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1979年、冬。僕は14歳だった。「大人」になるということがどういうことなのか、まだ分からない年頃だった。同時に「大人」という生き物に反発を感じ始めていた。決まったこと、決められたことを守ることを押しつけ、自分たちもそうすることでお手本のフリをしていた。顔と声は違うけれど、みんな同じに見えた。人と変わったことをすると、「不良」というレッテルを貼り付けようとする。そんな「大人」なんて下らないモノにはなりたくないとさえ思っていた。
そんな時、火曜夜9時に松田優作の連続ドラマが始まった。それは言うまでもなく『探偵物語』。優作さんのファンだったのは、『太陽にほえろ』のジーパンの時からだ。回りのクラスメイトたちはたいていショーケンのマカロニの方が良かったと言うが、僕にはダンゼン、ジーパンだった。中学になって10時までテレビを見ていいというのがウチの親の方針だったから夜9時のドラマはまだどこか禁断の領域に踏み込むような感覚が少しあった。それまで小学生の時には夜9時には床につかされていたのだ(今の時代では考えられない)。つまり、当時の広島という地方の1少年にとって、夜9時台は魅惑の時間帯であった(「11PM」などのエクスタシーゾーンの誘惑を覚えるのはあと数年かかる)。そんなワケもあり、第1話でブッ飛んでからは火曜夜9時が来るのが楽しみで仕方なかった。
「大人」とは…僕にそう教えてくれたのは工藤ちゃんだった。それまで僕は「大人」とは、社会のルールという決まったレールの上を外れることなく、マジメに忍耐強く進んで行くことのできる人間を指すものだと思っていた。いや、親や先生たちにそう思い込まされていたのだ。そんな下らない考え方を否定してくれたのが工藤ちゃんなのだ。
台本、段取りを無視してもっと面白い芝居、もっとワクワクするストーリーを魅せてくれた。こんなことしていいのかよ…そんな悪戯のような展開が毎週毎週楽しくて仕方なかった。別
に決まった通りじゃなくてもいいんだよ。それよりもっと面白いこと見つけた方がいいじゃないか。「ナチュラル」で行けばいいんだよ。毎週、ブラウン管の中の工藤ちゃんはそう教えてくれた。まるで目からウロコが落ちるみたいだった。こんな生き方があるんだ、こんな大人がいるんだ。それが分かっただけで嬉しかった。足元のレールなんて少しぐらい踏み外したって何も変わりはしないんだよ。それよりもっと大切なことがあるんだよ。分るか、オイ。そんな優作さんの声が聴こえるようだった。
もし14歳の僕が、あの当時『探偵物語』を観てなかったらどんな人間になっていただろう…きっといい成績を取って、いい学校に進むことばかりを考え、将来はコームインにでもなって毎日決まった時間に起きて、職場に出て、帰宅して風呂に入り、寝る。そんな単純な毎日を暮らすことを是とするつまらない大人になっていたかも知れない。ちょっとでも決まったレールを外れたら不安になり、何もできずに立ちすくんでしまう、そんな気の弱い「大人」になっていたかもしれない。今振り返るとそんな気がするくらい、僕にとって工藤俊作という人物に出逢ったことには意味があるのだ。
そんな僕も、だんだん優作さんがハリウッドに渡って挑戦した歳に近づく。追いかけても追いつかない、憧れの人だ。クソー、何やってんだ。もっと頑張って生きないといけない。少しでも優作さんに近づくために。
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