町をはじめ近隣の市町村議会では、3月定例議会で「合併促進決議」をしました。
ところが、どこと合併するか、については、考えがバラバラなのです。詳しく言うと

  吹上町・・・鴻巣市・行田市・川里町・南河原村
  行田市・・・羽生市・南河原村・吹上町
  鴻巣市・・・吹上町・川里町
  川里町・・・県央広域(鴻巣市・北本市・桶川市・吹上町)を視野に入れて…
  北本市・・・県央広域(鴻巣市・桶川市・吹上町・川里町)
  羽生市・・・行田市・南河原村 を主体とした…
  桶川市・・・決議なし(市長の意向は、上尾市・伊奈町・北本市とのこと)

という具合。これだけバラバラだと、本当に合併ができるのかわかりません。どこも平成17年3月までの合併を目指しているので、そのために今年の6月頃には、法定協議会を立ち上げる必要があります。それまでに合併の相手先を決められるでしょうか?
またこの4月には、吹上町以外はほとんど議員選挙があり、この決議をした人たちが大幅に入れ替わる可能性もあります。合併問題が選挙のひとつの争点だとすれば、この選挙の結果が尊重されなければなりません。

もっとも、一般の市民にとって、合併はそれほど重要な問題と捉えられてはいません。
住所が変わる以外に生活に特段の変化が予想されなければ、無関心のままで終わってしまうのです。たとえ住民投票を行なったとしても、市町村議会の議員選挙以上に投票率が高くなるとはとうてい思えません。議員でさえ、実際には「首長どうしで相談して決めてもらえば、それでいいさ」と考える人が多いのです。

行政は広報誌で盛んに合併について特集していますが、合併の論議は「どこと合併するのが得策か」ということよりも、まず「自分たちの住む町をどんな風にしていきたいか」を考えるきっかけにすべきだと思います。
町民に関心を持たせるには「広報ふきあげ」だけでは不十分です。人の集まるところ、つまり公民館で、図書館で、それから学校でも、体育館でも、あるいはショッピングセンターで、できるだけ多くの人、いろいろな世代の人に、まちづくりのアイデアを求め、合併を自分の問題として考えてもらえるように、しかけていくことです。その上で、他市町村の市民とも情報交換したり話し合ったりする場を設けることが必要です。


2003年4月11日
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<<住民投票で問える問題、問えない問題>>


「ディベート」という言葉を聞いたことがありますか? 「ああ、討論することでしょ」という答えは、半分正解。実際はあるテーマについて、一定のルールのもとに討論して、勝敗を決めるゲームです。
最近は学校の授業でも取り入れられているそうですが、経験したことのある人は、まだ少数でしょう。

さて、このディベートを行なう時、気をつけなければならないのは、テーマの選び方です。たとえば「吹上町の議員定数は削減すべきだ」というテーマなら、「是」と「非」に分かれて討論することができます。ところが「吹上町の議員定数は10人にすべきだ」というテーマだと、「是」の方は論じられるけれど、「非」の方は「定数削減をすべきでない」という考え方と「削減には賛成だが10人では少なすぎるから15人にすべきだ」という考え方、また「議員定数は8人でいい」という考え方までできてしまいます。
このようにディベートのテーマは、ひとつの問題について「是」か「非」かを問えるものでなければなりません。ディベートはあくまでゲームですから、それだけで結論を出すことは危険ですが、ディベートによってさまざまな考え方を俎上に載せ、議論を深めることができます。

最近、全国で住民投票条例を設置する自治体が増えており、「吹上でも条例設置を」という声があります。巻町の原発や徳島のダムの建設に対して「イエス」か「ノー」かを問う住民投票は、新聞でも大きく取り上げられました。自分の住む町の将来を決めるような大きな決断の際には、住民投票も大切な方法だと思います。しかし、こと合併に関しては、どうなのでしょうか。

単純に「我が町は、合併すべきか否か」あるいは「○○市と合併することに賛成か反対か」というのなら、可能だと思います。
しかし「どこと合併すべきか」を選ぶような設問なら、住民投票にはなじみません。どんな情報をもとに投票してよいのか、住民には材料が多くないし、ましてや相手先のあることです。住民投票の結果が出ても、それに従えないことになりかねません。それだったら、投票よりも全町民アンケートの方が良いのではないでしょうか。
「住民投票で合併相手を決めたい」というと聞こえは良いのですが、問題の残らない合併のためには、手法を選ぶことが大切だと思います。

2003年3月18日
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<<合併を考えるための情報は>>

2月28日、鴻巣市議会では「鴻巣・吹上・川里」の3市町での合併を推進する決議が出され、行田市では「合併相手についての住民投票を実施する条例」が提案されるなど、このところ、合併について近隣各地でも動きがあります。これまで合併は「住民の声を生かして決める」と言っていたはずなのに、いつの間にか住民から遠いところで決まってしまいそうです。
もちろん各市町村では「アンケート」はとりました。結果も公表しました。しかし、アンケートに答えられるだけの情報がなかったり、ひとつの答えに決めかねたりすることもあったでしょう。また、自分の生活にどう関わるのかピンと来なかったこともあったでしょう。答えの方向は問題の作り方にもよります。アンケートをとったから「住民の声は聞きました」というのは、早すぎるのです。今後、行政にお任せするのではなく、住民の側から声を届けることが必要だと思います。

たとえば、合併したら「サービスは高いレベルに、負担は低いレベルに合わせる」と行政では言いますが、さいたま市やあきる野市の例でも、使用料・手数料が値上げされたり、国保・住民税などが上がったりしています。吹上町との合併が検討されている市町村の中で唯一「13歳未満の医療費無料」を実施している川里町の制度は、合併したとき継続される可能性はどれくらいあるのでしょうか。
また、全国各地で合併特例債が使えるから新しいハコモノを作るという「合併バブル」現象も起こっています。これは本来の合併の目的と逆方向ではないのでしょうか。

こんな風に、細かいことを一つ一つ見ていくことも必要。
また、国の財政や地方分権の考えを理解することも必要。
そして、自分がまちづくりをどう思っているか、ゆっくり考えてみることも必要。
というわけで、1月19日に「合併について考える吹上町民の会」を立ち上げました。

これまで3回にわたり、将来の町の姿を考えたり、合併の相手先候補地の事情を研究したり、合併の実例をビデオ学習したりしてきましたが、今後さらに情報を集め、話し合い、提言を作っていきたいと思います。ちなみに、現段階では、合併相手先は町職員の提言と同じ「鴻巣・行田・川里・吹上」の枠組みを提言したいと考えています。
ぜひ、みなさまのご意見も、お聞かせください。


2003年3月6日
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<<それって、誰かのせい?>>

昨年「図書館がタダで貸すせいで、出版社は本が売れない」という論争が起こりました。図書館は著作権料を払うべきだ、とか、図書館はベストセラーを何冊もそろえるな、とかいうものです。
でも、ハリーポッターのように「売れている本」はどんどん売れています。利用者の中には、まずは図書館で借りてみて、買うか買わないか決める、という人もいます。買ってまで読もうとは思わないけど、図書館にあるなら読んでみよう、と思うことだってあるでしょう。
図書館に詳しい人によると、よく利用される図書館がある町では、本屋さんも栄えるのだそうです。そういえば、以前行った坂戸の図書館は、隣に大きな本屋さんがありましたっけ。良い図書館は、住民の文化水準を支えているということでしょう。

以前にも書きましたが、ものが豊かになった今、人々が心底「欲しい」と思うものは、ほとんどないのです。冷蔵庫が、洗濯機が、あるいはテレビが発売されたときのような、「うちにも欲しい」という感じは、携帯電話やパソコンでももはや味わえません。本が売れないのも「図書館のせい」でなく、情報や活字があふれている今の時代に「それほど買いたいと思う本がないから」ではないでしょうか。

他人のせいにするのは、気が楽です。
業績を伸ばしている会社があるのに、「景気が悪いのは、公共事業が少なくなったせいだ」とか、まったく育児にかかわっていないのに、「子どもが悪くなったのは、女が外で働くせいだ」とか、品揃えや接客態度が悪いのを棚に上げて、「商店街がさびれたのは、ショッピングセンターのせいだ」とか、選挙公報も読まず、ドブ板議員を生み出しておいて、「日本が借金だらけになったのは政治家のせいだ」とか、きりがありません。

環境問題では「自分たちは被害者であり加害者である」といわれます。電気、自動車など、私たちの暮らしに欠かすことができないものによって地球環境が悪化しているからです。また、一人ではどうにもならないこともあります。花粉症の人もぜんそくの人も、ディーゼルトラックで運ばれた商品を買っていますし、無農薬にこだわる人も外食では安い輸入野菜を使った料理を食べています。

それでも「誰かのせい」にしないで「私は自分にできることをする」という意識が大切なのではないでしょうか。一人ひとりの向上心と行動力は、社会を向上させる原動力になるはずです。「何ができるか」「何を選ぶか」など自分が変わればやがて周りも変わり、ゆくゆくは社会が変わっていきます。そうすれば原因は「誰かのせい」ではなく、「自分」であることに気づくはずです。

2003年2月13日
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<<私は「一町民」なんだけどなぁ>>

1月10日発行の広報ふきあげに、市町村合併についてのアンケートがありました。はさみこみの回答用はがきを切り取ってポストに入れる、というものです。「ご家族で話し合われて、回答は記入される方の立場で」というのですが、家族での意見の違いはどうするのかなぁ、というのが、素朴な疑問。

さて、同じ号の「情報告知板」コーナーに「合併について考える吹上町民の会」の案内が掲載されました。内容は「誰のため?何のため?よくわからない・・・。だから今、吹上町の将来を一緒に考えていきましょう」という文と、日時・場所・問合せ先がついたものです。広報では、こういった町民活動の案内はこれまでもありましたし、ましてや、これから合併をしていこうとする自治体として、町民が自主的に合併について学習して行こうとするのを後押しするのは、当然のことだと思います。

ところが、です。今日の夕方、役場から電話が来ました。
「今回の掲載内容について、役場にいくつかの問い合わせがあり、検討した結果、今後は会の案内の掲載を見合わせたい」というのです。「どんな問い合わせがあったのですか」ときくと、「町民の方に合併についての学習をしていただくのは、たいへん結構なことだと思うのですが、役場で主催して行うものでもないのに広報に載せると混乱するとか、今後このような学習会があちこちで開かれるようになったとき、全部を載せていかれるのかとか、あるいは賛成・反対いずれかの意見の団体のものを載せることになるのはいかがなものかとか、そういったことで、内部でも検討の結果、やはり・・・」
うーん。これから合併を考えていこうとする自治体の担当者としては、町民がチョロチョロ学習会なんぞ開くのは、邪魔なんでしょうか。私の知る限り、これまで開かれた形で「合併についての学習会」をやった団体は、ひとつだけ。そんな心配をするほどいくつもの団体が企画するようになってくれたら、合併を真剣に考える町民が増えて、町としては万々歳だと思うのですけど。

「それと・・・」と担当者は続けます。「2月23日の『ビデオ鑑賞とおしゃべりの集い』の方なんですが、連絡先を誰か他の方にしていただけないでしょうか?」 この企画は、もとは吹上町民オンブズマンの活動報告会を兼ねて行おうと考えたのですが、役場発行の広報に町民オンブズマンの記事を載せるのは不適当だということで、「ビデオ鑑賞とおしゃべりの集い」でなら掲載もかまわないと言われたところでした。「私じゃマズイわけですか」「はぁ、以前にもありました通り・・・」

「以前」というのは、私がまだ町議だったときのことで、「議員の名前が広報に載るのは良くない」という抗議があったことから、連絡先を変えて欲しいと言われたのでした。そのときも理不尽だと思っていましたが、今回は私は議員でもなければ候補者でもない、ただの町民なのです。別に名前を載せたくて企画を立てるのではなく、必要だと思うから企画を立て、代表者だから連絡先にしているだけです。
ひょっとして、こういうのを「アツリョク」って言うんでしょうか?

2003年1月17日
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<<「お得ですよ」といわれても>>

 あけまして おめでとう ございます。 本年も よろしくお願い致します。

年末に家族で旅行をしてきました。よく新聞広告にあるツアーなのですが、家族全員で2泊以上の旅行に出かけたのは初めてのことなので、とてもうれしい旅でした。
ところで、パックツアー旅行の代金は出発日によって異なりますね。だいたい平日は安く、金・土は高く、年末はさらに高く設定しています。今回も同じコースなのに、2万9800円から9万9800円まで、3倍以上の差がありました。
それでも「仕事を休める日が限られているから、値段の高い日を選ばざるを得ない」という人が多いのでしょう。年末の観光客はとても多かったようです。

誰でも「こちらの方がお得ですよ」と言われると「それならそうしよう」と思いますよね。でも、スケジュールは自分で決めるもの。安い方の出発日で旅行しようと思えば、仕事を休まなければならない。が、有給休暇があっても、簡単には取れない職場も多いでしょう。それぞれの事情がある以上「お得」というだけで選ぶわけにはいきません。

さて、「今年は合併の年になりそうですね」という年賀状を何通かいただきました。平成17年3月までに合併すれば、町にとって「お得」な制度があり、そのためには遅くとも今年の6月までには合併協議会を立ち上げる必要があるからです。
でも「今ならお得」という言葉に飛びついて、無理なスケジュールを立てると、どうなるでしょう。旅行なら、旅先で倒れるとか、帰宅後に寝込むとか、職場での信用を失うとか、どこかに無理が生じるでしょう。合併で考えられる「無理」は、市民生活に現れます。さいたま市の「見沼区」区名騒動や、国保料アップなどの実例があります。

大切なのは、「どんな町に住みたいか」という住民の思いです。多くの住民が「効率的な行政を求めて合併すべきだ」というなら、きっとうまくいくでしょう。それがたとえ「今ならお得」の期限に間に合わなくても、じっくり話し合って合併後の町づくりが成功するなら「損して得とれ」ということになるのではありませんか。
「じっくり話し合う」第一歩として、1月19日(日)午前10時から、吹上町中央公民館研修室で参加型学習会「合併について考える吹上町民の会」を開きます。今後数回にわたって続ける予定です。どうぞ、お誘いあわせてお出かけください。

2003年1月6日
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<<今年もお世話になりました>>

2002年も暮れようとしています。みなさまにとってどんな年だったでしょうか。
私にとっては、公私共に、いろいろ新しい動きを始めた年になりました。
東京新聞の女性レポーターになって毎月文章を書き、仕事としては配達業務を始め、趣味の声楽では3度舞台に立ちました。それが自分の頭の中で、お互いに刺激しあって、活動もだんだん広がってきています。

まず、6月に町民オンブズマンを結成し、月1回の会議と、いくつかの町への提言を続けてきました。来年2月23日(日)には午後1時半から公民館視聴覚室で「ビデオ鑑賞とおしゃべりの会」を企画しています。鑑賞するのは「日独裁判官物語」の予定。裁判官に限らず、日本とドイツとの、政治にかかわることの壁の高さの違いを感じていただけることと思います。その後、活動報告を交えて、参加者と懇談するつもりです。

この12月には「合併について考える吹上町民の会」を立ち上げ、1月19日(日)10時から公民館研修室で参加型の学習会を開きます。今後数回にわたって開く予定。現在駅にポスターが貼ってありますので、ご覧いただいたかもしれませんね。
合併が大きな問題になっていることは知っていても、それが誰のため、何のためなのかよくわからない。「合併に賛成ですか?」ときかれても、何とも答えようがない。メリット・デメリットを並べられても、今ひとつピンと来ない。でも、町の行く末は心配だ。そんな方々にぜひとも参加していただきたい学習会です。

またNPO法人「彩の子ネット」と共に「子育ておしゃべり交流会」を企画し、町の保
健センターに声かけをして、育児サークルの代表者の会と一緒に主催することになりました。こちらは、2003年1月27日(月)午前10時から2時、吹上町中央公民館大ホールです。私は、歌のお母さんとして、歌と手遊びも担当します。幼い子どもを持つお母さんの精神的な負担を軽くするための第一歩にしていきます。

こう書くと手を広げすぎじゃないかと思われそうですが、「できる時に、できることか
ら一歩ずつ」の精神と、「今やらなければ、いつできる」という気持ちとのせめぎあいの結果が、これらの活動です。特に合併に関しては、3月議会で一定の方向が出るとのことなので、「今」動かなければならない問題なのです。
どうぞ読者のみなさまも、これらの企画にぜひご参加ください。

今年も一年間、ご愛読ありがとうございました。
どうぞ健やかに良いお年をお迎えください。

2002年12月27日
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<<隣は何をする人ぞ>>

広報ふきあげ11月号に、こんな見出しがありました。
「大人も子どもも いきいきわくわく週末体験協力ボランティア募集」

いわく、 
「地域の皆さんの持てるノウハウを提供していただき、週末子どもにいきいきわくわく体験をさせたいと考えています。そこで地域のボランティア活動、スポーツ活動、文化活動、郷土芸能、自然体験などに、子どもたちを参加させていただける団体(個人でも可)を募集します。」
そこで私も、環境、子どもの権利条約、まちづくり、歌うこと、編物など、できる範囲で協力したいと思って、担当の生涯学習課に行ってみました。

 ところで、各小中学校では総合的な学習の時間が始まったころから「人材バンク」を作っており、私もそこに「ごみ問題の話」で登録しています。これは学校ごとにとどまらず、町内の小中高のいずれもが利用できるようになっています。私も登録したのは娘の通う小学校ですが、これまで授業をしたのは吹上中学校と吹上高校です。

 ですから、生涯学習課の今回のプランも、学校の人材バンクに登録している人に声をかけて協力してもらってはどうかと思い、担当者にそんな提案をしてみました。すると「それはどんな制度ですか」という答え。
たしか町立の学校に通うお子さんのいる方なのになぁ、と思いながらも、かくかくしかじかとお話しすると、しきりに感心した様子。もしや、と思って「具体的に、いつからどんなことをやるんですか」ときくと、「学校五日制になって受け皿がないという声があって、そういう要望が親御さんから上がってきたら何かやりたいと、とりあえず人材を・・・。もちろん今年度中には予算がありませんから、次年度からできたらいいなと思って・・・」と、大まかな構想すらない様子。
 少なくとも、広報で募集をするからには「この人材をどういう風に活用するつもりだ」という案くらいはあってしかるべきではないでしょうか。

 まあ、それにしても、です。生涯学習課は学校教育課の隣にあります。もし、隣の課で地域の人材募集をしていたら、「それならウチの課でこういうことをやっているよ」と声くらいかけたっていいじゃないですか。小学生、中学生を持つ職員がおおぜいいるのですから、ひとりくらい「あの制度があったなぁ」と思い出したっておかしくないじゃないですか。それ以前に、学校五日制の受け皿にどんな制度を望むか、自分の子に当てはめて考えてみれば、いくらでもアイディアが湧くのではありませんか。
 目的は何か、そのための手法はどうするのか、という段階のないまま、何となくやっておく仕事がまかり通るような役場に、私たちの税金は使われているのです。あぁ。

2002年12月05日
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<<今という時代を認識すること>>

 全国の地方議員・首長を対象にした「清渓セミナー」に、今年も参加してきました。3日間の講座の中で、主題とは別に印象に残ったことを紹介します。

 これを読んでくださっている皆さんは、自分の家に電気製品が増えて行ったのを覚えていますか? また、子どもの頃の印象的なニュースといえば、何ですか? 
 私の場合は、物心ついたときから冷蔵庫や洗濯機、白黒テレビはありました。幼稚園の時、カラーテレビを買った友達の家にクラスみんなで見に行ったのを覚えています。小学生の時冷蔵庫が冷凍冷蔵庫に変わり、中学生の時にラジカセを買ってもらい、特定の部屋にクーラーが付いたのもその頃。ベータビデオを買ったのはだいぶ後の事でした。
ニュースといえば、小学校低学年で「アポロ月面着陸」、中学年は「沖縄返還」、高学年の時が「ロッキード事件」。春には毎年ストライキがあり、一年生の時小人15円だった地下鉄の最低料金が、中学生の時は大人70円になっていました。
 
 どうしてこんな話をするかといえば、今の若者、高校生は「モノ」が増える喜びを経験していない、という話があったからです。昭和50年代に生まれた彼らは、生まれたときから車もビデオカメラもゲーム機もある中に育ち、買ってもらってうれしかったのは携帯電話とパソコンだけだといいます。
 物心ついた頃にバブルが崩壊し、ニュースで聞くのは「株価が下がった」「円が下がった」「失業率が高くなった」などの言葉ばかり。そして自分の就職もままならない状態で、明るい未来をイメージすることもできないわけです。
 モノと便利さがあふれているという点では、日本ほど豊かな国はないのに、国民の中に「幸福感」が感じられないのは、きっとものさしが間違っているためなのでしょう。

 この話は総務省の岡本全勝交付税課長が講演の冒頭にされたのですが、横浜市長の中田宏さんも「時代認識を示すことが大切」と言われました。よく「右肩上がりの時代は終わった」と言いますが、中田流に言えば現代は「非『成長・拡大』の時代」。だから『成長・拡大』を前提に作られていたしくみは、全部変えていかなければならないというわけです。この考え方は環境問題でいう「持続可能な発展」にもつながりますね。

今の小学生は、パソコンも携帯も生まれたときからあり、もはや「欲しい」と切実に思うようなものは出てこないかもしれません。それでいて、この子達に私たちが残すものが、大きな借金だけというのでは、情けないですね。何とかしなくっちゃ。
それには、政治を変えること。できることから一歩ずつ、変えていきましょう。

2002年11月24日
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<<子育てサロンに参加して>>

11月1日(金)、彩の国子育てネットワーク主催の「子育てサロン」に「歌のおかあさん」として招かれ、上尾市に行ってきました。(何を隠そう、私は1996年の「彩の国歌のお母さんコンクール」で入賞し、「歌のおかあさん」に認定されているのです。)
子育てサロンでは子どもは別室で保育し、主に乳幼児を持つお母さん同士が話をしていきます。子育ての技術の話より、むしろ自分のペースで自分探しをしていく感じです。

私が、ウクレレを弾きながら歌った曲は、最近話題になった「大きな古時計」と、ひとりひとりに名前をきいていく「あなたのお名前は」。それから、たかはしべんさんの曲で「さっちゃん」と「うちのお兄ちゃん」、その後、オリジナル「あなたの夢聞かせてください」で、数人に将来の自分の夢をたずねていきました。途中途中に、私の子育ての話や今の子どもの話を織り交ぜ、20分くらいのミニコンサートになりました。

歌い終わって、進行を司会者にバトンタッチしたわけですが、いつの間にか彼女は声を詰まらせ涙を流していました。「自分に向かって優しく歌ってもらうことが、こんなに気持ちがゆったりすることだと思わなかった。子どもが生まれてから、こんな気持ちになれたのは初めて」と言って、泣きじゃくります。彼女の言葉に他のお母さんたちも、「自分の名前をきかれて答えることが、こんなにうれしいことだと思わなかった。○○ちゃんのお母さんでなくフルネームを言うことで、自分を取り戻す気がした」「自分の夢なんて考えてもみなかった。自分の趣味を続ける事さえあきらめていたけど、十数年後の自分を考えてみようと思った」など、次々に言うのです。私は、うれしいやら驚くやら・・・。

この様子を見て思いました。行政の「子育て支援」は、ともすれば「子どもを預かること」に傾きがちですが、本当に必要なのは、子育てする人の心を支えることなのではないかと。そして机上の施策では、今、子育て中の人の役には立たないのではないかと。
もちろん、それは行政より地域の役割といったほうが良いかもしれません。でもやっぱり、行政がこういう活動を支えていかなければ、継続が難しくなります。

話がとぶようですが、日本は先進14カ国の中で0歳児の事故死亡率が最高なのだそうです。それは、日本人は事故を「親の責任」で片づけてしまうからだといいます。西欧諸国では、自転車乗車中のヘルメット着用義務や遊具の安全基準など、法律で取り締まっているのに、日本は親しだい。それでいて何か起これば「親が悪い」となるわけです。
子どもを生み育てることを、楽しいと感じられるような社会にするためには、子育てを親だけで抱え込まず、地域・社会全体の責任の比重を多くする必要がありそうです。
なんといっても「子どもは社会の宝」なのですから。

2002年11月07日
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<<小学生の読書環境を維持するには>>

7月の図書館協議会で「移動図書館車が排ガス規制のため来年夏から使えなくなるので、廃止したいと思うがどうか」という話があったことを、このコラム・メルマガで書いたところ、小谷小と下忍小のお母さん方から「なくなったら困る」という声が届きました。「高学年になれば、自分で図書館まで行くことができるようになるが、低学年のうちは移動図書館が必要」「学校の図書室は低学年の教室から遠いので、なかなか行かないが、移動図書館は喜んで利用している」「学校の図書室や学級文庫には本が少ないし、古い」などです。

 9月30日、再び開かれた図書館協議会で、この問題は町立図書館だけの問題ではなく、小学校の図書室の状況にもかかわることだということになり、移動図書館を廃止する代わりに学校図書館ネットワークを導入することを教育委員会で話し合ってもらいたいという結論になりました。これは、町内の小中学校6校の学校図書館をコンピュータでつなぎ、学校間の本の検索や貸借を可能にするものです。さらに町立図書館から学校への貸借も、現在他市の図書館との間で貸借しているのと同様にできるということで、学校図書館の機能が何倍にも充実します。ただし費用は1500万円ほどかかります。

 図書館協議会の位置付けは「図書館長の諮問機関」ですが、学校図書館の話は館長に答申するだけでは不十分だと思われました。そこで、教育長、学校教育課長などにも話を聞いてもらおうと場の設定を依頼しました。
 10月11日、教育長、教育総務課長、学校教育課主幹、それに図書館長兼生涯学習課長と、我々図書館協議会委員4名で話し合いました。図書館長の考えとしては「とりあえず排ガス規制をクリアできるよう、今の移動図書館車に装置を取り付けてしのぎたい」とのこと。「ぜひ学校図書館ネットワークの導入を」と伝えたのですが、教育長は「今はお金がない」「合併がどうなるか」と及び腰。合併するにも先進的な事業をやっている町、ということになれば有利に働くはずなのだと思うのですが。

 ところで、その直後に自動車メーカーに問い合わせたところ「15年も昔の車につける装置なんて作るつもりはない」と言われたそうです。つまり、装置をつけて排ガス規制をクリアすることは不可能ということ。
教育委員会がその気になれば、来年の夏までに学校図書館ネットワークを導入することもできるはずですが、現状の教育委員会では、二つの小学校の子どもたちへのサービス低下は確実です。読書タイムを設けるのもいい、読書週間に読書量を競わせるのもいい。でも、それもこれも読書環境を整えてこそ、ではないでしょうか。読書週間の今、みなさんも考えてみてください。


2002年10月18日
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<<学校でのミニモニ>>

9月に小学校の運動会がありました。運動会では徒競走などの競技種目だけでなく、それぞれの学年で表現活動があります。1年生はまだ「おゆうぎ」風ですが、高学年になると自分たちで考えて「表現」しているのがよく伝わってくるようになります。
さて、そこで今年2年生が使った音楽が「ミニモニテレフォン」でした。あの「モーニング娘。」のユニットです。

プログラムを見たとき、我が目を疑いました。学校で歌謡曲なんて、信じられない、と・・・。私の時代で言えば、ピンクレディの曲で踊るようなものでしょうか。(年齢がわかりますね) 実際にずらりと100人の子どもたちが並んで踊りだしたら、それなりに一生懸命かわいく踊っているのですが、私はどうしても素直に良いと思えませんでした。(吹小2年生をお持ちの方、ごめんなさい。踊りのことではないのです)
気をつけて聴いていると、退場の曲も「ギンガマン」や「キューティーハニー」といったアニメの主題歌が多く、気になりました。もちろんアニメから生まれた名曲がないとは言わないし、私も大好きなアニメ主題歌はたくさんあり、自分でもよく歌います。でも、学校で「キューティーハニー」は聞きたくないな、と思ったのです。

この話を育児サークルのメンバーや友人に話したら、意見が分かれました。ひとつは、
「同感。テレビの曲はほうっておいても子どもが好きになる。学校教育にはふさわしくない」というもの。もうひとつは、
「子どもが喜ぶ、乗りの良い、好きな曲なのだからいいのでは」
というもの。みなさんは、どう考えられるでしょうか。

子どもはどうしてそういう曲が好きなのか、といえば、やはりテレビの影響でしょう。クラシック音楽でも、テレビコマーシャルに使われていると「その曲知ってるよ」という子が増えます。知っている曲だと親しみがわき、好きになります。
以前、保育士の先生とも話し合ったのですが、保育所の朝の体操やおゆうぎでも、テレビで流れている曲を使うと、体操が苦手な子や小さい子も体がよく動くのだそうです。テレビの影響、恐るべし!!

「天国や地獄」「クシコスの郵便馬車」などの定番だけを使い続ける必要はないと思いますが、「子どもが好きだから」という理由でテレビの曲を選ぶのは、「おやつが好きだから」と食事時にお菓子を食べさせているようなものだと思います。たかが音楽というなかれ。おやつは必要だけれど、お菓子とご飯は区別したい。子どもの気持ちを考えて指導することと、子どもにおもねることとは、違うという気がするのです。


2002年10月8日
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<<ヨハネスブルグの環境サミットを機に>>

先日、南アフリカのヨハネスブルグで環境サミットが開かれ、小泉総理も出席して環境教育の支援などを約束しました。国際IPCC報告によれば、過去100年間に0.6度上昇した地球の平均気温が、今後の100年間で最大5.8度上昇し、このための海面上昇により日本でも400万人以上の住む地域が海に没するとか。つまり東京湾が川口、浦和あたりまで広がるということです。遠い南の島の危機というだけではないのです。
 今年1月から6月までの半年間の北半球の平均気温は過去最高を記録したそうですが、ヨーロッパ・南アジアの豪雨、中央アジアの干ばつ、日本周辺での台風の頻発も、温暖化が大きな要因でしょう。このままでは食糧危機と水の枯渇だけでなく、多くの病原体の活動や繁殖力も増大し、感染症が広がるという研究結果も出ています。

環境問題の話をすると「江戸時代には戻れない」と開き直る方、「自分は先に死んじゃうからいいんだよ」と投げやりになる方、「景気を良くするほうが先だ」と考える方もあります。それでも多くの人が「このままではいけない」「自分にできることはしていこう」という気持ちを持っていて、車より自転車を使う、リサイクルする、地元産の野菜を選ぶ、洗剤の使用量を減らす、缶ビールを瓶ビールにする、エアコンの設定温度を上げる、裏の白い紙を再利用する、買い物袋を持つなど、できる活動をしています。

私たち市民=消費者は、実は大きな力を持っています。たとえば「より安く」を求めれば、中国産ほうれん草が店頭に並びます。農薬問題が出てきて「輸入野菜は買いたくない」となれば、国産野菜が並びます。さらに、多少高くても安全な有機栽培の農産物を選ぶ人が増えれば、有機・低農薬で野菜を作ろうとする農家も増えていくはずです。
食品に限らず工業製品でも、どれを選ぶかで使われる資源やごみの扱い、つまり環境負荷が変わってきます。「買うか、買わないか」が、社会も変えるというわけです。

もうひとつ見逃しがちなのは、暮らし方の無駄です。4人家族が一緒に食事をし、同じ部屋で一緒にテレビを見て、二人ずつお風呂に入り、早く床に付く場合と、一人ずつ食事をしてそれぞれ自分の部屋でエアコンをつけて違うテレビを見た上、一人ずつお風呂に入って夜更かしした場合とを比べれば、3倍、4倍のエネルギーを使っていることはわかるでしょう。「仲良きことは、美しき環境を守ることかな」です。
地球規模で見ても、環境を守るためには国どうしが仲良くすることが大事なのは言うまでもありません。貧富の差があることや、戦争の話も含めて、地球環境のことを家族みんなで仲良く話し合ってみてはいかがでしょうか。

2002年9月15日
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<<参事のお仕事>>

 最近始めた配達の仕事を終えて、暑い午後の道を歩いていたら、役場の職員に会いました。「参事」という職名の方です。「どちらへ?」ときくと、「郵便局まで」とのこと。役場から郵便局までは歩いて15分くらいです。「歩いていらっしゃるんですか?」ときくと、「ええ、少しは歩いて来いと言われましてね。」と、汗を拭き拭き笑顔でおっしゃいます。手には書類の入った封筒を持ち、「ところで富士見郵便局はもう一本向こう側の道でしたっけ?」と、いかにも慣れない様子できかれましたので、道順を教えて差し上げました。

 人の少ない職場の方ですから、たぶん、たまたま部下が休みだったり大事な仕事をしていたりして、どうしても自分で郵便局に行かなければならない状況だったのでしょう。が、それにしても・・・と思います。民間の会社で、年収一千万円クラスの社員が、ちょっとしたお使いに小一時間出かけるということがあるでしょうか。そんなに仕事がない状況が起こるのでしょうか。

 役場の規則を調べてみると、参事は「必要に応じて置く」職であり、「上司の命を受け、特命事項を掌理し、その事務を処理するため、職員を指揮監督する」のが職務だそうです。また昇進基準や定数もなく、昨年度は16人、今年度は14人の参事がいます。
 吹上町民オンブズマンの調査によれば、昨年度県内の町村で参事の数はほぼ0か1、桶川市や北本市でも参事クラス以上の職員数はそれぞれ14人と12人。いずれも吹上町より少ないのです。

 市町村にはそれぞれの事情や考え方があるでしょうから、一概に参事が多いことを悪いとは言いません。しかし、参事がいかにもヒマそうにしている様子が町民にまで伝わってくるとすれば、それは税金の無駄遣いと言われても仕方ないでしょう。意欲があっててきぱきと仕事をこなす若手職員が、見ていてやる気をそがれるような「仕事内容と給料のアンバランス」がもしあるならば、それは改善が必要でしょう。そして、もし「いまさら給料を下げるわけにもいかない」なら、給料に見合った仕事をしてもらうしかありません。
 「最小の経費で、最大の効果を」というのが、町長も口癖のようにおっしゃる地方財政の基本です。事業にかかる経費だけでなく、人件費にも当てはめて考えれば、参事の職務もおのずと変わってくるのではないかと思います。

2002年7月30日
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<<移動図書館はもう必要ないの?>>

 7月19日、吹上町図書館協議会が開催されました。通常の、図書館の利用実績や、今年度の催し物の計画が承認された後、移動図書館の話になりました。移動図書館は、自動車に図書を積んで図書館から遠い地域を回るもので、現在、チサン団地内、新宿集会所、デイサービスセンター、下忍農村センター、下忍小学校、小谷小学校の6箇所に月2回行って、貸出、返却、リクエスト受付などを行なっています。しかし、小学校以外の場所では年々利用者が減っており、月に数人、ひどいときはゼロという状態です。

 そこで、教育長から次のような話がありました。 「現在、移動図書館に使っている自動車(昭和62年製)が、排ガス規制の関係で、来年8月までしか使えなくなる。排ガス規制をクリアするための改造費は500万円。新しく車を買うと、1500万円から2000万円かかる。移動図書館の利用者は減少しており、この際、移動図書館を廃止したらどうかと思うのだが、協議会のみなさんの意見を聞きたい。」

 とはいえ、たとえ協議会で「廃止するな」と言っても、今の吹上町で500万円の予算を取ることはほとんど不可能でしょう。すでに廃止する方向は確実の様子。いつもながら「みなさんのご意見」が行政に使われる気配が漂いました。
 でも、図書館協議会はそんじょそこらの協議会とは違います。委員長、副委員長はじめ、公募の委員も含めた全員が発言し「移動図書館の存在意義」「利用者の状況」「小学校の図書室の状況」「移動図書館に代わるサービスの検討」「職員体制」などたくさんの意見が飛び交い、結論を出すまでにあと2回は協議会を開くことになりました。

 みなさんは、移動図書館を利用したことがありますか? 吹上町は平地で山坂もなく、面積も端から端まで自転車で行き来できる程度なので、移動図書館の利用者でもほとんどは町立図書館まで来ることができるようです。その意味では、確かに利用の少ない移動図書館の意義は薄れているのかもしれません。しかし、小学校では移動図書館車が来るのを待ち構えている子どももいる様子。本が少なく入れ替えもない学校の図書室より、移動図書館の方が魅力的なのでしょう。「移動図書館がなくなるなら、その分学校図書室を充実させます」という話も出ましたが、本の数だけの問題ではないのです。

 そうそう、この話の前に、教育長がやけにはっきりと「図書館の雨漏りは、すぐ直します」と言い切っていました。台風6号でずいぶん壁と床がびしょびしょだったようですが、まさか移動図書館廃止の話をスムーズに進めるため、じゃないでしょうね。
 みなさんの声も、どうぞお寄せください。お待ちしています。

2002年7月23日
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<<吹上高校の授業で>>

今年度、吹上高校で「学習支援ボランティア」として「ゴミについて考えよう」という選択授業、ひとコマ80分を3回、受け持ちました。生徒は約20人です。

一回目の授業は「ゴミって何だろう?」という素朴な質問から入り、身近なゴミを挙げてもらったあと、ゴミの山、リサイクル品の山、爆撃後のがれきの山などの写真を見せて「すべてのモノは、いずれゴミになる」という話をしました。
第二回では、実際に校舎内外のゴミ拾いをして、どんなゴミが多いか、もし自分が拾わなかったら、このゴミはどうなっていたと思うか、などを考えました。
 第三回では、自治体ごとに差がある分別方法を、ゲームを使って体験し、外国の話やゴミ関連事業の話、戦争の話も織り交ぜ、一番最後にこんな話をしました。

私の頬に、昔はなかったシミがあります。なぜシミができたのか、わかりますか。
もしかしたら、学生時代、水泳部でバックの選手だったから、真夏の日をよく浴びたからかもしれない。化粧品が悪かったのかもしれないし、食べ物に原因があるかもしれない。妊娠中に日に当たったからかもしれないし、遺伝かもしれない。どれが原因だ、と言い切ることはできないし、いくつかの原因が重なっているのかもしれない。

でも、もし原因がわかっても、いまさらこのシミは消えないよね。シミを薄くする化粧品も売ってるけど「10年かかってできたシミは、20年かけないと消えない」と言います。だけど、原因らしいものがわかれば、若い人に「こういう原因で将来シミができるかもしれないよ」って、言ってあげられる。実を言うと、私も高校生の頃「あんまり日に当たると、年とってからシミになるよ」って言われてた。だけど、そんなの平気平気、と思って、外のプールで泳いでたんです。

顔のシミなんか命にかかわる問題じゃないけど、環境問題も同じなんだよ。原因が特定できないし、複数の原因が重なり合って起こる。そして、もとに戻すことは不可能。
今、起こっている環境問題は、みんな顔のシミくらいに感じていて、いやだなあ、と思うけど、自分が今、生きていくのに困るほどじゃない。だから、「ま、いいか」となってしまう。でも、シミだと思ってたら、実は皮膚がんで命を落とすかもしれない。そうなったら、みんな真剣になる。でも、そのときはもう遅いんだよ。だから、今、自分にできることを考えてみようね。

 予想よりも(といっては失礼ですが)指せば答えるし、きけば手も挙げるし、じっとこっちを向いて聞いてくれた子が何人もいました。すぐに彼らの行動に結びついているとは思えないのですが、心のどこかに引っかかってくれれば、と思います。

2002年7月7日
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<<なぜ今、オンブズマン?>>

 6月23日(日)公民館にて「吹上町民オンブズマン」の初会合をしました。当日は町外からの参加者もあり、情報公開の実例報告や、現在疑問に思うことを出し合い、参加の意思確認、会則の発効を経て、いよいよ本格的にスタートしたわけです。

自治体には「監査委員」がいて「議会」があって、どちらも町を「チェック」する立場なのに、なぜ、さらに「オンブズマン」なのか、ときかれることがあります。
また、町に言いたいことを言うなら、役場の窓口に行く方法もあれば「町長への手紙」制度もあるのに、なぜ「オンブズマン」が必要なのか、という方もあります。
答は、どちらも十分機能していない、からです。

監査委員報告は、毎年9月議会で決算審議の前にありますが、ほとんどいつも中身が同じ。「どこが悪いというところもないが、引き続き効率的な行政運営に努力されるよう求める」ってな文言です。議会の追及も「どうなってるんだ」ときくだけで、執行部がのらりくらり答えておけば、議会が終わるとお互いに忘れちゃうことが多いのです。
役場の窓口に行ったり、電話をしたりしても、いくら言っても「だめ」な場合もあるでしょう。町長への手紙も「ご意見ありがとうございました。参考にします、調査します、検討します、研究していきます・・・」程度の返事では、納得できません。

さて、そこで「町民オンブズマン」です。無駄な税金の使い方など、町民が町に対して苦情を言いたいとき、次のようなステップで、解決の方向を探っていくつもりです。
  1. 事実を知る。・・・情報公開制度を利用して、町の情報を知る。
  2. 判断する。・・・事実をもとに、みんなで話し合って、よしあしを判断する。
  3. 提案する。・・・改善策をまとめ、行政に提案する。(要望、陳情、請願など)
  4. 町民に知らせる。・・上記の流れや提案の結果を、広く知らせる。

場合によっては住民監査請求、つまり「間違ったお金の使い方をしているから返金せよ」という請求をするかもしれませんが、基本的には行政と敵対するつもりはなく、「みんなで一緒に町を良くしていこう」という姿勢で臨みたいと思っています。

町でも「行政評価制度」を研究しているようですが、民間では当たり前にやっている
「plan(計画)-do(実行)-check(評価)-action(対処)」(またはplan -do - see )
という仕事のやり方を、行政のこれまでの仕事に当てはめ、実行していくまでには、まだ時間がかかると思います。「町民オンブズマン」は、外部から、町民の目で「check - action - plan」をしていくので、職員の意識作りにも役立つはずです。
関心を持たれた方は、7月28日(日)午前10時、公民館1階会議室にどうぞ。

2002年6月27日
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<<有事法制に反対の声を>>

 5月31日(金)、吹上町議会事務局に「有事法制三法案に反対する意見書提出を求める陳情書」を提出しました。内容は以下の通りです。

要旨
有事法制三法案を成立させないよう、政府に対し意見書を提出していただきたいこと。
理由
 小泉内閣は4月17日、有事法制三法案を国会に提出しました。
 法案は、他国からの武力攻撃あるいは「武力攻撃が予測されるに至った事態」を想定して、自衛隊の防衛出動の範囲を拡大させるものです。また、すべての国民が協力する義務があることを明記しており、土地、家屋の供出、自衛隊が使う物資の保管、提出さらに医療、輸送、建築、土木などの従事者の協力、エネルギー関係、言論や通信関係など国民生活の全分野で強制力が働くことになります。
地方自治体も首相の指示により自衛隊への協力を強制されます。これらは戦前、戦争準備をすすめるため、有事法を制定し、軍需工業動員法や国家総動員法が制定されていった過程を想起させるものです。
 しかし冷戦の終わった今日、一体誰がわが国へ武力攻撃をするというのでしょうか。中谷防衛庁長官が「周辺事態のケースは武力攻撃事態の一つ」と述べているように、アメリカがアジア周辺で引き起こす戦争に日本が協力するための法案であることは明白です。
 これはまさしく日本国憲法の平和主義の精神に反するものであります。政府は「備えあれば憂いなし」とも述べていますが、最大の備えは憲法の平和主義の理念を実践にうつし、平和で平等な国際社会をつくるために努力することです。そうしてこそ、アジアをはじめ世界各国との真の友好・信頼関係が築けるものです。
 よって、平和を守り、国民の自由と権利を守る立場から、有事法案の成立に反対を表明してくださるよう、陳情致します。
     2002年5月31日
陳情人  埼玉県北足立郡吹上町富士見4-12-25-107
                   打越 紀子   印


「備えあれば憂いなし」と言うと聞こえは良いのですが、日本周辺で起きた武力紛争、武力攻撃が予測される事態、恐れのある場合など、あいまいで、発動しやすいかたちをとっています。国民の生活や経済活動を制限する、鉄道も飛行機も船も道路も軍隊が優先使用、病院も通信も電気もガスも戦争協力を優先することが強制させれ、地方自治体は国の出先機関として強制執行や自衛隊の物資保管、ごみ処理などの具体的な業務を命令され、従わない場合は罰せられる、という法案です。また法案には「アメリカ合衆国の軍隊」という言葉が何度も出てきます。米軍の活動を支援するために日本国民とその財産を協力させるという「ホントに独立国?」と言いたくなるような条項です。
 日本に侵攻してくるような国は想定されないことは防衛庁も認めていますし、いったん法案が成立すれば、子ども達の代にまでわたって大きな強制力を持ちます。今のように十分な審議時間もなく、急いで作るべき法律ではありません。
吹上町議会が、どのような審議をするか、見守りたいと思います。

地方議員の共同アピール
http://homepage2.nifty.com/mekkie/assembly/index.html

YUJI*STORY
http://www.geocities.com/ceasefire_anet/misc/yuji_index.htm

YUJI*STORYの資料集内、リンク集 「有事法制」に関する 団体 声明・決議
http://www.geocities.com/ceasefire_anet/misc/noyuji_appeals.htm

2002年6月2日
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<<ボランティアサポートセンターという箱ができました>>

 5月28日(火)、大芦小学校の空き教室に作られた「ボランティアサポートセンター」の見学会に行ってきました。入口は、学校の駐車場入口より南側に、新たに作られています。この日はちょうど、鶏小屋のある校庭に富士見保育所の2歳前後の子が遊びに来ていて、駐車場に入ろうとする車とすれ違いました。これはちょっと危なそうです。
 砂利敷の駐車場から玄関に入ってすぐの部屋は、床と壁が張り替えられ、流し、机、椅子、ファックス付電話、コピー機、印刷機などがあります。その隣には、手付かずの空き教室が二つあり、教室の向かい側に準備室、それに障害を持つ方も使えるトイレがあります。以上がセンターのすべてで、学校との境目には仕切りができ、ドアがしっかり閉まっています。

 「ローテーション勤務の職員6人が5月から常駐しています」という説明でしたが、それにしては、モノをおくはずのスペースが不用品だらけ、ホコリだらけだったのは解せません。この一ヶ月間、職員の研修があったわけでもなく、ボランティア相談やコーディネートの仕事もなく、勤務内容は建物の管理だけだったはずなのに。
 職員の胸には、町役場の職員と同じ名札がついていました。しかし、実際に彼らのお給料の出所は社会福祉協議会。町が県の補助金を使って設置はしたものの、運営の予算はまだついておらず、会議机もなければ椅子もなく、厳密に言うとトイレットペーパーさえ買えない状態なのです。

 大芦小学校の空き教室については以前詳しくお伝えしましたが、一昨年「余裕教室活用検討委員会」が作られ、富士見保育所の分園、郷土資料館、ミニデイサービス、障害者の作業所などの候補の中から、「保育所分園として利用する案」が教育委員会に答申されたのでした。
 それを受けて、大芦小PTAでは町と教育委員会に計画を考え直すよう要望書を出し、教育委員会や町の保育所担当はPTAに対する説明をしたのですが、保護者の納得できるような説明がなされず、結局保育所は、小学校の中ではなく、富士見保育所の敷地内に建て増しすることになりました。

 その後、議会で「ボランティアの団体が、資材置場に困っている。町がサポートすべき」との一般質問があり、「検討していく」との答弁があったと思ったら、すぐに空き教室を利用したボランティアサポートセンターを作ることになったのです。
 みんなで話し合って決めたことなら、第一案がボツになった場合、第二案を選ぶのが自然ですが、町では余裕教室について話し合ったことなどなかったかのように、まったく違うアイディアを採用したわけです。町民の話し合いより、議員のひとことの方が重みがあるという意識、そして「余裕教室活用検討委員会」は「富士見保育所の分園を作るための場だった」という証しでしょう。

 あわてて作っただけに、まだとても使える状態ではありませんが、できてしまったものは仕方ありません。現在「福祉ボランティア」に限られている利用を、今後、多くの町民ボランティアに広げ、十分活用されるように知恵を出し合っていきたいものです。

2002年6月1日
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<<パソコンは録音機器?>>

5月9日(木)臨時議会(二年ごとの人事)を傍聴しました。
吹上町の議会は、議長はじめ各委員長、議会選出委員の任期が2年という申し合わせ。そのため、選挙から2年たった5月のはじめに、臨時議会を開くのが通例となっています。(1年目と3年目は開かないくらいだから、議案に緊急性はない)

議長の任期は、規則で決まっているわけではないので、全国には4年の議員任期中一人で通す議会もあれば、毎年交替する議会もあります。また、議長選挙にまつわる買収劇で逮捕者が出たような議会もあるし、偶数の議員が真二つに対立しているため、互いに相手会派から議長を出そうとして(議長は採決の時人数に入らないため)5回も6回も議長選出を繰り返した議会もありました。

吹上町では、当選回数の多い順、多数会派の持ち回り、という2大原則がありますが、前回の議長選挙では、順番では根岸進議員だったのを、話し合いで丸岡治雄議員にしました。その後まもなく根岸議員があっせん収賄で逮捕されたのはご案内の通りです。

と、傍聴席でこのメモを打っていたら「パソコンの持ち込みは遠慮してほしい」と注意を受けました。理由は「録音機器となり得るから」とのこと。
その日の、私が傍聴している様子を見てから、議会運営委員会で決まったそうです。

引っかかった「傍聴人規則」の条項は「7 写真、ビデオ等を撮影し、又は録音等をしないこと。」というもので、「録音等」に該当するのではないか、というのです。
ただし、この規則の解釈については、近隣市町村の例も聞いて、6月定例会までに、持ち込んで良いかどうかの結論を出します、とのことです。

ちなみに情報公開窓口では、議会の議事録作成用の録音テープも公開の対象になっている、と言われました。とすれば、録音不可という規則も、もはや不要なのかも?
国会中継のように、地方議会もテレビ中継するところが増えてきています。役所のロビーでモニターが見られる、という町も増えていますし、ケーブルテレビで自宅で見られるという町もあります。
裁判なら、被告の人権を守るための録音・撮影禁止も理解しますが、選挙によって選ばれた議員のことですから、もっとオープンにしたいものです。
ところで肝心の人事ですが、議長は中野昭さん、副議長は原敏枝さんに決まりました。

2002年5月12日
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<<秘書の人件費>>

 社民党の辻元清美さんの証人喚問があった。ご存知の通り、国から支給された政策秘書の給与を、事務所のスタッフ3人の給与に当てていたという問題だ。内容を整理すると、
  • 政策秘書に支払われた給与を、5万円しか渡していなかったといういわゆるピンハネ問題。
  • 政策秘書の給与として受け取った金を、スタッフの人件費に流用していた詐欺の疑い。
  • 秘書からの寄附の事実を報告していなかった政治資金規正法上の問題。
  • こういう方法が社民党ぐるみで行われていたのではないかという疑惑。
  • 問題が発覚した時に、記者会見でそれを否定したウソ。          
などになる。

 国会議員とは比べようもないが、私のいた町議会であっても、貧乏な議員が一生懸命活動しようとすると、金銭面で非常に苦労する。吹上町の議員報酬税込み22万7000円は、年齢や期数に関係なく支払われるが、勉強のために研修を受けたり、本を買ったりするお金は当時は全くなかった。(現在は若干の政務調査費がある) 私の場合は「ネット組織の議員」だったので、自分の意思で報酬の全額をいったんネットに寄附し、その中から10万円を改めて受け取っていた。そして議会報告のチラシを印刷するのも、事務所を持つのも、ネットとしての活動だった。政策を一緒に考えたり、チラシを配ったりするスタッフは、当然ボランティアだ。
 しかし、国会議員のスタッフとなると、ボランティアで、というわけにもいかないだろう。

 私が問題提起したいのは、この秘書給与流用が悪だと言うなら、辻元事務所のスタッフの給料はいったいどこから出すべきか、という点だ。政治献金がうなるようにあるどこかの党と違って、市民運動出身の辻元さんへの寄附などたかが知れている。実際には、辻元さんの議員報酬もほとんど事務所経費につぎ込まれていたようだ。
 一票を入れてくれる支援者であっても「寄附を」というと、1万円はおろか1000円でもなかなかしてくれないものだ。そうかといって、下心の透けて見えるようなお金なら受け取るわけにはいかない。資金集めのパーティーなんていうのも、そうそうおおぜいに来てもらえるものでもないだろう。だから、たとえ選挙は「カンパとボランティア」で乗り切ることができても、任期中スタッフに給与を出す財源はほとんどないのだと思う。

 「政策を考える」「多くの人に知らせる」それだけでも政治には時間とお金がかかる。「資金集めも実力の内」という考え方もあるが、それでは加藤紘一氏の元秘書のような事件があとを絶たないだろう。「政策秘書」や「政党助成金」という制度ができたのも、この問題が認識されてきたためだったはずだが、国民の方は「自分の収めた税金から政党への助成や政治家の秘書の給与を出しているんだ」と実感している人は少ない。(この事件で認識したかも?)
 これからは企業献金をやめて、選挙区も政党も関係なく「この人」と思う議員に対して、国民一人一人が、年1000円で良いから個人献金をしていくことにしてはどうだろうか。

 そこで私は提案したい。選挙で自分の一票を投じた議員が当選したら、その議員に個人献金をしよう。残念ながら落選したら、他の選挙区でもいいから、「この人なら」と思う人、あるいは政党に個人献金しよう。金額は年に1000円で十分。みんながこれを行えば、自分の出したお金が政治に生かされる実感がわくはずだ。国民主権を実感できるかもしれない。

2002年4月25日
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<<給食用食器の審議は何だったの>>

 現在吹上町の小学校で使用されている食器は、環境ホルモン(ビスフェノールA)の溶出が心配なポリカーボネート(PC)製です。PC食器の耐用年数は5年程度といわれ、古くなればなるほど環境ホルモンが溶け出しやすくなります。そこで、耐用年数を迎えた現在の食器を平成14年度から新しい食器に変えることを前提に、どのような材質の食器に変えるべきか、学校給食委員会で2年にわたり審議してきました。

 学校給食運営委員会で初めに候補に上がったのは強化磁器でしたが、重い、ワゴンが足りない、割ってしまったときの児童の精神的負担が大きい、などの理由でボツ。次にプラスチックの新素材ポリエチレンナフタレート(PEN)と漆器が候補に上がりました。小谷小と吹小ではアンケートも実施し、多くの保護者の声を集めた答申を11月7日に教育委員会に提出しました。
 答申内容の結論は、次の通りです。
「日本の伝統的な食器である漆器とPEN食器を組み合わせて使用することが、安全面、食文化面、給食指導面から望ましいのではないかということになり」「汁わんは漆食器、飯わんと菜皿はPEN食器を使用するのが適当であると判断しました。」

 ところが、これを受けた教育委員会は、漆器をボツにしました。理由は「価格」「色合い」「使いやすさ」「漆器にかぶれる児童がいるかもしれない」という4点です。
 確かに、町の財政は厳しいでしょう。しかし漆器は修繕ができます。プラスチックと違って、一斉に取りかえる必要はなくなります。長い目で見れば、必ずしも高いことはないはずです。
 また、委員会では「色合い」や「使いやすさ」については熱い議論を戦わせてきました。白いお皿になれている子どもが、黒い漆器に抵抗を持つことは十分考えたのです。しかし、家庭でも味噌汁には漆器を使うでしょう。子どもには本物の食器を使わせたいのです。
 そして「かぶれる」。かぶれる心配があるのは生の漆です。漆器にかぶれることが皆無とは言いませんが、ほぼ10年ごとに毒性物質の溶出が問題となっているプラスチックと比べて、人が数千年も使い続けてきた漆器の安全性を大切にすべきではないでしょうか。

 教育委員会が答申を尊重しないとすれば、給食運営委員会の話し合いは何のためだったのでしょうか。「みなさんの声を聞きました」というポーズですか。しかも、2年にわたる話し合いを簡単に否定されたことを委員が知ったのは、この3月18日のことです。「予算措置できずに食器の変更は平成15年度以降に先送りされた」というおまけつき。
 大芦小学校の空き教室問題でも、余裕教室検討委員会を作って失敗した町教育委員会。懲りないというか、学習しないというか。せめて「先送り」の間に再検討してほしいものだと思います。

2002年4月20日
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<<何とかして! 来賓の祝辞>>

 保育所の退所式で、あまりにも来賓の話が長かったので、小学校の入学式では祝辞の長さを計ってみた。校長先生やPTA会長は、子どもに向けたメッセージをわかりやすく話してくれたが、教育長4分15秒、町長9分35秒、町議会議員4分45秒。このトリオはとにかく長いし、毎年同じ原稿でしゃべっているのがよくわかる。
 近くの席にいたお父さんが「短めにお願いします」と声に出し、回りが笑いながらうなずいていたし、「心のこもってない挨拶なんかいらないよ」とつぶやいた人もいた。

 かくいう私も、これまで入学式で祝辞を述べたことが2度ある。1度目は議員になってすぐ。もう6年前になる。議会事務局から「これをお読みください」と渡されたのは、ちょうど今回読まれたのと同じ原稿。しかし私は「自分の言葉」で原稿を練った。
 「子ども達は宝石の原石。磨けばどんどん光っていく。しかし磨き方を間違えれば、きれいに光らない。もし、オパールの原石にルビーのカットを施そうとしているのに気づいたら、『その石は丸く磨いたほうがよい』と声を出していかなくては。学校が気づかず、保護者や地域の大人が気づくこともあるかもしれない。そんな時に遠慮せずに声を出していかれる社会のしくみ作る役割を、議会として果たしていきたい」
そんな内容だった。
 
 2度目は去年のこと。始めに「みなさん、おはようございます」と挨拶したら、新入生が「お・は・よ・う・ご・ざ・い・ま・す」と返してくれた。5年間の議員生活で話すことにも慣れて来ていたためか、せっかくよく練って、読む練習をして、3分程度に収まるように整えた原稿だったのに、少し付け足してしまった。知人に「内容は悪くないけど、ちょっとくどいところがあった」と言われたのは、そのためだったと思う。

 人に話をする時は、内容がわかりやいか、聞きづらい言葉づかいはないか、長さは丁度よいか、などに気を配る。しかし、自分ではそれが良かったのかどうかわからない。誰かに評価してもらうことが必要だ。評価してくれる人がいないと、話し方は上達しない。が、来賓に向かって「良いお話でした」と言うことはあっても、「長すぎましたね」と言えるはずがない。かくして、毎年毎年同じ悲劇が繰り返される。

 「話す」ことに限らず、他人に注意されたり、評価されたりしなくなったら、上達が止まってしまう。組織だったら、上司に進言できる部下がいなければ、停滞して澱んでいく。そしていったん評価されないことに慣れてしまうと、評価を下す人のことが疎ましくなってしまい、ますます成長できなくなる。
 長すぎる祝辞には、この町のそんな状態が現れているように思えた。

2002年4月12日
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<<おにぎりよりパン?>>

 3月30日、二女は保育所の退所式で、本をいただきました。家に帰って開けてみたら、寺村輝夫さんの「ぼくは王さま」でした。これは昔からとても人気のある童話で、いろいろなシリーズも出ています。
 しかし、その本は、知人から少し前にお下がりでいただいていたので、思わず「あらぁ、持ってる本だったわね」と言ってしまいました。
 ところが二女はすぐに読み始め、しばらくすると
「お母さん、おにぎりがパンになってるよ!」と、叫んだのです。

 いったい何のことかと思って読んでみると・・・
注射の嫌いな主人公の王さまが、お城を抜け出し、町の薬屋へ行きますが、「お金」というものを知らないばかりに「道でも直して稼いで来い」と追い出されます。でこぼこ道を直して、お百姓さんにもらった「にぎりめし」を、王さまが「お金」だと勘違いする、という場面で、いただいた新しい本ではそれが「パン」になっていたのです。
 1961年初版の本ですが、持っていたのは1988年の版。いただいたのは2000年の版。この間に、「にぎりめし」は「パン」になってしまったというわけです。
 寺村輝夫さんがなぜここを書き換えたのか、ご本人にきかなければわかりませんが、日本人が米を食べなくなり、パン食が増えたことと関係しているのでしょう。

 ところで、みなさんが食べた学校給食(お弁当)は、パンでしたか? ご飯でしたか? 私はパンでした。煮込みうどんやスパゲッティが、ごくたまにあったくらいです。もちろん家庭や地域にもよりますが、給食がパンだった世代と、ご飯だった世代では、主食の傾向も変わってくるようです。

 今の吹上町の学校給食では、ご飯が週3回以上あります。これは、学校給食を改善していこうと働きかけてきた人たちのおかげで維持できていることなのです。やはり日本人の体にあった食事の基本は「ごはん食」であり、小さい時の食習慣が大切。家庭の事情によって、子ども達の中には「まっとうな食事は給食だけ」という子もあるので、給食の責任は重大です。米どころ北川辺町をはじめ多くの町で、地場産の米を給食に使っているように、日本の農業や水田を守るためにもごはん食を増やすことは重要です。

 「ぼくは王さま」は、日本の子ども向けの童話です。願わくば、もう一度「パン」を「にぎりめし」(「おにぎり」でも)に、直してもらいたいなぁ、と思いました。

2002年4月5日
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