「まったく,何考えてんですか!ミサトさん.」
「じょ〜だんよっ,冗談.冗談に決まってるじゃな〜い.」
「・・・本当ですか?わざと狙ってやってません?」
「疑り深いわねぇ・・・シンちゃんがそんな子に育って,お姉さん,悲しいわぁ.」
「・・・何度も言いますけど,“シンちゃん”は止めてください.」
病院へ行く道すがらで花屋に立ち寄った際,僕とミサトさんはちょっと口論になっていた.
ミサトさんが選ぼうとしたのは見事なまでの真っ赤なバラの花束.
綾波の好きな花って見当もつかない(そもそも綾波に「好きな花」なんて・・・あるのだろうか?)・・・けど,
少なくともミサトさんの“選択”を良しとする気には到底なれなかった.
ミサトさんの行動には時々冗談なのか本気なのか分からなくなることがある.
結局,僕が店員さんにお願いして白系統で香りのあまりきつくないものを中心に花を見繕ってもらうことにした.
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− ネルフ本部管内 中央病院 −
「・・・心配はご無用です.疲労による発熱で入院の処置を取っただけですから.明後日には退院の予定です.」
“最上”と書かれたネームプレートを付けたお医者さんが,僕とミサトさんに綾波の状態について話してくれた.
「それにしても,携帯の持ち込み,本当は困るんですけどねえ・・・」
ミサトさんと同じくらいの年の頃で,少し痩せ気味で神経質そうな感じのその医師は言葉を続ける.
「直ぐに連絡が取れないと困る立場であることは,“理解”してますがね.」
“納得”はしてませんよ・・・そんな口振り.病院で出会った時,最上さんは最初,
綾波の病状を尋ねた僕達二人をうんさん臭そうに見て「直接の関係者以外には話せない」,と突っ撥ねていた.
ミサトさんがネルフのIDカード片手に“作戦課の上司”としての立場を主張して,最上さんはようやく口を開いた.
“作戦課”と聞いて,最上さん,一瞬すごく嫌そうな顔をしていたけど.
ミサトさんも最上さんも話し方は穏やかだけど,何となく恐い感じがする.
「患者さんが運ばれた時,こちらもバタついてまして・・・新任の私が診たんですけどね.」
「私の判断で入院の措置を取ったらどういう訳か院長に睨まれましてねえ.」
「余計なことをするなと言わんばかりに.退院を早めろとも言われたし・・・」
最上さん,ジト目になってミサトさんのことを見てる.何でだろう.
「・・・レイが入院していると私が知ったのは今日のことですよ.最上さん.」
「・・・そうでしたか.てっきりご存知かと思ったのですがねえ・・・そう.ご存知無かった・・・」
ミサトさんの言葉を聞いて,最上さんは微かに笑みを浮かべた.
どうして最上さんはミサトさんが綾波の状況を知ってると思ったのだろう.
「・・・最上さん.失礼ですがここに赴任してどれくらいになります?」
「だいたい2週間ですが・・・」
「以前はどちらに?」
「同じ市内の“戦自”(戦略自衛隊)の総合病院ですよ・・・軍属ではありませんけどね.“葛城一尉殿”.」
最上さんはにやっと笑いながらミサトさんの問いに答えていた.何か楽しいことでも見つかったかのように.
そして対照的にミサトさんの顔が引きつっているのが僕でも分かった.
「・・・綾波さんは,本館5Fの個室病棟507号室になります.」
「面会時間は16時まで.患者さんを疲れさせたり,ましてや外に連れ出したりしないでくださいよ.」
「・・・わかりました.」
「くれぐれもお願いしますよ.“作戦課”の葛城一尉殿.」
「は・い.」
しきりにミサトさんの立場を強調する最上さんを前に,ミサトさんの声はちょっと強張っていた.
どうして最上さんはミサトさんを怒らせるようなことをするのだろう.・・・僕達,嫌われているのだろうか?
「碇・・・シンジ君だったね.」
「え?あ.は,はい.」
突然,最上さんに呼ばれて僕は慌てふためく.いったい,何だろう.
「その花束・・・患者さんに持っていくものだね?」
「はい.そうですが・・・」
「だったら,先に“ステーション”へ行って花瓶を貸し出してもらうようお願いしなさい.病室には置いてないから.」
「は・・・い.」
僕が手にしていた花束を見て,最上さんは“花瓶の借用”について教えてくれた.嫌味は飛んでこなかった.
「それでは,私は他の仕事がありますので.失礼します.」
それから,最上さんは僕達に軽く一礼をしてすたすたと去っていった.
「シンジ君〜.ちょ〜っち,トイレに寄ってもいいかな?」
「ええ.いいですよ.」
「どうも〜ちょっち待っててね〜.」
“ステーション”に寄って花を生ける花瓶を借り出して綾波の病室に向かう途中,
ミサトさんはトイレに寄ってもいいかと僕に尋ねていた.特に反対する理由も無かったので僕は承知する.
ミサトさんがトイレに入って約30秒後・・・・・
(ガンッ ガンッ ガンッ! バキッ!)
中から叫び声(・・・内容は良く聞き取れなかったけど)と共に破壊音らしきものが伝わってくる.
それらの物音は1分近く続いた後,やがて収まりそれから間もなくミサトさんが出てきた.
「おっ待たせ〜シンジく〜ん♪」
ミサトさんはニコニコ顔で僕の前に来ていた.
「ミ,ミサトさん・・・」
「何かな〜シンジ君♪」
「な,何でも・・・ないです.行きましょう.」
中で何があったのか,およその見当はついてたけど不気味に明るいミサトさんを前にしては,
僕は何も言うことができなかった.ミサトさん・・・・・恐い.
− 本館5F 507号室 個人病棟 −
「ここが・・・レイの病室ね.」
部屋番号に“綾波レイ”と書かれた厚紙の入った扉の前,ミサトさんと僕は立っていた.
扉は,この前僕が入れられた“第三外科病棟”の自動のものとは違って手でドアノブを回すタイプのものだ.
(コンコン)
(・・・・・・・)
ミサトさんが扉をノックする.中からは反応が無い.
「レイっ.入るわよ〜ん.」
反応が無いにも関わらず,ミサトさんはノブに手をかけて扉を押し開く.
・・・ミサトさんがさっさと押し開けたのは,返事を待ってたらいつまでも入れないと思ったからだと思う.
病室の光景が僕の目に飛び込んでくる.部屋の中は明るくて,また清潔なものだった.
だが,ベッドとサイドキャビネット,それに簡易椅子一つだけの簡素な構成は殺風景な印象を僕に与えていた.
綾波はベッドの上で半分身体を起こしていた.身には病院で用意されたと思われる簡素な寝間着をまとっている.
「レイ〜っ.元気してた〜!?」
「・・・・・・・」
「綾波・・・大丈夫?」
「・・・問題,無いわ.」
「お見舞いに来たわよ〜レイ.」
「・・・そう.」
至って軽いノリのミサトさん.病人に向かって “元気してた〜!?” というのも変な気がするけど,
ミサトさんらしいと言えばミサトさんらしい.綾波は・・・相変わらず素っ気無い.
「病院だって聞いて,驚いたわぁ.大したこと無かったみたいで・・・ま,良かったわねえ・・・」
「・・・・・・・」
ミサトさんが綾波に話し掛ける.綾波は黙っている.話を聞いてるというよりは関心が無いという感じだ.
虚空を見つめる綾波の紅い目は表情を語っていなかった.動きの無いその姿は彫像のようにも思えてくる.
「シンちゃんってば,レイのことが心配で心配でどぉ〜してもお見舞いに行きたいって言ってたのよぉ〜.」
僕が綾波の方に視線を移していると,ミサトさんがまた僕をおもちゃにしようとする.
「ミサトさぁーん!そんなこと言ってないでしょっ!」
「あら?言ってなかったっけ?レイのことが心配だって.」
「だから,それは・・・」
「・・・・・・・」
にたり笑いのミサトさんが僕をからかう.確かに,綾波のことが心配だとは言ったけどちょっとニュアンスが違う.
僕とミサトさんが空しい言い争いをしている間,綾波は何の言葉も発していなかった.
(ピピピピピッ)
僕達が言い争いをしているところに,突然電子音が鳴り出す.携帯の呼び出し音だ.
呼び出し音は僕のでも綾波のでも無くて,ミサトさんのものだった.言い争いを中断してミサトさんが携帯に出る.
「はい.葛城です.・・・あら.リツコ.どうしたの?・・・うん・・・わかった.今すぐそっちに向かうわ.(ピッ)」
ミサトさんの表情が先程までとは一変して真剣なものに変わる.リツコさんからのようだ.
“保護者”と“被保護者”の関係で同居するようになって数ヶ月が経つけど,
普段のミサトさんと真剣な表情のミサトさん,どっちが本当の姿なのかわからない.
「どうかしたんですか?ミサトさん?」
「ごめんね〜シンジ君.呼び出しがかかったんですぐ行かなくちゃならないの.」
「使徒・・・ですか?」
「いえ,使徒じゃないわ.別用よ.シンジ君とレイは動かなくていいわ.」
「そうですか・・・」
電話を終えたミサトさんに僕は尋ねる.ミサトさん,ネルフから急な呼び出しがかかったらしい.
電話の内容が使徒の襲来でないことに,僕は正直ほっとしていた.
「私は本部に行くから.シンジ君は適当な時間になったらバスで家に帰って.」
「・・・夕飯,用意しておいてね〜.お姉さん,楽しみにしてるから.」
「わかりました.ミサトさん.」
ミサトさんは手短に僕に指示を出す.行きはミサトさんの車でやって来た.帰りは市内巡回のバスになるだろう.
いつもの軽い調子に戻ったミサトさん.僕は自分の顔から少しだけ笑みがこぼれたのを感じる.
ミサトさんの“楽しみにしてるから”の言葉がちょっとだけ・・・嬉しかった.
「あ.そうそう.忘れてた.」
「何ですか?ミサトさん?」
それからミサトさんは何かを思い出したかのように手を叩く.この時,僕は完全に油断していた.
「シンジく〜ん,二人っきりだからってレイを押し倒しちゃだめよん♪」
「な,な,ななな・・・」
ミサトさんのその言葉に,僕の中で以前に裸の綾波を“事故で”押し倒してしまったあの光景が甦る.
その直後,“不意打ち”された僕の頭の中はパニック状態になって何も言えなくなってしまっていた.
もし今,綾波があの時のことを口にしたらそれこそ収拾のつかない事態になったに違いない.
「じょ〜だんよ,冗談.それじゃあねっ.レイ.お大事に.シンジ君.後よろしく〜.」
・・・僕にとって幸いなことにその時,綾波は黙ったまま何もしゃべらなかったし,
ミサトさんも僕の慌てぶりに満足したのかそれ以上は突っ込まなかった.
それから,綾波と半ば混乱状態の僕を尻目にミサトさんは病室を出ていく.
病室には,僕と綾波の二人が残された.