過去のコラム(2003年9月〜2006年3月)


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過去のコラム (2002年4月〜2003年8月)
 / なぜ、坂東眞理子氏を支持するのか? / 合併説明会に出席して / 「話が違う」おはなし / 進化する図書館 / 行田市との合併は、はずせない? / トイレットペーパーを替えますか / 自治体の思いはバラバラ、いったいどうするの? / 住民投票で問える問題、問えない問題 / 合併を考えるための情報は / それって、誰かのせい? / 私は「一町民」なんだけどなぁ / 「お得ですよ」といわれても / 今年もお世話になりました / 隣は何をする人ぞ / 今という時代を認識すること / 子育てサロンに参加して / 小学生の読書環境を維持するには / 学校でのミニモニ / ヨハネスブルグの環境サミットを機に / 参事のお仕事 / 移動図書館はもう必要ないの? / 吹上高校の授業で / なぜ今、オンブズマン? / 有事法制に反対の声を / ボランティアサポートセンターという箱ができました / パソコンは録音機器? / 秘書の人件費 / 給食用食器の審議は何だったの / 何とかして! 来賓の祝辞 / おにぎりよりパン? /



過去のコラム (2001年7月〜2002年3月)
/ 自分のためにできること / 日本経済の三重苦をどう乗り越えるのか / やっぱり基準が必要でしょう / 役場は給料が安い? / 事実だけを拾ってみました / ちょっと、できすぎ? / そんな児童館なんか行かないよ / 友好都市のメリットって? / 2002年のはじめに / 町長交際費の基準は? / 新しくハコモノを作る時は / 「看護婦」「看護士」から「看護師」へ? / どちらも聴きたい講演会 / 故・吉井威議員のこと / 今年の吹上号は、自費参加 / 乳幼児医療費の助成はありがたいけど / 11月30日は、図書館開けます・・って、決まってたの? / 後味が悪い結末… / お座敷列車の旅行費用、返してもらえませんか? / 吹上町民号のチラシから / 「子どもの食器」だからこそ本物を! / 毎日使う食器だから / 「道義的責任」という言葉の意味は? /

 

過去のコラム (2000年4月〜2001年6月)
/ ご支援ありがとうございました / 「表立ってはできない」理由 / 「教育の町づくり」を一歩進めて / 町長選挙に立候補します / 首長選挙に挑戦する人 / 新入学に間に合いました / ごみはいったいどうなるの? / ニワトリが先か、卵が先か? ではないでしょ! / 自分で考え、行動する大人に / 傍聴する時、される時 / プラスチックは資源です…けどねぇ / 誰の奥さんだっていいじゃない! / 視察でわかっちゃう 議員ってどんな人たち? / エコロジー生活――視察研修での工夫 / 水道料金のかからないワケ / 請願なんて誰でもできる! / さんすうセットは学校の備品に / 議会の言葉づかい / 視察研修先のもてなし / 個性的な新人たち / 町長からの感謝状 / 議会の人事 / 女性の票はどこに行ったの? / 2期目の当選に感謝 / 選挙運動と政治活動 / 始まりましたね、介護保険制度 / 生き活きレポートの4年間 /


過去のコラム (1999年6月〜2000年3月)
/ 図書館は貸し本屋じゃないよね / 女性議会は単なるセレモニー? / ラップを使わなくなったわけ / 公務員特別職という職業 / 年の始めに考える  / 減らせなくなるワケがある / ごみを減らすのは、一人一人の行動 / 議員控室は選挙の話題で持ちきり / これでも住民参加っていうの? / 選挙公報のない町 / おかげさまで3ヶ月たちました / 体育館の建て替えは誰のため? / 少子化対策基金の使いみちは? / 教育を変えるには、社会の仕組みを変えないとだめなの? / 「小一プロブレム」を知っていますか? / 石けんライフのすすめ / 「CAP」を知っていますか? / ホームページをよろしく / 議員定数削減には反対です /

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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<<情報を「適正に管理する」って?>>

春休み前、新聞折込には塾の春期講習のチラシが目に付きました。チラシだけではなく、小中学生のいる我が家には、家庭教師、塾、教材などのダイレクト・メール(DM)も届きます。どうして業者には対象年齢のいる家庭がわかるのでしょう。
いわゆる「名簿業者」が、市町村の役所で住民票の閲覧をして名簿を作成し、DM業者に販売していたことが、ようやく知られるようになりました。住民票を誰でも見ることができたなんて、驚いた人も多いのではないでしょうか。これは自治体格差もありますが、個人情報保護法ができた後もすぐには改められず、住民票の閲覧で母子家庭を探しては子どもを襲った、という悪質な犯罪があったのは、昨年のことでした。

情報といえば、最近の「ウイニー」問題が思い浮かびます。自衛隊の隊員、航空機の機長、警察官、刑務官、保健・医療関係者などのパソコンから、人に知られては困る情報が、通信ソフト「ウイニー」を通してインターネット上に流出してしまった問題です。
これは、ウイルスに感染してしまったことが悪いとか、「ウイニー」に問題があるとかいう以前に、個人のパソコンに公の情報を写して持ち帰ることが当たり前のように行われていることが問題だと思います。

この3月15日に、法務省は情報流出防止策を出しました。その最初の項目は「職務上の情報を上司に許可なく庁外に持ち出さないことを全職員に周知徹底するよう指示」というものです。では、どのくらいの職員が自宅に役所の情報を持ち出していたのかといえば、法務省矯正局だけで176人いた、という調査結果が国会の質問で明らかになりました。

インターネットの情報でなくても、学校の先生が、生徒の家庭調書や通知表などを持ち帰って紛失したり、生徒の情報が入ったパソコンを盗まれたりする事件も、後を絶ちません。仕事上の情報を「自分のもの」と感じてしまう意識の問題だけでなく、「持ち帰らなければ仕事が終わらないほどの忙しさ」を解消しなければ、こういったことはなくならないでしょう。実際、仕事を持ち帰らない先生は、ほとんどいない状況なのです。

小学校のクラス連絡網で、全員の電話番号を載せないでその子の列だけ載せる、というおかしな個人情報保護があるかと思えば、請求した行政の審議会委員の属性を黒塗りにするといった妙な情報の非公開があり、役所も市民もまだまだ情報を「適正に管理する」のに慣れていないように思います。
なんだか変だな、と思ったら、「その情報は誰のものか」に立ち返り、「役所のもの」は「市民のもの」=原則として公開する=、「仲間内のもの」は「仲間だけで共有」=他には提供しない=、ということを守ることが大切なのではないでしょうか。

2006年3月28日
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<<今年のテーマは「子ども」支援です>>

あけまして おめでとう ございます。
このごろ、発行間隔が開き気味になっていますが、本年もどうぞ、ご愛読ください。

ここ数年、年の初めに考えることは、今活動していることを少し絞った方が良いのではないか、ということでした。でも、ひとつ減らすと、いつの間にかひとつ役が増えてしまい、時には増えるほうが多くなって、結局忙しいままなのです。
思いつくだけでも、市民オンブズマン、子育てサポーター、生活クラブ、移送サービス、子ども文庫、おやこ劇場、Noriko&Mari、吹上子ども歌劇団、図書館サポーター、うちこし表現教室、合気道、編物サークル、去年減ったのがPTA、増えたのが、通信制大学、ピアノ、マンションの管理組合・・・。
勤めに出ていない主婦の身だから、こんなに動けるのだと感謝しつつ、「あれもこれも、ではなく、あれかこれか、を選ばなければならない時が来る」と亡き父に諭されたことを思い出します。

それでは、今年こそ活動を絞っていくか、というと、簡単にはできません。そこで、活動テーマを絞り込む、という方法をとることにしました。それは「子ども」の支援です。
たとえば、なかよし広場や子ども文庫に集まる子どもたちに、より良い時間を提供すること、これまでの「うちこし表現教室」を拡大し、毎週月曜日・火曜日の夕方4時から、単なる補習塾とは違う「考える」ことを大事にした子どもの学習支援をすること。また、オンブズマンでも子ども関連の予算をしっかり見ていくこと、などです。
まあ、そう言いながら、来年も同じことを言っている気もしますが。(笑)

みなさんは、どんな活動をしていらっしゃいますか。今年新しく何かを始めたい方、子ども支援に関わりたい方、よろしかったら、お手伝いください。

さて、最後にお知らせです。
1月21日(土)に、クレアこうのすで「男女共生フォーラム」が開催されます。11時から市内各団体のワークショップ、12時半から挨拶、13時からアトラクション、14時過ぎから落合恵子さんの講演会というプログラム。私は、そのアトラクションに「吹上子ども歌劇団」として参加します。演奏するのは「サウンド・オブ・ミュージック」の中から「自信を持って」「ドレミの歌」「さようなら、おやすみなさい」の3曲。小学1年生から高校2年生までの10人の子どもたちと一緒です。
また、鴻巣地域からは中学生のソーラン節、川里地域からは中学生の合唱が参加します。お時間がありましたら、ぜひ、ご来場ください。お待ちしております。

2006年1月8日
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<<試験・検査・監査>>

先月、合格通知が届きました。去年から受けてきた「保育士」の試験に、ようやく合格したのです。子育て支援に係わるようになってから、ずっと取りたかった資格です。
実は、保育士試験を受けたのは、去年が初めてではありませんでした。6年前にも一度受験し、8科目のうち5科目合格。その有効期限は翌々年まであったのですが、試験の日程が合わず、受験できないままでした。「保育士の仕事をするの?」ときかれることもありますが、今まで同様、ボランティアの子育て支援活動を続けるつもりです。

ところで、保育士は児童福祉法に規定された資格で、都道府県が試験を行います。以前受けたときは申込先が「埼玉県」で、都道府県ごとに違う試験問題が出題されていました。この試験が、昨年から全面的に「全国保育士養成協議会」に委託され、全国同一のマークシート問題になったのです。「官から民へ」の流れが、ここにもありました。

「資格」を持っていても、首をかしげるような人はどこの世界でもいます。保育士なのに子どもを虐待した、教師なのに猥褻行為をした、公認会計士なのに粉飾決算を見逃した、弁護士なのに名義貸しをした、一級建築士なのに構造計算書を誤魔化した・・・。そんな事件が次々に明るみに出ては、「資格」の価値も下がってしまいそうです。
そして何より、それをチェックする機能が不十分なことが問題です。児童相談所は人手不足で虐待情報のすべてには対応できない、教育委員会は教員をかばおうとする、検査機関は十分な検査をしきれなくても確認済みの判を押す・・・。いずれにせよ、公正な立場できちんとチェックし、対策を立てるしくみや人手を確保しなければなりません。

ところで、私たちの納めた税金が適正に使われたかどうか、チェックする機関はどこか、ご存知ですか。国では「会計検査院」ですね。昨年度の一例をあげると、テロに備えて購入した爆発物探知装置126台に関して、2億2000万円が有効に使われていないという指摘をしています。他に市町村への補助金や物品購入などの検査をしていますが、対象の国家予算約230兆円に対して職員は約1300人ですから、検査範囲には限度があります。

市町村では、公認会計士などの専門家と議会議員から選ばれる「監査委員」が監査を行っていますが、決算の認定は議会の役割ですから、議員から監査委員を選ぶのはちょっと変。最近は「行政評価」を行う自治体も増え、以前よりも内部のチェック体制や、チェック内容を公表するしくみが整ってきている感があります。私たち一般市民も、小さなことでも「おかしいことはおかしい」と言っていきましょう。
折しも中高生は学期末試験の時期、子ども達から「公正さ」を学ぶべきかもしれません。

2005年12月8日
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<<どこを削ってどこを増やすか>>

吹上町が鴻巣市となって半月が過ぎました。目に見える変化はまだそれほど感じられないのですが、現在吹上では「町民プールの存続を求める署名」活動が行われています。

吹上町の町民プールは、小学生同士で行くことができる、夏の遊び場でした。流水プールと泳ぐプール、子どもプールがあって、ヨチヨチ歩きの子から大人まで楽しめました。しかし、財政難を理由に昨年の夏は休止され、今年も再開されなかったのです。身近なプールがなくて、子どもたちはどんなにがっかりしたことでしょう。

今年の夏は、鴻巣市民プールまでの無料バスが運行されました。町民プールの代わりにご利用ください、という意図だったのですが、利用者はわずかでした。なぜって、鴻巣市民プールは遠いのです。公民館前からバスに乗ったら、小一時間かかってしまいます。小学生だけでそんなに時間をかけて遠くに遊びに行くことはできませんよね。
ところが、町では「せっかくバスを運行したのに利用者が少ないのだから、プールを利用したい町民が減っているのだ」と判断したのです。これは9月議会の一般質問で出てきた話ですが、「だから町民プールの再開はしない方向」というニュアンス。そんなことでプールの必要性を判断するというのでしょうか。

確かにプールの補修や維持管理にはお金がかかります。人手も要ります。営業すればするほど赤字でしょう。でも、この町の子どもたちが夏休み中、安心して楽しく水遊びできる場所がほかにあるでしょうか。学校のプールも、以前に比べて期間が短縮されていますし、水辺公園は人気(ひとけ)がない上、汚くて足を入れる気にもなれません。

新しい鴻巣市は、子育て環境日本一を目指すそうです。子どもの医療費は、全国でも珍しい「中学生まで無料」となります。子育て中の家庭、とりわけ慢性的な病気の子がいるご家庭には、実に助かる制度です。真偽は定かでありませんが、小児医療センターの医師が、患者に鴻巣市への引越しを勧めるケースもあるというくらいです。

家計でも医療費や教育費はどうしても必要だし、食費や光熱費を切り詰めるのは限度がありますね。以前より通信費が嵩むし、手をつけるのは被服費や娯楽費あたりでしょうか。保障を見直して保険料を安くするというのも最近盛んです。家計の無駄をなくして必要なところにお金を使う、というのが家庭の「やりくり」ですね。
それでは、町民プール再開のために今の行政でやりくりするなら、どの予算が削れると思いますか? 家計簿診断のように、ここが無駄、と指摘してあげられますか?

10月23日(日)午前10時から12時まで、鴻巣市市民センター(北鴻巣駅前)第一会議室にて、「まちづくりワークショップ」を開催します。こんな町にしたい、という夢と、こんな無駄をなくしたい、という現実を語り合いたいと思います。どなたでも、お誘い合わせてお越しください。お待ちしています。

2005年10月18日
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<<選挙結果を見て>>

衆議院議員選挙が終わった。議席数は自民党の圧勝。
郵政を民営化したら、次に来るのは、弱者の負担を増やし、戦争のできる国づくりをすることではないか、という心配もあるが、今回の選挙で良かったことも少しある。それは、女性議員が増えたことと、投票率が上がったことだ。

今回「刺客」と言われた女性たちは、立派なキャリアを持っている人ばかりで、いわば「勝ち組」だ。庶民の生活感覚がないだろうという人もいるが、しかし、それだけにガラスの天井を感じたり、セクハラを見聞きしたりした経験もあり、海外との比較もできる人たちなのではないかと期待する。
自民党はこのところ激しい「ジェンダー・フリー・バッシング」を進めているが、今回当選した女性議員は、たぶんこれを良しとしないだろう。この結果により、男女共同参画社会の考えが逆回りするのは防げるのではないかと期待する。

憲法に「家庭を大切にすることは国民の責務」などと書き込もうとする人たち(そんなこと言ったら離婚経験のある首相は憲法違反になるかもしれないのに)や、「日本の伝統」を振りかざす人たち(何時代のことを伝統と言っているのか不明)がいる自民党で、女性議員がどんな発言をするのか、楽しみだ。

投票率が上がったのは、若者が投票所に足を運んだからだという。いつも棄権していた人が、今度ばかりは投票したとすれば、「自分の1票の重み」に気づくきっかけになったかもしれない。たとえ小泉さんの言葉にうまく乗せられたのであっても、棄権しないことは大切だ。「やったぁ」という経験が「自分も世の中を動かす一人の市民だ」という意識につながれば、将来も少しは明るい。また、もしも数年後に「しまった」と思ったら、次の投票をよく考えるようになるだろう。

現在の選挙制度に問題があることはもちろんだが、逆に「これこそが完璧」という選挙制度はあり得ず、どんな方式でも何かしら欠陥がある。いずれにせよ若者には、自分たちの票によるこの結果を受け止めて、政治への関心を失わずに過ごしてほしいと思う。

2005年9月25日
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<<この町のことは、この国のこと>>

この夏休み、私はほとんど毎日、通信制大学(児童教育学科)のスクーリングに通い、朝から晩まで充実した授業を受けてきました。その通学のため吹上を離れている間に衆議院が解散され、「郵政民営化の是非を問う」選挙となりました。机を並べていた25歳位の学生は「私は棄権したことないけど、これまで一度も選挙に行ったことがない、という友だちも多いんですよ」と言っていました。若者の投票率、今回はどうでしょう。

さて、吹上町は10月の合併を前に、「新しい教育施設を建てる場所を決める」とのことです。新しい教育施設って、どんなものでしょうか。以前から望まれていた、第二公民館や、児童館? 老朽化している郷土資料館の移転も必要ですね。須田剋太の常設展示は? 線路の北側に図書館の分館が欲しいという声もあります。
ところが町長は「何をつくるか」の前に「どこにつくるか」を決めるといいます。耳を疑ったのですが「場所を決めてから、何をつくるかじっくり考える」というのです。

普通、作る料理が決まっていないうちに道具は選びません。フライパンでカレーライスは作らないし、オーブンで肉じゃがは作らない。そしてメニューは、食べる人に合わせて考えます。若者にはスタミナ料理、年配者にはあっさりしたものを、といった具合に。

実際、コスモスアリーナには、夕方子ども一人だけで行かせるのは不安ですし、真夏にあそこまで歩けば熱中症になりそう。自転車もベビーカーもあの坂を上るのは大変です。だからお年寄り向けの体操教室は、送迎バスがなければ人が集まりません。
袋の町民プールは、対象が小学生及び親子連れ、季節は夏、時間は昼間、だからピッタリの立地でした。これがもし、児童館の場所だったらどうでしょう。夏休み中はともかく、ふだん学校が終わってから行くには、どの校区からも遠すぎます。日暮れの早い冬はなおさら。やはり、立地は大切です。私がこの夏通った大学も駅前。これが駅からバスで15分では、昼間の学生には良くても通信制のスクーリングには向きません。

この施設はすでに「つくる」ことが目的になってしまっています。町民ニーズよりも「予算あるなら、つくらにゃ損損」という理屈、ボランティアサポートセンターの時も、体育館建て替えの時もそうでした。先に仕事を作って、後から「住民のため」という理由をつける、このやり方で、これまで国民の借金がどんどん増えてきたのです。
「郵政改革」を目指す小泉首相ですが、これまで国の借金を増やし続けてきた「実績」から国民の目をうまくそらしています。一地方公共団体の問題は、国全体の問題でもあります。これからの私たちの暮らしがかかった選挙、必ず投票に行きましょう。

2005年9月1日
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<<市民が「主体的市民」になるために>>

先日の東京都議会議員選挙の投票率は、約45%でした。つまり都民の半数以上が選挙に行っていないということです。棄権の理由は「誰がなっても同じ」というあきらめ型と、「興味がない」という無関心型に分かれます。若者は圧倒的に無関心型でしょう。

先月「シチズン・リテラシー」(教育出版・1900円+税)という本の出版記念シンポジウムがありました。この本には「社会をより良くするために私たちにできること」という副題がついていて、市民として身に付けておきたい知識や考え方が載っている、いわば市民教育の教科書といった趣の本です。(町立図書館、郷土資料の棚にあります)
実は、私もこの中で3ページだけ執筆を担当し、シンポジウムではパネリストを務めました。官僚経験のある大学教授、市民活動の専門家、社会科教育の第一人者といった蒼々たるメンバーの中で、私自身が多くを学んだ会でした。

さて、私は子どもを二人産みましたが、妊娠すると、保健センターや産院で開かれる「マタニティ・スクール」の案内が届きます。近頃では「両親学級」や「祖父母学級」というのも増えているようです。いずれにしても、初めての子どもを産むときにはたいていの妊婦が受講し、出産や子育ての知恵を学んでいきます。

誰でも子どもを持てば、自然に「親」と呼ばれます。最近はいわゆる「できちゃった婚」が結婚全体の4分の1を占めるといいますが、その場合でも、産むと決めたら「良い親」を目指し、多少なりとも夫婦で努力をしている場合がほとんどです。
ひるがえって、誰でも20歳になれば、自然に「有権者」と呼ばれます。選挙の時期には投票券が郵送され、1票の権利が与えられます。しかし、それだけで「良い市民」を目指して努力する、などという若者がどのくらいいるでしょうか。
出産前に両親学級で育児を教わるように、「有権者」になる前に「市民」について学ぶ機会が必要ではないでしょうか。

そのために「社会科」の授業があるじゃないか、といわれるかもしれません。でも、学校で学ぶのは「社会がどうなっているか」で、「自分がどうするか」を考える時間があまりないのです。
山形県遊佐町では、中・高生から「子ども町長」「子ども議員」を選挙で選び、50万円の予算を「子ども議会」に諮って執行する、という制度ができました。まさに、子どもたちが民主主義を体感できるしくみです。
学校教育が簡単には変わらないなら、気づいた人が始めるまで。遊佐町の英断に拍手を送ると同時に、身近な子どもたちにどんな働きかけができるか、考えています。もちろん「シチズン・リテラシー」の本も活用して・・・。(笑)

2005年7月13日
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<<リフレッシュの優先順位は?>>

昨年、二女の学年主任の先生が、リフレッシュ休暇で1週間学校を休まれました。いろいろな問題を抱えていた学年だったので、「生徒が大変なのに、先生はのんきね」と言う声もありましたが、私は、ゆっくり旅行でもして、気持ちをリフレッシュし、新たな気持ちで学年のこと、クラスのことに向かって欲しいと思いました。

企業でも、勤続10年とか20年といった節目の年に、リフレッシュ休暇と旅行券を出すところがあります。欧米のような、夏に1ヶ月くらい休む「バカンス」の制度がない日本では、せめてもの長期休暇・・・それでも5日間くらいでしょうか。そして、それさえも「自分が休んだら仕事上差し障りがあるから」と休まず働く人もいます。社員の体と心の健康を考えるなら、ふだんから休みを気兼ねなく取れるような環境を整えなければなりませんが、現実にはなかなか。ここに年間自殺者3万人以上のモトがあります。

ところで、町の保育所には、子どもの一時預かり制度があります。ふだん保育所に通っていない子どもでも、上の子の学校行事や、冠婚葬祭、一時的な仕事、それに「リフレッシュ」のために、半日から一日、子どもを預かる制度です。子育ては24時間の仕事ですから、お母さんが「たまには一人で映画にでも行きたい」とか「子どもと二人きりで家にいると息が詰まってしまう」とか、そんな時には離れて休むことも大事。
言うなれば、「中高年のリフレッシュは自殺を防ぎ、お母さんのリフレッシュは虐待を防ぐ」のです。(もう一つ、「介護者のリフレッシュは、老人虐待を防ぐ」も大切)

ところがこの制度、障碍のある子どもは使えません。保育士の配置ができないから、というのが理由です。リフレッシュのための一時預かりは月に1回と決められているし、予約制なので、障碍児の予約が先に入ったら他の子を断る、という手もあるでしょうし、保育所内の保育士のやりくりは何とでもなると思うのですが、門は閉ざされたまま。優先するのは「住民ニーズ」より「役所の都合」です。いったい、健常児のお母さんと障碍児のお母さんとでは、どちらがリフレッシュが必要でしょうか。

高齢者のデイサービスは、介護保険が始まってからどんどん充実してきており、介護者のリフレッシュのためにショートステイを利用できる制度もあります。家族だけがお年寄りの介護をするのでなく、地域社会が引き受け、みんなが介護保険で一定の負担をする。これを「介護の社会化」といいます。
今後もっと「子育ての社会化」が必要ですが、中でも障碍を持つ子の育て方に関して、社会の役割を強化する必要があると思います。介護保険にならった「育児保険」の発想もあるようですが、少なくとも「障碍児のお母さんはたいてい一度はうつ病になる」などという現状を変えなければ、安心して子どもは育てられません。

2005年6月22日
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<<見ただけではわからなかった事>>

吹上町民オンブズマンでは、今年度はごみ処理の費用調査を予定していましたが、昨年あちこちの自治体で職員の福利厚生費や諸手当が問題になったことから、それも調べてみようと話し合いました。そして手始めに、吹上・鴻巣・川里、それぞれの予算書の中から、職員の互助会への補助金として計上されている福利厚生費を探しました。

そうするうち、どうせ予算書を調べるなら、いっそ「補助金」全体を調べてみよう、ということになり、平成17年度の補助金の項目を抜き出して表にまとめていきました。同じような補助金が3自治体で違う名前になっていたり、人口の割に多いと感じるものがあったり、比較して初めてわかることもたくさんありました。

だいたいの補助金は、その名前を見れば何となく内容がわかります。ただ、どうしても見ただけではわからなかったのが、鴻巣市の議会費の「みどりの会補助金8万円」でした。緑化運動の関係? でもなぜ議会費なんだろう・・・と。

ちなみに、吹上町の議会費では補助金はゼロで、川里と鴻巣では「議員クラブ」つまり議員の親睦会に補助金を出しています。その額、鴻巣が25万円、川里が10万円。議員定数は26と14。職員の福利厚生費が、鴻巣は一人あたり約9000円、川里は7000円でしたから、議員一人あたりの補助金はそれより多くなります。

実は、以前は吹上でも同様の補助金があったのですが、7、8年前、議員の親睦に公金を使うのはおかしいのではないか、という議会側からの提案で廃止しています。それでなくても視察研修を「宴会旅行」と揶揄されるわけですから、飲み食いや交際、慶弔は自分たちの会費で、とはっきりさせたのは良かったと思います。

さて、話は「みどりの会」に戻ります。鴻巣の議会事務局に行って「みどりの会って、何ですか?」とお尋ねしたところ、「議員を3期以上務めて辞められた方の親睦団体です」とのこと。早い話がOB会だったわけです。3期以上務めたということは、議員年金の受給者。この議員年金には多額の税金が投入されているということは、先ごろ年金問題のときに騒がれたとおりです。これの受給者がさらに補助金をもらうというのは、ちょっと図々し過ぎやしないでしょうか。

そう思って「みどりの会の決算書類」の公開を請求したところ、公開の時に、この団体は今年6月14日を持って解散することになったと聞かされました。つまり、今年度予算は計上しているが、執行しないとのこと。これは予定されていたことかどうかわかりませんが、これまでに何年間、いくら補助していたのか、とても気になりました。

2005年6月7日
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<<学校もノーマライゼーションを>>

「故障」という言葉は、小学生向けの辞書には「機械などの具合が悪くなること」、広辞苑第四版には「事物の正常な働きがそこなわれること」とも書かれ「肩の故障でピッチャー交代」といった例文もあります。どちらにしても「故障」は一時的に具合が悪くなった感じがしますね。機械なら修理、身体なら治療するような印象です。

法律にはときどき「ちょっと変」な言葉が出てきます。学校教育法施行令の中の「故障」の使われ方もそのひとつです。いわく「盲学校、聾学校又は養護学校に就学させるべき盲者、聾者又は知的障害者、肢体不自由者若しくは病弱者の心身の『故障』の程度は、次の表に掲げるとおりとする。」そして表にある障碍を持つ子どもは養護学校などに「就学させるべき」と規定し、市町村教育委員会が「特別の事情があると認める者」だけが周りの子どもと同じ小学校に通えるというのです。やっぱり「故障」は変でしょ?

厚生労働省がうたっている福祉の基本理念は「ノーマライゼーション」。その合言葉は「施設から地域へ」「自立と社会参加」です。お年寄りは施設入所より自宅介護に変わってきましたし、特別養護老人ホームなどの立地も、郊外から町の中に変わってきました。歳をとって足が弱っても行きたい所に移動できるよう、道路や駅のバリアフリー化が進み、市内巡回バスや移送サービスも増えています。こうしてみんなが支え合う地域社会を作っていくことで、お年寄りも障碍のある人も生き生き暮らせるというわけです。

ところが、文部科学省の方向は、昭和28年から変わっていません。障碍を持つ子どもは普通の子と分離して、別に教育するという方針です。国際的に見ると、ヨーロッパはもとより、ここ何年かの間に韓国、インドネシア、フィリピンといったアジアの国々も、次々と「分けないのが原則」に変えてきています。そして日本はこのことで、国連からも2度にわたって見直しを勧告されています。そもそも考え方が「変」なわけです。

高齢化社会の中で、地域で支えあい、認め合う関係はますます大切になっています。どんなバリアフリーの駅だって、車椅子の人が小銭を落としたら拾ってあげる人が必要です。町の中に認知症で徘徊しているお年寄りがいたら、「何かおかしい、保護しなくちゃ」と気づく人が必要です。病後のリハビリで作ったちぎり絵や習字の作品を、見て自然にほめる人も必要です。小さい時から障碍を持つ友達と一緒に育った人は、自然にそういうことが身に付くのではないでしょうか。

現実には先生の手が足りないかもしれないし、養護学校も特殊学級も不要とは言わないけれど、共に育ち合う事はまさに子どもの「生きる力」となるはずです。法律の原則を「分離しない」に変えると「いろいろな人がいて当たり前」の社会に近づく気がします。

2005年5月19日
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<<その日、何の日? と思うこと>>

今年のゴールデン・ウィークは10連休という人もあったようですが、私が子どもの頃なら、つまり土曜日に学校があり、4日が平日だったら、今年のカレンダーだとちょうど一日おきに休みが続いて、つまんないなぁ、と嘆くことになっただろうと思います。今は子どもも、三連休プラス三連休プラス土日。時代とともに休日は増えました。

増えただけでなく、休日の意味も変わってきています。
4月29日が天皇誕生日からみどりの日となって17年。今度は昭和の日となることが決まり、みどりの日は、5月4日に移されるそうです。

休日ではありませんが、5月1日はメーデーでした。が、およそ労働組合というものが機能しなくなってきています。大きな事故を起こしたJRも、事故を立て続けに起こしているJALも、労働組合の弱体化(組合つぶし?)で、人間らしい働き方が保障されていない、ということが遠因にあるようです。国土交通省はもちろんですが、厚生労働省にこそ、きちんと調査してもらいたいものだと思います。

5月3日は憲法記念日ですが、その憲法を改正すべきだという声があがっているのはご存知の通り。この日も、護憲派、改憲派、双方があちこちで集会を開きました。
5月5日はこどもの日でしたが、この日の主役である「子ども」は減る一方。少子化は歯止めがかからず、ますます進行している、というニュースが流れています。

私は、少子化の根本は労働問題だと思っています。少数精鋭の社員が過労死するほど長時間働いて、パート・派遣・アルバイトは不安定な身分で低賃金。若者の就職先もなく、中高年はリストラの不安。この状況では、いくら保育所を作ろうが、次世代法が施行されようが、少子化は止まらないでしょう。先ほどの労働組合の話とつながりますが、「命」「安全」「心身の健康」という価値がまず大切にされ、「安心して働き、生活できる」社会を作ることが、少子化を止めることになるはずです。子どもを欲しいと思っている人はそれほど減ってはいないのですから。

ところで、子どもの数が減っている中で、障碍を持つ子どもの割合は増えていることをご存知でしょうか。その原因についてはここでは触れませんが、そういった子どもたちを地域で育てていくため、努力しているお母さん方がたくさんいます。

5月15日(日)1時30分から、鴻巣市福祉センターで、障碍を持つ子どもたちのための集会を、私もお手伝いすることになりました。「ノーマライゼーション」つまり、すべての人が社会の一員として対等に暮らしていかれるためには、障碍を含めいろいろな人が身近にいることを知るのが第一歩です。関心のある方は、どうぞご参加を。

2005年5月10日
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<<自分で納めた税金の使い道を決めたい>>

先日ご案内したシンポジウム「パーセント条例が問いかけるもの〜税金の使い道は自分で決めたい」に行って来ました。これは千葉県市川市の制度で、自分の納めた市民税の1%を、自分の選んだ市民活動団体への補助金にすることができる、というものです。
「市民の手による地域づくり」の主体であるボランティア団体やNPOは、資金面で苦しい運営をしていることが多く、寄付も思うように集まらないのが現状。そういった団体や事業を市民に広く知らせ、納税する市民が選んで補助するわけです。

さて、みなさんは、自分が一年間にいくらの市民税を納めているか、ご存知でしょうか。サラリーマンなど源泉徴収の方は、給与計算書をチラリと見ておしまい。確定申告の方は、国税ならわかるけど・・・、といったところでしょう。また住民税額がわかっても、県にいくら、市町村にいくら、というところまでは見えていないでしょう。市民税の1%というのが、自分の場合いくらになるのか、話はそれを知ることから始まります。

もし「あなたの市民税の1%は、2000円です」と言われたら、どう思いますか?
「ということは、私はこの町に20万円も払っているのか」と意識しますね。そして、「20万円に相当するサービスを受けているだろうか」と考えるでしょう。そういった納税者意識を高める働きも、この条例にはあるわけです。選挙の投票率が30%台の市川市ですが、この制度で投票率も上がるかもしれません。

3月15日は、確定申告の締切日でした。相談に当たっている税理士さんたちが、よく申告者に言われるセリフは「私の納めた税金、ちゃんと使われるんでしょうね」というものだそうです。ほとんどの納税者は選挙権を持っているのですから、「ちゃんと使う」ような政治家を選べば良い訳ですが、当選すると公約と方向が変わってしまう場合があるとすれば、税金を納めた人がある程度使い道を指定する、というのは理にかなっているでしょう。海外では、1%だけでなく2%にしているところもあるそうです。

NPOの中には、行政から補助金をもらったり行政の仕事を委託されていたりする団体もありますが、今回支援するのはそれ以外の団体です。障碍児・者への支援、高齢者介護、子育て支援、キャンプ、スポーツ、環境、文化交流など、種類は多岐にわたります。それぞれが事業計画を出し、公募の市民を含む審査会が審査し、対象団体を決定。その後納税者が、その中から支援したい団体を選ぶわけです。
納税者でない市民の声はどうするのか、希望者が少なかったらどうするのか、組織票のようなものが出てくるおそれはないか、など、心配もありますが、とにかくやってみなけりゃわからない、と一歩踏み出す勇気をたたえます。

2005年3月28日
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<<さらにわかりやすい(?)三位一体の改革の話>>

先日のコラムを読んだ方から「三位一体って、そういうことだったのね。実は私も知らなかったの」「でも、まだよくわからない」という声をいただきました。そこで、こんなお話にたとえてみました。ちょっと乱暴ですが、いかがでしょうか。

ウチのお父さん、クニさんは、会社経営者で年収1000万円。ご近所とのお付き合いや、町内会では活躍するのですが、自分で洗濯や掃除やご飯のしたくはほとんどしません。その上、借金癖があって、年収の2割は返済にまわしています。

ウチのお母さん、ケンさんは、年収500万円。お父さんの会社の正社員なのに、この待遇はひどい、とよくこぼしています。家の中の大きな買い物は、ほとんどお母さんが子どもたちと相談して決めています。家具や家電を買うのも、庭に木を植えるのも、子どもの家庭教師を選ぶのも、旅行に行くのも、車を買うのも、いつも家族が喜ぶように考えますが、最後にはお父さんがOKしないと、足りないお金を出してもらえません。

ウチには子どもが2人。姉のシーちゃんは、まだ年収140万円です。無理して近所にアパートを借りて自立しているので、家賃と食費を払うと思うように好きなものが買えません。でも両親は「もう大人なのだから、自立することは大事だ。生活費は援助するし、お小遣いもあげるから、お母さん並みに家事も仕事もしなさい」と言います。

妹のチョッちゃんは高校生。アルバイトで、年収30万円。でもすぐに携帯代に消えます。彼女は、ほとんどの家事をこなします。例えば、ご飯の支度、ゴミを分別して捨てること、お風呂の支度、トイレ掃除だって、みんなチョッちゃんがするんです。だからお父さんもお母さんもお小遣いをはずんでくれますし、必要なものは買ってくれます。

でも、子どもたちには不満があります。例えば、シーちゃんが「軽自動車が欲しい」と言っても、お父さんが「ベンツにしなさい。そうでないとお金は出してやらないよ」と言うのです。チョッちゃんが「使いやすい布のバッグが欲しい」と言っても、お父さんが「バッグはレノマにしなさい。そうでなければお金は出してやらないぞ」と言うのです。万事がこの調子。お父さんはそのために、また借金を重ねます。二人は自分の収入やお小遣いでなら自由な買い物ができるのですが、それほどまでは稼げません。

そこで子どもたちは、お父さんに言いました。「○○を買うお金、と細かい事まで口出しするのはやめて、その分自由に使っていいお小遣いを増やしてください」 お母さんも言います。「あなたのお給料を減らして、その分私のお給料を増やしてちょうだい」渋々応じたお父さん。こうして「○○を買うお金(補助金)」「お小遣い(交付税)」「お給料増額(税源移譲)」の「三位一体改革」をはたした、クニさん、ケンさん、シーちゃん、チョッちゃん。あとは借金を減らすための方法を、考えています。

2005年3月17日
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<<地方分権=「地域のことは地域で」ということ>>

2月27日(日)埼玉県職員による出前講座として、公民館で学習会を開きました。
まず、平成5年から今までの「地方分権」の流れを説明した後、このところニュースでもさかんに出てくる「三位一体の改革」の話になりました。
三位一体とは、本来キリスト教で「父、御子、聖霊」という形で神が現れる、という意味で使われる言葉ですが、転じて「三つの要素が互いに結びついていて、本質においてはひとつであること。三者が協力して一体になること」(広辞苑第4版)とされます。さて、その三つとは、何と何と何でしょうか。みなさんはスラスラ答えられますか?

参加者の中でも「国と、地方と、もうひとつは?」とか、「行政と、議会と、市民?」とか、実は一般市民は中身をよく知らない、ということがまずわかりました。
答えは、
  • 「国庫補助負担金の改革」 
  • 「地方交付税制度の改革」
  • 「税源移譲を含む税源配分の見直し」
の三つ。(正解者に拍手!)
これらを同時一体に改革するのが、「三位一体の改革」というわけです。

「国庫補助負担金」は、使い道だけでなく、その基準も決められているお金です。例えば道路なら、道幅何メートル以上という基準があって、それより狭くても構わない場所であっても、基準の道路を作らないと補助金がもらえません。必要以上の工事は無駄だとわかっていても、全額地方のお財布から出せなければ、基準に従うしかないのです。

そこで、補助金を減らし、その分地方自治体が自由に使えるお金「地方交付税」を増やそうとしているわけですが、どんな補助金をなくしていくべきか、昨年地方の代表が集まって話し合った際、注目されたのが「義務教育費の国庫負担金」でした。
「義務教育は国の責任で行われるべきだから、国が負担するのが当然」という意見と「教育も地方の実情に合わせて行えるよう、国庫負担金はやめて交付税に回すべき」という意見があり、結局地方の意見としてまとめたのは後者でした。

では現状は、と資料を見たら、教育費に占める国の負担は13%。民生費の37%、国土開発費の28%と比べても少ない、つまり、すでに教育を担っているのは地方(都道府県)が中心だったのです。埼玉県内でも、25人学級や、不登校児への家庭訪問指導など、独自の動きを見せている地域もありますね。それらは市町村の負担です。

こうしてみると、やっぱり私たちの税金の使い道は、国よりも身近な市町村で決められる方がいいと思いませんか。もちろん、「決める」部分に積極的に参加する市民がいればいるほど、無駄なく満足度の高い住民サービスが実現するでしょう。
三位一体改革が、私たちの生活につながっている、と少しは感じていただけましたか?

2005年3月4日
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<<お小遣いをしっかり管理できる子、できない子>>

みなさんがお小遣いをもらうようになったのは、いつからでしょうか。小さいころからお駄賃をもらっていた人もいるし、中学生になってもお小遣いがなかった人もいます。現在では小学校高学年になると、ほとんどの子がお小遣いをもらっているようですね。

お小遣いをもらっている子にも、例えば「月500円だけど、ノートとか鉛筆とか、学用品は家の人が買ってくれる」という子(Aタイプ)と、「月1000円で、学用品も本も全部自分で買うことになっている」という子(Bタイプ)がいます。

さて、このごろ騒がれている「三位一体の改革」では、これまで国が半分負担してきた義務教育の費用、つまり学校の先生の給料を自治体に負担させる代わりに、その分のお金を自由に使えるように自治体にあげましょう、というわけ。さきほどのお小遣いに例えれば、AタイプからBタイプに変えるわけです。

ところで、自分の子どもがBタイプでやっていかれるのかどうか、親ならだいたい想像がつきます。しっかりしている子なら、学用品を買うのに困ることもないばかりか、貯金して高額のおもちゃを買ったり、妹の誕生日にプレゼントを買ってやったりするかもしれません。しかし、もらったとたんに買い食いをしたり、ガチャガチャでおもちゃをたくさん買ったりしてしまう子は、いざ、学校のノートがなくなってしまっても、買うお金が残っていないでしょう。こういう子は、当面はAタイプの与え方にしておきますが、いつかはBタイプになれるように育てていかなければなりません。

「義務教育の国庫負担堅持」を主張する人は、Bタイプだと自分の自治体はくだらない事にお金を使って教育費が減ってしまう、と心配しているし、「補助金削減・交付税化」を主張する人は、自治体だってそれほど愚かではない、むしろ「先生の給料何人分」と限定されないのでさまざまな工夫ができるはず、と自信を持っています。
その心配や自信の根拠は何でしょう。それは、地方政治への信頼度ではないでしょうか。

子どもにしっかり者とそうでない子がいるように、地方自治体にも「大丈夫」なところと「心配」なところがあります。私たち納税者は、地方政治の部外者ではなく当事者。「これまで町が教育に熱心じゃなかったからなぁ」とため息をつくより「この町で教育レベルが低下したら黙っちゃいないよ」と意思表示し、しっかり監視していきましょう。

2004年12月2日
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<<今どきの小学生>>


小学校の一クラスの人数を少なくすべき、と言われていますが、私が子どものころは、一クラス45人でした。そのころと今とでは、いったい何が違うのでしょうか。
ひとことで言えば、時代が変わったということでしょう。当時の先生といえば「偉くてこわい」存在、「言うことを聞かなければならない」人でした。今は、子どもの前で先生の批判をする親も多く、先生の注意を聞かない子どもたちが増えています。
家庭の常識も変化しました。就寝時間は遅くなり、朝食は作らなくなり、家族が少ないので挨拶やマナーもおろそかになりがち。自然に授業への集中度が下がります。

また、現在5〜10%の子どもに学習障害や注意欠陥他動性障害などがあるといわれており、授業の間に立って歩き回る子、給食の時間にじっと座って食べられない子などがいます。中には先生が注意すると「好きにさせてよ」などと甘えるように言ったり、物を蹴ったり放り投げたりする子もいます。こういう子の中には、親と一緒の時には症状が現れなくて、保護者に学校での状態を話しても信じないこともあります。

もうひとつ、今の子どもは、学校や習い事の「先生」と「家族」以外、大人と話す機会がめったにないのです。考えてみてください。お小遣いでの買い物はスーパー・コンビニか自動販売機。おじさんのいるおもちゃ屋、おばさんのいる駄菓子屋、といった子どもの行きつけの店はなくなり、友だちの家に遊びに行っても大人はまだ仕事から帰っていないことが多い。その上「遊び」といってもゲーム機だったり漫画を読むだけだったり。コミュニケーションの必要がないので、当然、言葉を使った表現力もなくなります。

この10月から公民館を使って、4回コースで小学生対象の「表現教室」を実施しています。これは「さいたまチャイルドライン」の主催ですが、プロの役者の指導で、子どもたちが遊びながら表現する力を身につけていくものです。
その最初の回で、こんなことが起こりました。子どもたちが4人ずつ、同時に動くような遊びをしたのですが、ある組だけ、どうしても同時に動けないで、固まったままなのです。誰かが「行くよ」とか「一二の三」とか、声をかければ何でもないことなのに、誰もそれができない。1分たち、2分たっても動けません。できるだけ自分たちで解決させたいと思ったのですが、ついに講師がアドバイスを与え、それでも動けるまでにはなお時間がかかりました。

小学校では「学校」「家庭」「地域」の連携が大切だと言います。しかし「家庭」も「地域」も、よその子を叱らなくなっています。叱らないどころか、よく見ていません。
「だから学校の先生がしっかりしなくてはいけない」のでしょうか。「だから保護者がきちんとしつけなくてはいけない」のでしょうか。「地域の大人」たる私たちにできることは、子どもの言葉を引き出すことではないでしょうか。どうか近所の子どもたちに目を向け、積極的に声をかけてください。大人から声をかけられることを経験するだけでも、子どもは変わってきます。

2004年11月24日
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<<耐震診断もまだでした>>

まず、水害や大地震で被害を受けられた方に、心よりお見舞い申し上げます。

新潟中越地震の夜、私は「吹上子ども歌劇団」の練習のため、中央公民館のホールに向かうところでした。いつもは昼間の練習なのですが、たまたまその日だけ夜だったのです。地震の後にホールに入りましたが、舞台の上はライトがたくさんあるので、その日はフロアで発声練習しました。と、再び大きな揺れ。すぐにフロア中央に子どもたちを集め、「落ち着いて。ここなら大丈夫。周りに物もないし、天井の蛍光灯にもカバーがついているし」と言いながら、一瞬「本当にこの建物は大丈夫かしら」と考えました。

というのも、ついその2、3日前、教育委員会に「阪神大震災から10年を前に、吹上町の小中学校の耐震診断は全部してありますか?」と尋ねたばかりだったからです。
それによると、これまでに簡易耐震診断がすんでいるのは、吹上中学校、下忍小学校など、今年度これから行う予定なのが、大芦小学校、吹上小学校など、来年度は吹上北中学校などで、それもすべての建物ではなく、南校舎とか、体育館とか、ひとつずつやっているそうです。さらに、診断結果で「耐震性に問題あり」と出ても、すぐに補強工事や建て替えをするお金がないために、そのまま使い続けられているそうです。
また、県補助金の基準が鉄筋校舎であるために、木造校舎に関しては耐震診断の予定も立っていないとか。これが、教育の町吹上の実態。

新潟では、壊れてしまった学校がいくつもあります。地震の時に子どもを押しつぶす危険というだけでなく、避難場所としての機能というだけでもなく、地震の後に学校が健在であれば、そこに通うことによって子どもたちが励ましあい、心癒されることになる。それを見て、親も地域の人も少しはホッとしたり元気を取り戻したりする、そういう効果が学校にはあるはず。だから、そこに残って機能することが重要なのです。

財政難はわかる。町とか国とか管轄の違いもある。補助金のあり方が理にかなっていない、ということも知っている。それでも、200年に一度の水害に備えたスーパー堤防よりは、すぐにでも起こる可能性のある大地震に備えて小中学校の耐震性を高めるほうが先だったよなぁ、と土手の上の国体会場を見ると思ってしまいます。
町を挙げて(?)取り組んだまごころ国体は無事に終わったわけですから、国体のために増強されていた職員は、この際新潟に手伝いに行ってもらってはどうでしょうか。人手が足りないところに、自治体の職員の応援は大いに役立つと思いますし、吹上で災害が起こったときの対処を学ぶ機会にもなると思います。


2004年10月29日
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<<通学区の見直し案に怒ったわけ>>

10月17日、吹上小学校の通学区域見直しについての説明会が開かれました。これは来年度、吹上小学校の教室が不足しそうな状況であることから、富士見地区の学区見直しを進めているものです。「吹上も少子化が進んでいるんじゃないの?」と思われる方も多いでしょうが、新しく家が建ってきている富士見地区では子どもの数は増えてきています。また近年、文部科学省が低学年の少人数学級を認めたり、科目によって少人数指導を行ったりするようになったため、児童数が増加していなくても、必要な教室数は増えるという事情もあります。

さて、その説明会では、のっけから「資料がなっていない」との声があがり、集まった保護者は全員「反発」ムード。何よりも「寝耳に水」だったことが最も大きな反発の理由でした。つまり、「学区変更に絶対反対!」という人はそれほど多くなく、「なぜ今まで隠していたのか」「審議会のメンバー構成がおかしい」などの疑問を投げかけたものの、「きちんとした説明があって、それが納得いくものなら、学区変更も仕方ないと思えたのに・・・」と考える人が多かったのです。

では、どのようにしていたら、保護者がこじれずにうまくいったのでしょうか。私の考えを書いてみます。
まず、学校を通じて、「来年度、吹上小学校の教室が不足しそうです。」という状況を保護者に知らせます。

その上で、それを解消する手段として考えられるものを説明します。
「解消方法としては、
  • プレハブで臨時校舎を建設する。
  • 現在の少人数指導教室を普通教室として使い、少人数指導の時間は、音楽や図工や体育で児童が移動している教室を活用することでしのぐ。
  • 通学区を見直し、児童数を減らす。
などが考えられます。」

そして、それぞれのメリット、デメリットと、かかる費用などを試算した上で、「教育委員会としては、通学区を見直すことが最も望ましいと考えます。」と打ち出し、この時点で、「保護者のみなさまのご意見をお聞かせください。」と問いかけるのです。
通学区域等審議会を立ち上げるのは、保護者の意見を聞いてからでしょう。

大芦小学校に保育所分室ができなかったのも、合併をめぐって町長リコールにまで発展したのも、行政の「情報公開」と「説明責任」が果たされなかったからでした。古いお役所体質は簡単には変わらないようですが、教育委員会の学習能力が子どもたちより低いようでは困ります。今後の対応を見守りたいと思います。

2004年10月22日
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<<家をきれいにしたければ人を呼べ>>

夏休みの最終週、吹上子ども歌劇団の女の子たちが我が家で合宿をしました。参加したのは6年生5人。さすがにズボラで掃除が嫌いな私でも、準備のために家の中を片付けました。おかげで、ずっと気になっていた障子の張替え、捨てようかどうしようか迷っていた物の処分、普段掃除しない場所の掃除が進み、家の中がすっきりしました。

さて、オリンピックも終わって、アテネではパラリンピックが、そして埼玉では国体が始まりました。国体で思い出すのが、吹上町議会で「国体を誘致する」決議をしたときのことです。1997年だったと思います。こういった決議は議会全員一致で出すのが習慣だと言われましたが、私は「賛成できない」と答えました。水泳選手だった経験から、国体ってそんなに良いものだと思っていなかったし、町は余分なお金を使う状況ではないと思ったからです。他の議員は冷たい視線を投げかけただけでしたが、担当の職員には採決の直前まで「打越さん、なぜ反対なの? 国体がうちの町に来れば、グランドはきれいになるわ、道はできるわ、いいことばかりだよ」と、言われました。

実際、国体が来ることになって、グランドも道もきれいになりました。それだけではなく、国のスーパー堤防事業がやってきて、体育館・勤労青少年ホームまで建て替えられました。いよいよ来月、荒川沿いのコスモスが美しい時期に、ソフトボール少年男子の試合が開催され、多くのお客様が吹上町を訪れることになります。

自分の家でさえ、人を呼ぶとなればきれいにしようと努力します。でも本当は、人が来ようと来るまいと、家族が気持ちよく暮らすために、修繕すべきはし、掃除すべきはしておくべきなのです。分かっちゃいるけど、なかなかできない。だから、家をきれいにしたければ、人を呼ぶのが手っ取り早いといわれます。
その理屈はよくわかる。でも、行政も同じでいいのでしょうか。

埼玉国体は今年限り。長野県でオリンピックのために建てた施設が、あるいは埼玉県でワールドカップの決勝戦を誘致しようと建てたサッカー場が、今どれほどの負担になっているか。みんな知っているはずです。
お客様を呼ぶからと、障子やふすまを張り替えても、その後家族が気持ちよく過ごせるのならいいでしょう。でも、布団も買って、食器も買って、お客様が帰った後はしまいこんで使わない、というのではもったいないですね。
国体に向けて一生懸命準備している今、ちょっと「国体後」のことも考えたいものです。

2004年9月12日
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<<伝統ゲームはルールを学ぶ場>>

夏休みと言えば、以前は朝のラジオ体操に始まり、プール、虫取りなど、外で元気に体を動かす、というのが相場でしたが、この猛暑では熱中症が心配だし、物騒な事件も発生しているし、安心して「外で遊んでおいで」と言えない世の中になってきました。
町内で唯一親が安心できて子どもも楽しい場所・・・町立図書館は、連日子どもたちが押し寄せ、図書館なのか児童館なのかわからないほど。おかげで常連の利用者が「夏休みだからしばらく休むよ」とおっしゃるそうです。

もっとも、放っておけば子どもはゲーム機に向かうか、マンガばかり読むか、どっちかになってしまいがち。室内で子どもたちがもっと楽しく遊べる方法はないでしょうか。
ありますとも。カードゲームやボードゲーム(以下伝統ゲームと言います)です。
カードゲームの代表格は、トランプ。これは大人のみなさんご存知ですね。でも、最近トランプで遊びましたか? 年齢や場に応じて、ババ抜き、ジジ抜き、七並べ、五十一、ナポレオン、大貧民、ページワン、セブンブリッジ・・・など、たくさんの遊び方があります。トランプのページワンに似ているウノも、昔から子どもたちに人気です。

ボードゲームの方は、人生ゲームやモノポリーなど、双六タイプのものは少人数でも大人数でも遊べます。もちろん二人で対戦する将棋、囲碁、オセロなども、周りで見ている子どもたちを巻き込む魅力があります。ヨーロッパには、ようやく色の名前がわかるようになった幼児向けから、対象年齢に応じたさまざまな伝統ゲームがあるようです。

さて、日本ではゲーム機が登場して以降、こういった伝統ゲームで遊ぶ機会がグッと減ってしまいました。ゲーム機と伝統ゲーム、どんな違いがあるでしょうか。
まず、会話をするかどうか。このごろのゲーム機はずいぶんセリフが多いようですが、所詮人の言葉ではありません。伝統ゲームは対戦相手と会話しながら進めます。時には駆け引きや交渉も必要になりますし、黙っていても表情を読んだり相手の気持ちを考えたりします。いわば、コミュニケーション術を学ぶ場でもあるのです。
それから、自分たちでルールを守るという点です。ゲーム機ではルール違反はしたくてもできません。でも伝統ゲームでは、順番を抜かしたり、駒を余計に進めたり、といった「ズル」が起こることがあります。その時「まだ君の番じゃないよ」「ひとつ多いよ」と誰かが言う場面が出てくるでしょう。気がついた人が注意することや、みんながルールを守らないと面白くなくなってしまうことを学ぶのは、ゲーム機ではできません。

ゲーム機ばかりを悪者にするわけではありませんが、現代の若い世代に欠けているのが、この「コミュニケーション能力」と「自律(自立でなく)心」ではないでしょうか。子どもがゲーム機に手を伸ばしたら、たまには「今日は一緒にトランプしよう」と言ってみましょう。きっと新たな発見があるはずです。

2004年8月18日
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<<時代にあった投票制度を>>

参議院選挙が終わりました。相変わらずの低投票率には目を覆いたくなりますが、選挙の制度もわかりにくかったな、と思いました。

選挙区では「15万票で当選する人と70万票で落選する人」が出るし、比例区では「政党名または候補者名を記入」とか「名前を書かれた票が多くても政党の得票が少なければ落選」とか、なんだかすっきりしません。


「私の一票には、子どもたちの分の責任もある」と言ったお母さんがいましたが、もっともだと思います。自分のためだけでなく、子どものために今どうしたらよいか、という視点で考えれば、保護者の一票には子ども一人につき0.5票分上乗せして計算して欲しいくらいです。これで子育て世代の投票率がアップするかも?


ところで、子どもには選挙権がありませんが、選挙権があるのに投票できない人たちもいます。

イラク駐留の自衛隊員は三ヶ月以上の勤務でないから在外投票ができない、と聞きましたが、今の在外投票制度では海外へ長期出張や短期留学している人はほとんど投票できません。

また国内であっても、長期出張や単身赴任の人は手続きが複雑です。
まず、住民票がある市町村の選挙管理委員会から、投票用紙の請求書を赴任地に送ってもらう。
それに記入して選管に送り返し、今度は投票用紙を送ってもらう。
赴任地の選管で期日前投票し、赴任地の選管から住民票のある自治体の選管に郵送。それが投票締切時刻までに到着すれば、一票に数えられるというわけです。

二往復の郵送時間を見越して手続きを始めなければならないし、投票時間内に赴任地の役所まで期日前投票に出向かなくてはならない。これだけの手間を考えると、ほとんどの単身赴任者は投票を見送るでしょう。

ちなみに厚生白書によれば、大企業の転勤者のうち、単身赴任割合は三割強、四十代では四割を超えているそうです。


高齢化が進んで、決められた投票所まで「行く」ことが困難になる人も、今後ますます増えるでしょう。投票時間の延長や期日前投票制度で、投票日以前に「体調の良いときに役所で」投票する人は増えたようですが、投票用紙に名前や政党名を書く、というのも時代遅れ。

「書く」ことが困難な人も多くなってきたし、判読しにくかったり、同姓の票を分けたり、とトラブルの元にもなるし。外国では、印刷してある名前に印を付けるといった方法が一般的です。


憲法や教育基本法を「時代に合わせて変えよう」と主張している人は、まず法律を作る人たちを選ぶための投票制度を「時代に合わせて」からにしてほしいと思います。

2004年7月14日
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<<年金について、いつ教わりましたか?>>

国民年金について、未加入、未納といった問題が取りざたされていますが、みなさんはこの制度について、どこかできちんと教わったことがありますか?

私は、就職直後のオリエンテーションで給与明細書の内容説明を受けたときに、厚生年金制度について教わった記憶があります。また退職時に会社から国民年金へ加入するよう説明があり、自分で手続きをしました。その後結婚で3号被保険者、議員になって1号被保険者、そして再び3号に戻っています。(未納期間はありません。念のため)

町役場では、成人式でパンフレットを配ったり、国民年金保険料をきちんと納めた人に小物を配ったりしていましたが、保険料の使われ方についての説明はあまりなかったように思います。(まさか、あれほどハコモノに使われているとは思っていませんでしたから・・・) いったい公式には、誰がどこで教えてくれるのでしょう。

スウェーデンの中学校で使われている社会科の教科書「あなた自身の社会」(アーネ・リンドクゥイスト、ヤン・ウェステル共著、川上邦夫訳、新評論発行)の中に「私たちの社会保障」という章があり、年金についての課題として「社会保険事務所と社会事務所で、年金の支給額について、またその他の高齢者に与えられる援助について調べましょう」「2040年ごろには、あなたも年金者になっています。その時には、年金制度はどうなっていれば良いと思いますか。討論しましょう。」というものがありました。

受験に追われる日本の中学生には、こういった課題に時間を割くことは難しいかもしれません。しかし、高校に入学しても中退する子どもの割合が年々多くなり、大卒でさえ就職しない、あるいは就職できない若者も増え、保険料未納者が今後も増えることが予想されている中、最初に年金について学び、考える時間は、やはり中学校が適当だ思います。(もっとも、年金制度を学んで「それなら保険料を納めるのは馬鹿らしいからやめよう」と思う子どもが出てしまうかもしれませんが・・・)

今の教育の合言葉は「生きる力をはぐくむ」のはずです。総合学習や職場体験、社会人を学校に招いて話を聞くこともその現われでしょう。これらは、自分の将来を想像させ、夢を抱いたり目標を定めたりすることにつながります。そこでさらに先の老後の暮らしや「年金」について考える機会があれば、自分の生涯設計を立てるのに役立ちます。
「年金」に限らず「税金」「社会保障」などは、中学生のうちに「社会科の勉強」というより「生活知識・生活技術」として、自分の頭で考える訓練をするべきだと思います。

2004年5月21日
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<<7割以上の投票率>>

4月18日に、吹上町長選、町議会議員選、合併をめぐる住民投票が行われました。
町長選の結果は、町長リコール運動を進めてきた斎藤氏が9174票で、7114票の現職江熊氏を破って当選。
町議会議員選は、行田側との合併を主張して現職を応援してきた人が7人、住民投票の結果を尊重、あるいは鴻巣側との合併を主張して斎藤氏を推した人が9人当選。
そして、住民投票では、次のような結果が出ました。
  •  行田市・南河原村との合併 7,245
  •  鴻巣市・川里町との合併   7,596
  •  合併しない           1,753

ここまでの間、特にこの一ヶ月というもの、至るところに大きな看板は立つわ、大音響の宣伝カーは走るわ、子どものケンカのような内容の(カッコいい言葉を使えば、ネガティブキャンペーンですが)チラシは配られるわ、本当に町の中は大騒ぎでした。
選挙は五日間でしたが、正味12平方キロメートルの町の中を23台の宣伝カーが走り回り、ひっきりなしに「○○でございます」と聞こえていたわけです。

それで、私は何をしていたかというと、いつもの配達の仕事や原稿を書く合間に、
「選挙に行こう!」という旗を立てて町をまわり、チラシを配り、特に子育て世代の投票率を上げようと活動していました。誰を応援してくださいとか、どちらに投票しましょうとか、そういうことは一切言わずに、ひたすら「18日は投票に行ってくださいね」と言うだけです。保育所、公園、駅前などで、話をしていきました。
と言うのも、若い人にありがちな、自分には関係ない、どっちでもいい、どうせ自分の一票なんて力にはならない、面倒くさい、興味ない・・・。こういった後向きの考えをちょっと見直してみたかったわけです。

でも、私が呼びかけるまでもなく、今回は若い世代もずいぶん投票に行きました。投票率は73%強。昨今の流れを考えれば、上出来の数字でしょう。問題はこれからです。
僅差で決まったとは言え、投票の結果は尊重されなければなりません。また、自分たちが選んだ町長や議員の発言や行動をしっかり見聞きし、手出し口出ししていく必要があります。そのためにも、毎月第四日曜日午前の「吹上町民オンブズマン」の活動はこれからも続けていきます。

*********************************
次回は4月25日(日)10時、吹上町中央公民館1階会議室にて、投票結果について話し合います。興味のある方は、どなたでもご参加ください。

2004年4月22日
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<<何を「住民サービス」というのか>>

先日、行田市民の友人と話をしました。吹上にも住んだことのある人です。
「吹上はゴミの収集が毎日なくて不便でしょう? 行田と合併したら、毎日収集になって便利になるわよ」
「私は週2回でも別に不自由していないわよ」
「えっ、週2回しかなかったっけ? それじゃ、夏場なんか臭うでしょ?」
「だからこそ、ゴミになるものを買わないようにしたり、よく水を切ったり、工夫するのよ。毎日収集だとどうしてもゴミが増えるはずよ」
「そういう考え方もあるのね」
「それに、収集の費用も倍以上かかるでしょう。その分、学校に司書を配置するとか、配食サービスを増やすとかにあてたほうがいいじゃない? 合併してゴミ収集が毎日に増えるのなら、合併した意味がないと思うわ」
「なるほどねぇ」

以前、彩北清掃組合の事務局が「毎日収集することや、分別しなくていいことが、住民サービスである」という考え方であることに驚きました。そして、新しく大きなゴミ処理施設を建てたがることと、無縁ではないと思いました。
現在日本のゴミ行政の流れは、高度成長期の「大量生産、大量消費、大量廃棄」を反省して、ゴミを「作らない、買わない、捨てない」という方向にあります。ビン、缶、ペットボトルだけでなく、容器包装に使われているプラスチックのリサイクルが始まったのも、そのためです。

吹上町では新年度の広報カレンダー台紙が各家庭に配布されました。ボール紙でできていて、毎月の広報を金属のツメに引っかけるように作られています。ところが、実際にこれを利用している人はわずかなのです。以前から何度か指摘していますが、利用状況調査の気配すらありません。「町民に喜ばれているサービスだ」と自信満々です。

行政では合併すると「サービスは高水準に、負担は低水準に」なると言います。しかし、そもそも「サービスとは何か」の考え方がずれていたら、話になりません。
先日、死にかけた野良猫を見つけて町役場に連絡した人の話。「死んでいるならみずほ斎場行きですが」と言いつつ「息のあるうちは様子を見ましょう」と引き取ってくれたとのこと。ちょっとホッとする対応。これが合併後もできるのか、「市役所の仕事は死んだ動物の処理だけです」となるのか、そして私たちはどちらを望むのか、さてさて。
*********************************
吹上町民オンブズマンでは、4月4日(日)10時から12時、公民館1階会議室にて開く定例会の中で1時間程度、町長リコールの流れについて斉藤武史氏に話を聞きます。関心をお持ちの方は、当日直接会場にお越しください。
はつらつ会議は、4月1日から「子育て世代こそ投票に行こう」キャンペーンを行います。公園や保育所前などで、チラシ配りなどを予定しています。ぜひご参加ください。

2004年4月1日
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<<そういう言い方もできますが>>

3月5日(金)、町議会全会一致で「住民投票条例」が可決されました。4月18日の町議会選挙と同日実施の予定だそうです。いつになく手際よく、すぐに町のホームページにその内容が掲載されました。もちろん早く住民に情報を伝えるのは結構なことですが、ちょっと引っかかることがあります。次の文章です。

実施方法は"吹上無しの合併は考えられない"とする「行田市・南河原村との合併」か、それとも鴻巣市・川里町合併協議会の協議により既に新市の名称が"鴻巣市"に決定している「鴻巣市・川里町との合併」か、それとも「合併しない」か、以上三つの選択肢から一つを選び、選択欄にレ印を記載していただく方法です。

どうでしょうか。形容する言葉が一方的ではありませんか。
羽生市との合併協議を先に進めておきながら"違和感がある"などという不可解な理由で離脱した「行田市・南河原村」か、それとも順調な協議の結果、歴史ある名称"鴻巣市"を選んだ「鴻巣市・川里町」か、という言い方もできますよね。
その二つの選択肢は形容しているくせに、「合併しない」についての形容がないのも変です。もっとも、よほど事業を減らさなければ財政が破綻する可能性のある「合併しない」とするのか、規模の小ささを生かして住民との協働を進めていく「合併しない」とするのかで、これも大違いですね。
ともあれ、投票結果で町の将来が決まる大切な条例の説明文としては、今の文章では不適切だと思います。

3月8日(月)町議会の一般質問で、町長は「有権者2万3000で、リコール署名が約1万ということは、私を支持している人も1万人以上いると解釈できる」と発言し、辞職の意思はないことを宣言しました。これを素直に受け止めれば、4月18日は、町議会選挙、合併の枠組みを問う住民投票、町長解職請求の是非を問う住民投票、の3つが同時に行われることになります。もし今後町長が辞職すれば、その日程にもよりますが、解職の是非を問う住民投票でなく町長選挙になるかもしれません。

住民投票をすることが決まった以上、大切なのは、公平な情報の提供です。公平とか客観的とかいっても、どうしても発信者の意図が入りますから、さまざまな情報といった方が良いかもしれません。
もう一つは、投票率を上げることです。私は当面「30代以下の有権者がおおぜい投票所に足を運ぶこと」を目標に活動していきます。どうぞみなさまも、若い人に積極的に声掛けをしてください。みんなで町の未来を選びましょう。

2004年3月10日
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<<法定合併協議会解散、そして・・・>>

2月11日の新聞を見て、びっくりした方も多かったことと思います。行田・羽生・吹上・南河原の合併協議会が解散することになったというのです。
もちろん、吹上の町長リコール運動が影響していることは間違いありません。何しろ有権者の46%が署名したのですから、これ以上合併協議は進められなかったでしょう。
しかし、だからといって、中央に位置する行田市が「一抜けた」と離脱し、改めて羽生を除いた3市町村での合併を目指すというのには、あきれてしまいます。だって「違和感がある」という、わけのわからない理由なのですから。

羽生市ではその日から連日連夜、市長自身が、議会、町内会連合会をはじめ、各種の団体に対して、事の顛末を説明し、今後に向けた話し合いを続けているそうです。
行田市では、今回の市長のとった「離脱」という手段に対する考えを、合併推進派の市民グループが、全議会議員に公開質問しています。
さて、吹上町ではどうでしょう。町長は合併協議会の解散にともない「枠組みを問う住民投票を行なう」と表明しました。そうなると、住民投票を求めて運動してきた「リコールの会」は、これで役目を終えるのでしょうか。

2月15日に吹上駅前で「民意を無視した町長をリコールする会」の「町民報告集会」がありました。そこでは「今さら町長が住民投票をするといっても遅すぎる。私たちの運動は続け、新しい町長を誕生させる」との話がありました。
その後の懇親会で、多くの方と意見交換してきましたが、これまでの活動を通じて、一回り「住民レベル」が向上しているのを感じました。それは、一人一人が自分の考えを持ち、それを出し合っていかれる雰囲気があったからです。まとめ役はいるが、何もかも任せるということではない。一人一人が町づくりを担うという気概がありました。

ところで、すでにご破算ですが、合併協議でのトピックスを一つご紹介します。議員は合併後最長2年間、そのまま議員を続けられるという特典があります。吹上町議会としては、「合併後、すぐに新しく選挙で議員を選び直すべき」と主張しましたが、行田、羽生、南河原の議会は2年間の任期延長を当然のことのように考えており、これらを協議会の議題にしなかったそうです。そして、吹上町議会の議員選挙が行なわれる4月以降に、新しく選出された議員によって、もう一度協議することにしました。
結局は、2月25日(水)に最後の協議会が開かれ、3月議会でそれぞれの議会で議決して、行田・羽生・吹上・南河原の法定合併協議会は解散ということになるわけですが、議員任期の問題に限って言えば、吹上町はまっとうな主張をしたと思います。

広報ふきあげ2月号2ページに、この協議会の報告がありますが、「常勤の特別職の身分については、法令の定めるところによる」とだけ書かれていて、これだけでは議員も含むのか、法令はどう定めているのか、わかりませんね。とはいえ、自治体広報として合併協議の様子をいち早く住民に知らせたのは吹上独自の判断で、行田市ではいまだに市民向けの報告はしていないそうです。この点、吹上町の企画課はよくやっていると思います。わかりやすい言葉づかいなら、もっといいけどね。

このことを調べようと、法定合併協議会のホームページを見たのですが、いまだに12月25日の会議の議事録も会議資料もアップされておらず、役場に出向いたところ、議事録はまだできていないとのことで、会議資料だけ見せていただきました。
こころなしか、担当職員がホッとしたような顔になっていた気がします。

2004年2月20日
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<<知らせたい、知りたい、でもかみ合わない>>

新年おめでとうございます。
小正月も過ぎて、遅すぎる挨拶ですが、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

お正月くらいは穏やかにのんびり過ごしたいものですが、今年は年始から「住民を無視した町長をリコールする会」の宣伝カーが街中をめぐり、1月9日には署名活動が始まりました。これで2月8日までに8000以上の署名が集まれば、町長リコールが成立します。
私も受任者になって活動していますが、これまでいかに行政が説明不足だったかが見えてきます。広報誌にはほしい情報が少ない、町民にとってのメリットが見えない、合併先がどんな町か知らない、などの声がありますし、いまさら遅い、もっと早くからやっていればよかったとか、合併後に町職員が仕事がしやすいことが大事、これでは新年度の予算編成に差し障る、合併が必要という根拠がしっかりしていない、といった意見も届いています。

町民のさまざまな声を町行政に届け、政策に反映させるのは議員の大切な役割ですが、吹上町議会ではこの12月に定数を4人削減しました。今年4月の選挙から適用されます。財政の厳しいときですから、議員は少数精鋭にするというのは一つの考え方ですが、もしこれまで通りの選挙の方法を続けているのなら、少数「精鋭」を選ぶのは難しいのではないでしょうか。
なぜなら、有権者には議員を選ぶ判断材料が少ないからです。年4回の議会ごとに発行される議会だよりはあるものの、議員一人一人の情報が載っているわけではありません。やはり、定数削減にともなって、選挙公報を発行する必要があると思います。今回は特に、合併に対する考え方や、住民と行政の関係についてどう思っているのか、候補者に明らかにしてもらわないと、投票できません。

情報というものは伝えたい側と知りたい側のズレがあると、無駄が多くなります。「広報ふきあげ」だって「議会だより」だって、作り手は努力してきましたが、受け手にとって情報は不十分でした。
だから逆に、町民の側から「情報発信」することも必要です。お役所的に言えば「広聴の重要性」。
広聴広報体制の整った市町村では、市民は気軽に意見を言い、返事をもらいます。だから、情報がスムーズに行き交うわけです。広聴広報体制が整っていないと、市民は「寝耳に水」ということが多く、怒りを溜め込んで、「いざ、物申す!」と発展します。それが拒否されると「最後の手段」となる、今回の町長リコールの例です。

「情報公開」と「市民参画」は、今どきのまちづくりの常識。お隣の市町村は、それができているのかどうか、合併の判断材料の一つに加えることも大切です。


2004年1月16日
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<<そのときの選択、あとの祭り>>

イラク派兵に反対している高齢の方の、あるコメントを新聞で読みました。
「私は、小泉内閣の構造改革に期待して、自民党に投票したが、自衛隊をイラクに派遣することには反対だ。選挙の時にこんなことがわかっていれば、自民党には投票しなかった。」
うーん。果たして、選挙の時に「こんなことがわかって」いなかったのでしょうか。これまでの発言や行動をよく見ていれば、小泉内閣が日本を「戦争のできる国」に向けていくことは「わかっていた」はずです。

現在、吹上町で展開されている「町長リコール」運動の担い手も、似ています。
「私は、現町長の福祉政策を評価して、現職に投票したが、十分な説明も住民投票もせずに合併の相手先を決めることには反対だ。選挙のときにこんなことがわかっていれば、現職には投票しなかった。」
いまさら恨み節を言うわけではありませんが、それまでの「形ばかりの住民参加」や、相談なしにポンと事業を始める様子を見ていれば、現町長の「町のことはすべて黙って俺に任せておけ」という姿勢は「わかっていた」はずです。

とは言うものの、当時はそういった情報が行き渡っていなかったのでしょうから、しかたありません。また、ひとつの情報を鵜呑みにしてしまうことも危険です。ちょっと疑ってみる、根拠を確かめてみる、自分の感覚で考える、といったことが重要です。
たとえば「合併は何が何でも、2005年3月の期限までにしなければならない」という話。「合併しないと吹上町は財政破綻してしまう」という話。「合併しないと国からペナルティがある」という話。これらは本当でしょうか。

足利銀行が破綻したのは大きなニュースでした。埼玉県内にもたくさんの支店があり、地銀とはいえ、決して中小企業ではありません。でも、破綻しました。
私の実家は中小企業です。バブル後の不景気で、自社ビルを売却せざるを得ませんでしたが、何とか倒産せずにやっています。従業員には銀行員ほどの給料は出せませんが、ささやかながらボーナスも支給しています。
大企業なら経営効率がよく、中小企業ならダメだ、ということにはなりません。身の丈にあった経営をし、従業員にもお客様にも信頼されることが、大切なはずです。
自治体も同じ。あわてて合併して特例債バブル現象が起きたら、かえってその後が大変になるかもしれません。頭を冷やして考えてみる時間が必要なようです。


2003年12月16日
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<<条例を作るのは、誰の仕事?>>

「三権分立」という社会のしくみでは、「司法」「立法」「行政」の三権が、それぞれ「裁判所」「国会」「内閣」に分かれていることになっています。わが町レベルで言えば、「さいたま地方裁判所」「吹上町議会」「吹上町役場」ということになります。つまり、条例を作るのは立法府である「吹上町議会」の仕事なはずです。少なくとも制度上は、議会で可決されなければ、新しい条例を作ることも、今ある条例を変えたり廃止したりすることもできません。

議会で条例を提案するには、こんな条例を作りましょう、という案文と、提案者を含めて二人の賛成する議員が必要です。逆に言えば、二人の議員がその気になれば、議会で条例づくりを提案することができるのです。そして、その条例案について議論し、採決し、賛成の人数が反対の人数より多ければ、新しい条例の誕生となります。
ただ実際には、これまでこのような手続きで条例ができたことは、残念ながら一度もありません。議員提案議案というのは、せいぜい「決議」とか「意見書」を作るときだけで、むしろ、議員が「○○条例を作ってはどうか」という一般質問をしているくらいです。

最近町内に、いろいろな看板が立ち始めました。役場の向かいにも、大きなのが二枚。小谷方面などは辻々に立っているような印象です。そこには「町長は住民投票を実施せよ」とか「住民投票で枠組みを決めなおせ」とかいった文字が並んでいます。「町民の声を聞け」というのもありました。「合併協議会から一時離脱せよ」というのもありました。
しかし、総じてどれも「町長は」というのが主語になっているようなのです。

国のしくみでは、国会議員の中から総理大臣が選ばれますが、町では町議会議員と町長は別に選ばれます。そして町長には、条例を作ったり、合併協議会に参加する・しないを決めたりする権限はありません。それができるのは、議会です。20人の議員です。
「でも、実際には条例案は役場の人が考えて提案するんだから・・・」
「どうせ、議員提案したって否決されるんだから・・・」
「だって、条例なんか専門家じゃなきゃ作れないんだから・・・」
議員からはこんな声が聞こえてきそうですね。

もっと良い町にしていこう、という向上心に水をさすのは、いつも「でも」「どうせ」「だって」の三つのDです。否定、あきらめ、言い訳からは、何も生まれません。もし町議会に「住民投票を実施すべきだ」と考えている人がいるなら、議員たるもの、良いと思うことには果敢に挑んで欲しいものです。
そして私たち町民も、町長への攻撃だけでなく、町政に関わらなかったり、発言しなかったり、というこれまでの「人まかせ」の反省を忘れないようにしたいものです。
合併の枠組みがどうなろうと、まちづくりに参加する住民が増えなければ、良い町はできません。

2003年11月30日
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<<「平和」をテーマに音楽祭で歌いました>>

毎年11月の第二日曜日に、吹上中央公民館で「ふきあげ音楽祭」が催されています。以前は若者のバンドが出演する部門もあったのですが、6、7年前からなくなり、出演者はコスモス大学校のコーラス部とそのOB・OG、大正琴のサークル、老舗の女性合唱団、室内楽など、13団体前後で、比較的平均年齢が高くなっている状態でした。

5年ほど前から、私も「Noriko & Mari」というユニットで出演するようになり、日本歌曲やミュージカルの中の曲を歌ってきました。マイ・フェア・レディの「踊り明かそう」、オズの魔法使いの「虹のかなたに」、王様と私の「シャル・ウィ・ダンス」などです。そうしているうちに、この音楽祭に何かが足りない、と思うようになりました。
それは、若者や子どもが参加していない、ということだったのです。そこで、何とか子どもたちを参加させたいと思うようになりました。

行田市や鴻巣市には、少年少女合唱団があります。でも、それを真似するのでは面白くない。第一、そんなに人数が集まるとは思えません。それなら、これまで私が歌ってきたミュージカルの路線を延長して考えよう。子どもの登場するミュージカルといえば、何と言っても「サウンド・オブ・ミュージック」。子どもが7人いればできます。
そこで今年の5月から小中学生に声をかけ、夏休み前にようやくメンバーがそろい、練習を重ね、とうとうこの11月9日(日)「吹上子ども歌劇団」として吹上町中央公民館ホールの舞台に立つことができました。結果は、拍手大喝采。口幅ったいけれど、小さな新しい風が起こったのです。

「おやつの時間だよ」コーナーにも書きましたが、知人に「吹上子ども歌劇団」の話をしたとき、「テロでも起こしそうな怖い子どもみたい」と言われました。ちょうどイスラム過激派の自爆テロのニュースが流れていた頃だったのです。それを聞いた娘は「過激派の人たちも、テロをやめて歌劇をやればいいのにね」と言いました。(ちなみに自爆テロはイタリア語で「カミカーゼ=神風」と言います。もちろん、日本軍の神風特攻隊から来た外来語です。)
未熟な子どもの発想と言ってしまえばそれまでですが、芸術が生まれたり、平和の第一歩が始まったりするのは、案外そういうところからなのではないでしょうか。

一方「Noriko & Mari」としては、「さとうきび畑」「平和という名前」「死んだ男の残したものは」の3曲を演奏しました。歌えば平和がやってくる、というわけではありませんが、平和だから歌を歌っていられることも確か。ベトナム戦争の頃に作られた反戦歌が、今驚くほどピッタリきます。人間は愚かなものですね。

くしくも、11月9日(日)は衆議院議員選挙の投票日。結果はご案内のとおりです。これで自衛隊のイラク派遣が決まれば、日本でも「死んだ男の残したものは」に歌われている状況がやってくるかもしれません。
せめて、少しでも「平和」に意識を向ける人が増えるよう、これからも歌っていきたいと思います。

2003年11月10日
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<<「一票の実感」が持てるように>>

10月5日、吹上町中央公民館で、小学校5・6年生と中学生および一般を対象に、「キャリア・コミュニケーター・プログラム2003」が開かれました。(主催:キャリア・ワールド 後援:吹上町教育委員会) 私はその中で「まちづくりの手法を学んで、自分の住む町の未来をデザインしよう」という講座を担当しました。

内容は、昨年吹上高校で実施した「ごみについて考えよう」の授業をグレードアップさせたもので、屋根と壁と床と入口だけがある家に、今日から住むとしたら、「窓」「風呂」「台所」「トイレ」「庭」の5つを、どの順番につけていくか、という問題からスタートします。ある人は「まず窓がなければ息苦しくてだめだ」といい、ある人は「長い時間は我慢できないからトイレが先だ」といいます。自分だったらこうする、という答えには、もちろん正解はありません。自分なりの答えを持つわけです。
(ちなみに昨年行った高校生では「風呂」を真っ先に上げる人が多くて驚きました)

次に、数人のグループで一緒に暮らすと想定して、グループにひとつの答えを出してもらいます。数人で話し合うことによって、自分と違う考えを認め合い、あるいは意見を戦わせて、ひとつの順位を決定します。さらに、全員でひとつの順位を決めるためにはどうしたらよいか、考えます。そこに登場するのが、価値観ゲームの手法です。一種の多数決ですが、こうやって決めればなんとなくみんなが納得できる、という方法を用います。

それから、今度は自分の住む町に目を移し、欲しい制度や施設を書き出し、それにみんなで順位付けをして、町の未来図を考えます。順位をつけるだけなら簡単なのですが、そこに予算や、少数意見の話をからめ、じっくり考えさせます。
その上で、行政の役割、税金のしくみ、議会との関係などの話を加えていき、最後に「自分の住む町の未来は自分で作れる」という実感を持てるように話をまとめます。
参加した子どもの一人は「いろいろな立場の人の気持ちになって考えることが大事なんだけど、それが一番難しいと思う」と感想を述べてくれました。

26日の埼玉県参議院補選で投票した人は4人に1人。特に若い人は「関心がない」「誰に入れて良いのかわからない」など、棄権が多いようです。そのひとつの理由に、学校で政治を学ばないことがあるように思えてなりません。「民主主義」「三権分立」など、教科書の単元だけでは実感は湧かないでしょう。「自分たちの未来が自分の一票にかかっている」という実感を持たせるような教育に役立つよう、これからも機会ある毎にこういう講座を実施していきたいと思います。


2003年10月31日
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<<スケジュールって、そんなもの?>>

9月26日(金)、第二回行田・羽生・吹上・南河原法定合併協議会を傍聴しました。
8月に開かれた第一回協議会は、日程を知らずにいて傍聴しそびれたので、9月の日程を早めに調べたところ、当初は午後1時30分からということでした。しかし「私は朝だって聞いたよ」という友人の言葉に不安を覚え、9月19日の朝に「26日の合併協議会は何時から始まるのですか」と役場に問い合わせました。すると「午前ですが、開始時刻は今日これから幹事会を開いて決めます」との答え。

手元にある蓮田市の広報には、蓮田市・菖蒲町、白岡町の合併協議会の状況が載っています。3ヶ月先までの会議の開催場所、時間の案内、さらに、まちづくり会議に委員を公募しています。会場は持ちまわりなので、委員も自然に他市町村の町並みを知ることができるし、それぞれの町の人が傍聴しやすくなっています。

今回の合併協議会は、発言したのは羽生市長と吹上の2議員だけ。次回の予定も決めないまま会議を閉じてしまいました。そこで傍聴席から「次はいつやるんですか?」と声があがったのですが、事務局は「準備が整いましたら、日程を調整します」ですって。前回のたとえを用いれば「宿題が全部終わったら2学期を始める」と言っているようなものです。たとえさっさと宿題を済ますタイプの子どもであっても、締め切りがなければやる気を起こさないでしょう。

協議会は「いつまでにどんな仕事が必要」というスケジュールに従って日程を決め、早くから公表しておくべきだと思います。実は、吹上の担当者も町議もそのことは申し入れているそうですが、行田の事務局に断られているのです。(ちなみに事務局長は、彩北清掃組合議会にいたとき、会議室が狭いから傍聴はさせないと言い張った人です。)
もしも合併したら「準備が整ったら会議の日程を決める」などという「行田方式」がまかり通るのでしょうか。「会議に間に合うように準備する」という普通の感覚の吹上町職員は、うとまれるようになるかもしれませんね。つまり、合併したら効率的な行政になるか、と言えば・・・???

2003年10月2日
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<<今まで通り、ということ>>

夏休み中と気温が入れ替わっているような、暑い日が続きます。
ところで、夏休みの宿題は、ガムシャラに早く済ませてしまうタイプ、計画を立ててじっくり実行していくタイプ、「しなければならない」とわかっていても後回しにするタイプの子がいますね。兄弟姉妹でもタイプが違うかもしれませんが、新学期には何とか提出しなくてはなりません。

吹上町では、3年に一度、住民意識調査を行っています。前回の調査は、2001年7月で、市町村合併についても設問がありました。その結果が「広報ふきあげ2001年10月号」に載っています。当時は、合併が「必要」「どちらかといえば必要」を合わせると52.9%が賛成。20歳以上、無作為抽出のおよそ1000人から得た回答です。その細かい内容はともかく、締めくくりにこう書いてあります。
「合併に関して、・・・これ一回ではなく、機会をみて再度、同様の調査をしなければならない、そう町では考えています。その際はまた、お手数でもご協力をお願いします。」

さて、これまでに「同様の調査」は行われたでしょうか。今年1月のはがきアンケートがそれですか。
合併特例法の期限までに合併するための、法定合併協議会を立ち上げる期限は今年の夏でした。協議会を作るには、相手先を決めなければなりません。相手先を決めるには、議会の同意が必要です。同意を得るには、形だけでも住民の声を調査しておかなければなりません。「しなければならないと考えている」のに、ギリギリにならないとやらない。そんな子どもの宿題は、どうしても雑な出来になります。

話を変えましょう。
お風呂に湯を張るため、浴槽の栓をして、蛇口をひねりました。そのまま台所仕事を始めたので、しばらくして子どもに「お風呂を見てきてちょうだい」と声をかけました。子どもが風呂場に行って戻ってきたので安心していたら、そのうちザーザーと音がして、湯船から湯があふれだしました。子どもは言われたとおり「見てきた」だけで、湯を止めることは考えなかったのです。

子どもの名誉のためにも言いますが、これは我が家の出来事ではありません。これまでの町の姿勢です。
「どの自治体と合併するにしても住民の声をまず第一に」
これは前述の広報に書かれているものです。ところが、今年1月のアンケートの目的は「検討材料にするため」と書かれ、集計結果では「お気持ちをいただきました」との記述。ウーン、よく贈り物を送り返すときに「お気持ちだけ、戴いておきます」なんて言いますよね。

思い返せば、さまざまな計画策定委員会も、女性模擬議会も、余裕教室のことも、給食食器のことも、「住民の声を聞いています」と言いながら、「聞いただけ」でした。これまでがそうなんだから、合併の協議でも当たり前のように「みなさんの声は聞きました」というでしょう。今まで通りです。蛇口に手が伸びないと、水道代が高くつくだけでなく、床が水浸しになるかも。このまま放っておきますか?

2003年9月11日
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