【小さな花束・その後】 epilogue
Written by VISI.



A.D. 2025年 第3新東京市立第壱中学校



カタカタカタ…カタ

青年のキーを打つ手が止まる.ちょっとした山になっていた未入力の調査票も全て片付いたようだった.

『・・・やっぱりまだ子供・・・なんだよな.』

心の中で彼は呟く.調査票に書かれている内容を見ると良くも悪くもその“若さ”が感じられる.

希望に溢れているもの,投げ遣りに書いてあるもの,

方向性は対照的だがいずれも内容は漠然としていて現実味のあるものは少ない.

“夢”を叶えるためにどうするのかそしてまたどうしたいのか具体的に書いてあるものにしても

実現した先に何が待っているのかまで思い至っているものは皆無だ.

『・・・ま,そこまで考えてたら“将来の夢”なんてまず書けないだろうけど・・・』

また,それとは対照的に現実をつらづらと並べ立ててやや挑発的に感じるものも

昔の・・・そして今の自分が持っている一面を思い起こされて何だかこそばゆい.

多数派の“特に無し”もしくは何も書かれてないものは実際当人に会って話を聞いてみないと分からないが,

およそ他の生徒達と五十歩百歩といったとこだろう.


『・・・・・・・』

今の自分がどれだけ“分かっている”のかはやはり疑問だが,

・・・あの頃の自分が少しばかり大人びてはいてもやっぱり子供だったのだということだけは認識できる.

特に,物事を自分にとって都合の良い面だけしか見ようとしなかったことを.


例えば,あのEVAに乗るということ.

あれに乗ることがどういうことなのか,あの頃の自分は分かってなどいなかった.

それが気持ちの良いことばかりだけでないことは,目の前で見てきたはずなのに.

いつの間にか,自分の中で忘れてしまっていた.

だから,ずっと後になってから良く知りもしないであんな勝手なことを・・・・・

そう,どんなに粋がっていてもあの時の自分はやはり子供だったのだと.


誰もが,ごく狭い限られた範囲でしか見渡せなかった少年少女のあの頃.

それがゆえに抱かれた希望,不安,或いは絶望.

良きにつけ 悪しきにつけ・・・・・

『・・・それが,“若い”ということなんだろうな.』

逆に歳を重ねて見えなくなってしまったもの,失ってしまったもの,それもまたあるに違いない.

その時にしか見えないもの・・・その時には見えないもの・・・そういうことなのだろう.


『・・・時間,かかり過ぎたな.急がないと.』

壁時計にちらりと目を向け端末の電源を切ると,青年はそくさくと帰り支度を整え始める.

それから彼・・・相田ケンスケは,最近一児の父親になった友人との待ち合わせの場所へと急いだ.




翌日 第3新東京市内 碇家



「・・・ただいま.」

昼下がり,落ち着いた感じで帰宅を告げる女性の声が扉の開かれた玄関の方から発せられる.

少しゆったりめのワンピースを身にまとった女性がほっとした表情で家の中に入って行く.

蒼銀の髪,紅い双眸,白皙の肌がとても印象的な彼女の胸には赤ん坊が両の腕でしっかりと抱かれていた.

彼女の腕の中で赤ん坊の両のまぶたは閉じられている.恐らく,眠っているのだろう.


「ただいま.」

女性に続いて男性の声.黒髪黒眼,やや繊細そうな印象を受ける容貌を持つ彼もまた両手が塞がっていた.

彼の右手には大きめのボストンバッグが提げられ,左腕には花束が抱えられている.

花束はその女性の退院祝いで戴いたものだ.花束を抱える彼・・・シンジの表情は彼女と同じく朗らかだ.

シンジは無事出産を終えて退院した妻のレイ,そして新しく加わった家族と共に我が家へ戻って来た.


「・・・眠ってるわ.」

「そうだね.」

真新しいベビーベッドの中で眠る我が子を僕とレイは二人並んで覗き込むように見つめていた.

・・・幸せにしたい・・・何の屈託も無く眠る我が子を見ていて,素直にそう思う.

この子の未来には何が待っているのだろう?

・・・ケンスケと昨日ちょっと話したけど,この子が大きくなって彼の生徒の歳ぐらいになった時,

やっぱり・・・悩んだり,迷ったり,分からなくなったり,言うこと聞かなくなったり・・・するのかな?

この子がその時を迎えた時,僕達に何ができるのだろう?・・・何を示せるのだろう?


「・・・・・・・」

「・・・あなた.」

赤ん坊を見つめながら少し思考の海に沈んでいたシンジにレイがそっと声を掛けた.

シンジは視線を我が子から妻に向ける.レイは穏やかな笑みを浮かべていた.

「花束・・・生けよっか.」

シンジは微笑んでレイの手に撫でるようにそっと触れた後,花瓶を取りに立ち上がった.


(トゥルルルルルルッ.トゥルルルルルルッ.)


リビングでシンジが花を生けていると電話のベルが鳴った.

ベルに反応して視線を向けたシンジを電話の近くにいたレイが軽く制して応対に出る.

「碇です.」

「・・・ええ,大丈夫・・・ありがとう・・・・・ちょっと待って.」

静かで柔らかな声がレイから発せられる.“ありがとう”の言葉と共にレイの顔に笑みが浮かぶ.

「あなた,鈴原君から.」

「トウジから?」

レイは受話器の話し口を抑えてシンジを呼んだ.

シンジは花を生けるのを中断すると,レイのもとに歩み寄って受話器を受け取った.


「もしもし・・・うん・・・昨日はどうも.」

シンジが電話に出ると,レイはその場を離れてリビングへ移動した.

レイはリビングのテーブルの上に置かれた花を手にすると,彼の後を継ぐように花を花瓶に差していった.

全ての花を花瓶に移したところで,レイは花の体裁を整え始める.

花を優しく撫ぜるようにしてその容(かたち)を定めて行くその姿は実に優雅だ.


『節目の時に花を生けること・・・多いわね.』

自分の部屋で初めて花を生けた時・・・私は一人・・・だった.

創られし者としての使命と共に無に還される存在・・・それを当然としていたあの頃.

昔の私には感じ取ることができなかったけど,

花を生ける時には,嬉しい時があった.辛い時もあった.

今日はもちろん・・・嬉しい時.

・・・一生懸命,生きていって欲しい・・・お腹の中から生まれてきた我が子にそう,願わずにはいられない.

優しいことばかり,では無いけど・・・生きていく希望は・・・どこにでもあるのだから・・・・・


『・・・・・・・』

「・・・うん・・・うん・・・ハルカちゃんにもよろしく.それじゃ,また.」

シンジが電話を切った時,レイは花瓶を前に微動だにせず立っていた.

そんな妻の様子にシンジは彼女の背後に歩み寄って声を掛ける.

「レイ?」

「・・・・・・・」

レイからの応答は無い.シンジは,今度はレイの肩に手を置いて再び声を掛けた.

肩を触れられて,レイはシンジの方を向く.

「どうしたの?レイ?」

「ん・・・ちょっと考えごと・・・何でもないわ.」

「そう? なら,いいけど・・・」

「・・・・・・・」

シンジはレイの肩に手を掛けたまま彼女の紅い瞳をじっと見つめていた.レイもまたシンジを見つめ返す.

何か深遠なものを感じさせそうな今のレイの瞳にシンジは吸い寄せられていた.

見つめあっていた二人だったが,ふとレイのまぶたが閉じられる.

「ん・・・・・」

一呼吸の間の後,レイとシンジは唇を重ねる.

何かを確かめるかのように,二人はしばらくの間 目を閉じてじっとそのまま動かずにいた.

「・・・レイ.」

「・・・あなた.」

それからすっと顔が離れて再び視線を交わし,お互いうなずき合う.

二人は,少しはにかんだような笑顔を浮かべていた.


「う,う〜」

「ん?(まさか・・・)」

突然,家の中からうめくような声が発せられる.レイとシンジ,二人して声の方に視線が向いた.

シンジはその声にはっとして ある“予感”を抱く.そしてそれは,直ぐに現実のものとなる.

「うぅ・・・」

次の瞬間,新しく加わった家族からの この家で最初の“自己主張”が始まった.

それに応えてレイが,そしてシンジが,我が子のもとへと歩み寄って行く.

物静かな碇家でのにぎやかな時間の始まりだった.


(小さな花束・その後 fin)

1999.02.06 Ver.1.00
1999.02.11 Ver.1.10

この物語に最後までお付き合いくださりまことにありがとうございました.色々と“蛇足”もありましたが(苦笑)
・・・とにもかくにも,締めました(^^;).もし何か感じるところがありましたらお手紙をくださると嬉しいです.

追伸:青年の「正体」は,ケンスケ・・・でした.分かりにくかったようですので改訂版 Ver.1.10 で明示しました.
お手紙は QYH07600@nifty.ne.jp まで.

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