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5月23日(土)、奥多摩駅9:25、バスには結構人が乗って2台同時に出発しました。奥多摩駅までは、JR中央線立川駅経由のルートもありますが、同じ牛久駅を5:59に乗って出発しても、高田馬場で西武電車乗換えで行くと拝島駅でJR青梅線に乗り継ぎが出来、微妙ではありますが奥多摩駅到着が8分早い9:07に到着することが出来、その若干の余裕時間でトイレを済ませ、バスの座席にも座れたのでした。
次の電車で到着した人は、立川から青梅線に乗ってきた為か多く、9:07到着の電車とはエライ違いでした。直ぐにバスは満員状態。
多摩湖を左に見ながらバスは進み、鴨沢に10:00着。中高年の人達は団体の様です。
今回はテントを担いでの特別な山行き。練習登山です。
オークションで中古を安く手に入れた70Lのザック(オスプレー イーサー70)はぎっしりで、肩にずっしり重い。
この週末の天気は今一歩の予想、でも気温が急上昇し、最初の坂道から体への負担が大きく後悔が先にたちました。
幸いにも、直ぐに冷やりとした杉並木の山道に入り、いつもよりかなり重い荷物ながら、時々休憩して、複数人のパーティと前後しながら、奥深く分け入って行きました。
重さに閉口しながら七ツ石小屋に着いたのは、コースタイムを2割以上オーバーしている13時40分。
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七つ石小屋で長く休憩するわけには行きません。そこから少し登り、ようやく石尾根の広い道に出ました。
道が広くなっても荷の重さは変わらず30分も歩かないうちに、皆が広まったところで腰を降ろし休憩しているのを見て、腰を降ろしたくなり湯を沸かし一人昼食を摂りました。
犬連れで来ている人の愛犬が、魚の缶詰の臭いに反応して、ヒクヒク鼻をさせながら覗きにきます。更に 大人数の団体が3組ほど食事を摂っている横を通って行くので、少し極まりが悪かったですが、もう湯を沸かし始めたら動けません。他にも二人、三人の少人数の組も沢山居て、お祭りのように大賑わいの山道でした。所々みられる濃い桃色のミツバツツジを見ると、疲れた体が僅かに癒されます。
ヘリポートを過ぎ、奥多摩小屋に着いたのが15時半過ぎ。ここでテントを張っている人も多く、「ここでも良いか・・。」と思う気持ちに鞭打って、少し休憩した後に腰を上げました。
「ここからは、あと2時間。」と、同じく歩き始めた団体の中で励ましあう声。地図を家に忘れてきてしまったので、目安になり有り難い。
ここから山頂に向かい傾斜がきつく、超スローな足運びになります。奥多摩小屋で荷を降ろし、身軽ないでたちで登ってゆく人達が羨ましいこと。
空は暗くたちこめてきて、「さあいつでも降ってやるぞ。」という雲行きに変わっています。
奥多摩小屋以降は、歩く人も減ってきました。右に分岐があり富田新道と書かれています。
雲取山荘への捲き道であることが判り、一瞬迷いましたが疲れに逆らえずこちらへ進みました。
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「今日はテント泊なので、夕食は要らない。」とのメールは電波が弱く、何度やっても発信出来ませんでした。
針葉樹の根元の苔むした斜面に、見たことの無い白い花が咲いていました。セツブンソウか?と思いましたが時期的には完全に違っています。後でバイカオウレンという花であることが判りました。薄暗く湿った所に苔と一緒に生えています。
雲取山荘は、外も中も人で賑わっていました。トイレに行き、ビールとキャンプ券とバッチを買い、所定の場所にテントを張りました。
水を補充してきて湯を沸かし、チビチビやりながら夕食です。(ここで水を補給できるなら、何も家から夕食用の水を持って来なくて良かったな・・。)入り口をタープ風に、開けていても頭が支えます。このテントは狭い。
重い思いをして、この狭さは無いだろう・・。荷物は中に置けないので、濡れないようにして手の届く外に置きます。
近くで学生と思しき団体が盛り上がって話が弾んでいます。雨がパラパラとテントを叩き、いつのまにか静かになり夜は更けてゆきました。
横になって目を閉じても、林の下の方から外に出したごみを漁りに小動物が来る様な気がずっとしていて、気になってしょうがありませんでした。

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5月24日(日)、寝付けない雲取山荘の幕営場、まだ暗い3時半前から、夜中、話に花が咲いて盛り上がっていた近くの学生らしき一団はまだ暗い雨の中、早くも出支度を始めた様です。
こちらも4時前より、のそのそと動き始めました。夕べは夜中に狸かハクビシンか小動物が外に出したゴミを漁りに来るような気がして寝付けませんでした。
眠い目をこすり、インスタント粥、リンゴ一個、コーヒーでゆっくり朝食を済ませ、雨具を着て降りが弱まるタイミングで外に出て、雨に濡れたテントを畳みました。雨に煙る中、出発したのは5時35分。
結構な降りなので、カメラはバックに仕舞ったままにし、携帯で撮影をしました。
道は雲取ヒュッテ跡のある尾根道と捲き道があって、上の道を選びます。雲取ヒュッテ跡の脇に咲いているシャクナゲが見事でした。
結局「大ダワ」で道が合流し、ここで日原へ下る分岐となっています。登った尾根が続くためこれが道に見え、何人かがどれが白岩山への道かと迷い、喋っていましたが直ぐに、見極めがついて白岩山への道を進み始めました。こちらも従います。
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食べたり飲んだりで、ザックの重量は減ってはいるものの、この荷重で雨の中、クサリ場等越えなければならないとすると、堪りません。
雨が小降りになって来、年配の二人連れが休んでいて、暑さで一人が薄着になりながら傘を差して行くと言っていました。先に出発し登りで追いつくと、さっきの一人が服を何度も直している姿に、もう一人が、さっきの大ダワに戻って日原へ下ろう、雨で危険だ。と言い始めた様子。
その脇を通り過ぎて、先は険しいのだろうか、と心配になりました。
「芋ノ木ドッケ」までは、結構な登りが続き、焦らずゆっくり登りました。
白石山山頂1921.2mへ着いたのが7時。かなりの本降りとなり、雷がゴロゴロ鳴った時にはビビりました。白石山荘が在ったので、入り薄暗い中で休憩。先客の2人組と、年を重ねたと思しき主人が一人。布団がたくさんあります。
昨日泊まった人は、と聞くと居なかったよう。コーヒーを飲んで一服し、気を入れ直して再び雨中へ出発。
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「前白石山」を経て1776mを経て「前白石の肩」。三峰神社側から見て、雲取山が最終目的地の様なネーミングになっています。雨が止んで行く方向でしょうか、前方の山並みがうっすらと現れて来ています。ここから山道は急降下して行き、この間卸したての登山靴が威力を発揮します。結構なスピードでテンポ良く降りてゆけました。降りに降りて平坦な所へ降り立ったところが、「お清平」1456m。8時44分でした。
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お清平を過ぎて、道がまた登りになります。うんざりしながらまたトルクを利かせて一歩一歩登ってゆきます。登り着いたところが、「霧藻ヶ峰」、ここに茶屋があったので、又一休み。主人が雲取山周辺のスポットではシャクナゲは、ピークを過ぎたと話していました。十文字峠に6月20日頃はどうだろう?と聞くと、ちょっと遅いんではないのとのこと。
後から外人の女性が一人で到着、と思っていたら何人か外人男性が次々と現れました。雨が小降りになりつつあり、景色も山の稜線が見えてきています。
主人曰く、この後は10m位の登りがあって、後はずっと下りだそうで、元気が沸いてきます。出発して直ぐ登りがあり、展望台の様な場所になっていました。
地蔵峠に到着、何だか終盤戦に近づいてきた気がします。
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炭焼平を通り、比較的緩やかな下りになってゆきました。逆方向へ登って行く人 が多くなって来ています。これだけ登って行くという事は、予報では雨が上がるのでしょうか。
鳥居が出てきました。ようやく三峯神社の領内、フィナーレを迎えたのでした。この神社は広大な敷地を持っているようです。大きな山門の下でレインスーツを脱ぎ、絢爛な社に感心しつつ、早く温泉に入りたくて、「興雲閣」を探して奥へ進みました。 |
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宿泊施設、「興雲閣」内(確か3Fだった)にある三峯神の湯は、最高でした。何しろ11時過ぎた時間なので、殆ど人が居ません。
温泉らしい香りの温泉で湯量も豊富、湯温も調度良く、露天風呂が無いのは残念ですが、それをカバーして余りある感じでした。(もし混んでいたら、感じ方はかなり変わるでしょうが・・。)
そのうち先程の外人と思しき3人が入って来て、フランス語でがやがやとしゃべって楽しんでいました。外へ出るとこれまたフランス人の女性達が男性達よ早く上がれ、との様子で賑やかにしています。彼らには、雨なんか問題ではなかったようです。
バス待ちしている時に、雲取山荘に泊まった人と話しをしたら、彼らは山荘でも盛り上がって存在が目立っていたとの事。
12:45のバスで揺られること1時間15分、秩父の奥深さを感じさせる途中の景色を見ながら、西武秩父駅へ着きました。雨はまだ時々降っていましたが、心地よい疲れで満足の山行きとなりました。
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