【小さな花束・その後】 Chapt. 1
Written by VISI.



A.D. 2015年 第3新東京市立第壱中学校


掃除の時間が終わってホームルームまでの少しの時間,僕は自分の席で帰り支度を整えていた.

「花瓶.」

「え?」

突然,後ろから声を掛けられて僕は振り返る.振り返ると蒼銀の髪が視野に入った.

声を掛けたのは綾波だった.手には見覚えのある花瓶が握られている.

数日前,入院していた綾波の見舞いに行った僕はちょっとした経緯があって彼女にその花瓶を渡していた.

「使い終わったから.」

「あ,うん・・・」

花瓶を僕に手渡すと綾波はさっさと自分の席に戻って行った.

綾波の唐突な行動にクラスの何人かが視線を彼女に向けたが,それだけで誰も綾波に話し掛けようとしない.

綾波の方も自分に向けられている視線に関心が無いといった感じで窓の外を眺めていた.


「なんや,シンジ.綾波に花瓶なんかもろうて.」

「いや・・・その・・・み,見舞いの花を生けるのに使っていて・・・・・もらったんじゃないよ.」

僕が綾波に視線を向けていたらジャージ姿のトウジがにいつの間にか僕の席にやって来ていた.

ジト目のトウジ.僕が綾波から花瓶をもらったと勘違いしたらしい.

僕はそうではないと話そうとするが少しとちってしまう.

「ん?綾波が誰かの見舞いにでも行っとったんか?」

「そ,そうじゃなくて・・・」

「違うんか?」

「だから・・・綾波が入院していて・・・見舞いの花束を生けるのに・・・・・」

僕の話を聞いたトウジは何か不思議なものを見たといった顔をする.

度重なるトウジの早とちりと誤解に僕はそれを解こうとするが,その経緯を上手く説明できないでいた.

「入院って・・・綾波,また怪我でもしたのか?」

「あ.いや,怪我というわけじゃ・・・無いんだけど.」

隣の席のケンスケが会話に割って入って来る.ケンスケの問い掛けに僕は否定した.

「怪我じゃなければ何で入院してたのさ?」

「それは・・・疲労で熱を出してお医者さんの判断で・・・・・」

「疲労ってこの前の戦闘の?」

「うん・・・」

「やっぱり激しいものだったんだ.日本中が停電になったし・・・一体あの時,何があったんだ?」

「それは・・・・・」

ケンスケに尋ねられて僕は口篭もる.

あの時,僕は敵との撃ち合いで第一射を外してしまった.

こっちが第二射を準備する前に敵の二発目が先に来て・・・綾波の零号機が僕の初号機の盾になって・・・・・

圧倒的な光の中で零号機が融けていく光景・・・もし第一射で終わっていれば綾波が入院することは無かった.

『さよなら.』

戦闘前,零号機に乗り込む綾波の後ろ姿が甦る・・・知らず知らずの内に僕は伏し目がちになっていた.

「・・・ケンスケ.あまり立ち入ったことを聞くもんやない.センセ,困っとるやないか.」

「あ.ゴメン.EVAのことは,ミサトさんの許可無しでは勝手に喋れなかったんだっけ.」

「いいよ・・・気にしてないから.」

僕が話しづらそうにしていたのを察したのか,トウジが助け船を出してくれた.

ケンスケが言う通り,確かにEVAやネルフ内部に関することを話すのはミサトさんから止められている.

ただ,ミサトさんが 「構わない」と言ってもあの時のことを話すのは気が進まなかった.

・・・もしトウジが聞いたら 「女を盾にするなんて男のすることやないっ.」と言って怒るだろうか?


「入院と言えば・・・ハルカちゃんの具合はどうなんだい?トウジ.」

それから眼鏡の位置を直しながらケンスケが話題を変えた.ハルカちゃんというのはトウジの妹さんの名前だ.

妹さんは僕が初めてEVAに乗った時の戦闘に巻き込まれてしまって,以来ずっと病院に入院している.

「あん? ああ,まだベッドの上から離れられんのやが,なまじ動けない分だけ口の方がやかましうて・・・

・・・ちゃんと食事摂ってる? 洗濯,サボってへん? とかまるで死んだおかんみたいな口をききよる.」

「はは・・・さすがにしっかり者だけあってトウジのこと,良く分かってるな.」

「それに,センセのこと苛めてないか? とも言われてるわ.」

「え?僕のこと?」

不意に僕のことが話にのぼって,僕はトウジに言葉を確かめるように尋ねた.

「せや.毎回毎回会う度に言われてな.まったく誰に似たんだか,しつこうてかなわんわ.」

「・・・そうなんだ.」

「相変わらず妹には頭が上がらないんだな・・・そう言えば大分会ってないね.見舞いに行ってもいいかな?」

「ああ.ええよ.ベッドの上ばかりでハルカも退屈しとるからな.おもろい話でも聞かせてやってくれや.」

「じゃ,放課後.帰りに寄るってことでいいかな?」

「そうやな・・・それでええわ.見舞いの品はシャリっとしたリンゴがええな.」

「それはトウジの希望だろ.シンジも一緒に行かないか?」

妹さんのことでケンスケとトウジの間で話が進んでいく.

二人して彼女のお見舞いに行くことになって,ケンスケが僕に同行を誘って来た.

「え・・・」

僕は戸惑いの声を上げた.なぜなら,妹さんの怪我の原因は僕のせいで・・・

そのことでトウジに殴られたこともあった.ためらいがちに僕はトウジに尋ねる.

「行っても・・・いいの?」

「おう,もちろんや.センセ.ハルカの奴に会うてやってーな.」

「う・ん・・・本当に・・・いいのかな?」

「気楽に考えたら?シンジ.」

「ケンスケの言う通りや.それとワシとのこと,センセからも話してハルカの奴を納得させて欲しいんや.

今のまんまやとかなわんから・・・な.シンジ.」

「・・・うん・・・それじゃ一緒にお邪魔させてもらうよ.」

「おう,そうしてくれ.」

「じゃ,決まりだね.病院に行く前に何か買ってこう.」

ケンスケとトウジの後押しも受けて僕は一緒に妹さんの見舞いに行くことにした.

二人が僕を気遣っていることが・・・何となく分かる.

妹さんにどんな顔をして会えば良いのかわからない.でも・・・・・

・・・・・・・


(ガラッ)

「おっ,先生や.ほなまた後でな.シンジ.ケンスケ.」

「ああ.」

「うん.」

担任の初老の先生が教室の扉を開けて入って来た.席を離れていたトウジやクラスのみんなが席に戻る.

クラス全員が席に着いたところで委員長の洞木さんが号令を掛けた.

「起立!」

「礼!」

「着席!」

「はい.えー来週から順次,皆さんと皆さんの父兄の方と先生の三者で進路相談を行います.

連絡事項を渡しますので一番前の席の人はプリントを取りに来てください.」

教壇の上でA4サイズの紙の束をトントンと整えながら先生がホームルームを始める.

手にしている紙の束は進路相談用のものだった.一番前の席の人達がプリントを取りに行く.

「進路相談?・・・なんや,かったるいなあ.」

後ろの席からトウジが面倒臭げな声を上げていた.

前の人からプリントを受け取り,一人分を取って後ろに回す.

プリントは2枚.1枚目は三者面談の日程と内容の案内,それに切取り線の下に希望日調査の欄.

ミサトさんに渡さなくちゃいけないんだろうな・・・仕事,忙しそうだから欠席になると思うけど.

2枚目は進路志望調査用紙で,出席番号と名前を書く欄の下に進路の希望先を書く欄があって

残りの余白には “将来の夢”を書くようにと指示が入っていた.


“将来の夢”・・・・・この単語を見て僕の中で憂鬱な思いが湧き上がってくるのが感じられた.

・・・小さかった頃,一度だけ作文で「チェロの奏者になりたい.」と書いたことがある.

でもそれは,作文で書くのに困って習い事でしてたことをそのまま書いただけだった.

確かに綺麗な音を出せた時や一曲を通して弾けた時なんかは嬉しいけど,でもそれは“夢”とはまた違うと思う.

こういうのって“やりたいこと”を“将来の夢”に書くんだろうけど・・・・・ケンスケなんかは沢山あるんだろうな.

・・・僕には・・・何があるのだろう?


僕はプリント2枚を二つに折るとそれを通学鞄の中にしまった.


(続く)


1998.10.24 Ver.1.00
1998.10.25 Ver.1.10
1998.11.15 Ver.1.20

「人の造りしもの」のちょっと前からのスタートです.抑えても少しずつずれて行く・・・のでしょう.多分.

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