レポート:組織構造の失敗

組織構造の失敗

1998年11月29日


 日本軍は、高度な官僚制組織を採用したにもかかわらず、その実態は、官僚制の中に情緒性を混在させ、インフォーマルな人的ネットワークが強力に機能する特異な組織であったといいます。

系列あるいは護送船団

 日本独特の企業関係として、「系列」というものがあります。「系列」は排他的だといわれますが、それは、企業のパフォーマンス(品質や価格競争力、納期など)と関係なく、インフォーマルな人的関係を根拠に取引関係が継続されるからです。系列外の企業がいくらがんばっても、系列に割り込むことは、極めて困難でした。
 「護送船団」と呼ばれる企業関係も、同業者のグループでの競争を排除し、横並びを維持するもので、長期的な関係が基本になっています。この同業者グループが支配する分野に外部から割り込むことは、やはり極めて困難です。ここでも、企業間のパフォーマンスの差をないことにしておく意識が働いています。一般にはインフォーマルな人間関係がベースになりますが、中には官が軸になって、開発競争の遅れている他社を待ってあげることさえ行われたこともありました。(血液製剤における厚生省、ミドリ十字、製薬業界の例など)

 本来の企業関係は、競争環境の中でよりパフォーマンスの高い企業との関係を求めるべきものであるはずです。パフォーマンスは、同じ企業を見ても、それを評価をする企業によって結果が異なります。その結果、よりパフォーマンスの高い関係が選別され、全体のレベルアップに貢献すべきものであるはずなのですが。

経営責任の考え方

 企業内においても、経営責任の概念が欠落しているようです。いや、欠落しているというよりも、発想が異なるということなのかもしれません。

 経営者が能力不足により業績悪化を招いてしまったとき、普通は経営者が替わるのが責任の取り方でしょう。ところが、日本ではそういうことはほとんど起こりません。いくら能力がなくても、善意でさえあれば、更迭はされないのです。つまり、能力よりも人間関係を重視している、あるいは結果よりも動機を重視していると言えないでしょうか。実際には、善意の経営者、動機を持つ経営者はいくらでもいます。能力が足りなければ、より高い結果を期待できる人に替わるべきでしょう。しかし、ここでも人間関係が重視され、責任があいまいにされるのです。

 しばしば「責任があいまいである」という問題指摘に対して、責任の分類をきめ細かく定義し、解決したつもりになっている場合があります。この「きめ細かく決めること」は、あいまいさを解決することにはなりません。責任の分類の細かさには関係なく、責任を「取る」あるいは「負う」ことがない点が問題なのです。

組織の使命

 組織は使命を持っています。ただし、自然発生的な場合を除きます。

 使命を持つ組織は、そのパフォーマンスも、責任も、明確に規定できます。この単純な考え方は、現在も成長している企業には、当然のように共通的に見られますが、停滞しているいくつかの企業では、しばしばそうはなっていません。
 企業という、営利を追求する、意図により動くはずの組織にさえ、自然発生的な組織があり、使命を持たずに活動をしているように見えます。そしてそれが、計数的には「間接部門の生産性が悪い」という結果になっているのではないでしょうか。


魚谷幸一 http://homepage3.nifty.com/uotani/
Last update 1998-12-6 語句訂正