いろゑ ■twitter ■駅と色彩 ■枝折 ■はしがき





白い羽毛のようなものが舞っている。羽のかたちをしているのではない。ほろほろとくずれてしまった羽のような、もろいものだ。それが都心のキャンパスの、いたるところでやわらかく宙に浮いている。
近所にわたすげばかりの立つ道がある。そこを勢いよく歩いたら、走り抜けたら、あるいはいっそ、鹿でもやってきてぬくぬく踏みしめていったら、こんな風になるのだろうか。けれどもここにあるのは、綿毛の持つ心細くも透明な色味ではない。たしかな白さをかためたものだ。

わたしはキャンパスを歩いていて。門をくぐり、石畳の坂を上る。ほつれはじめたつつじの花のあいだでも、例の白いのをみた。上りきった桜の木の下でも見た。若芽をふきあげて悩ましい匂いをたらたらこぼすいちょうの木の並びでも、七階の自習室の小窓からも。ほっつりと飛ぶのを見た。生き物なのかどうかも、わからなかった。

わたしはわたしで事務的な手続きをすませていたのだ。これを書いてくれても、残念ながら特にこれといったよいことはないのだけれども、と言われながら、用紙の枠を埋めていた。部屋にはたばこのふくらんだ煙が散っていた。見たことのない銘柄のたばこ。セロファンも切られずに机に転がっていた。少しだけ吸ってみたい、と浮きあがってくるものがある。

帰り道、ふと白いほわほわをつかまえてみた。さっと手のひらをひらきすくったとき、やはり何かの綿毛なんだろうと思った。けれども手をひらくと、小さな虫である。蛾の一種なのだろうか、わたしの指先にとまっている。ふっと息を吐くと、抵抗して羽をふるわせる。そうやるとうまくかわせるらしい。飛ばされずに、六つの脚を立てている。それをもう一方の手で払い落とす。いまはそこここに飛んでいるこの虫も、すぐにいなくなってしまう気がする。短い坂を下って、つつじの花を眺めながら思った。手の中の蛾は、じっとみると青みがかった白をしていた。






夜半過ぎも台所には空豆をあぶった匂いが残っていた。夕飯に出た空豆の、どこか青っぽい匂いは、手や指からとうにおちている。それでもさやごと焼いてくゆくゆ出てきた煙は、ゆるくたなびいているらしい。その匂いの中で、お茶をいれた。どこか隠れるような、背を必要以上に丸めるような姿勢になってしまったのはなぜだろうか。
からだの内側が熱を持っていて、かといって風邪ではない。窓をすこしだけあけて、外の空気を吸おうとおもった。いつかふった雨にふくらんだ土や木の匂いが、生々しく吹いている。初夏の日差しの中で吸い込む、めまいをなつかしく引き起こす匂いである。桜があまりに沈黙をたたえて咲くこんな時期でも、雨がふればすぐに充ちてしまうのかと知った。
そういえば夕方、家を出て、砂利道を歩いていたときもこんな匂いにつきあたった。瞬間途方に暮れたのは、季節が歪んでいたからだろうか。いくつかのからまった記憶をふみつけてしまったからだろうか。はっきりしないまま、はやく夏になればいいと思った。夏になってしまった後の、でろりとした日々もいいが、夏になれと思ってすごす季節もよい。そう思って坂を下った。空豆を買いにいった。
部屋に戻って、早朝の鎌倉の海に出た遠い日曜日を思い出していた。十七のころの、四月だった。MDウォークマンを鳴らし、イヤホンを耳につっこみ、すすみにくい砂のうえを、ひこひこ歩いていた。曲の記憶と、淡い影に、ぐにゃりとした色彩を持った海のすがたを覚えているが、あの海や道の匂いはもう消えてしまっている。やはり夏になってしまえばいいのかもしれない。






古い食器棚をあける。硬い音が並ぶ。わたしの前に、いくつものスプーンがぎらりと出てくる。いまの音はこのスプーンがいっせいに、わずかに身じろいだ音なのだろうか。そう思いつつ、その中の一本を手にしようとする。
古いスプーンである。アンティークというのではなく、ただ昔からあるというだけのものだ。この家のものはたいていがそうで、だからこそ染みついてしまったものをまといすぎている。たっぷりとした重みが部屋を濡らしていく。時間が滲み出てくる。わたしはそれを見ながらも、染みついているものがなんなのか、あまりわからないでいる。簡単に時間だとか記憶だとか、そんな風にいってしまえないものが筋をつくって流れている。あえていえば、匂いがある。
手を伸ばすわたしのすがたが、均一ななめらかさで、スプーンの丸いくぼみの中に落ちる。金属の内の自分の顔に驚くわたしのうしろから、祖父の顔が近づいてくる。それがわたしの顔を消して、ひらめく。短く鈍い光となって消えてしまい、あとには何もない。古い傷を残したスプーンが、さっきよりも静かにあるだけだ。思い出したように、わたしはまた手を伸ばす。

この家での暮らしを考えると、決まってこんな情景を思い浮かべてしまう。これと同じようなことが生活のあちこちで起こるのだとも思う。そういうことが、人の家で暮らすということなのだとも思うし、わたしがどこか祖父と似たものを血のうちに引き継いでしまっているという、それだけの気もしてくる。








二年ほど前の年の暮れ、郵便受けにカマキリがとまっていたことがあった。ちょうど夕刊を取ろうとして、ちょこんと立っている褐色の昆虫にはじめて気づいた。彼女、ということにしておくが、彼女はさかさまに立っていた。なんとなく、といったぐあいにして、わたしたちの眼はあってしまって、それきり二人とも動けなかった。冬のカマキリをメスだとおもったのは、卵を産むべくして、こうしてひとり生きていると思ったからだが、それにしては、あのふわふわもこもこした卵を産むには心細い、線の細いかんじで、今思うと処女だったのかもしれない。
けれどもそれは今思うとの話であって、そのときのわたしはそんなことまで考えていないのである。あけようと思った郵便受けをそのままに、そっと息を吹きかけてみたが、あまり動かなかったのは弱っていたせいかもしれない。郵便受けに喪中葉書でもあるような心地がして、確かめてみてからもまだそんな気分を引きずっていたのは、カマキリの鎌をかまえたすがたと、さかさまに立っていたことのせいだろう。実際にはそんな葉書もなかったのだが、そんな風な歌を詠もうとして、いくつかメモ書き程度に書きとめていたはずだ。今となっては反故にしてしまったのか、はっきりとは思い出せない。
先日、地下鉄の車内で歌を詠んでいて、ふとそのときの歌とはまったく関係なくすべりこんできたのがこのカマキリで、すんなり三十一文字の形になってしまった。二年間忘れていたカマキリをどうして急に思い出したのか、ふと気になったが、郵便受けに手を伸ばしたときわたしと合った眼を思うとどういうわけかおだやかな気分にも染まっていく。

昨年の手帳を読み返すと、

うつせみのわが息々を見むものは窓にのぼれる蟷螂ひとつ

という茂吉の歌がメモしてある。窓にのぼれる、ではないが、窓辺に佇むカマキリの画を平塚の美術館で見たのも去年のことで、そんないくつかのカマキリの目が、記憶の中の画や歌から、鈍くやさしく光って、わたしに向かってまたたいているのを感じてしまう。さかしまのカマキリを詠もうとした二年前のわたしは、しかし次の日にはけろりと忘れてしまっていた。彼女も翌朝の郵便受けにはもういなかったのではないかと思う。それにも気づかず時間たって思い出すなど、大げさないいかたがだ、ながいあいだ暗い恋でもしていた心地である。そして、暗い恋が果ててから相手が美しくみえてくるように、いまになってあのカマキリは喪中葉書を運ぶ象徴なんかではなくて、そういった訃報や凶事から守ろうとする象徴のように見えてくるのだ。其角の「蟷螂の尋常に死ぬ枯野かな」という句を知ったのは昨年の終わりだが、この「尋常に死ぬ」という、なんとも重く鈍くもある「尋常」の光が、口にするたび、まだ曳いている。
あのメスのカマキリが処女だったのか、オスのカマキリのからだを食べたのかは知らないが、そんな尋常を思うとき、わたしはある女性を思い浮かべている。もっとも人間の場合、男女は共にどこかしら食われているものらしい。尋常になど死ねやしないのである。思い返したり、悔やんだりするのは、なんというか枯れ野で透き通って死んでいくようでいて、だいぶかけはなれた俗っぽい美しさをまとっている。そんなプラスチックみたいな草の上を、ばりばりばりばり歩いている。
折口信夫がぽつりと漏らしたという、ぼくから離れていった人は不幸になる、ということばがひどく好きだ。それをいつか、曲解した意味でもって、言ってみたいと思っていた。直接に言うすべを持てなくなったわたしは、想像のうちがわ、その人に向かって、枯れ野に立つ気分で、ぼくから離れると不幸になるよ、と言ってみるのだが、言ってからそんなことは一々言わずもがなで、不幸になっているに違いないと確信する。枯れ野は立ち消える。 手帳に好きなポストカードを入れている。ちょっと前までのでは、モジリアニの首の長い女にしていた。その人になんとなく似ていると勝手に思っていたからである。いま使っている手帳に入れているのは、藤田嗣治の少女の画である。なんとなく無気味なようでいて、暗いようでいて、それでいてじっと見ていると妙に落ち着く。いずれこんなひとに会うような気がしてくる。






祖父母の家のガラス細工や民芸品が好きだった。棚に飾られた細々したものや、食卓の、おそらくわたしの父が子どものころからあったであろうスプーンなどに籠るにぶくものうい光が気に入っていた。
午後になると時間は渦を作りはじめる。そんなことにぼんやりながらも気づいたのは、まだ幼い頃だった気がする。祖父母の家では、ガラスや食器、古いものたちにはねかえってなめらかな筋となり満ち満ちていく時間がはっきりと見えた。流れているのか、魚のように身をふるわせているのかはっきりしない時間のなかにいるのは心細い。自分が小さくちいさくなっていく心地になる。この時間の中では、家屋や物だけが生あるものなのだろうと、小さくなっていく心のすみで思う。一人座っていた食卓に射す午後の光をくぐもらせるのが、いま思い返すと物たちのめぐらせる息のような気がしてくる。思い返す記憶は二十年も前のことでもあり、ついこないだのことでもある。あの家屋で、あの机を前に、物たちに囲まれて、わたしは年齢や成長など関係なく、小さくちいさくなっていくのだ。
しかしそんな心細さが嫌いではなかったので、部屋を飾るこまごまとしたものの一つひとつ、熱っぽく眺めていた。そんな興味が尽きてしまったのがいつなのか、はっきりしない。相変わらずの生なきものたちの重い息を感じながら、彼らにさほどの魅力を感じなくなり、それどころかまがいものめいた質感すら思ってしまう。この家屋にあった生活が染み渡って、それが霧のように散っていくだけなのだろうと思えてくるのだ。わたしは小庭の花に目をうつす。祖母のすきな花々のほうが、いまはよほど静かな愛らしさで映るようになった。風変わりな人形や魔除けの民芸品に怯える心も弱まった。どれもほつれた繊維状の時間を吸い込みすぎてはいるが、それをたくわえ、光れるほどのものではないのである。触れたときに指に残る感触も、なんとなく先細る。
それでもふと階段を上るときに、ひなげしの絵を見たときの驚きはまだ強く残っている。美術展で求めたのであろうそのプリントは、ルドンの作である。祖母の趣味からは遠いルドンをなぜこんなところに飾っているのだろうと思ったからなのか、あるいは一目でわかるほどに強いルドンのタッチに感応したのか、感情の痕跡ははがれてしまっているが、いまでも階段の上り下りのたびに、目を向けずにはいられない。









閉館時間の近い美術館の「とうもろこし畑」という名前の造形作品を前にして、かくれるように向こう側を見る。「建築はどこにあるの」という特別展の名前からわかるように、そもそもの建築がなんなのかを、こう、歩いたり、いや、もっとなんか単純に、手をあげたりおろしたり、足をあげたりおろしたりの中で、で、覗いたりして、触れてみるようなそんな空間なんだろう。建築とはなにか、と考える材料を持っていないから、ちょっとやわらかく「建築はどこにあるの」の、なんだか途方にくれた口調にあわせて、わたしは展示スペースを歩く。写真撮影をしてもいいとのことで持ってきたカメラを構えて、夏だからとISO400のフィルムを入れていたことに気づく。室内向きではないので、とても撮れない。なので、この「とうもろこし畑」という、なかでもいちばん気に入った建築なのか造形なのか、とにかく「畑」を前にして、あるいてみる。

小学生の頃、夏休みの読書感想文で、ビートたけしの『少年』という小説集について書いた。そのなかの、「ドテラのチャンピオン」という短編にしぼって書いたと思うのだが、わたしがもっと好きだったのは「黒豹」という作品だった。多分『少年』に載っていたのではないその短編を思い出したのは、そのなかでも畑が出てきたからだろう。性の目覚め、ヘンシツシャ、豹のまぼろし、畑がいりまじった小説で、頁の活字のあいだをごおごお通り過ぎた風の感触をいまでも覚えている。「とうもろこし畑」の周りを歩いて、遠い風音を指先にまきつける。わたしの歩み方は、豹になる、兎になる。このところ辞書を引きひき読んでいる、ドイツ人の一次大戦従軍日記の作者の姿勢なんかが浮かぶ。歩む、ということばがするするとむけて、忍び寄る、に変わる。そんなぐあいに、時折ファインダー越しに、白い細かなものをのぞいていく。
そういえばわたしは、とうもろこし畑を見たことがない。もちろん、こんな風にもぐったこともない。家の近くの小さな畑では、とうもろこしのようなものが植えられていた。夜、坂を下りながら見下ろすと、涼しそうな先端が見えた。しかしあれは畑というにはせまい土地である。近所の地域農園も、いちめんのとうもろこしとはいかない。それもフェンスに苦瓜が茂って、見えなくなってしまった。

帰り道、夏なのだからどこかへ行ってみたいと思って、とうもろこし畑でも見に行こうかと考える。さっき見ていた、白い緻密な「とうもろこし畑」はなくても、さわさわした音が耳もとにひびいて、ほそいあこがれが揺れる。そんな日の夕食は偶然にとうもろこしで、もうどこも収穫のあとだと知らされる。夜道、まだ畑のあこがれだけ、くるぶしあたりにひきずってぺたぺた歩く。豆畑とか茶畑とか、とりあえず見たい畑を、思いつくままにかんがえている。








葛原、というどこかしらしずかな色のさしている町を歩いてきた。湘南台の駅からすこしはずれた、のどかなところである。畑の道に入って、すすんでいく。そうやって植物のあらあらしくしげる場にもぐりこむと、からだのどこかが幼くなっていくすずしさがうずいた。畑や草はらを歩く。夏燕がひくく飛んでいる。それを眺めているころ、じりじりと日がとろけて、空のいろもうすい青にかすんでいる。湿気がつよいせいか、日差しの強さがことにきびしく、光は水飴のようにのびてのびて、景色ごと包み込んでしまう。わたしは琥珀の中に閉じ込められた、小さな羽虫の気分におそわれる。そういった幼い気分も悪くはなく、草かげの向こうにしゃがみこむひとの、麦わら帽子のちろちろとした動きや、伐られて地に伏して、まだ色のかれきっていないあじさいなどを見ていると、小さなまるっこい世界も静かにいとおしくなってくる。

しかし暑い日で、暑い日曜日で、地面に射して影をけずっていく光の色もどこか水っぽくて、いたるところから夏がわきでているようなのだ。それはゆるい坂を下りきったところの家にたれさがっていた、都心のとは色も荒々しさもけだるさもまるでちがうノウゼンカズラを目にしたときも味わった感情で、道をおれたりすすんだり、景色のなかにわけ入るたびにわたしの足下に波みたいに触れてくる。そうしてさわさわ引いていくあいだ、風景の奥のおくの遠くの方では、ちょっと困って笑っているわたしとおんなじくらいの年の男が、ひとりたたずんでいる気がした。それがいったいだれなのか、と畑道をいったん離れてコンビニの駐車場でアイスキャンディをてろてろ食べて思いめぐらせてみる。記憶のなかから浮かんできた誰かなのか、なにか物語のなかからたちのぼってきたものなのか。チョコミントの、なんだか不健康そうなアイスがすきだ。とけて白っぽくなっていく色をみてるうち、たしかめるように思った。わたしのそばには、少年たちが自転車にのってやってきて、規則正しいうごきでがちゃりと降りて、がちゃりと鍵をかけ、冷房の効いた店のなかへ入っていく。

電車のなかでぼんやり読む本で、なにか夏の、いやになるくらい青春な物語はないだろうか。花火大会にいってしまったり、そこで手をおそるおそるつないでしまったり、意味深なシャワーや熱めのお茶はいらないから、少年少女の、思わず喉とこころの境目あたりが「くう」と鳴いてしまうような、そんな純粋さに触れてみたい。だがいやになるくらいの純粋さとは、あざとさの異名でもある。わたしは結局そんな本をさがさずにぼんやり、イヤホンで落語をきいたり、コピーした歌集を眺めたりしているのだろう。いやになるくらい青春な物語を、という思いだけのっぺり抱いているのだろう。さっきの少年たちや、畑にのっぺらぼうのように立ったひまわりのうしろすがただけをくっきり覚えて、夏のいやになるくらいな青春の物語という、いつか読んだ気のするような、しないような本にかさねあわせていく。夏休みということばは老若男女とわずしてこころおどらせるものがある、夏休みをまえにした昨年の詩学の講義で、吉増剛造という詩人のつぶやいたことばは、まだその息づかいと共にわたしに刺さっていて、時折さかなのかたちをなして、こんな風に踊り回る。

なにか夏に読む本でも考えてみよう、とアイスの棒をすてて歩き出して、形をうしなって渦のうごきだけを深くしていく思いにまかせていく。佐藤春夫の『田園の憂鬱』を、夏目漱石の『こころ』を、柳田国男の『遠野物語』を読み返したい。北杜夫の『幽霊』を、泉鏡花の『照葉狂言』を、葉影の道に入っていき、夏は季節ではなく、一種のあまやかさなのだと思う。




はしがき

iroe.いろゑ。書き手は滝本。連絡はhoro-horo-chan@hotmail.co.jpまで。