a blue night #19891106

 
 夜9時すぎだっただろうか、残業中だった僕の机に突然、同じ会社の同僚が駆け込んで来た。
「松田優作が死んだって!」「まさか、ウソじゃろ〜」その時は全く信じる気にもならない言葉だった。 しかし同僚に言われるまま眺めたテレビ画面には確かに「松田優作逝去」を伝える臨時ニュースのテロップがスクロールしていた。その瞬間、足がフワッと宙に浮いてしまったのかと思うほどの脱力感に襲われ、そのまま立ち尽くして、しばらく動く事ができなかった。それからは今晩中にやり終えなければならない仕事が手につかない。傍らのFMでも「松田優作逝去」を時折伝え始めた。それでも受け止めなければならない事実だと認識できないでいた。

 映画館で『ブラックレイン』を観てから、まだそれほどの日は経っていなかった。ニューヨークの街で優作さんの肉体が躍動する。作品的にアクションから少し遠ざかっていたので、スクリーンで久々に魅せてくれる優作さんのアクションに興奮した。でも…あえて言うなら…全く個人的な感想なのだが、演技のテンションがどこか低く感じられてならなかった。あの演技でテンションが低い?!…そんな反対意見が聞こえてくるが、それはあくまで優作さんにしては、という条件付きだ。どの映画作品にもメーターがレッドゾーンまで振り切れるみたいに危険なほど突き抜ける瞬間が1つはあったのに、『ブラックレイン』にはなかったように思えたのだ。あの演技は優作さんにとってはレッドゾーンじゃなかった。ハリウッド映画だからこそ、今まで以上に観た事もないようなテンションの演技を魅せてくれるものと僕は期待していた。いつも作品が出るたびに僕らが予想しているより、ひとつ頭の突き抜けて演技をしていたし、いつも新しい優作さんがスクリーンに現れるみたいだった。特に自らの監督作品『アホーマンス』以降、『嵐ケ丘』『華の乱』と俳優として新しい空気をまとっているようだった。しかし『ブラックレイン』でのそれにはそういう印象がなかった。その流れが途切れているように思えた。良く言えば計算され尽くした演技…今までのように主演作品ではないし、マーケットもケタ違いに大きい。エンターテイメントの質が違うのだから演技もそれなりに修正しなければならないのは判る。監督や台本の要求を充分に満たす演技ではあったのだろう。日本の映画界で実験的とも言える斬新さで挑んで来た演技の、日本の映画界が認められないでいたそれらすべての正当性をハリウッドで実証したとも言う事ができる。もちろん素晴らしい演技だと思った。ハリウッド映画でこんな演技を魅せてくれる俳優はアメリカ人でもそうはいない。マイケル・ダグラスだって、高倉健さんだって、もう優作さんの演技に完全に喰われていた。でもやっぱり、優作さんは今までの映画で魅せた演技のテンションを超えてはいない気がした。どの演技も、今までの作品で魅せた演技の焼き直しにしか見えなかった。いつも作品ごとに脱皮しているのかと思わせるほど新しい「何か」を演技に提示していた優作さんとは少し違って見えた。「それにしてもいつもの優作さんらしくないじゃないか。このくらいの演技ができることは、僕たち優作ファンはもうとっくに知っているんだ。ハリウッドだから演技が他所行きになったのか」…最初に観終わった時、正直なところ個人的には気に入らなかった。(死後、ガンと戦いながら演じていたことを知ってから改めて映画館に足を運んだ時はもちろん演技の見え方がガラリと変わった。今までに演技に求めていたものとは違う次元の勝負に出ていたのだと気がついた。しかしあくまでもその真実を知るまでは)勝手に僕の中で過剰になった期待感だと判っていても…優作さんが出るなら、もう普通 のハリウッド映画じゃ許したくなかったのかも知れない。もっと世界を驚かせる演技ができる人だと思っていたからだ。もちろん優作さんがハリウッド映画に出る、それだけでも飛び上がるくらい嬉しかった。それだけでもう何も言うことはないはずなのに、それでもそういう想いを度外視したくなるくらい期待もしてしまう俳優だったのだ。もちろん、勝手な1ファンの我が儘に過ぎないことは承知してる。ここまでストイックに見つめる必要だってないと思う。それにしても…『ブラックレイン』の演技をこれで優作さんは本当に満足しているのかな、そういう疑念が頭に残っていた。

 僕は、らしくない優作さんをその前にも感じていた。『オシャレ30/30』に出演した時にブラウン管の中で観た優作さんは、異様なほど優しく、穏やかだった。これまでトゲトゲに立っていたカドというカドがすべて磨き落とされたように滑らかな印象になっていた。まるで清流の中で何年も洗われて光を放つほどツルツルに磨かれた石のようだった。あるいはどんな角度に傾けても美しいドレープを作る上質で純粋なシルクのようだったとも言える。若かりし自分が演じたジーパン刑事の殉職シーンを「あの頃はよく頑張ってたね」と振り返り、自らの奥さんや家族との生活を「騙しあい」と言っていた。もちろん、新しい優作さんの一面 が見られてとても面白い番組だった。こんなに不思議な人だったのかと思ったのは初めてだった。奥の深い人物像を目の当たりにして、さらに優作さんが好きになったりもしていた。

 そんな優作さんの、らしくない残像たちが「死」という言葉で一点に結ばれた。あらかじめ、予期できるシグナルはあったのだと。そう感じて、ようやく優作さんの死が現実の中に感じられ始めた。それは会社から一人、一人と残業を終えて帰っていき、とうとう最後の一人になった頃合いだった。やっと仕事の手が進み始めた。午前1時、FMが優作さんの死を悼んでSHOGUNの『Bad City』を流していた。胸がジーンとした。そして、その曲を聴き終えてから僕もペンを置いて家路についた。

 11月に入ったばかりの日の深夜、僕が住んでいる広島でも風がそろそろ冷たく刺すようになってくる季節だ。西から雨の匂いが風に乗って運ばれて来る。自転車で家に帰っていた僕は「雨が降る前に…」とペダルを急いでこぐ理由でも無理矢理に作らないと、頭の中は優作さんのいなくなった哀しみで埋め尽くされるような状態だった。ペダルをこぐ僕はなるべく無心を装って家に帰ろうと努力していた。そうでもしないと一人でいるだけで泣きたくなりそうな夜だったのだ。そんな時、雨が降り始めた。肌に当った時、不思議なほど温かい雨だった。まるで誰かの体温が乗り移っているのかと思うくらいの温かさがあった。すぐに激しく、どしゃ降りになった。僕は傘も挿さずに、温かい雨に濡れながらただただペダルをこいだ。同時にその雨に打たれているととても優しい気持ちに包まれている自分に気がついた。「これは優作さんの涙なんじゃないか」と感じた。「古里の下関にお別 れを言って、東京の家族・友人たちのそばに帰る途中の優作さんの魂が降らせた雨なんじゃないか」と、変に確信めいた考えが頭をよぎる。その瞬間に僕の涙がこぼれて止まらなくなった。もう溢れる涙を抑える事ができない。スーツがびしょ濡れになっていることも構わずペダルをこぐしかなかった。頬の上で涙と混ざり合い一緒になっていく雨は、いつまでも温かいままだった。

 そしてこの時初めて、僕は優作さんの魂に、少しだけ触れることができた気がした。


a grown-up #1979 winter

 

 1979年、冬。僕は14歳だった。「大人」になるということがどういうことなのか、まだ分からない年頃だった。同時に「大人」という生き物に反発を感じ始めていた。決まったこと、決められたことを守ることを押しつけ、自分たちもそうすることでお手本のフリをしていた。顔と声は違うけれど、みんな同じに見えた。人と変わったことをすると、「不良」というレッテルを貼り付けようとする。そんな「大人」なんて下らないモノにはなりたくないとさえ思っていた。

 そんな時、火曜夜9時に松田優作の連続ドラマが始まった。それは言うまでもなく『探偵物語』。優作さんのファンだったのは、『太陽にほえろ』のジーパンの時からだ。回りのクラスメイトたちはたいていショーケンのマカロニの方が良かったと言うが、僕にはダンゼン、ジーパンだった。中学になって10時までテレビを見ていいというのがウチの親の方針だったから夜9時のドラマはまだどこか禁断の領域に踏み込むような感覚が少しあった。それまで小学生の時には夜9時には床につかされていたのだ(今の時代では考えられない)。つまり、当時の広島という地方の1少年にとって、夜9時台は魅惑の時間帯であった(「11PM」などのエクスタシーゾーンの誘惑を覚えるのはあと数年かかる)。そんなワケもあり、第1話でブッ飛んでからは火曜夜9時が来るのが楽しみで仕方なかった。

 「大人」とは…僕にそう教えてくれたのは工藤ちゃんだった。それまで僕は「大人」とは、社会のルールという決まったレールの上を外れることなく、マジメに忍耐強く進んで行くことのできる人間を指すものだと思っていた。いや、親や先生たちにそう思い込まされていたのだ。そんな下らない考え方を否定してくれたのが工藤ちゃんなのだ。
 台本、段取りを無視してもっと面白い芝居、もっとワクワクするストーリーを魅せてくれた。こんなことしていいのかよ…そんな悪戯のような展開が毎週毎週楽しくて仕方なかった。別 に決まった通りじゃなくてもいいんだよ。それよりもっと面白いこと見つけた方がいいじゃないか。「ナチュラル」で行けばいいんだよ。毎週、ブラウン管の中の工藤ちゃんはそう教えてくれた。まるで目からウロコが落ちるみたいだった。こんな生き方があるんだ、こんな大人がいるんだ。それが分かっただけで嬉しかった。足元のレールなんて少しぐらい踏み外したって何も変わりはしないんだよ。それよりもっと大切なことがあるんだよ。分るか、オイ。そんな優作さんの声が聴こえるようだった。

 もし14歳の僕が、あの当時『探偵物語』を観てなかったらどんな人間になっていただろう…きっといい成績を取って、いい学校に進むことばかりを考え、将来はコームインにでもなって毎日決まった時間に起きて、職場に出て、帰宅して風呂に入り、寝る。そんな単純な毎日を暮らすことを是とするつまらない大人になっていたかも知れない。ちょっとでも決まったレールを外れたら不安になり、何もできずに立ちすくんでしまう、そんな気の弱い「大人」になっていたかもしれない。今振り返るとそんな気がするくらい、僕にとって工藤俊作という人物に出逢ったことには意味があるのだ。

 そんな僕も、だんだん優作さんがハリウッドに渡って挑戦した歳に近づく。追いかけても追いつかない、憧れの人だ。クソー、何やってんだ。もっと頑張って生きないといけない。少しでも優作さんに近づくために。