操作マニュアルを書く人は、そのモノを作った人や、作った人に教わりながら十分に使った人です。つまり、操作アニュアルを書く前に相当の暗黙知を持っている人です。つまり、操作マニュアルを書く人は、書く時点ですでに「書くまでもないこと」をたくさん持ってしまっているのですが、その中にはそのモノを理解するために必要な情報がたくさん含まれています。
ある技術について、今は自分が一番よく知っているとします。標準化するということで、それを他の人でもできるようにするわけですが、どうすればそれができるのかを説明していこうとするわけです。そうすると、知っていなければならないことは膨大です。「今なら自分が一番」という人にとって、さまざまな知識が「つながって」いるのです。何でも書こうとすると、それらを全部書き出すはめになります。
質問によって、伝えるべき情報の範囲は相当に絞られています。教えてくれる人は、その絞られた範囲について説明していきます。相手の顔を見ながら、分かっていないようなら言い方を変え、もう少し細かいところまで説明していきます。暗黙知をも伝えようと努力し、実際に暗黙知は伝わっていきます。
「質問と解答」で書いたように、このやりとりは範囲が絞られています。このことは、暗黙知を切り出すことを容易にします。すべての知識がつながっているという状態を脱皮できます。それに、教わった人は「書くまでもないこと」をまだあまり持っていないはずです。どこからどこまで説明すれば理解できるかを、身を持って証明しています。
教わった人が書き出すということは、教えてくれたことへの恩返しでもあります。よく知っている人が書き出すと、知っている人ほど負担が大きいということになりますが、教わった人が書き出すのであればそういうこともありません。教えてあげることが負担ではなくなるのです。
「教えてもらった人が書き出す」が私のお薦めです。