賞味期限切れ おやつ (2000年10月〜2003年10月)
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小6の長女は食べ盛り。「ごちそうさま」と言ってまもなく、「ああ、おなかすいた。何かない?」と始まる。それならちゃんと食事の時に、ご飯をもっとおかわりすればいいのに・・・。ああ、でも気持ちはわかる。私もその頃そうだった。
 2003年10月26日

二女に日本舞踊を教えるため、母が泊まりに来た。私が子どもの頃の話が出たので、古いアルバムを引っ張り出してきたら、今の二女と同じ顔をした私がいた。同時に、今の姪と同じ顔の妹が・・・。ちなみに、今の私はその頃の母の年齢になっているのだけれど、ちっとも似ていなかった。ひとときのタイムスリップで、みんなニコニコ。
 2003年10月18日

娘が風呂場から「お母さん、シャンプーがないよ〜!」と叫んだので、あわてて空ボトルに詰替え用のシャンプーを詰めてわたした。一分後「お母さん、これ本当にシャンプー?」と言われ、よく見ると詰替え用のリンスをいれてしまっていた。やれやれ・・・。
 2003年10月1日

夫が「地上最強のカラテ」のビデオを見終わってしまっていたら、部屋に入ってきた長女が「お父さん、今の『地上最低のカラオケ』ってなあに?」
 2003年9月30日
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インドの故ガンジー首相の言葉「七つの社会的な罪」をラジオでやっていた。「理念なき政治、労働なき富 、良心なき快楽、人格なき学識 、道徳なき商業 、人間性なき科学、献身なき信仰」。
素晴らしい言葉だと深くうなずきながら、繰り返していたら、長女がボソリ。「主食なきごはん・・・」
 2003年9月29日

ふきあげ音楽祭に向けて活動中の「吹上子ども歌劇団」の話をしていたら、「テロでもやりそうな子どもたちみたい」と言われた。「へっ?」と驚く私に「イスラム過激派とかさぁ・・・歌劇じゃなくて過激みたいで。」とのこと。
シュンとしていたら、「過激派の人たちも、テロをやめて歌劇をやればいいのにね」と娘。そうだ。そしたらどんなに無駄な殺戮がなくなるだろう。もともと文化や芸術は、そういうところから生まれてきたはず。やっぱり、この名前は変えずにいこう。
 2003年9月21日

防災の日が終わり、娘の小学校で、保存期間が残りわずかになった非常食が配られた。乾パンは各学年共通だったが、お湯でもどして食べるご飯は種類が異なり、長女は「赤飯」、二女は「五目おこわ」。
それを見て「ねえ、お母さん」と長女。「地震が起きて避難しているときにさぁ、お赤飯を食べようっていう気持ちになれると思う?」 ウーン、たしかに・・・。
 2003年9月12日

「お母さん、靴貸して」
この夏、長女の足は、ついに私の靴がちょうどよくなるまでに大きくなった。
そこで新しい運動靴を買いにいったら、「これ、ピッタリ。履きやすい」
と選んだ靴は、さらにワンサイズ大きい。
身長では(もちろん体重でも)まだまだ負けないが、
追い越されるのも時間の問題かな。複雑な心境。
 2003年9月8日
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二学期が始まったとたん、運動会の練習。二人とも表現の振りを覚えるのに苦労しそうだ。六年生は、連日四時半まで練習らしい。夏休みでダレた体に、いきなりこのスケジュールはきついだろう。よく食べて、よく寝て、乗り切ってほしい。
 2003年9月3日

夏休み最終日。すっかり新学期の準備が整った長女に対し、宿題の絵日記も観察日記もできていない二女。さらに、始業式の持ち物を書いたプリントが見当たらず、終日部屋を探し回った。結局、寝る頃になって見つかり、日記も一気に書き上げ、とりあえずホッ。この性格の差は、そのまま夫婦の性格の差の現れかも。エッ、どっちがどっちかって? それはナイショ。
 2003年8月31日

5月から「子ども歌劇団」を作り、ふきあげ音楽祭を目指して練習中。ところが、音楽祭出演者募集のお知らせには「中学生以上のグループ等」と書かれていたことが判明。半数が小学生の私たちだが、何とか出演したい。「等」によって逃げることができるか? 出演申し込みは済ませたが、公民館の判断は来月になるとのことだ。
 2003年8月25日

お盆休みは3泊4日で、とあるグループのキャンプに出かけたが、テントで寝ていたら、雨は降るわ寒いわで、翌日から山小屋でストーブを焚いて過ごした。予定していたネイチャーゲームはできなかったけれど、地元の温泉にのんびりつかったり、他のお母さんとじっくり話したり。「良くないと思いつつ、つい子どもにガミガミ・・・」というのは、どこの親も同じなんだなぁ。お互いにそう思ったに違いない。
 2003年8月20日
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今年も「七夕アリアの夕べ」という演奏会に出演、モーツァルトのオペラ「ドン・ジョヴァンニ」から、ツェルリーナのアリア2曲、デュエット1曲を歌った。この日のために、準備を重ねてきて・・・(コラムの更新がおろそかになってしまったことを反省しています。)とにかく終わってホッと一息。これからが私の夏休み。
 2003年8月8日

カラスの研究をしている長女は、どこに行ってもカラスの姿を追いかける。いわく、「カラスは頭がいいし、意外とかわいい。罪を犯した人にカラスを飼うことを義務付ければ、心がなごんで二度と悪いことをしなくなるかもしれない」と。
まあ、カラスが有効かどうかはわからないけど、犯罪者に罰を与えるばかりでなく、心のリハビリをさせるべき、という考え方は、実際に必要だと思った。
 2003年8月7日

生活クラブ主催「すいとん作りと映画『はだしのゲン』鑑賞」の企画に、親子そろって参加。と言っても、私は仕事を終えてからだから、着いたのはおやつタイム直前だったけど。
おやつの中身は、ふかしたジャガイモと、塩むすび。子どもたちは「エーッ、これがおやつなのぉ?」と不満げだった割には、よく食べていた。持参したウクレレと、エッコロマネーで頼んだフォークギターの伴奏で、「さとうきび畑」や「平和の誓い」を歌って、映画で重くなった気分をちょっと和らげた。
映画が恐くて途中で出てしまった子も何人かいたけれど、小学生が「戦争って恐い。戦争はイヤ」と言っていたのが印象的だった。
 2003年7月30日

「えっ、麹味噌がどうしたって?」
ニュースを聞いていた長女が私にきいた。あわててラジオに耳を傾けたが、どうも道路関係のお役所の話らしい。発注がどうの、隠したのがどうの、と言っている。
やがて判明した言葉は、「工事ミス」だった。
なぜか長女は、味噌汁が苦手なのです。
 2003年7月21日
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今日は、吹上中央公民館で、行田おやこ劇場主催の「わくわくさんショー」(NHK教育番組『つくってあそぼ』の久保田さんによるショー)があり、私は司会と、開演までの場つなぎの歌を担当しました。
久しぶりに小さな子どもたちを前に、即興で作った「わくわくさんを呼ぶ歌」を歌い、私自身もわくわくする時間でした。ウクレレも少しは上達したかしら。やっぱりこういうことは、場数を踏まないとダメですね。まぁ、前座はともかく、子どもたちは「本物のわくわくさん」に大喜びでした。
 2003年7月9日

今日は七夕。幼稚園・保育所や学童では、短冊に願い事を書くが、小学校ではやっていない。夕飯前、六年生の長女が薄緑の色画用紙を出し、はさみとセロテープで何やら細工していたと思ったら、小さな笹になっていた。夕食後、ミニ短冊に家族それぞれの願い事を書いて吊るし、台所の入口に飾った。お天気は悪かったけれど、「願う」気持ちが大事だと思う。
あなたの願い事は、何ですか?
 2003年7月7日

今日は「吹上図書館サポーターの会」の設立総会。本が好き、図書館が好きな我が家では、こぞって参加。イラストの得意な長女が、案内板の絵を担当し、図書館集会室前に貼ってもらった。奇数月には「おしゃべり広場」というフリートークの時間を作ることになり、最初は7月12日(土)午前10時から図書館集会室。関心のある方は、ぜひご参加ください。
 2003年6月28日

小六の長女がノートに書いてきた算数の文章題。
「良平さんは6時間で80ページ本を読みます。ゆきさんは4時間で60ページ本を読みます。どちらが読むのが早いでしょう。」
問題を解き終わった長女が言った。
「早いゆきさんだって1時間に15ページしか読まないなんて、考えられないよ。どんな本なんだろう。漢文か、英語か・・・。」
うーん、たしかに問題として不適切。ちなみにその長女、今日は2時間半で120ページくらいの文庫本を2冊読んでいた。ハリーポッターは、二日で読破。昨日読み終えたのは、有吉佐和子の「複合汚染」。ずいぶん大人の本も読めるようになった。
 2003年6月28日
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このホームページを始めてから4年。始めのころに書いた「おやつの時間だよ」は、すでに賞味期限切れとなったが、このほど長女がさし絵をつけてくれた。そして私が少し解説を加え、パソコンでプリントアウトしたものを小冊子にした。限定5冊という貴重品。読んでみたい方は、ご連絡ください。
 2003年6月22日

「今日は早く学童にお迎えに来てね」と二女は念を押して家をでた。毎週金曜日のこと。というのは、夕方の図書館のおはなし会に学童のみんなで行くのが嫌なのだそうだ。図書館が大好きで、本を読むことが大好きな子なのに、おはなしをしてもらったり、絵本を読んでもらったりするのは、好きじゃないという。ま、いやいや聞くのも話し手に失礼だし、仕事が入っていない限り、早く迎えに行ってやりましょう。
 2003年6月13日

図書館で借りた「やさしいあくま」(なかむらみつる作・幻冬舎)という絵本。先に読んだ二女が「お母さん、読んでごらんよ」と勧めるので、読み始めた。3ページくらい読み進んだところで「お母さん、ちょっと悲しいお話だよ」と二女がささやいた。後半のクライマックスで文字通り涙が出てきたら「やっぱりね。泣くと思った」と言う。子どもたちは、私がこの手の本に弱いことをちゃんと知っている。良かったらみなさんも読んでみてください。
 2003年5月30日

10年前に亡くなった父が持っていたゼンマイ式の目覚まし時計。コチコチという音が気になるのと、目覚ましの音がけたたましいこと、そしてねじを巻き忘れるので、ついつい玄関に飾るだけになっていたが、数ヶ月前に落として壊してしまった。そうなると何とか元通りにしたくなるもので、本町の時計工房に修理に出したところ、無事直って帰ってきた。工房のご主人は「苦労しましたよ」と言いながらニコニコ顔。「今どきゼンマイの時計なんて捜したってないですよ。大事にしてください。」と言われ、再び使い始めた。
 2003年5月23日
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骨折した手を吊っている母に、小二の娘がきいた。「大ママ、どうして痛いほうのお手々、大きいの?」「骨折すると腫れちゃうのよ。こんな風にむくんでくるの。」すると娘は「脹れたお手々、しわがなくてつるつるだよ。」一瞬うれしそうになった母は、一週間して腫れが引き、電話で「お手々しわしわに戻っちゃった」と報告してきた。人口骨を入れてボルトで固定、という痛々しい姿だが、経過は順調でホッ。
 2003年5月17日

実家の母が、犬の散歩中坂道に落ちていたポリ袋を踏み、足を滑らせて転び、とっさに手をついたところ、その手を骨折してしまった。古希の祝いをしたばかりだったので「コキでコキッとなっちゃった」などと冗談を言ったが、手だけですんだのは不幸中の幸いというべきだろう。お医者さんの話では、手術後リハビリをしていけば、ほぼ元通りになるとのこと。道に落ちているポリ袋には、ご用心、ご用心。
 2003年5月10日

4月29日と5月3日に、熊谷でユニセフ支援フリーマーケットに出店した。好天に恵まれ、売り上げもまずまず。家の中の不用品がずいぶん減った。しかし、五月の紫外線は一年中でもっとも恐いというとおり、手の甲が真っ赤になった。長袖、長ズボン、帽子、うちわまでは準備していたのだけれど、手袋はしていなかったからね。これからの季節、みんなで気をつけましょう。
 2003年5月3日

夫が、人間ドックで「十二指腸に異常がある」との診断を受けてきた。二女が「十二指腸ってどこにあるの?」ときくと、長女が答えた。「北を頭にして寝てごらん。おへそを中心に、子、丑、寅、卯、辰、巳・・・って腸があるんだよ」こらこら、うそを教えてはいけませんよ。

 2003年4月15日
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ラジオでイラク戦争のニュースを聞いていた小6の長女が、
「私、このあいだまで『シガイセン』って『紫外線』のことだと思ってて、どうして紫外線が武器になるのかと思ってたんだよ」
と言った。聞いていた小2の二女が「ホントは、どういう意味なの?」と聞くと、
「町なかでなく、町の外でやる戦争のことだよ」と言う。
「それ、反対よ。町の中でしょ?」と私が言うと、
「えっ、そうなの? わたし、『市外戦』だと思ってた」だって。たしかに「市街戦」と、漢字で書かなければわかりにくい。

 2003年4月10日

家族リレー小説「ドラえもん130号」がようやく終わった。最終回を担当したのは長女。奇想天外、荒唐無稽、わけのわからない物語だったが、意外な風刺も入って、とにかく面白かった。「ドラえもん130号の旅は続く」と終わったので、続編も作るかもしれない。でも、少々休憩を入れてからね。
 2003年4月4日

声楽演奏会に出演することになって、歌と朗読の練習を重ねてきたが、ようやく今日終わった。本番前の二週間、食欲はなくなるし、気持ちはあせるし、私にしては珍しくしんどい日々だった。歌ったのは、ベッリー二のオペラ「ノルマ」の中から、ノルマとアダルジーザの二重唱と、トスカーナ地方の歌ストルネッロ。終わってホッとした。ああ、解放感!
 2003年3月30日

3月30日の声楽演奏会で、朗読をすることになった。イタリア語の歌詞の意味を日本語で読むわけだ。家で練習していたら、娘が原稿のミスコピーにいたずら書きをしていた。ドニゼッティのオペラ「ドン・カルロ」第4幕、ドン・オッターヴィオのアリアから、
「フランドルを救え! ああ、カルロよ。」
という劇的な場面で、フランドルを「金魚」に・・・。
 2003年3月25日
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マスクをして電車に乗ったら、向かいに座った赤ちゃんがじっと私の顔を見ている。マスクを下げてニッコリ笑ったら、赤ちゃんも笑った。ついでにいないいないばあをしたら、ますますじぃっと顔を見られた。赤ちゃんはいいな。回りを幸せな気持ちにしてくれる。
 2003年2月11日

冬になってから、灯油の販売車がよく回ってくる。
「あったかーい灯油。18リッター、820円。あったかーい灯油・・・」
聞いていた娘。「灯油はあったかくないよね。」そのとおり。
 2003年1月21日

妹の連れ合いが禁煙した。それを知った我が家の娘たちは「お父さんもタバコやめて」の大合唱。「2本吸ったら罰金」という刑まで考え出した。「不公平だ」というお父さんに、とばっちりをくったのは私。「お母さんは2粒以上チョコレートを食べたら罰金」だって? 「それなら子どもたちは30分以上漫画を読んだら罰金」と答える。かくして罰金刑はあえなく廃案に・・・。
 2003年1月19日

小・中・高・短大と、ずっと続けてきたスイミングクラブのメンバーと、毎年クリスマスパーティーを開いている。だんだん仕事の話題や子どもの話題が多くなり、当時の親の心境を思い知ることになる。
ところで「1歳と3歳の幼児を抱えている母親は、今が一番大変だ」という話題になったとき、女性陣は「ホントに、そうよねぇ」と同調したのに、男性陣は「そう? わからないなぁ」。この感覚の違いが「わからないなぁ」。
 2002年12月27日
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子どもたちが寝たと思って、そっとカステラを食べようとしたら、「お母さん、100キロ婆あになっちゃうからやめなよ」と長女の声。「うわぁ」と驚いて食べるのをやめた。私たちのころなら「百貫デブ」と言ってたものが、「百キロ婆あ」とはね。
それにしても、冬の夜は、小腹がすくんだよね。今度は完全に子どもが眠ってからにしようっと。
 2002年12月3日

長女の発案で、家族リレー小説を書き始めた。主人公は「ドラえもん130号」。書くことは好きなはずの私が、一番筆が遅く、「お母さんの番だよ。まだ書いてないの?」とせっつかれる。夫の書く奇想天外なストーリーと、娘の書くハチャメチャな描写に、何とかつじつまを合わせようとする私。半月が過ぎ、相当変てこりんなお話が出来てきた。ラストシーンは誰にも想像できない。
 2002年11月19日

 二女の七五三の7歳の祝をした。といっても、着物を着て(私も)、写真を撮って、神社に行っただけ。最初はうれしそうにしていた娘も、窮屈なのと慣れない草履が歩きにくいのとで、だんだん泣きそうになってきた。
着せた着物は、私自身が七五三で着たもの。当時はお正月にも2年着たし、その後妹が着て、兄の娘が着て、私の長女が着て、今年二女が着て、翌週妹の長女が着た。やがて妹の二女が着ることになるだろう。これだけ着られれば、着物も喜んでいるかな。
 2002年11月3日

毎年、秋に開いているニット展。編物の講師をしていた頃の友人と始めて、徐々にメンバーや作品を増やし、もう14年になる。その友人は10年前に目を患い、編物からケーキ作りに転向。いつの間にか鎌倉でおいしいケーキとコーヒーの店を開いていた。今年はその喫茶店が会場。
これに先立ち、以前ニット展に来て下さったお客様に案内状を出したら、その一人が彼女の店のオーナーだったことがわかった。なんという偶然!
会期は12月14日(土)までです。鎌倉にお出かけの節はぜひお立ち寄りください。
  青山 Okanori House ニット展  カフェ「あおい」(鎌倉駅徒歩7分)
詳細はお問い合わせください。
 2002年10月31日
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今年もアカギレの季節がやってきた。例年「初アカギレ」は10月10日前後。今年も例年並の乾燥状態だ。さっそく尿素入りクリーム、水絆創膏、マーキュロバンの三種の神器を購入。水仕事にはゴム手袋着用。自転車に乗るときは風を通さない手袋をする。こんなに気をつけていても、やっぱり荒れ性の手はボロボロになる。仕方ないね。これが私の手なんだから。
 2002年10月18日

午前中をTシャツで過ごしたある日。午後からの会議のために着替えようと、カレンダーで予定を確認しながら衣類かごにあった長袖のブラウスに袖を通し、片手でボタンをはめながら、片手でバッグを取り、靴を履きながら袖口のボタンをはめようとしたら、ない。ボタンがない。驚いてよく見ると、私が来ていたのはパジャマの上着だった。
 2002年10月7日

小学校1年生の娘は、夜に弱い。出先でもすぐ眠くなる。
先日も南浦和のさいたま市文化センターで熟睡してしまい、23キログラムを吹上まで抱いて帰ってきた。いつもなら荷物持ちを引き受けてくれる長女が一緒だが、この日は次女と私だけの外出。高崎線では乗ったとたん席を譲られ、吹上駅では偶然会った同じマンションの方の車に乗せてもらい、何とか家までたどり着いた。
翌日はさすがに私は起きられず、二度寝。
寝る子は育つというし、寝つきが悪くて悩むよりは良いか。
 2002年9月23日

夏休み最後の一週間、地域の子ども会でラジオ体操をしている。私は、子どもの前で体操する係。初日、「子どもの見本になるのだから」と力が入り、伸ばすところはきっちり伸ばし、曲げるところは深く曲げ、きちんと第一・第二を通して体操した。するとその晩から、なんと筋肉痛に。「たかがラジオ体操」とあなどってはいけないのね。
 2002年8月29日
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十数年ぶりに声楽のレッスンに通い始めたのが去年の秋。そのスタジオの演奏会があり、モーツァルトのオペラのアリアと、日本歌曲を歌った。最後の追い込み練習は厳しかったが、当日はほぼ力を出し切ることができた。学び続けることを大事にしたいと改めて思った。
 2002年8月25日

川口に住む妹が、6歳と1歳の子連れで遊びに来た。うちの子ども達と一緒に、庭で大人の中指より太くて長い芋虫を見つけて大はしゃぎ。「夏休みの自由研究になるかも」とみんなでスケッチして、放してやった。夜は蛙と蝉の声を聞きながら、「やっぱりこの辺は静かだねぇ」と感心した様子。この「ちょっと田舎」の加減がいいんだよね。そこそこ便利で「ド田舎」じゃないけど、「都会っぽさ」は全然ない。吹上の良さを再確認した感じ。
 2002年8月13日

ベランダに、ひさしを取り付けてひと月たった。突っ張り棒形式の柱にロールスクリーン状のひさしが付いている。直射日光をさえぎるだけでも、ずいぶん暑さがやわらぐ。ベランダに置いた水槽の中で、魚くんも夏バテを免れているかも。
 2002年7月30日

迎えに行ったら、一年生の娘がニタニタ笑って「お母さん、破れちゃった」と言うので、見るとスカートの腿のあたりが左右それぞれビッと裂けている。鉄棒で「スカート回り」をやりすぎたらしい。びっくりしたが、姉のお下がりで古くなっているスカートだから、生地も傷んでいたのだろう。本人が鉄棒からまっさかさまに落ちて大けが、なんてことにならなくて、まあ良かった良かった。
 2002年7月26日
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学童保育室で、夏休みに給食を取り入れるかどうか、アンケートがあった。
長女の意見は
「お母さん、子どもにとってお弁当は何よりの楽しみなんだよ。学校と同じようにみんなと一緒の給食じゃ、つまらないじゃん。お弁当は、学童の中で一番の楽しみと言ってもいいくらいだよ。私は、たとえ海苔弁にチンのから揚げにミニトマトだけだって、お母さんのお弁当の方がいいと思うよ。少なくとも、週に1度はさぁ。」
というもの。結局大多数の保護者の賛成で、弁当箱入りの給食実施が決まったが、この子どもの気持ちは、どこかに取り入れて、大事にしなくてはいけないと思った。
 2002年7月23日

一年生の娘が「はたちって、何歳のこと?」ときいてきたので、
「二十歳のことよ」と答えたら、5年生の娘が
「母から立つ歳だから、はたちって言うんだよ」と口を出してきた。
初耳だなあ、と思っていたら、夫も「なるほど」と感心していた。
この子達は、二十歳で私から立ってゆくつもりなのかなぁ。
 2002年7月13日

吹上高校での学習支援ボランティア授業が終わった。80分間×3回で、「ゴミについて考えよう」というテーマ。話したいことは山ほどあったが、とにかく「考える」ということに力を入れ、ワークショップの時間を多くとった。
最後の授業の終わりに、総まとめとして、「私は39歳なんだけど・・・」と話し始めたら「エッ。若く見えるじゃん」と男の子に突っ込まれた。「そお?」と軽く受け流したが、内心ムフフ。こうして気持ちよく授業を終えることができたのでした。
 2002年6月27日

マンションの庭にある細い木の下に、ネコがやってきて、じっと上を見上げていた。少し腰を浮かしたり、前足の位置を変えたりしながら、目はじっと上を見たままだ。10分以上もそんなことを続けている。そうして、ほんのちょっと目を離して再び見たら、ネコは木の上にいた。驚いてカメラを向けるとさらに上に登り、まわれ右をして降りてきたところで、私と目が合った。誰も見ていないと思って木登りの練習をしていたのかな。
 2002年6月24日
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小さな魚とおたまじゃくしを入れた水槽に、田んぼで見つけたタニシを仲間入りさせた。数日後見ると、見覚えのない小さなものが水槽にくっついている。よく見ると、タニシの赤ちゃんだった。「へえ、ちゃんと殻がついてる」と驚くと「当たり前じゃん」と子どもたち。理屈ではわかっていても、殻がついて生まれてくるというのが、とっても不思議だ。
 2002年6月17日

「茶色い猫の親が子猫をひざに乗せて腰掛けている」人形を買った。
棚などにちょこんと座らせておく、十センチくらいの置物だ。
家に帰って子どもたちに「はい、おみやげ」と渡すと、
次女は「かわいい、リスの親子だ」
長女は「おおかみの親子だよね」
「お母さんはネコだと思うんだけど・・・」と言ったが、二人とも譲らない。
いったい、この置物は、本当は何の人形なのだろう?
 2002年6月9日

おやこ劇場のウェルカムパーティーで、ウクレレを弾きながら自作の「おやこ劇場の歌」を披露した。ついに、シンガーソングライター打越紀子のデビュー!?
他には、たかはしべんさんのコピーで、「うちのお姉ちゃん」「さっちゃん」など、小さな子どもにもお母さんにも喜んでもらえて、楽しいひと時でした。
といっても、実はウクレレのコード、3種類しか弾けないのですが、育児サークルなど、お呼びがかかればどこへでもうかがいますよ。
 2002年6月2日

ラジオでニュースをきいている長女が、
「お母さん、中国のそうりょうじかんってあるでしょ?」
ときいてきたので、「ウンウン」と答えたら、
「あれさぁ、なんで違うの?」「へっ、どういう意味?」
「アメリカとかは、日本と時間が違うでしょ。でも中国も違うわけ?」
「時差?」「それそれ。それがソウリョウ時間?」「……!」
新聞を見せて、字を教えてやりました。
 2002年5月22日
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のんびりと週末が終わろうとしているとき、いつものNHKラジオドラマ「みんな大好き」で母の日の話が始まった。「ああっ、母の日!!」と大きな声を出した私。ニヤニヤしてこっちを見るムスメたち。数日前、夫の母にはカードを出したのだが、自分の母にも何もしていないことを思い出し、あわてて妹に電話してみたが留守。うーん、連休に行ったことだし、今年は許してもらおう。私も何もされずに過ごしたから。
 2002年5月12日

動物園に行ったばかりの連休中、クロスワードパズルをやっていた長女が「お母さん、アブラゾウの反対ってなあに?」ときいてきた。「アブラゾウ? じゃあ、ウゾラブア」「そうじゃなくて、反対の意味だよ」「そんな象がいたっけ?」と考え込む私。「あ、油じゃなかった。手偏だ」「手偏に由? それに象。ああ、抽象だ。じゃあ反対は具体。」ようやく一件落着した。
 2002年5月3日

PTA総会に出席したら、校長先生のお話の長いこと長いこと。プリントを配ればすむことを延々と説明なさる。うーん。帰りの時間を気にする人が多い中、肝心の総会で討議しようとしたこともあったのに、ついつい遠慮してしまった。
 2002年4月26日

夜のラジオニュースで、辻元清美さんの証人喚問があったことを、やっていた。
聴いていた5年生の長女が、突然ビックリしたように、
「ああ、土井党首って、土井投手だと思ってた。」
 2002年4月25日
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メルマガ読者の方から「筍、取りにきて」とうれしい電話。その晩は「筍ご飯」に「筍の煮付け」。夫は「筍ってこんなにおいしいものだったの?」と驚きの表情。それもそのはず。かまどで米のとぎ汁を沸かしてから筍を掘り、掘った端から皮をむいて茹でていく。これ以上の新鮮さは考えられない。お店で売っているものとはワケが違う。本当においしかった。でも、私の味付けが良かったことも忘れないでほしいな。
 2002年4月15日

小学校の入学式の日。午後になって二女が「公園に遊びに行ってきます」と玄関に立った。
「車に気をつけて、道路の端っこを歩くのよ」と言うと「町長さんのお話をちゃんときいてたから、ちゃんと気をつけまーす」と言って出かけた。
保育所の退所式に続いて、小学校の入学式でも、教育長が4分15秒、町長が9分35秒、議員が4分45秒、お話をされ、それぞれに交通安全を強調されたのがきいたのだろう。それにしても、この20分間は長い時間だったなぁ。

 2002年4月8日

洗濯しようとしたら、洗濯機に水が溜まらない。「故障?」「買い替え?」。
おそるおそるメーカーに電話したら、すぐ修理に来てくれた。排水バルブにネジとBB弾がはさまっていたのが原因らしい。「ポケットの中身をよく点検してから洗濯すること」。わかっているのに、ときどきティッシュごと洗ってとんでもないことになったり、十円玉が出てきたり…。今回の修理で、改めてポケットの点検を慎重にするようになった。

 2002年3月22日

小4の娘は、今年初めて卒業式に出席する。今日もその練習で「フードのついた服やツルツルの服を着て来ないように」とお達しがあったそうだ。
「授業時間数が減らされて、なかなか全員が学習内容を理解できるようにならない」と嘆いていらっしゃる先生も、卒業式の練習に2時間も3時間もかけることは気にならないのかしら。「よびかけ」は感動的だ、と素直に思えば良いのかもしれないけど、なんか「訓練された成果」を見せられるような卒業式という感じで、あまり好きじゃないなぁ。
とはいえ、やはり卒業生の親にとっては晴れ舞台ですね。本番は22日(金)です。

 2002年3月18日
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もうすぐ保育所卒業、という次女が、突然「足が痛い」と言って歩けなくなった。接骨院では捻挫の一種だと言われたものの、5日経ってもなかなか良くならず、悪い病気だったらどうしよう、と小児科にかかった。待合室で「もしかしたら血液検査するかも」「どういうの?」「注射器で血を採るんだよ」「え〜?」という会話を交わしていたら、突然「お母さん、ほら立てるようになったよ」と立ってみせた。「!」。結局、1週間ですっかり元通りになった。良かったけど、複雑な思い。

 2002年3月16日

テレビゲームはおろか、テレビさえない我が家。長女が1週間の約束で、友人からゲームボーイを借りてきた。いつもなら学童に迎えに行くと「もっと本を読んでいたいのに、どうしてこんなに早く迎えに来ちゃったの」と、なかなか腰を上げない娘が、今週はサッと帰宅。ひとしきりゲームをしていたが、のめりこむことはなく、家族揃ったら「カルタやろうよ」と言い出した。ホッ。

 2002年3月8日

「頭が痛い」「おなかが痛い」「今日は保育所行きたくない」と、しばらく登園拒否状態だった二女。「今日も危ないかなぁ」と思ったある日、「今日はお休みしたら?」と言ってみたら「イヤだ、行くもん」と元気に答えた。なるほど、反対のことを言いたい気持ちもあるんだね。

 2002年3月4日

指先がアカギレだらけの長女は、お風呂で頭を洗うのも「石けんシャンプーがしみるから、お母さん洗ってよ」と言う始末。先日は「これでやってみるよ」と台所のゴム手袋をはめて頭を洗っていた。「お湯が入っちゃうでしょ」「でも石けんは入らないから、指はしみないよ」と、なんとか洗い終え、「フー、疲れた」。かく言う私の指先も、ヒビ・アカギレが絶えない。こんなお母さんの体質を受け継いでしまったのね。ちなみに二女はすべすべの手足をしている。

 2002年2月17日
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2月2日(土)、声楽演奏会に賛助出演。モーツアルト作曲のオペラ「ドン・ジョバンニ」の中から「手を取り合って」というデュエットの曲。十年以上のブランクがあったが、なんとか役をこなすことができた。緊張感と高揚する気持ちがない交ぜになって舞台に立つ。この感じがたまらない。しばらくは興奮状態が続くかも。

 2002年2月5日

小学4年生の音読の宿題「ごんぎつね」
ラストシーン、兵十がごんを撃ったあと、『ごん、おまえだったのか。栗をくれたのは』と言って鉄砲を取り落とす場面にきたら、思わず涙が出てしまった。
決して朗読が上手だったわけでもないのに。
「お母さんは、こういうお話に弱いんだよね」と長女。「ふーん」と下の娘。
翌日、保育所の帰り、二女は「今日『ブルドーザーのガンバ』って言うお話を読んでもらったんだけど、お母さんだったらきっと泣いちゃったよ」と言って、一生懸命あらすじを話してくれた。たしかに結構深い内容のあるお話のようで、感心した。
 二女は、自分でもお母さんのこと、泣かせたかったのかな。

 2002年1月28日

「ヨーロッパの通貨がユーロに統一されました」というニュースを聞いていた長女が、
「日本もユーロになるの?」と私にきいてきました。
    この子、何言ってんだろ・・・
と一瞬思いましたが、なるほど、世界の通貨が共通化されれば、円安だ円高だ、どちらが強いだの弱いだの、国同士の無用の競争がなくなるかも。子どもの頭ってスゴイ!
通貨の単位がどうであれ、この地域のものは安い、この品質のものは高い、ここでとれた物をあちらで売るといくらになる、という商売の基本は変わらないのですから、あながち「とんでもない発想」でもないでしょう。世界じゅうの経済がわかりやすくなります。
現在、地域通貨「エコマネー」の勉強中ですが、地球通貨ができたらもっと面白いなア、と思いました。
 2002年1月8日

年末年始に帰省した実家で「こんなものが来たのよ」と68歳の母が複雑な表情で見せてくれたのは、渋谷区から贈られたお茶と海苔の詰め合わせ。同封の手紙には「福祉サービスの充実を目指し・・・一人暮らしの方に・・・心ばかりの品を贈らせていただきました・・・」と書かれていた。「高齢者」とか「お年寄り」とかいう言葉は入っていなかったが、「私ってもう老人なんだなって、ガッカリしちゃった。」とさびしそう。兄一家が同じ建物内に住む二世帯住宅なのに、独居老人扱い。これって老人福祉? それとも行政のお節介?
少なくとも母にとっては、もらって素直に喜べなかったようだ。
 2002年1月4日

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七夕の時に使った短冊が、居間から一枚出てきた。捨てようとしてよく見ると、鉛筆で何か書いてある。鏡文字で左上からの縦書き。「…?」 ようやく判読したものは、
「5000えんでいいから、あふがにすたんのこどもにあげてください」
いつのまにか二女が書いたものらしい。9月以降、折に触れて話をし、寄附を集めたり、衣類を送ったりしてきたのを、6歳なりにしっかり受けとめていたのだと思い、涙があふれてきた。
 2001年12月22日

春には保育所を卒業する二女。先週いっぱいで「お昼寝」の時間が終わった。これから卒業までは、昼寝無しで過ごすのだ。満9ヶ月で入所してから、ずーっとお世話になったきた「お昼寝布団」とも、いよいよお別れ。うれしいような、さびしいような。
 2001年12月21日

6歳臼歯が生え始めた次女。生えたところの歯茎が腫れて痛いと言う。そこで、虫歯の母とともに、生まれて初めての歯医者さんへ。保育所の歯科検診でお世話になっている先生だったので、なじみはあったものの、やはり恐かったらしい。不安げな表情で先生と私の顔を交互に見ていた。ちょこっと掃除して、薬をつけてオシマイ。ホッとして見せた笑顔が得意そうだった。
 2001年12月14日

 以前虫歯の治療をしたところがまた悪くなり、久しぶりに歯医者で痛い思いをした。子どもには、歯磨きを口うるさく言っていたのに、自分のことはおろそかになっていたみたい。甘いものもやっぱりやめられないし…。きちんと治して、お正月にはお餅をたくさん食べられるようにしておかなくっちゃ。
 2001年12月5日
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 小学校の校内音楽会があった。各クラスが合唱や合奏を披露するもので、低学年、中学年、高学年の部に分かれての演奏。
 毎年聴きに行っているのだが、昨年までのプログラムには、合唱の伴奏をする子どもと、指揮をする先生の名前が載っていたのに、今年は載っていなかった。先生に尋ねると、
「歌う子も伴奏する子も一人一役で同じ、という意味で、載せないことになった」
とのこと。子どものころから合唱を続けてきた私としては、伴奏はとても重要で、歌うみんなとは違う役割だから、やっぱりプログラムに載せるべきではないかと思うのだが、他のお母さんから「ピアノを習わせている親同士の競争が過激になるのを防ぐ意味で、良かったのでは」という声も聞いた。
 どんなことにも競争はつきもの。伴奏者に選ばれたら誇りに思うし、選ばれなくてくやしい思いをすることも良い経験、と思うのだけど。みなさんは、どう思われますか?
 2001年12月1日

300年に一度のチャンス、と言われれば、やっぱり見たい「しし座流星群」。
夜中の2時に目覚ましをかけ、防寒服をたっぷり着て、小4の娘とともにマンションの屋上へ。「願い事がいっぱい言えるね」という娘に「何を願い事する?」ときくと、「今はそれほど欲しいものもないし…」とのこと。それじゃぁ、「平和」を祈ろう、というわけで、星が流れるたびに「ピース」とつぶやいた。
 2001年11月19日

今年もNoriko & Mariとして「ふきあげ音楽祭」に出演しました。演奏したのは「びいでびいで」「私のお気に入り」「シャルウィダンス」「子守唄」の4曲。この日のために、9月から練習を重ねました。練習不足気味だった昨年と比べ、まずまず満足のいく演奏ができたと思います。
誰ですか?「シャルウィダンス」を聴いて「ああ、アピタの曲」なんて言ったのは…。
(なぜか、いつも店内に流れているのですよね。)
 2001年11月11日

日本舞踊をやっている母の「おさらい会」を見に行った。
子どもたちは、大道具の動きに感心したり、衣装がパッと変わる「引き抜き」に驚いたり、楽屋でお化粧をする「顔師」さんの手つきに見入ったり、華やかな舞台を楽しんだ様子。
芸事に精進し続ける母は、おかげさまで元気でいる。
私も見習って、声楽のレッスンにまた通いはじめた。
 2001年11月6日
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読書の秋。小学校では10月は読書月間ということで、低学年は冊数を、高学年はページ数を、競わせている。そのためか、長女は500ページ以上あるハリーポッターシリーズも、3冊とも読んでしまった。
読書はいい。が、家の手伝いもせずひたすら読書。夕食が終わればまた読書。風呂から上がって、もう寝たかと思えばまだ読書。これが1ヶ月続くと、もういい加減にしてくれと言いたくなる。読書月間が終わるのもあと数日。ようやくホッとできるかな。
 2001年10月28日

4年生の娘は、本の虫。今は「おちゃめなふたご」シリーズに夢中。
先日、学童保育室に新作が入ったら、大喜びで一日で読破した。
大流行の「ハリーポッター」は「字が小さすぎで、長すぎる」とまだ敬遠しているが、
もう学童の本はほとんど読みつくしてしまったらしい。
 2001年10月21日

チャックとファスナーとジッパーのこと、読者からさっそくメールをもらった。
チャックはどうやら日本で作られた言葉らしい。英語では
「ドレスのファスナーを閉めて下さらない?」 Will you zip up my dress?
のように、zip は動詞になっている。また、ファスナーと言うときも
a slide fastener か a zip fastener という。a zipper の方が一般的みたい。
ま、どうでもいいことだけど、勉強になりました。
 2001年09月30日

「お母さん。チャックとファスナーって、どう違うの?」と、娘にきかれた。
「うーん、同じものだけど、何となくお財布についているのはチャックで、ズボンについているのはファスナーって感じがするなぁ。」
と、答えにならない答えをしていると、
「いや、ズボンのはチャックだ。ついでにワンピースの背中はジッパーっていう感じだ。」と夫。
「英語と別の言葉の違いじゃないの?」「いや、全部英語でしょ。」「…」
どうでもいいことだけど、チャックとファスナーとジッパーの違い、どなたかご存知でしたら教えてください。
 2001年09月24日
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アメリカでテロが起こった次の日、4年生の娘は新聞の写真を見ながら言った。
「どうしてアメリカはこんなことされちゃったの?」
スラスラと答えられる問題ではないが、こんなに恨みを買うようなことをしてきた原因について、あまり報道されていない段階で、素朴にこの問を投げかけた娘に感心した。
この夏「誰も教えなかった戦争」のビデオを一緒に見たことも影響したかもしれない。
テロは許されるものではないが、報復が新たな報復を生む事態だけは避けたい。
 2001年09月18日

久しぶりに東松山の子ども自然動物公園に行った。子どもが小さい時は手をひいてやっていたのに、今回は子どもの後をついて行く感じ。どうしてそんなに元気なの?
動物を見るだけでなく、山道でさまざまなキノコを見つけたり、カナヘビを捕まえたり…。
ここってこんなに歩くところだったのね。明日は筋肉痛かも!
 2001年09月08日

終戦記念日の翌日、子どもたちと「原爆の図、丸木美術館」へ行きました。
上の子はともかく、年長の下の娘にはまだ早いのではないかと思ったのですが、ちょうど絵本展をやっていたので興味を持ってくれました。
折り鶴に保育園の名前の入ったリボンのついたものがいくつも飾ってあり、毎年遠足にきている保育園もあるようでした。保育園児には保育園児なりの感じ方があるのでしょう。
これからも毎年訪れようと思います。
 2001年09月03日

フォークダンスというと、何を思い出しますか? マイムマイム、オクラホマミクサー、ジェンカなどでしょうか。これらはみな、手をつないだり、肩に手をかけたりして、人とつながって踊りますよね。ところが、今、小学生がよく踊るのはジンギスカン(私が高校生の頃流行っていた曲)。輪の内向きになったり外向きになったりはするものの、人とつながらないダンス、極端に言えば一人でも踊れるダンスです。これってフォークダンスじゃないよね。イヤイヤでも、ドキドキでも、仲間とふれあって踊ることに意義があると、思うんだけど…。
 2001年08月31日
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学童保育室の屋外一泊保育に参加した。思いつきでウクレレを持っていったら、これが意外と子どもたちにウケた。実のところ3種類のコードしか弾けないのに、歌の伴奏をしたり、弾き語りしたりしたら「すごい! 上手だね」と子どもたち。これは大変。この次はもっと上手になっているように、練習してこなくっちゃ。  
 2001年08月06日

 保育所でもらったまだ青い「ほおずき」を大切そうに持っていた娘に、文房具やさんがもう少し赤くて熟れた「ほおずき」をくれた。帰宅してさっそく交替でモミモミ。夕飯後、そおっと中身を出し、3個のうち1個だけ成功。20年ぶりに鳴らしてみた。思うようにいかないけど、何とか音が出た。「やらせて」とせがむ娘たち。「どうやるの?」ときくけど、なかなか難しい。そうこうしているうち、破れてしまった。残念だけど、すっかり子どもに返った楽しいひとときでした。
 2001年07月18日

 一年ぶりに家族で町民プールへ行った。流れるプールでプカプカ泳いで、気がつけばくっきりと日焼け跡。3日たってもまだ肩と背中がひりひりする。オゾン層の破壊で紫外線の量が多くなっているということは、目に見えなくても肌で感じる。無防備な子どもたちのプール遊び、授業にも、対策が必要な時が来ていると思う。
 2001年07月18日

 役場の角にある掲示板のガラスを開けて、中の書類を見ていたら、職員が通りかかって「こんにちは」。おしゃべりしたあと、感心したように「このガラスって開くんですね。知らなかったなあ…」 おやおや、これは「公告」というものだよ。誰にでも見られるように、鍵なんかかけていないんだよ。職員も知らない掲示板のヒミツ。みなさんはご存知でしたか?
 2001年07月10日
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「失業してこの先どうしよう」と思う間もなく、兄が「日本橋三越の催事、頼むから」とウムを言わせぬ強引さ。そういうわけで、7月20日(金)から25日(水)は、三越本店の食品売場での蒲焼を売っています。このホームページを見て、私のいる時間に買いに来てくださった方には、ちょっぴりオマケしちゃいますね。よろしく!
 2001年07月01日

保育所に向かう途中、アマガエルの声に混じって低いゆっくりした声が…。「あっ、ブタガエルだ」という娘に「ウシガエルでしょ?」と言うと、「だって、あれはどう聞いたって、モーモーじゃなくてブーブーだもの」と言う。ウーム、この感性が大切なのかな。
 2001年06月26日

娘の通う小学校が火事になった。1階に学童保育室の入っている建物の2階から出火(原因不明)。当時保育室にいた低学年児童はいち早く避難し、全員ケガもなく無事だったことが不幸中の幸いだった。
その数日前、私は一張羅のスーツで紹介者のお宅にうかがい、帰り際、その家の飼い犬に噛みつかれ、ズボンを食いちぎられてしまった(足は無事だったが)。そのときの私は、自分の足を見つめたまま、しばらく言葉が出ず、呆然と立ちすくんでしまった。
ズボンを破かれた位でこんなにショックなのだから、子どもたちにとっては、今まで生活していた場が、突然なくなってしまうことのショックは計り知れないと思う。心のケアを充分考えていかなければ、と思った。
 2001年06月11日

夕方になると、はつらつ会議の事務所に子どもが遊びに来る。
お母さんと一緒の幼児のときもあれば、高校生のときもある。中学生がパソコンで指づかいの練習をしたり、小学生がゲームをしたりもする。お小遣いの中からカンパを入れてくれる子もいる。
このごろ子どもの「将来なりたくない職業」の第1位が「政治家」だというが、こんな選挙事務所をきっかけに「面白そう」と思ってもらえれば、いいんじゃないかな。
 2001年06月05日
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古い友人から「町長選のこと、新聞で見ました。何かお手伝いすることは?」というハガキが届いた。次の休日には、事務所に来て、さっそく宛名書きをしてくれた。こんな形で4年ぶりの再会とは。持つべきものは良き友ですね。
 2001年05月25日

5歳の二女は自転車乗りの練習中。ようやくフラフラしながらも自分でこぎだせるようになってきたが、思うように進めず、倒れては泣きじゃくる。昔は気の長いほうだった私も、このごろはじれったくなって、思わず大きな声を出してしまい、ますます涙が…。
みんな一度は通る道なのよね。
 2001年05月06日

妹に2人目の子どもが生まれた。さっそく見に行ったが、生後3日目の赤ちゃんは何て小さく、かわいいんだろう。おっぱいを求めてお口をフゴフゴしているのを見ると、もう一度授乳の喜びを味わいたくなってしまう。
それにしても、こうして兄や妹がいて、それぞれ2人の子どもを持っていて良かった。そうでないと、子どもに従姉弟がいなくなっちゃうもの。
 2001年04月29日

春休みのお楽しみに、映画「102」を見たのだけど、後半盛り上がったところで、下の娘が「こわい」と泣き出した。悪者がやっつけられるシーンが、見ていられなかったようだ。なんとその晩、おねしょまでした。
そういえば、上の娘も3歳のとき、お友達の家で見た仮面ライダーの一場面に「こわい」と目をそむけたっけ。テレビのない我が家では、見ることのない暴力シーン。「お話の中だけのこと」であっても「こわい」と思うのは、本当は子どもにとって自然なことなのだと、改めて思った。
 2001年04月08日
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お彼岸なので、祖母の実家に出かけた。築93年の家に、91歳の大叔父が84歳の妻と2人で暮らしている。幼い頃、何度も泊まりにきた家。あのころ落ちかけたポットントイレは洋式水洗に変わったけど、他はちっとも変わっていない。向かいの神社にある富士塚では、上の娘がふきのとうをたくさん摘んだ。この富士塚のこと、亡くなった祖母は「あんたたちは運動靴で登るけど、あたしが小さい時は下駄で登ったんだよ」と話してくれたっけ。疎開した母もここで遊んでたのよね。母娘四代の思い出の場所、いつまでも変わらずにいてほしいな。
 2001年03月20日

おやこ劇場の例会で、紙工落語を見た。林家ニ楽さんの紙切りの芸に感動。小学3年生の長女は、漫才や落語が好きで、日曜日夜のNHKラジオ「話芸笑芸当たり芸」を欠かさず聴いているのだが、やはり目の前で演じる姿は格別だったようだ。もちろん紙切りなんか、ラジオじゃ味わえないもんね。
 2001年03月11日

我が家と保育所の間にある都市公園で、芝生の張り替え工事のため一部を柵で囲っていた。公園入口の「立入禁止」の看板にリアルなライオンの親子の絵が描かれていたのを見て、5歳の二女が「ライオンの牧場にするのかなあ。」
 2001年03月07日

ひな祭りが近づいた。我が家もようやく雛人形を出し、家の中に春がきた。
いろいろな問題が起こって眉間に縦じわが寄るようなときも、やさしいお顔の人形を見るとホッとする。しまうのも、ゆっくりめにしよう。
 2001年02月28日
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先日”ことわざ”を調べていた長女が言った。
「お母さん、『七転び八起き』ってどう言う意味?」
「転んでも転んでも、そのたび起き上がるっていうことよ。」
「それはわかるけど、七回転んでそのたびに起き上がるんだったら、『七転び七起き』になるんじゃないのかなあ。」
「…そう言えば、そうかも…。」
どなたかこの謎を解いてください。
 2001年02月14日

結婚以来7年間は、高度成長期の3Cといわれた「カー」「クーラー」「カラーテレビ」のない生活を送っていた我が家だったが、6年前に妹が結婚でいらなくなった「カー」をくれた。
なるべく乗らないようにしていたが、なにぶん昭和生まれの車だから、そろそろ維持費がかかるようになってきたし、燃費も今ひとつ。
そこで、21世紀初の大きな買物。じゃーん。
プリウスを買いました。
今日が納車。もう、静かで滑らかで、(おまけにアイドリングストップの必要がなくて、)大満足。ウキウキしています。
 2001年02月04日


プリウスに興味がある方は下記ホームページをご覧ください。   
http://www.priusmania.net/

アイドリングストップに関しては下記ホームページをご覧ください。
http://revir.cc.yokohama-cu.ac.jp/easy/stop.html

ボロボロの指先を不自由だと思うのは、顔にクリーム類を塗る時。普通なら、人差し指がダメでも中指や薬指があるのだが、どれも水ばんそうこうが貼ってあって使えない。やむなく手のひらを使うが、これもまたザラザラ。こういうわけで、化粧もパスしている。なーんちゃって、そうでなくても普段はノーメイクなんだけどね。
 2001年01月27日

子どものころから冬はアカギレと縁が切れない私。この冬はあまりひどくならないな、と思っていたら、朝のチラシ配りとポスティングで1日でボロボロに…。お湯で手を洗ったあと、水ばんそうこうをつけるのだけど、これがしみるんだなぁ。もちろん、ふだんからクリームを塗って手袋して寝るんだけど。やっぱり冬は苦手。早く春、いや夏が来ないかな。
 2001年01月23日
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5歳の娘は、ほとんどの「ひらがな」「カタカナ」が読めるようになった。そうなるとこんどは書いてみたくなるのが成長段階というもの。しかし、ミミズの這ったような、おまけにほとんどのひらがなが鏡文字という判読困難な手紙をもらっても、首をひねって悩むばかり。間違えて読むと「お母さん、違うよ。あのね。」と読んでくれようとするが、本人でもわからなかったりするのでした。
 2001年01月19日

「お母さん、お庭に穴掘ってあげるよ」。台所の生ごみバケツがいっぱいになっているのを見て、上の娘が言った。「あれをやってちょうだい」「これを手伝って」と言ってもなかなか動かないのに、自分が気づいてやろうと思ったことには体が動くらしい。
 大人だってそうだよね。気づいた時に自分が動けば元気モリモリ。人が動かないことに文句を言っても、ちっとも状態は良くならない。まず、気づいた人が行動して、広げていけば、他の人も気がつくようになるよね。気持ちよく動こう!
 2001年01月16日

12月初旬から保育所でも学童でもおたふくかぜが流行っていた。そしてついに一昨日、5歳の娘が「耳の下が痛い。おたふくかぜかもしれない」と言ってきた。案の定、クリスマスイブのごちそうも「噛むと痛い」とあまり食べられず、熱も出てきた。しかし、この子はこれまでほとんど保育所を休むような病気をせず、休むにしても決して私の仕事に支障がない時を選んだように病気するのだった。おかげで私はどんなに助かっていることか。娘に、そして神様に感謝している。
 2000年12月25日

実家の母が犬を飼いはじめたと連絡があった。生後50日のアメリカンコッカスパニエルで、名前はアルフレッド。さっそく一家で見に行った。まだよちよち歩きの赤ちゃんで、予想通りのかわいさ。犬が苦手の下の娘も、キャーキャーいいながら喜んで遊んでいた。マンション暮らしでは望めないペットだが、ときどき遊びに行って、生き物を飼う大変さを感じてくれるようになればいいと思う。
 2000年12月17日
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来年1月7日(日)に企画した「三宅島支援チャリティーコンサート」の練習に入った。初めて歌う歌が2曲。うち1曲は英語。歌詞を覚えるため、いつでもどこでもブツブツ歌い続けている。思い出しながら歌うので、途切れ途切れになってしまう。それでも、メロディーにのると英語でも覚えられるから不思議。ぜひ多くの方に来ていただきたいと思います。よろしく!!
 2000年12月11日

保育所の帰り道、娘に「お月様はどうして向こうから見ても見えるのに、ひとつなの?」ときかれた。「うーんとねぇ」と考え考え自転車をこぎ、「ここからお家が見えるけど、ここからは見えないでしょ。ここまで来るとまた見えるでしょ。お家まで何にもないと見えるよね。お月様はうーんと遠くにあって、みんなが見るときに間に何にもないから、ひとつっきりでもみんなから見えるんだよ」と説明。何となくわかってくれたみたい。
 2000年12月1日

小学校の持久走大会があった。スタート直後から後方集団にいた娘は、私が応援に来ているのを見つけるやいなやスピードをあげ、その後力を使い果たした様子でテロテロ走り、ラストに再びスパート。「何だ、ホントはもっと走れるんじゃないか」と思ったが、持久走で命を落とす事故も増えている昨今、無事完走したことを一緒に喜んだ。
 2000年11月30日

夕飯の仕度ができたというのに、なかなか席につかない5歳の娘に注意したら、メソメソと泣き出したので、あわてて優しい言葉をかけた。それを見ていた9歳の娘がひとこと。「どなってから優しくしたって遅いんだよ」
 2000年11月27日
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冬の気配のせいかしら。子どもの繕いものをしていたら、無性に手仕事がしたくなったのです。ずっと放ってあった編みかけの手袋、古ネクタイのパッチワーク、セーターの衿の編みなおしなど、少しずつ手をつけました。
「こんなことしている場合じゃない」ともう一人の私がやきもきしています。
でも、睡眠を削ってでも好きなことをしている時間は、とっても幸せです。
 2000年11月18日

11月5日(日)ふきあげ音楽祭に「Noriko & Mari」として出演。今年はミュージカル「マイフェアレディ」の中から「踊り明かそう」、日本歌曲から「ゆりかご」「お菓子と娘」、最後に今年5月になくなった作曲家中田喜直さんの作品「つくだ煮の小魚」を歌いました。着たドレスは、14年前に自分のために自分で編んだウエディングドレスです。体重は変わっていないけれど、体型はやや変化したようで…。
 2000年11月5日

2泊3日の研修を終えて帰宅した晩、友人宅で私を待っていた下の娘は「お母さん、会いたかったよー」と抱きついてきた。友人は「いい子だったわよ」と言っていたが、本人は「お泊まりしていた時、さびしかったんだけどガマンしてたんだよ」と告白。上の娘と別々の家にお泊まりさせてもらっていたから、よけいさびしかったのだろう。ちょっと切なくなった。
 2000年11月3日

このごろ5歳の娘は気難しい。気に入らないことがあると泣いて怒る。良かれと思ってむやみに手を出すと怒り出すし、放っておいても不機嫌になる。赤ちゃんのときは「ニコニコちゃん」と呼ばれていたのに、このごろは「ぷりぷりちゃん」という感じ。「いつも笑顔のお母さん」でいたい私だが、疲れている時に理由もわからず怒っている娘には、つい怒った顔になってしまう。そして悪循環…。うーん、難しい。
 2000年10月29日
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昨シーズンの終わりに、娘の手袋の指先が、穴だらけになっていた。「もう処分しようか」と言ったが、娘は「直してよ」と言う。編物製品を直すのは、もちろんプロの腕を持つ私。すぐに元通りにしたが、若干毛糸の色が違うのと、やや厚みが出てしまうのはしかたがない。しかしそれがかえって暖かさを増したらしく、毎日学校の行き帰りに喜んではめている。私もなんだかホカホカしてくる。
 2000年10月20日

我が家では、生ゴミはEMボカシを混ぜて庭に埋めている。(マンション住まいだけど、一階なので庭があるのです。)この夏は、カボチャのツルが伸びに伸び、放っておいたらどんどん育って、庭一面に広がり、生垣の上にまで伸びていった。そして驚く間もなく実がなった。全部カボチャだと思っていたら、「トウガン(冬瓜)」が二つなって、びっくり!!
結局、何にも手をかけていないのにカボチャも二つできて、とてもトクした気分。1個はまだ食べていなくて、パンプキンパイになるのを待っています。
 2000年10月15日

町の成人検診で、久しぶりに身長、体重の計測…。結果「肥満度1%」。今年の5月の悪夢(バックナンバー参照)から、ようやく立ち直った。やったね。で、何キロかって? それは、ヒ・ミ・ツ。
 2000年10月13日





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賞味期限切れのおやつ(1999年6月〜2000年9月)


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