レポート:戦略策定の前にやらなければならないこと
戦略策定の前にやらなければならないこと
1997年3月2日
1.崩れる常識(新鮮な視点で考えよう)
従来は常識と考えられてきた「制約条件」が、最近はずいぶん解消されている。戦略課題も、古い常識にとらわれずに本質を見極めて設定することが重要である。
新しい技術に対する投資や人材の獲得などの手段も多様である。業種という概念も意味がなくなりつつある。例えば、菱食という食品卸は、日用品卸と組んで物流センターを設定した。従来の「業種」という枠の中では実現は不可能だった。ミスターマックスというスーパーは、年14回転する商品に絞り込んでいる。切り口は品種ではない。あるいは、松下電器は個人と合弁事業を組んでいる。言い換えれば、いろいろな
面でいわゆる異業種や規模の違う企業を考慮しなければならないということであり、従来の業種や規模で分類するのは意味がないということだ。
戦略を立て、課題を設定し、それを遂行するためには、管理技術が必要になる。たとえば、製造業では、生産性を評価する手段として原価計算を行っている。従来の原価計算にとらわれていると、工場の中だけの評価に偏り、限られた成果しか期待できない。以下に新しい視点から捉えた課題設定の事例を2つ紹介する。
@ 在庫の評価
「経常利益の3倍以上在庫があれば、その会社は赤字だ」という考え方がある。従来の会計制度では、在庫はその生産に要した資金の金利程度しか損益に反映されない。しかし、在庫は生産能力を市場に合わせられないから生じているのであるし、資金繰りのために在庫を処分してもわずかな金にしかならない。在庫の三分の一は損失とみなすべきだという考え方である。従来の会計制度にとらわれない発想の一つである。
A ABC(Activity Based Costing )導入
間接費をいい加減な比率(例えば生産量比)で配賦計算する従来の原価計算は、直接生産に関わらない部分での現場のロスや工夫を評価できない。ABCは、仕事をしたこと(Activity:活動)に基づいて費用を配賦する、新しい原価計算の考え方。手間はかかるが、最近の情報技術の進歩で実現可能な手法となりつつある。手間をかけてもそれだけのメリットはあると言われるようになった。原価計算制度そのものを見直そうという発想である。
2.戦略策定の手順
(1)事業の定義
最初にすべきことは事業を定義することである。これが行われていないケースは非常に多い。たとえば、自動車メーカーが事業を「自動車を作ること」と定義することは意味がない。ここで必要なのは、自動車という手段によって、顧客にどのような価値を提供しようとするのかを明確にすることである。
ガードマンを派遣する警備会社が自社の事業を「安心を提供すること」と定義した例があるが、このような定義が必要なのである。
(2)理念からビジョンへの展開
ビジョンとは、理念をビジュアルにしたものだ。実現可能性が考慮され、近未来の具体的な行動としてイメージできるほどにビジュアルでなければならない。
1993年のAUTOFACTで発表された「The New Manufacturing Enterprise Wheel」(根津和雄著「CALSでめざす米国製造業躍進のシナリオ」に紹介されている)は製造業ビジョンの一例だが、企業を表す円の中心に顧客を配置している。なぜなら、「製造業のすべての活動は付加価値を生むことによって顧客に貢献していなければならない」からだという。このような表現の工夫は、ぜひなされるべきであろう。
ビジョンを検討する過程で、重要であるにもかかわらずとかく忘れがちな視点が、次の3点である。
顧客満足を忘れがちだという指摘は意外に思われるかもしれない。しかし、顧客満足は、日本ではお題目にすぎないケースが多い。特に、工場について、あるいは管理部門についての議論でそうである。本来は、工場はもとより、人事・財務など間接部門を含むすべての組織が顧客の目線で業務を遂行することが求められているのであり、営業部門だけの話しではない。
従業員満足は顧客満足のためにも重要で、不満を持った従業員が顧客に満足を与えることはできない。現在、経営幹部クラスにいる世代は、高度経済成長の中で育ってきたために、社命にしたがうことが自分の幸福につながるということを当然と思っている人が多い。自分が享受してきた昇進や昇給などの「服従の代価」を今後も実現することは極めて困難である。ビジョン策定の中であらためて従業員満足を実現する手段を示すことが必要になっている。顧客満足を獲得するためには、直接顧客に接する従業員が主体性を持って正しく意思決定できなければならないが、そのときに個々の従業員の「満足感」は必須なのだ。KOAという電子部品メーカーがワークショップ制(ピラミッド型ではなく、営業・生産・管理をすべて行う小人数チームで構成されたフラットな組織形態)を導入した理由の一つは、全社員がモノ作りに係わることにより、間接要員を含めた全員で喜びを分かち合おうとしているからだという。
社会貢献については、バブル時代には豊富な資金を投入して、売名的な活動がしばしば見られたが、ここでは「利害関係者(ステイクホルダ)を広く捉えること」と定義する。「倫理」と言い換えることもできる。企業にとっての利害関係者は、顧客と従業員以外にもさまざまな立場が考慮されるべきである。株主は言うまでもないが、仕入れ業者や代理店などの取引先、地方公共団体や政府機関、周辺地域の住民などである。そういう利害関係者を広く視野に入れて、多くの利害関係者にとって意味のある存在になっていくことが必要なのである。
(3)戦略策定
事業を定義し、理念を明確にし、ビジョンを描いた後で、初めて戦略の話になる。このステップまでは少数の経営陣が策定すべき分野であり、人数を集めて議論する必要はないが、次の戦略策定のステップでは中間管理者を含めて議論することに意味がある。衆智を集めることがその一つだが、この過程でビジョンのイメージを共有できるかどうかで、戦略ついての議論の質は大きく変わってしまうからである。情報もロジスティックスもCALSも、普通は戦略の話として登場するものだ。
3.経営者が陥りやすい間違い
理念・ビジョン・戦略の三つは明確に区別しなければならない。戦略とは、ビジョンを実現するための手段であり、ビジョンなしでは成り立たない。ビジョンとは、実現可能性を考慮した上で、理念をビジュアル
に表現したものである。一般に、経営者は理念やビジョン・戦略を区別することが苦手で、その結果、さまざまな大事なことを混ぜこぜにして話してしまう。これは間違いのもとで、手段にすぎない戦略が理念のように扱われると、本末転倒の意思決定がなされてしまうことになる。
魚谷幸一 http://homepage3.nifty.com/uotani/