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娘がアカギレと書いたとたん、私のかかともパックリ割れるアカギレができた。今年の冬の乾燥は、一段とひどくなるに違いない。私の冬の必需品は「ゴム手袋」「かかとカサカサ防止ソックス」「水ばんそうこう」。今日は私が娘に言う。「だから冬なんてキライなんだあ。」 2000年9月28日 |
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天気予報で冬型の気圧配置と報じられた今日、長女の「アカギレ1号」が発生した。 小さい頃から指先やかかとのアカギレとは縁が切れなかった私は、毎年「木枯らし1号」よりずっと早い10月10日ごろが「アカギレ1号」の発生日だった。体質を受け継いでしまった長女は、まだ9月というのに早くも指先のあちこちにアカギレになりそうなひびが…。さっそく「マーキュロバン」「水ばんそうこう」「ハンドクリーム」で手足を保護してやった。 「だから冬はキライ!」という娘の気持ちは、私もよーくわかる。 2000年9月27日 |
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雨で二日延びた運動会。娘は徒競走で6人中6位でした。 「お母さん、6位だったよ。速い人と当たっちゃったんだもん」と屈託なく笑う娘。でも1年生の時は走るのが遅いことを苦にして学校を休んだ時期もあったのです。「自分なりに全力で走ればそれでいいんだよ」と言っても、暗い顔でうつむくばかり。そんな時読んだのが、学校に行かれない子どもが主人公の物語。(図書館の本で題名は忘れました) 娘なりに何かをつかんだのでしょう。学校に行くようになったのです。そんなことを思い出して、娘の顔をまじまじと見つめ、うれしくなりました。 2000年9月21日 |

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このごろ娘たちのお気に入りは、有線放送で流れる「読み聞かせ」。日本や西洋の昔ばなしが次々と語られるのを、じっと聴いている。日曜日の夜7時15分からNHKラジオでやっているラジオドラマ「みんな大好き」も大好き。耳から入って想像を掻き立てる音の世界は、絵本とはまたちがった楽しみなんだなぁ。 2000年9月13日 |
![]() 夕飯の時、ベランダの窓から南西の方に三日月が見えた。 食後しばらくして、夕涼みに外に出たら、三日月が西の空に低く大きくなっていた。 5歳の二女が感心したように、「三日月も成長したんだね」 2000年9月2日 |
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今年も行って来ました子連れ合宿。活動報告で書いたとおり、今回は視察研修を兼ねて、母7人(子10人)で京都府大宮町へ。興味深かったのは、他のお母さんは自分の子をどう扱っているか。また、よその子をどう叱るか。結構はた目から見て兄弟で扱いが違っていたり、親に言われるより素直にきいたり。2泊3日という長い時間を一緒に過ごしたからこそ、見えてくる事があるのでした。はたして私の子どもに対する態度は、みんなから見てどうだったのかな? 2000年8月22日 |
祖母の葬儀で実家に数日泊まったときのこと。二女が祖母の部屋で「お母さん、見て見て。髪の毛きれいでしょう」と呼んだ。たしかに濡らしたようにつやつやしているが、それだけでなくオーデコロンをふりかけたような強烈なにおい。「何をつけたの?」ときくと、ニヤニヤして黙っている。回りを見れば、虫除けスプレーが…。「これ、つけたの?」とビックリして大きな声を出し、触ろうとしたら、娘はよけた拍子に壁に頭をゴ〜ン。泣き声でかけつけた夫が娘をかかえて風呂場へ直行。頭をゴシゴシ洗って、事無きを得た。![]() 2000年8月14日 |

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先日、ついに祖母が亡くなった。すぐに実家に駆けつけ、仮通夜、通夜、葬儀、告別式、初七日の法要と、続けて済ませた。悲しい事だけど、どこかホッとしていた。もう痛い思いはさせたくなかったから。今年の春に「きれいな骨壷に入れてね」と言っていたおばあちゃん。約束通り、青磁の骨壷に納めた。93歳というのに、しっかりした骨だった。亡くなっても、おばあちゃんは、私の中にしっかり生きている。合掌。 2000年8月7日 |
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夏休みが始まって1週間。小学生の娘は、毎日学童保育室にお弁当を持って行く。 私の作るお弁当は、正直なところ、見た目はあまり良くないが、娘は「おいしかった!」と、いつも弁当箱を空にしてきてくれる。このところのお気に入りは「のり弁」。ご飯の間にしょうゆにひたした海苔をはさむだけだが、「これがおいしいんだよね」と娘。(おかずはちゃんとあります。念のため) 毎日お弁当作りをしていると、やっぱり給食ってありがたいものだと思う。それでも、自分の目の届く材料を使っているという「安心感」はある。これくらい、給食にも「安心感」があれば文句なし! なんだけどね。 2000年7月28日 |
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我が家の周辺は、昨日の雷で2時間近く停電した。日ごろから懐中電灯やろうそくの備えはしてあったので、明かりは大丈夫だったが、マンションなので水が出なくなる。幸い子どもたちはお風呂に入り歯を磨いたあとだったので、そのまま寝ることができた。私と夫はろうそくの明かりでお風呂に入り、湯船のお湯だけですませた。 停電時には冷蔵庫の開閉はご法度、ということで、冷えた麦茶はガマンし、ポットのお湯を沸かしなおして熱いお茶を飲み、早めに寝ることにした。 あらためて、電気に依存した生活の恐さを知った気がする。でも、結構何とかなるもんだね、と、どこか楽しんでいたりする私でした。 ![]() 2000年7月19日 |
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先日、麦茶を3分間煮出そうと、本を読んでいた長女の目の前にあった砂時計をひっくり返し、夕飯の下ごしらえをしていた。そろそろ3分たったかな、と見ると、砂が全部下に落ちていたので火を止め、夕飯の仕度を続けた。 「そろそろご飯ができたわよ」と声をかけようとしたとき、突然長女が「お母さん、3分たったよ」と教えてくれた。3分たったのは15分も前のことだったんだけど…。 2000年7月14日 |

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我が家で使っている砂糖は「素精糖」という薄茶色のもの。 先日、おばあちゃんのお見舞いに行き、病院内のレストランでコーヒーを飲もうとグラニュー糖をスプーンで入れたら、下の娘が「それ、なあに?」ときいてきた。「お砂糖よ」と答えると、ビックリしたように「へぇ、白いお砂糖もあるんだね」と言った。 2000年7月13日 |
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以前このコーナーにも書いた、私のおしゃれな祖母。この春から入院していたが、病状が悪化し「あと二、三日」と言い渡された。それを聞いて一晩泣きまくった私。折しもその翌日が93歳の誕生日。プレゼントを持ってお見舞いに行き、涙をこらえて励まし、帰宅してからは喪服の準備、遺影に使えるような写真探し、あちこちの仕事先に「かくかくしかじかで行かれなくなるかもしれない」と断りを入れたが、それからもう十日が過ぎている。意識もはっきりしていて「小康状態」とのこと。うれしいやら気が抜けるやら、その生命力には舌を巻く。 2000年7月2日 |
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昨日、保育所の参観と、親子歯科検診があった。保護者の出席率は結構高い。こんなときにこそ、絵本の読み聞かせの話や、子どもの虐待防止プログラム、子どもの権利条約の話、、子育ても仕事もしながら自分を磨く方法、子育ての講演会などを行なえば、多くの保護者に聞いてもらえるはず。歯医者さんの歯の磨き方の話は大切だけど、毎年じゃなくても構わないと思う。そんな意見をクラスでまとめて、役員会に提案した。 |
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保育所のお迎えに行ったら、「お母さん見てて」とうんていを始めた。一往復したので「もう帰ろう」というと、門のそばまで走ってきて「お母さん見てて」と今度は鉄棒に手をかけた。「いっぺんだけよ」と言って見ていたら、「あっ、できた!」なんと、逆上がりができたのだった。「いつできるようになったの?」ときくと、「今」との答。そうか、お母さんに決定的瞬間を見せてくれたのね。うれしい日でした。 2000年6月20日 |

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朝、起きてきた下の娘がうれしそうに「どうして私、このごろおねしょしなくなったのかなぁ。」と言ったら、すかさず上の娘が答えた。「それはね、夜中におしっこを作るホルモンが、大きくなってだんだん少なくなってきたからだよ。そいでね、そのホルモンが少なくなる時期は人によって違うんだって。だから早くからおねしょしなくなる子もいるし、いつまでもおねしょする子もいるんだけど、大人になるまでにはみんなしなくなるんだよ。」驚いて「どうしてそんな事知ってるの?」ときいたら、「学童にそういう本がいろいろあるよ。お母さんも今度読んでみれば?」と言われてしまった。活字中毒気味の長女は、本当に雑学博士だ。 2000年6月10日 |
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下の娘の保育所の個人面談で「早起きした日と、お寝坊した日が、面白いくらいよくわかる」と言われた。前夜、遅くなったときは、つい「もう少し寝かせておこう」と思ってしまうが、やっぱり朝寝坊は一日のリズムを狂わせるらしい。反省して翌朝からしっかり起こしているけど、それでも夜、なかなか寝ないのは治らない。上の娘はあっという間に寝付くんだけどな…。 2000年6月7日 |
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ゴールデンウィークの最後にギョッとなった体重も、1ヶ月で3キロ減となりホッとしています。先日読んだ新聞に「半年で5キロ増えた」というような場合は「仮性肥満」で、しばらく朝食を抜くことなどで案外簡単にもとに戻れる、という記事がありました。私の場合はまさにこれのようで、あと2キロ戻したいところですが、ここからが難しいところかもしれません。ほおっておくと「真性肥満」になってしまうよ〜! 2000年6月3日 |
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部屋の掃除は苦手な私ですが、耳掃除をするのは大好き。夫の耳、娘の耳、順番にそっとそっと掃除していく。でも今日、なんと下の娘の耳掃除中、耳の入り口の出っ張りをピンセットで思いっきりつまんでしまった。「痛い!」と叫ぶ娘。「ごめんごめん」と謝る私。本当に悪かったと思う。こんなことで耳掃除が嫌いになったらどうしよう。お願い、これからもお母さんに耳掃除させてね。 2000年5月30日 |

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保育所の遠足で群馬サファリパークに行った。お弁当を食べるところに向かってみんなで移動中、「あれ、打越さんじゃない?」という声。振り向くと別の幼稚園の遠足と見られる一行の中、頭を下げてくれた人がいる。「生活クラブ生協でいつかご一緒しました」とのこと。いやぁ、世間は狭いね。 2000年5月19日 |
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学童保育室にお迎えに行ったら、2年生の女の子が鉄棒で次から次へと「技」を披露してくれた。蹴上がり、空中逆上がり、足掛け回り、ダルマ回り…。「おばちゃんも昔は鉄棒が得意だったのよ」というと、「やってみせて」という。「もう今はできないよ〜」と言いつつ、高めの鉄棒で逆上がりにチャレンジしたら、ちゃんと上がれるではないか。いい気になって、空中逆上がりにも挑戦。一度失敗したが二度目に成功。私も、まだまだやるじゃん!! 2000年5月17日 |
ゴールデンウィークに泊めてもらった親戚宅で、風呂場にあった体重計に何気なく乗って、目が点になった。「ウソ!そんな…」去年の秋に温泉で乗った体重計の目盛より、5キロも多いのだ。確かに選挙の前は「体力が必要だ」と言ってよく食べたし、選挙中は車に乗って手を振っているだけなのに、事務所においしいものが並んでいたのでついつい食べてしまった。選挙が終われば「疲れを癒すにはやはり甘いもの」とばかりに食べまくり、ついにこの体重。もちろんその晩からダイエットを開始しましたとも。![]() 2000年5月8日 |
![]() 選挙最終日の最後の演説の前に、与野フード前で娘が四つ葉のクローバーを見つけてくれた。「ウワー、ありがとう」と喜んだのもつかの間。「お母さん、またあったよ」「お母さん、もう一本」と次々つんでくる四つ葉に、すっかりありがたみも薄れてしまった。昨日遊んだ、近くの駐車場のそばでも、たくさんの四葉のクローバーを発見。これってやっぱり、変だよね。農薬散布、異常気象‥‥、原因は特定できないけど、じわじわと自然が狂ってきている。これを食い止めるためにも、しっかり活動していかなくては、と改めて思いました。 ![]() 2000年4月30日 |

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選挙期間中、選挙カーから「うちこし紀子は4歳と8歳の子どもを持つ母親として、子育て中の生の声を議会に届けます」というアナウンスをしていたが、最終日に上の娘に言われて気がついた。彼女は先週、誕生日を迎え、9歳になっていたことを。(誕生祝いはちゃんとしたのに…) 2000年4月25日 |
「うちこし紀子」のリーフレットを、4歳の娘の友達に見せたら、「この人だあれ?」ときくので、「イヤだ、おばちゃんよ」と言うと「うそだぁ」‥‥うーん、どう考えれば良いのだろうか。ちなみに、右の写真を使っているのですが。ネットの人に言わせれば、「打越さんは、驚くほどよく化ける」そうです。まだ、ホームページでしか私を知らない方、ぜひ選挙期間中に見つけて、声をかけてください。 2000年4月17日 |
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我が家の電気炊飯器は、スイッチがひとつだけ(炊飯→保温)のシンプルなもの。タイマーもないので別に買ってつけている。結婚する前から使っているから、もう15年くらいたつが、故障もなく、一度傷んだコードの先を取り替えただけ。しかし、使う私がときどきポカをやる。以前はよく、タイマーをかけてスイッチを入れるのを忘れ、『さあ、食べよう』とふたを開けたら、お湯とお米だったことがあった。おとといは、いつまでたっても湯気が出続けるので、ついに壊れたかと思ってふたを開けたら、お湯としゃもじが出てきてビックリ!! しかけて出かけたつもりだったのに、洗ってもいなかったのね。研いだお米は水を切ってすぐ近くにおいてあった。こんな失敗は初めてだ。 2000年4月11日 |
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4歳の娘は今年になってからおねしょが増えた。私が忙しくてかまってやらない時、夕方から寝る前にかけて怒った時、寝しなに抱っこや本読みを面倒くさがった時、などにおねしょしてしまう。原因が明らかだから、だいたい「今夜は危ないな」という予想はつくが、かと言って打つ手もなく、朝「やっぱり‥‥」とがっかりする。ギュウッと抱っこして、絵本を2、3冊読み、子守唄を歌いながら寝かせれば、完璧におねしょはしないってわかっちゃいるけど、毎晩そこまではできないんだよね。あーあ。 2000年4月3日 |

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2年生の最後に、学校から新しい教材をもらってきた娘。先生がみんなと同じポリチューブ入りの絵の具を渡そうとしたら、「プラスチックのゴミが出るものじゃない方がいいので違うのにして欲しい」と言って、ヨーロッパの玩具の安全性基準をクリアしているという錫のチューブのものに変えてもらってきたそうだ。私の知らないうちに、こだわりのエコ娘になっていたのですね。 2000年3月26日 |
図書館で借りた「みみずのカーロ」「あなたにもできるミミズリサイクル」という本がきっかけで、我が家でもミミズを飼い始めた。先週の日曜日に、プラスチックの空き箱に空気穴をあけて、裂いた新聞紙を湿らせたものを詰め、釣具屋さんで魚釣りの餌として売っていたミミズを入れ、ミミズの餌として生ごみを少々。毎日様子を見ては「あっ、動いてる」「フンがいっぱい出てきた」「赤ちゃんミミズが見えなくなった」などと騒いでいる。今日で七日目。ミミズも元気だが、箱の中にはカビも元気に生えてきた。まあ、詰め物はいずれ土に返すから、放っておこう、ということになっている。![]() 2000年3月19日 |
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先週、小学校の授業参観があった。子どもたちが意見を発表する段。「はい」「はい」と元気よく手をあげた子どもは、指名されると「ボクの意見を発表します。ボクは○○だと思います。」「私はAさんとは少しちがいます。△△だと思います。」という具合に、実に要領よく、きちんと発表していた。ああ、議会もこういう風にやれればいいのに‥‥。誰かの意見に対し、私はこう思う、という場面が、議会にはほとんどないんだもの。小学校を見ならわなくっちゃね。 2000年3月10日 |
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今日はひな祭り。我が家では玄関と居間と寝室にそれぞれおひなさまが並ぶ。私のひな人形は、木目込みの立ち雛。二女のは粘土細工で15人が1枚のお盆におさまるほど可愛いお雛さま。この二つは、出すのもしまうのも楽なんだけど、長女のはちと大変。赤ちゃんのときはそれほど感じなかったのに、今年あたりはこんなに大きかったっけ、と感じる。それだけ家に物が増えたってこと。親王飾りでもそう感じるんだから、7段飾りなんてもっと大変だろうな。 ともあれ、女の子の成長を祝うと同時に、母に感謝したいと思います。こんな日に議会だなんて、無粋だね。 ![]() 2000年3月3日 |

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小・中・高校をともにすごした友人から、久しぶりの電話。公園の砂場の砂を入れてほしいことや、道路にカーブミラーをつけてほしいなど、行政にどうやって伝えていけばいいのか、ということだった。「まずは役所に電話してみたら?」というと、「そうか、それでいいのか」と拍子抜けしたみたい。役所の敷居って結構高いのね。 そのあと「このごろちゃんと寝ないとからだがキツイ」「いつまでも若くはないね」と笑い合って電話を切った。安心して話せる友達っていいね。 2000年3月1日 |
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先日子育てサークルのお母さんたちに、生き活きネットワーク吹上の話をしに行った。「政治」なんて言うと一歩引いてしまう人が多いが、「児童館ほしいよね」というと身を乗り出してくる。私もそうだった。「政治」が「生活」に密着していることを感じたのは、やっぱり子どもを持ってからだ。だからさ、やっぱりもっと軽いノリで、みんなで「政治」に参加してみようよ。 2000年2月20日 |
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「忘れっぽい」 私の弱点のひとつだ。 食卓から台所に行って「何を取りに来たんだっけ?」なんてことはしょっちゅうだし、事務所に自転車を置いて駅から電車に乗り、帰りにまっすぐ家まで歩いて帰ってしまい、翌朝「自転車が盗まれたみたい」と大騒ぎしたことも一度ではない。 今日も事務所から帰るとき、「自転車の鍵がない」とポケットの中身を全部出して捜しまくり、鍵をかけていなかったことに気づくまで3分かかった。 帰宅してその話をしたところ、娘がお風呂で「あわてんぼうのサンタクロース」の替え歌を作ってくれた。
2000年2月10日 |
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第一土曜日。学校が終わって帰宅した頃合いを見計らって、ネットワーク事務所から娘に電話した。「お昼、どこかに食べに行こうか。」 ひとりで事務所まで来るように伝え、待つこと二十分。やってきた娘は箸箱に二人分の箸を入れてきた。普段、私が箸を持ち歩き、外食の時自分の箸箱から箸を取り出すのをちゃんと見ていたのだ。相田みつをさんも書いていた。「育てたように子は育つ」 うーん、実感。 2000年2月7日 |

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年末年始はいわゆる「おなかの風邪」が流行った。我が家でも夫、二女、長女、私、再び二女、夫、長女の順で、寝込んだ。でも、なぜか私だけが下痢もしなければ嘔吐もせず、ちょっと熱が出てちょっと「おなか」が張っただけ。やっぱり「残飯処理係」の私の胃腸は丈夫にできているのね。 2000年1月23日 |
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今年もたくさんの年賀状がきた。議員は自分の選挙区内の有権者に年賀状を出すことが禁じられているが、返礼のための自筆のものは認められている。元旦に届いた賀状に返事を書きながら、3年前のことを思い出した。 議員になって初めての正月、郵便受けには知らない人からの印刷の年賀状の山。いったい誰からなのか見当もつかず、どうしたら良いのか途方にくれていた。あらためて丁寧に見ていくと、一枚だけ名前の横に(〇〇課長)と添え書きが。「ああ、そうだったのか」とあわてて職員名簿を取り出すと、あったあった、みんな役場の課長さんだ。それなら、と返事を書き終えホッとしたが、とうとう一枚だけどうしても誰だかわからないものがあった。とうとうこの方には返事を出さずじまい。ごめんなさーい。 2000年1月5日 |
![]() 4歳の娘はこのところ積極的に「お手伝い」してくれる。昨日はイカの足を引っ張って胴体からぬき、吸盤の感触を十分楽しんだ後、胴体の皮をきれいに剥いてくれた。私がそれを輪切りにし、彼女に小麦粉係を任命したところ、あたり一面真っ白にしながらまぶしつけてくれた。溶き卵、パン粉、油をくぐってできあがったイカフライがとてもおいしかったことは言うまでもない。夕食の時刻は通常より1時間近く遅くなったが、満足そうな笑顔に良しとしよう。 ![]() 1999年12月15日 |
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今日は小学校の持久走大会。どちらかというと走るのが苦手な娘は、一年生だった去年は、持久走の練習が始まった頃から登校を渋り、数日欠席した。今にして思うと、クラスでビリから1、2番という状態は、彼女のプライドが許さなかったのかもしれない。でも今年は毎日楽しそう。今日も順位はともかく、完走できたようだ。それにしても、持久走なんて高学年のものだと思っていたけどね。今の低学年の子どもたちはいろいろ大変だなあ。 1999年12月9日 |

11月7日(日)に開かれた「ふきあげ音楽祭」に、「Noriko and Mari」として出演、ピアノ伴奏で、ソロで歌いました。この日のために、7月から毎月1回練習してきたのです。曲目は「乾杯の歌」「宵待草」「かやの木山」「結婚」の4曲。自分では上出来だったと思うのですが…。でも、子どもたちにとっては歌よりも「ドレスを着たお母さん」がうれしかったようでした。 1999年11月10日 |
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とある新聞のアンケートで、「あなたが今一番怒っていることは何ですか」というのがあった。選択肢を見ながら「うーん、何だろうなあ…」と悩んでいたら、娘が「お母さん毎朝ラジオに向かって怒ってるじゃん。」 そうそう、ニュースに向かってブツブツ言って、ときには怒鳴り出すんだよね。娘から見ると変なんだろうな。 1999年11月4日 |
朝、いつまでもぐずぐずして着替えない4歳の娘を「さっさとしなさい」「いつまでそうやってんの」と怒鳴りつけた。しばらくしてようやく着替えた娘は、私に手を伸ばし、涙をこらえながら「お母さんごめんね」と抱きついてきた。グッと来るっていうのはこんなことをいうのだろう。「お母さんこそ怒鳴ってごめんね」とギュッと抱きしめてやった。でも、3回もこの手が続くと、感動も薄くなるのでした。![]() 1999年10月28日 |
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生き活きレポートの配布などで何日か冷たい風にさらされていたら、風邪を引いてしまった。鼻水が治まってきたら一晩熱を出し、次は咳が出つづけ、頭痛もする、といった調子。鏡の中の顔は「はつらつ」とは程遠い。ゆっくり寝るのが一番なのだが、横になると咳が出る。うつらうつら眠りに入ると「お母さん、おしっこ」と起こす娘。「はいはい、トイレに行こうね」というと「出ちゃったの」「ウッ‥‥」。かくして頭痛と戦いながらパジャマとパンツを取り替え、布団を移し、汚れ物をゆすぎ、再び咳き込んで眠れない夜を過ごしたのでした。ネットのメンバーに「健康管理だけは自分でしてね」と厳しく注意されましたが、おかげさまで、だいたい良くなったようです。 1999年10月18日 |

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保育所の運動会、はじめはニコニコ元気だった娘が、ギンガマンのおゆうぎの前になってぐずり始めた。私に抱っこして「出ない」と言って泣いている。ようやく直前になって自分も「出る」と言い、みんなと一緒におゆうぎの輪に入った。ところが、彼女は踊らない。ギンガマンの剣もただ持っているだけ。夫と二人で笑い転げてしまった。後で先生が「いつもは上手に踊っているんですけどね」とおっしゃったが、自分の意思で「出る」と言ってみんなと並んだだけで十分よくやったと思う。 上の娘が年少の時は、運動会のおゆうぎがイヤイヤやっているような態度だったので、私は「何でもっと楽しそうに大きな動作でできないのか」と気をもんだが、本人は緊張でコチコチだったらしいことがずっと後になってわかった。今回はやっぱり二人目の余裕だね。親も鍛えられます。 1999年10月6日 |
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いつも第一土曜日の午後(今月だけ第二)、老人福祉センターで開かれている「たんぽぽ文庫」に行った。私たちのほかに一組の親子がいるだけ。このところいつもこんな調子だ。みんな「おはなし会」の楽しさ、大切さを知らないのかな。 さて、そこでクイズです。「絵本の読み聞かせ」と「ダイオキシン」は、どこが同じでしょう。 答。「1.すぐに結果が現れない」「2.いつ結果が現れるとも現れないとも言い切れない」「3.結果が出たとしても、必ずしもこれが原因だったと言うことはできない」「4.でも人間にとって影響が大きいはずだと多くの人が思っている」「5.しかし実際の人々の行動になかなか結びつかない」 目に見えないものがじわじわと効いてくる感じかな。大人の責任は重大ですよね。 1999年9月18日 |
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我が家では月に2回、ガバレ農場から野菜をとっている。その日は上の娘が夕飯のあと、「ねえねえ、デザートにメロンでしょ?」と言うので「メロンなんて家にはないわよ」と答えると、「あるよ。あるでしょ。」と言って、台所のガバレ農場から届いた野菜の箱を見ていた。残念。それは、4分の1に切ってある「とうがん」なのでした。 1999年9月5日 |
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この夏休みはプールにキャンプに旅行といろいろ行ったけど、私にとってのお楽しみは「たかはしべんコンサート」です。8月24日〜29日の連続コンサートで、会場は川口リリア。吹上から1時間の距離をものともせず、毎日通っています。幼児向け、小学生向け、高学年以上向け、大人向けと分かれていますが、子どもの幸せ、生きる力、平和など、たくさんのメッセージが伝わってきます。 「息子に」という曲の中から一部紹介します。 「学べ学べこの世の中の お金で買えない美しいもの
関心を持った方はホームページを見てね。 http://www2u.biglobe.ne.jp/~neb/君に残してあげたいものは 生きるための知恵と勇気」 1999年8月28日 |

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子どものためというより、私につき合わせて子どもを連れていった兵庫県。それでも新幹線にワクワクし、広い公園の長ーい滑り台に大喜びし、花火で盛り上がり、初対面のお友達とすぐに打ち解けて遊びまくり、沢蟹を追いかけ、バッタを捕まえ、流しそうめんに驚き、陶芸や木工を楽しみ、夜更かしをしておしゃべりし、別れを惜しんで帰ってきました。親子とも良い充電をした気分。家族旅行もいいけど、子連れ合宿っていうのも面白いよ。おすすめします。 1999年8月23日 |
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「テントで寝てみたい!」という小学2年生の娘の希望で、吹上町レクリエーションクラブのキャンプに参加させた。3泊4日の日程で、福島県金山町へ。幼稚園や学童保育室で一泊保育の経験はあるし、「セカンドママ」の家には何度も泊まりに行っているので、ホームシックの心配はなかったが、困ったのは私の方だった。4歳の娘はずーっと私にベッタリで、離れようとしない。パソコンに向かうことも、ノートに書くこともままならない。「こんな時にお姉ちゃんがいてくれたら・・・」と何度も思った。二人目を産むのをためらっているお母さん、兄弟で遊んでてくれるとホントに楽ですよ。 1999年8月16日 |
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4才になって、ひらがながいくつか読めるようになってきた二女。 「お母さん、『あ』にてんてんをつけると何て読むの?」 「『あ』にはてんてんはつかないのよ」 「つくよ。ついてるもん。」 娘が私の手を引っ張って連れていったフェンスには、たしかに 「“あぶない”」と書いてありました。 ![]() 1999年8月7日 |
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研修のため一晩家をあけた。「そういう時、子どもはどうしてるの?」と、よく心配されるけど、大丈夫。うちの子どもたちには「セカンドママ」と言える人が4人もいる。議会が夜までかかるときも、夜の会合も、宿泊を伴う研修視察も、彼女たちが「お迎えして泊めてあげるから行ってらっしゃい」と胸をたたいてくれるから、私は安心して行くことができる。子どもも結構楽しんでいるようで、これまで泣いたりしたことはない。最大の楽しみはやっぱり「テレビが見られる」ことらしいけど。 1999年8月6日 |

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この夏いちばんの暑さだった日、保育所で「子どもまつり」があった。盆踊りが始まるとじっとしていられない私。だんご三兄弟音頭、吹上音頭、ポケモン音頭と踊って、ふと気がつくと足元で娘が泣いていた。どうしたの、ときくと、「靴が脱げたのでお母さんにつかまって履こうとしたら、勝手に動くから履けない」というのだった。アリャリャ、ちっとも気がつかなかった。困ったお母さんだね。 1999年7月24日 |
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週末、皆野町の貸し別荘みたいなところに4家族(大人6人、子ども8人)で出かけた。子どもは小2が2人、小1、年長が一人ずつ、それに年少児が4人。静かに星を見るためのところだからテレビはない。年長の男の子がウルトラマンガイアが見たいとぐずり始めたとき、我が娘は強い口調で言った。「あたしは平気だもん。うちなんかテレビないんだからね。いつも誰かんちに行かないと見られないんだからね。」「‥‥」その後、テレビどころではない騒がしさとなり、翌日はウノ大会で盛り上がった。彼も一人で見るテレビよりみんなとやるウノの楽しさを知ったみたい。 1999年7月20日 |
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東京の母に電話をしたら、「転んで手をついたら骨折しちゃったのよ」というのでビックリ。「骨は弱くないと思ってたんだけどね」とため息混じりに言うので、「手が出たからまだ良かったのよ。手が出なくて腰でも骨折してたら寝たきりよ」と慰めてはみたものの、確実に母も歳をとっていくんだなあ、と実感。そんな年齢になった今でも、私は彼女を「ママ」と呼んじゃっています。 1999年7月14日 |
学童保育室では、宿題の終わった子どもに古くなった子ども雑誌の付録をくれる事がある。先日もらってきたのは5月号の付録で、母の日のプレゼント用お手伝いカード。組み立て終わった娘はうれしそうに「お母さん、母の日ってあと何ヶ月?」と聞くので「あと10ヶ月」と答えると「えっ、そんなにあるの?」とがっかりした様子。指折り数え始めて「4月か」と言ったときにはズッコケたけど、「今くれてもいいのよ。」と言うと、「じゃあ、あげるね。」とニコニコして使い方の説明をしてくれた。![]() 1999年7月11日 |

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週末、東京の実家に出かけた。私の用事だから、夫に子どもとの留守番を頼んで一人で行ったほうが楽だったんだけど、「おばあちゃんにひ孫の顔を見せなさい」と母に言われて一家で行った。 実家は母と、祖母(母の母)が暮らしている。92歳になる祖母は耳が遠いものの一人で毎週美容院に通うほどおしゃれでシャンとしている。といっても、時には入院したり、救急車で運ばれたり、自分より年下の人を失って落ち込んだり、気弱になったり。そんな時の特効薬は、小さな子どもの生命力。私のできるいちばんのおばあちゃん孝行が、子どもを連れていくことなのかもしれないな。 1999年7月5日 |
食事の後、もうじき4歳になる下の娘が食器を流しまで運んだ。以前はシンクの中までは手が届かなかったのに、いつのまにか茶碗を洗い桶の中に入れている。「うわぁ、届くようになったんだ。すごいね。」と声をかけると、 「だって手が伸びたんだもの」という。そんな、お化けじゃないんだから手が伸びるわけないじゃない。クククと笑いながら気がついた。この子はまだサ行が言えなくてタ行になってしまうんだっけ。もう一度ケラケラ笑ってしまった。 1999年6月30日 |
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子どもは「お迎え」から生き生き遊び出す。学童保育室に上の子を迎えに行くと「ああん、もう来ちゃった」とがっかりし、外に出れば「ちょっとだけ鉄棒」、自転車の後ろに乗せれば「あの葉っぱを取るから止まって」。キリキリしながら保育所に着くと園庭の隅に姉妹で座り込み、「もう帰ろう」と門を出るとすぐ前の遊水池をかけ回る。おかげで事務所から自宅まで1時間半なんてことも‥‥。ふう。 でも学童、保育所コースで30分、と早い日は、マンションの廊下で私がついついおしゃべり。気がつけば帰宅は同じ時刻だったりするのでした。はあ。 1999年6月23日 |
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料理は好きだけど、片付けや掃除が大の苦手の私。 先週、久しぶりに台所の壁を拭いていたら、小学校二年生の娘が 「お母さん、お正月ってもうすぐだっけ?」 と、真顔で言った。これこれ、お母さんが掃除するのは暮だけじゃないのよ。 家庭訪問の前の日だってちゃんとしてたでしょ。 1999年6月20日 |

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