【小さな花束】 Chapt. 3
Written by VISI.



「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

・・・どうしよう.何を話したらいいのか,わからない.

ミサトさんが僕達二人を置いて病室を後にしてからしばらくの間,僕も綾波も黙ったままでいた.

な,何か話さなくちゃ・・・そうだ・・・花束・・・

「あ・・・花束,生けておくね.」

「・・・・・・・・」

僕はそう言うと,花束をばらして根元の切り口に補水用として巻かれたキッチンペーパーを剥がす.

それから,備え付けの水道で花瓶に水を入れてうまくバランスが取れるように花を花瓶に差していった.

「・・・もし気に入らなかったら捨てちゃっても構わないから.」

嘘だ・・・本当は捨ててなんか欲しくない.どうして僕はこんなことを言ってしまうのだろう.

いつの頃からか僕は相手の本音を聞くのが恐い時,先回りして悪い結果の方を口にするようになっていた.

「大したことなくて・・・良かった.ゆっくり休んだ方が・・・いいと思うよ.ここだと・・・ちゃんとした食事が取れるし.」

これは本当.あの殺伐とした部屋を見る限り,病院にいた方が綾波の身体のためには・・・いいと思う.

「・・・同じことを言うのね.」

「え?」

綾波の言葉に僕ははっとする.綾波の顔は無表情のままだった.

「医者も看護婦も言ってた.どうしてそんなことを言うの?」

「どうしてって・・・病人なんだからそれが当たり前なんじゃない?」

「そう・・・」

どうして綾波はそんなことを尋ねるのだろう.病人に「休め」と言うのは当たり前のことなのに.

まるでそんな言葉など掛けられたことが無かったかのように.

「零号機の起動に失敗して怪我した時なんかで・・・言われなかったの?」

「無い.」

「な,無いって・・・そうだ,父さんは?」

「・・・碇司令には『大丈夫か?』とは言われたけど,『ゆっくり休め』とは命令されなかったわ.」

「・・・・・・・」

“命令”とはちょっと違うんだけど・・・それにしても“言われたこと無い”だなんて・・・

あの言葉は本当だったんだ.綾波,EVAのパイロットとしてでしかここに居る理由が・・・無いんだ.

・・・それは僕も似たようなものだけど.


「そうだ・・・こ,この前は・・・色々と・・・ありがとう.」

「・・・命令だったから.」

「あ・・・うん・・・そうだったね・・・」

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

二子山での戦闘・・・あの時,綾波は砲手の僕の盾になって・・・それは作戦行動の上でのことだけど・・・

それとは別に・・・理屈では割り切れないものが僕の中で存在していた.


「・・・なぜここに来たの?」

「え・・・」

不意に綾波から“お見舞い”の理由を問われて僕は言葉に詰まる.

ここまでの経緯をどう説明したら良いのだろうか.

「えっと・・・その,あの・・・ミ,ミサトさんが綾波の携帯に電話して“入院してる”って聞いて・・・え〜っと・・・・・」

言葉が段々と,しどろもどろになっていくのが自分でも分かる.“綾波のことが心配で”だなんて,

本人の前では押し付けがましくってとても言えない.僕は次の言葉が続かなくて,そこに“間”を作り出していた.


「・・・葛城一尉の“命令”でここに来たの?」

!・・・ち,違うよっ!そんなんじゃない!

できあがった“間”に割って入ってきた綾波の言葉に,僕は思わず大声を上げていた.

綾波は悪意があってそんなことを言ったわけじゃないんだけど,その言葉は僕にとってたまらなく悲しかった.

「そんなんじゃ・・・ないんだ.・・・・・ごめん.大声出して.」

我を忘れて大声を上げたのが,恥ずかしくて,みっともなくて,僕は小声で綾波に謝る.

・・・思ったことをきちんと話せないでいる自分が情けない.僕は下を向いて綾波から視線を逸らしていた.


「・・・ごめんなさい.」

「あ,綾波?」

綾波の呟くような声に僕は顔を上げる.見上げた視線の先の綾波の顔は心なしか俯き加減になっていた.

「どうして・・・綾波が謝るの?」

「わからない・・・でも謝らなければならないような気がする.」

そんな綾波の仕草に,あの時のエントリープラグの中での光景が僕の中で甦る.

綾波は不器用なんだ.生きることに.リツコさんが言ってたように.・・・父さんがそうだとはとても思えないけど.

「・・・綾波は・・・優しいんだね.」

「優しい?」

「・・・うん.」

「私が?・・・・・わからない.」

綾波が心を痛めてくれたことに,どこか暖かな気持ちが僕の中で湧き上がっていた.

“わからない” ・・・それは多分,綾波にとって悲しいことなのだと思うけど・・・・・




「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

それから,僕と綾波は一言も言葉を発しなかった.綾波は文庫サイズの本を取り出し黙々と本を読み始めたし,

僕はといえば他の話題を探しているうちに綾波に話し掛けるきっかけを失ってしまっていて

自分から “帰る” ということも言い出せないまま他にすることも無くて綾波の読書姿を見ていた.

部屋は静かで空調と外の虫の鳴き声,他には綾波の手で本のページをめくる音がその場を支配していた.


「綾波.」

「・・・何?」

「面会時間・・・終わるから帰るね.」

「そう.」

結局,僕が再び綾波に声を掛けたのは面会時間が押し迫った頃.時間が来たことを口実にやっと切り出せた.

綾波は本に視線を向けたまま僕に応える.何となく気まずい.な,何か言わなくちゃ・・・

「あ,あのさ・・・明日もここに来ていいかな?・・・あ.」

焦った末にそのことを口にした瞬間,僕はとんでもない事を言い出したことに気づく.これじゃ泥沼だ.

「め,迷惑なら断ってよ・・・・・僕は気にしないから.」

僕は慌てて綾波が答える前に自分の言ったことを取り繕う.どうしてあんな事を言い出したのだろう.

僕は上目遣いで綾波の返答を待っていた.


「・・・別に構わない.」

「いいの?」

綾波はすっと本から視線を外し,僕の方を向いて答える.その顔はいつもと変わらず淡々としたものだった.

本当に明日来ても・・・いいのだろうか?思わず僕は念押しするかのようにもう一度尋ねてしまう.

「・・・ええ.」

「あ,ありがとう.綾波.そ,それじゃ,また明日.お大事に.ほ,本当に,ゆっくり休んで.」

綾波は本に視線を戻し短く答えた.・・・また余計なことを僕は言ってしまったのだろうか?

結局,気まずい感じを拭えないまま僕は半ば逃げるようにして綾波の病室を後にした.




コンフォート17 葛城家


「はぁぁ・・・・・」

台所で夕食の支度をしながら僕はため息をついていた.

面会時間の大半“綾波の読書姿をじっと見ていた” だなんて,“お見舞い” などと言えるのだろうか?

いくら他にすることが無かったからって“殆ど見てただけ”だなんて後で考えると恥ずかしい.

綾波は・・・多分,意識してなかったと思うけど.明日・・・どうしよう?

・・・何を話せばいいのだろう?綾波の興味のあることなんて分からないし,そもそも僕は話し下手・・・だ.

「クゥェーッ.」

「あ・・・もうちょっと待ってね.ペンペン.」

ペンペンに突っつかれて僕は我に返る.いけない,夕食を作らなくちゃ.

ミサトさんと暮らすようになってから料理は僕が担当している.同居の最初の頃は当番制で・・・

その時もかなり僕がやっていたんだけど・・・ミサトさんの “あの” カレーを食べて以来,

自主的に手を挙げて料理に関しては僕がほぼ全面的に請け負っていた.

ミサトさんには悪いけど,あれは料理どころか食べ物の領域を完全に越えていると思う.

「たっだいま〜っ.」

出来上がった野菜炒めを皿に盛っていると,陽気な声が玄関から聞こえてきた.

ミサトさんの声だ.きっと今日のことで根掘り葉掘り聞いてくるに違いない.

そして,その考えは・・・間違っていなかった.


「ぷっはぁーっ.やーっぱり,シャワーの後のビールは最っ高よねーっ!」

家に着くなり風呂場に直行してシャワーを浴びてきたミサトさんがエビチュの缶をを開ける.

「それじゃっ,さーっそく話してもらいましょうか?シンジくん?“拒否権”は一切認めないからねん♪」

「・・・ミサトさん,“黙秘権”は?」

「もっちろん,無しよん♪」

「・・・・・・・」

ミサトさん,本当に楽しそう.逆に僕は,顔に縦線が入ることがあるならば今がまさにその状態だった.


「・・・へぇ〜っ,シンジ君ったらレイのことをずぅ〜っと見てたんだぁ〜.」

それから僕はミサトさんのあの手この手の“尋問術”を受け,病室でのおよそ一部始終を白状させられていた.

・・・ミサトさん,目が笑っている.

「片思いの人の前だとなぁ〜んにもしゃべれなくなっちゃうのよねぇ〜・・・うんうん.わかるわぁ.」

「・・・・・・・」

何が “うんうん.わかるわぁ.” なんだか.僕はミサトさんのおしゃべりを右から左に流し,現実から逃避して

自分で作った野菜炒めで黙々とご飯を食べ始める.今日は人参がしんなりと仕上がって・・・いい出来だと思う.

「好きな人って知らず知らずのうちに目で追ってしまうのよねぇ〜.」

「・・・・・・・」

「・・・ちょっとぉ,シンジ君.何かリアクションしなさいよぉ〜.さもないと“飲ます”わよ.」

からかいモード全開のミサトさん,やけに絡んでくる.そう言えばエビチュの空缶の数がいつもの2倍以上だ.

・・・本格的に酔っ払ったのかもしれない.目も半分据わっている.仕方ない・・・

「・・・勝手に惚れたとかはれたとか決め付けないでくださいよ.・・・そんなんじゃ・・・無いんですから.」

「その割には明日も行くって約束しちゃったりしてぇ.照れない,照れない〜.」

「あ,あれは成り行きで・・・」

「人間,パニクった時って本心が出るものなのよねえ〜.」

・・・駄目だ,こりゃ.思わず前世紀から続いてるお笑い番組の落ちの台詞が出てしまいそうになる.

もはや,僕としてはミサトさんが早々に寝ついてくれることを願うしかなかった.

「好きな人に声を掛けられずにじっと見つめるだけ・・・・・う〜ん,青春よねえ〜.」

ミサトさん,思いっきり妄想の世界に浸っちゃっている.僕が綾波に声を掛けられずにいたのは

話し掛けて気まずい思いをしたくなかったからで・・・・・確かに綾波のことは気になるけど

・・・それは,たった一人であんな所に住んでいて・・・そして僕と同じように,いや,恐らく僕以上に・・・

EVAのパイロットとしてでしかここに居られないからで・・・ミサトさんが考えてるようなこととは

・・・違う・・・と思う・・・多分.・・・僕が人を・・・好きになるなんて・・・・・・・


「・・・ふあああ.眠くなっちゃったわねえ.んじゃ,明日はちゃんとレイにアタックするのよぉ〜.おやすみ〜.」

・・・さんざん僕に茶々を入れまくったミサトさんが自分の寝室に向かったのはそれから1時間半後のことだった.

ちなみに後片付けは・・・僕の仕事だ.




ネルフ本部管内 中央病院


すっかり外からの光が弱まった個人病棟でレイはサイドキャビネット上に置かれた花に視線を止めていた.

部屋の明かりまだは点いていない.花の白さが薄暗い部屋の中でぼんやりと浮かんでいた.


「・・・・・・・」

花瓶.花.白い花.

たくさんあるもの.いずれ枯れるもの.消えてしまうもの.

・・・・・・・

レイは生けられた花に手を伸ばす.

・・・葛城一尉と碇君が持ってきたもの.

“お見舞い”の花.

・・・・・・・

レイは花の茎に触れかけるがその直前,伸ばした手を引いた.


!・・・ち,違うよっ!そんなんじゃない!

怒った顔.腹が立った時にするもの.碇司令の悪口を言われた時の私の顔.でも・・・少し違う感じがする.

『・・・綾波は・・・優しいんだね.』

笑った顔.嬉しい時にするもの.あの時,碇君が教えてくれたこと.でも・・・少し違う感じがする.

あの後・・・碇君の顔が見られなかった.

どうして?・・・わからない.


『め,迷惑なら断ってよ・・・・・僕は気にしないから.』

『・・・別に構わない.』

どうして・・・断らなかったのだろう.・・・碇君は“気にしない”と言ってたのに.

どうして・・・碇君の顔を見て答えたのだろう.・・・碇君の顔を見られなかったはずなのに.

なぜ?・・・わからない.


それから病室の自動照明が光センサに反応して点くまでの間,レイはその生けられた花をじっと見つめていた.


(続く)


1998.07.17 Ver.1.00
1998.08.23 Ver.1.10
1998.08.30 Ver.1.11

最初の構想より場面が増えたので予定変更になります.m(_ _)m (まさか,明日も行くことになろうとは・・・・・)
よって最終回は Chapt. 4 & epilogue になります.恐らくこれ以上は増えないとは思いますが(汗).

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