蝉の鳴き声が絶えない日差しの強い朝,セカンドインパクトと呼ばれる大災厄以降,地球環境の変動により常夏の国と化した日本,その神奈川県の箱根・芦ノ湖に位置する第3新東京市,新首都の予定地であり,“使徒”と呼ばれる人類への敵性体を迎撃する要塞都市・・・・・その周囲を囲む山の中腹に位置する中学校のとある教室で,自席に座る一人の少年が窓際の席に何げなく視線を向けていた.

 白の半袖Yシャツ・・・第一ボタンは外されている・・・に黒の長ズボン,ここ第3新東京市立第壱中学校の男子制服に身を包んだ少年・・・坊ちゃんな髪型の黒髪に黒眼,中性的で線の細そうな印象を受けるその顔立ちは少し惹きつけられるものがあるかもしれないが,美形・・・というまでには至らない.また,どこかおどおどした感じのその目つきはいかにも頼りなさげだ.

 『綾波・・・今日も休みなんだ・・・』

 その少年の名は碇シンジ.14歳.少し訳があって家事能力が同年の少年少女よりも高いこと,あと彼の小さい頃からの手習いで弦楽器のチェロをちょっと弾けることがちょっと目立つくらいで他は平均以下の・・・まま,ごく普通の中学二年生.

 ただ,彼には他の生徒とは大きく違うところが一つだけあった.それは・・・・・

 「シンジ!」

 「な,何かな・・・?」

 彼の席の前に立った少女の鋭い声にシンジは横に向いていた視線を上向きに変える.視線の先には青緑のジャンパースカートに赤いリボン,首まわりを広めにとった白の半袖シャツの壱中の女子制服姿の少女・・・さらさらの長い赤茶褐色の髪の両端を赤い髪留めで結い上げ,双眸は鮮やかなブルー,そしてくっきりとした目鼻立ちは彼女が平均的な日本人と系を異にしていることを現していた.

 彼女の名は惣流・アスカ・ラングレー.数日前にドイツからここ壱中に“転入”してきた少女.日本人とドイツ人のクォーターでアメリカ国籍.いわゆる“美少女”と呼ばれるだけの容貌と他の女子生徒に比べて幾分発達したプロポーションを持つ彼女は,転入と同時に衆目・・・特に男子生徒の視線・・・を浴びていた.

 「放課後,ちょっと付き合いなさいよっ」

 「どこに?」

 「アンタ,バカァ? 学校の案内に決まってるじゃない」

 「あ,案内って,転校してもう4日目じゃないか・・・初日にしてもらわなかったの?」

 半ば命令するかのような口調で話し掛けるアスカに対してシンジは少しうろたえながら応える.どうやらシンジは転入したてのアスカと既に知り合いになっているようだが,見たところ彼女を苦手としているようだ.

 「色々と面倒な手続きがあってまだだったのよっ.それに・・・」

 シンジの疑問にアスカはうろんげに答え,それから辺りを見回す.そこには彼女を見る男子の視線.転入して4日目ともあって大分落ち着いてきたが,初日・二日目はそれなりに一騒動な状態だった.

 「・・・落ち着いて校内を回れる状態じゃなかったしね.そういう訳で,付き合ってもらうわよ」

 「そんな・・・委員長がいるじゃないか.何も僕がついていくことじゃ・・・」

 突然の,一方的なアスカの要求にシンジはやや迷惑げに断ろうとする.シンジの言う通り,彼女の側にはお下げの髪でそばかす顔の・・・アスカとはまた異なった魅力を持った少女・・・クラス委員の洞木ヒカリが何かのノートを胸に抱えてやや複雑な表情で立っていた.実際,ヒカリは担任の老教師から校内の案内を頼まれていた.

 「このアタシが声を掛けてんのよ.断るわけ?」

 「だって・・・必要無いじゃないか」

 高飛車な物言いとは言え美少女からの“要請”,また人によっては「そのキツイところもまたいい」と言ってそれを喜んで受けるだろう.だが,シンジはこの勝ち気な少女を苦手としていた.気弱で他人の顔色を伺う傾向の強いシンジにとって,彼女の持つ威圧的な雰囲気は彼の心の平穏をいたくかき乱すものだったからである.

 「必要無いって・・・薄情ねえっ.はるばる遠い国から来た転校生が早く学校に慣れるようにって
 協力しようとする気持ちぐらいアンタには無いの!?」

 「そんな・・・大げさな・・・」

 「・・・私からもお願いしたいんだけど.碇君」

 「委員長・・・」

 何となく落ち着かない・・・だから,理由を付けてアスカの要請を断ろうとしたシンジだったが,相変わらず高飛車とは言え一つの正論を展開したアスカとクラス委員であるヒカリからの要望を前に彼の外堀は埋められつつあった.

 「トウジ,ケンスケ〜」

 堪らずシンジは,後ろの席でだべっていた如何にも体育会系な感じのジャージの少年とこだわり屋な雰囲気を少し醸し出している風貌のメガネの少年・・・鈴原トウジと相田ケンスケ・・・数少ない友人に助けを求める.だが,救いの舟は彼のもとには現われなかった.

 「ワシらは付き合わんで.シンジ」

 「ま,諦めるんだな.碇.どっちみち俺達は放課後,用事があるし」

 「薄情者・・・」

 友人二人のつれない態度にシンジは少しむくれる.この二人,ここ数日二人して何処かに消えることが多い.放課後の“用事”もそうなのだろうか?

 それはさておき,トウジがシンジを諭すように言葉を続ける.

 「同じEVAのパイロット同士なんや.それくらい協力したってもええやろ.なあ,いいんちょ?」

 「え,ええ・・・」

 言葉の最後でトウジがヒカリに同意を求める.急に話を振られてヒカリは少し慌てたようにうなずく.トウジの言い回しにアスカはちょっとムッとした顔を見せたが何も言わなかった.

 EVA・・・人造人間エヴァンゲリオンと呼ばれるもの.人類を滅ぼすと言われる“使徒”と呼ばれる敵性体とまともに戦える唯一の二足歩行巨大人型決戦兵器.シンジが他の生徒と大きく違う点はそのEVAのパイロットであるということだった.・・・厳密な定義は異なるがそのEVAに乗るパイロットは“チルドレン(適格者)”と呼ばれており,シンジはその中でのサードチルドレン,アスカはセカンドチルドレンであった.

 「わかったよ・・・」

 「そ〜んな嫌な顔しないのっ.何も取って食おうってわけじゃないんだから」

 ややうつ気味な顔をしながらもシンジは承諾する.そんなシンジに対してアスカは明るい口調で軽口を弾ませ,続いて彼の右肩を軽くぽんと叩いた.

 
異聞 「瞬間、心、重ねて」 A Part
Written by VISI.



 「・・・不安なのよ.惣流さんは.遠い異国の土地から全く別の環境に来たんだから」

 放課後,一通り校内の案内が済んで先に惣流が下校して教室からいなくなった後,委員長は彼女のことをフォローするかのように僕に言った.・・・よっぽど僕は落ち込んだ顔をしてたらしい.実際,案内の途中で僕がもたつく度に惣流に “アンタ,バカァ!?” と突っかかられて僕はだいぶ滅入っていた.

 「惣流さん,碇君と同じあのEVAのパイロットだって言うし・・・少しでも知った人の方が
 何かと話しやすいんじゃないかしら」

 委員長の言うことは分からないことも無い.僕自身,突然父さんに呼ばれて,EVAに乗せられて,この学校に転入させられてきたのだから.転入して間も無い頃,誰も話す人がいなかったのは前の学校の時と変わらなかったけど今までと違う環境により不安だったのを覚えている.

 でも不安と言っても惣流は僕と違って明るいし,変に突っかかるのは僕にだけみたいだし・・・やっぱり嫌われてるのかな?・・・僕.ミサトさんに連れられて太平洋上で顔を合わせた時の第一印象,良くなかったみたいだし.

 委員長の言う新しい環境での不安だけなら僕にだってあったことだし,そう人に突っかかるものなのかな?・・・良く分からない.EVAのパイロットで転校生・・・という話なら,綾波はどうだったんだろう?トウジ達の話では他の人と殆ど話をしてなかったみたいだけど.綾波にも不安・・・ってあったのかな?ちょっと想像・・・つかないけど.

 月曜から休んで今日で4日になるよな・・・綾波.最後に会って話したのは先週の土曜日の朝の登校時で,彼女が何か難しそうな英字タイトルの付いた本を通学路途中にあるベンチに座って読んでいた時だっけ.

 「おはよ」

 「・・・おはよ」

 その際に一言だけ挨拶を交わしたのが最後・・・今は,以前の様に無視されることは無くなったみたいだけど,必要が無いと殆ど話さないのは相変わらず.綾波が月曜から休んでいる理由もミサトさん・・・EVAのパイロットである僕の上司かつ保護者で現在の同居人・・・に訊ね聞いて初めて知った.

 ミサトさんによれば綾波だけの特別な検査・実験らしいって言ってたけど・・・今頃どうしてるんだろう?

 

− * −



 ふと,シンジがそのように考えていた時間と同じ頃・・・・・

 薄暗くて広い空間の中,人間の脳を模したような形状の複雑な配管の下に人間が一人入るくらいの円筒状の透明なカプセルの付いた構築物,短めに切り揃えられた蒼銀髪に真紅の瞳,整った顔立ち,白蝋のような肌にやや痩せ気味だが均整の取れた体躯の少女・・・ファーストチルドレン 綾波レイは一糸まとわぬ姿でその前に立っていた.

 複雑そうな計測機器の前に立っている年の頃30前後の女性・・・金色の頭髪,ただし眉は・・・黒い,左目元のほくろなどがちょっと印象的で理知的な雰囲気,上は前で開くタイプのぴっちりとした服,下はタイトなスカート,成熟かつすらりとした体型が表に反映された服装の上に白衣を突っ掛けている.

 「プラグ内に入りなさい.レイ.始めるわ」

 「・・・はい」

 金髪の女性・・・赤木リツコがレイに“プラグ”と呼ばれる円筒状のカプセル内に入るよう命令する.無表情に,そして何のためらいも無くレイは中に入る.レイが中に入ったのを確認すると,リツコは機器を操作してプラグの出入り口を密閉ロックした.

 それから,さらにリツコは機器を操作する.すると,プラグ内に粘度を持った黄褐色の液体が底から注入され始めた.液体の水位がレイの足首から膝,腰,胸へと上がっていく.

 人は肺呼吸の生物であり水の中には長く居られない.液体がレイの全身を満たして空気呼吸が不可能になる.その後,レイの唇が開かれて肺の中の空気が吐き出された.もしこれが,水などの普通の液体なら間違いなく窒息だろう.だが,レイは平然としている.そう,この液体・・・L.C.L.は肺へ直接空気を供給する性質を持っているのだ.このL.C.L.はEVAの搭乗部・・・エントリープラグ・・・内においてパイロットとEVAの神経接続媒体として使用されている.

 『・・・30・・・40・・・50・・・・・』

 機器を操作しながらリツコは測定値をモニターする.現在,彼女が行っている実験はかなり複雑なもの.だが,その部屋にはリツコとレイの他には誰も居らず,リツコ一人で機器の操作・計測・記録のオペレート全てを行っていた.
 

 「・・・・・・・」

 「・・・・・・・」

 「・・・上がっていいわ,レイ.明日からは学校に行きなさい」

 「・・・はい」

 小一時間後,その日の実験予定を終えたリツコはL.C.L.をプラグから排水する.プラグのロックが外され,レイはプラグの外に出る.それから,リツコはレイに明日からの行動について指示した.それに対してレイは一本調子な口調で返事をし,プラント内を素足で歩いて退出しようとする.

 「・・・レイ」

 「・・・はい」

 裸のレイがその実験施設の外に出ようとしたところでリツコが何かを思い出したかのように声を掛ける.リツコの呼びかけにレイは立ち止まる.リツコの視線は機器に向けられたままだ.

 「学校で何か問題は?」

 「・・・全くありません」

 「そう.なら,いいわ.くれぐれも問題の無いように」

 「・・・はい」

 機器に視線を向けたままリツコはレイに学校でのことについて尋ねる.リツコの問いに素っ気無く答えるレイ.ファーストチルドレン 綾波レイの法的な保護者は碇ゲンドウ・・・EVAをその管理下に置く特務機関ネルフの最高司令でありシンジの実父・・・であったが,実質的な保護者・・・と言うには少し語弊があるがレイの行動予定や彼女の身体の管理はリツコ・・・ネルフでの技術面における最高責任者・・・が行っていた.

 「・・・ふう」

 レイの姿がその実験施設から消えた直後,リツコは軽く息を吐き出す.

 一呼吸の間の後,リツコは機器に再び手を置き自分の仕事を再開した.

 
To B Part

1999.02.28 Ver.1.00

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