わりと最近のEspecially the Lies

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 Bashir:
You know, I still have a lot of questions to ask you about your past.
Garak:
I've given you all the answers I'm capable of.
 Bashir:
You've given me answers, all right. But they were all different. What I want to know is, out of all the stories you've told me which ones were true and which ones weren't.
Garak:
My dear Doctor, they're all true.
Bashir:
Even the lies?
Garak:
Especially the lies.



遅れていた日記がやっと日付に追いついてきました。でも、日記を書くことにかなり飽きてきました。また遅れがたまってくるかもわかりません。長寿と繁栄を。マジで!

09-11-17
はっと気がついたら、来年3月の某所の某イベントのチケット争奪戦に出遅れていました。何やってんでしょうか。だーかーらー、仕事と、既にチケットをとってあるイベントに忘れず間違えず行くことを両立するだけで大変なんだから、チケット発売日までフォローし続けるの苦しいです。

というか、頭の中のカレンダーは来年2月末のエルヴェ・ニケの『キング・アーサー』以前と以降とに二分されておりまして、以降は脳内では真っ暗闇でございまして、地球が存続してるという実感さえもてないありさまでして、エルヴェ・ニケ版『キング・アーサー』より先のことまで考えろというのは無理なんですが。

あ、えっと、あと、『ペット』のリミックスと書いたのはリマスターの間違いッス。ウロオボエで書いてすみません。

09-11-16
ちょっと阪急に乗る用事がありまして、乗ってきました。電話ですませることもできたんですが、せっかくこのあいだ西宮へ行ったのだから、その記憶が薄れないうちに乗って、乗り慣れておきたいと思ったのです。まあ、単に電話の神様がおりてこられなかった……ともいいます。用事はすぐにすみました。谷町線から阪急の乗り換えもできたし、帰りは阪急からJRへの乗り換えもこなしました。そのまま陸橋の上へ出ればいいものを、うっかり地上へ下りて再び階段を上がるなんてムダなこともやりましたが、これで覚えました。次は間違えないさ。

しだいに脳内に地図ができてきて、土地勘が育っていく過程って楽しいですね。

09-11-15
キャベツのコンソメ煮が、吠えたくなるほどおいしい。でもその感動を3秒で忘れ、すぐに不平不満だらけの感じ悪いオバサンに逆戻り。自分の側に幸福を感じる素地がないと、いくら幸運でも不幸になるんだろうなあ(おおげさ)。

仕事を一時中断して、雀のおやどで毎日亭。帰りは途中で天然ハマチを買って帰る。帰って仕事再開。

トリの八角煮にセロリの芯やらパプリカやらカブやら春菊やら入れてさっと煮たらうまかった。しかしその感動を3秒で(以下略)

友だちに送ったACアダプタは使えたようです。合わなかったらどうしようと思ってたのでほんまに一安心。マジで!

寝しなの読書は、相〜当古いゲイ探偵もの。1セントのおんぼろペーパーバックを12ドルの送料かけて個人輸入した私の心意気を買ってほしいものですが、なぜ絶版になったか、なぜ1セントだったのか深く深く納得しました。ワレコソハ、古本買イノ、ヒトバシラ。長寿と繁栄を。マジで!

09-11-14
本当は講談毎日亭だけど、今回は欠席。夕方、電気代を払い、ビールを買う。サッポロが最初に出した缶ビールの復刻版とかいうやつ。1959年の製法だというから、50周年記念なんでしょうか。ビールのほかに、発泡酒でさえない「リキュール類(発泡性)」とかいうのも一本。「オフの時間」っていうんだって。ところでこのごろ「その他雑酒」って言わないんですか?

夜、黄膩、じゃなかった、王寺やわらぎ会館というところで王寺寄席。申込不要、全席自由の千円で4席。雀太「天災」、阿か枝「金明竹」、宗助「不精床」、雀松「悋気の独楽」。

JR王寺駅の跨線橋って、青と白の蛍光灯が交互にはまってて、「ははー、これが二乗さん宅の洗面所にはまっている(吉の丞さんの証言による)という青い蛍光灯かー」と妙な納得。今まで意識してませんでしたが、気がつきだしたら目につくもので、帰りの車窓からも見えましたよ。どっかの駅前の駐輪場とかにもけっこう使われてるものなんですね。

やわらぎ会館という場所はだいたい200人くらいだけど2階はなく、文楽劇場小ホールよりも繁昌亭よりも縦に深い感じ。前4列がフラットでその後ろに通路、5列めから14列めまでに傾斜がついていました。子どもや老人も多く、途中の出入りもあり、携帯電話についての注意事項もなく、現にマクラの最中に鳴っちゃって雀松さんから「お電話ですよ〜」なんてツッコまれたりしてましたが、それがまた着メロではなく昔なつかしい固定電話のベル音。きっと、表示の文字も大きく目に優しい「かんたん携帯」とかいう機種に違いないよ。

私の頭の真後ろも小学生の兄弟だったんですが、金明竹の猫の断りとか、悋気の独楽とか、それよりも阿か枝さんのマクラの学校寄席の苦労話とか、いいんですかねぇ(笑)。でもまあ、子供たち金明竹の骨董屋の立て弁にはぎゃはぎゃはと大喜びしてました。寿限無とか延陽伯とかああいう意味不明の音列が好きな子っているんですよねぇ。自分がそうだったからよくわかるんですが。

それから、開演前に隣のおばちゃんお二人の会話から、"This is it"がどういう映画であるかがあらましわかりましたわ。

大和路線で天王寺まで帰り、駅ビルで半額のトロと半額の豚足を買い、谷町線に乗り換えて帰りました(ここからが遠いんですョ……)。

長寿と繁栄を。マジで!

09-11-13
あさ、ちょっと用事で天満橋へ。その後、タイ料理(ココナツの入ってない汁ビーフン780円)。買い物(牛乳、ヨーグルト、グレープフルーツジュース)をして、帰って仕事。やはりあんまり書くことがありません。

夜、ACアダプタを送るため、コンビニへ。帰って仕事に戻る。またしてもあんまり書くことがありません。

寝しなの読書は、ギリシャの戦争もの。イタリア語からの英訳。でも固有名詞は当然ながら英語化したギリシャ語――というかあらほとんど英語と言うてよいでしょう。日本では長音表記のあるギリシャ語だったりないギリシャ語だったりするようですが、ついつい「これカタカナやったら何ていうんやろ」という雑念が入ってしまいます。くつろげんがな、寝しなやのに。血湧き肉踊る戦記ものでくつろごうというのがまちごうてますかそうですか。

長寿と繁栄を。マジで!

09-11-12
もしかして家へ寄っていくことになるかと思った人は寄っていかなかったので、掃除の成果は人には見せませんでした。

錦秋公演、中日で今日は休演日。劇場も休館日です。報道によると、昨日、綱大夫師匠がまた休演されたとか。5、6、7と休みで8、9、10と出られて11に休み。明日以降がどうかはわかりませんが、私はその8と10を聞いたことになるんですね。

中日を利用して中央区役所ロビーに勘市さん、紋臣さん、紋吉さんが来られて人形の解説。ふだんの観賞教室などにくらべて、左遣いへのサインの話をわりとたっぷりめに聞けました。「サインを出さないとこうなっちゃって困ります」という実演でも、紋臣さんにわざと無視させておいて、お人形に紋臣さんの顔をのぞき込ませたり、顔の前で「ちょっとちょっと!」と手を振らせてみたり、なかなか芝居が細かかった。「それでは、今度はちゃんとサインを出します」と、全部ぶっつけでいろんな動作をしてくださったのですが、それもかなりたっぷりめ。大変だったのは紋臣さんですね(まあ、本公演中はずっとそれやってるんだから常日ごろと同じなんですが)。

勘市さんは質疑応答がお上手。引き出しも多く、手持ちの材料を質問とうまくつないで要領良くまとめられます。非常に(言語面での)頭の回転の速い方という印象を受けました。まあ、そういう方を選んで派遣してるのでしょうけど。

私も質問させていただきました。黒衣のポケットの大きさと、それから、頭巾の中から外はどれくらい見えるの? という2点です。ポケットの大きさは、個人差があるとのことでしたが、手で四角を作って「これくらい」と見せてくださいました。思ってたより大きかった。あれ以上大きかったら、物は入るだろうけど底をさぐるのが大変になるのでしょうね。頭巾は中が暗く外が明るいため、けっこうよく見えるのだそうです。4列目くらいまでなら、お客様が居眠りされているのが見えるくらい、とのこと。

堺筋本町の区役所から、谷四の府職員施設まで出て、以和貴荘(だったかな?)でランチ800円。皮が銀色系のお魚の切り身が出ていて、サゴシか何かかと思っていたら、黒鯛か何か、タイ系の白身でちょっと驚く。よっぽどコーヒーも頼みたかったけど家に帰るまでがまんしたよ。

夜、友人のノートパソコンのACアダプタが壊れたという話が出て、いろいろ聞いてるうちにうちにあるアダプタが適合しそうだとわかり、近所だけど送る約束を。ぷちぷちを見つくろい、封筒を見つくろい、しかし一筆箋に何か書こうと思うと億劫になって何週間も放置することが目に見えているので、カードの一つもなく乱暴に送りつけることを決意。こういうあきらめがうまくなったのも回復というべきか発達というべきかはたまたオバサン化というべきか。

それ以外は普通に仕事。あまり書くことがありません。長寿と繁栄を。マジで!

09-11-11夜、追記。
昨日「書くことがない」なんて書いた後で、思い出したことを追記しました。税金を払ったことは忘れたくないしね。

夜も遅くにアルコールスプレーを買いにコンビニへ。というより、スーパーに行くつもりで時間も見ずに家を出たら閉店後だったのでコンビニに流れただけですが。電子レンジなんかの油汚れをとかそうと思ったのだけれど、お掃除用消耗品のコーナーにはなくて、手指消毒用のを買いました。同じエタノールだから成分としては別にいいんだけど、スプレーのノズルの構造が違うんですよね。掃除用のほどは飛ばないし、広がりません。使いにくいよう。

家を出るときに郵便受けを覗いたらオットの所得税の請求が来ていたので、そのままコンビニで必要額を下ろし、レジで支払いました。最短記録じゃなかろうか。コンビニにはなぜかオットがおりまして、まんがを立ち読みしておりましたので、忍び寄って後頭部を軽くこづいてやりました。自分がやられたら全然ダメなのに、人にやっても大丈夫、ということはたくさんございます。

帰ってから掃除の続きをしました。

寝しなの読書はレズビアンの少女たちの青春小説だったんですが、洋服のブランドの名前やら、外食チェーンの名前やら、芸能人の名前やらがわからんものであちこちすっ飛ばすしかなく。こんなにばんばんリアルタイムの趣向を入れてたら、おっそろしく商品寿命が短くなりそうな気がするんですがそれはそれでいいのか。ほんでは長寿と繁栄を。マジで!

09-11-11
、仕事した
、玄関、台所、洗面所を掃除した

今日は定刻に仕事を上がってから、夜遊びする代わりに、自宅を掃除したのです。仕事場と寝室には手をつけませんでしたが。電子レンジ磨いた、鏡磨いた、床拭いた、炊飯器のフタまで磨いた、コンロ磨いた、トイレの床も拭いた、玄関の床も拭いた。やたー。

ここでネタ切れ。ほらぁ、書くことがない。ね?

09-11-10
7日にうっかり衝動買いした切符で、心中天網島の2回め。本当はリピートするなら芦屋道満大内鑑の方が好きな演目なのに、なぜこんなことになっちゃったんだろう? まあ、好きな人形遣いさんはこっちの方がちょっと多いんですが。

すっかり声量の落ちてしまわれた綱さんですが、今日は3列め右端という床の足元。横を向くと綱師の見台、という場所なので大丈夫でした。ああ、やっぱり買っておいてよかった(買ったときはそんなつもりではなかったんですが)。ただ、やはり右側の席からは舞台がいろいろ見づらいんですけどね。太兵衛と善六の出入りが遠く、野次馬のツメちゃんがほとんど見えない。紙屋内の箪笥が見えない。一般的には、あまり極端なのはよろしくないということですね。

もしかしてこの辺の座席って、楽屋に出入りしたりチケットをまとめ買いしたりする上得意さんとか、出演者の知り合いとかの多い場所なんですか? 休憩時間にすぐ近くの高そうな和服の女性にご挨拶に来ている技芸員さんがいらしたりして、それもちょっと大物感の漂う方々だったので、見ててビビっちゃったりもしたんですが。でもその大物感漂う方が腰低くぺこぺこと挨拶してらっしゃったりするので、よけいにビビりました。怖くなって、居づらくてロビーへ逃げました。私だって定価でフツーに切符買っているのになんで逃げるんだよっ、と今振り返ったら思いますが、「お弟子さんを叱っている姿はさぞかし怖いにちがいない」という想像だったようです。だーかーらー、私はシロウトなんだから怒られないんだってば! いや、シロウト弟子でさえなく、純粋なお客なんだから、迷惑行為でもしないかぎりは叱られないんだってば! たとえ、ドクロのシャツに切り裂きジーンズで劇場へ行ったって……あれ、やっぱり劇場の雰囲気壊してますか? すいませんねぇ。

技芸員さんといえば、この朝の開演前はなぜか、自転車で出勤してこられた英大夫さんに出会いました。出番は夜のはずなんですが、忠臣蔵のお稽古なのか、博多座の菅原伝授のお稽古なのか、それとも研修生の授業なのか知りませんが。

なんだか芸能・演芸日記みたいになってしまってお恥ずかしいやら申し訳ないやら。仕事のことは……ネタがほとんどないんですよ。雑誌記事や字幕の人はどうだか知らないのですが、単行本の翻訳って単調なんです。むしろ、単調な方が助かります。たとえばこーんな感じ。

ね? これなら書くこと起こらない方がいいでしょ? 開始時刻と終了時刻、処理枚数、進捗状況を書けば(私にとってだけは)臨場感をかもし出すこともできますが、編集者さんにそんなの見られたくないし、読者にはなおさらタイクツでしょうね。

まあ、ほかにもスタトレ最新映画のDVDが出たり、三宅乱丈『ペット』のリミックスバージョンが出たり、ジェイン・オースティンの映画が来たり、いろんなことはあるんですが。

09-11-09
早く起きて早めの時間から仕事。昨日は文楽で3時間遅刻したのに、明日ももう一度3時間遅刻することになってしまうんだから今日は少しでも早出。まあ、遅刻だの早出だのといっても出勤先は自宅内なので、通勤5秒なのですが。

4時間早出して2時間残業したら帳消しだなんて思っていたけど、計画倒れに終わりました。4時間早く始めたら疲れるのも4時間早かった。なんて規則正しいんだ。ここで素早くあきらめられるようになったのも成長です。主治医に自慢して褒めさせたら褒めてくれるはずですが、まあ次の通院の日まで覚えているのは無理でしょう。ち。現実は、4時間早出して2時間早退しました。

夜、南左衛門先生を追っかけて、というわけでもないのですが、西宮は極楽寺の瓦林寄席へ。講談は講談会に行けばたっぷり聞けますし、小染と南鱗、たまと南湖、春蝶と南青など一対一で一緒にやる会もたくさんあるのですが(雀松と南左衛門の会は、かつては吉朝さんと三人だったんですよね……)、噺家さんが三、四人いる落語会に講釈師が一人だけ混ざる場というものにどういうわけか興味がありまして。席亭のご挨拶があるときはその紹介文句だったり、お客さんの反応だったり、講釈師さん自身のマクラだったり。そんなもの見てどうするのだと言われると自分でもよくわからないし、気になってしまう理由さえ言語化できないんですが、どうもそわそわとして観に行かずにいられないのです。

雀五郎「初天神」、吉坊「かぜうどん」、春蝶「任侠伝」、南左衛門「天野屋利兵衛」。季節感あふれる楽しい会でした。ことしはあたたかいから気がつかなかったけど、もう冬が来て年が暮れるんだなあ。

ところで春蝶さんは「サ入れ言葉」を何とかしてほしーい。私、「ラ抜き言葉」には比較的寛容なんですが「サ入れ言葉」は非常に苦手なんだよう。これ直んないなら避けて通りたいよう(刺青のシーンは可愛かったんですけどね)。

岩手で買ってきたホロホロチョウの燻製をスライスしてちびちびと。レンジ蒸しキャベツとゆで卵みじん切りのヨーグルトサラダ。

09-11-08
この日はよみうり文化センターの現地講座というのに申し込んであったので、心中天網島を団体観賞なのです。団体券なのでチケットは会員割引よりさらに安いんですが、座席は行ってみるまでわかりません。早起き(当社比)して家を出て、劇場裏手の受付へ。舞台は11時からですが、10時から相子大夫さんのお話があります。お師匠さんの綱大夫さんがご病気とあってはさぞお忙しく、気苦労も多いことでしょう。この日ふと気がついたんですが、相子さん、手が小さーい! 野澤喜一朗さんもそうなんですが、どうしてこう、迫力ある顔の方々がこんなモミジのような手(おおげさです)をしてらっしゃるのでしょうか。

座席は、そこそこ全体が見渡しやすい8列目だけど、比較的左寄り。まあ、くくられる格子も喧嘩の現場も下手だし、上手の箪笥、長持は右側席からは見づらいから、この話に関するかぎりは左寄りが有利かもしれませんね。

「河庄」の端場(文字久・宗助)は人形は黒衣、切(住・錦糸)から出遣い。紙屋内の口が松香さんだったのですが、マクラなどいかにも導入部らしく素直で素朴な感じなのに、おさんの母(亀次)の詞になるとびっくりするほど映りました。そしてその奥。盆が回ると、登場したのは綱師匠。戻ってこられたのです。相子さんもお白湯汲みとして登場。奥じゃなくて切。ただ、やはり声量は劣り、上手側の座席で聞きたかったなという感じ。人形で印象的だったのは玉輝さんの舅五左衛門。怖いー。遣ってる玉輝さんご自身は終始あの半分笑ってるような顔ですが、それでも人形はちゃんと仏頂面に見えるんですよ。怖いんですよ。玉女さんも怖れる(←違う)「にべもない昔人」。最後の道行は、小春がまたしても三輪さん。ところで、治兵衛が南都さんだったのですが、これがなかなかかっこよいじゃありませんか。この人は男役の方が合ってませんか? もう赤姫は振らんでくださいとお願いしたくなります。

終演後、簡単なバックステージツアー。夏に別のカルチャーセンターで申し込んだときは、『天変斯止嵐后晴』の冒頭の暴風雨の合奏に備えて船底が埋められた後に案内されたため、手摺の高さを実感することができなかったのです。それじゃ意味ないやんー、ということで今日が雪辱戦(戦いなのか?)。ちょうど、芦屋道満の大序で使う宮中のセットが準備されており、通常の、ごくごくありがちな構造を見ることができました。ああ気がすんだ。

前回と同様、そこここでほかのバックステージツアーが行なわれています。よそ見をしていると違う団体さんに迷いこんでしまうかもわかりません。ちょうど、舞台を見せていただいているとき、同じ舞台の奥の方では桐竹勘寿さんがお客様のグループに人形を操作して見せていらしたのですが、もう一人の講師であるらしい鶴澤燕三さんが、勘寿さんの解説に飽きてしまわれたのでしょう、ふらぁ〜っと列を離れ、大道具さんがもつれたヒモをほどく様子を見学(?)しておられました。まあ、ご自分の職場ですから、ほって行かれても迷子にはならんでしょう。

大急ぎで家へ帰って仕事。スタートが遅れた分、集中しないと!

09-11-07
早起き(当社比)して朝食、荷作り、発声、チェックアウト。

会場のアイーナというところは、巨大な吹き抜けのある、未来チックな建物でした。なんだかSF映画のセットみたいでもあるんですが、なにしろガラス部分が多くて外光がたっぷりさしこむものだから、どうも宇宙的な感じはしません。19世紀末ヨーロッパの植物園の巨大温室みたいな明るさ。でもシースルーエレベーターは宇宙っぽい。どっちやねん。そうだ、何かに似てると思ったら、はこだて公立大学に似てるんだった!

今日は花風社の浅見社長と対談形式です。テーマは四つで、身体、情報処理、社会性、適職ということになってます。内容については、足を運んでくださった方に「トクした」気分を味わっていただきたいということもあって(それに、もう忘れたし)再掲は控えますが、そんなに致命的なミスはしなかったはず。ほっとしました。本もたくさんお買い上げいただけて安心しました。今回は私の本だけでなく、来られていない藤家さんの本も即売しているため、その分も責任を感じていたのですが、肩の荷が下りました。主催者の皆さんがたぶんとてもツボを心得たアシストをしてくださっていたようで(うまくいったときはトラブルが起こらないため、実は陰でアシストされていることに気がつかないのです)、大変ストレス少なく仕事に専念できたことを感謝しています。そして、お越しくださった皆様、お買い上げくださった皆様、ありがとうございました。

さて、お仕事はすんで、今度は趣味の時間です。会場と同じビルの中のネットコーナーに主催者さんが連れて行ってくださったので、そこで国立劇場のサイトへログインします。通常公演(近江源氏)は一般発売日の午後にしてはそこそこの良席が、観賞教室(忠臣蔵前半)も良席ではないもののAプロとBプロで続いた日がとれて一安心です。

さあ、本当なら、確保できたところですぐにログアウトすればよかったんですよねー。ところが、せっかく端末を見つけて(もらって)アクセスできたんだし、せっかくログインしたんだし、飛行機は夜だからヒマはたっぷりあるし、今やってる大阪公演の残席もちょっとだけ見てみようかな〜なんて思ったのが運のつき。ついこのあいだ、歌舞伎の忠臣蔵のチケットが16000円というのに驚いた記憶も新しいところなのに、今とれた忠臣蔵なんか3600円です。そして何より、今は、ついさっき講師料をいただいたばかりで気が大きくなってます。そんなときに残席情報をうっかり見たら10日の昼の部に思いがけない良席が戻されてきていて、うっかり買ってしまったのでした。あーあ、8日に行くのにリピートしちゃったぁ。だって3列33番なんだもの〜。

まあいずれにしても、チケット取りって苦手です。実際とれた席に一喜一憂するエネルギーだけでなく、発売日を覚えておいて楽しみにしたり、忘れないよう緊張したり、そういうエネルギーがものすごーくもったいない。今回、別に狙ってたわけじゃないんですが、発売日と仕事がたまたまぶつかってくれて助かりました。普通に考えたらライバルたちより何時間か出遅れるのでそれだけ見やすい席はなくなりますけど、精神的なバランスが保ちやすいというありがたみの方が大きかったなー。現に、端末に向かって国立劇場サイトにアクセスするまで、チケットのことをきれいに忘れていられましたから。

チケットを確保したところでお昼どきになりました。仕事がすんだのでお刺身解禁です。念願のサンマとホヤを食べたらお腹がいっぱいになったのでイカは食べられませんでした。残念。

夕方まで普通に仕事をして、夜の飛行機で大阪へ。行きは渋滞があってもいいようにと遠回りしてモノレールに乗りましたが、帰りは近くて早いバスで十分です。谷町線に乗り換えなので梅田行き、上六行き、天王寺行きのどれでもいいからよりどりみどりです。たまたま上六行きがすぐだったのでこれに乗りました。上六行きのバスは初めてだったんですが、バスターミナル周辺に一通や右禁が多いのか、近所に入ってから発着場までがえらく遠いことがわかりました。次からは梅田行きか天王寺行きにしよう。しかも、上六から谷九って乗り換えがけっこう遠いし〜!

けっこう遅い時間に上六から谷九へ向かっていたら、なぜかどう見ても竹澤宗助さんに似た人が近鉄の方へ。あんれー? でも、宗助さんの出番は確か朝一番だったはず。お稽古にしても、こんな時間まで稽古場が開いているとも思えません。別人かなあ。

後でわかったんですが、この日は山本能楽堂の上方伝統芸能ナイトで、咲甫さんの素浄瑠璃だったそうで。宗助さんもこれに出ていらしたので、やっぱりあれは本物なのかも。谷四なら、谷町線で谷九に出てもおかしくないよね。

せっかく帰ってきたけどオットは研修で不在。すれ違い夫婦なり。寝ようとしていて気がつきました。そういえば盛岡へ行ったのに、一度も焼肉に行かなかった。お魚のお店で刺身を避けて料理を選ぶのは大変な上につまんなかったけど、焼肉屋なら簡単だっただろうに。なんでそのときに思いつかないんだろ?

09-11-06
翌7日の午前に盛岡で講演があるため、この日は移動日。夜までに着けばいいだけなのです。伊丹−花巻便は朝昼夕の一日三本ですから、本当は夜でもよかったんですよね。でもワタクシ、何かあってもどうにか現地へ着けるように、仕事の移動は最終便では行かないことにしています。というわけで、候補は昼の便――と思ったんですが、昼のは小型の機材でした。大きいのは朝夕の2本らしい。大きい方が揺れが少ないんじゃないかと思うと、ついつい朝の便をえらんでしまいました。

おかげで、出番は土曜の10時なのに、金曜の朝8時すぎには家を出ることに……。天王寺か梅田からバスに乗ることにすればもっとゆっくり出られるのに、渋滞があっても大丈夫なようにと、わざわざ遠回りしてモノレールに乗ることにしたからです。こんなふうに用心ばかりしてるから、行く先々で手持ちぶさたに待つことのくり返し。あんまり余裕がありすぎるのも、暇つぶしに始めた遊びに過集中して時間を忘れ、かえって遅れる危険にもつながるんですが、幸い今回は大丈夫でした。結局、盛岡のホテルには12時半に到着。しかしチェックインできるのは2時以降。まあここまで来てしまえば、いくらうっかりしても問題ないので気楽なもんですが。

早く着いたせいもあって、昼、夜、朝、昼の4食も現地でいただくことに。盛岡は盆地ですが隣の釜石からおいしいお魚がたくさん届きます。でも、講演が終わるまでは生ものを食べないと決めているので、お刺身はがまんがまん。サンマもホッキ貝も生牡蛎もイクラもホヤも見送り、お昼は鮭の焼いたのと菊の花のおひたしとウニのお吸い物を楽しみました。明日こそはサンマの叩きを食べるぞ、ホヤを食べるぞ、イカそうめんを食べるぞー。それまでの辛抱です。

翌7日は文楽12月公演(近江源氏先陣館)と観賞教室(忠臣蔵の下馬先進物の段から城明渡しの段まで)の一般発売日のため、自分の講演会が終わりしだい、どこかネットできる場所で国立劇場のにアクセスしてチケットとり、という予定が入っています。ホテルはもちろん朝にチェックアウトしてしまいますから、客室内のLANは使えません。会場にもネットできる場所はありそうな、という気はしつつも確信が持てないため、保険としてまんが喫茶に会員登録してみました。近江源氏先陣館といえば、人物名こそ源氏に置き換えてありますが実は大阪冬の陣のお話で、登場するのは幸村や秀頼公なんですよ。それに観賞教室は忠臣蔵でしょ。ときは12月でしょ。赤穂義士のシーズンでしょ。文楽好きとしてだけじゃなく講釈好きとしても血湧き肉踊るチケット予約なのです。

観賞教室というのは、学生さんの団体が入ってあまった席を一般のファンにもバラ売りしようという趣旨なので、団体予約が最優先。一般発売どころか、友の会(あぜくら会といいます)の先行販売さえ始まらないうちから団体予約で満席になる日もあるため、買える回はけっこう歯抜け状態なのです。その上、ダブルキャストのA班とB班を見くらべたい、でも滞在は短くしたい、というわけで、歯抜けカレンダーをにらみながらなるべく続いた日時を狙うのですが、A班とB班と通常公演の順序はけっこう複雑に入れ替わります。気をつけないと、B班が2回でA班がなかった、なんて失敗もやりかねません。

私は会員ではないので、申込みは翌日の一般発売日を待たねばなりませんが、先行予約が始まったおかげで、現段階での残席状況を見られるようになりました。購入画面にこそ進めませんが、歯抜けカレンダーの閲覧まではできるわけです。50円で入会したまんが喫茶で、これを紙製のアナログ手帳に写し、「どの日を狙おうかなあ」と作戦を立てます。まあ、観賞教室は格安のせいもあり激戦になるとかで、今ある席が明日もあるとは限りませんが、それでも参考にはなります。候補を何パターンかに絞ります。

作業の途中で、綱師匠が休演とのニュースを知りました。代役は津駒さんとのこと。

2時になったのでホテルにチェックイン。夜まで普通に原稿。大阪で仕事してるのと変わりませんね。夜になると散歩を兼ねて会場の下見と夕食。今度は牡蠣の一人鍋とマツモの酢の物です。帰ってまたしばらくは原稿。一泊だけなので洗濯はなし。風呂に入って、翌日の衣裳のシワをとるため霧吹き、薬を飲んで布団の中でネタを繰るうちに意識消失。

09-11-05(短いですがこれで完成。追記しません)
今日も起きたら午後1時。前夜は2時に寝たので11時間寝た計算です。一昨日レスリンを飲み忘れて、昨夜は思い出して飲んだせいなんでしょうか。飲み忘れはなるべくやらかさんように気をつけたいものです。今日は夕方に遊びに行く予定もないし、夕食はイクラ丼だし、あわてて仕事を始めれば何とかなる日で助かりました。

寝坊の遅れをとりもどすべく働く一日。ふう。

09-11-04
元祖、成城に住む友人情報によれば、成城石井に塩キャラメルトリュフが登場したそうです。昨シーズン、この人のお勧めでうらやましくなって私も買おうと思ったらそれっきり手に入らず、心残りになっていたチョコレートでございます。

あんまり手作りとかで手間ひまをかけたくないなあと思っていたはずなのに、うっかり生スジコを見かけてしまったのが運のつき。まちがって買ってしまい、スジコをほぐしてイクラを漬けることに……。あしたから食べはじめます。おいしくできてるとよいのだがなあ。そのほか、ダシをまとめ取りしたり、野菜をゆでてみたり、いろいろした日。手作り信仰とかにはハマりたくはないんだけどねぇ。

さて。歌舞伎って生涯で一回しか生では見たことがなく(それも、お金を払う以外はぜ〜んぶ友だちにおまかせで)、自分で調べたり情報を集めたりしたことがなかったんですが、文楽好きの人たちには歌舞伎と二股かけてる方が多いもので、このごろ行く先々でいろいろと感想が目につきます。というのも、こないだどこかで義経千本桜が終わったばかりで、どこかで仮名手本忠臣蔵が始まったばかりだから。

ふらっとその忠臣蔵のリンクを踏んでみて、歌舞伎の一等席って文楽に比べたらわりと高いんだなあと気がつきました。忠臣蔵、1万6千円するんだってー。文楽2回(一等席の定価で)行って、落語会1回行って、講談会2回行ける値段だー(もちろん3階席4200円だとか2500円だとか救済策は準備されていますが)。

ふと、日記で私が文楽行ってきましたと書いてるのを見た人から「お金あるんですね」と言われた謎が解けたような気がしました。何人もの方から「何万円もするんでしょ?」と言われたことがあるんですけど、あれは歌舞伎からの連想だったのかもしれませんね。まあ、本家本元の1万6千円も「何万円もする」という感じはしませんが、もしかして、昼夜通しのお値段のことなんでしょうか。それならわかるような気も。1万6千円も昼夜なら3万2千円になってしまいますものね。文楽昼夜で2回と昼だけ1回行って、落語会に1回行き、それでもまだ講談会に1回行けちゃいます。

ま、私の日記に文楽や落語の記録が出てきたら、「この人は歌舞1回行く代わりに文楽2回と落語1回と講談2回行ってるのだな」とでも思っといてください。

……なんて計算をしていたことが意識の片隅に残っていたばっかりに、その3日後の11月7日にはちょっと困った目に遭うことになった私なのでありますよ。

この日は忘れずレスリンをのみました。

09-11-03(追記した)
朝、昨夜の長粒米ごはんが一食分残っているので、レトルトカレー一袋だけ買ってきて半分ずつ分けて食べようかという話に。

ところが最寄りの小型スーパーのレトルトカレーコーナーには「ソレ系」の(中村屋とかデリーとかのですね)が一つもなし。古き良き日本の「おうちカレー」か、ちょっと価格帯が上のになると洋食屋さん系。さすが住宅街。お婆ちゃん御用達。

コンビニの方が若向きに振れてるだろうからもしかして、と思いつつセブンイレブンに行ってみたら、自社のプライベートブランドに席捲されててびっくり。その中にインド風チキンカレーなるものがあったので買ってきたけど、第一印象で目立つのは塩の味。何かに似ている、と、腕は使わず脳内の腕で腕組みして考えてみたら、そう、あれです、焼肉の塩ダレ味。豚とネギという感じ。どこがインド風なのかよくわかりませんでした。でももう食べ始めてるんだし、「ちゃんとスパイスの効いたカレーが食べたい」というスイッチが入ってしまっているし、何とか救済したいじゃありませんか(カレーも、ごはんも、我々の気分も、この時間も)。瓶入りの五香粉と袋入りの赤唐辛子を混ぜて、それなりに満足しました。

世間では祝日のようですが、これまで連チャンで遊びに行ってたこともあり、スターのオーラを浴びた余波もあり、今日は働く気満々です。

原稿に加えて掃除までした。あまりに目がカユいものだから、これは埃をとれとのお告げではないかと考えて。掃除をしたのに散らかった。ではなく、掃除をしたら散らかった。はたと昨夜と一昨夜と薬をのみわすれたことに気がつき、昼の日中にのんでしまう。

お昼は原宿龍の子の冷凍撻々麺。こんな幅広のヒモ状の麺は初めて見た。食べたら思いきり眠くなった。麺のせいか薬のせいかは不明。夕方、思いっきり昼寝。夕方から宵にかけて寝ても昼寝。

そして、昨夜の分を昼にのんだので飲んだ気になってしまったせいか、それとも夕寝からさめないまま寝る準備をしたせいか、またしても今夜の分を飲み忘れて寝たのでありましたよ。

09-11-02(嶋大夫師匠との相合傘自慢、芦屋道満感想、文雀一門の結束の件、追記しました)
強風、のちに小雨。夕方から文楽錦秋公演第二部に行くためいつもより早い時間に仕事を始め、大急ぎで。番組は芦屋道満大内鑑の初段〜二段目と四段目です。大序から始まるって、いかにも時代物らしくていいよなあ。

地下鉄出口で豊竹嶋大夫師匠の後ろ姿を目撃。ちょうどぱらぱらと雨が降り始めたのに傘をお持ちではなく、小さなセカンドバッグを頭に乗せていらっしゃるので、駆け寄って後ろから傘をさしかけ「入ってくださいっっっ」とお願いしたら、変に遠慮したり騒いだりせず、スッと素早く入ってくださいました。こういうところは芸能人というか芸人というかスターというか、堂々としたものですね。それも、歩調を私に合わせてくださったのかそれとも適度に強引にリードしてくださったのか、こんな歩きやすい相合傘は初めてだってくらい歩きやすうございました。太夫さんもミュージシャンだからリズム感が良いということなんでしょうか。たいした雨でもない上、地下鉄出口から劇場の屋根のあるところまでせいぜい1分ですからねぇ。たいしたありがたみはなかったことでしょう。入ってくださったのはむしろ反対にファンサービスだったのだろうと思います。

しかし私、顔はいまいちわからないくせに、後ろ姿はわかったりするのはなぜなんだろう? 最初は、歩く姿の肩の揺れ方に見覚えがある気がして(背広の背中に脳内で肩衣を描き足して補整したのです)、また、大変お背の低い方なので確率も高まり、でもまあ決定打は場所と時間ですね。別の場所でお見かけしていたら気がつかなかったと思われます。「ありがとうありがとう」と私の顔を見られたのですが、そのお顔を見ても「私、人ちがいしてないかなあ」という感じでした。もちろん、お声はわかるのでそんな心配はありませんでしたが。

この日は7列目の20番台後半、わりと床寄り。大序から始まるって、いかにも時代物らしくていいよなあ。御簾内の太夫さんは順番がよくわかりません。最初が芳穂さんなのは声でわかりました。呂茂、靖、希の区別はつかず。

9月の東京公演で病気休演だった吉田玉英さんが復帰しておられましたが、げっそりと頬がこけていて心配になりました。役は婆で、庄司(勘寿さん)の妻。

この話にはそっくりさんの姫が三人登場します。保名のオリジナル恋人だった榊の前(清十郎)、その妹の葛の葉姫(簑二郎)、狐が葛の葉姫に化けた狐女房(文雀)。榊の前はすぐ自害して退場するので、清十郎さんの出番は少しです。

保名を遣うのは文雀師の一番弟子(といってもお弟子さんは二人しかおられませんが)の和生さん。師弟で夫婦です。和生さんはこういう軟弱男が映りますね。意志薄弱なダメ男ではなくて、気品も教養もあるけど正直すぎて図々しさと体力が不足しているような軟弱男。

パンフにはこの演目について文雀師の談話が載っていまして、その中に、長らく休演の続いている二番弟子、和右さんのお名前が言及されていて、しんみりした気分に。それも、「蘭菊はめったに出ない演目なので振付を知っているのは和生と和右だけです」という文脈だったのでなおさらです。和右さんがいつか復帰できそうな状態なのかどうか、私などは知る由もないし、また、関係者が発表する気もないのに詮索したり憶測したりするのも失礼だと思っていますが、こういう形で名前を出してくれる師匠って、いいなあ。

その文雀師匠の狐女房、ため息出るほどきれいでした。芸域の広い方ですが、人じゃない人物を遣うと特にいいですね。

劇場の帰りにたくさん買い物。キャベツ、コーヒー豆、もやし、ヨーグルトなど。もやしは豚のゆで汁でゆでて、カレー粉と市販の瓶入りドレッシングで和えて。メインはレトルトのカレー2種を食べ比べ。せっかく食べ比べたのに、二人で取り替えたりしているうちにどっちがどっちだったかわからなくなった。何のための食べ比べ……。まあいいけど。長粒米ちょうど使い切りで終了。しかし炊いたごはんは残りました。ちょうど一人前ぶんくらい。

スターのオーラ効果で夕食後も仕事。そしたらうっかり夜更かし。眠くて眠くて机の前で寝そうなところを布団へ移動したのはいいけれど、レスリンのむの忘れました。

09-11-01(電車の乗りまちがいの項、お肉のしまい忘れの項、独演会の感想を追記しました)
雨。オットがなぜか休日出勤で留守。福島のABCホールで桂雀松独演会。蛸芝居が見たくて早くからとった切符です。

ABCホールは福島にありますが、前夜に地図を調べていて、新福島からだともっと近いぞと気がつきました。先日、東梅田から西梅田が遠いから代わりに東西線北新地へ出ればいいと気づいたばかりで、まだ勢いがついてます。せっかく東西線に乗ることを覚えたのだから、今のうちに乗り慣れておきたいと思ったんでしょう。いつものように天王寺で環状線に乗り換えるのではなく、南森町で東西線に乗り換えてみました。

そしたら。何を思ったか、うっかり北新地で降りてしまったのですヨ〜。「もうこの路線は覚えた」という気になって、ふっと油断したんですね。

それと、この日は頭に引っかかっていることがあったのです。谷町線の中で、そういえば昨夜のゆで豚の残り半分を冷蔵庫に入れてこなかったことを思いだしまして、「うーあー、帰るまで保つかなあ、傷んでたらどうしよう」なんていらんことを考えていたのです。おかげで交通脳がお留守になったものと思われます。

だってさー、北新地ではおおぜい降りるんだもん。扉が開いたという刺激と、人の背中の動きに釣られて、降りてしまいました。気がついたのは改札を出た後。出口を探していたら、どうも書いてある表示が梅田っぽすぎるので気がつきました。

しょうがないからもう一度改札を通ってホームに戻り、次の列車に乗りました。東西線ってわりと本数が少なめというか、間隔が広いので、こういうミスがあると一本あたりの影響が大きいんだわ。やっぱり、ちょっと早く出て良かった。早く出た分がすっかり吸収されてしまってぎりぎりになったわけですが。

雨の中を傘さして走って何とか間に合いました。二乗「普請ほめ」、雀松「替わり目」、文三「芋俵」、雀松「三枚起請」、中入、雀松「蛸芝居」。よく師匠の米二さんが「覚えが遅い、稽古が進まん」とボヤキの素材にしている二乗ちゃん、がんばってました。ここの型(?)だとこづかいは「三円」なのね。「替わり目」は妻(オバチャン)が可愛かった。こういう話になると顔まで女っぽく見えてくる。つく枝改め文三さんは久しぶりで、文三になってから初めてです。えらく痩せててびっくり(それでも一般的基準では相当ごろんとしてますが)。芋俵はアホの表情が良いなあ。でも何か、体格のせいか、登場人物ではなくて芋俵に見えてくるんですけど。三枚起請は悪くはないんですが、早口になるとするする滑る「アレ」が出てしまった感じ。雀松さんこれがないと良いのに。

お目当ての蛸芝居はこってりたっぷりでおなかいっぱいになりました。ただ、雨のせいか鳴り物全般、音が湿っぽく聞こえて気の毒でした。ただ、カゲ打ちだけは湿気とかじゃなくタイミング自体がビミョーにもたついて重かった気がするんですが。

さて、帰りですよ。また東西線に乗って帰るつもりだったのに、地下への入口が見えたから釣り込まれて入り、前の人が急いでいるから釣りこまれて駆け込み乗車して、「やったあ乗れたあ」とトクした気分に2秒ほどひたってから、車内の様子が違うことに気づきました。

これ、阪神電車やーーーん! 何してるの私ー。結局、あんなにきらいだった梅田の雑踏を通って谷町線に乗り換えることになってしまいました。あーあ。それに、予定していたよりだいぶ遅くなってしまいました。冷やし忘れた茹で豚は、茹で汁(=ダシ)はどうなってしまうの。

いつもの私なら、一刻も早くブタの顔を見たくて、帰り道でATMへ寄るのも買い物するのもキャンセルして飛んで帰ろうとするところですが、この日の私は理性が勝ったぞ。18時間だか室温に放置した上で、15分や20分早く冷やしたからって大勢が変わりますかいな。単に現金をおろすとかなら近所のコンビニでもいいんですが、この日は振込をしたかった。それも、すでに遅れている振込です。いったん家へ帰ってしまったら、ATMへ出なおすのはきっと面倒にちがいないし、忘れてしまう危険だって大。そもそも今までだって何度も忘れたから遅れたのです。そう自分を説得して支払いをすませ、大急ぎで買い物をすませて帰ってみたら、茹で豚は全然いたんでいませんでしたとさ。ラッキー。

肉をしまい忘れたことから始まって、電車を降りまちがえたり乗りまちがえたりと失敗の多い日でしたが、この日は、「豚肉を頭から振り払って、ちゃんとATMに寄れた日」ということで、わりと記念すべき達成の日となりました。

まず、「いったん家に帰ったら出直すのが億劫になるし、一服しているあいだに振込のことを忘れてしまうかもしれない」と予測できたってことがワシにしては立派です。

それに、わかんない人にはわかんないでしょうが、このワタクシがですね、「腐っとったらほかしたらええやん。また買うて作ったらええねんし」と思うことができたというのは、なかなかの快挙なのですよ。「食べ物を傷ませたくない、捨てたくない」という強迫はいろいろと選択を狭めてくるんですが、一見「いいこと」にも聞こえる内容であるため、強迫であるという自覚を持ちにくいんです。特に身近な他者に協力を強制したりするとホン迷惑。なんのこたない単なる巻きこみコダワリなのに、当人は啓発だ指導だと思ってたりしかねませんから。こんなの飛行機恐怖やエレベーター恐怖とたいして変わらんのですけどね。恐怖心は変わらなくても、「つき合わされる人はあほくさがるカテゴリーの恐怖である」という知識さえ持てたら、対処時の態度がずいぶん変わります(まあ、最初からそういう知識、自覚がしっかりある人は、引け目を感じどおしの毎日になってしまってそれはそれで気の毒なんですが……)。

自分の殻を破り、可能性を広げる練習という意味では、茹で豚は腐っててくれた方が、捨てる経験を積めてもう一歩お得だったのかもしれませんが、相手は自然界です。本当にいたんでないものを捨てる必要はありません。素直に喜んでればよいのです。それに、この日は「阪神を利用する」という経験を広げたので、殻を破るのは一回で十分ですよね。幸い、これで阪神電車の億劫感はかなり解消されました。この経験を定着させるためには、できたら近いうちに阪神に乗る用事があればいいんですけどねぇ。なかったらわざわざ作ろうとまでは思いませんが。

09-10-31(追記しました)
何だかえらく寝坊をしてしまってびっくり。このごろ、1時半とか2時くらいに寝るのは従来どおりなのに、目がさめるのが遅いような。今日は12時半まで寝てしまった。早起きするのはチケット発売日くらいなもの。いいのかこんなことで。若い証拠か? その代わり、いったん起きたら目覚めの早いこと。私、9時間以上寝たあとでは非常に寝起きがよろしい。しかし14時間以上寝ると反対に寝起きが悪くなるんですね。9時間から11時間くらいが最も起きてすぐ活発に活動できるようです。

資料読みは頭が煮えてきたのでお休み、この日は通常の原稿に専念。原稿やりながら豚バラを茹でる。大きな塊を三つに分け、赤身の一番多い端と、脂身の一番多い端を茹で、中ぐらいのまん中は塩をすり込んで密封、塩漬けに。赤身の多い三分の一は冷めたら今夜のメイン。脂の多い三分の一は塊のまましまっておいて、後日、スライスしてから茹で直して回鍋肉か何かに。

夜、原稿をしまってから、豚を茹で汁の中でさましながらお出かけ。旭堂南湖の三日間続き読みの会、最終日。99年入門で今年で10年の南湖さん。芸術祭に参加されてるそうなのですが、賞とれるといいなあ。「とらせてあげたい」と言いたいところですが一観客である私には何の力もないのだよなあ。私は南海ファンなのですが(昔なら誤解を招く表現だっただろうな)、南湖さんのヘンな声には何となく中毒性があるような気がします。もともと地声にクセのある方で、ああいう変わった声質って普通は耳についたり鼻についたりと不利になりそうなものなんですが、うまいこと持ち味にできてるんですね。おもしろいなあ。

昨日の空板は南舟君でしたが今日は南斗君。同じく三方ヶ原。同じことやっててもだいぶ雰囲気ちがいますね。声質だけじゃなく、南舟君の方が話芸っぽく南斗君の方が音楽っぽい。舌の両側から呼気が漏れる「ひ」音(英語だと「cl」で聞かれるような音)が特徴?

帰ってから、豚バラで赤ワイン。オットが成城石井で買ってきた、何だか数字のいろいろついたやつ。

本当なら、ここで残った茹で豚を冷蔵庫にしまって寝るはずだったんですよ。ところが、気持ちよく酔ったせいかそのままコンロの上に放置して寝てしまったのです。それが翌日、尾を引くことに……。

09-10-30
錦秋文楽公演は明日が初日。今日は通し稽古だったはず。私は初日は買うてません。私の初日はまだもうちょっと先。明日までは南湖だんご、明後日は雀松独演会。ああ、蛸芝居が楽しみでたまらない。

鈴木主税氏死去。

チケット販売のイーテックスの会長がポプラ社の新会長に。

簑助師匠が文化功労者に。

米朝師匠に文化勲章。

ニュースサイトやないのでいちいちリンクはしません。

原稿の合間のニワカ本読みは『こころのりんしょうアラカルト 子どものチックとこだわり』、『精神療法 第35巻 第5号 強迫性障害臨床の現在1』など。そのほか、『誘惑される意志』『行動経済学 経済は「感情」で動いている』を再読。これがね、もうね、いっこも覚えてないんですヮ……。覚えているのは、「前に読んだんも、秋〜冬やったなあ……」ということのみ。梨が出なくなって、どこかで菊が咲いていた。なんべん勉強し(たつもりになっ)ても元の所へ落ちます。お七のお人形でさえしまいには上へ着くのに、私はお七以下か。お六か。種子島の六? それとも喜六?

目先の原稿用のニワカ調べはシャクターの『なぜ、「あれ」が思い出せなくなるのか』、ロフタスの『抑圧された記憶の神話』と『目撃者の証言』。いずれも2回以上は読んでいる本なのにやはりこれっぽっちも記憶になく、必要な箇所探しだすのに時間のかかることかかること。ところが、別に自分で内容をわかる必要はないと思っているせいか、忘れていることがさほど苦になんない。自分に甘ーく、自分にやさしーく、一日の仕事をしまうことができました。終わりよければなんとやら。これ、順序がちがってたら後味がさぞかしちがったことでしょう。エンドピーク効果って、こういうことなん? 気持ちよく南湖だんごへ。

資料読みとか調べものとかをしてる時期って、手首や手の甲の痛みが軽くなるのはよくわかるんですが(原稿の字数が減り、打鍵数が減るから)、尻の骨の痛みも軽くなることに気がつきました。同じように座ってるつもりなんですけどねぇ……。もしかして、読んでいるときの方が、姿勢ががさごそしているのか。すぐ飽きる、根気のなさが尻を守っているんでしょうか。

09-10-29
相変わらず、通常業務(翻訳原稿)とニワカ勉強(調べもの、資料集め、資料読み、資料リスト作り)の両立でございます。

翻訳はやればやった分だけ残りが減り、原稿は増えますわナ。調べモンも、語句レベルだったり地名の発音だったりすれば、「これでわかった」ということが自分でわかり、そこでやめて先へ進めますわナ。

しかし、資料読みって、読んで自分が十分にわかったかどうか、もうこの辺でわかったことにしていいかどうかがようわかりません。どの程度の理解が必要なのかがどこからも示されてないから、自分の納得感だけが頼りです。これ、めちゃめちゃ頼りないですよ。もう少し生かじりでもよかったのに凝りすぎてたとか、あるいはその逆とか、なんぼでもありそうです。趣味で凝りすぎるのは勝手ですが、自分の時間はしばしば他人のお金でもありますからねぇ。適度なところで引き返してこないと、という注意事項を頭の片隅に置きながらニワカ勉強をするわけです。この「片隅に置きながら」がくたびれるんでしょうねえ。

そんなとき、よく「アタマが良かったら、もっと簡単に終わるのに」とか思います。ところが、たいがいここで自分の中からツッコミが入ります。「いやいや、これでもしかもっとアタマがよかったら、もっとアタマ使う仕事してて、もっと難しいモノを読んで、結局はおんなじくらいへばってるでしょう」と。

毎回おなじところでおなじツッコミが入って思い直して納得するんなら、最初からそこをショートカットできればいいんですけどねえ。なんでかおんなじ一人問答をくり返しておりますよ。

あー、もう、疲れたんで通常業務の翻訳原稿に戻ります。

昨日の「芸人・芸能人敬称問題」の続きをまだ考えてました。芸能人であっても、AMラジオのパーソナリティーとか、テレビだと情報番組なんかの仕事をしている人の名前は、相手役の方が「さん」づけして呼ぶのが何度となく番組中で流れるでしょ? そういう事情によってさんづけが耳になじんでしまうってことはないんですかねえ。まあ、視聴者・聴取者が自分でも使うかどうかはまた別の話ですけど。

芸人ではなく、モノカキ業の私はどうかというと、呼び捨てが多くなるとメジャーになった証という感じはします。ただ、憎悪や軽蔑の表現としての呼び捨てというのもありますから、人を怒らして呼び捨てされているだけなのに「やったあワシもメジャーの仲間入りじゃあ」と一人で喜んでたらめっちゃ恥ずかしいですね!

09-10-28
自分の日記を読み返してみて、技芸員さんの敬称が人によってめちゃくちゃだなと気がつきました。なんなんですかこれは。吉田玉佳さんと竹本相子大夫さんが「ちゃん」づけになっとるやないの。あとは「君」と「さん」が混在。自分でも基準が(すぐには)わかりません。5分もあれば考察はナンボでもできますが、5分で考えて出た結論を文章に書き起こすのに10分くらいかかりそうです。読みたい人もおらんであろうに15分はもったいないからやめておきます。

しかし普通なら、個人的な知り合いでもない著名人とか芸能人の名前に敬称をつけるのって、どうも違和感があります。まるで、知り合いのフリをして人脈自慢をしているような気になるんですね。作家や漫画家の名前なんかも呼び捨てが普通でしょ? 作家で私が「さん」づけして変じゃないのは野尻抱介さん、漫画なら押山雄一さん、漫画原作は松田康志さんくらいです。あとはドラマ解説者の岸川靖さん、ジャンルを特定しにくいけど眠田直さん。ああ、ついこのあいだ、植木不等式さんにご紹介していただけましたが、これで総ざらえでしょう(わぁい、どさくさにまぎれて、知ってる有名人自慢をしてやったー)。それでも話題の種類によって使い分けるでしょうね。個人的にお会いしたという話題だと確実に、お仕事情報くらいでもまだ「さん」づけするかな。でも、作品内容の評価だと呼び捨てになるはず。

ところが、文楽関係のファンサイトは割合、技芸員さんに「さん」づけするところが多い印象を受けます。つーかちょっとマテ、たったいま私「技芸員さん」と書いとるやないですか。一般名詞である「技芸員」からして、すでに「さん」がついているありさまです。これはもう、ファン業界の慣習というか、雰囲気なんでしょうね。もちろん、配役情報や配役メモ、あるいは、技術的なことに言及するような舞台評なら呼び捨てになりますが、観賞の感想くらいなら敬称がつきがちです。そんな中、一人だけ呼び捨てにしているとけっこう浮きそうです。

ただ問題は、この日記では、文楽もスタトレもミステリもイギリス時代劇もルネサンス音楽もバロック音楽も落語も講談も科学も経済も同居してるってことですよ。文楽の技芸員さんに敬称つけた後でも、さすがに作家や映画俳優にさんづけはしませんが、噺家や講談師の固有名詞には勢いでつきそうです。それって知り合いを詐称してる風になったり、ツウぶって見えたりすることになるのかどうか。あるいは、相手をメジャーだと認めてない風になるのかどうか。

いや、悩んでるわけではないのです。これからもあまり考えずに書き飛ばすと思います。ただ、日本語の使われ方・使い分けられ方には興味があるため、ちょっと面白かったのです。

文楽と歌舞伎とか、文楽とタカラヅカとかの同居しているファンサイトはほうぼうにあるようですので、ほかの方がジャンルによってどのように敬称を使い分けているのか、今度ひまなときにでも見て回ろうかしらん。歌舞伎やタカラヅカのことはほとんど知らないんですが、なんかそれぞれにファンダムの文化というか、習慣のようなものがありそうですよね。本読みの世界だって、SFとミステリだけでもなんとなく作家と読者の距離感が違うような印象を受けますから、ほかの世界にもそういうことはあってもおかしくありません。

09-10-27
資料読みとか資料整理とかしていると、自分の根気のなさがつくづくイヤんなってきます。翻訳作業を進めているときにはあんなに発揮できる根気が、なんで資料読みになるとどっかへ消え失せるかね。

――と考えてみると、何冊も同時に仕入れてくるからいかんのだと気づきました。ちょっと飽きたら次のを読めるのが誘惑になってしまうんですよ。でも、だからといって一冊ずつ仕入れてきたら、ハズレだったときに思いっきり時間がムダになります。世の中、あちら立てればこちらが立たずということがぎょうさんございます。

私があんまり健常者をうらやましいと思わないのは、困らな感や比較下手のせいもありますが、悩みの大半が自分のわがままに起因する種類のものだからです。「食えばなくなる 残せば腐る にぎり飯」という天然の摂理からは、どーせ健常者も自由ではないでしょうからね。

そして、健常者だって少なからぬ方々がめんどくさがっているモノとして、梅田の地下街というものがございます。あこ、広いしね。混んでるしね。それにしてもまあ、谷町線の東梅田から四ツ橋線の西梅田へ行くのって、なーんであんなにめんどくさいんでしょうか。

御堂筋線から阪急、谷町線から御堂筋線は許容範囲なんです。阪神は乗り慣れないので乗ること自体は億劫ですが、谷町線から阪神への乗り換えはまあ平気です。でも谷町線から阪急に乗り換えるとなるとめんどくさいし、谷町線からJR大阪駅も地上へ出なくてはならない分、相ー当めんどくさい(ふしぎなことに、谷町線→JRより、JR→谷町線の方が、めんどくささが倍くらいに増します。同じコースで階段が下りになるだけなのに。なんでだろ?)。私は現在、谷町線沿線に住んでいるんですが、新大阪から新幹線に乗るときは、いっつも東梅田から御堂筋線梅田へ乗り換えてます。

けどねぇ、メンドウの親玉は、やっぱり西梅田。阪神越えてもまだ先、というか、阪神を越えたところで初めて旅が始まるんだもの。

最初は、経路がわかりにくくて迷うからイヤなんかと思っていました。しかし、場数を踏んで乗り換え経路がきちんと頭に入ったら、迷わない分だけ所要時間は減ったはずなのに、かえってめんどくささが増してしまった! 以前は「なんとかなるだろー」と気楽に構えていたのに(結果的には迷って遅れてたけどね)、めんどくさい経路が克明にイメージされるようになったようです。というわけで、何か催し物のお知らせを見ても、ヒルトンとかサンケイホールとか聞くともうおそろしく億劫で、落語会のチラシなんかもらってもブリーゼって見るだけで速攻で捨ててました(ひどい……。ごめんね)。

ところが昨日、ヒルトンの木の生えた吹き抜け空間で二人三番叟があるというのでどーしても観てみたくなりました。そこでワタシも考えた。「南森町で東西線に乗って、北新地から歩けばええやん!」って。北新地からヒルトンは、北向きに多少あるきます。東梅田からより多少は近いけど、そんなに変わんないと思います。南森町から天満宮駅の乗り換えで歩く分で相殺されるんじゃないでしょうか。時間的には、東西線の待ち時間を見こまないといけないので、その分早く出なくてはなりません。でも、これで行ってみたら、けっこう快適に行けちゃいましたよ。ヒルトンくらいだとそんなに近くならないけど、今後、サンケイホールとか堂島アバンザとか行くときには役に立ちそうな気がします。というか、なんだかアバンザのジュンク堂が近くなった気分です。ただ、この経路を快適だと感じる人はあまりいないんでしょう、乗り換え案内ページでは提案してくれないので、時間を簡単に調べることができないんですけどね。

そういえば、京都から阪急で帰ってくるときも、淡路で千里線の天下茶屋行きに乗り換え、南森町から帰ってきたんですが、これも乗り換え案内では紹介してないですねぇ。ということはアレか、冒頭に書いた、「世間一般の皆さんだって梅田での乗り換えはめんどくさがっている」という大前提は崩れるってこと? じゃあ、このエントリの構成はどうなってしまうの!? 

ところで三番叟ですが、検非違使が玉翔君で又平が玉佳ちゃん。ステージが狭いせいか、そんなにハジケまくって暴れて汗が飛んで、という感じではありませんでしたが、劇場より距離が近いという楽しさはありました。解説は相子ちゃん清丈'さん玉翔君。人形解説は紋臣さんや一輔君とほぼ同じ(「私の声が気持ち悪いですね」はきっと台本に書いてあるんだろうなあ。なぜか、簑紫郎さんが言うのを聞いたことがないんですが)ながら、玉誉さんが左を持ってたのが珍しくて新鮮でした(足みのつぐ)。最後に一輔君の八百屋お七。会場の都合で、カゲ打ちや鳴り物(半鐘の音)が表に出ているのを見ることができました。

これで東梅田駅を利用していたら、三番叟もっと動け! とか無理な文句言ってたと思うんですが、東西線利用で楽をしたご利益か、機嫌良く帰ってきました。もちろん、休憩だのお買い物だのとそれなりに館内でお金も使ったし、無料イベントだからといってタダ見の客ではございませんわよ。

09-10-26
ここ数日、整理の行き届いていないリアル本棚の前で、記憶の地曳き網。ネットで買った本は注文受付メールのフォルダがそのままデータベースになっているんですが、ジュンク堂や紀伊国屋、意外に多い西区新町の福島書店や上六のルーブル、それに海外のB&Nだったり独立系専門書店だったり、要するにリアル書店で買った本は、引用するのも人にお勧めするのも大変なんです。著者名が姓しか出てこないとか、タイトルが一単語しか出てこないとか、そんなときに検索のしようがないんですよ。

あーもーほんとにもー。

手招くフリーク』の小見出しをみなさんより遅れて送りました。まあ、この先、修正することもあるかもしれないので、これは絶対じゃありません。何だかサイトでは表示が乱れてますが、そのうち直るでしょう。

修正といえば、先日の日記で花風社のことを「注文をいただいて、仕事を請け負って、お題をいただくお得意様」と書いてしまいました。「お題」て。この場合は「お代」が正解です。確かに「お題」をいただいて仕事をすることは多いんですが、それだと順番がおかしいよね。

09-10-25
東京でお会いした方にお約束した文献のリストを作ろうとしていたら、ついつい、読みふけってしまう! アッカーンやーん!

09-10-24
うー。私にしては珍しく、発売日の朝の発売時刻からチケットとり、なんてことをやってしまいました。e-tixで7-11のレジ引き換え方式です。こーゆーねぇ、「行こう、という気持ち」と「チケット発売日」を合わせる、というのが私はどうも苦手でして、だからなかなかいいお席を確保することができないわけなんですが。直前に思いついて駆け込みで買ったりするのが得意なんですよ(それ、得意って言わない)。

今回は珍しくそれができたということは、よほど熱心だったのか、よほど楽しみな催し物だったのか、というと、これが逆。行きたい理由とそうでもない理由が半々とビミョー。演目はいいけど応援してる人が出てない、でも長老やスターが揃ってて一般的には豪華、ついでに珍しい配役など見て「おきたい」ポイントもちらほら、だけど地理的に遠くて交通費がかかる。そして何より、ここはこの種の催し物には大きすぎる会場で、よほど前の席じゃないと見づらいんですね。長老だろうとスターだろうと珍しい配役だろうと、見えなかったら見えませんもん。

そこで、「よい席がとれそうなら行こう」と心に決めたのでした。自分では迷いすぎるから、外部の要因に決めさせようという感じ。さてこうなると、「行くか行かないか決めるために、良い席がとれるかどうかを早く知りたい」という、なんともまあ自閉症ごのみのモチベーションが! おかげで、好きな人が出る大事な公演以上の熱意をもって臨むことになってしまったのでした。

結果。
10時ちょびっとすぎ、1日目の1部が特等席。確保。住所氏名電話番号メールアドレス等の入力に時間がかかる。
10時12分、1日目の2部がまん中あたり。イマイチながら許容範囲。確保。
10時17分、2日の1部はチェックしたら後列だったのでヤメ。一回見てるのにこんな後ろで同じA席の料金を払いたくない。というわけで、お遊びで2階の後列のやっす〜い席を確保。傾斜を利用して大道具の構造や裏方さんの姿をチェックできることを期待して。

(付記:あとになってから、チケット申込みの画面に「公演一覧から追加」「同一公演日時の追加」というリンクがあることに気がつきました。これに気がついていたら、2枚目も12分ではなくて6分か7分ごろに座席の仮押さえができたようです)

結局、行くことにして宿も足も確保しましたが、こういうサスペンスって疲れますね。途中経過の一喜一憂もコミで楽しめるんならともかく、私は切符さえ手に入ればいいという方です。観劇やコンサートのたびにこれをやるのは精神的コストが払えませんヮ。仕事がなくて、趣味が本業になってたらこなせるんかもしれませんが、これを片手間にやるのはヘタクソです。

そして、これをすませてほっとしたところで、先日、ローチケでとった別の切符の引き取り期限を超過して、予約が無効になっていることを発見! ふだんはぴあを使うことが多くてローチケは不慣れなせいかこの失敗。後ろの席でもいいからとり直そうと思ったら完売でやんの。めそめそ。まあ、ちゃんと仕事をしていた証だと思うことにしよう……。やっぱり私は、「当日券、全席自由」が好きだー!

09-10-24
すみません、宣伝するのを忘れていました。ミネルヴァ書房の『別冊発達』の30号に短文を書いたんでした。ミネルヴァは出版点数も多いせいか、サイトに掲載されているのに気がつかないでいたら、そのままうっかり忘れてしまったのです。こちらにありました。

アマゾンでも、雑誌かと思って検索したので見つからなかったんですねぇ。どうやら、単行本として分類されていたようですよ。

この話はあんまり書いてて楽しいものではありませんでした。障害以外の部分(キャラとか気質とかいう部分)と障害との相性、組み合わせについて書いたので、書いてて恥ずかしくなってくるんですね。まあしょうがないですけど。もちろん、個別の特定個人(この場合はたまたま私ですが)のエピソードなど、そのまんまではなんの使いみちもありません。こういうメカニズムでこういうことがあるかもね、という一例でしかないので。私の経験という数値を代入して出た数値ではなく、計算式の方を見てくださいね。

09-10-23
ごぶさたしておりました。文楽地方公演@静岡→クィア学会でお勉強@津田塾→落語会と観光@浅草→ミニオフ会@水道橋→お仕事の打ち合わせ→狂言@神戸→講談@岸和田と、マンガみたいな強行軍をクリアして帰ってきました。クリアなんて言ったって半分以上遊びですけどね。なんでお江戸で上方落語、とか、なんで神戸で茂山狂言、とか、大阪の文楽をなんでまた静岡で、とかいろいろと変則ではありましたが、なーに、私がたまたまその日にいる場所の近くが「近く」なのです。帰ったのが20日で、旅の後につきものの2日昼寝をすませて、今日が23日だから計算合ってますよね?

文楽静岡公演は昼が卅三間堂棟由来(平太郎住家から木遣音頭)と本朝廿四孝(十種香から奥庭狐火)、夜が絵本太功記(夕顔棚から尼崎)と日高川入相花王(渡し場)。狐火は清十郎の襲名披露狂言でもあって、八重垣姫早変わり後の左を勘十郎がご馳走で。簑助師匠は腰元濡衣。

浅草の落語会は、静岡でチラシをゲットしたんですよね〜。公共施設とかにありがちなチラシ立てにぞんざいにささっていたんですが、「本能寺」という文字が目に入ってきまして。私、「本能寺」って見た(聴いた)ことないんですよ。以前、文我さんの会で見られるはずで楽しみにしていたのに仕事で行けなかった因縁の噺です(そして、私の留守中に大阪ではしん吉君がやっていたらしいし)。ずりずりと引き出してみたら「米左独演会」だそうで(どこかにチラシが載ってないかと思ったら、見つかったのが知らない方の日記でした。こんな配置だったのです)、場所は浅草、その日はもともと学会の後に浅草観光を計画していた日。電話の神様をむりやり召喚して、その場で米朝事務所に電話して正解でした。結局、予約だけで満席になったようですから。

浅草って初めて行ったんですが、どこまで行っても町が終わらない……というか、隣の町になっちゃったりしない。東京って大きいんだなあと、ごく一部のスライスである浅草の、そのまたごく一部のスライスを見ただけなのに、東京の大きさのサンプルとして感じちゃった。鶴橋からあれくらい歩いたら、だんだん鶴橋圏が終わっていつの間にか玉造圏に入っちゃいそうな気がするんだけど、浅草っていつまでも浅草な感じがしました。

さて、念願の本能寺ですが、サービス満点。長さはコンパクトな割に満腹感大。ツケ打ちもきれいに決まって爽快(前に座ってたお客さんが最初のツケの音量にビビって、座ったまま飛び上がっちゃったみたいに見えました)。ビジュアル情報の占める割合が高い噺で、確かにこれは音だけ聞いてもつまんなかろうなあ。ただ、私は歌舞伎を全然知らないので、その分ソンしてる部分はあるんかもしれませんね。たとえば見得なんかの顔マネに元ネタがあったとしてもわかんないし。「らくだ」は私はもう一つだったかなあ……。カメラのフラッシュが光ったというアクシデントがあって、その影響もあったかも。最後までやらない型(っていうのか?)でした。

その晩のミニオフ会は鈴木クニエさんのセッティングで、植木不等式さんに紹介していただきました。『悲しきネクタイ』をいただいた上、サインまでいただいてきました。ネパール料理もおいしかったし、幸せな晩でした。

仕事の件は、まだヒミツ。

東京から帰ったばかりだというのに、たった一時間の会のためについつい岸和田まで出かけてしまったのは、旭堂一門の新人さん(南左衛門門下、南青君の弟弟子ですね)の南舟君が前座で三方ヶ原戦記を読むとチラシに書いてあったせいでした。この日のメインは南湖さんで、演目は発表されていませんでしたが行けば(新作はどうなのか知らないんですが古典なら)ハズレはないという方で信用しております。ただ、大阪市内でも聴く機会は多いし、一時間一席のために普通なら郊外まで行きません。実は私、南舟君の三方ヶ原を先月、同じ南湖さんの会の空板で聴いておりまして、あれがその後どうなったかなあというのもあるし、まあ、修羅場が好き、武将たちの装束やら紋やら長ったらしいミドルネーム入りフルネームやらをお経のように聞くのが大好き、というのが大きくてですね、何でもチラシには書いておくものですね。「三方ヶ原」とひとこと書いておくだけで、私のようなアホが一匹釣れるんでございますよ。20年後に自慢できるようになっているといいなあ。

「お楽しみ」だった南湖さんの読み物は赤穂義士銘々伝から大高源吾の話(腹切魚と両国橋を連続で!)で得をしました。宝井其角がアホ扱いで気の毒な話なんですけどね。岸和田まで行って良かったー。岸和田なんて、大阪市内に住んでるから行く気になれたんであって、奈良県某市からだったら思いっきり億劫になってたと思います。大阪市内からでも、南海電車で往復1時間かかってしまうので、1時間聴いて帰ってくるだけだと、どうも移動の労力の元が取れない感じがします。特に、帰りは逆コースだから車内も空いてて快適ですが、行きは帰宅ラッシュと重なるのがいけません。次に行くことがあったら、難波なり新今宮なりを5時前に出て、市内をあちこち観光して、お食事してから講談会へ行くのが一番だなあと思いました。次に行くことがあるかどうかはわからないんですが。



――というようなことをしている間にも、世の中は(勝手に)動いていたのでした。

えっと、『こういう風にできてます!』にも書いたのでご存じの方もあるかとは思いますが、私のことを実在しない架空キャラだと主張されてる方がおられまして。まあ要は私のことが嫌いなのでしょうけど、なにしろその方にとっては私は「いない」ことになっていますので、いない人を攻撃するわけにもいきません。攻撃は必然的に人ちがいにならざるを得ないんですね。

で、人ちがいされた方のところに毎日40本とか50本とか電話してきたり、実家をさがして親御さんに電話をしようとしてみたり、ご夫君を中傷したりと、えらく迷惑な話です。私がやっているわけじゃないにしても、申し訳ないったらない。それも、人ちがいされた方というのが花風社の浅見社長。私にしてみたら、注文をいただいて、仕事を請け負って、お代をいただく取引先です。お得意様です。お得意様を誤爆されるなんて、自由業者の悪夢としかいいようがありません。誤爆先の選定は偶然だろうとは思いますが、わかってやってるんだとしたら絶妙のセンスですよね。

さすがに迷惑が度を越したらしく、これが民事訴訟になっていまして、10月16日、私がのんきに文楽を見ているうちに勝訴していました(判決がこの日だというご連絡はきちんといただいてあったんですけど、私が勝手に日を間違えて覚えていたのです。なにぶん、教わったのがだいぶ前でしたので……。すみません)。

私の個人情報がかかっているにもかかわらず、火元である私は一切参加できませんでした。誤爆でご迷惑をかけた上に、一方的に守ってもらうような形になってしまいました。だって私は「いない」と思われている以上、私だけが何もされたことがないんですね。何もされていないのに「被害者でござい」としゃしゃり出るのも嘘になってしまいますし、架空キャラに当事者能力があるのかどうか。ひこにゃんやチェブラーシカが訴訟を起こしたなんて聞いたことありませんし(いや、だから、架空キャラじゃないと言って争ってたんだってば)。そんなことより、私が参加したら足手まといになるのは目に見えてます。せめて、じゃまをしないのが最大の協力でしょう。

というわけで、全力で無視する! という形で罪滅ぼしとご恩返しをしていたわけですが(そして全力をふりしぼった甲斐がありすぎて日を間違えたわけですが)、裁判所によれば、私は浅見社長と同一人物ではないそうですよ。企画キャラではなくて独立の実在人物だというお墨付きももらえましたので、これからは、実在の人物として生活費がかかります。これまで以上に精を出して働かなくてはなりません。みなさま、今後ともよろしくお願いいたします。実在の人物が手作業でやっておりますので、どうか安心してお仕事をくださいませ。

ところで、日記を休んでいた間の記録、どうしましょうか。実はパソコンがクラッシュする以前にも、なんだかんだとサボっていまして。というのは、生活書院さんに原稿を渡していないのに、毎晩のように遊びに行っていることがバレると気まずいものだから、書きづらくてねぇ。

遅れていたのは、倉本智明さんの企画した論稿集『手招くフリーク』の一章です(リンク先の目次で私の担当部分に小見出しが入っていないのは、遅れていたからです)。指輪物語やスタートレックやムーミン谷における多種族寄り合い所帯について語り、アーバンファンタジー(あるいはパラノーマルロマンス)における人外キャラの潜伏努力を語り、ゲイ探偵小説というジャンルについて語り倒すという、よくいえばバラエティに富んだ、わるく言えば脈絡のない原稿となりました。最初は枚数が超過しまくりで困っていたんですが、いろいろと熱すぎる部分を削除して制限枚数におさめました。ドリアン・グレイのディック・ハーデスティ物に登場する警官や消防士といった公務員たちが守秘義務についてルーズなので萎える件だとか、浄瑠璃で下二段活用の動詞が下一段になってるといっぺんに陶酔がさめて現実に引き戻されるのに「くゎ音」「ぐゎ音」が保存されていなくてもそう気にならない件だとかは枝葉末節と判断してバッサリと切り捨てました。

まあ、まだ第一稿を渡しただけなので、今後コメントが返ってきて手を入れたりすることになるかもしれないのですが、とりあえずは一安心。原稿を渡したし、遊び歩いていることも白状したので、かくす理由がなくなりました。でもまあ、日記に書かないでいたら、ずいぶんいろいろ忘れてしまったんですけどね。

まあ、まだまだすることがたくさんあるので、思い出したときに時間があったら、ということで。

09-10-14
下のような終わり方だと、ずっと寝てたみたいに見えますね。これを書いてすぐ東京へ行って、帰ってきたとたんにパソコンがつぶれまして。長年親しんだ窓2000にサヨウナラしました。

日記が更新できない間にいろんなことがありましたが、たいがいは忘れました。覚えていることも、書くほどのことはないなあという気がします。

ただ、更新できないでいるあいだ一番つらかったのは、誤字に気づいたのに直せなかったこと! 繁昌亭をね、繁盛亭って誤変換してまして、まあよくある誤変換ですけど、なにしろ固有名詞なんでねぇ。もうそのことばっかり気になって。このまま自分のサイトなのに自分で更新できないようになってしまったら、ずっとこの誤字が残ってしまうのかと。そんなことより、ファイルはどれだけ復元できたのかとか、もっと先に心配することあると思うんですが。まあ、その辺はおいおい調べて直していきましょう。

この中断が、日記中毒克服へのいい刺激になってくれたら楽しいんですけどね。災い転じて何とやらってかんじで。

09-09-16
寝すぎたっ

09-09-15
ネムイ。タシケテー

09-09-12
数回分の日記を通して読み返してみて、5日の記述と11日の記述が一見、矛盾していることに気づきました。

5日の「トンネル」は、既製のトンネルの中を通行しているイメージです。11日のトンネルは、新しいトンネルを掘っているイメージです。当然、別々のトンネルです。「泣きっ面に蜂、踏んだり蹴ったり」と表現したからといって、蜂に踏まれたわけではないみたいなものです。

毎回、それまでの記述を読み返さずに、まっさらな気持ちで書き始めてしまうからこういうことになっちゃうんですが、これでも、一人の人間が書いております。ふう。

09-09-11
やっと、両側から掘っていたトンネルがつながりましたー!<原稿 あとは穴をひろげて、土をどけて、壁を固めればいいんだ。

このごろ、1日の労働時間があまり長くとれないことに気がつきました。頭の中が、ぐゎらんぐぁらんいうー。書きかけの文の断片みたいなものが頭の中に残ってまして、うるさいうるさい。今まで、ほかの人たちが「気分転換をしたい」「気分転換しなきゃ」と言ってるのを聞いても、なんじゃらほいと感じていたのですが、ここへきてようやくわかりました。チミたちは正しかったよ!(←人生の先輩、業界の先輩たちをチミよばわりするワシ)

まあ、もしかしたらこれは、現在やってる仕事が自前の文章書きだからなんかもしれません。翻訳作業に戻っても同じ感覚が続くかどうかは、謎。

09-09-05
東京はこのごろ切符がなかなかとれないのだそうですね。経営上は連日満席が嬉しいのですが、思いつきでふらっと入れないのは寂しいなあ。

そうそう、シャンプーもシリアルも油も買いました。うっかり、フライパンまで買ってしまいましたが、それくらいはご愛敬。それから、歯ブラシ交換しました。2本とも。

というわけで、日記はまたしばらくサボります。でもね、トンネルの向こうに光は見えてきましたよ。TさんR君安心しておくれ。

09-09-04
なかなか日記が書けないもので、ずっと前に書こうと思った古い話題が残ってました。

札幌のパンダ不動産の社長さんのブログから、「道銀が公的資金を完済へ!!」という記事。今見たら25日のエントリーでしたが、そんなに昔のことという気がしないなあ。
ええっ、東京はもう明日が初日ですかー。今ごろはテンペストの舞台稽古中か〜。住師の大好きな『沼津』は8月27日の神戸松方ホール特別公演で出たばかりですが、人形には同じ役は一人もナシ。なかなか面白いローテーションになっています。

役名
神戸特別公演東京本公演
親平作
文雀
勘十郎
十兵衛
勘十郎
簑助
お米
簑助
紋寿

紋寿さんは神戸は不参加、文雀師は東京では『酒屋』のお園に回るのですね。

09-09-01
夏休みの宿題が終わっていないため、次の日記は9月4日か5日ごろに書きます。たぶん。私はエルヴェ・ニケ来日に備えて軍資金を稼がなくてはならないのです。

昨日は青ネギ忘れなかった。シャンプーもシリアルも油もまだ買ってません。

オットに告ぐ。次回から、流せるトイレクイックルのケースのふたは、きっちり閉まったかどうか確認してね。

09-08-31
私、今日になって初めて「○○なう」というフレーズがネットでたくさん使われていることに気がついたんですが。twitter起源だったのですね。

打鍵数の都合というか、変換のオンオフをしなくていいからだろうということは何となく察しがつきましたが、古典読みの一部の皆さん、これ見たら「ノオ」と発音してしまいませんか。「そりや胴慾ぢやわいなう〜〜〜」みたいに。「投票のお」とか言ったら何だかNOみたいで、意味が反対になりそうです。

ま、文字言語だし、発音しないからいいのかもしれませんが。

09-08-31
現在、かちかち山状態なので簡単に。

選挙の大切さはわかってるつもりですが、選挙報道を追いかけるのは面倒くさくて苦手です。投票では一票分の影響力を行使することができますが、一喜一憂したって影響力ないのでつまらん。裁判官の履歴についてだけは事前に多少は調べるし、会場の場所や道順については熱心に調べますが、候補者については投票全日になってあわてて自宅台所の床に落ちてた広報を拾って読み、投票したらあとは知らんぷり。とにかく慣れない場所に行くだけでがんばってるんだからあとは勘弁してくださいって感じです。

で、事前にも事後にも報道を見ていない私が言うんだから何の根拠も説得力もありませんが、今回の選挙で一番気の毒な目に遭ったのは、桂春菜の春蝶襲名関連行事を準備した皆さんだったんじゃないでしょうか。報道の扱い、きっと目立たなくなったのだろうなあ。

自分用メモ。シャンプーはそろそろ買った方がいいです。急がないけど。あと、食用油とシリアル。

09-08-30
昨夜、おかずがすっかりできているのに、「つまみが物足りない」と言っていきなり買い物に出た私。なぜそのときに、青ねぎを買ってこなかったんだろう。んとにもー。

原稿ははかどっているのですが、どうもつらい気分を思い出すことが多く、かなりこまめに気分転換をしないとやってられません。と言って、夜な夜な遊びに出る言い訳を。

09-08-29
下の、昨日の日記は一度書いてから直してます。最初、「神戸って意外に近いなと感激しつつも、それでも疲れたから、もう行かないと思う」みたいなことを書いてたんですが、後になって、そういえば10月某日の神戸の某公演の切符とってあるんだったと思い出したものですから。

えっと、もう買ってあるものは行きます。それから、ちょっと待てば大阪でもありそうな催し物だったらこれからは考え直すと思いますが、よほど行きたいようなのがあったら買うと思います。あと、神戸という街そのものを観光に行くときは、行きますよ。神戸には洋館も森林植物園もケーブルカーもあるしおいしい焼肉屋が2軒もあるし(本当はもっとあると思うけど)、ちょっと専門的な古書店もあるので。というわけなので、修正前の日記を見てしまった方、私が後日の日記で神戸へ行きましたと書いてても怒らないでね。

09-08-28
松方ホールってのは幅が狭くて奥行きがあるんですね。三宅坂が横36縦18、日本橋が横36縦19の両サイドに各4列ずつあるので横44列。松方ホールは横24列で縦が25列。かなりの「うなぎの寝床」です。そんな中、電話がきらいだからってローチケに頼ったら、とれた席は24列目。日本橋でいえばロビーのソファーが並んでいるあたりでしょうか。ほとんど双眼鏡を離す暇がなかった。

実は私、座席に関しては「おもろがり」な方なのです。変な場所とか、人が見づらいと敬遠する場所とかにも、いろいろとその席なりのおもしろさがあるもんでして、最前列の左端みたいに奥行きのおかしくなる場所は左遣いさんや足遣いさんの体さばきがわかるし、右ブロックの前列みたいに出語り床の側面が近いところも三味線と決闘してるみたいで面白いし、地方公演などで2階のあるホールだったら、本来は手摺で隠れている介錯さんを覗き込めるのも楽しいもんです。そごう劇場は2階こそありませんが傾斜がきついため、後列では左遣いさんが小道具を準備する――というより、早く渡されちゃった小道具のじゃまっけさに耐える――様子が見られました。同じ演目を高さのない前列でも一度見ているので比較できて楽しかったですが、順序が逆だったらもっと面白かっただろうな。谷4の山本能楽堂は左側ブロック(橋がかりのある方ね)が安い席になってるようですが、ここなんか落語や浪曲を横から(場所によっては斜め後ろから)見ることができて、興味のある人にはきっとおもしろいはず。リコーダーやショーム(オーボエの先祖で、ちゃるめらのような音がします)の演奏を真後ろから見たこともありますが、呼吸のリズムがうっかり釣られてしまって窒息しそうになりました! 相手はプロだ、かなうはずないよ。チェンバロの斜め後ろの場所だったときは、両隣のお客が食い入るように身を乗り出して見ていまして、なんだなんだと思っていたら、休憩時間の雑談から、そのうち一人については習いはじめの素人弟子さんであることがわかり、なるほどねと納得したものです。そういえばまだ一度も経験がないのは、大夫と三味線の尻を見る場所(笑)。たまにそういう会場もあるんだそうです。人形を見ていれば釣られて窒息するこたぁないでしょう。

まあ、そんなこと言ってられるのは、熱心なファンにはなかなかなれないからなんですね。発売日を早くから調べてあって(かつ、覚えていられて)、いろんな会場の記憶と座席表の関連が脳内で結びついていて、公演のある日には何を置いても駆けつけるぞ、そのためには万障繰り合わせてやるぞ……というのに必要な実行機能が私にはありません。「観客」を専業にすればできるだろうけど、仕事や通院や運動と両立するのは無理です。「きょうは、遊びの予定を考える日」みたいに、自分のスケジュール検討はときどきまとめてやるくらいにしとかないと、毎日朝から晩までカレンダーを確認してるみたいになっちゃうんです。講演の仕事が多かったころは実際そういう状態になっていました。仕事のスケジュールなら元がとれるので諦めもつきますが、遊びのスケジュールでそれをやるのは勘弁してほしい。だから、私の脳みそには、切符は思いついた日にまとめて買うスタイルが向いてるんですね。その上に、電話せずにネットですませようとするのとが重なると、座席なんて運まかせ、みたいな姿勢が身についてしまいました。

一方、どうかすると、直前に思いついて、あまっている席を買うこともあります。そういうことになるのは常に、思いがけず体調もよく、仕事もはかどって余裕があり、こづかいも何となく潤沢に残っているときですから、こっちのコンディションがいいときですね。その上、ノーチェックだったり買い忘れていたりした催し物に気がつくのが間に合った嬉しさありがたさも重なっています。よっぽど内容がスカでないかぎり、好印象が残って当然です。

そんなわけで、「私は絶対、6〜9列の28〜34番でなければ!」なんてことは言わなくなります。たまに7列30番なんて場所で大感激することがあっても、ラッキーだったなあ(自分でとった場合)、ありがたいなあ(人から誘われた場合)で終わってしまって、次も絶対ここ! とまでは思わないんです。そんだけの努力をするハードルが高いものでね。

ところが、そんな私も(前フリが長いよ!)、今回ばかりは単に「遠っ」としか思いませんでした。斜めになるとか裏が見えちゃうとか近すぎて全体を見渡しにくいとかじゃなく、単に遠いだけ。小さいだけ。日本橋なら、金をかけずに回数をこなしたいマニアや評論家や研究者がひしめく2等席よりさらに後方はるか、それなのにお値段は日本橋や三宅坂の普通席より高かったのです。ああ、これだったら2階席の端っこあたりで、死んだ人形の退場とか、手を離しているあいだ邪魔にならないところで合図を待っている左遣いさんの頭とか、這いつくばる介錯ちゃんたちの背中とか、床本の文字とかを見下ろして楽しめばよかった。今まで、座席なんか運まかせでいいやと思っていられたのは、どこも小さい会場で、最後列でも見えにくい思いをしたことがなかったからなのだな。

まあ、神戸なんて行く気になれたのは一時的に大阪に住んでるからこそですね。来年は奈良県某市に帰っているから、そっから大阪越えて神戸なんて、面倒で行く気になれんと思います。だから、松方ホールの座席表になじんだところで次からの役に立つことはなさそうです。実をいうと大阪からでも神戸はやっぱりめんどくさかった。奈良から行くのに比べたら近いなあと感激しましたが、それでも疲れました。以前は奈良から大阪へ来るのもこうだったんだなと思うと、奈良県某市に帰ったら大阪に来るだけでもおっくうになるのだろうなあ。

って、座席の話を書いただけで休憩時間が終わってしまいました。しかも、座席の話もほとんどが前振りでした。内容の感想を書ける日は果たしてくるのでしょうか。

09-08-27
ふと、裳華房の社名の由来を知りたくなって、公式サイトを見てみました。そしたら、「裳華房の歴史」というページがあって、いきなり「創業はあまりに古くはっきりしませんが、」ときましたよ。すごいなあ。「あまりに古くはっきりしませんが」ですよ。いっぺんそんなこと言ってみたい。社名は詩経に由来するとのことです。

裳華房を調べたんだから今度は培風館、と思ったけど、培風館の「当社のプロフィール」という項目には社名の由来は載っていませんでした。じゃんねん。

さーて、今夜は神戸へ遊びに行くんだ。松方ホールで人形浄瑠璃。『伊賀越道中双六・沼津の段』と『天網島時雨炬燵・紙屋内の段』です。早上がりするんだから仕事急がないとー。

09-08-26

昨日の繁昌亭の夜席が「高学歴特集〜おまえらほんまにかしこいんか?! スペシャル〜」というタイトルになっておりました。多忙につき私は行きませんでしたけどね。で、最初「高学歴」と聞いてまっ先に思い浮かんだのが旭堂南湖でした。だってこの人たしか、芸大の修士出てますから。修士卒の芸人さんってなんとなく少なそうですよね。博士中退以上となると、もしかしたら一人もおられないかもわかりません。ところがもらってきたチラシを見ますと、載ってるのはたま(京大)・歌之助(千葉大)・染雀(阪大)・団六(神大)などなど、いずれも学部卒の皆さんです。どうやら、ここでいう「高」学歴の基準は「難関校出身」ということだったようですね。院卒でも芸大の南湖は趣旨に合致せんようです。ほかに難関校の出身っていえば、吉弥とか南海なんてとこでしょうか。

それにしても、愛敬が大事なはずの芸人さんにとって、難関校出身というのは取扱いの難しい情報だったりはしないのでしょうか。ふだんはできたらそっとしといてほしい、かといって隠すのも不自然だし、変わり種の肩書きは使いようによってはネタにならんでもない。しかしイヤミにならんようにするのは大変。それ考えると、この番組に載ってる「大喜利:高学歴クイズ大会〜あほは誰!〜」って、親切な企画だなあ。京大出ておいてそんなことも知らんのか! というのはカワイゲにもなるもの。あはは、行きたかったような気もしてきた(終わってから言うな>自分)。

ふと、ビディと呼ばれるインドの細い煙草が恋しいような気分になりました。葉っぱを葉っぱで巻いて糸でくくってある、長さはツマヨウジくらいの小さい煙草です。別に自分で吸う必要はないので、誰かが隣で吸っててくれるか、立ち消えしないような仕掛けをこしらえてお線香みたいにくべるかすれば十分なんですが。匂いの記憶って変なところに収納されてたりするのだなあ。そして、変なきっかけで地殻変動が起こって表面に出てきたりするんですよね。ヒトの脳みそって変なもんです。

09-08-25
オットの写真が確保できましたんで、改めて谷四のパスポートセンターへ行くことにしました。

その前に、中央区役所で「文楽へのいざない」というミニイベントがあるというのでそっちへ。来庁者がぞろぞろ通るお昼休みの玄関ロビーに相子大夫さんと団吾さんがいらして、義太夫節の簡単な説明と実演を45分間という、ささやかな無料イベントです。

相子さんの説明は、中央区役所ということを意識して中央区と縁のある部分をピックアップしていたことを除けば(たとえば、初代竹本義太夫が素人時代に農作業をしながら旦那衆のお稽古を聞き覚えたのが天王寺区の畑であったことなどは省略)、観賞教室のときとそんなに変わりません。団吾さんのお話を聞くのは初めてでしたが、この方、口が左右に小さい上に、その左右に小さい口が、上下に大きく開かないんですね。恥ずかしそうにぼそぼそ、という感じに見えました。あくまでも見た目はね(実際にどうなんかはご本人以外にはわかりませんけど)。

その後、実演は「裏門」から鷺坂伴内の登場シーン。三枚目キャラの早口の長台詞から立ち回り、また三枚目口調に戻っての逃走と、滑舌が勝負の部分が多い演目なので、こういう音響も悪くて雑音も多い場所で演ずるには不利だよなあ。朗々とたっぷり伸ばすようなシーンの方が場所のハンデに負けないだろうになあ。でも相子さんは何というかお芝居っ気のある方で、確かにこういうのが映るしなあ(急いで先を逃げるべき先輩は、文字久さんなのではないかしらと私は勝手に思っておりますが)。

そして参加者全員で実演。まずは説明文と台詞(伴内)の語り分け。それから、台詞で男(勘平)と女(おかる)の語り分け。でもこれ、三味線が入るんですよね。団吾さんさぞ大変だったんじゃ。いつもどおり顔は笑っておられましたが。何だか珍しい体験ができて、いい気分転換になりました。

堺筋本町から谷四まで歩き、パスポートセンター。窓口で印紙を買って、無事に自分のパスポートを受け取り、「この人は前にいっぺん来てもろてます」という証明書と共にオットの申請書と撮り直した写真とを出します。「1日以降にこれ持って本人が自分で来い」という引き換え証をいただいて大事にしまい、前回来たときにお昼がおいしかった府職員の厚生施設の食堂へ行ってみますと、ちょうど2時で閉まったばかり。あーあーあー。パスポートの用はあとにして、こっちへ先に来るべきであったか。せっかく谷四に来ているのだから蔦屋はどうかという考えも頭をよぎりましたが、2時なら閉まっているのじゃないかなあとか、そもそも火曜日って開いていたっけ、とか、だんだん弱気になってきたので自宅へ帰り、バナナとヨーグルトとクルミという動物園の動物のようなお昼をすませました。

後で調べましたら、蔦屋の昼営業は2時半まで、休みは水曜と木曜でした。あーあ。行けたんじゃないですか。調べなんだらよかった。

09-08-24
金魚餃子といいましても、金魚の肉が入っているわけじゃありません。私は金魚の産地にも住んだことがありますが、金魚を食べるという話は聞いたことがありません。金魚餃子というのは、エビとホタテを練ったタネを、皮の端っこに寄せて包むんですね。反対側の端は皮が余りますから、その付け根をぎゅっとつまめばリュウキンのしっぽみたいな形になるという寸法です。皮は片栗粉が多いのか半透明で、ホタテとエビの色が透け、白とオレンジのぶち模様が浮かび上がります。写真で見るとこんな感じ。金魚って中国では縁起物だそうですから、ゲンカツギの意味もあるんかもわかりませんね。

ああ、「いつもいつも買おうと思って忘れるもの」を思い出しました。スケジュール帳のレフィルですよ。12月末までの分しかないので、来年の2月、3月の予定を書けなくて困っていたのです。でもこれは、食品スーパーに売っているものじゃありませんから、たとえ昨日思い出していても、バターや練りがらしといっしょに買うことはできなかったでしょうね。やはり、思い出せなくて結構でした。せっかくですからもう一度、喜んでおきましょうか。わーい。

さて、現在、いわゆる人文書(のようなもの)に寄稿する短文を書いておりまして、ということは、カタい内容を、「だ・である体」で、クスグリもオチも抜きで書かなきゃいけないんですが、いつの間にやらアタマからカタい書き言葉が荷物まとめて挨拶もなしに出ていってしまいましたようで困っております。書いててこうー、ねえ、なんや照れるんですヮ。翻訳ならなんぼでもまじめくさった日本語が書けるんですが、自分の話、自前の文章となるととたんにへなへなとなります。ここんとこ日記もずっと敬体で書いてますし、それがイカンのでしょうかねぇ。

日記、休んだら、死亡説とか夜逃げ説とか流れてしまいますかねぇ。え? そんなに読んでる人おらんて? そうですね。死亡説は別にかまいませんが、原稿を落として夜逃げしたと思われると寂しいですね。今までも何度も日記は休んでます。たいがいは原稿にハマってたせいですが、意外によくあるのが「パスワードを忘れた」というやつ。実はこの日記、編集者さんもときたまチェックしてくださってまして、日記がストップしているのを見て「なるほど原稿に熱中してくれているのだな」と喜んでくださっていたことがありました。電話でその話を伺って、「実は書いてるんですがパスワードがわからなくなって……」とはとても言い出せませんでした。もうずいぶん前のことなので、時効だと思って書きますが。

さらにひどい理由として、「保存しただけで更新したつもりになってしまい、アップロードを忘れていた」というのも過去には何度もありました。日付を間違って載せたこともありますし、ずっと日付がズレていたことも、さらには自分で自分の書いたウソ日付を信じて出かけたこともありましたね。記録としては役に立たんことこの上ない日記でございます。ところで金魚餃子はエビで金魚の色を出しますが、翡翠餃子というのは翡翠の原石を砕いて練り込んであるんですよ。ほうれん草で作るのは、材料費を惜しんで誰かが工夫したパチモンなのです。

09-08-23
買わなきゃ買わなきゃと思いつついつも忘れるもの。練りがらし、バター。もうひとつあったんだけど、このオーサリングツールを立ち上げている間に忘れました……。ここに書いてしまえば楽勝だと思ったんですけどねぇ。書く前に忘れたんじゃどうすることもできません。

最近買って良かったものは、ビルケンのサンダルです。今まで同じビルケンでもずっとフツーのクツばっかりで、95年8月の段階でかなりばっちくなってた「ミラノ」以来(廃棄したのが何年何月なのかは、知らん)、かなり久方ぶりにサンダル界にカムバックしました。今回初めて「アリゾナ」っていう、カカト後ろにバンドがないやつにしてみたんですけど、案外、大丈夫でした。脱げそうになることもなければ足の指でふんばって止めようとすることもなく。何といっても、出かける前に靴下を探さなくていい、見つけた靴下を置き忘れない、置き忘れた靴下を探さなくていい、見つけた靴下を今出したやつか前に脱ぎ捨てたやつか見分けようとして悩まなくていい(以下略)という、つまり、外出へのハードルを低くしてくれるツールでした。体調の思わしくなかった昨今、それでも私が腰軽く出かけることができたのは、サンダルのおかげもあるように思います。

4年前に亡くなった三代目南陵が、戦地で玉砕を覚悟した上官から最後の景気づけに一席やれと命令されて語った読み物を、本人は長年『名月松坂城』だったと言っていたが、晩年になって戦友が名乗り出て、実は『大久保彦左衛門』だったとわかったという話。「主従愛のエエ話」と「不満分子がとんちで反抗話」ではエーラーイ違いやーん。千人のうちわずかに生き残った80人が、見渡すかぎり仲間の白骨に囲まれて、飢えと暑さで体を支える力もなく壁にもたれて座り、そこで語られるのが松坂城よりは大久保彦左衛門の方が三代目らしいし、その方が反対に「エエ話」な気がするんですけどねぇ。

夜、夫のパスポート用の写真を撮りにだらだらと散歩。そのまま飲茶の店へ移動して、翡翠餃子やら金魚餃子やら食べて帰ってきました。そして、遅くまで開いてるスーパーでカルピスバターと練りがらしも確保。練りがらしなんか近所の店よりずいぶん高かったですけど、また忘れることを思ったら、覚えているときに買ってしまうのが吉ですからね。

で、帰ってきましたが、もう一点忘れた物が何だったのか、やはり思いだせません。帰ってきてすぐに思い出したらきっとくやしかったでしょうから、思い出せなくて良かったと思うことにしましょう。用事を思い出せない方が嬉しい機会なんてめったにありませんからね。貴重な機会なのでめいっぱい喜んでおくことにしましょう。わーーーい。

09-08-22
肋骨の痛いのは、ごくたまーにになりました。せいぜい、忘れたころにギャッ、という程度です。これならたとえずっと残っても共存できそうです。残らないとは思いますが。

というわけで、遅れを取り戻すべく仕事してます。遊びにも行ってます。ただ、遊んでももうひとつ楽しさがぼやけているといいますか、薄い布ごしに見聞きしている感じなのがもどかしいんですが、これは体調とは関係ないような気も。仕事は頼まれごとだからがんばれるけど、遊びは自分で選んだことだからその分だけちょっとハードル高いってことなんかもしれませんねぇ。

09-08-15
続きまして寝具類も洗濯がきくものは洗濯しました。まあ洗濯は私ではなくて洗濯機がするので、その間は原稿書いたりしてるわけですが。気のせいか、目が痒いことが少なくなったように思います。気のせいでもいいんです、主観的に気分がよければ。

晩は遊びに行きました。これも、元気なときに券が買ってあったおかげで何とか出かけることができました。「出る時間までにここまでせんと!」と思うのが適度なプレッシャーになっていいんですが、仕事に自信を失っているときは、いいもん見ると、あとで気持ちが負けますね。元気なときは、「ワシも負けてられるか〜い! さあ自分の縄張りへ帰って自分の仕事するぞ」という気になって、しばらくは盛り上がれるものなんですが、気落ちしているときはこれが反対に出るのだなあ。



……がんばろ。

09-08-15(内容は14日の話です)
この機会をむだにせずにどうしたかというと、部屋を掃除しました……。いや、毎日毎日、目が痒くて、これはホコリが悪いんだろうと思ったものですから。オットも同じころから鼻づまりになってきたし。床のホコリをとって、布団はコロコロ粘着テープと掃除機で、せめて表面だけでもきれいに。

あ、仕事もしましたよ、さわやかな環境で。このさわやかな環境が、さわやかな文章、もしくはさわやかなはかどり具合という形で反映されればよいのですが。

09-08-14
私と日ごろ遊んでくれてる友達といえば、ほぼ全員、オタクの本読みです。本読みといっても活字読みと漫画読みとスイッチヒッターとがいてますが、いずれにしてもオタクです。おかげでみんな、オタクの祭典へハンティングに行ってまして、だれも遊んでくれる人がありません。

唯一、人ごみが大嫌いな者がいまして、この人はハンティングに参加しないのですが、海外へ行ってしまいました。

仕事しなさいというありがたいお告げですね。ありがたやありがたや。この機会はむだにはいたしません。

09-08-13
11日の産経の夕刊に文字久さんのコラムが載っていました。今月のテーマは「季節感」ということで、夏祭浪花鑑と生写朝顔話のほか、麻の着付の敷き伸ばしの話が出ていました。そういえば先月参加したバックステージミニツアーの折に、体格から推測するに希大夫(のぞみだゆう)さんと思われる若い方が、廊下でしゅっしゅこしゅっしゅこと霧吹きを使ってらっしゃる姿をお見かけしたのでした。私らお客は遠目に見るだけだからともかく、着ているご本人は涼しくも何ともないのだろうなあ。私も売れ残りで安くなっていたこげちゃいろのワイドパンツをうっかり衝動買いしましたけど、「涼しい」とか「暑い」とかじゃなく、感覚としては「硬い」が先に立ちます。たたみいわしとか焼き海苔とか、何というのか板を着ているような感じ。まあ何度も洗ってるうちにくてっとなってくるんですけどね。そして、洋服はカットが立体ですから、和服のようにペタンコにたたむことはできません。シワとの戦いはけっこう面倒です。

麻が見た目に涼しげ、というのはあくまでも「お約束」、記号なのじゃないかしらね。「涼しい」というより「夏らしい」という記号。貝殻やイルカの形のアクセサリーだとか、カゴ系のバッグなんかと同様、夏に何度も見かけることによって刷り込まれただけかもしれないし。

どっちかといえば海洋小説読みとしてはですねー、麻というと英国海軍を先に連想してしまいます(フランス軍もアメリカ軍もスペイン軍も麻を着、麻を使っていたというツッコミはナシの方向で)。木綿が貴重品だった当時のこと、あの帆が全部麻だし、(士官のコートは羊毛ですけど)乗員も夏冬問わず麻を着ていたわけで。冬はさぞ寒かったことでしょう。そう、夏の麻を「涼しげ」と感じることのできない私も、冬の麻を「寒そう」と感じることならできちゃいます。

ああ、そういえばバックステージツアーのことまだ書いてませんでした。いや、下駄箱の表示から給湯室の貼り紙から大工道具や掃除機に添えられたメモから何から、視覚支援がいっぱいだなーとか、構造化されてるなーとか、そういうところから出発した感慨だったんですが、日が経ってしまうと言語化するのが面倒になりました。まじめに書くと長くなりそうだし。健常者の皆さんが子供のころから当たり前にご存じのことをさも大発見のように感激して話が長くなるんじゃ、読む方は退屈、書く方は恥をさらし、だれも幸せになりませんから。

ただ、福丸さんとすれ違ったことだけちょこっと自慢さしてください。私は場所や物を見たくて申し込んだんであって技芸員さんに近づくために行ったわけじゃなかったはずなんですが、出遣いなさらない方の素顔を一瞬とはいえ拝見すると、ああ、裏側を見学しているんだ〜という実感が高まりませんか? 頭巾はなしですが黒衣姿で、中腰で小走りに走っていらっしゃいました。

ところで、神経痛はどうなったかというと、夜中に痛くなると目が覚めるのは同じですが、即起きじゃなくて「考えオチ」くらいの間があくようになりました(わかりづらい表現ですみません、でもそうとしか言いようがないんです)。目が覚めてもちょっとのあいだ寝ぼけてたりもしますから、きっとその分だけ痛みは軽くなってるってことなんじゃないかなあと。第一、回数が減ってますので、これくらいだったら万一ずっと治らないで残ってしまっても共存していけそうに思います(年も若いし場所も顔面じゃないから、残る可能性は低いと言われているんですけどね)。ちょっと危ないなと思ったのは自転車乗ってる最中に来たときくらいですかね。さすがに落ちそうになりましたが、ちゃんと歩道側にズレてた私をほめたってください。

ミョウガがふたつ、獲れました。地上部が半分枯れかかってるというのにびっくり。たくましいものです。

なくなるなくなると騒いでいたトイレットペーパーですが、12日午後、イズミヤまで出かけて買ってきました。トイレットペーパーがなくなったときしか行かないイズミヤ。暑い日だったのでオットに報告したら「なんでそんな自殺行為を」と呆れられました。一度、イズミヤが近いところに住んでたことがあったんでね。

梅干しはめでたく完成です。昔ながらの、口が曲がりそうに辛い梅になりました。ただ、一般家庭の庭の花梅(観賞用)の実で作ったので、農家が出荷している梅にくらべたら種の割に果肉が薄いです。たたいて練り梅なんぞにしたら歩留まりが悪そう。

というわけで近況報告もすんだし、ちょっとしばらく日記は手抜きモードになります。今までも手抜きですけど。

09-08-12
福井県立図書館覚え違いタイトル集が面白〜い。

09-08-11
朝、買い物から帰ってすぐに、食器洗い機の洗剤が切れてたことを思い出しました。あーあーあー。しょうがないからもう一度出ます。ついでに、電気料金も払います。そしたら夕方になって、トイレットペーパーが切れそうだったことを思い出しました。あーあーあーあーあー。さすがに三度目は行きませんでしたが。

夜、ひさびさに区民センター。何年ぶりだ? 多少早く着いたけど、ここで薬屋へ寄ってトイレットペーパーを買ったりはしませんってば。大きいし、目立つもんね。

それにしても電気代が思いのほか安くてびっくり。近ごろはエアコン昼夜つけっ放しなんですが。

09-08-10
パスポートのために2日連続でしんどい思いをしたので、8、9は遊んでました。何して遊んでたかは、ヒミツ。想像つく方も多いかとは思いますが、当てないでね。

ヘルペスの神経痛ですが、頻度はぐっと減ったものの、まだ、完全になくなるというところまではいきません。対面のハム屋でハムを包んでもらってる最中に襲われて、ちょっと挙動不審になってみたり。

でも、仕事は再開してます。約束は果たさねばなりません。それに、エルヴェ・ニケ来日のためにお金を稼がなくてはならないのです。今は何となく気落ちしているせいか心から楽しみだという感じが湧いてこないんですが、当日は来年なんだからそのときには元気になっている可能性もあるわけで、それなのに券を買ってなかったら「うーわーなんでなんでなんで、去年の私のばかばかばか」ってなると思うのよね。今までさんざんそういう経験してきたので、そろそろ学びましょう、ってことで。

09-08-07
そして本日、谷四のパスポートセンターまで行ってきました。遠いけど地下鉄一本、乗り換えなしなので気楽です。期限が今日までだった私の分は無事クリア。変な顔の写真になったけど、しょうがない。ところが、夫の分は目が光っているとかで写真が引っかかり、再提出となりました。まあ、期限ぎりぎりじゃなかったのが救いです。私のを受け取りに行くときに再提出でも間に合うし。

パスポートセンターの隣が府職員の福利厚生施設だったので、800円のランチバイキングを食べてきました。何というか、同級生のオカンが作った晩ご飯(ただし息子の友達に見栄を張って品数が増えました)という雰囲気。いずれも塩分ひかえめでダシがきいた関西風の味つけで、火を通した野菜も豊富。さやいんげんと拍子木切りにしたジャガイモを鶏の屑肉と炒めたのと、モヤシと青菜の卵とじをメインに選びました。ブリのアラだきや豚の角煮はタレが甘いお店が多いので警戒して少ししかとらなかったんですが、甘味もなくべたつきもしなかった。もっととればよかったな。あと、出し巻き卵が当たりでした。100均ふうの器と、背広のお一人様との相席が気にならなければ、薄味で野菜をたくさん摂りたい方におすすめだと思いました。

せっかく街中へ出たから、日本橋の小ホールで公演記録鑑賞会。87年4月の絵本太閤記の夕顔棚と尼が崎。

梅はもうそろそろいいかも。最初、「え、カビた?」と一瞬青くなったけど、よく見たら塩吹いてた(今までカビてなかったものが、この段階になっていきなりカビるとは考えにくい話です)。

09-08-06
というわけで、今日は用紙をとりに区役所へ。久しぶりに自転車を出すことにしました。体力落ちてるのに自転車大丈夫かなと思ったけど、それはまあ大丈夫でした。大丈夫じゃなかったのは道順……。区役所なんて今まで何度も自転車で行ってるのに。郵便局への道とか銀行への道とか、いろいろ混ざってしまった模様。

頭皮にひっかき傷でもこしらえたのか、なんだかかさぶたのような感触があったもので、久しぶりに合わせ鏡で自分のうしろあたまなんてものを見ました。そしたら、白髪の混入率が左右で全然ちがうんですよ。左はちょっとあるかなって程度ですが、右はゴマ塩に近づきつつあります。きれいなゴマ塩は若いころからの憧れではあったんですが、ぶち(もしくはしましま)になりつつあるとは予定外でした。あんまり変なことにならないでおくれようー。

堀江のコーヨーで買ったヒツジ肉の続報。ヒツジとはいっても仔ヒツジだったようで、ヒツジらしい匂いはちょっと物足りなく感じました。でも、確実に手に入る場所を知ってると嬉しいよね。

現在、夫婦そろって、大の苦手の書類記入作業と格闘中です(私は、飽きたので日記に逃げたというわけです)。わが家にはこういう作業に長けている人間が一人も住んでおりません。二人ともぶうぶう言いながら書いていました。

そしたら。

夫の分は9月の中旬まで有効だったんですよー。前回はばらばらに更新してたのか? だから、私はともかく、夫はこんなにせっつかれて今日急いで書かされなくてもよかったのね。ごめんごめん、悪かったよー。あ。私がサボってる間に、向こうが先にできたって。

09-08-05
調べたいことがあって久しぶりに図書館へ。必要なものだけ見て、閉館まで粘るでもなく、そして、何も借りないで帰ってきました。誘惑と闘う必要もなく、まるで節度と余裕のある社会人になったような気分だ。この気分、覚えていられるかなあ。

そうそう、大阪でなかなか手に入りにくいヒツジの薄切りですが、堀江のコーヨーで扱ってたので買ってきました。コーヨー侮りがたし。

そういえばパスポートの有効期限が今月の20日ごろだったよなあ、と思ってちょっと見てみたら、あらあら、20日どころか9日になってます。9日っていったら日曜日。ってことはですね、金曜の7日には出しに行かないと〜。書類の用紙は明日もらってくるしかありません。よくこんなタイミングで見てみる気になったなー私。何かに守られてるんでしょうか。勘違いして覚えていたせいもあって、どうも自分の実力という気がしません。

ふー。ここまで書いたら作文脳がくたびれました。こないだの文楽劇場バックステージ風景を書きますと言っといて書いてないし、本公演そのものについてはメモさえ書いてないし。でも日記より優先的にエネルギー回して書かないといけないものもあるので、もしかしたらこのまんま書かないかも。

09-08-04
今日も郵便受けに敗北。まあ夫が開けてくれるから困りはしないけど。

郵便局まで往復した。えらいぞ私。あ、コンビニ寄るの忘れた。えらくない……。

ミョウガを一鉢だめにしました。5鉢育ててる(た)んですが、つい世話がお留守になったみたいです。もうひと鉢もかなり傷んでて、かわいそうなことをしました。

09-08-03
著作権の勉強会にお金を払ってあったのもあきらめ、買い物にも行かずに家で寝たり起きたりしてましたが、一度だけ、文楽劇場のバックステージミニツアーだけはどうしても休みたくなかったので決行。納涼芝居の『生写朝顔話』の後の入れ替え時間に、劇場職員が舞台裏を20分ほど見せてくださるというもの。いつ行ったって同じようなものだろうとは思うのですが、廊下に置いてある人形は毎回変わるものですから。今期はレイトショーで洋モノ翻案の新作、朝の子供向けの舞台では馬琴の妖怪ものをやっているため、さぞ変わり種が勢揃いしていることだろう……と思うと、どうしても行きたくて。特に、新作は評判次第では再演されなかったり、されてもこしらえが一新されたりという可能性がありますしね。

で、ちゃんとありましたよー、新調の中華ペリカン。でも、河童の子供がかわいくて、ペリカンそっちのけで河童に夢中。とはいっても歩くのしんどかった。人形遣いさんは4時間も中腰で走り回っているのに、解説ツアーの15分か20分で音を上げるとは。まあ、これが病気ってもんですか。ハァ。

全体を通して一番の印象は、「見学者、多っ!」「来客、多っ!」ということです。私はたまたま国立の職員さんに解説してもらってたわけですが、人形遣いさんなど出演者に連れられて回っているグループもあるし、あちこちで記念撮影をしているし、「これが本当に公演中の劇場ですか」という感じ。何というのか、劇場と博物館を兼ねているような、出演者が学芸員と添乗員と展示品を兼務しているような。大阪名物ということで、観光産業でもあるからなんでしょうか。ていうかあんなんでセキュリティー大丈夫なんでしょうか。グルーピーが押しかけて不祥事、なんて心配はないんでしょうか。そして皆さん、なんであんなに余裕なんでしょうか。これが、固定メンバーが・常打ち小屋で・古典を・くりかえし上演するってことなんでしょうか。

バックステージツアーだからそこここで見かけた光景とかもあるにはあるんですが、まだ長い文章を書く気力が湧いてこないので今日はやめときます。またそのうち文章書く気力が戻ってきたころに、もしも書きたい気持ち(と、記憶)が残っていたら、ということで。

さて、今日、足馴らしに外へ出てみたら、自分ちの郵便受けの番号がわからなくなっていました……。しばらく操作してなかったので忘れたんでしょうか。何度も失敗してスカが出ました。結局、開けられずじまい。いいのかこんなことで。

梅仕事アップデート。土用よりはスタートが遅くなったものの、梅も干しはじめることができました。(人間に)陽の当たらない部屋を選んで住んでいるため、ベランダでは干せず、玄関先の廊下に並べてます。最初に引き上げたときは、紫蘇の色が上の方の梅にしか移ってなくて、下はまるで紫蘇なしで漬けたみたいでした。球形ではなく多面体、最下層など扁平な六角形の板状。重石が重かったんですかねえ。今は毎晩、梅酢に戻しては紫蘇をしみこませようと試みてますが、追いつくのかどうか。出したりとり込んだりしてると、ついつまみたくなりますが、一度に食べるには1個はちょっと多いのでがまんしてます。半分かじったのをそこらへんに置いとくのもナンやしねえ。私はすぐ忘れますから。

09-08-02
肋骨は相変わらず痛いときゃ痛いんですが、痛くなる頻度は減ってきた気がします。あとはこー、どうせなら昼間に集中してくれるとまとめて眠れて得なんですが、贅沢言うてバチ当たったらその方が損なので、いらんこと考えんとこ。

まだ頭はあまり働きませんが、静かにしてるのにはとっくに飽きてるので、2、3日のうちに作業再開しようと思います。実際に能率が上がるかどうかはともかく、約束は果たさないといけないし、ブランク作るのも怖いしね。

エルヴェ・ニケが来日するんですね。前回はヘンデルでしたが今度はパーセルとのこと。ああ、お金稼がないと。

11月の文楽の配役表が錦糸さんサイトに載っていました。とはいっても、町人一家のリアルな人間関係よりも怪異譚の方が好きだし、天網島の方がよくかかるし、配役を見ないうちから芦屋道満大内鑑の方に行こうとは決めていたんですが。

それにしても春に狐忠信、地方公演で八重垣姫の狐憑き、秋に狐女房の子別れと、今年はキツネさん強化年?

09-07-29
水疱はかなり枯れてきました。見た目はほとんどマトモ。ウイルスのワルサはもう終わっているはずで、抗ウイルス剤も、もらった分を飲みつくしました。しかし痛みの方はっていうと、何でこんなに痛いかねー。睡眠がどうしても痛みで中断されるので、ちょっとでも眠れそうだなと思ったら隙を見て昼寝をするようにしてますが。

痛みのせいか鎮痛剤のせいかはわからないのですが、どうも文字を追うことができず、読書はほぼお休み。こういうときのためにと思って、アレッサンドロ・バリッコ版の『イリアス』を買ってあったのに(神さま抜きで、人間が戦争してるパーツだけを編集したらこうなります、というバージョンらしい)なぜか読めない。楽しみにしてたのに。ほかにも未読本はあるんですよ、硬軟・軽重とりあわせて。なのに新規の情報がアタマに入りません。結局、既読で結末まで知ってるウッドハウスの短編をちびちびと読み返す程度。それも15分が限度かなあ。同じ箇所を行ったり来たりすることが多くてなんぼも進みません。

で、ここで気がついたのですが、元気なときの私はウッドハウスなら文春派だったのに、今はなぜか国書派。そういえば、以前にお腹を壊したときも、風邪のときもそうだったような。

って、ちょっと待て。ということは私、今までも体調崩すたびにウッドハウス読んでたのか? ……うーん、そうみたい。

あと読んだのは漫画ですね。『中春こまわり君』と、『がんばれ猫山先生』。こまわり君の中には、りっぱな中年サラリーマンになったこまわり君が痛風になるシーンがあって、なんだか身につまされますよ。猫山先生もとんでもないことになってるし(それをいうならシカオ先生はもっとか)、どうなるんだ。これ第一巻だそうですが、四コマ漫画だから一冊分たまるには相当かかるんじゃないかと。2巻が出るのはいったいいつのことやら。

09-07-23
休んでるって、つまんないもんです。字を追うのがおっくうで本を読む気になれないのが残念。ネットはなおさら。元気なときは「何かで休むようなことがあったら、あれも読もう、これも読もう」なんてのんきなこと思ってましたが、なってみないとわからんものですね。

まあ、こういうポピュラーな病気を人並みにやってみて、ちょっとは人生の経験値が上がったかなあ。

09-07-22
16日ごろ、そういえば胸の右側の肋骨んトコが何か痛いなと気がつきました。指をドアにはさんだような、ピンポイントで打撲系に似た痛さ。最初は肋間神経痛か骨折を疑いましたが、隣を叩いても響かない、ウソ咳をしてみても平気ということは骨折ではなさそうなので、気にしないことにしてました。このとき、人から「ヘルペスちがうの?」と言われたんですが、なんでも「耐えがたい激痛」とか聞いたことがありますから、こんなノンキな痛さなら違うでしょう、と思っていました。英語のお勉強で東京へ行って帰ってきたりもしました。たくさんまちがえて、たくさん直されて、元をとってきました。

ところが、なぜかだんだん意気消沈して気分が腐ってきます。仕事をやる気が起きない、やっと始めても根気が続かない、ミスは多い、動くのがおっくう。さては未熟さを思い知ったせいか、それならなおのこと奮起して勉強しなおすべきなのに何でまた、なんて思っていたらだんだん痛みが増してきて、とうとう、まるでお手本のような発疹が。言い逃れもできないヘルペスです。最初に「ヘルペスちがうの?」と言われた相手に体裁が悪いと思いましたが、自然は人間界の都合で病名を取り替えてくれたりはしません。

これ、疲労、ストレス、ほかの病気やケガなどが悪いのだそうですね。ちょうど涼みに行ってた札幌から帰ってきて、温度差がこたえてたところです。それなのに、人さまの忠告を無視して東京トンボ帰りなんて、何と無謀なことをしたものか。抗ウイルス剤とかいうものをいただきましたので、まじめにお薬飲んで、2週間くらいはだらだら、ごろごろを自分に命じようかと思います。23日も別の勉強会へ行くつもりでお金払ってあったけど潔くあきらめました。退屈しやすく忘れっぽく過信しやすいたちなもので、ちょっと喉元すぎたころに養生を守れるかどうか、よほど気をつけないと。

そんなわけで、万事2週間ずつ後ろへずれます。ご迷惑おかけしてすみません。

09-06-29
へー、5月の9日にどこかの大学でこんな公開講座やってたそうです。気がつかなかったな。「山の辺の大学」とあるから、きっと天理大でしょう。うーあー行きたかったな。まあ、そのうち論文か本にまとめてくださるそうなので、それを楽しみに待ちましょう。

そして、日付が書いてないのでいつのことかわからないのですが、ベン・ジョンソン脚本、小アルフォンソ・フェラボスコとロバート・ジョンソン作曲のマスク、"Oberon, the Faery Prince" のDVDがケースウエスタン・リザーブ大から出ていたのね。今までずっと"fairy"で探していたから引っかからなかったのか。しかしこれ、ネット書店とかには出てないんですねぇ。直接、メールで問い合わせるしかないのか。英作文しなきゃ買えないんだ……。むぐ。

日本語読書スイッチが切れました。いったん原稿ループにはまると、本って読めなくなるんですよね。もともと、他人のしゃべり方がよくうつる方なので、テンポのベースラインが変わってリズムが乱れるのが怖いんです。翻訳作業中の気分って、何というか、代理母とか、ハリガネムシ入りのカマキリとか、何かに寄生されてるみたいな感じがします。

おかげで、「1日2冊期の国」と「3〜4週間ゼロ冊期の国」を参勤交代のように往復して生きてます。

ほかにも、ネタを求めて原書をまとめ読みしだすと、しばらく和書が読めません。送料を倹約したくてまとめ買いするからまとめ読みになってしまうんですが、これまたいったん始まると(和書の新刊については)ふっとロープから手を離すように浦島ポケットに落ちてしまいます。

けっこう話題になったのに穴が空いたように知らない・買ってない・積ん読にさえなってない、なんて本は、ある時期に集中してるんかもしれません。原稿ループにはまってたとか、洋書ループにはまってたとか、DVDボックスを一気見してたとか。私はふだん外へ出かけない生活をしているので、買った本・積んである本・読んだ本について語り合うリア友はいないんですが、もしコンスタントに顔を合わせる仲の人がいたら、私は(その人から見て)「話に乗れる人」になったり「乗れない人」になったりと、人格交替をくり返すことになりそうです。そして、合コンみたいな場で(いや既婚だし合コン行かないけどさ)新しく知り合った人とお互いを探り合う会話をしたなら、そのとき先方がココロミに話題にのぼせてみた本が、私がどっちの国に滞在しているときに出たものであったかによって、私は「ベストセラーさえ知らない人」になったり「そんなものまでチェックしてる人」になったりしないでしょうか。ルーレットみたいで面白いですけどね。

浦島ポケット体質だと雑誌がよくとびとびになるし、シリーズ物を買うのにも不便です。だって気がつかないんですもん。次の巻も次の次の巻も次の次の次の巻もたまたま浦島期にばかり出る可能性だってないとはいえないでしょ?「そういえば自分はそういうシリーズを愛していた」と思い出すのは、ある巻が私の読み漁り期中に出たとき。そこで初めて本棚の前に立ち、最後に買ったのは何巻だったかを調べることになるわけです。

不便だけならいいけど、ちょっと悲しくなるのは、シリーズが完結したことを遅れて知ったとき。海外出張中に(日本の)著名人の訃報に気づかなかったりするとこんな気持ちになるのでしょうか(って、ずっと日本に住んでいても著名人の訃報は年末にまとめて仕入れる私が言うても説得力はニアリーゼロ)。

09-06-25
18日、文楽鑑賞教室。貸切にするほどの規模がない団体さん複数を入れた残りの席を個人客にバラ売りしてあったもの。相子さんが清丈(ほんとは「丈」は右肩にテンがついてるらしい)君にツッコみ、簑紫郎君がお客さん代表をうまぁくいじる。千歳さんは体育会系の大熱演で、私は元来あのビジュアルを正視するの気恥ずかしくて苦手だったんですが(あ、あくまでもビジュアルの話です。浄瑠璃自体は好きですよ)、「伝統芸能=静かなもの」という中高生にありがちな先入観をカウンターするには適任なんかもしれんなあ、なんてことを思いました。就寝前、ひさびさに薬飲み忘れ。アイタタタ(ただし気づいたのは翌々日)。

19日、梅に赤紫蘇を入れる。絞るのに力がいるってこともありますが、それ以前に、茎をちぎるのがめんどくさくてウッキー。やはり次回は梅2キロにしよう。ふたたび薬飲み忘れ(やはり気づいたのは翌日)。

20日、首から上が高温による作動不良。ことしクーラー初稼働。

21日、文楽若手会。弁当はオットが結婚式でもらってきたバウムクーヘン。夜はベランダで焼きビーフン(セロリ、黄パプリカ、エリンギ、豚コマ。あ、にがうり入れるの忘れた)。

22日、湿疹が本格化。最初は左耳と頭部のつなぎ目が切れ、次が右手。夏だなあ。涼しくなるのを待ってから銀行とかいろいろ。銀行へいく途中、府道の植え込みで仔猫の声が。鼻のまわりだけグレーの白でシャム混じりっぽい。夜になって暴風雨。あの猫助かったかしら。ベランダに雨が吹き込むことはなさそうだったので、鍋を持ち出して塩豚鍋。夜中、2時間ほど千里中央がマイブームになる。「千里ニュータウンって今どんなふうになってるんだろう?」と思うと少し甘酸っぱいキブンに(住んだことはないけどね)。

23日、ずっと前に不動産屋のサイトから消えたはずの、某区某町4丁目のおんぼろ3階建が、なぜかページに復活しているのを発見。売れたんじゃなかったんですか。買い主さんローン不調ですか。いや、私は買わないけど! キャベツと鶏モモのワイン酢煮。

24日、もらいもののサクランボが届き、サクランボまつり。なぜか復活していた某区某町4丁目のおんぼろ3階建、もういっぺん図面を観賞しようと思ったらなくなってた。こんなことなら保存しておけばよかった。おもしろい図面だったのに。夜はチコリと塩豚のスパゲティ。

09-06-21
真珠湾攻撃に至る経過について、いくつか細かい点を調べる必要が出てきたんだけど、ほんの少しのことだしネットですませようと思ったら……あれまー。真珠湾攻撃ってけっこう陰謀説の素材になってたんですね。スタンダードじゃない主張を伝えることを目的としているとおぼしきページの多いこと多いこと。まあ、非スタンダードな主張の方が、「これを世に広めるために少しでも自分が努力せねば」という思いに人を駆りたてやすいという構図は納得いきますが。

内容を読む前に、どういう性質のサイトの中のページなのかを知るため、上の階層へ戻ったり目次を見たり、なんかもうめんどくさくなってきちゃいました。これが、本気でしっかり知りたかったのなら、まともなサイトをいくつか見つけることによって得られる実り(=ゆっくり読める)も大きいことだし、まだがんばれたかもしれないんですが、「いや、その、ココとココだけ急いでチェックしたいんですけど〜」というときには、ふるい分けのコストが相対的に大きく感じられるみたい。

というわけで、やっぱりこういうときは紙と活字が楽。レファレンスカウンターへおじゃまするのが一番よかろう。

関係ないけど、キンメル将軍のファーストネームって、「ハズバンド」っていうんですね。変わった名前だなあ。

09-06-17
何度も改訂されているビジネス書の、ひとつ前のバージョンが必要になりました。著者が引用していたのがそれだったので。こういうとき、ネットの古書店ってほんとにありがたいですね。原書も邦訳も、ちゃんと「何年版」で買えちゃうし!

まちがって買った――というより、新品で買おうとしたらそれしかなかった――最新版と並べてみました。最新版は間にちょこちょこと新しい章がはさまってるんですね。最初の方はそれほど変わらないけど、後ろの方になるほどページ数のずれが広がっていく感じ。

とりあえず、今は目次をくらべるだけでやめにしましたが、以前、引用されていた文が新版には見当たらないという箇所があったんですよね。だから、本文の表現も微妙に改められているところがあるのでしょう。

うれしいな。これで注の確認が圧倒的に楽になります。ふっふっふっ。

09-06-15
「お母さんのケチ」とか「ノリコちゃんの馬鹿」とかいうときの「の」って、何の「の」なんでしょうか? 同じ用例ってほかに何があるんでしょうね?

その前に「○○の××」をよーく観察してみます。

「○○」には、目の前にいる相手の名前をはじめ、「先生」「お母さん」など、二人称的に使われる三人称も入りますが、「あなた」「君」「お前」といった二人称の代名詞は入らないようです。相手が目の前にいても、ちょっと脇向いて三人称的に言ってる感じがします。かといって、完全に陰口として三人称で言うというのもなさそうで、「カズヒコのばーか」というはやし言葉は、形式的には誰に言ってるのであれ、カズヒコ君に聞こえるように言うものですよね。本人に言わないときがあるとしたら落書きくらいでしょうか。「田中のスケベ」とか。おもしろいことに一人称の代名詞は使えてしまいますね。まあ自分にむかってケチだのイジワルだの言うのは変ですから後半部分は限られますが、「俺の馬鹿」とか「私のドジ」なら続けられます。

「××」に入るのは、形容動詞的な内容を含むけど名詞じゃないとだめみたい。「××な人」を一語で表せる名詞ですね。「アホ(馬鹿)」「イケズ(いじわる)」「助兵衛(エッチ)」「ケチ」「嘘つき」、あと何だろう?「よくばり」「食いしんぼ」は入りますね。「ドジ」もOK。もともとそれほど致命的ではない罵倒語でなくてはいけないようです。「嘘つき」くらいが最上級か。

どうも、「○○の××」には、はやし言葉や落書きのような形式に当てはめることで、生々しさを弱める機能があるようです。からかわれる、はやし立てられるという状況は(特に発言者が複数なら)困りますが、代わりに、厳密に観察した評価ではない感じが加わります。決まり文句っぽくなるんですね。だから、よく考えて作文した感のある言葉は使えません。使用頻度の高い、ありふれた語、スッと口から出てくる言葉じゃないと。

スッと口から出てくるかどうか、といえば、強調の接頭語はどうでしょう。「どアホ」はOKですね。「どケチ」もまあアリかな。「ど助兵衛」「どエッチ」になるとやや苦しくボーダーライン上でしょうか。使用頻度がいまいちなので、考えてつけた感が出てしまうのかもしれません。ところで、「アホ」は「ど」で強調できますが、「馬鹿」はどうするんでしょう。「大ばか者」だと「者」がついちゃって、名詞にしかならない名詞、あたかも形容動詞のように扱うことのできない名詞だからだめなのか。「怒りんぼ」「いばりんぼ」の「坊」は使えるのに「者」はダメなのねぇ。

「形容動詞化できる名詞」で「それほど深刻じゃない悪口」で、「簡単に口から出そうな言葉」というほかに、もう一つ条件がありました。「デブ」や「ハゲ」などは使えないってことです。外見だからいけないのか? 内面と違って誰が見てもわかることなので、仮想の第三者に新情報を暴露する形をとれないからなのか? それとも、外見は変化が遅く、新発見感がないからいけないのか? ただ、外見でも「ブス」は大丈夫そう。外見のことを言っているようで単なる悪口であり、「いじわる」や「ケチ」と置き換え可能だからでしょうか。

でも、「パパのエッチ」や「ママのケチ」に新発見の驚きとか新情報の暴露はありませんよねぇ。「がーん、パパってば、けっこうエッチだったんだ……」「うちのママってさあ、ああ見えてケチなとこあるんだよ」という意味には使えません。それなのに、スッと口から出てくるアドリブ感は必要。意外性はなく、定型文なのに、アドリブ感? 違う。何か変だ。そうだ、アドリブ感じゃなくて臨場感と言い換えてみたらどうでしょう?

定型文なのに臨場感が必要、となると、思い浮かぶのは間投詞です。おお、これかも。「ママのケチ!」「パパのエッチ!」は、文のようであって間投詞に近いよね。間投詞なら、「情報は新発見ではない、新奇な内容は伝達しない」「でも感情はとっさに出てくる」が両立します。「前々からママはときどきケチなときもあると思ってたけど、今のその判断は特にケチだ(だから私は不満だ)」「パパはもとからときどきエッチなこと言うけど、今、またしてもエッチなダジャレを言った(おかげで私まで恥ずかしい)」というように、「の」のあとの「××」は相手の永続的な性質を云々しているわけじゃなく、直前の具体的な言動についての評価(と、自分の反応)を、あたかも相手の永続的な性質を形容するかのような用語を借りて表現してたのじゃないかな。"You are naughty." じゃなく、"Oh, you are being naughty again! " という感じでしょうか。"being bitchy again!"、"being bossy again!"、うんうん、なかなかいけそうです。

しかしこうなると問題は、集団によるからかいのはやし言葉や、秘密の落書きなどが例外として孤立してしまうこと。「イワンのばか」や「田中のブス」は、直前に直接のきっかけを想定してない気がするんですよねぇ。

そして、文の機能や用法、意味をあれこれ考えたのはいいけれど、かんじんの格助詞の「の」については一歩も前へ進んでませーん。「パパったらエッチね」「ここな軟弱者!」「この裏切り者めが!」など、似たような表現を探してもみましたが、形式的、文法的にはあんまり共通点がなさそうです。「○○ったら××」「○○ってば××」などは、後ろに「ね」「よ」「なんだから」がつくだけじゃなく、「○○」には二人称の代名詞も入れば、「××」の範囲だってぐっと広がります。「ひどい人ね」「自分勝手な方なのね」とも言えちゃうし、なんなら「本当に」くらいつけることもできちゃいます。最終的に用言としてまとまってくれればなんでもありといっていいんじゃないかと。

それに比べると「ここな××」「この××」はまだ自由度が低く、長い表現はできません。まず「○○」がないし、「××」は複合語でもいいから名詞1個じゃないとダメなようです。そして「○○の××」のときのような形容動詞の語幹じゃダメで、はっきりと名詞らしい名詞じゃないといけません。さっきはダメだった「大ばか者」がここでは復活します。その代わり、名詞らしい名詞で悪口でさえあればいいので、単語レベルでの選択肢は広いですね。オリジナリティーの高いレア語もOK。「ブッダのぽむぽむ地蔵」は言えませんが、「この、ぽむぽむ地蔵!」は言えちゃいます。さっきも使えた「怒りんぼ」「いばりんぼ」はOKです。そして、「人殺し!」「極悪人!」など、深刻な罵倒語も入れられるし、国籍名や民族名などの蔑称も入れられますね。

そして、「の」については、相変わらず、なーんにもわかっちゃいません。あきらめて仕事に戻ります。ああ、私ってば怠け者。こんなことにハマって時間をとられて、私のドジドジドジー。

09-06-11
やぎの目」で、看板が緑白青だとそれだけでファミマっぽく見えるという話をやってました。カラースキームの力ってすごいな。日ごろからあまり色に注目しない人だとそうでもないのかもしれないけど、私は特に色に引きずられる方なので、この感じはわかりすぎるくらいわかります。形を処理するのが苦手なせいなのか、それともせっかちすぎて形まで見てる暇がないのか(色は一瞬で処理できますもんね〜)。

「色しか見てない」と何が起きるか。

たとえばですね、小学館文庫と講談社文庫が全部、アタマの中でまぜこぜになってました。さっき、このエントリを書くために文庫棚の前に立って、背を観察してて気づいたのです。どっちも白とぐんじょう色のツートンカラーなんですもの。よく見たら、切り替え部分が斜めなのが講談社、平らなのが小学館。今日まで知らなかった……。今まで何だと思ってたのか。両方をひとまとめにして新カテゴリーを作っていたようです。

そして。

先日、出先で「最近、扶桑社の本って何を読んだっけ?」と思い出そうとしたのに、全然出てこない、ということがありました。おっかしーなー、扶桑社のブログはときどき見てて、気になったやつに後でリアル書店で出会ったら買ってるはずなんだけど〜と思いながら家へ帰り、机の上や布団のまわりなどの地層を見てたら。

謎が解けました。私の中では、「扶桑社=イタリアントリコロール」だったのです。つまり、背が白地で、題字が赤、そして下の方になにかグリーンの部分があると、扶桑社だと認識されるしくみになっていたのね。そう、最近買った本はオビが傷んでないから下のグリーンの部分が見えず、三色がそろわなかったんだー! 手元にあった「匿名投稿」のオビをひっぺがしたら、たしかに見覚えのある三色になりましたよ。

赤白緑て、ピザ屋の看板ですかい(いや、マダガスカルやアルジェリアだってこの三色なんですが)。たぶん、元はといえばアン・ライスとジャネット・イヴァノヴィッチによって刷り込まれたのだろうと思います。アン・ライスにはニューオーリンズばかりじゃなくイタリアが舞台になってる話もありますし、イヴァノヴィッチのステファニーは半分イタリア系で、ピザやパスタがいっぱい出てくるし。あ、そうか、ステフのあと半分はハンガリー系だから、ハンガリー色でもいいのか。というより、上から順に赤、白、緑なら、イタリアよりハンガリーの方がふさわしいのかも。

匿名投稿の感想は……そのうち書くかも。書かないかも。というか、私が感想を持ったのは主に結末に関してなので、書けば必ずネタバレになりそうでねぇ。でも、これまたイタリア人やらイタリア系やらが何人も出てきて、エンジェルヘアなんて細麺も出てくるんですよねぇ。またしてもトリコロールのイメージが強化されちゃったような。

09-06-09
また日記放置してました。書いてた時期にくらべて今の方が忙しいとか、実働時間が長いとかいうわけじゃないんですが、日記を書くモードに頭を切り替えないと書けないみたい。

おとといは『スター・トレック』行ってきたし、今日は梅を漬けました。相変わらず、乾物を使いきろう作戦は続いています。これをやりだすと和食が、それも、茶色っぽい煮物が多くなりがち。ちょっと飽きた。

09-05-25
ちょっとスケジュール的に作業の順序が入れ替わることに。しばらく翻訳を中断して短い書き物をしてたけど、そっちが後でよくなったので、このあいだから翻訳に戻りました。

自転車は……相変わらず乗り回してます。自転車に興味があるというわけではなくて、鉄道の路線図から解放される感じが面白いようです。たとえば谷町線の平野→JR大和路線の平野→千日前線の南巽なんて、電車でだといったん市内中心部に戻らないといけないけど、ほんとは近いんですよね。御堂筋線と阪和線の長居から、南海高野線を横切り、阪堺線を横切り、南海本線を横切り、四ツ橋線とニュートラムの乗り換え口へ着く、なんてことだってできちゃいます。当たり前のことですけど、地図には鉄道路線図に載ってない道路がいっぱい載っていまして、そういうところを選んで実際に走ってみると、バス停って実はたくさんあったんだなあということに気がつきます。

ずっとそんなことしてたので、線路に沿って走るというのはもったいない(?)気がしてやってなかったんですが、先日はちょっとだけ阪和線のガード下を走ってみました。長池公園は長居公園よりも賑わってました(狭いから人口密度が高くなるってだけのことでしょうけど)。桃ヶ池公園に至っては、さらに賑わってました。子供が減ってるってドコの話? 子供が外で身体を動かして遊ばないってのも、ドコの話? という感じ。ちょっと大きい子(といっても4年生かそこら)が小さい子を監督してるし、2年生くらいの子は就学前の子の守りしてるし、大人は犬の糞をちゃんと片づけてるし、道はどこもかしこも掃除が行き届いてるし、植木は新芽出してるし。マメに暮らしている(暮らせている)人がやたらと目につくのでした。

こうしてすれ違う人たちには、海外ミステリもヒストリカルロマンスもパラノーマルロマンスも、純文やSFはなおさら手にとらない人が多いんだろうけど、それでも人々の暮らしはちゃんと回っています。本を(特に、翻訳書を)作ったり売ったり買ったり読んだりっていうのは、もともと狭ーい世界なんだってことを思い出さずにはいられません。いや、アタマでは知ってるつもりなんですが、「ずっと家に閉じこもって、たまに出る先は中央図書館かジュンク堂」なんて生活をしてると忘れそうになるの。今はネットに読書感想ブログなんかも多いしね。

近鉄河堀口駅近くのマンションの前で軽四を停めて、後ろから大きな買い物袋を下ろしてる若い男女を見かけたけど、コーナンの袋とニトリの袋が両方あって、その日に2軒買い回ったのがわかったり。長居公園通の湯里あたりでは、ジャスコのシールのついた寝ゴザを前カゴに立てた自転車とすれ違ったり(瓜破のイオンの帰りと思われる)、天津すだれをぶら下げて歩いている人がいたり、皆さん夏じたくなのね。お買い物には魔力があるなあ。たとえそれが必需品であっても。私の最近のヒットはコーナンで買った溝チリトーレという、アパート・マンションのベランダの溝そうじに特化した小さい箒。本にくらべると、こういう物って安いなあと痛感します。

さあ、これから暑くなることだし、いつまでこうして出歩けるんでしょう。今川沿いなんかは多少涼しいかもしれませんが、木のあるところには蚊がいるという罠が。まあ、それはそれでいいのか。自転車という乗り物の最大の欠点は、乗りながら原稿も書けなければゲラも直せなければ睡眠もとれないことだし。

09-05-23
2008年に米国で出版された書籍、オンデマンド出版等のタイトル数が従来型のタイトル数を上回る(5月20日のCAPより)。

本願寺展−開かれる世界遺産の扉」が31日までなんですが、行けるのかどうか。うーん。なにしろお西さんは焼けてないだけに、古いもの・いいものがたくさんあるようなんですよね〜。今後、石川県立歴史博物館で9月19日(土)〜11月3日(火)、道立近代美術館で4月17日(土)〜5月23日(月)とのことなので、チャンスがまったくないわけじゃないんですが、東別院の展示は名古屋だけなのよね。はー、未練が残る。

コーヒー豆がなくなったので補充。ついでに卵も。そしたら、コーヒーを買った店では卵がMSしかありませんでした。量が少ないくらい別に気にいいやと思ったんですけど、Lのときと同じゆで時間だと固ゆでになってしまうのね。ゆで時間を何種類も覚えずにすませるためにはいつも同じ大きさを買う方が楽だと学びました。でもこういうのって、ハタから見たら、こだわりと区別がつきにくいような。健常者もときにはやること、というより、非熟練のバイトを大量に使う外食チェーンの調達部がやっていることと同じなのになあ。コックさんなら素材に多少のばらつきがあろうとカンで吸収できるんでしょうけど、その陰には長い修業の年月と、廃棄された練習用食材という投資があるはず。私はそんな投資をする気はないんだから、せめて仕入れの規格化で埋め合わせようっと。

戸棚の乾物と缶詰とレトルトを減らそう月間。もともと、毎年、梅雨の前にはなるべく乾物を使いきるように心がけてはいるんですが、今年は対象を缶詰とレトルトにまで拡大。ゆくゆくは保存食品収納庫をひとつ廃棄したいという野望(おおげさ)に向けて。――って、食糧を備蓄しようとかいう世間のトレンドに逆行してるかしら?

そろそろ『誰も寝てはならぬ』の11が出ているはず。早よう見たいもんじゃのう。

09-05-20
また間あいちゃった。サボると時間がとれるので味をしめてしまうのか。

この間、何あったっけ? DNPと出版大手三社のブックオフ株取得なんてニュースもあったけど、あまりに話が大きくつかみどころがないせいか、逆に印象に残らず。

16日はジュンク堂で日本YA作家クラブ発足記念トークセッション金原瑞人はまだ露出が多い印象があるけど、梨屋アリエ令丈ヒロ子石崎洋司を一度に生で見られるとはえらく効率のいい話で、まさに地方在住者のためにあるようなイベントじゃなかろうか)。せっかく東京いくんだし、15日は新大久保のルーテル教会でヘンデルの室内楽

いつもは東京行くときはちょっと長めに泊まり、いろんな人に知らせてなるべく効率的にごはん食べたりお茶飲んだりするけど、先月それやって帰った直後にお腹を壊したこともあって、今回は東京でもお客の一人として参加する以外は閉じこもり生活。それだけじゃなく、前後のイベントをたくさん申し込むこともせず、美術館へ行くこともなく。いや、別にインフルエンザ気分に乗せられてるわけじゃないのよ。

帰ってからは、注文してあった無印のパルプボードボックス(これね)を2つ、組み立てて本棚に。ただし、既存のダボ穴に可動棚を入れても私の思いどおりの棚間隔にはできないため、組み立て前の板の段階で希望の高さに木ネジを途中まで入れ、飛び出したネジの頭に棚板を乗せてみました。ドリルでオリジナルダボ穴を開けるのはちょっと自信がないし、こっちの方がハードルが低そうな気がして。そんなわけで、完成したのはいいんですが、本棚からはみ出して床や机に積まれていた本を全部入れたら、まったく隙間がなくなりました。これから買う本は入らないということらしいです。はー。

洋裁のようなこともちょっとだけしたぞ。シャツを脱がなくても首筋から抜ける背中の汗とりを作りました。といっても、布を裁って縫ったわけではなく、ランニング型のタンクトップの両サイドをはさみでちょきちょき切り離して作ったんですが。

原稿中のため、本読み記録はヒミツ。原稿の中で使ってる本は書くとネタバレになるし、そうでない本はサボりがバレるし。

あとは……、キャベツがやっと買えたってことかな。今年は何かキャベツが高くないですかー? 新キャベツも寒玉も公平に高いので何となく手が出なかったんですが、ようやくアンチョビとキャベツのスパゲティが作れました。夫が安売りのアンチョビをサーディンとまちがえて買ってきたもので、今はアンチョビの在庫が豊富でね〜。

やっぱりまとめて書くと時間かかりますね。くたびれたー。


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