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明治時代に東京に「東京温泉」「目黒温泉」など、温泉の名を冠した銭湯が続々と登場した。現在も東京駅に東京温泉があるが、日本人にとって温泉とはお湯がふんだんに満たされた風呂、というのがイメージとしてあったようだ。
というのは、少なくとも江戸初期までは、風呂は現在の蒸し風呂を指していたからだ。
私たちの知っているお湯が浴槽に満たされた風呂のことは、「湯」と呼ばれていた。その後、湯気で湯殿を蒸す蒸し風呂と浴槽の底にお湯を少し入れた風呂
(半蒸し風呂)、そして現代の銭湯に近いものへと変遷して行った。
明治時代に入って、銭湯に温泉という名称を付けたのは、温泉風呂のようにお湯が浴槽から溢れていますよ、と客を呼び集めるための戦略であった。
日本人にとって温泉はそのようなものであった。つまり循環風呂で湯口から大量に温泉が出ているように見せかけているのは、日本人の温泉に対する思い・イメージを最大限に利用しているのである。
ではホンモノの温泉の良心的経営者は、なぜ風呂の湯口から温泉を少ししか出さないのか? 何も温泉をケチっているわけではない。温泉には恵まれているのである。
むしろホンモノの温泉を私たち利用者に低起用したいと陰で努力している姿の現れなのである。温泉は単に温かい水ではない。水道水を沸かした家庭風呂と
温泉の決定的な違いは、温泉に含まれている成分であることは、遺伝子的に温泉のプロである日本人は知っているはずである。それは少なくとも昭和初期までは、温泉場は、病気を治す所であったからだ。
そうした薬湯の効果を最大限に引き出すには、地表に湧いたばかりの新鮮な温泉をそのままの状態で入浴客に提供する必要がある。
日本人の入浴には、ふつう42度前後が適温とされている。では、湧出温度が仮に60度あればどうしたらよいのだろう? 確かに水を加え、42度前後まで湯温を落とせば簡単だ。が、温泉に含まれている成分が薄まり、薬効は著しく低下する。温泉の本質を熟知した良心的経営者は、温泉の効能を失わせないように、水を加えずに浴用適温にしようと努力している。
方法はいくつかあるが、そのひとつが湯量を調節することである。
浴槽の湯口から出る湯の量を絞ることによって、浴槽全体の温度を下げるのである。湯口からたとえ60度の温泉が出ても、量が少なければ浴槽の湯温はさめやすい。温度の低下が著しくなる冬の期間は、湯口から出る湯の量を増やすことによって、気温差の上下をカバーするのである。
濾過・循環風呂での勢いよく出る温泉の姿が、目に焼きついてしまっている都会人は、このような正統派の温泉の努力を知らずに、「ここは温泉じゃない」と暴言を吐くのである。
経営者にしてみれば、まさに泣きっ面に蜂であろう。自分たちが汗水流して稼いだ税金で建てられた公共温泉が、営々と築いてきた山の温泉宿の経営を圧迫しているどころか、日本人の温泉常識に対しても、根底から揺さぶりをかけているのであるから。
そのような施設は別の枠組み、例えば、「温泉風銭湯」などとしなければ、世界に固有の日本の“温泉文化”は根こそぎにされかねない。そんなところまで来ている。
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