ひらたよーこ ― あなんじゅぱす主宰、作曲、歌、ピアノ ―
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65年東京生まれ。父は作曲家・筒井広志。4歳より作曲とピアノを、12歳よりヴァイオリンを学ぶ。84年劇団青年団に入団、以後ほとんどの作品に出演。ヨーロッパ、北米等海外公演に多数参加。同時にシンガー・ソングライターとしての活動を開始。96年に演劇と音楽活動の結実点として、「ことばをうたうバンド」あなんじゅぱすを結成。作曲、歌、ピアノを担当。音楽というジャンルを越えて、現代詩、短歌、演劇、写真、舞踏等、様々の分野のアーティストとコラボレートしながら、「言葉を演奏する」という行為を通じて舞台芸術の最先端で活躍中。 |
■最終学歴 1988年 国際基督教大学理学部生物学科卒業
■受賞歴 読売演劇賞:優秀作品賞受賞(出演)
2001年4-6月 青年団『上野動物園再々々襲撃』、利賀・ 新緑フェスティバル/シアタートラム
■活動実績(国内)(劇団青年団の出演作品は公演タイトルのみ表示。あなんじゅぱすでの活動は”活動略歴”をご参照ください。)
1984年 『暗愚小傳』
1985年 『欲望という名の林檎』、『海神ポセイドン』、『ケーニヒスベルグの橋』
1986年 『我が心石となりても』、『弁明』、『海神ポセイドン』
1987年 『ケーニヒスベルグの橋』、『烏のいる麦畑』、『暗愚小傳』
1988年 『花郎』、 『漢江の虎』、『光の都』
1989年 劇団燐光群『カムアウト』【出演】(新宿シアタートップス)、『海神』
1990年 『南へ』、『光の都』、『科学する精神』 、『ソウル市民』
1991年 『暗愚小傳』
1992年 『北限の猿』 、『走りながら眠れ』、『さよならだけが人生か』(全国公演)、『S高原から』
『ソウル市民』(東京・東北公演)
1993年 『暗愚小傳』(東京・東北公演) 、『ソウル市民』
1994年 『東京ノート』(第39回岸田國士戯曲賞受賞) 、『思い出せない夢のいくつか』(主演・緑魔子、東京・大阪公演)
1995年 『火宅か修羅か』(利賀・新緑フェスティバル参加)
1996年 『北限の猿』(全国公演)、『冒険王』(利賀・新緑フェスティバル参加)、青年団・弘前劇場合同公演 『この生は受け入れがたし』(青森県
に長期滞在して製作、東京・青森公演)、『南へ』 (全国公演)
1997年 『マッチ売りの少女たち』(東京・大阪公演)、『バルカン動物園』(利賀・新緑フェスティバル参加)、
1998年 『新版・小町風伝』(東京・水戸・大阪公演)、『東京ノート』(全国公演 )
1999年 劇団目覚まし時計ミュージカル『やさしいライオン メルヘンの世界by やなせたかし』(作:やなせたかし/音楽:筒井広志/
構成・演出:木島恭)【作曲】、 P4企画日仏演劇交流プロジェクト『われらヒーロー』(作:ジャン=リュック・ラガルス/演出:フレデリッ ク・フィスバック/演出協力:平田オリザ、利賀・新緑フェスティバル参加)、『東京ノート』
(全国公演)
2000年 『東京ノート』(全国公演)、『さよならだけが人生か』(全国公演)
2001年 BoroBonだめし『どんどこどん』(作:谷川俊太郎/演出:水下きよし)【出演、作曲】、『上野動物園再々々襲撃』(読売演劇賞:優秀作 品賞受賞、利賀・新緑フェスティバル参加)
2002年 青年団国際演劇交流プロジェクト2002『エクリプス −蝕−』(作:バリー・ホール/演出:長谷基弘、こまばアゴラ劇場)、
『東京ノート』(東京都現代美術館)、青年団海外交流企画ワークショップ公演『インディア・ソング』(作:マルグリット・デュラス/演出: ロラン・グットマン、こまばアゴラ劇場)
2003年 海外交流企画ワークショップ公演『インディア・ソング』(作:マルグリット ・デュラス/演出:ロラン・グッドマン、富士見市民文化会館 キラリ☆ふじみ)、『暗愚小傳』(富士見市民文化会館キラリ☆ふじみ)、青年団自主企画公演『真赤な白』(作・演出:工藤千夏、アトリエ春
風舎)【作曲】
2004年 ク・ナウカプロデュース『かもめ・第二章』(作:アントン・チェーホフ/演出:ジャンカルロ・ナンニ、スフィアメックス)【出演】、『東京 ノート』(知立公演)、青年団国際演劇交流プロジェクト『砂箱』リーディング(作:エドワード・オールビー/演出:前田司郎、こまばアゴラ 劇場)、『暗愚小傳』(こまばアゴラ劇場)、NTT東日本テレビCM【出演】、サントリーラジオCM【出演】、こまば幼稚園ワークショップ 【講師】
2005年 こまつ座『円生と志ん生』【出演】(作:井上ひさし、演出:鵜山仁、紀伊国屋ホール)、こまば幼稚園ワークショップ【講師】、ディズニー
シー企業内CM【ナレーション】、青年団日韓合同公演『ソウルノート』(作:平田オリザ/演出:平田オリザ&パク・カンジョン、東京)、 『砂と兵隊』(作・演出:平田オリザ、東京)
2006年 『上野動物園再々々襲撃』(東京・伊丹・可児・盛岡・さいたま公演)、『東京ノート』(タイ・マレーシア・インドネシア・富山公演)、東映
アニメーションDVD『ざくろ屋敷』【声優】、『ソウル市民1919』(東京公演)
2007年 『東京ノート』出演、こまつ座『円生と志ん生』【出演】(作:井上ひさし、演出:鵜山仁、全国公演)
■海外での実績
| 1990年 |
7月 |
道路劇場バヌアツ共和国独立十周年記念公演【通訳】[バヌアツ] |
| 1993年 |
5-6月 |
青年団『ソウル市民』ソウル・釜山公演[韓国] |
| 1999年 |
10月 |
青年団『東京ノート』ソウル公演[韓国] |
| 2000年 |
2-3月 |
『TOKYO NOTES』パリ、ブレスト他公演[フランス] |
| 2000年 |
10月 |
青年団『東京ノート』北米公演[アメリカ/カナダ] |
| 2002年 |
10月 |
青年団『東京ノート』ヨーロッパ公演[アイルランド/イタリア/スイス/フランス] |
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11月 |
あなんじゅぱすライブ、ダブリン演劇祭「ミュージックナイト」[アイルランド] |
| 2004年 |
2月 |
青年団『東京ノート』香港・メルボルン公演[香港/オーストラリア] |
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10月 |
青年団日韓合同ソウル公演『SOUL NOTE』(ハクチョンブルー)[韓国] |
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12月 |
あなんじゅぱすローマ公演『夏の夜の音』『夜の江ノ電』(演出:平田オリザ、テアトロ・バッシェロ)[イタリア] |
| 2006年 |
6,10月 |
あなんじゅぱすパリライブ『CONCERT
UN ANGE PASSE JAZZ POETIQUE JAPONAIS』(キオスク・フロッタン)[フランス・パリ] |
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只野展也(ただの のぶや) ― 音楽監督、キーボード、ベース、 ―
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61年仙台市生まれ。81年バンド「ノア」でプロデビュー。様々なアーティストとセッション、レコーディング、ライブをこなす。作曲は自らの作品以外に劇団IQ150の全作品、NHKスペシャル等テレビ、ラジオのメディア系音楽、CM音楽等を多数手掛ける。02年よりあなんじゅぱすに参加。
【主なあなんじゅぱす参加作品】
CD『ことばをうたう〜詩と旋律の必然性』(2002年)【音楽監督】
CD『ベースボールの歌』(2002年)【キーボード、音楽監督】
シアターライブ『見えない木』(2003年)【音楽監督、キーボード、ベース】
幻灯演奏会『夜の江ノ電』(2003〜5年)【音楽監督、キーボード、ベース】
ライブ公演『タンポポ咲くソングラインに沿って』(2003〜5年)【音楽監督、キーボード、ベース】
ライブ公演『夏の夜の音』(2003〜4,6年)【音楽監督、キーボード、ベース】
幻灯公演『ピチベの哲学』(2005年)【音楽監督】
ライブ『ことばをうたう〜詩と旋律の必然性』(2005年)【音楽監督、キーボード、ベース】
CD『夜の江ノ電』(2005年) 【音楽監督、キーボード、ベース】
ライブ公演『んぐまーま』(2006年)【音楽監督、キーボード】
DVD『んぐまーま』(2006年)【音楽監督、キーボード】
コンサート『私は生きるのを好きだった』(2006,7年)【音楽監督、キーボード】
コンサート『水半球』(2007年)【音楽監督、キーボード】 |
サイトウミノル ― ギター ―
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56年北海道函館市生まれ。76年、仙台にて元BOφWYの高橋まことと共にバンド活動開始。ヤマハギター科講師を務めながら、様々なアーティストとの共演などの活動を展開中。
【主なあなんじゅぱす参加作品】
CD『ベースボールの歌』(2003年)
シアターライブ『見えない木』(2003年)
ライブ『タンポポ咲くソングラインに沿って』(2003〜5年)
ライブ公演『夏の夜の音』(2003〜4,6年)
幻灯演奏会『夜の江ノ電』(2004〜5年)
ライブ『ことばをうたう〜詩と旋律の必然性』(2005年)
CD『夜の江ノ電』(2005年)
コンサート『私は生きるのを好きだった』(2006,7年)
コンサート『水半球』(2007年) |
大光亘 ― ドラム・プログラミング ―
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1964年生、岩手県奥州市出身。91年、仙台で結成した「SAKANA」でメジャーデビュー、ドラム&プログラミングを担当。解散後フリーサポートドラマーとして活動しながら、00年「SPOOZYS」で米国アルバムリリースCMJチャート最高3位&全米28箇所ツアー。05年あなんじゅぱすライヴにゲストとして初参加。主な関わったミュージシャン―渡辺美里、TMレボリューション、浅倉大介、access、SMAP、菅野美穂、デーモン小暮、MOVE、等。
【主なあなんじゅぱす参加作品】
ライブ『ことばをうたう〜詩と旋律の必然性』(2005年)
コンサート『私は生きるのを好きだった』(2006,7年)
コンサート『水半球』(2007年)
あなんじゅぱす"nano"ライブ『あなぱ年の瀬夜会』(2007年)
あなんじゅぱす"nano"CD『かわいいうさぎちゃん e.p』(2007年) |

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左から、楠均、ひらたよーこ、只野展也、サイトウミノル |
澤口 希(さわぐち のぞみ) ― マリンバ ―
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神奈川県横浜市出身、幼小時にピアノを習い、中学校の木琴部に入部。マリンバに出会う。日本大学芸術学部音楽学科卒業。マリンバ奏者として、バンドや打楽器アンサンブルに参加。また在学中に作曲をはじめ、女性3人の打楽器アンサンブルバンド「オムトン」結成。心地よさをモットーに自由気ままに活動中。2004年1stアルバム「オムトン」、2006年シングル「yokohama
omu-ning」(Bankart1929)、2007年2ndアルバム「sima2simastudio」(ミディクリエイティブ)
【主なあなんじゅぱす参加作品】
幻灯演奏会『ピチベの哲学』(2005年)
あなんじゅぱす"nano"ライブ『あなぱ年の瀬夜会』(2007年)
あなんじゅぱす"nano"CD『かわいいうさぎちゃん e.p』(2007年) |
楠均(くすのき ひとし) ― パーカッション―
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北海道生まれ。80年代に「くじら」結成。EPICソニーより数多くのアルバムをリリース。90年代半ばより様々なアーティストのサポートを行う。99年にSONY
RECORDSより「カイバレス」のシングルを発表。現在はソロユニット「Xnox」(クスノキス)で活動中。
【主なあなんじゅぱす参加作品】
ライブ公演『タンポポ咲くソングラインに沿って』(2003〜5年)
ライブ公演『夏の夜の音』(2004年)
幻灯演奏会『ピチベの哲学』(2005年)
小峰公子とひらたよーこが描く総天然色うた世界『カチカチ山 パリ望郷篇』(2007年) |
清野美土(きよの よしと) ―ハーモニカ―
81年東京生まれ。幼少から「劇団むごん劇かんぱにい」主宰・IKUO三橋の指導の元に数々の国際マイム・マジック・演劇フェスティヴァルに、クラウン・俳優として出演。及び随行する。15歳で`楽器ハモニカ´に目覚め、音楽の世界へ。それと同時に幼い頃の舞台経験から常に身体表現を意識し続け、それは、昨年度に日本全国で公演の行われた演劇『もう風も吹かない』(作・演出、平田オリザ)への俳優出演をはじめとする活動へと繋がってゆく。他にも舞台公演の音楽監督・ダンサーとしての公演も幅広く行なっている。05年9月より文化庁の派遣で2年間フランスへ国費留学。現在はパリ在住。
【主なあなんじゅぱす参加作品】
ライブ『フォルテとは遠く離れてゆく友に「またね」と叫ぶくらいの強さ』(2005年)
パリライブ『CONCERT UN ANGE PASSE JAZZ POETIQUE JAPONAIS』(2006年)

左から清野美土、ひらたよーこ
谷太一 ― ギター ―
81年東京生まれ。97年、清野美土と共にCotton Field Blues Bandを結成。現在は全盲のアコーディオン奏者、新居草太と共に自身のバンド「アコ」の活動を開始した。マヌーシュ・スウィングやミュゼットなどを演奏。
【主なあなんじゅぱす参加作品】 ライブ『フォルテとは遠く離れてゆく友に「またね」と叫ぶくらいの強さ』(2005年)
石田玄一郎(いしだ げんいちろう) ―ドラム、パーカッション―
静岡県出身。バンド「GOOFY'S HOLIDAY」ドラマーを経て、バンド「サムライズム」を結成。現在はバンド「SMANAM」にて活躍中。
【主なあなんじゅぱす参加作品】 CD『ベースボールの歌』(2002年)、ライブ『フォルテとは遠く離れてゆく友に「またね」と叫ぶくらいの強さ』(2005年)

CD『ベースボールの歌』より。左から、松山龍彦、ひらたよーこ、橋元成朋、石田玄一郎、只野展也
松山龍彦(まつやま たつひこ) ―ベース・ギター・コーラス―
64年広島市に生まれる。親の転勤に伴い西日本各地を転住。シンガポールでハイスクール時代をすごす。国際基督教大学のジャズビッグバンド、Modern
Music Societyのベーシストとして4年間を過ごす。96年ひらたよーことあなんじゅぱすを結成。初代バンマス。メロディアスでぐいぐいとねばるフレットネス・ベースはあなんじゅぱすの楽曲に深みを与えた。国際基督教大学図書館勤務。
【主なあなんじゅぱす参加作品】 シアターライブ『見えない木』弘前公演(2002年)までのすべての活動に参加。CD『詩と旋律の必然性』(2002年)、CD『ベースボールの歌』(2002年)
橋元成朋 ―レコーディング・クルー―
仙台を中心に音楽活動を展開中。コンポーザー、キーボードプレーヤー、ラジオDJ等。
【主なあなんじゅぱす参加作品】 CD『ベースボールの歌』(2002年)
名倉由希子 ―ドラム・パーカッション―
78年1月東京生まれ。フランスのパリで育つ。幼少よりピアノを弾く。16歳でドラムをはじめる。国際基督教大学のジャズビッグバンド、Modern
Music Societyでは部長をつとめる。現在はジャズビッグバンド「ちきわほ」所属。プロダクトにはアメリカ公演録音CD『Gordian
Knot』がある。
【主なあなんじゅぱす参加作品】CD『詩と旋律の必然性』(2002年)
八田昌三 ―ピアノ―
66年鹿児島県生まれ。小学校3年生からピアノ習う。国際基督教大学教養学部人文学科音楽専攻。バンド「あけてくれ」に所属。
【主なあなんじゅぱす参加作品】CD『詩と旋律の必然性』(2002年)
朝倉真司 ―ドラム、パーカッション―
71年神奈川生まれ。静岡育ち。バンド「LOVE
CIRCUS」のドラマーとして活躍中。1997年SONYからメジャーデビュー。種ともこ・岸谷香・橘いずみ・松尾清憲・林邦洋らのサポートをつとめる。2001年からsax:
田中邦和 trp: 細川玄 gtr: テラシィイ bass: 清水玲 keyb: ヲノサトルと共にハードコア・パーティ・バンド「GO!
HANGOVERS GO!」を結成、同年末から「平成のはっぴいえんど」と評されたバンド「ヨシンバ」にも参加。
【主なあなんじゅぱす参加作品】ライブ『夜の江ノ電』(2002年)

あなんじゅぱす2本立てライブ公演(2003年駒場アゴラ劇場)より。左から岩城保、高山広、小口宏、ひらたよーこ、前田司郎、福士史麻、田中流
福士史麻 ― 朗読 ―
76年尼崎生まれ、神奈川県育ち。93年NHK杯全国高校放送コンクール朗読部門第2位。98年劇団青年団入団。
【主なあなんじゅぱす参加作品】 ライブ公演『夏の夜の音』(2003〜4年)
高山広 ―シンガー・ソング・ライターのようなアクター・ディレクト・ライター―
63年宮城県生まれ。88年2月、自作自演による活動を行うためのユニットとしてNON GATE THEATREを旗揚げ。92年、数本立てショートストーリィの一人芝居シリーズ『高山広のおキモチ大図鑑』を開始。斬新でユニークなアイディアとエネルギッシュな演技と、人間や動物・昆虫といった生物はもとより、ありとあらゆるモノ(パチンコ玉、花火、たばこ等)や概念を演じながら、その微妙な心理・「キモチ」を描いてゆくという作風で「一人芝居の概念を変えた」と評される。上演時間数分のショートショートから、2時間を越える超大作まで、作品数は400を超える。TVドラマ、舞台の客演の他、雑誌にコラムを連載するなど、活躍の場を広げている。
【主なあなんじゅぱす参加作品】シアター・ライブ『見えない木』(2002〜3年)
田中流(たなか ながれ) ― 写真 ―
64年生まれ。日本写真芸術専門学校卒業。個展では、取り壊されていく都市アパートを撮影した『東京エピローグ』(2000)、レストランのランチョンマットを作品にする『ランチョンマットギャラリー』(2001)などがある。出版物は『双子の国のアリス』(新風舎)伊澤真理著『弱虫!』(ポプラ社)など。劇団弘前劇場の舞台撮影も担当。
【主なあなんじゅぱす参加作品】CD『あなんじゅぱすLIVE 2001/2/25 吉祥寺
Manda-la2』(2001年)、CD『ことばをうたう〜詩と旋律の必然性』(2002年)、幻灯演奏会『夜の江ノ電』(2002〜5年)、幻灯演奏会『ピチベの哲学』(2005年)、2002年以降のほぼすべての舞台写真を撮影
前田司郎(まえだ しろう) ― 演出 ―
77年東京、五反田生まれ。97年劇団五反田団旗揚。斬新な戯曲と演出方法が小劇場界に話題を巻き起こす。五反田団主宰・劇作家・演出家・俳優。2004年京都芸術センター舞台芸術賞。
【主なあなんじゅぱす参加作品 幻灯演奏会『夜の江ノ電』(2002〜5年)、ライブ公演『タンポポ咲くソングラインに沿って』(2003〜5年)、ライブ公演『夏の夜の音』(2003〜4年)、幻灯公演『ピチベの哲学』(2005年)
平田オリザ(ひらた おりざ) ― 作、演出 ―
62年東京生まれ。83年劇団青年団創立。95年『東京ノート』で第39回岸田戯曲賞受賞。青年団主宰・劇作家・演出家・こまばアゴラ劇場支配人。桜美林大学文学部総合文化学科助教授。
【主なあなんじゅぱす参加作品 ライブ公演『夏の夜の音』(2003〜4年)

ローマ公演(2004年テアトロ・バッシェロ)より。左後から、キアラ・ボッタ、杉山至、左中から、岩城保、緒方春英、松尾洋一郎、左前から、平田オリザ、ひらたよーこ、サイトウミノル
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詩人・歌人・翻訳者紹介 ―あなんじゅぱすの楽曲に登場する「ことば」の作者の方々です。 |
田中庸介(1969〜) http://kiss.to/kisaki
東京生まれ。高校時代より詩壇に革命的衝撃を与え、1988年「ユリイカの新人」に。翌年、詩誌『妃』を創刊。1999年に第一詩集『山が見える日に、』が中原中也賞の最終候補となる。「いわゆる詩語の概念からはみ出した、多様なことばには、いまを呼吸している気忙しげな気配や動悸が感じられた」(北川透)
谷川俊太郎(1931〜)
東京生まれ。1952年『二十億光年の孤独』でデビュー。「谷川俊太郎の詩から思い出されるのはひとりの走っている青年の姿だ。(中略)生きているという実感が、こんなにも詩の言葉と一致する詩人というのを他に知らない。」(川本三郎)
田村隆一(1923〜1998)
東京生まれ。第二次大戦前のモダニズムを継承しつつ、戦後は雑誌「荒地」を代表する硬派の詩人に。1956年に処女詩集『四千の日と夜』刊行。晩年は作風に軽妙さが加わった。戦後最大の詩人の一人。ダンディーで酒飲み、レインコートが良く似合う詩人だった。
中原中也(1907〜1937)
山口県生まれ。フランス象徴詩を踏まえつつ、口唱しやすい明確な言葉で清新な抒情詩を書いた。1934年『山羊の歌』刊行。亡き長男に捧げた第二詩集『在りし日の歌』の清書稿を友人・小林秀雄に託した直後、自らも結核のため鎌倉で没した。
永瀬清子 (1906〜1995)
岡山県生まれ。名古屋、東京などを転居しつつ、24歳で処女詩集『グレンデルの母親』刊行。28歳のとき、宮沢賢治の追悼会で遺稿「雨ニモマケズ」の発見に立ち会った。39歳で岡山に疎開して農業を始める。81歳の『あけがたにくる人よ』で、彼女はますます瑞々しい少女になっている。
堀口大學(1892〜1981)
東京に生まれ新潟で育つ。外交官の父親に同行して、1911年から25年までの大半を欧米で暮らした。自ら詩人である一方、フランス文学の紹介者・翻訳者としても名高い。25年刊行の訳詩アンソロジー『月下の一群』などをとおして、日本語の近代詩に影響を与えた。
正岡子規(1867〜1902)
松山市生まれ。脊椎カリエスによる病臥の身でありながら、35歳でその短い生涯を終えるまで、旺盛な執筆活動を展開。近代俳句を提唱し、また短歌革新に着手、写生文を主張して新しい散文運動を起こした。
A.ランボー Arthur Rimbaud(1854〜1891)
19世紀末フランスに輝いた象徴派の彗星。市民社会を憎悪して放浪を繰り返し「風の足の裏を持つ男」と評された。18歳の時、2年間同棲していた先輩詩人ヴェルレーヌにピストルで狙撃される。その後『地獄の季節』を執筆して、20歳で文学を捨てた。エジプトなどで商人となり、マルセイユで病死。
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