【小さな花束・その後】 Chapt. 3
Written by VISI.




(ざわ ざわ ざわ)


なんだろう? 騒がしい.

これは・・・人の声?


広い空間.何だか薄暗い.

周りには大きな黒い幕.


「やっぱり来てくれないんだ・・・――――」


小さい男の子.どっかよそ行きの格好.

大きな弦楽器.

あれは・・・僕だ.昔の.


スポットライト.

楽器を抱えて舞台に歩いて行く僕.

拍手.静寂.


あれ?何を弾けばいいんだっけ?

音が・・・出ないよ.


ライトが消える.暗転.闇.深い闇・・・・・

え? 何? 何?


景色が闇から別のものへと変わって行く.意識が,急速に覚醒へと向かう.

ぼんやりと僕の視界に入ったものはよく見知った天井.

ここは僕の部屋.さっきのあれは夢・・・だった.


「イヤな夢,見ちゃった・・・・・」

時計を見ると朝の5時.起きて一日の活動を始めるにはまだちょっと早い.

夢見の悪さのせいか,僕はぐっしょりと寝汗をかいていた.汗で寝間着がべとついて,ちょっと気持ち悪い.

喉の渇きを覚えた僕は冷蔵庫に行き,ペットボトルの烏龍茶を取り出して中身をコップに開けた.

ひいやりとした烏龍茶のそのすっきりした喉ごしに渇きが癒されてくのを感じる.

僕は飲み終えたコップを軽く水で流すと部屋に戻ってもう一寝入りすることにした.

タオルケットを肩から被って僕は目を閉じる.

「・・・・・・・」

次第に意識が薄れていき,僕は再び眠りへと落ちていった.




(ガシャッ)

トースターから程良く焼けたパンが吐き出される.

今朝の僕の朝食はトーストとコーヒー.

ペンペンには焼き魚と卵焼き.これら全て,僕が用意した.

そう,全部僕が・・・・・


(スーッ)

僕がトーストを頬張っていると,引き戸が開いてミサトさんがだらしない格好で現われた.

ボサボサ髪のミサトさん,お腹のあたりをボリボリかいてそれから大きなあくびをかましていた.

「・・・おはようございます.」

「ふあああ・・・おはよう.」

「・・・・・・・」

あられもないミサトさんの姿に僕の目がジト目になるのを感じる.

ミサトさんの無軌道ぶりはいつものことなのに,夢見の悪さのせいか今朝の僕は苛立ちが募っていた.


(プシュッ)

朝からミサトさんはエビチュの缶を開け,ごくごくと喉を鳴らしながら飲んでいた.

これもこの家での日常的な光景.けれども,今朝はどうもそれが気になる.ミサトさんの挙動の一つ一つが.

「ぷはーっ,くぅーっ,朝一番はやっぱこれよねーっ.」

「コーヒーじゃないんですか?」

「日本人はね,昔っから朝はご飯と味噌汁,そしてお酒って相場が決まってるのよ.」

「ミサトさんが,でしょ.」

「む,何よ.」

「だいたい,今朝の食事当番は誰でしたっけ?」

「うっ.」

そう.復活した食事当番表によれば今朝はミサトさんの番.

数日前,ミサトさんが“復活”を宣言したけど実際やったのは結局あの一回ともう一回,合計2回の三日坊主.

だけど,それは大した問題では無いはず.・・・変なものを食べさせられるよりは遥かにましだから.

とは言え,もう少し大人としての努力があってもいいとも思う.

もし,自分のずぼらさを自覚したのだったならば.

「ミサトさんがその年で未だに一人なの,分かったような気がします.」

「悪かったわね,がさつで.」

「ずぼら,もでしょ.」

「う,うっさいわねえ.」

「ごちそうさま.」

皮肉が次々と僕の口から出てくる.ミサトさんのだらしなさは今に始まったことでも無いのに.

・・・何だか落ち着かない.


「本当に今日,学校へ来るんですか?」

「あったりまえでしょ.進路相談なんだから.」

流しで朝食の後片付けをしながら僕はミサトさんに尋ねる.

今日,僕は学校で三者面談を行うことになっていた.

「でも,ネルフで忙しいのに.」

「いいの,いいの.これも仕事だからね.」

「仕事,ですか.」

・・・・・僕はそくさくと手を動かし,後片付けを急いで終わらせる.

それから身につけていたエプロンを外し通学鞄を手に取って出掛ける準備を整えた.


(ピーン ポーン)

インターホーンの音.トウジとケンスケが僕を迎えに来たのだろうか.

・・・これは,半分ミサトさん目当てというのもあるけど.二人共,ミサトさんのずぼらぶりを分かってないから.

僕はミサトさんにそのみっともない格好で出ないようにと釘を刺してから玄関へと歩いていった.




第3新東京市立第壱中学校


「遅いな,ミサトさん・・・.」

放課後,三者面談のため僕は学校に残って会場となる教室の外でミサトさんと待合せていた.

ホームルームが始まる前に学校へ着いてみんなを大騒ぎさせてたのに一体どこで寄り道してるんだろう.


(ガタッ)

教室から椅子の動く音が聞こえた.どうやら面談が終わったようだ.

次は僕達の番なのにミサトさんはまだここに来ていない.ここに来てまで遅刻だなんて恥ずかしい.

僕はまだ来ないミサトさんにヤキモキしながら教室の扉に視線を向ける.がたついた音と共に扉が開く.


「あ・・・」

扉を開けたのは,綾波だ.僕達は綾波の次だった.

綾波は一人で先生と面談を受けていた.保護者は来ていない.

そう言えば,綾波の保護者って・・・やっぱり父さんなのだろうか?

「私の番,終わったから.」

綾波は僕の姿を認めると必要なことだけを僕に告げる.

「う,うん.あ,でも,まだミサトさんが来てないんだ.」

「そう.先,行くから.」

ミサトさんが来てなくて焦っているせいか綾波にとってはどうでも良いことを僕は口にする.

綾波はそのことにはあまり関心無さげに言葉を続けた.

「え? 先に行くって何?」

「本部.」

言ったことの意味が良く分からなくて僕は綾波に尋ねた.

綾波は表情を変えず僕の問いに答える.ネルフ本部のことだった.

「あ.そうだったね.じゃあまた後で.」

「それじゃ.」

それから綾波は下駄箱の方へと立ち去っていった.


「お待たせ!シンジ君.」

「遅いじゃないですか!ミサトさん.」

綾波の姿が廊下の角に隠れてから間もなく,僕の背後からミサトさんがやって来た.

「ごめん,ごめん.ちょっち迷ってたもんで〜.」

「来るなら来るで時間通りに来てくださいよ!ミサトさん.」

「はいはい.ごめんね,シンジ君.」

「もうっ.恥ずかしいんだからっ.」

“遅刻”のミサトさんに僕は苛立つ.一体どこをどう行ったら迷うというのだろう.

今朝のことといい本当,恥ずかしい.


「失礼します.」

「はい・・・碇君に保護者の葛城ミサトさんですね.さ,席にどうぞ.」

僕達が教室に入ると,担任の老先生が僕達に席を勧め進路の相談が始まった.

「えっと,碇シンジ君・・・と.」

先生が携帯端末を操作して僕のデータを取り出す.

また,手元には昨日提出した進路希望調査のプリントをクラスの人数分綴じたファイルがあった.

「・・・クラスには慣れたかな?碇君.」

「あ.はい.」

「良いことです・・・希望調査票を見ましたが,市内の高校の普通科ですか.」

「・・・はい.」

希望調査票の志望先には第3新東京市内の高校を書いた.

恐らく最多数派のごくありふれた選択.高校の名前だけ成績によって異なるといった感じだと思う.

「ふむ・・・まあ今の時期はまだ漠然としていて実感も湧きにくいでしょうな.

で,“将来の夢”は “特に無し”・・・・・と,これはどういうことかな?碇君.」

「・・・・・・・」

やっぱり言われた.あれから結局,僕は何も思い浮かばなくてその一言だけ書いて調査票を提出していた.

先生の言葉にどう応えれば良いのか分からなくて僕は黙り込む.

「いや,咎めているわけでは無くて・・・ “無し” なら “無し” でも構わないのだが,

どうして “無し” なのか,話してもらえないかね.」

「・・・・・・・」

「シンジ君.」

先生は穏やかな口調のまま老眼鏡の奥の目を細めて僕に問い掛け続けた.

僕が黙っていると,隣に座っていたミサトさんが促すように僕の名前を呼んだ.僕は躊躇いがちに口を開いた.

「・・・分からないんです.」

「分からない?」

「・・・僕が何をやりたいのか・・・何ができるのか・・・」

「成程.それでは仕方ありませんな.それなら,結構.」

僕は分からないと答えたのでさらに何か尋ねられるかと思ったが,

案に相違して先生はそれ以上立ち入らなかった.僕は何だか拍子抜けしてしまって思わず逆に尋ねてしまう.

「あの・・・」

「ん?」

「・・・いいんですか?」

「ああ・・・分からないなら分からないでもいいのだよ.ここは結論を出す場では無いのだから.

時間をかけてゆっくりと見つければいい.」

「はあ.」

僕の問いに先生は穏やかな笑みを浮かべて答えた.

“結論を出す場では無い”・・・先生の言葉の意味がよく分からなくて僕は生返事をする.

・・・進路を決めるから進路相談なのではないのだろうか?


「ですが,もしやりたいことを,何かを,見つけたなら,それがどんなに難しいものだとしても

“できない”と一人で諦める前に先生でなくても誰かに相談して欲しいものですな.

セカンドインパクトの時と違って “道” はたくさんあるのだから.」


先生は僕の生返事を気にすること無く話を続ける.

話が一段落したところで先生は一呼吸置いた.


「15年前,大質量隕石の衝突によるセカンドインパクトの時などは大人も子供も大変でしたよ.

先のことなんて考える余裕の無いくらいに.それでもその時の皆さんは,日々悩み,考え,努力したものです.

今日の繁栄も・・・・・」


それから,先生はセカンドインパクトの歴史について滔滔(とうとう)と語り始めた.

担当の数学の授業中で何度もあったけど,先生は歴史を語り出すと周りを気にしなくなる.

ちらりと横を見たら,ミサトさんが案の定ぽかんとした表情になっていた.

「あ,あの〜先生?」

「あ・・・これは失敬.セカンドインパクトのことになるとつい・・・話を戻しましょう.学校での碇君ですが・・・」

先生の様子にしばらく呆然としていたミサトさんだったけど,我に返っておっとり刀で先生に声を掛けた.

ミサトさんの声に先生も我に返り話を元に戻して僕のことについて語り始める.

「転入当初に比べて成績がやや下がり気味なのが少し気になりますが・・・」

「・・・すみません.」

「いやいや・・・ここでの友人もできたようですし,クラスにも馴染んだようで担任としても安堵しております.」

学校の成績のことを触れられて僕はつい謝ってしまう.ここに来る前までは良くも無く悪くも無くだったけど,

最近中の下ぐらいになっている.先生は僕を特に責めること無く淡々と話を続けた.

「ただ二足のわらじを履いているわけですし,何かと生活が不規則がちになると思います.葛城さんとしては

碇君の保護者として彼の生活面を支えてやってください.」

「は,は・い・・・」

淡々と生活面について語る先生の言葉に,ミサトさんの返事が歯切れの悪いものとなる.

横目で見てもミサトさんが何と言えない表情をしているのが分かった.

「碇君.」

「はい.」

「家での生活はどうかな?」

「・・・はあ,まあ,何とかやってます.」

先生の問いに僕は曖昧に答えた.汗ジトな表情のミサトさんが少しばかり可笑しくもあり恥ずかしくもある.

この前,僕のことをからかったことは何となく自滅だったようにも思えてくる.

・・・今日の食事当番,ちゃんとやってればもう少し余裕持てたのに―――.


「・・・ではそういうことで・・・まあ,はっきりと志望先を固めるのはもう少し後でよろしいでしょう.

碇君.大変だとは思うけど,地球の平和のためにも頑張って.」


それから,先生と僕達は学業や生活のことで二つ三つ話して進路相談が終わった.




リニアトレイン ステーション


「はぁ・・・・・」

本部でのテストが終わって,帰りのリニアトレインを待つ僕はため息をついていた.

職員の交代時間とずれてるせいか,周囲に人の姿は無い.

行き一緒だったミサトさんはまだ仕事が残ってるからと言って僕一人を先に帰らせていた.


「セカンドインパクトが大質量隕石の衝突によるものじゃなかったなんて・・・知らなかった.」

僕は本部でリツコさんが話していたことを思い返す.

15年前,最初の使徒と呼ばれる人型の物体が南極で発見されたこと.

その調査中に原因不明の大爆発事故が発生したこと.

それがセカンドインパクトの本当の正体であること.

そして予想されるサードインパクトを未然に防ぐためにネルフとEVAがあること.

僕は今までそんなことも知らずにEVAに乗っていたんだ.

先生やクラスのみんなは地球の平和のためって言うけど,

僕が初めてEVAに乗ったのはそんな理由じゃなかった.

今もそう.そんな立派なもんじゃない.はっきりとは分からないけど.

中途半端な気持ちでEVAに乗ってる・・・そうかもしれない.

・・・やっぱり僕は何も分かってないのかもしれない.

こんな僕にやりたいことなんて見つけられるのだろうか?


「・・・音楽でも聴こう.」

少し気が滅入ってしまった僕はS−DATを取り出すために鞄を降ろした.

進路相談があったせいかどうもあれこれと考えてしまう.

考えても分からないものは・・・・・


「ん?」

僕が鞄を降ろして中を探っていると階段の方から足音が聞こえてきた.

どうやら僕の他にも同じ列車に乗ってくる人がいるようだ.僕は階段の方にちらっと視線を向けた.


(続く)


1998.11.15 Ver.1.00

劇的な展開と無縁なのが泣き所ですが・・・次回,さらりと流すか深く突っ込むかはもう少し考えたいと思います.

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