我らは踊る、その木のために(5)
事の真相
「どれくらいの人が生き残ったんだ・・・。」
森の奥の広場に傷ついた人々は並べられている。その間を女性達が行ったり来たりしていた。葉を傷口に付けたり、食べ物を食べさせたりしている。イスカ、そしてレイナもその活動に加わっていた。
「死んでしまった人はそんなに多くはありませんが、けが人の数が多すぎます。」
セイブが一人の人と話している。そこにトルが近づく。
「森を迂回してきたやつらを止めるのは俺以外のやつは殺されてしまった。辺りを見に行っていた俺の到着が遅れてな。」
「だからといって全員が殺されるのか?」
「相手にエルの操作ができるやつがいた。それも相当手練れだ。なんとか俺が追い返したが殺すことはできなかった。」
セイブがトルの方を見る。
「そのわりには傷一つないみたいだけどな。」
トルの視線がきつくなる。
「俺を疑っているのか。」
少しの間見つめ合う二人。
「いや・・・。」
セイブがその沈黙を破る。
「今言ってもしょうがないことか。とりあえず今回は神木を守れたんだ。協力ありがとう。」
トルは目を逸らす。そしてなにも言わなかった。
「で、広場までは破壊派は誰も来ていないんだよな?」
セイブはさっきまで話していた人の方へ再び振り返る。
「はい。だから広場に集めておいた女性と子供は誰一人けがをしていません。」
「そうか、よかった。」
「ええ。こんな中でも神木が破壊されなかったことと、女性と子供が無事だったことだけは幸いです。」
「・・・シュラブさんの様子は。」
「まだ目を覚ましていないようです。しかし身体が残っている以上死んでしまったわけではありません。」
そこに再びトルが口を挟む。
「今回は攻めてくる場所がわかっていたからこの程度で済んだものの、次がどうなるかわかっているのか?」
「どうなろうと、神木は守らなくちゃいけない。」
トルの方を見ずにセイブは答えた。トルはセイブの方に近づき肩を掴み、無理矢理自分の方へ身体を向けさせた。
「神木の場所を教えるんだ。そうすれば断然守りやすくなる。」
セイブは掴んでいる手を振り払う。
「教えないって言ってるだろ。一つの場所に守りを固めればそれが神木だってバレてしまう。数で来られたこっちが不利なんだ。」
「おまえの力があれば、大勢の敵にも対処できるだろう。それになぜそんなに神木の場所を教えることを拒む。神木の周りの守りで固めなくても、皆がそれを知っていれば、神木に駆けつけることもできるだろう。」
「・・・神木の場所は知られちゃいけないんだ。神木には近づいちゃいけないんだ。」
「本当は神木など無いんじゃないのか?」
「神木はある。」
「森の中には神木ではなく、皆に知られてはいけない何かがある。だからおまえは隠す。違うか?」
「神木はある。それは絶対だ。」
「証拠はあるのか?」
「それは・・・。」
セイブはそれだけ言って口ごもる。そして下を向いたトルが一度ため息をついた。そして再び話し始める。
「俺はこの森になにか強い力が働いている気がするのだ。それはこの森に住んで実感をしている。だから俺はその強い力の元であると思われる神木を守ろうと思った。しかし、そこまでかたくなに場所を教えてもらえないとなると、俺の感覚が間違っていたのかと疑いたくなるのだよ。」
そして二人とも黙る。風が森の中を駆け抜け、木々がざわめいた。空は一面を雲が覆っていた。
「それでも・・・。」
セイブは顔を上げ、トルの方を見た。
「それでも、教えるわけにはいかない。」
「・・・そうかよ。」
トルは後ろを向き、森の奥へと歩き始めた。人々はその後ろ姿を見送るだけだった。
「あっ!」
と、その静寂を破る声。
「セ、セイブさん!シュラブさんが・・・。」
その声にセイブが振り返る。
「どうした。」
「い、いなくなりました、さっきまで、そこにいたのに!」
「けが人の割合は。」
「半分ぐらいというところですね・・・。」
いつもの破壊派の集まる酒場。戦いの前のような活気はない。10人に満たない人間がそこにいるだけである。真ん中のイスに腰掛けているバートン。
「半分か・・・。」
前で組んでいた手で頭を抱えた。その様子を隣に座っている人が心配そうに見つめた。
「すみませんでした・・・。」
バートンに向かって酒場の少し奥から聞こえる声。
「私がいたのに迂回して神木の森に入るのに失敗してしまって・・・。」
バートンから少し離れたところ、窓際の席に座っているシュだった。申し訳なさそうな顔でバートンを見る。
「いえ・・・シュさんのせいではありません・・・。」
それだけ言ってバートンは黙り、顔を伏せた。シュはその動作を見た後、同じように下を向いた。と、酒場のドアが開かれる。扉を開け入ってきたのはエクスだった。
バートンは音のせいで顔を上げる。そしてエクスを見ると渋い顔をした。
「あんた・・・。」
「ずいぶんと暗い雰囲気だな。」
エクスは足音を立てながら中へと進み、バートンのいる近くのイスに座った。バートンの顔を見ながら言う。
「戦いに負けたからか。」
バートンは黙ったまま、視線をまた下に戻した。
「それとも・・・。」
エクスはバートンから顔を逸らさなかった。いつもより細い目でバートンを見続けた。
「後悔してるのか、戦ったことを。神木を破壊しようとしたことを。」
バートンは歯を食いしばる。
「神木を破壊しようとしたことは、後悔していない。今でもそうしなければならないと思っている。しかし、犠牲が・・・大きすぎた・・・。」
「この程度でか。」
バートンは目を見開く。
「この程度だと!」
手をテーブルに振り下ろし、むなしい音が酒場に響いた。静まりかえる、そして皆がその音の方向を見つめた。
「言ってみればあれは戦争だった。人が死ぬのは当たり前だ。死んだのは一割もいないんだろ?十分じゃないか。」
「そのおまえにとっての『一割』と割り切れる人間が!俺たちにとっては『一割』という言葉じゃ済まないんだよ!」
バートンはエクスを睨んだ。エクスは、冷たい目をしていた。
「その『一割』を亡くすことが惜しいなら、覚悟がないなら、戦いなんてするなよ。」
バートンは唇を噛みながら、エクスを睨んだ。眉間にしわを寄せ目がつり上がっていた。やがて一度目を瞑り、呼吸をするとイスにゆっくりと座り直した。
「こっちは一割だが、相手はもっと死人が多いだろうな。こっちは鉄製の武器を使っていたんだ。人の殺せる武器をな。」
バートンはまた頭を抱えた。
「もう、止めるのか。あんたらがそうしたくてそうするんなら構わないけ・・・。」
再び酒場のドアが開けられる音がした。
「すいません、少し遅れました。」
店の中にいた全員がその姿を見る。
「ライさん・・・。」
バートンはライを見つめた。口を開き、なにかを言おうとした。しかし、ライの言葉にそれを阻まれた。
「バートンさん、思った通り、こちらに比べて向こうの被害はかなり大きいようです。これなら次は確実ですよ。」
ライはゆっくりとバートンに近づく。
「この村の安定も次で確定です。」
控えめな靴の音が店の中に走る。
「村が安定したら、私が他の村などに交易ができるように頼んでみましょう。」
ライはバートンのすぐ近くに来ると、肩に手を置いた。
「さぁ、あと少しですよ。最後の踏ん張りどころです。」
「まだやる気か、おまえは。」
エクスの声。
「ここまで来て引き下がる、と。」
ライはエクスの方を向いた。
「もう勝利は確実だというのに。」
「そういう問題じゃない。村のやつら、初めての戦い、しかも前まで一緒に暮らしてきた人間と戦った、そのことで精神的に参っている。」
「そんなことを問題にしている場合ではないでしょう。これはやらなければならないことなんです。」
「・・・それでいいのか?」
エクスはライの隣のバートンに向かって言う。
「村の代表者がそういうなら構わないけど。」
バートンは押し黙り、動かない。
「バートンさん、何を悩むのですか。子供がまた連れ去られてもいいのですか。」
ライの言葉、バートンはビクリと身体を動かし顔中にしわを寄せた。そしてその後、ゆっくりと首を縦に振った。ライは笑い、エクスはため息をついた。
「そうか、ならしょうがないな。・・・ところで・・・」
ため息の後に出たエクスの言葉。
「あんたたち、『搾取する者』って知ってるか?」
ライの眉が動く。
「それがなにか・・・?」
「さすがにあんたは知ってるみたいだな。」
エクスはライの顔を見つめながら言う。
「他のみんなは?」
辺りを適当に見回しながら訊くエクス。だれも反応しない。
「そうだ・・・」
そして、ある人の方を向いて言う。
「シュさん、あんたは知ってるだろ。外の世界のことに詳しいだろうからな。」
いつの間にか窓の外を眺めていたシュは声を掛けられ、ゆっくりと顔をエクスに向けた
「・・・はい。」
エクスはいつものように笑った。
「それがいったいなんだっていうんだ?」
近くに座っていた村人が尋ねる。
「『搾取する者』っていうのはエルを吸収していく者達のことだ。」
「エルを吸収?」
「この世界にある“もの”のすべてはエルでできていることぐらいは知ってるだろう。エルという極微のエネルギーが集まり“もの”を形成している。ものは集まったエルの量や密度によってその形が決まる。まぁ、簡単に言えば集まったエルが少なければ塵だとか石だとかになって、多ければ人間などの生物になれるってことだ。」
エクスはシュの方から皆がいる方へ向く。
「で、例えば俺やロジーなんかがやっている剣を出すっていうのは、自分を構成しているエルをまず自分から切り離し、量や密度やらを調整して剣を創り出しているわけだ。つまりエルの扱いが出来、大量のエルで自分が構成されているなら、なんでもできるし、なんでも創れる、その上寿命が長い。まぁ、実際にはアイデンティティっていう枷があるけど、その話は今は置いておこう。」
「寿命が・・・。」
今までそんなことを知らずに生きてきた村人が生唾を飲む。エクスはその生唾を飲んだ人たちの方へ向く。
「それなら俺もエルを増やしたい、誰もがそう思うだろ?」
エクスに睨まれた人たちはビクッと身体を震わせた。エクスはいつもの笑いをした。
「そう、こうなってくると他の“もの”からエルを奪い取って自分のものにしようとする輩が現れてくる。エルを多く持つものから奪えば効率がいいしな。それになんていっても力が強くなる、寿命が延びる、良いことずくめだろ。こういうこと考えて、実行する輩を『搾取する者』と呼んでるんだ。」
エクスの会話にライが口を挟む。
「ですが、実際に『搾取』、つまり相手から無理矢理エルを奪うことができる者なんてほとんどいない。だからこの『搾取する者』の理論はほとんど達成されない、そうでしょう?」
エクスはライの方を向き、足を組む。
「だが不可能じゃない。実際にそれが出来る者も俺は知ってるしな。例えば帝王だ。」
ライの顔が少し動いた。
「帝王・・・?」
村人は疑問の声を出す。
「この森の外の世界では帝国っていうのがすべての世界を支配しようとずっと戦争したりしてるんだよ。その帝国の王だ。やつはもう相当の年月に渡って生きているからな。おそらく搾取することができるんだろう。」
「話の意図がわかりませんね。そのことが今、なんの関係があるんですか?」
ライが再び遮るように言葉を挟む。エクスはそれを聞くと少し驚いたような顔をした。
「おまえほどの人間が話の意図がわからないとは思わなかったな。」
そして少し笑う。
「なにがおかしいのですか。」
「いやいや、なんでもない。俺の話はこれで終わりだよ。『搾取する者』の話がしたかっただけだ。」
そう言いながらエクスはゆっくりとシュの方を見た。そして目が合う。エクスの冷笑の目とシュの黒い瞳がぶつかった。
「無駄な時間を作らないでください。攻めるチャンスをこちらは失うわけにはいかないのですよ。」
ライがあきれた声で言う。エクスはイスから立ち上がった。そして出口に向かって歩き出す。
「どこへ行くのです?」
「これから作戦会議だろ?スパイかもしれないと疑われてる俺がいるわけにはいかないだろ。散歩してくるよ。」
エクスは店の中にいる皆に背中を向けたまま手を振り、店から出て行った。
「ふぅ・・・やっと一段落。」
広場のすぐ近くの木陰に座る二人。木に寄りかかりながら手にはパンを持っていた。イスカは遅すぎる昼のご飯を一口、口の中へ。パンはその身体を欠けさせた。
「そう、だね・・・。」
レイナは手にパンを持ちながら、上を見ていた。視界の半分を木の葉に、半分を空に任せていた。空の日はあと少しで赤く染まるだろう。
「シュラブ、どこ行っちゃったんだろね。」
イスカはまた一口食べる。パンは更に欠ける。
「うん・・・そうだね・・・。」
レイナはずっと空を見上げたままだった。と、いきなり視界に口をもぐもぐさせたイスカの顔が出てきた。
「うわっ。」
後ろに逃げ場のないレイナの頭は木に当たった。
「いたたた・・・。」
イスカは口の中のものを飲み込むと、しゃべった。
「どうしたの?元気ない。」
「ん・・・。」
レイナは上を向きイスカの顔を見ていた目を下に下げた。その先には欠けていないパンが見えた。
「知ってる人、いっぱい傷ついちゃったから、ちょっと・・・。」
イスカはしゃがんで、またレイナの視界に入るようにする。
「イスカ君は変わらないね。戦争をしたのに。」
レイナは寂しそうにイスカに微笑んだ。
「うん。変わらないよ。戦争、いっぱい見てきたし、戦ってきたから。それに僕の知ってる人は傷ついてないから。」
「それってちょっとひどくない?」
「ひどいかも。」
イスカはゆっくり立ち上がった。そして残りのパンを一口でほおばった。レイナはその仕草をゆっくり視線で追いかけた。もぐもぐとするイスカを少しだけ見つめ、また視線を下に戻した。
「でも、その代わりね・・・。」
その直後聞こえてくる声。レイナは再び上を向く、イスカの顔を見る。
「知ってる人が傷ついたら、思いっきり悲しむことにしてるんだ。記憶に残すために。」
イスカの顔が初めて寂しそうに見えた。
「僕ね、昔の記憶がどんどんなくなっていくんだ。」
「それは普通じゃないの?」
イスカがゆっくりと首を振った。いつものイスカの仕草とはなにもかもが違った。違う人を見ているように。
「普通は思い出せなくなるだけ。ふとしたきっかけで思い出すことがあるし、なにより大切な記憶ってずっと覚えているもんじゃん?」
イスカはレイナの隣に座った。片方の足は伸ばし、もう片方は膝を曲げ、木に寄りかかり、空を見ながら。レイナはイスカの横顔を見た。まっすぐと、空の向こうを見ていた。
「でも僕のは違う、昔から順番にどんどん消えていくの。新しい記憶を作るたびに、昔の記憶が消えていくの。どんなにがんばっても思いだすことなんてない。だって消えちゃってるんだもん。」
「どうして・・・。」
イスカはゆっくりとレイナの方を向いた。いつもと違う真面目な顔があった。それがゆっくりと、ぎこちない笑い顔に変わっていった。
「わかんない。」
レイナはその顔が見ていられず、目を逸らした。森の奥はいつもどおり暗かった。
「だから僕は少しでも記憶に残って欲しくて、知ってる人の記憶は思いっきり覚えておこうとするんだ。その代わり知らない人の記憶はできるだけ薄くするの。こんなことしても結局消えちゃうんだけど、抵抗、したいから。僕はそうすることにしたんだ。」
イスカは視線を動かす、そしてあるものを発見する。
「パン、食べないならちょうだい。」
突然の申し出にレイナはイスカの方を向く。いつもの笑い顔がそこにはあった。レイナは笑い顔で返す。
「だーめ。」
「ええー食べてないじゃん。」
レイナはパンに視線を移す。そしてそれにかぶりついた。
「ああー!」
口の中をパンでいっぱいにしながら、もぐもぐとした声でしゃべる。
「私が食べるから、だーめ。」
イスカは頬を膨らませて怒った顔をした。レイナはいつものイスカを見て、心から笑った。
「だから・・・。」
イスカが表情をころっと変えて言った。
「だから僕、レイナが傷ついたら、すっごい悲しむよ。」
川に一人の男が座り込んでいた。破壊派側の川岸に腰を下ろし、保守派側の村をじっと見ていた。保守派側の村の方には物音一つしない。だれもいないようだった。
男は自分の手のひらを顔の前に動かした。次は開かれた手のひらをじっと見つめた。と、思えばその手を握りしめ、地面にたたきつけた。鈍く小さな音が起こる。
「こんなところにいたんだ。」
男の後ろ、一人の女が近寄って来ていた。男は声に振り返り、女の顔を確認すると、再び川の向こうを見た。
「また負けちゃったのかー、ロジー。」
女はロジーのすぐ横に座り、肩をバシバシと叩いた。
「そういうこともあるある、元気出せ。」
「おまえ・・・あんま動くなよ・・・。」
ロジーは小さな声で言った。女はロジーの顔を横からのぞき込む。
「元気ないなぁ。もうすぐ父親になるやつがそんなんでどうする!」
ロジーがその言葉に反応してか、女の方へ振り向いた。
「もうすぐ母親になるやつがそんなんでどうすんだよ。」
やっと向き合った顔。女が大きな笑顔をした。
「しょうがないしょうがない、私はもとからこんなんなんだから。母親になったって変わんないよ。文句言うならそんな私を選んだ自分に言いなさーい。」
ロジーはつられて笑った。
「まったくだ、どうしてこんなやつ選んじまったかね。」
怒った顔をする女。その女のお腹は少し膨らんでいた。ロジーはその怒り顔を見て、少したじろぐ。と、思ったら女は大声を出して笑った。一瞬あっけに取られたロジーも、すぐにその大笑いに加わった。
そしてやがて止む笑い。気づけば二人は川の流れを見ていた。水の流れは時折他のものを巻き込み進む、砂利、木の葉、小さな木の種。
「俺は馬鹿だからさぁ・・・。」
ロジーが口を開く。
「馬鹿だから、俺は力でおまえたちを守るしか方法がわからねぇんだよ。」
そして、すぐ近くに落ちていた小さな石を拾った。
「まだ産まれちゃいないが、子供を守りたいと思ったから、だから俺は戦ったんだ。」
石を握りしめる。
「戦った後、傷ついたやつを見て、いやになった。だけど俺はおまえらを守りたいんだ。」
女の方へ向く。
「俺、間違ってねぇよな?」
真面目だが、少し泣きそうな顔がそこにはあった。女はその顔を見て、笑った。
「間違ってない。守りたいって気持ちがあるならそれは本物。がんばれっ。」
「そうだよな。」
ロジーは立ち上がった。そして握りしめた石を川の真ん中へ思いっきり投げる。水の中を石が突き抜けていくと、独特の音を周りに響かせた。ロジーは女の方を見た。
「おまえらは絶対守るからな。」
「私も少し外に出てきていいですか?」
破壊派の酒場の窓際に座っていたすらっとした女性が立ち上がった。机の横に置いてあった大きなクマが身体を出したリュックを持って。
「なにかご用事でも?」
バートンと話し合っていたライがシュに問いかける。
「少し気分が悪いので、少し外に・・・。」
「できればあなたが戦った相手の能力を教えてほしかったのですが。まぁ、今日は朝戦ったばかりですし、こちらも終わりにしますか。」
ライはバートンに訊く。バートンはただうなずいた。
「と、いうことです。いいですよ、行っても。明日、敵の能力は教えてください。」
「はい、わかりました。」
ライの許可を得るとシュはリュックを背負い酒場の出口へと歩き出す。それほど大きくない酒場、出口まですぐに着いた。
ライはそのシュの後ろ姿を見ながら、
「お気をつけて。」
と言って顔だけ笑った。
シュは振り返らず扉を開ける。外では日が傾きかけていた。まだ赤くはなっていないものの、確かにその日の終わりが近づいていた。そして足を森へと向ける。そして歩きだそうとした、が視線の先に人がいた。
「どーも。」
エクスが道の真ん中に立っていた。日の光が横から当たっている。シュは顔色を変えずに言った。
「どうしたのですか、こんなところで。」
「あなたを待っていた。」
エクスは口元に笑いを浮かべながら言う。風が吹き、二人の長い髪を一回さらっていく。シュは一瞬黙って、それから返答した。
「どうして?」
シュは睨むようにエクスを見る。エクスは笑ったまま答えた。
「冗談。偶然だよ、偶然。」
「そうですか、じゃあ私は森の方へ行きたいので。」
そう言ってシュは少し足早に歩き出す。一歩一歩、エクスの笑い顔が近づく。その美しい顔に現れている笑い顔は逆に不気味なものだった。
三歩。
二歩。
一歩。
エクスのすぐ横を通り抜ける。エクスは顔の方向を変えずに笑ったまま、シュは横を通り抜ける瞬間までエクスの顔を見たまま、二人がすれ違う、互いが互いによって生まれた風を半身に感じる。
そして一歩、エクスから遠ざかるシュ。顔を前に向けた、そのとき
「搾取する者が」
エクスの声、後ろから、シュは振り返らず、まっすぐと進む。
「この戦争に一枚噛んでいるとしたら」
シュは早足で、森へ森へと。
「だれが、搾取する者だと思う?」
エクスが美しい笑いを後ろへと向けた。シュの早足の姿が少し先に見えた。こちらを向いているクマはエクスのことをしっかりと見つめていた。
「お目覚めですか?」
ある部屋の中。明かりは無い。窓も無い。暗黒の中。この部屋には人が二人いるらしい。つい先ほどこの部屋に入ってきた人がしきりに話しかけている。
「俺を捕らえてどうするつもりだ。」
「それはあなた次第。神木のこと、知っているのでしょう?話してくれるのなら、無傷であちらに返しても良い。この村の戦いが延びるだけですから、それはむしろ私にとって好都合だ。」
「所詮外部の人間が!ならばなぜ俺たちに関わった!」
「楽に、私の目的を達成するため。」
「なにを企んでいるのか知らんが、俺はそう簡単に言わねぇぞ。」
暗闇の中を笑い声が響いた。
「『言わない』ということは『知っている』しかし『言わない』ということですね。それだけでもいいことを聞いた。まさか本当に知っているとは。」
「貴様・・・!」
笑い声が止む。
「言ってくれれば生かしてあげますよ?」
「はっ!俺が死ねばおまえは知ることができないだろう!」
「いや、あなたが死んでも知ることはできる、私にはね。」
「他のやつらに訊いても知らねぇぞ。」
「もちろんあなたに訊くのですよ。」
「俺は言わないって言ってるだろうが!」
「私にはそんなことはどうとでもできる。まぁ今すぐ言わなくてもいい、気が向いたら言って下さい。しかし、私は思い通りにならないことが嫌いですから、気をつけてくださいね。」
「明かりを、木を燃やさないように。」
夕暮れも過ぎ、空はもう紺色へと変わりつつあった。一人の人が布のくるまった木の棒の先を両手で覆うようにする。すると小さな火が起こり、布が炎へと一気に包まれた。同じようなものが広場を何カ所か、囲むように設置された。
「みんな落ち着いたね。」
その広場の真ん中、イスカがすぐ近くにいたレイナに声を掛ける。
「うん、よかった。」
「それはいいんだが、シュラブさんはいったいどこに行ったんだ・・・?」
その会話に、ゆっくりと二人へ近づくセイブも加わる。レイナが空を見上げながら言う。
「本当に。もう夜なのに。」
「破壊派に捕まってるよ。」
更に増えた声。三人の後ろに立つ姿。セイブとレイナがすぐに振り返る。
「エク、敵なんだから姿は現さない方がいいよ。網張るだけならいいけどさ。」
イスカだけが振り向くことなく、普通のことのように受け答えた。
セイブとレイナが振り返った先にはエクスが立っていた。と、セイブがナイフを抜く、構える、エクスの喉元に突きつける。ナイフとエクスの距離はほぼゼロ。
エクスはまったく動かなかった。ナイフは炎の揺らめきで光をにじませる。
「おまえ・・・!なにしに来た!」
まわりの空気が緊張する。セイブがナイフを構えたことで、まわりの者たちも武器を手に取ろうとしている。
エクスはいつものため息。少し肩を落とす。
「せっかく教えてやったのに、この扱いはひどいな。」
「敵なんだもん、しょうがないじゃん。」
イスカがエクスの方へ振り返り、笑いながら言った。
「うるせー笑うな。」
そう言いながらエクスも笑った。ナイフの隣で喉が揺れた。セイブがそのナイフの先をじっと見つめる。
「この人がエク・・・?」
レイナがイスカの方を向いて尋ねる。
「うん、そう。」
うなずくイスカ。セイブの手が震えた。
「イスカ!こいつ!どうすればいい!どうすれば捕らえられる!」
セイブが大声を上げて尋ねる。ナイフを持つ手を強める。
「エクは無理、捕まえられない。それに今は戦う気がないみたいだから大丈夫だよ。エクは卑怯なの嫌いだから。」
エクスはレイナ、イスカ、セイブ、イスカと順に見て、微笑んだ。美しい顔から蛍の光のように現れた微笑み。セイブはその微笑みを見て、ナイフを持つ手をゆるめた、首との間に距離が出来た。
「イスカ、今度もまたずいぶんとこっちに溶け込んだみたいだな。信頼されてるし。」
「うん、いい人たちだもん。」
「そっか。」
「エクはまた溶け込めてないの?」
「ああ、溶け込むどころか嫌われてるな。スパイ疑惑まで有りだ。」
「あはは。」
イスカが楽しそうに笑う。
「エクらしいや。」
エクスもつられて笑った。そして笑い顔のまま言う。
「イスカ。」
「んっ?」
ころころと変わるイスカの顔。不思議そうな顔。
「この人たち大事になった?」
「うん。」
そして笑顔。
「それじゃあ、この村のことが全部終わったら、また話聞かせな。」
「うん、ありがとう、エク。」
イスカの笑い顔、エクスの笑い顔、二人が敵とは思えなかった。
「セイブ、ナイフどけてあげて・・・。」
レイナがセイブに向かって言う。セイブは無言でナイフを首から離し、入れ物に収めた。
「悪いね。」
エクスがセイブの方を向き、目が合う。エクスからイスカに向けていた微笑みは消えていた。いつもの顔のエクス。
「さっきも言ったが、あの前線で戦ってたこっちの男は破壊派が捕らえている。」
「どうしてそのことを。」
エクスがまた笑った。
「さっきイスカが言っただろ。卑怯なのは嫌いだって。」
セイブは警戒を緩めてはいない顔。
「あとな、言っておきたかったんだ。あの男を捕らえたのは破壊派のある一人の策略だ。破壊派全員の総意じゃない。このことを知っているのもその一人と俺だけだ。」
「たった一人がしたことなら、なんであなたがそれを知っているんだ。」
セイブはエクスを睨む。エクスはまたため息をついた。
「俺ってどこに行っても疑われるんだな・・・。」
その言葉にイスカだけ笑った。
「まぁ信用するかしないかはそっち次第だ。それじゃあ俺はもう行く。じゃあな、イスカ。」
エクスの姿が消える。目の前にあったものが消えるという現象を初めてみる人々は驚きの表情をした。
「消えた・・・。」
レイナもまた驚いた顔で思わず声を出した。
「うん、エクは消えたように見えるんだ。」
「消えたように見える?」
答えたイスカの方をレイナは見る。
「あー・・・よくわかんないんだけど、見えないけどエクはいるよ、もういなくなっちゃったけど。」
「んん?」
要領を得ないイスカの返答にレイナは顔をしかめる。
「要するによくわかんないの。」
イスカがいつもの笑い顔で言った。レイナはあきれた顔をして話題を変えた。
「結局なにしにきたんだろう、あのエクって人。」
「たぶん僕に会いに来たんだと思う。」
「イスカに?」
「うん、エク、敵になってもよく僕に会いに来るから、いつも。」
「なんで?」
「なんで・・・。」
イスカはあごに手を当て、うーんとうなり始める。が、すぐにそれを止めていつもの笑い顔。
「わかんない。」