(ピィィーッ!)
炊飯器の長い電子音が鳴ってご飯が炊き上がったことを僕に知らせる.
レイと結婚してからというもの家のことは彼女が行っているので,
僕が台所に立つ機会はめっきり少なくなっていた.だから自分でご飯を作るのは結構久し振り.
一人だから適当に買って食べても良かったんだけど,
その辺りは長年の“習慣”の方が先に来てしまっている.・・・ちょっと苦笑い.
病院へは昼休み時間を使って行く予定.勤め先から近所とは言え,あまりゆっくりできそうにない.
『炊き過ぎた・・・』
炊飯器の蓋を開けて僕はお米の分量を間違えたことに気がつく.・・・昼の弁当の分を差し引いてもまだ余る.
多すぎるご飯を前にしばし考える.それから,残りは晩ご飯にすればいいと結論づけるとお椀にご飯をよそる.
「・・・いただきます.」
ご飯と味噌汁,あとは冷蔵庫の作り置きから適当におかずを選ぶと僕は朝食を摂り始めた.
「・・・ごちそうさま.」
病院で用意された昼食を私は残らず平らげる.
ここ数日身体が重たく感じられて食欲もあまり湧かない私だったが,
何もしないで横になっていたせいか今日は大分平気.半ば強制的に“入院”を宣告した夫に感謝.
でも,こうなると一日中寝てるだけというのは退屈.それに病院はあまり・・・・・好きじゃない.
もし,今日退院したいと言い出したら夫はどう思うだろうか?
「気分はどう?レイ.」
「大分良くなったわ.」
レイが昼食を摂り終わってからしばらく後に,シンジはレイの入院する病室を訪れていた.
「そ.良かった.・・・これ.病気じゃないけど,いちお.お見舞い.」
そう言ってシンジは花束をレイに差し出す.花束は店側の方でセットされた比較的安価なもの.
病院へ行く道すがら,シンジは花屋に立ち寄ってそれを買い求めていた.
「・・・・・・・」
シンジから花束を受け取るとレイはそれを手に取り視線を花に向ける.
普段は脇役のその白く小さな花を沢山つけたその花束からは,ほのかな香りが漂う.
「・・・レイ?」
「・・・・・・・」
無言のレイにシンジは彼女の名を呼ぶが,レイはその紅い瞳を花束に向けたまま口を開かずにいた.
『やっぱり,大袈裟・・・だったかなあ.』
花束を買ってきたのはほんの思いつき.実はちょっと迷っていた.
病気・・・とは違うのだし.かえってアレかなとも思ったけど,
何となくここの病室・・・すっきりし過ぎていて昔のレイ・・・綾波の部屋を思い出させたから.
『綺麗・・・』
目に優しい色合いが私の目に飛び込んでくる.柔らかでほのかな感じは私の好み.
それは,あの時気に留めなかったもの.知らなかったもの.
目を閉じて私は花に意識を集中させる.
「・・・いい香り.」
レイは目を瞑ったままで花の香りを楽しみながら静かに呟いた.
「良かった.これって,よく他の花と合わせて使われるものなんだけどね.」
花を楽しむレイの姿にシンジは安堵し,少し照れくさそうに花のことについて話す.
「・・・嬉しい.」
「レイ?」
シンジの言葉が聞こえてるのかいないのか,レイは花束を顔に近づけたままさらに呟く.
そんな妻の様子にシンジは少し当惑気味になる.
「嬉しい.」
レイはもう一度,前と同じ言葉を繰り返し呟いた.
『一体どうしたんだろう?』
花束.レイには喜んでもらえたみたい・・・なんだけど,その様子に僕は戸惑い気味.
そんな・・・大したものでもないのに.
何の気無しに持ってきたことが却って申し訳無くなってくる.
でも,レイの心から嬉しそうな姿は見ていて幸せ.
これは・・・僕の惚気(のろけ)・・・だけど.
『嬉しい.』
花束.あなたが差し出してくれた花束.
それは些細なこと.小さなこと.けれども,私にはそれが・・・眩しくて・・・心地良くて・・・暖かい.
“気持ち”を表わす・・・・・それは,あの時の私にあなたが教えてくれたこと.
・・・自分の思いに戸惑うばかりで伝えるべき言葉を持たなかったあの時の私.
今,私はそのことを・・・私のことを見てくれるあなたを・・・感じ取ることができる.
そして,私はその想いをあなたに伝えることができる・・・そのことが・・・嬉しい.
・・・・・それはとても幸せなこと・・・・・
「ありがとう.あなた.」
レイは,自然と溢れてくる・・・心からの笑顔と共に感謝の言葉を口にする.
・・・喜びを・・・想いを・・・最愛の人に伝えるために.
そして,それはシンジも・・・また・・・・・
・・・昼下がりの病室,優しく温かい空気が二人を包み込んでいた.
(小さな花束 fin)