それでは、その一つめを紹介する。「ITが定型業務を担うべきだ」という期待だ。これは常識とも言うべき期待ではないだろうか。「定型的な業務は創造的ではない。創造的でない業務は面白くない。したがって、それは機械にやらせて、人間はもっと創造的な、非定型の仕事をするべきだ」という意見である。
ここには多くの誤った認識がある。
まず、ここには経済性の観点がない。ITが定型業務を担うべきだという判断は、人間に代わって機械が定型業務を繰り返すことによって、全体の生産性が向上し、機械への投資以上の利益をもたらす場合である。毎日の注文を登録する業務を人間から機械に置き換えることによって、登録のスピードアップが図れて、何人か少ない人数で登録できるようになれば、減った人数分のコストダウンになる。コストダウンの幅が投資に見合うなら、このシステム化は経済的に成り立っている。いくら定型的でも、その頻度が少なかったり、短時間でできることであったりすれば、機械化は割に合わない。
次に、「定型的な業務は人間的でない」という考え方である。定型的な業務をしていない人にとって、定型的な業務はつまらなく見える。それをし忘れたら困ると思う。そして、システムエンジニアは定型的な仕事をしていない。それをし忘れるリスクは起こりそうに思う。
しかし、世の中には定型的な業務は多数ある。それを仕事としている人たちは、定型的な仕事をし忘れることはない。たとえば、毎日決まった時間に銀行へ行って振込をすることは定型的だが、それを忘れることはないし、それが非人間的ということもない。(時間がかかると言う問題はある。)
定型的な業務は創造的でないという指摘も誤っている。定型的な仕事を創造的に取り組むことはできる。例えば製造現場では、かつては機械化が生産性向上をもたらすと信じられていた。しかし、実際には必ずしも生産性を向上していないことが分かってきた。逆に、屋台方式と言う一人で全部組み立ててしまう方法が生産性をあげることがわかってきている。
組立作業はある種の定型作業である。しかし、その全工程を自分ひとりで遂行することは創造的であるし、その中でカイゼン活動をすることを創造的といわずして何が創造的だというのだろう。
定型業務を機械化して成功した例はある。例えば給与計算である。給与計算は、従業員の人数分だけ繰り返す定型作業だからだと思われている。しかし、実はそうではないかもしれない。給与計算の内容は、個人ごとに違うからだ。
逆に、一人の人の計算はほとんど変化しない。年に12回、およそ同じ内容で繰り返す。したがって、従業員数に関係なく、給与計算は機械化の成果をあげたように思う。
定型的に見えてうまく行かない例もある。例えば予算編成、あるいは人事考課。いずれも、内容はまちまちである。予算編成は部署により異なるし、人事考課は個人により異なる。年に1〜2回の繰り返しがあるが、その都度内容が違う。したがってシステム化の成果が上がらない。
成果が上がらないからといって予算編成システムや人事考課システムをさらに精緻にシステム化すると、今度は変化できなくなる。環境が変化する中で予算編成や人事考課が変化できずにいると、過去の物差しを無理をして使う結果になってしまう。ITが業績の足を引っ張ることになる。
定型業務だからと言って、盲目的に自動化をするのではなく、冷静に経済効果を見極めて判断すべきである。自分の経験値としては、合理化を目的とするなら1年以内に元が取れるように計画するべきだと思う。