レポート:危険なのは「やる気」

危険なのは「やる気」

1998年1月10日


「やる気」はマイナス

 堺屋太一は、著書「『次』はこうなる」で「やる気」の危険性を指摘しています。その上で、要職に適する人材を次のように順序づけました。
  1. 能力が高くて意欲のない人間
  2. 能力も意欲もない人間
  3. 能力も意欲もある人間
  4. 能力がなくて意欲がある人間
 さらに、「意欲のある人物を『意欲がある』というだけで評価してはならない」としていますが、実際は能力があって意欲がない人間は、生意気で扱いにくく、逆に能力がなくて意欲がある人間は、上の言うことを聞いて突っ走るので、とてもかわいいのだそうです。その結果、意欲のある人ほど出世してしまうのです。

 この問題は、今までの常識とかけ離れているため、言葉の上では何となく理解できても、本当に納得している人は少ないのではないでしょうか。今回はこの問題を取り上げ、もう少し具体的に掘り下げたいと思います。

「やる気」を求めると

 最初にお断りするが、ここでいう「やる気」とは仕事が対象です。仕事にやる気を求めることです。たとえば、自己啓発にやる気をもつことはここには含まれません。

 私の経験を一つ紹介しましょう。今から10年ほど前、私はある大きなシステム開発プロジェクトに参加しました。その組織は、他に4つの大きなプロジェクトを並行して進めていました。その組織としては、5つもの大規模プロジェクトを並行して進めることは初めての経験でした。
 5つのプロジェクトは、納期を1989年3月末とされていました。1988年の後半当たりから、プロジェクトの進捗を維持するために、5つのプロジェクトとも深夜作業や徹夜作業が同じような頻度で発生していました。
 確か、納期ぎりぎりまで、5つのプロジェクトとも3月末完成を目指していたように記憶しています。ところが、実際に4月1日にスタートできたのは、一つのプロジェクトだけでした。

 さて、その一つのプロジェクトが、他の4つのプロジェクトと何が違ったのかをご説明しましょう。「やる気」においてはほとんど差はなかったと思います。どのプロジェクトも能力を越える開発規模を抱え、体力的にはかなりの無理をしながらの開発でした。ところが、うまくいったプロジェクトのリーダーは、他のプロジェクトのリーダーから批判をあびていたのです。開発規模を納期にあわせて絞り込んだからです。それは「やる気」の欠如だという批判だったようです。でも、私はそれは違うと思います。おそらく、他のリーダーは能力を超えるやる気を求め、かつ自らは能力を超えるやる気を発揮していたのでしょう。ところが、一人のリーダーだけが、やる気を上回る能力を持っていたのです。他のプロジェクトリーダーからは、能力の範囲にやる気を抑えることは「やる気」の欠如に見えたのでしょう。

 この組織で「やる気」がもたらしたのは3ヶ月もの納期遅延、カットオーバー後の大混乱、そして無謀なプロジェクトの暴走・玉砕という結果でした。

「やる気」の評価

 経験の浅い、若い従業員の場合は、「やる気」は決してマイナスではありません。「やる気」が能力を伸ばす原動力にさえなります。それは、若者のやる気は、それをカバーする先輩や上司がいて、組織全体としてはほとんどマイナスにならないからです。
 問題なのは経営者や管理者のやる気です。

 ここに部長が3人いるとします。彼らに「今期の各部の重要課題を挙げよ」と指示したとき、一人は20個もの課題を挙げ、他の二人は3個しか上げられなかったとします。そのとき、20個あげた部長が、やる気があるように見えます。でも、これは明らかに誤りでしょう。20個も課題を挙げると言うこと自体が重要課題を抽出する能力の欠如を物語っています。では、3個しかあげないことが正しいかというと、そうではありません。重要な3個を抽出できていなければなりません。
 能力を評価することは難しいのです。「やる気」を評価することは簡単です。ところが、「やる気」を評価すると、その人たちは「やる気」を発揮すること、見せることに躍起になります。それがもたらすことは、先ほどの「暴走」や「玉砕」だけです。

 そして、「やる気」を評価してしまうことがもたらす最悪の弊害は、能力のない人を上位の経営管理者に引き上げてしまう結果を生むことです。経営者から見たらかわいい部下でも、一般従業員は無能な上司であることを見抜いてしまいます。そして、経営者であるあなたは、従業員からの信頼を失ってしまうでしょう。

反論に対して

 ここで予想される反論があります。
 「やる気は決してマイナスではない。なぜなら、自分は−−−−という経験があり、やる気で暴走しても、後で必ずプラスに転じた」という意見です。

 でも、それは高度経済成長時代か、あるいはバブル経済時代の経験ではないですか?世の中全体が成長しているときは、「やる気」のマイナスは目立たないのです。たとえば、紹介したシステム開発プロジェクトでも、社会と会社が双方とも拡大・成長しているのであれば、必ずしも無駄な経験にはならないかもしれません。システム部門の人数が増えることで、能力を超えた仕事でもやがて能力に収まるでしょうし、そのプロジェクトのメンバーは次のリーダーとして経験を生かせるでしょう。
 ところが現実は違います。一度、能力を超えた仕事を持つと、それを縮小しない限り、永久に能力オーバーの状態が続くのです。たとえば、大規模なメンテナンス(たとえば消費税改正や郵便番号7桁化)のときに、能力を超えた規模のシステムの重みがずっしりとコストに跳ね返るのですから。


魚谷幸一 http://homepage3.nifty.com/uotani/
Last update 1998-1-10