コラム/イヴイヴ掲載記事
「女のわがまま情報誌」 IBU-IBUに掲載された、うちこし紀子の議員レポートです。
IBU-IBUは、トランタンネットワーク新聞社が発行しています。

TopPage     [コラムの目次へ戻る]
この業界と癒着している政治家は…
IBU-IBU VOL.29 ('00.6.7) 掲載分

 議員生活がどんどん面白くなってきたところで、任期が終わりに近づいた。四年前の二月に「面白そう、やってみよう!」と立候補を決意した時は(イヴイヴ第五号参照)、四年間なんて長いなぁ、と思っていたけど、始めの二年間は夫の長期出張と長女の幼稚園のお迎えが足かせになって大して活動できなかったので、後半の二年間に四年分動きまわったという感じ。

 さて、前回の選挙では、町外の幼稚園に通う長女の友人関係はほとんど頼れず、二女はまだおっぱいを飲んでいる状態だった。この二人がそれぞれ小学校と保育所に通うようになってくれたので、二期目に向かっての選挙活動のターゲットは、もっぱら「お母さん」。政治家が業界団体と癒着する話は枚挙にいとまがないが、私も「お母さん業界」とはしっかり癒着してるかもしれない。ただしその見返りは「子どもを一晩泊めてくれること」「夕食をさし入れてくれること」「保育所と学童のお迎えに行ってくれること」などなど。そして業界からのもっとも強い要望は、児童館の設置だ。

 人口二万八千人の我が町には、児童館がない。育児サークルはいくつもあるが、活動は月一、二回というのが圧倒的。その理由は「集まれる場所がない」こと。かろうじて間借りできる保健センターも「業務で使っていない時」だけだから、急に「使いたい」というわけにはいかないし、ひとつしかない公民館も使える部屋は取り合いっこ状態。おまけに子どもだけの団体には部屋を貸してくれない。ついでに言えば、町の主催する催し物に保育もないし、町民が印刷のできる設備もひとつもない。

 ないないづくしのこの町で、子育て中のお母さんが元気になるためには、私が「お母さん業界代表」として議会で元気に発言しなくちゃ。そして議会の情報を業界のみんなに発信しなくちゃ。それには今度も選挙で勝たなくっちゃ!!(ちょっと背負い過ぎ?) 昨年始めたホームページも、ファックス通信も、徐々に知られてきたし、もう一期がんばってみよう!

 そんなこんなで四月には選挙戦がスタート。公園でマイクを握って「算数セットを学校の備品に」「公園の遊具は子どもの目の高さで選ぶべき」「学校給食の野菜の塩素消毒をやめさせよう」などと話しているうちにだんだんお母さんが寄って来て、話し終わった時に拍手が起こったり、演説を聞いて家から小父さんが出てきて握手を求められたり、うれしいことのいっぱいあった五日間でした。
 結果、五四四票、二十人中十四位で再選されました。これからの四年間もどうぞよろしく。
TopPage     [コラムの目次へ戻る]

主婦と議員の類似点を探る
IBU-IBU VOL.25 ('99.10.11) 掲載分

 主婦で議員の私。主婦も議員も同じだなあ、と思うことがよくあります。何が似てるかというと‥‥。
 まず、一つめは、勤務時間が決まっていないこと。何時から何時まで仕事すれば良いというものでなく、かといっていくら休憩時間をとっても誰にも文句を言われない。

 二つめは、職業と呼んで良いものかどうか、意見が分かれること。統一地方選の結果が新聞に出てたけど、再選の人でも職業欄は「議員」じゃないんだよね。議員は「役割」であって「職業」ではないということらしい。私が立候補する時は、職業欄に「主婦」と書くか「無職」と書くかずいぶん悩んだけど、結局「主婦」にした。

 三つめは、特別な資格は何にもいらないこと。地方議員になるには25歳以上の日本国籍を持つ人ならOK。主婦になるには、これは説明の必要ないよね。ある意味では学歴も年齢も関係なく、平等なチャンスがあるといえるかな。

 四つめは、仕事の内容に際限がないこと。教育ひとつとっても、学校施設、給食問題、クラブ活動、環境教育、図書‥‥。さらに、県レベル、国レベルの問題にもかかわらざるを得ない。主婦の場合も、手作りおやつ、リサイクル工作のインテリア、ベランダでの野菜づくり‥‥。凝りだすといくらでもすることがあるし、これで完璧ということはないよね。

 五つめは、所属で評価されることがあること。議員は「○○党の」で評価されるけど、実際は「○○党にもこんな人がいたのか」(良い意味でも悪い意味でも)と驚くことも多い。仕事を持っていない主婦は、独自の活動をいろいろしていても、世間には「**商事の△△課長の奥さん」のような肩書きがついてまわる。

 六つめは、仕事の質や量による報酬ではないということ。地方自治体はその大きさによって議員報酬が違うから、田舎の町村の議員がどんなに市民のための仕事をしても、当選後何にもやらない大都市の議員の報酬はその二倍、三倍、それ以上になることもある。一方、主婦の鏡みたいな人でも専業主婦なら生活レベルは夫の給料次第。まあ、やりくりも主婦の腕にははいるけど。

 七つめは、得意分野だけをやっているわけにはいかないこと。私は環境、子育て、教育くらいを自分の得意分野として持っていれば議員は務まると思っていたけど、議場では道路、水道、公園、区画整理、税金、農業‥‥どんな議案が出されても賛成か反対か決めなければならない。にわか勉強の嵐! ひるがえって主婦の私。料理は好きだけれど掃除は苦手。でも、暮と家庭訪問の前日はとりあえずきれいにしなくちゃ。(先日台所の壁を拭いていたら娘が「お母さん、お正月ってもうすぐだっけ?」と真顔できいてきたのにはマイッタ。)

 八つめは、身近な人によって仕事の負担が大きく変わること。議員は行政と市民を結ぶパイプ役というけど、そこに市民参加があればもっと充実する。主婦は家庭の太陽というけど、そこに家族の参加があれば‥‥ねっ!

 九つめは、一度はむなしさに襲われること。議会にいると、所詮一人の意見は議員定数分の一でしかない。情けないような気持ちに襲われることもある。そしてたいていの主婦は、むなしさって経験してるよね。

 そして十番目には、自分の夢がどんどん広がること。まちづくりに無限の可能性を見出して、私は今、毎日楽しく夢に向かって進んでいます。もちろん、議員としての夢と、ワタシの夢は別。議員生活を卒業したら、あれもこれもとたくらんでいます。

 どうです? 主婦と議員は似てるでしょ? 現在主婦のあなたも、思い立ったら議員やってみませんか?

TopPage     [コラムの目次へ戻る]

  議員定数について考える
IBU-IBU VOL.23 (’99.6.7)掲載分

 統一地方選が終わりました。みなさんの地域でも、県議、市町村議、首長などの選挙があったことと思います。中でももっとも身近な選挙は、市町村の議会議員の選挙でしょう。自分の生活にもっとも近い事柄、たとえば学校の空き教室利用のこと、保育所の時間延長のこと、水道料金の値上げなどを決めていくのが市町村議会の役割ですから。

 ところで、みなさんは自分の住む町の議会に何人の議員がいるかご存知ですか。人口の多いところでは50人60人というところもあるし、人口が少ないところでは12人というところもあります。私のところは20人。この議員の定数は、いったいどのくらいが適当なのでしょうか。

このところ「議員なんて少なくていいんだ。少数精鋭になったほうがいい。」という声がさかんです。実際ヨーロッパなどでは小さな町なら議員は5人なんて所もめずらしくありません。ただし、そういう議会の傍聴席は常にいっぱいと聞きます。私の町でも最近、議員定数削減の署名集めをしているグループがあり、相当数の署名が集まっているという話です。いったい議員が減るとどんないいことがあるのでしょうか。

 まず単純に、議員報酬を支払う必要がなくなりますから、(削減人数×報酬プラス諸経費)分の支出が少なくてすみます。もちろん、配布する資料などもその分減らせます。それから、選挙の競争率が高くなるので、議員の質の向上につながる可能性があります。そうなれば確かに議員定数は大胆に減らしたほうが良いということになるでしょう。

しかし、と、私は言いたい。今の選挙のやり方で、定数を削減したからといって少数精鋭になるとはとても思えないのです。特に人口の少ない町村ではなおさらです。無投票選挙が市よりも町村に多く、投票率は市よりも町村が高い、ということは、お決まりの議員に政治のことはお任せしておしまい、という体質が町村民に多いためではないでしょうか。そんな中で議員定数を削減したら、ますます議会は役に立たなくなってしまうでしょう。選挙は民度のバロメーター、それを市民が変えていく気がないのなら仕方がない、と割り切ることも必要かもしれません。

でも、順序として、まず市民の政治参加の場を多くして議会への関心を高め、常に議会には傍聴者がいるとか、議員の議会報告会があちこちで開かれているような町になってきた時、初めて議員定数を削減して少数精鋭に、という話が出てくるべきなのではないかと思うのです。

いえ、本当は、少数精鋭がよいというより、今の定数のままでよいから議員の質を向上させていくべきなのだと思います。議案を審議するのに「内容」ではなく「どこの会派が提案してきたものか」で賛否を決めるような意地の張り合いなんかなくして、気軽に「私も立候補してみようかな。」と思えるような環境を作って(そうそう、求職中の読者の方もチャレンジしてみてはいかが?)、いくらなんでも六期七期八期の方には立候補をご遠慮願って‥‥。そうなってきたら、議会も本当の意味で行政と市民とのパイプ役になれるんじゃないかと思います。

また、議員の中で定数削減を声高に叫んでいる人たちも要チェックです。定数削減を議員報酬値上げとペアで考えている場合が多いからです。わが議会でも前回の議員報酬値上げの議案に賛成したグループが「行政改革、経費削減のため」の議員定数削減を呼びかけています。つじつまが合わないでしょ。

 今、私は「議会だより」の編集委員をやっています。市町村によってやり方はいろいろだけど、吹上町では議員が自ら原稿を書き、レイアウトして、編集しているA4版16ページ仕立て。だから、できるだけ議会の審議の様子や、わかりにくい予算の解説などを丁寧に載せているつもり。それによって市民が議会に関心を持ってくれればいいな、と思っています。道は遠いけど、がんばってます。

TopPage     [コラムの目次へ戻る]

  これが議員の三原則
IBU-IBU VOL.22 掲載分

 統一地方選まっただ中、これまでの政党にあいそをつかした有権者が増え、それに押されて立候補を決めた政治のシロウトが選挙戦を面白くしている。もちろん女性もこれまでにない元気さでおおぜいが立候補。頼もしい限りだ。

 今、何気なく「政治のシロウト」と書いたが、考えてみると「政治のクロウト」と言える人々が日本にどのくらいいるのか、はなはだ心もとないことに気づく。いわゆる「バッジを持っている」というだけなら私を含めて何万人といるはずだが、議員としての資質、能力を持ち、しかも意欲、情熱、そして行動力がある人となるとどうだろう。

 こんなことを書くのは、先日保育所で仕事の話になったとき、「まだまだ議員としては半人前で」と(むろん多少の謙遜をこめて)言ったとき、「三年もやっているのに半人前なんですか?」とびっくりしたようにきかれたから。その日から私の頭の中に「三年も」の言葉が突き刺さったままだ。そうだよね。甘えちゃいけない。こんな言い方はもうするまい。そう反省しながらも、この業界の不可解なところはみんなにどんどん知らせていきたいと思った。

私が半人前と言ったのは、議会のオキテが頭にあったからだ。それは
  その1:期数が多い人ほどエライ。
  その2:大会派ほどエライ。
  その3:どうやって選ばれようと長のつく人はエライ。
の3つ。6期、7期、8期の人がいる中で、1期生の私はどこの会派にも属しておらず、発言はできても議会に及ぼす力は小さいのだ。でも、本来果たすべき議員の役割に関しては、今の議員の中では最も時間を割いてきちんとやっているつもり。なんとも残念だが、こういった議会のオキテは小さな町村議会から国会まで同じらしい。

議会にオキテがあるように、町村議会から国会まで通用する議員の三原則というのもある。それは
  その1:根にもつ。
  その2:意地になる。
  その3:自分の非を認めない。
の3つ。これを兼ね備えていないと議員としては半人前(笑)。ニュースに取り上げられる国会の様子を見ていてもわかるけど、自分の身近な市町村の議員もおんなじようなのが多いのよ。

その結果どうなるかといえば、内容を審議しているようなフリはしていても「誰が発言したか」「誰が紹介議員か」「誰が頭を下げたか」ってなことで物事が決まっていく‥‥。ほらほら、こないだもらった地域振興券だって、内容をよーく審議して決めたとは誰も思ってないでしょ?(余談ですが、二万円の地域振興券を配るのに約二千円の費用がかかっています。)

今までそういう議員を選んできたのは私たちの責任。もうひとつの責任は選んだ後の議員のチェックをしていなかったこと。さあ、今度の投票はどんな人を選びますか? そして選挙後の四年間に一度くらいは議会の傍聴席に座ってみましょう。おおぜいの人の目は必ず議員の質を向上させます。

TopPage     [コラムの目次へ戻る]
  配偶者、それは・・・?
IBU-IBU Vol.15('98.2)掲載分

 地方議員になってもうすぐ2年の私。この1月の臨時議会では、役場職員の給与改定を審議した。説明を受けて給料の新旧比較はわかったが、扶養手当改定の説明書を見て、おやっと思った。
いわく、
 区分(1) 配偶者:16000円
 区分(2) 扶養親族でない配偶者を有する場合、扶養親族のうち1人目:6500円
 区分(3) 配偶者以外の扶養親族のうち1人目(6500円のものを除く):5500円
以下略。

つまり、配偶者はハナから扶養されるべきものとされているのだ。今や結婚している女性の半数以上は仕事を持っている時代。いくら103万円の壁の中で働いている人が多いとはいえ、それは「扶養されていたい」からでなく、「扶養家族になっている方がトク」という社会のしくみのせいだ。

それを、扶養されているのが当たり前のように書かれているのは納得がいかない。もちろん扶養されてるのが悪いってわけじゃない。だけど、その説明書の区分(1)は「扶養親族である配偶者」に改めるべきだ。私がこんな発言をしたら、課長が答えて言った。「国からこの通りにきたので」。そうそう、この国では「配偶者=扶養されるもの」なんだよね。

12月議会の時もそんなことがあった。町営住宅に関する条例の改正案で、「町営住宅の入居優先枠に「母子家庭」があって「父子家庭」がないのはなぜ?」と質問したら、議会がストップしてしまった。


このモトになったのは「母子および寡婦福祉法」という「配偶者のいない女子」を保護するための法律で、そこに「公営住宅には優先的に入居させること」というくだりがあったのだ。さらにこの法律を詳しくみると、配偶者のない女子というのは、死別、離別、だけじゃなく、「配偶者に遺棄された女子」も規定されている。遺棄だよ、遺棄!

そりゃ現時点では母子家庭の母や中年の未亡人はなかなか良い職に就けないし、自立できる環境が整うまでは保護してもらう必要があると思う。でも「配偶者に遺棄された女子」って、いったいどんな人のことなんだろう。

「捨てられた女」は演歌の世界の話じゃなくて、法律の中のことだった。あんまりバカにしないでほしいね。もっとも今や「配偶者に遺棄されたおじさん」が熟年離婚されている。この法律を作ったおじさんも、気をつけないと遺棄されちゃうよ。ホント。


TopPage     [コラムの目次へ戻る]
  私、出馬します
IBU-IBU Vol.4('96.4)掲載分

「オレは賛成もしないが反対もしない。あなたが決めたんならそれでいい」
 昨年秋から長期出張中(月一回帰宅)の夫の冷静な声が受話器から聞こえた。「うん、ありがとう。やってみる」 3日間、胃が痛くなるほど考えこんでいた私はスッと気が楽になった。

 33歳、専業主婦歴6年、4歳と7ヶ月の二児の母の私が町議会議員選挙に立候補しようとしている。無謀といえば無謀だが、面白いといえば面白い。小さな町に大革命が起こるかもしれない。

 思えば渋谷に生まれ育った私が上野から一時間の吹上という町に住み着いたのも、決してマンションのセールスマンの実力だけではなく、どこかピンとくるものがあったからだった。我が町は人口2万8千、端から端まで自転車で回れる程の広さ。住めば都というが、私も少し前までそこそこの町に満足していた。

 「ヘッ?」と思ったのは資源ごみの話を聞いた時だった。回収されたビンは、ビールや一升ビンなどの再使用ビン以外は、カレットとして生き返ることもなく埋め立てにまわるというのだ。「じゃあ普通のビンは不燃ごみに出しても同じことなんですか?」と聞くと「そういうことですね。でも混乱を招くと困るのでちゃんとビンの日に出して下さい」という答え。そりゃずいぶん町民もバカにされたもんだ。このままでおくものか。

 そう思っている時に、生活クラブの代理人運動に出会った。「学校給食を民間のセンターに任せないで町独自の方式にしたい」と署名陳情活動をしていた近所の人と意気投合した。娘が出産してみて「母乳で育てるには地域の力が必要と感じた」というオバサマも仲間になった。「農家を継いでいきたいと思うような、楽しくやりがいのある農業をやらなくては」という男性も参加してくれた。かくして、まちづくりの夢に燃える「生き活きネットワーク吹上」が誕生。神奈川や東京のネットワークを参考にしながら会員を増やし、4月の町議選に代理人(議員)を出そうと話し合った。

 「出そう」はいいが、いったい誰が? 「私のところは夫が許さない」、「子どもがムズカシイ年頃」、理由はいろいろだが誰も名乗りをあげない。誰も出なければ今までやってきたことがシボんでしまう。私は? 乳飲み児がいるし、もう一人産みたいと思っているのに・・・。でも誰も出なければ後悔するのが目に見えている。ダメモトでやってみよう。何とかなる。

 決断までは時間をかけたが、やると決めたら前進あるのみ。早速保育所の申込に役場へ行った。窓口では「子どもはお母さんといるのが一番ですから」「給料によっては保育料でマイナスになりますよ」と大きなお世話。やっぱり私が出て何とかしなくちゃ。ああ楽しみ!

TopPage     [コラムの目次へ戻る]