普通の仕事をしているとなかなか長期休暇を取ることは難しいのですが、堂々と休めるのがGW夏休み年末・年始。今回は1999年のGW北陸地方を車で回ったときの写真を掲載します。この時もいつものように直前まで何も計画を立てていなく、GWに突入してから地図を見ながら行き先を決めたのでありました。
そんな感じで決めた今回の行き先は北陸。まずは北陸最大の都市金沢を目指して車を走らせて行きました。


富山湾

金沢を目指す、とはいっても埼玉からは遠かったです。まずは関越自動車道から上信越自動車道長野自動車道へと進みました。当時は長野自動車道は北陸自動車道とは接続していませんでしたので、長野県から一般道を経て新潟県へと入り、その後北陸自動車道へと向かいました。この日、出発が遅くなり結局その日のうちに金沢に到着することが出来ませんでした。そこで、旅行一日目は金沢に向かう北陸自動車道の途中になる富山県・魚津で一泊することにしました。パンジー(黄)
翌日、せっかく魚津で一泊したのだからとすぐに金沢に向かうことなく魚津をちょっと見学してみることにしました。ということで向かったのは魚津埋没林博物館。埋没林というのは読んで字の如く火山の噴火や河川の氾濫などで埋もれてしまった林のことで、魚津の埋没林は海の中に沈んでいることを特徴としています。この博物館は魚津港の近くにあるのですが、左の写真はその魚津港から富山湾を望んだ写真になります。魚津港からの富山湾ということでピンと来た人もいるかとは思いますが、そう、ここは蜃気楼でも有名なところになります。残念ながらこの日は蜃気楼を見ることができませんでした。

北陸道から北アルプスを望む

この後、北陸自動車道に戻り再び金沢を目指し車を進めていきました。右の写真は途中のSAから北アルプス方面をみた写真になります。手前に広がる田んぼと遠くに見える雪をいただいた山脈青い空の下に広がっているというのは、普段山も田んぼもあまり縁の無い生活を送っている身にとっては非常に開放感のある、ゆっくりとした気持ちにさせてくれる風景ではないかと感じました。
そうこうしているうちに金沢へとやってくることができました。結構な時間になり、本格的に町を回るのは翌日にしようとしたのですが、いつものように無計画で事前に宿の予約はしていませんでした。そのためこの日泊まる宿を探したのですが、さすがにGW。どこも一杯で宿を確保できずに時間ばかりが過ぎていきました。結局、郊外の公園の駐車場に車を止め、車内で一晩過ごす事になってしまいました。こんなことをするのは自分一人だけだろうなと思っていましたが、外を見ると同じような人達が何人かいたのには少し驚いてしまいました(ちなみにこの公園はキャンプをやるような公園ではありません!)。とはいってもこの人達はそれなりの大きな車で来ていており、レビンのような小型車に泊まっているのはさすがに一人だけでしたが…。


金沢市街地図

●金沢

翌日。さすがにレビンの中ではよく眠れず、うとうとしながら朝を迎えてしまいました。熟睡できなかった分だけ朝は早く動くことができました。
昨夕は車で一杯だった金沢中心部ですがさすがに朝7時前では駅前の駐車場もがらがらでした。早速車を有料駐車場に停め、金沢の中心街を散策してみました。まずは兼六園に向けての道のりを歩いてみました。とはいってもまっすぐ目的地に行くのは面白くないということでちょっと寄り道しながら歩きました。中心地である香林坊方面へ、まずやってきたのは武家屋敷跡になります

長町武家屋敷跡1 長町武家屋敷跡2 長町武家屋敷跡3

■武家屋敷跡

金沢百万石の面影を残す一帯が香林坊から少しJR金沢駅に入ったところに残っています。土塀に沿った用水路に流れているきれいな水や整然とした家々などは現在の雑然とした住宅街から比べると古いながらもある意味心を落ち着けることが出来る町の風情を感じることが出来ます。もちろんこの一帯には普通の住居もありますが、この一帯の雰囲気を壊さないような家となっております。また、町内の史跡には案内板が立っていてそれらを見て歩いているだけでもそれなりに面白いものです。野村家や彩筆庵は内部公開をしていますので有料ですが内部に興味のある方はそちらを覘いてみてはいかがでしょうか(当然公開していないところに入ってはいけません)。


■犀川のほとりにて

香林坊から武家屋敷跡をとおり、再び香林坊へと戻ってきました。なんだかんだいいながら武家屋敷跡は一往復してきました。香林坊から兼六園まではすぐの距離ですが、ここでもまたちょっと遠まわりして市内を流れる犀川まで出て川のほとりを歩いてから兼六園に行くことにしました。
金沢には2つの主な川が流れており、北側を流れるのが女川と言われる浅野川、そして男川と呼ばれるのがこの犀川になります。犀川の"犀"という字を見てピンと来た人もいるとは思いますが、この犀川は詩人・室生犀星が愛した川で名前の"犀星"はこの川の名前から採ったものだそうです。

そのためかどうかはわかりませんが、犀川沿いには文学碑が多く、この室生犀星の文学碑以外にも詩人の高浜虚子・年尾、父子句碑や松尾芭蕉句碑もあります(これらの名前を見ると国語の授業を思い出してしまうなぁ)。きっとこの犀川には詩人をひきつけてやまない何かがあるのではないのでしょうか。

犀川のほとりにて