さて、経営判断がないということは、経営を成り行きに任せるということである。そういう企業の行く末を考えてみよう。
さて、このとき企業はどのような姿になるだろうか。企業が利益をあげるためには、少しでも仕事を増やしていかなければならない。現在の仕事と少しずれたところに顧客のニーズがあるとき、経営判断のない企業はいつもそれに手を出すのだ。「仕事の幅が広がっていく」というと良いことのように聞こえるかもしれない。でも、仕事の幅を広げることは、仕事に質を落とすことに他ならない。
たとえばハンバーガー屋がおにぎりにも手を出したとしよう。その店はハンバーガーを作っていた従業員におにぎりの作り方を教え、設備を整え、そしておにぎりを売り始める。おにぎりに関しては、当然ながら彼はまだプロの域には達していない。一方でハンバーガーの方は前に比べて手薄になっている。その店に客は、前よりも味の落ちたハンバーガーと、まだ決してうまいとは言えないおにぎりのどちらかを選択せざるを得なくなるのだ。
ハンバーガー屋がおにぎりも扱うようにあることを、「多角化」という。多角化が悪いことかというと、いつもそうだという訳ではない。ハンバーガーの質も量も落とさず、おにぎりを新たに導入できるときがあるのだ。市場が成長・拡大しているときである。そういう環境の時は、ハンバーガーを作っていた従業員におにぎりを教えるのではなく、最初からおにぎりを意識した従業員の採用や教育ができるのだ。
お気づきだろうか。「多角化」は高度成長時代の発想だということに。そして、ここにこそ経営判断の本質が見えてくるのだ。
では、経営判断とは何か。それは、仕事の範囲をどこに絞るかという選択である。あるいは、何をより重視するかという選択である。経営判断の有無による発想の違いを整理してみよう。
| 経営判断なしの場合 | 経営判断ありの場合 | |
| 新しい事業分野について | 新しい分野に進出したいが、暇そうなやつはいないか | 新しい分野に進出したいが、どの分野から撤退しようか |
| 既存の事業分野について | どの分野も大事なお客様がいる。継続しなければならない | 自社の力をより強く発揮できる分野はどこだろう。そこに資源を集中したい |
| 従業員の採用について | 仕事を広げるのだから、人を採用しよう | 事業規模が拡大するのではないから、従業員は増やさない |
| 優秀な人材の扱いについて | 彼は優秀だから、この分野から外せない 彼がもう2〜3人いたら・・・ | 彼は優秀だから、重点分野に移そう |
| 自社の事業ドメインについて | 我が社は総合××会社だ (今のドメインをカバーする) | 我が社は××専門会社だ (今のドメインより絞り込む) |
| 市場占有率について | ライバル会社にまけないように頑張ろう | 強みを発揮できる分野に絞ろう |
| 市場の範囲について | 今の市場でシェアを上げていこう | 狭い分野ででも世界に市場を広げよう |
企業は、人が意図的に作った集団であり、明確な目的を持ったものだ。企業を成り行きに任せることは、すなわち経営がないことを意味し、許されることではない。それは、顧客に対しても、従業員に対しても、株主に対しても、責任を果たしていないことになる。
ところが、そういう経営者が実に多い。その理由は、すでに述べたように高度成長時代が長かったために、経営判断を「する」というレベルでさえ、お手本がなかなかないのだ。判断の質は次の課題だ。まずは「経営判断」に挑戦してみよう。