タイ東北地方、ノンカーイという街からメコン川を超えてラオスへ渡った。あの辺の国は(ミャンマー、ラオス、ヴェトナム、カンボジア)つい2〜3年前までは正常な国交がなくて、自由に旅行するのは非常に困難であり、ましてや、今回の僕のように陸路で国境を越えることなど不可能であった。4年前、中国へ行ったときもミャンマーやヴェトナムなどを候補にしていたが、その当時はそれらの国へ行くのに政府の許可が必要であり、さらに旅行の日程を提出し、政府指定の宿に泊まるなどしなければならなかった。それが知らない間に自由に行けるようになっているとは・・。時代は変わるものである。特に、アジアを旅しているとそれを実感せずにはいられない。

ラオスは人口400万人、国民所得が年間200ドルという恐ろしいほどの小国である。僕にとって(誰にとっても、そうだろう)全く未知の国であった。当初はタイだけの旅行を予定していたのだが、あまりにも観光ズレしたバンコクに少々嫌気がさして、簡単に(安く)行けて、かつスレていない所を探したところ、ラオスが浮上したというわけである。ラオスでは首都であるヴィエンチャンを中心にまわった。ヴィエンチャンはアジア一小さい首都といわれているが、実際にみて納得。タイの地方都市の、さらに郊外と同じ位の規模といえばいいのだろうか、とにかく首都とはとても思えないほど小さい。

ラオスの何も無さはうわさには聞いていたけど、見事に何もない。ほぼ完全自給自足の国であるとおり、産業は全く見あたらない。工業など全く眼中にないようである。中心部にホテルは数件ある。僕が普段泊まるゲストハウス(安宿)も数件あり安心した。それにしても物価が高い。正確には、外国人用の施設の物価が高いというべきか。ラオス国民は旅行もしなければ、外食もしないらしい。従って、街にある宿やレストランは全て外国人用(もしくは官僚などのお偉いさん用?)である。外国人といっても、旅行者よりも駐在員の数が多いように思う。さすがにこの国では旅行者らしき人はめったに見かけない。ただでさえ割高な料金を払っているのにさらに心理的に追い打ちをかけるのが通貨の単位。単位はKip (キープ)であり、1円=9.7Kipというそうとうなインフレである。さらに、紙幣の最高額が1000Kip であるために、うっかり高額を両替してしまうと財布がとんでもなく膨らんでしまう。ちょっと食事をしただけで千単位の金額を払うのであるから値段を見て一瞬ギョっとしてしまう。物価が高いと言ったが、参考までに言っておくと、宿代が1泊日本円にして800円、食事が一食150円〜400円程度。なんだ、安いじゃん、と思うかも知れないが、アジアの水準、ましてやラオスの経済力から考えると非常に高いのである。

さて、何も無さを期待して行ったラオスだが、ここまで何もないとさすがに飽きてくる。そのうえ、食事も外国人用のレストランばかりで、他の国のようにその辺の屋台や街食堂でわけのわからないものを食べるという楽しみもない。他の街へ行くか。国営の旅行代理店があるので、そこで聞いてみる。かろうじて英語が通じる所だ。ラオスは鉄道のない国である。移動はバスか飛行機に限られるが、予算的には飛行機は厳しい。バスでの移動について尋ねてみる。ところが、途中の道路が水没している可能性があるため目的地までたどり着けるか分からないという。さらに、途中、ゲリラや山賊が出る恐れがあるので陸路での移動は薦められないとのこと。そういうわけで、他の街への移動を断念、わずか5日目にしてラオスを去ることにした。

ラオスは産業も資源もない非常に貧しい国であるとされている。村に電気はほとんどないし、水道、ガスもない。人々は決してきれいな服を着ているわけでもない。娯楽など何もない。見るからに貧しい。しかし、ラオスをみて何が一番印象に残ったかといえば、人々の絶やすことのない笑顔である。何の不満も悩みもなさそうに実にいきいきとしているのだ。夕暮れ時ともなると一家総出で夕食の準備にとりかかる光景を目にする。そんな人々の楽しそうな姿を見ていると、本当の豊かさというのは何なのだろうと考えさせられる。

今回僕は時代が止まったままのような光景を目にすることができたのであるが、あと十数年のうちにこのような光景がなくなるのは間違いないであろう。前にも触れたとおり、ここ数年のアジア諸国の近代化は恐ろしいほど急ピッチで進んでいるからである。自然はなくなり、人々の素朴な生活も消えていくのは残念だが、それは当然の成りゆきであり、それを悪く思うのは我々のおごりであろう。そういう今のアジアをしっかりと見届けることができた僕は幸せに思う。

それにしても、年をとってきたためにアジアの旅がしんどくなってきた。タイはかなり発展しているので金を積めばなんとかなるけど、ラオスはねぇ・・。

(1995年9月 記)

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