【小さな花束】 Chapt. 1
Written by VISI.



「さよなら.」


「自分には・・・自分には,他に何も無いなんてそんなこと言うなよ.」

「別れ際にさよならなんて,悲しいこと,言うなよ.」


「何泣いているの?」

「…ごめんなさい.こういう時どんな顔をすればいいのかわからないの.」


「笑えば…いいと思うよ.」


コンフォート17 葛城家


「・・・・・・・」

「クエェーッ」

「あ.ペンペン.ごめんよ.ご飯だったね.」

温泉ペンギンのペンペンがくちばしで僕のシャツを引っ張って餌をねだる.

どうやらまた,あの時のことを考えてしまったらしい.

二子山での使徒との戦闘・・・“ヤシマ作戦”が終わって数日経っていたが,

学校はまだ休校,ネルフの方もパイロットのテストは無くて僕はミサトさんの家で何となしに過ごしていた.

零号機のエントリープラグのハッチを開けた時に負った火傷も,今はかさぶたにまでなって少しこそばゆい.

「どうしちゃったのかな〜シ・ン・ちゃん.」

僕の“上司”であり“保護者”でもあるミサトさんがラフな格好でニヤニヤしながらそばに寄ってきた.

ちょっとお酒くさい.また,朝からエビチュを飲んだに違いない.

あれでいて一向に太らないのだからまったく不思議だなと思う.

「・・・止めてくださいよ,その呼び方.」

にたり笑いをした時のミサトさん,決まって僕のことを“シンちゃん”って呼ぶんだ.

14にもなって“ちゃん”付けなんかで呼ばれたくない.

ミサトさんと話す口調もとんがっているのが自分でも分かる.

「ここ数日,ぼ〜としちゃって.シンジ君,変よ.」

ミサトさん長い髪を垂らしながらが僕の顔を覗き込む.ミサトさんの指摘は図星だった.

作戦が終了して数日経つのに,零号機に乗り込む綾波の背中から

エントリープラグの中で笑みを浮かべた綾波の顔まで,一連の光景が僕の頭の中で無限ループを続けていた.

「この前の戦闘の疲れ・・・まだ取れてないの?」

「違いますよ.僕はわ〜っかいんですからっ.」

ミサトさんの問いかけに対して鬱陶しげに僕は即答する.疲れに関しては一日寝たら無くなっていた.

「あら?そう?だとしたら・・・・ははーん・・・」

ミサトさん,僕の皮肉に気がつかなかったようだ.それからまた,にたり笑いを浮かべ始めた.

何かイヤな予感がする・・・

「・・・さてはレイのことね.そう言えば,あの時のシンジ君,お姫様を救い出す騎士って感じだったわよね〜.」

「ち,違いますよっ.」

「照れない照れない〜シンジ君もおっとこのこってことよね〜.」

ミサトさん,何かにつけて僕のことをからかっておもちゃにしてるんだ.

そりゃ,綾波のことは気になるけど,それは綾波の身体のことで・・・ミサトさんの考えてるようなことじゃなくて・・・

あんな環境の悪い所に住んでるんだし・・・

「ですから,そんなんじゃないですってば!」

「よっし.このミサトお姉さんにまっかせなさい〜♪」

僕の話を聞いてない・・・ミサトさん,嬉しそうに電話機のボタンをプッシュし始めた.

綾波の携帯にでも掛けるつもりなのだろうか?

「もしもし〜葛城ですけどぉ.レイ,今どうしてる?・・・え?・・・中央病院?」

病院?綾波,あの時にどこかやられてたの?・・・怪我してなかったように見えたんだけど・・・

それに,零号機の起動に失敗して大怪我した時もあの様子じゃ病院には長く居なかったのだろうし.

「何でまた?・・・いやそうじゃなくて・・・・・そう・・・とにかくお大事に.(ピッ)」

「ミサトさん.病院って,綾波,どうかしたんですか?」

電話を切ったミサトさんに僕は尋ねていた.本当に綾波,どうしたんだろう?

「・・・それがね,よく分からないのよ.シンジ君.」

「分からないって・・・ミサトさん!?」

「大したことはないとは・・・思うんだけど.レイに聞いても何だか要を得ないし.」

「そう・・・ですか.」

ミサトさんの答えに最初,僕はまた担がれているのかとも思ったのだが,どうも本当に分からなかったらしい.

綾波,電話には出てているし,あの時の様子からいっても重態とは思えないけど・・・

「気になる?シンジ君.」

「・・・・・・・」

「・・・気に・・・なります.」

ミサトさんの問いかけに僕はしばらく沈黙する.それからややあって,僕は自分の気持ちを正直に答えた.

またミサトさんが僕のことをからかうんじゃないかとも思ったけど,何故だか嘘を吐きたくはなかった.

「そう・・・・・」

「・・・・・・・」

僕の予想に反してミサトさんは静かに一言言った後,右手人差し指を頬に当て何やら思案を始めた.

沈黙が場を支配する.それから,何か思いついたのかミサトさん,両手をポンと叩いた.

「・・・ねえ!シンジ君.レイの『お見舞い』に行こっか?」

「え?そんな・・・いいですよ.」

ミサトさんの(行き当たりばったりに違いない)提案に僕はうろたえる.そんな,“お見舞い”だなんて・・・

「な〜に,変な遠慮してんのよ!?レイのことが気になるんでしょ?」

「それは・・・そうですけど.」

「だったら,あれこれ考えるよりまず行動すること!病院に行けば一目瞭然じゃない?」

「で,でも・・・綾波だって,その・・・迷惑だと思うし・・・第一,動機が不純ですよ.」

ミサトさんの“押し”の前に僕は狼狽していた.“お見舞い”だなんて何だか大袈裟で気恥ずかしい.

それに,そんなに親しくないのに“お見舞い”に来てもらっても・・・ただ鬱陶しいだけなんじゃないだろうか?

「迷惑なこと無いって.それになあに?『動機が不純』って.」

「え?」

「はは〜ん,や〜っぱりシンちゃんったらレイのことを・・・」

「だから違いますってば!!僕はただ,綾波のことが心配なだけで・・・」

「だ〜ったら別に後ろめたいこと無いじゃないのぉ.レイのことが心配なんでしょ?」

「でも・・・」

「まあ,私(わたし)的にはシンちゃんがレイのことを・・・でもいいんだけどね〜♪」

ミサトさんが畳み掛けるように僕を冷やかす.すぐにそういう話に結び付けるんだから.

恋愛ドラマの見過ぎだよっ.半分切れてしまった僕は次の瞬間,ミサトさんに怒鳴っていた.

「ミサトさーん!いい加減にしないとエビチュの買い置き,全部捨てますよっ!!」

「ごめん.ごめーん.シンジ君.それだけは勘弁して〜.」

「もうっ.」

“エビチュ”のことを持ち出された途端,ミサトさんは両手で拝むようにして僕に許しを乞う.

心底困ったように,そして身も蓋も無く謝るその姿を前にして,僕の怒りが急に収まっていく.

結局,何となく許してしまった.こんな時,ミサトさんって本当に“得な人”だと思う.

「でも,『お見舞い』に行った方がいいんじゃないかな〜っていうのは本当よ.レイ,喜ぶわよ〜.」

「・・・・・・・」

相も変わらず軽い口調でミサトさんが僕に話し掛ける.どうして,綾波が喜ぶって断言できるのだろうか.

「それにね,シンジ君・・・病気の時ってね,それがどんなに軽いものあっても結構心細いものなのよ.」

「え?」

急にミサトさんの口調が落ち着いたものに変わる.表情も至って真面目なものになっていた.

「そんな時に,誰かがそばにいるというだけでも随分と違うものなの.」

「・・・・・・・」

それからミサトさんは僕にこんこんと語った.ミサトさん,急にいったいどうしたんだろう?


・・・小さかった頃,僕が病気した時だけは前に居た所の家政婦さんに付きっきりで面倒みてもらってたっけ.

父さん,お金だけは沢山送ってたみたいだったから.

・・・その時,何だか分からないけどあの家に居て最も安らいでいたのを覚えている.



使徒の攻撃を受けて・・・目覚めた時・・・綾波が・・・そばに居た・・・


・・・綾波は・・・・・どうなんだろう?


わからない・・・けど・・・


・・・・・・・







「・・・行きます.」

僕はミサトさんにそう答えていた.

「そ〜こなくっちゃ.よし!決まり!善は急げ,まずはお花屋さんに行っくわよ〜.」

さっきまでの真剣な表情から一転していつものミサトさん,ひょっとして僕はミサトさんに乗せられたのだろうか?

ともあれ・・・こうして僕はミサトさんと一緒に綾波の“お見舞い”に行くことになった.


(続く)


1998.06.26 Ver.1.00

時期的には「決戦、第3新東京市」と「人の造りしもの」の間といったところです.次回は病院の場面になります.

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