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文化単位としての自閉スペクトル

ニキ リンコ


診断名としての「自閉性障害」や「アスペルガー障害」「特定不能の広汎性発達障害」とは別に、文化単位としての自閉という概念があってもよいのではないか? 自閉者としての私たちの脳は、私たちの思考パターン、注意・関心のパターン、行動様式、対人関係のありかた、価値観、目的意識、さらには趣味や美意識にまで、現に影響を及ぼしているのだから。

たとえすべての「症状」がそろわず、診断基準を完全には満たさない人でも、あるいは類似の特徴を示す別の障害と診断されている人でも、さらには、そもそも公式の診断を受けたいと願わない人であっても、自閉という概念で自分が「ちがっている」ことを納得できるなら、これまで「おかしい」「病気ではないか」と恐れていた傾向が、自閉者としては正常な特徴だったと知って安心することができるなら、「わがままではないか」「性格が悪いのではないか」と恥じていた癖が、自閉者には普通のパターンだったと知ることで誇りを取り戻すことができるなら、診断というお墨付きが得られるかどうかなど、二の次でよいはずではないのか。

たしかに、行政や学校を相手に必要なサービスや配慮・理解を得るためには診断も必要になるだろう。医療の現場でも正確な診断は必要だろう。研究・調査のためには、サンプルの均質化も必要だろう。しかし、自閉者・周辺者にとって、自閉とは人格のありかた全体にかかわるものなのだ。自分という人格に誇りを持てるかどうかの問題だというのに、分類の移り変わりや診断基準の変化、さらには専門家どうしの見解の相違などに私たちのアイデンティティをゆだねる必要があるだろうか。

アイデンティティの鍵としての自閉、自分を知り、自分を受け入れ、自分を許す鍵としての自閉、文化を解く鍵としての自閉は、診断名としての「自閉症」、「アスペルガー症候群」、「PDD−NOS」、「自閉傾向」、「学習障害」、その他もろもろの名前とは別の次元にあってよいはずではないのか。

私がアスペルガーと診断されたのは98年の5月だった。だが、やはり自分は自閉スペクトラム上のどこかに位置する人間なのだと納得したのは9月も末のことだった。

最初からアスペルガーを疑っていたわけではなかった。注意の集中が全く続かなかったり逆にはまりこむと深すぎたりと一定しないので、ADDではないかと思って診断を求めたところ、「ADDの症状もあるけれど、ADDだけでは説明がつかない症状も見られる。それよりもアスペルガー症候群の可能性が高い」と説明されたのだった。

そもそも、気まぐれで手に負えない自分の注意力を、わがままな性格や努力不足のせいではなく障害のせいなのだと認めてほしくて診断を受けたのだから、アスペルガーという診断名は、注意力のほかに、私が特に訴えるつもりのなかった困難にまで、ついでに説明をつけてくれることになったという感じだった。ショックはなく、安心感が大きかったが、逆に、それが不安の元にもなってしまった。

「うかつに信じて、この説明に頼りきってしまったら、あとで他の人に『誤診されたのでしょう』『正常ですよ』と言われたときに耐えられなくなるのではないか?」「実際、過剰診断なのではないか?」「自分は問診のとき、日々の苦しさを誰かに訴えるめったにない機会だというので、つい大げさに言わなかったか?」「大げさに訴えていたとしたら、詐病とか心気症とか虚偽性障害ということになるのだろうか?」

私の状態は、アスペルガーでも説明はつくけれど、ADDと非言語性学習障害、それにごく軽い強迫性障害が重なっていると考えても説明がつくような気もした。実際、「アスペルガーではなさそうに思う、ADDの重度の人にもそういう症状はみられる」と言う人もあった。

ADD、アスペルガー、自閉症、非言語学習障害、ハイパーレキシア、それに強迫性障害の本を読みあさり、ウェブページを当たり、たくさんの講演会や、さらには学会まで聞きに行った。

不運なことに、多動のないADDについてはまだあまり研究も進んでおらず、データも蓄積されていない。非言語学習障害とアスペルガーの関係、異同も論者により説がまちまちだとわかった。さらに、古典的自閉症の高機能者とアスペルガーとの分類も諸説ある上、「経験的によく見られる臨床像」と「診断基準」さえも必ずしも一致していないという。

本を読んでも、学会発表を聞いてもわかるはずがない。本物に会おう。会って話をしたら、自分が何者なのか、肌でわかるだろう。それに第一、仲間がほしい…… そう考えてアメリカまで飛んだ。ANI(国際自閉ネットワーク)のキャンプ兼会議に参加するために。

日本からたった一人で飛んで来たというので、みんな大いに歓迎してくれた。そこは別天地だった。物音に驚いて飛び上がっても、だれも変な顔をしないし、手が濡れるのが嫌だからといって頼めば、だれかがオレンジをむいてくれる。いろいろなことが、説明しなくても当たり前に受けとめてもらえて、いや、それ以上に、説明してもうるさがられず聞いてもらえた。初めて、同じ種族の人間に会ったという感じがした。それまでほとんど英語を話したことがなかったのに、日本で日本人を相手に日本語で話をするより楽だった。帰るときは、来年まで一年間、本当にがまんできるだろうか、と思ったほどだった。

とはいえ、それがそのまま、診断を確信するということにはつながらなかった。興奮と緊張とのせいで、すぐには経験を消化できなかったというのもある。それよりも、あまりの居心地の良さに、「自分は、仲間ほしさに、実際以上にみんなに合わせよう、ハマろうとしたのではないか? 歓迎されて舞い上がっていただけではないのか?」「もし自分がアスペルガーではないとわかったら、あの仲間たちを失うのには耐えられないだろう」という不安さえ感じるようになった。

帰国してしばらくは、茫然自失という感じだったが、ようやく落ち着きをとりもどすと、現地では忙しくて読めなかった会議の資料、持ち帰ったニューズレターなどを読み始めた。メールアドレスを交換していた仲間と文通を始めた。彼らの作っているホームページにも行ってみた。メーリングリストにも加入した。

やっと自分が「自閉スペクトラム上のどこかに位置する人間なのだ」ということが実感できるようになってきたのは、このころのことだった。

納得する決め手になったのは、キャンプ場で見てきた、仲間たちの「ノリ」、「嗜好」、「ジョークの趣味」、それに「遊びかた」といったものだった。

あるいは、仲間たちのウェブページやパンフレットで読んだ「こんなときに疲れてしまう」「こんなときについ変な声を出してしまう」「つい思い出し笑いをしてしまう」という記述だった。

さらには、私が、日本のとある掲示板で一つのテーマにこだわって大量の書き込みをしてしまい、顰蹙を買ったことをリストで愚痴ったら、「私たちも、よそのメーリングリストで同じことをして、居心地が悪くなったの。だからこのリストができたのよ」「私たちの『こだわり』や『エコラリア』は、書きことばにも反映されるの」というレスをもらったことだった。

こんなことは、私が読みあさった、自閉症やアスペルガーに関する本には書かれていなかった。「症状」については書かれていても、特に支障のない「特徴」や「嗜好」のことなど書かれていなかった。しかし、発達障害というものが、脳のちがいによるものだとしたら、そこから出てくるのが「症状」だけであるはずはない。脳のちがいに由来する特徴のうち、生活に支障をきたす部分だけを切りとって「症状」と呼んでいるにすぎなかったのだ。

目からウロコが落ちる思いだった。

いったん診断に納得してしまうと、そして、「症状」と呼ばれるものが自閉の特徴の一部分でしかないことを知ってしまうと、自分の中にある「症状」と呼ぶほどのこともない自閉者特有の性質や特徴が次々と見えはじめた。同時に、これまで、「病気ではないか」「性格がわがままだからではないか」「格好悪い」「恥ずかしい」と思い、悩んできた性質が、実は自閉者としてはむしろ正常だったということに気づいてしまったのだ。

子どものころ、犬の品種名を何百と暗記することに熱中したり、「ムーミン谷シリーズ」ばかりを暗記するほど読んだりする、そのあまりの熱中ぶりに、「私は異常ではないか」「将来はストーカーのようになって逮捕されるのではないか」とおびえ、「家庭の医学」の「精神の病気」のページを震えながら読んだこと。

手をひねったり、指を反対に曲げたりする癖がどうしても止められず、「自分は意志が弱いのだから何をしたってやり遂げられるはずがない」と思いこんだこと。

頭上でカラスが鳴くと、つい鳴き返してしまうのを止められず、恥ずかしい思いをしたこと。おもしろい冗談を聞くと、何回もくり返し発音して味わい、みんなが飽きてしまっても続けるので、ダサいと言われたこと。発音が気に入ったフレーズは文脈を無視してでも引用したくなり、文章修業の妨げになったこと。

歌を歌っていたころ、オリジナル曲よりもコピーの方が好きだったり、独自の歌いかたよりも、原曲の歌手の完全コピーをしたくなるのを、「自分には個性も創造性もないのだ」と情けなく思ったこと。

CDプレーヤーの「一曲リピート機能」を利用して、一曲だけを何時間でも聴くのが本当に好きなのに、「いろんな音楽に接する機会を逃しているのでは」と思ったこと。

あの恥ずかしさは、自己嫌悪は、いったい何だったのだろう。自閉者としては当然の性質を矯正しようとしたあの無駄なエネルギーは何だったのだろう。狂気の徴候でもなければ病気の前兆でもない固有の性質におびえた、あの恐怖は何だったのだろう。

あの恥ずかしさ。根拠のない自己嫌悪。無駄な努力。理由のない恐怖。どれも、自分が自閉者であることを知っていたなら、自閉者には自閉者特有の嗜好やノリ、性質、遊びかたがあるということを知っていたなら、そして、自分が自閉者であることを恥ずかしいとも悲しいとも思わずに受け入れていたなら、避けられたはずのものではないのか。

私は、恥じる必要のない嗜好を恥じ、直す必要のない癖を直そうとし、恐れる必要のないエネルギーを恐れてきた。私はだまされていた。自分が何者であるかを知らず、第一言語を奪われていた。自国の文化と切り離されて育ってきた。鳥の巣に落ちたコウモリの子のように。外国人家庭の養子になった難民の子どものように。鬼にさらわれた人間の子の身代わりに妖精が置いていった、妖精の子のように。ただ一人地球に不時着した、宇宙人の子どものように。

私は何も知らなかった。私はだまされていた。

私は、これほどの聴覚過敏を持ちながら、自分の聴覚が過敏であることさえ知らなかったのだ! この世に聴覚過敏などという概念があることを知らなかったから。聴覚過敏などという用語を聞いたことがなかったから。

私が知っていたのは、外に出かけて帰ってくるとなんだかいつも胃や腸が重苦しいということと、「よく、物音がするとびくんとしたりちぢこまったりしているね」と周囲の人に指摘されるということだけだった。他の人には、世界はもっと静かに聞こえているのかもしれないなどとは想像したこともなかった。

私はただ、自分が臆病で、大げさで、こらえ性がなく、わがままなのだと思っていた。自分の胃が重苦しいのが、音のせいだということも知らなかった。恥ずかしがらずにもっと飛び上がったり、悲鳴を上げたりすれば、胃が楽になるということも知らなかった。

子どものときに、「どうして叩かないのにちぢこまるの」「人聞きが悪い。私たちが乱暴でもしているように思われるじゃないの」と叱られてからは、堂々と飛び上がったり、悲鳴を上げたり、耳をふさいだりしてみたことなど、一度もなかったのだから。

失った年月をとりもどすことはできない。しかし、失った誇りをとりもどすことはできるはずだ。「こだわり」に深い喜びを見いだす自閉者として。繰り返しの興奮を知る自閉者として。ことばの意味、内容のみならず、音声に、リズムに、韻に、字面に、フォントに、ロゴタイプに表情を読み取る自閉者として。耳から聞いた音声を忠実になぞり、記憶の中の音声とユニゾンする快感に震える自閉者として。具体例を枚挙する心の昂ぶりを知る自閉者として。細部を自在に拡大し、そこに意味を見いだせる自閉者として。外界の時間軸と無関係に記憶を再生する自閉者として。

失った誇り、奪われていた誇りを今からとりもどそうという自閉者にとって、診断名など、診断の正当性など、何だというのだろう。

非言語LDなのかアスペルガーなのか。カナー自閉なのかアスペルガーなのか、PDD−NOSなのか。ADDなのかアスペルガーなのか。「自閉」なのか「自閉傾向」なのか、「学習障害」なのか、さらには「正常」なのか。アスペルガーなのか、分裂病型人格障害なのか、分裂病質人格障害なのか、あるいは正常なのか。

診断基準の変化につれて、論者によって、診断者の出身校や所属学派によって、受診時の環境や体調によって左右される線引きなど、私たちの誇りのよりどころとしての自閉の概念とは別の次元の問題ではないのか。

DSM−Wに定められたアスペルガー障害の診断基準には、次の一文が含まれている。

「C.その障害は社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の臨床的に著しい障害を引き起こしている」

たしかに、これは「臨床的には」必要な、それどころか重要な項目だろう。正常な生活を送ることができているのに「障害」と決めつけることはできない。

しかし、何をもって「著しい」というのかを、誰が決められるというのだろう。あるいは、表面的には社会生活・職業生活を送ることができているものの、無理に無理を重ね、その日その日を生き延びることに精いっぱいという者の水面下の疲労困憊を、診断基準で測ることができるだろうか。周囲で何が起こっているのかわけもわからず、しかしその困惑を周囲に悟られないよう、万事わかっているふりをして調子を合わせ、作り笑いを浮かべ、常に綱渡りを続けている者の慢性化した不安を、診断基準ですくい上げることができるだろうか。

これは、診断の場に求めるべき性質のものではない。

自分が何者なのかを知り、自分の第一言語をとり戻し、自国の文化を再発見し、そして失った誇りをとり戻すという営みは、診断とは独立であって然るべきではないのか。

「診断基準を満たさない」と言われようと、「正常」と言われようと、それは非自閉者の論理、非自閉者の価値観で自分の価値を測らねばならないという宣告でもなければ、自閉者の文化、自閉者の下位社会からの追放を意味するのでもない。臨床家には臨床家の論理があり、目的があり、規準がある。それは文化、価値観、誇り、嗜好、魂のありかたとは別の問題なのだ。

必要があれば、診断を求めるのもよい。必要がないと思えば、求めなくともよい。実用的見地からは必要がなくても、心のよりどころとして求めるのもよい。純粋に知的興味から求めるのもよい。しかしいずれにせよ、診断を、魂の問題と混同してはならない。

診断によって、アイデンティティを、文化を、価値観を、所属集団を左右される必要はない。DSMもICDもなかったはるか昔から、自閉者は存在した。診断結果が何であろうと、診断名が何であろうと、私たちの魂は、私たちの誇りは、私たちの文化は、私たち自閉者のものなのだから。

98・12・18

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