館長のおもちゃ箱


素通しの万華鏡

     人はふだん 目に映った画像を解釈している
     あれは橋だとか あれは「あ」という字だとか
     でも万華鏡の画像は 解釈できない
     ただの形、ただの絵になる それが私の故郷
     世界を ただの絵として眺めていたころ
     解釈を知る前の なつかしい世界に帰れる

「あなたは視覚優位ですか? 聴覚優位ですか?」とよく聞かれるけれど、実に答えにくい質問だ。わたしの聴覚は鋭くて、細かい音の聞き分けも当てにできる。子どものときに、言葉が遅れなかったのはそのせいもあるのかもしれない。

一方、視覚の方は、日常の用を果たすのにはあまり役に立ってくれない。人の顔はなかなか覚えられないし、道順だって怪しい。家の中でもモノが見分けられなくて不便を強いられている。だから、確かに私の視覚は実用的とはいえない。視覚に頼るのはあまり賢い選択ではなさそうだ。

でも、だからといって、わたしが聴覚中心の生活をしているかというと、そういうわけでもない。わたしは喜びの多くを視覚から得ている。いや、というより、わたしにとって、視覚は実用以前の、遊びの段階で止まったままなのである。それなのに、無理をして実用の仕事をさせているのだ。そして、無理をさせられたわたしの視覚は、本来の姿ではない実用モードに固まったきり、戻れないでいることが多い。

仕事をさせていないときの遊びの段階は、こんなものだ。

人の顔はなかなか覚えられない、表情はますます見分けられないわたしだが、わたしは文字には表情を感じることができる。泣き顔があったり、居丈高な顔があったり、能天気な顔があったり。字によってもちがうが、フォントによってもちがう。レタリングや書道、タイポグラフィ、ロゴタイプ鑑賞は、わたしの大の楽しみである。ただ、文字の表情に見とれていたのでは、文を読むことはできない。だから、読まなければならないものがあるときは、文字たちの行列にさようならを言って、実用の文字の世界に戻るのだ。

わたしの視覚の故郷は、この「文字に表情がある世界」なのだ。文字の読みかたを覚える前の世界。文字がまだ形でしかなかったころの世界。文字がまだ意味を持たなかったころの世界。

わたしが周囲の景色や室内の風景、散らかった机の上などを見ているときも、わたしの視覚は、この「意味以前」の世界と、「解釈済み」の世界の間を行ったり来たりしている。机の上の黄色いクリップは、何やら丸い穴の開いた黄色い図形に戻ったり、黄色のクリップになったりをくり返している。緑のタオルは、ただの緑の台形になったり、緑のタオルになったりをくり返している。ただ、その切りかえはわたしの思いどおりにはできない。

本当は、必要ないときには、意味不明の画像の世界の中で視覚を遊ばせていたい。画像は画像のままにしておきたい。でもわたしは、この世界で生きて行くために、画像を解釈する習慣が身についている。自由時間だからといって、すぐに故郷である意味不明の画像の世界に帰ることはできないのだ。

素通しの万華鏡は、それを強制的に「ただの画像」の世界に戻してくれる。色とりどりのビーズや紙切れの入っていない、素通しの万華鏡は、向こうの風景をそのまま素材にする。いつもは解釈している画像、意味を読みとっている画像が、強制的に、ただの画像、ただの図形に戻る。世界の意味など解釈できなかった幼いころの、なつかしい、意味不明の画像の世界に。

わたしだけではない。非自閉者だって、素通しの万華鏡、レンズつき万華鏡で見慣れたモノや見慣れた風景を見れば、画像をただの画像として見直せるだろう。意味のない図形として見直せるだろう。わたしのふるさとである視覚の世界が見られるだろう。




世界はジグソーパズル

     ウェゲナーの大陸移動説って覚えてる?
     小さなピースが
     アフリカ大陸西岸と
     南米大陸東岸になって出会う

     継ぎ目のラインには顔がある
     横顔、横顔、また横顔
     居丈高な顔、おびえた顔、卑屈な顔、ふざけた顔。
     人間などより、ずっと豊かな表情
     顔まねをしながら 同じ顔の裏返しを探す
     居丈高な気分になり、
     おびえた気分になり、
     卑屈な気分になり、
     ふざけた気分になり
     1000人分の人生を疑似体験

     どんな絵ができるのかはお楽しみ
     先に知るなんて もったいない
     あのピース、このピースが、
     いったい何の一部だったのか
     見えてくるときが 待ち遠しくて

(非自閉のみなさんのための注釈)
私は、一度に注目できる範囲が狭いので
箱の絵を見ずに組み立てているのです。
継ぎ目のラインを頼りに。

パズルだけではない。
日常生活も常にそう。
みんなも一度やってみたら
私の世界が疑似体験できると思う。




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